東方想究談 ~Strange and Strong-willed Bionic Soldiers. 作:ラケットコワスター
…人は皆心に少なからず‘悪心’を持っている。それは人が生きる上で避けられないことだ。“悪心”と上手く付き合い、克服するからこそ聖人は聖人となる。だが、大概の人にとって‘悪心’を排除するのは難しい。そこが人間の愚かしく、また愛おしい所だ。まぁしかし、悪心と共存することはほとんどの人はできる。それ故人の世に悪が蔓延ることはないのだ。…だがもし、もし悪心が力を持ってしまったら…その時その人はどうなってしまうのだろうか………
─────同盟戦争より少し前、幻想郷。
「…よし。じゃあ今日の授業はここまで!皆宿題を忘れないようにな」
とある人里に建つ一軒の寺子屋。その一室でここの教師である上白沢慧音が授業の終わりを告げた。ひさしぶりの早帰りに生徒達は歓喜し、午後に遊ぶ約束などをしながら慌ただしく寺子屋を後にした。
「…ふぅ」
慧音は誰も居なくなった教室で一人ため息をつき、今日の授業で使った教材を片付け始めた。慧音は半獣だ。半獣ではあるが人の為何かがしたいと考えた。その答えがこの寺子屋である。彼女の授業は難解かつ退屈この上ないことに定評があるが、それでも生徒は彼女を慕い、彼女もまた自身の生徒を心から愛していた。今この瞬間こそ慧音にとって最も充実している時だった。が、しかしその至福の時に水を差す不届き者がいた。
ドタドタと廊下を爆走する音が聞こえたかと思うと不届き者は慧音がいる部屋の庄子を勢いよく開いた。
「慧音ッ!!!」
「なんだ妹紅。廊下は走るな。最近はチルノですら廊下は走らないぞ」
「代わりにすごいスピードで飛んで来るけどな。あぁいや、今そんなことはどうでもいい」
部屋に入ってきたのは藤原妹紅。慧音の良き友人であり理解者である。長い銀髪は乱れ、肩で息をしているあたりかなり急いで走ってきたようだ。
「なんか新聞に変な記事が載ってる」
「変な記事ぃ?」
慧音が怪訝な顔をして復唱した。
「あぁ。これだ」
妹紅が取り出したのは妖怪の山の天狗、射命丸文が取材から執筆を務める新聞、『文々。新聞』だった。因みにこの新聞、知っている者は知っているが非常に信憑性に乏しい。いや、信憑性に乏しいというよりは情報が古く、あてにならないことが多い。そしてそれを慧音は知っていた。
「天狗の新聞だろう…? いつの情報だかわからないぞ」
慧音はにべもなく言った。しかし妹紅は何故か自信満々な表情で続けた。
「大丈夫だ。なんてったって今回はただの新聞じゃないからな!」
「…どういうことだ?」
「今回の新聞はなんと…」
妹紅は新聞の一面を開いて慧音につきつけた。そしてそこには
‘号外’
この二文字がでかでかと書かれていた。
「号外なんだ!」
「号外、ねぇ…」
新聞の制作者である文は号外の意味をイマイチ理解していない。しかし彼女は『どうしても読ませたい!』というネタには惜しげもなく号外の二文字を使うので文々。新聞の号外は意外といい情報が記載されていたりする。
「なになに…?」
慧音はしぶしぶ妹紅から新聞を受けとると、一面に目をやった。
“里のはずれに巨大な鉄の塊現わる! 外の世界の道具か!?”
