EREMENTAR GERAD ~白の章~   作:真夜

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一話『こうして俺たちは出逢ったんだ』

 

 俺は今まで“なんとなく”精神で生きてきた。なんとなくで始めて、飽きたらやめる。それの繰り返しだ。

 なんとなく強い男ってカッコいいよな、という理由で始めた武術だってそうだ。そんなに強くはないけど、自分にしては結構続いた方だと思う。一ヵ月もよく出来たものだ。と自分を褒めてやりたい。

 最高記録がこれなら、最短記録は三日間の剣術だ。剣なんか買えるわけはなく丁度良い長さの棒で練習していたが、あれは無理だ。くるっと手首で回すやつがどうしても出来なかった。そう、それがやってみたかっただけ。

 悪く言うなら、お子様――だけど俺はこうとる。

 チャレンジャーと。

 なんて綺麗ごとを並べてみたが、本当に“なんとなく”なのだ。ただやりたかっただけ。これからの将来もなんとかなるよ、という程度しか考えていない。

 ずっとこの村で生活して、綺麗な奥さんを貰って子供が生まれて。出来れば女の子が良い。男の子だと俺のマネされたら困る。

 そして、死ぬときは「あぁ…旅には出れなかったけど、幸せな人生だったな……」と納得して一生を終えるものだとずっと思っていた。

 でも現実は違っていて、自分はこうして村を出て旅に出ている。

 この「自由に生活が出来る場所を探して、旅をしているの」と言う女の子ことと一緒に――

 

 

 

「ねぇ、ジン!この綺麗な花はなんて言う名前なの?」

 

 と彼女は何もない道端に咲く一輪の花を指差して、無邪気な笑顔で笑いながら訊いてきた。俺が「分からないことがあったらなんでも訊いてくれ」って言ったからだろう。村を出た辺りから質問の嵐。雨あられってやつだ。

 基本女の子だけあってか、花の事とか美味しい食べ物の事とか訊いてくる。

 普通男が花の事を訊かれても答えられないことでも、俺は答えられる。なんて言ったって、俺は花が好きだからだ。見るのも、育てるのも、食べるのもいい。豆知識だが、あの有名なバラだって食えるんだぞ。食べたことはないが。

 

「それはな~…えーっと、」

 

 空へと伸びるようにぷちぷちと小さな花が鈴なりに咲いていた。小さな花びらを広げている。

 

「…えーっと?」

 

「リン…アレだよアレ……」

 

 俺は流石に焦った。花の名前は喉まで出てきているはいる。だけど、そこから出てきてくれないのだ。「もう少しだ!頑張れ!!」と心の中で応援してみるけど最初と変わらず、なんだかムズ痒いまま。

 時間だけが過ぎていき、段々と彼女の笑顔の雲行きが怪しくなってくる。疑いのまなざしを向けられた。

 

「…まさか知らないのに、知ってるふりをしたとか言わないでしょうね?」

 

「いや、違う。 知ってるんだけど…もう少しで――」

 

 知っているふりをしたと思ったのか、少しずつ俺を見る彼女の目付きがキツくなっていく。

 17歳にしてボケる。とてつもなく早すぎる気がするが、如何せん俺は記憶力がないからすぐ忘れてしまうのだ。いつもは忘れていても何かの拍子にぽっと思い出すことがあるが、ゆっくりと考えている時間がない。そして最悪なことに今は焦りもあってなかなか出てこない。

(えぇ~っと…アス…アス……アスカじゃなくて~~…)

 

「あっ!思い出した!!」

 

 片方の手をグーにして、もう片方の手を開いて、ポンとした。分かった!と身体でアピール。

 

「アスチルベって花だ。因みに花言葉は“自由”」

 

「へぇー…“自由”かぁ……」

 

「なんかいい花言葉だよなー。 色々花の種類があるけど、結構好きなんだこれ。意外とどこでも咲いてたりするし」

 

「へえ~そうなの。 初めて見た気がするけど、わたしが気付かなかっただけかもしれないわね」

 

 彼女は花を摘み採ると匂いを嗅いだ。自由という言葉に彼女なりの思い入れがあるのだろうか。嬉しそうに見つめるとゆっくりと微笑んだ。

 

「…甘い匂いがするのね。良い花だわ♪」

 

「………」

 

 そんな表情に俺はドキっとした。

 出逢った時からそうだが、基本彼女は何事に対しても強気で挑んで、「わたしに出来ないことはないわ」と自負している。だが、たまにこうしてふと優しく微笑むことがある。その顔を見るのが最近の楽しみなのである。別に盗み見ているとかそんなストーカーまがいなことはしてないぞ。笑顔を眺めているだけだ。

(ホント可愛いよな…。理由もなく強気な態度も笑えて嫌いじゃないけど)

 アスチルベのもう一つの花言葉――“恋の訪れ”。その言葉通りだと思った。

 そう、リンとの出逢いは突然で、俺の恋も突然訪れた――

 

 

             *

 

 

「ちょっと離しなさいよ! あんたたちと遊んでいる暇はないの!!」

 

「ん?…なんだ?」

 

 とくにやることがなかったためぷらぷらと村を歩いていると、どこかから叫び声が聞こえた。

(向こうからか……?)

