東方想究談 ~Strange and Strong-willed Bionic Soldiers. 作:ラケットコワスター
林を抜けた後も歩き続け、やがてジキルさんの待つきゃんぴんぐかーの前まで来た。
「これが……‘きゃんぴんぐかー’ですか。」
目の前のこの鉄塊……こんなのが妖怪に負けない速度で走りまわっているなんて……外の世界はすごいことになっているようだ。……うん。にとりさん達が憧れるのも頷ける。
「……気になるのも仕方ないが置いていくぞ」
「あっ!ま、待って下さい!」
小櫃さんがきゃんぴんぐかーの扉を開くと、中には三人分の紅茶が並べられた綺麗なテーブルと三脚の椅子、そしてその内の一脚にジキルさんが腰かけていた。
「ようこそいらっしゃい。来てくれて嬉しいわ」
中は案外広く、三人で話せるように真ん中に小さなテーブルが置かれ、それを囲むように三つの椅子が置かれていた。その内の一つにジキルさんが座っていた。
「四島小櫃だ。招待感謝する」
握手を求めてきたジキルさんに対し小櫃さんは握手を返すと椅子に腰掛け、僕は余った一脚に座った。程無く三人分の紅茶が出てきた。
「……で、何の用だ?」
「ええ。アタシは幻想郷を今調査してるのだけれど、聞けばアナタも元は外の世界の住人だったって言うじゃない。そこでよ。アタシとしては幻想郷ライフの先輩であるアナタからお話をうかがいたいのよ」
「幻想郷の調査か……面白い。その位なら幾らでも協力しよう。代わりといっては何だが、お前は見たところ科学者のようだし、研究内容について教えてはくれないか?」
ジキルさんは満足そうに微笑むと、質問を始めた。ここまで僕が完全に蚊帳の外なのは何故だろう。
「嬉しいわ。じゃあまずアタシの質問からでいいかしら?」
「あぁ」
「少し前にアナタに関する資料を見たわ。それによるとアナタの左腕は欠損状態とされていたけど……見たところ左腕には傷一つないわね。ひょっとすると幻想郷には細胞を復活させる技術があったりするのかしら……?」
「左腕?」
そう言うと小櫃さんは自分の左腕に目をやり、一瞬の間を置いて何かを思いだしたように苦々しげな表情を浮かべた。
「……阿求め、怠けて更新が遅れているな」
「あら?ひょっとして何か違った?」
独り言を聞かれた小櫃さんはいやなに、と自身の左腕について説明しだした。阿求さんの更新が遅れているのが遅れているのが癪にさわったのか嫌そうな顔をしている。
「……この腕は神経の通った培養皮膚を筋電義手に貼り付けてあるだけだ。それも二ヶ月も前からな。全く、幻想郷縁起に日付も記載するようあいつに言っておけばよかった……」
「皮膚組織の培養!? 驚いた。幻想郷の技術はそこまで進んでるのね」
「ああ、永琳はその技術を持っている。幻想郷縁起で見なかったか? 竹林の医者だ」
ジキルさんは度肝を抜かれたような顔をして手元の手帳に何やら文字を走り書きした。……ちょっと汚ない字だった。
「へぇ……成程竹林の、ねぇ……今度訪ねてみようかしらね。後もう一ついいかしら?」
「あぁ。なんだ?」
「それについて……よければ聞かせてもらえるかしら?」
そう言ってジキルさんが指したのは小櫃さんの常人とは遥かに異なる見た目の右手だった。勿論小櫃さんは体を機械に改造したわけじゃない。だけれど腕に装着するように持つこの機械はあたかも腕と同化しているように見える。
「ああこれか、少々説明が長くなるが……バイオエナジー、というのは外界で聞いたことはないだろう?」
バイオエナジーに関して聞かれるとジキルさんは知らないと首を横にふった。外の世界の人でも知らないのか。
「幻想郷縁起を見ているならわかるだろうが、俺は西暦二一二九年、今から一世紀以上先の未来から来た人間だ。その点を踏まえて話す。俺のいた世界線では、二〇五〇年代、とある
バイオエナジー。僕もついさっき知った物質だ。しかしやはりまだしっかり理解できていないところがある。……いや、多分僕じゃ理解できないだろうなぁ……
「それまで発見されていたどの素粒子でも構成されておらず、生体細胞内で産生、体外に取り出しても無限に補充され続け、そのプロセスは一切が不明。既存の科学装置ではその取り扱いは勿論、認識・数値化することすら不可能だ。この不可解極まりない物質は、あらゆる生物の体内を流動・循環し、それが生物の、自己増殖、エネルギー変換、
この時点でジキルさんは目を丸くしていた。無理もない。このたった数分間でこの人はまるで新しい技術を知った。それもかなりのものを。科学者でなくともこれくらいの反応はするだろう。うん、まだわかる。まだついていける。
「な、成程。バイオエナジー、ね。面白いわ。そんなものが存在してるなんて考えてもみなかった」
いや、僕はそれよりもさらっと小櫃さんが未来人だとカミングアウトしたことが重要だと思うのですが……
「理解が早いようで助かる。で、これが……」