一面の見出しはこう綴られていた。そして見出しと共にその巨大な鉄の塊の写真が載っていた。我々の言葉で言い表すとすれば…それはキャンピングカーだった。比喩表現ではない。キャンピングカーが幻想入りしてきたのだ。だが当然これはキャンピングカーというものであると知っているのは幻想郷ではほんの一握りしかいないため、このような表現になったのだが。
「ふむ。鉄の塊、か」
外の世界の巨大な道具と思われるそれに慧音は興味を覚え、見出しに続く記事を読んだ。
“昨日、突然博麗神社近くの林に突如として謎の鉄塊が現れた。外の世界の道具と思われるそれは直方体に近い形をしており、里の人間も皆首を傾げるばかりだ。また、中には一人人間が入っており、即座に救助された。命に別状はなく、ピンピンしているそうだ。救助された人間は………”
「なんだこれ」
─────一週間後。鈴奈庵。
「はいコレ。なかなか面白かったわよ。」
人里の貸本屋、“鈴奈庵”のカウンターに数冊の本が丁寧に置かれた。
「あぁ、どうも。毎回毎回すごい量読むんですね。あなたって」
鈴奈庵の店主、本居小鈴は返された本を前に客に話しかけた。
「ええ。なかなか刺激的な内容でね。ついつい読みふけってしまったわ」
「しかし一週間でここまで読んでしまうなんて…」
本を返しに来た客はつい一週間ほど前謎の鉄塊の中から救助された人間だった。
キャンピングカーから救助された人間は外の世界の科学者であると名乗った。そして同時に外の人間にとって未知の世界である幻想郷に強い興味を示し、人里南東に自分と一緒に幻想郷にやってきたキャンピングカーを停めると、そこを拠点に幻想郷の調査を始めたのだった。
「おや、この本も読めたんですか」
科学者が返却した本を確認しながら小鈴は関心したように言った。
「ええ。アタシがもと居た世界では既に解読されている言葉だったからね」
科学者はまず幻想郷の歴史を理解するところから着手した。その為この一週間の間鈴奈庵と稗田邸に通い、数々の情報を吸収していた。
「この後はどうなさるんですか?」
小鈴が返却された本を本棚に戻しながら尋ねた。
「ええ。この後は阿求の所に呼ばれててね。今日はここらで失礼するわ」
そう言って科学者は軽い足取りで鈴奈庵を後にした。茶色い髪と瞳。端正な顔立ちで鼻は低め。身長も年齢の割りには低めであった。緑色のTシャツとこれまた茶色いズボンを着用し、その上から白衣を纏っている。どれも若干くたびれており、どことなくすぼらな雰囲気をかもし出していた。科学者の名はジキル・グレベリア。陽気で友好的な性格であり、幻想郷にすぐ馴染んだ。研究の進む速度や難解な本を解読する所から優れた知能の持ち主であることがわかるがただ一つ、小鈴には気になることがあった。
「…あの人、男なんだよね……」
いわゆる‘おネエ’というやつである。
────稗田低。
「ハロー、阿求。ご機嫌いかが?」
「あらジキルさん。もうこんな時間だったのね」
稗田家現当主、九代目阿礼乙女の稗田阿求がジキルを出迎えた。幻想郷の歴史を学ぶのであれば阿求に教えてもらうのが一番いい。寺子屋の慧音に学ぶのも悪くはないが彼女が教える歴史は阿求が纏めたものが多いのだ。
「しかしすごい数の記事ね。よくこれだけ纏められるものだわ」
ジキルは阿求が纏めている幻想郷縁起を眺めながら独り言のように呟いた。
「ええ。だけどそれでもまだまだ全然なんですよね…」
阿求がジキルと自分の分の茶を持って来ると、ジキルにそれを渡しながら答えた。事実かなりの量の文字が書かれているが妖怪たった二、三人分の記述しか書かれていなかった。
ジキルは茶を啜りながらそれらを読み、気になる点があれば阿求に質問して幻想郷の歴史を理解していった。やがて数時間が経とうとしたころ、不意に一人の男に関する記事がジキルの目に留まった。
「四島…小櫃。」
四島 小櫃(しじま おびつ)。人類最強の賞金稼ぎにして幻想郷の英雄…とそこには記してあった。幻想郷にやってきた来歴、彼は‘インフィニタス’と呼ばれる超人であること、そしてインフィニタスとして持つ能力、果ては交友関係、現在過去にあったある事件で片腕を失い、欠損状態であることなどがこと細やかに記されていた。
「片腕を欠損…過去にあった事件って何があったのかしら。……ん?」
彼に関する記事の中でジキルにとって非常に気になる単語が彼の目に止まった。
‘外来人’
そこにははっきりと小櫃が幻想郷出身ではないことを表す三文字が書かれていた。
