ブラウ・オールデッヒには夢がある。
ハンターとして大成し、やがて英雄となって語り継がれると言う夢が。
それを成す為に十の時から迷宮に潜り続け、既に八年。
十八となって成人してからは、中級迷宮にもソロで潜れる程の中堅ハンターとなっていた。
幼い頃より鍛え上げた肉体と戦闘センス。
実戦経験を豊富に積み、磨き続けた技も一流とまでは行かぬものの、誰もが手練れと称する程の実力だった。
『若獅子』
それがブラウ・オールデッヒの二つ名である。
その名に恥じない実力は持ち合わせていたし、周囲もそれは理解していた。
だからこそ二つ名と言う証を与えたのだ。
この日、ブラウは中級迷宮へと潜っていた。
目的は増えすぎたモンスターの討伐。
ある一定周期で繁殖するモンスターは、生態系に無くてはならない存在ではあるが増えすぎても人間が困る。
故にハンターは定期的に迷宮のモンスターを一定数討伐する依頼を受けるのだ。
今回はとある都市の中心にある中級迷宮。
その中腹にブラウは踏み込んでいた。
いつもと変わらぬ討伐依頼、特に討伐目標が決まっている訳でも無く、殺したモンスターの証を回収して持ち帰るだけ。
気軽と言えば悪いが、八年この職で食っているブラウにとってはルーチンワークに等しかった。
淡々と襲い掛かるモンスターを討伐し、下へ下へと降りていく。
この依頼を終えたら、宿に帰ってエールでも頂こう。
そう考えて、冷たいエールに思いを馳せていた時。
ふと、何かいつもと違う違和感に気付いた。
それは地形だった。
ブラウにとって通いなれた迷宮と言うのは、ある程度こちらにも地の理がある庭の様なものだ。
死角や奇襲されやすいポイント、視界不良の階層やトラップのありそうな場所。
それらをブラウは熟知している。
だが、ほんの僅かな差異。
それをブラウは感じた。
そしてその勘は、当たっていた。
存在しない筈の階層。
この中級迷宮の最深部は十三階層。
だが、更に下へと続く階段があった。
石造りのソレはしかし、他の壁や床と違ってカビも生えて居ない、真新しいモノだった。
明らかに最近出来た階段だった。
迷宮が増設される?
それはあり得ない、迷宮とはそもそも古代文明の遺産の様なものだ。
それが後から増えるなど、ある筈が無い。
ブラウは逡巡した。
一度地上へと戻り、協会へと報告して増援を呼ぶか。
それともこのまま単身乗り込み、この手柄を独占するか。
前者はリスクが少ないだろう、だが英雄願望を捨てきれなかったブラウは単身で乗り込むことに決めた。
ゆっくりと階段に足を下ろし、薄暗い世界をカンテラで照らす。
これがブラウと言う人間にとって、最大の過ちだった。
階段はそう長く無く、ほんの一階層分。
三十秒も下れば延々と続く石床が見えた。
カンテラの炎に照らされて光る石は、最近できたばかりと思われるほどに美しい。
それらに目を奪われながらも、ブラウは最下層へと辿り着く。
そこは、大規模な会場とでも思われる広大な場所であった。
縦横凡そ百メートル程だろうか、永遠に広がっているとも思える場所はとても地下に存在しているとは思えない。
ブラウとて、ここまで広々とした迷宮部屋は初めてであった。
そして、ブラウが辿り着いた事に歓喜する様に、部屋の松明に明かりが灯る。
入り口から近い順にぽつぽつと灯る明かりに、ブラウは一抹の不安を感じた。
そして、遂に全ての松明が光を灯した時、ふとその中央に鎮座する存在に気付いた。
黒い人間。
いや、人間と呼ぶべきではない。
ブラウはソレがモンスターである事に気付いた。
肌は黒く、全身が筋肉で覆われた巨躯、身長は二メートル程だろうか。
そして最も目を引くのが、肩から扇状に広がった『多数の腕』
その数、六本。
階層ボスと言う言葉が脳裏を過った。
そのモンスターはブラウに気付いたのだろうか、ゆっくりと俯いていた顔を上げると、腕を一斉に動かした。
まるで確かめる様に回し、握り、動かす。
全身を確認して首を回し、立ちはだかるブラウを見据えた。
ブラウも背にあった大剣を抜き放ち、両手で構える。
階層ボスと戦うのは初めてでは無い、嘗てボスとソロで殴り合って勝利した経験もある。
その事実がブラウの背中を押した。
息をゆっくりと吸い、深く吐き出す。
目の前のボスを見つめ、その姿に自分の知っているモンスターを比較する。
初めてみる形だった、恐らく新種だろうと考える。
そして、敵わぬならば早急に撤退しようと決めた所で、覚悟を決めるとボスに向かって駆け出した。
ボスは迫るブラウを見据えて、緩慢な動作で構える。
それの動きは、まるで人間の様だった。
両の手で持った大剣を強く握りしめ、ボスとの間合いが五歩に入った瞬間、ブラウは足を振り上げる。
そして靴底に仕込んであったナイフをボスの顔面目掛けて放った。
人型のモンスター様に仕込んでいたナイフ、人外と言えど顔に飛来する刃物は無視できまい。
V字型のそれを見たボスは、腕の一本を使ってナイフを払った。
甲高い音を立てて飛んで行くソレを、ブラウは冷静に見つめる。
払った瞬間、ボスの腕が不自然に固まった。
「加速(アクセル)」
その瞬間を狙い、ブラウは魔法を使って加速する。
風の様に間合いを詰め、大剣を振り上げたブラウはそのままボスを両断せんと振り下ろした。
豪と唸る大剣。
しかしソレは、寸でのところで止められた。
「ッ!?」
ブラウは愕然とする。
目の前には、ボスが大剣を防ぐ姿。
腕二本を使って器用に大剣を挟み込み、その刃は鼻先で止まっていた。
『白刃取り』
そう、ボスの口が動いた。
残りの腕が一斉に蠢き、腰から突き出された腕がブラウを捉える。
凡そ打撃で鳴り響く音では無い轟音が、ブラウの体から発せられた。
下から抉る様な一撃。
軽鎧を砕き、肋骨ごと内臓を潰した拳がブラウを撃ち抜く。
衝撃が背中を突き抜け、ブラウは地面と水平に吹き飛んだ。
痛みも、思考する時間すらも無い。
壁に叩き付けられると同時、ブラウは血反吐を吐いて、そのまま地面を転がった。
ぶつかった拍子に壁に罅が入り、その衝撃の強さを物語っている。
一拍置いて、吹き飛ばされた拍子に手放した大剣が床に刺さった。
強い。
最後にブラウが感じたのは、その畏怖の念だった。