そう言って小櫃さんはアームキャノンをテーブルの上に置いた。重厚な銃身は照明を反射し、鈍い光を放っている。その存在感はある種の‘重み’を持っており、まるで四島小櫃という男をそのまま物語っているかのようだった。
「そしてこれが、先に話した企業‘Gアームズ’が巨大軍事企業にまで成長した後、独占・秘匿し続けていたバイオエナジーの取り扱い技術の粋を集め産み出した‘アームキャノン’の究極系、世界最高の携行兵器『アームキャノン・ジェネラルカスタム』だ」
ジェネラル……カスタム。ジェネラルは英語で「将軍」。カスタムは恐らく「仕様」の意味の方だろう。「将軍仕様」。中々洒落た名前だ。
「この筒型携行兵器は、バイオエナジーを腕から体外に取り出し、それを様々な形態に変化、展開及び射出を行なう精密機器であって、正確には銃器ではない。光ファイバーや回折格子、フォトニック結晶を利用した光CPUが、バイオエナジーの状態を超高速で記憶演算処理し、プログラミング次第で、戦闘以外にもバイオエナジーの様々な使用方法の確立を可能にしている」
なんだ……?だんだんわからない内容になってきたぞ……
「無論武器としては極めて有能だ。例えばバイオエナジーを弾丸化して発射する場合でも、バイオエナジー自体が無限にあるようなものだから弾切れしない、通常の銃のような給弾機構でないから
……なるほどわからない。
話をしながらジキルさんはアームキャノンをしげしげと眺める。途中、小櫃さんがアームキャノンの表面上の一部分を指さし弄ってみろと言いたげな視線をむけた。促されるがままにジキルさんが弄ってみるとその部分が開き、画面が姿を表した。ますますすごいなこれ……
「成程ねぇ。しかし先程の皮膚の培養技術然り、このアームキャノン然り幻想郷の技術がなかなか進んでるのはわかったわ。……でもこれだけの数の弾薬や様々な機能を装備して、管理や手入れはアナタ一人では中々難しいんじゃないかしら?」
ジキルさんはそう言ってアームキャノンをしげしげと眺める。一見シンプルな見た目だが当然中身までシンプルなわけがない。
「メンテナンスなら問題ない。自分でもできない訳じゃないが、その手の専門家が友人にいるから、大抵のことはどうにかなる」
友人がなんとかしてくれているという発言にジキルさんは反応した。さっき文字を走り書きした手帳から顔をあげ、更に質問を重ねた。
「ご友人?幻想郷のメカニックだったりするの?」
「あぁ。技術者連中だ。にとりや素子……あいつらには大いに助けられている」
そんな風にして小櫃さんとジキルさんの対話は大いに盛り上った。幻想郷の妖怪や生物、文化について。あらかた話し終わると二人の話題はジキルさんの研究内容へと移った。
「さて、では今度はこちらが聞かせてもらおう。大体予想はつくが……お前は何を研究しているんだ?」
小櫃さんはジキルさんの背後にある冷蔵庫に目をやりながら質問した。彼の視線の先にはテープが貼り付けられ、メモが走り書きされていた。……正直ぼくにはただのテープにしか見えないけど。
「あら、ヤモリテープに気付いたのね。」
「あぁ。まあな。とするとやはり……」
「ええ。アタシが研究しているのは
生物……模倣。名前しか聞いたことがないな……確か、生物がそれぞれ持つ能力を真似て道具を作る、そんなような技術だったような……成程、だとするとあとテープはさしずめヤモリとかの手が壁に吸着するのを模倣したテープと言ったところかな。
「成程な。実際どんなものができたんだ?」
「そうねぇ……例えばこれ。何だと思う?」
そう言ってジキルさんは傍にあったバッグから一本のナイフを取り出し机の上に置いた。見たところただのナイフと変わりないようにも見える。
「Mouse-toothed Vibration Hatchet」
「……えっ?」
思わず声が漏れてしまった。僕は昔得た経験で英語はそれなりにネイティブに話し聞くことができる。しかしこの人のそれは僕のレベルを遥かに超えている。何と言ったのか上手く聞き取れなかった。
「略してMVH。ネズミの門歯の構造を模倣した刃を持つナイフよ」
「成程、だからMouse-toothed……そのままだな」
そう言って小櫃さんは笑った。それに合わせるようにジキルさんも
「それしか思いつかなかったの」
と返し、また笑った。
「肝心の機能性だけれど、実際かなりハイスペックよ。ネズミの門歯は、その特殊な構造によって半永久的に切れ味を保ち続けることができるわ」
「自己鋭利化というやつだな」
「そうね、それをそのまま流用して、なかなか切れ味の落ちないナイフになったの。更には高周波で高速振動させて、本来以上の切れ味を発揮させる機能もついているわ。接着にはツタの根が分泌するナノ粒子や水に強いイガイ接着タンパク質を使ってるの」
「接着剤も、自分で?」
「ええ、結構苦労したのよ?」
そう言ってジキルさんは自慢げに得意そうな顔をしてみせた。
「ふむ…想像以上だな。他には何が?」
勿論よとジキルさんは今度は正方形のやや小さめなシートを取り出した。……これには一体何が……?