「ねぇ…ちょっと阿求?いいかしら」
「なんでしょう?」
「この四島小櫃って人だけど、本当に外来人なの?」
「まぁ…ええ。彼は外来人って呼ばれてます。」
阿求はさも当然のように答えた。
「え」
「え?」
「えええええええ!? 嘘でしょ!? アタシの他にも外から来た人がいるの!?」
ジキルにとってこれは衝撃だった。彼は外から来た人間は自分だけと思っていたようで、まさか外の世界の話ができる者がいるとは思っていなかったのだ。
「え、ええ…まぁ、なんというか正確には外来人ではないんですが…」
「こうしちゃいられないわ! アタシ、この小櫃って人に会ってくるわ!!」
ジキルは阿求の話をろくに聞かず、十杯目の茶を一気に飲みほすと、広げていた研究道具を鞄にしまって立ち上がると、小櫃がどこにいるのか阿求に尋ねた。
「お、落ち着いて下さいジキルさん。焦っても小櫃さんには会えませんよ。彼の場合は尚更です」
阿求曰く、小櫃は永遠亭を拠点として活動しているため彼に会うためには迷いの竹林を突破しないといけない。しかし迷いの竹林は人間が一人で行くには危険すぎる。
「ええ…じゃあどうすればいいのよ…」
ジキルは落胆したように言った。彼は時々永遠亭に住む月兎である鈴仙・優曇華院・イナバと人里まで薬を売りにくることがあるそうだがそれでも会いにくいことに変わりはなさそうだ。
「大丈夫です。事前に会う約束をしておけばいいんです」
阿求はこれまた当然のように言った。
「事前に?」
「ええ。事前に」
ジキルには理解できなかった。
「…どうやって? 勿論ここには通信装置なんてないでしょう?どうやってアポとるのよ」
「大丈夫ですって。確かにそのつうしんそうちっていうのはありませんけど、幻想郷には『ゆうびんせいど』が整ってますから」
阿求は何故か誇らしげに言うと、一枚の地図をジキルに渡した。そこには妖怪の山周辺の建物が記されており、集落のはずれあたり、林の中の一部に朱い丸が書き込まれていた。
────三十分後。
ジキルはキャンピングカーを走らせ、妖怪の山麓の朱丸の近くまでやってきた。
「これは…」
するとそこには長い石段が続いており、一段目の横には
『妖怪の郵便屋 この上』
と書かれた粗末な看板が立っていた。
「へぇ成る程。幻想郷ちょっとナメてたわ」
ジキルは石段を一段ずつあがり、郵便屋を目指した。見た目以上に石段は長く、登るのには結構労力を要した。
やがて最上段についた。石段をぬけるとそこには木造の家屋が建っていた。平屋に近い造りになっており、左側には無理矢理部屋を増設したように二階、三階が設けられていた、というよりくっついていた。右側は店のカウンターのようになっており、大きく『妖怪郵便局』と書かれた今度は立派な看板がぶら下がっていた。
「…誰かいるのかしら」
ジキルは少し不安になった。というのも、余りにまわりが静かすぎるのだ。ひょっとするとここの主は留守なのでは…?そう思いながら、ジキルはカウンターに近付いた。
「んっ」
しかしちゃんと主はいた。部屋の奥の方で座り心地のよさそうな肘掛け椅子にかけ、一人で本を開いたまま居眠りしていた。郵便配達員のマークが刻まれた真っ赤な大きめの帽子を被り、紺色のピーコートのような服を着、水色のハーフパンツを履いていた。
「す、すみませぇん、ちょっといいかしらぁ」
ジキルは遠慮がちに声をかけた。すると椅子に腰かけていた平屋の主は目を開け、客が来ていることに気づくと、
「ああすみません! つい暇だったもので…」
すぐにジキルのもとに駆けてきた。
「あら、アナタが妖怪の郵便屋さんかしら」
「ええ。鎌イタチの颯 蘭丸といいます。珍しいですね。わざわざ郵便局まで来て下さるなんて」
ジキルは事情を話し、一通の手紙の配達を蘭丸に依頼した。蘭丸は勤務時間外だったが快く承諾し(彼曰く仕事が増えるのは大歓迎らしい)、すぐに飛び立っていった。
…そして、この一通の手紙から全てが始まったのだ…
こんにちは!ラケットコワスターです。やっと前々から言っていたコラボ企画の作品を投稿できました…お待たせしました。あらすじの欄でもお伝えした通り、この物語はコラボ相手の影のビツケンヌ様の方で別視点の物語が展開されます。私なんかよりずっと素晴らしい文章を書いていらっしゃるので是非そちらもご覧下さい。コラボ企画であるという性質上、更新は結構遅めになってしまいます。すみません。さて、次の話では早速蘭丸と小櫃さんが出会います。お楽しみに!