「これは?」
「アクアザップ、よ。モロクトカゲの毛細管現象は知ってる?これはその毛細管現象を使って付着した水を吸収……飲んでくれるのよ。いいでしょう?他にも色々あるのだけど、話し出すとキリがないからこれくらいにしておくわね。因みに、一部のエネルギーが必要なアイテムのエネルギー供給は心拍発電になってて……」
……なるほどこれもわからない。
……自分で言うのもなんだけど僕はわりと物知りな方だ。それでもこの人達の会話は僕の知識の遥か上をいっている。……本当なんで僕呼ばれたんだろ……
話に全くついていけなくなった僕は無理に理解出来ないするのを止め、出された紅茶に口をつけた。……ふむ。美味しい。なかなかに香りがいい。紅魔館のパーティーに呼ばれた時のことを思い出す。一緒に出てきたお茶菓子もなかなかお洒落で美味しそうだ。
◇◆◇
「…ねぇところで蘭丸君」
話し始めてから一時間近くが経とうとした頃、不意にジキルさんが僕に質問してきた。
「むぐっ……なんでしょう?」
流石に突然話しかけられるとびっくりする。おかげでクッキーを喉に詰まらせしまうところだった。
「ここまで色々話してみて、幻想郷の技術もなかなか発達してることがわかったわ。因みになんだけど、幻想郷でその技術発達を牽引してきた集団みたいなのがあるのかしら?」
幻想郷の技術といえば河童さん達だ。そういえば彼女らが作業している場所って…どこにあるんだろう。
「そう…ですね。幻想郷でそういった技術を多く持っているのはやはり河童さん達ですね。」
「河童…成程小櫃さんのご友人達ね。彼女らが研究している場所なんて…わかるかしら?」
場所、か。流石にそこまでは把握してないな……
「場所はわかりません。昔河童さん達は魔法の森の地下に研究施設を持っていたという噂がありましたけど、それも今は閉鎖されたって言われてます。そもそも基本的に彼女らは研究の場を公開していないので河童の研究を取材するのは多分無理ですね…」
「ふーん…わかったわ。ありがとうね」
ジキルさんは少し残念そうに言った。残りの紅茶をすすると、また小櫃さんと別の話を始めた。やはり僕には難し過ぎたけど。
◇◆◇
「…よし。ありがとう。ききたいことはこれくらいね。お陰で沢山いい情報をもらえたわ。」
やがて話すことも尽きたジキルさんは僕らに礼を言うとお土産に紅茶の茶葉をくれた。なかなか美味しい紅茶だったので僕としてはすごく嬉しい。外に出ると日が沈みかけ、やや薄暗かった。
「ふぅ…大分日が傾いているな」
少し歩いてから小櫃さんが口を開いた。ここにきたのが昼下がりだったからかなり長い時間ここにいたことになる。
「ええ。そうですね」
と、僕が返すと、腹の虫が音を立てた。
「う…」
ほんの一瞬の沈黙の後、小櫃さんが吹き出した。
「ハハハ、空腹には勝てまい。どうだ、俺の料理でよければ夕食を振舞うが?」
突然食事のお誘いが。今日はよく人に誘われる。
「…ええ。ではお言葉に甘えて」
僕は素直にお誘いに乗ることにした。もう僕の中で彼に最初に会った時の恐怖心はなくなっていた。
…そして僕はその日永遠亭に立ち寄り少し早めの夕食をとった。元々妖怪は食事をとらなくても生きていけるが流石に何も食べてないと口が寂しくなる。メニューはシンプルにアジの塩焼き。中々美味しかった。今日は人によく誘われて美味しいものを食べてる気がする。……そういえばきゃんぴんぐかーを出たあたりから小櫃さんが僕と接する時に目を閉じるようになった。……なんだろう。あの目の能力の関係かな。まぁなんにせよ、この人は悪い人なんかじゃないから気にしなくてもいいと思うけど。……落ち着いてみれば今日はなかなか面白い一日だった。また会うこともあるかもしれないなぁ。
こんにちは!ラケットコワスターです。想究談第二話、大変お待たせしました。本編の方も中々更新できず申し訳ありません。今回から少し書き方が変わり、本格的に蘭丸の視点で物語が進みます。小櫃さん側の視点をご覧になりたい方は是非、蒼穹弾の方もご覧になってください。では、次回をお楽しみに……