 声の聞こえた方向に走り出す。別に助けは呼んでいないが、声からは切迫感があった気がするからだ。まあ、野次馬兼なんちゃらってやつ。

 村一番の市場を抜けて裏市場と言われている所に向かった。そこは珍しい物が売っているがあまり治安が良いとは言えない場所だ。俺みたいな子供や女があいそれと行ってはいけない。

 旅人が知らずに入って、有り金を全部巻き上げられた、って話を聞いたことがあるくらいだ。今の声だってそれに近いものだろう。

 裏市場へと入り、奥に進むと、そこにはがたいの良い男たちが三人と、それに囲まれるように俺と同い年ぐらいの女の子がいた。

 俺は声をかけた。

 

「おいおい…ナンパにしては強引じゃないっすか。おっさん方」

 

「あぁあ? …なんか用か、坊主?」

 

 三人組の親分らしき奴が訊いてくる。

 背丈は俺と同じくらい――いや、俺以上あった。平均男子の太ももぐらいの二の腕に頭と同レベルの太さの首。色々と「リンゴは潰せますか?」だとか「首は旅に出て、今は旅行中ですか?」とか訊きたいが今はやめておこう。俺だって空気ぐらい読めるさ。

 今の状況は、筋肉の塊とその腰巾着たちに可愛い娘がからまれてる。あってるだろ?

 

「用が無いと言えばないけど、あると言えばあるかな?…とりあえず、そのムサイ手で女の子を掴むのはやめてあげれば?」

 

「…言ってる意味分かってんのか!?あぁ!」

 

 取り巻きらしき奴が叫ぶ。

(なんだこいつ…腰巾着みたいな奴だな)

 

「一応、分かってるつもりだけど?むしろ、俺が喧嘩売ってるって分かんなかったら、そっちの方がヤバいでしょ?」

 

「…どうやら、自殺志願者らしいな……やれ」

 

 親分らしき男の命令で、腰巾着が鞘から剣を抜く。こっちも…といきたいところだが、刃物一つ持っていないというか、武器になりそうな物すら持っていなかった。

 相手は剣を構えると、ジリジリ近付いてくる。腰巾着は勝利を確信したのかニヤリと笑った。まあ、普通なら確信して当たり前。自分は剣を持っているのに対しても、相手は素手。勝敗は誰が見ても予想つくだろう。

 

「ちょっと!あんたたちが用があるのはわたしでしょ!?その人は関係ないわ!」

 

 追い詰められて、後はないはずなのに何故か彼女は強気で親分らしき男に文句を言った。

 こんな状況なのに俺の心配をしてくれているらしい。いや、こんな状況だからか。

 

「…だとよ兄ちゃん。命びろいしたな。これでも持って消えな」

 

ガシャ

 

 男はポケットに手を入れると中から取り出した袋を投げてきた。それは目の前に落ちると大きな音をたてた。

 金属同士の擦れた音からして、おおよそ中身は金。それも相当な額のお金が入っていることだろう。

それを見た彼女は叫ぶように言った。

 

「それ持ってどこかに消えなさい。 わたしは――の力は借りたくはないの」

 

 最後の方は彼女との距離が少し遠いせいか聞き取れなかった。だが、そこは問題じゃない。俺はこういうのが嫌いだ。人の命を金で解決しようとするやつも、この前に落ちている金を拾って逃げるやつも。

 少し感情的になりすぎたせいか、ありえないくらい心臓の鼓動が分かった。ドン、ドンと胸を敲かれている感じ――沸々とただ“なんで”という言葉が出てきた。

 

「分かった――」

 

 拾った袋を手に取ると、重さを確認した。これを投げるにあたって、軽かったら痛くないからだ。

(んまぁ…思ったより軽かったけど、これぐらいあれば充分か)

 俺は拾った袋を思いっきり親分の顔に向けて投げた。それは見事に当たり地面に落ちた。衝撃で縛っていた紐がほどけたのか、中から硬貨がこぼれた。

 

「ナイスコントロール♪ そして、消えるのはお前らだっつうの」

 

 最後まで言い終わる前に地面を思いっきり蹴った。袋からお金が落ちて怯んだ腰巾着の方へと向かう。隙が出来たから片付けに入る。

 

「ぐはぁっ!」

 

 振り上げた膝が腰巾着の溝内に入った。嗚咽とともに顔面に二発目を食らわした。気を失ったのか男は膝から崩れるように倒れる。

 その流れで次の奴を倒しに行こうとすると、鋭い一閃が目の前に見えた。すでに次の行動に移ろうとしていたので、完全にかわすのは無理だった。身体を捻るように急所からそらす。

 無理矢理身体を捻ったせいかバランスを崩し、飛ぶように地面に転がった。

 

「くっ…」

 

「惜しい、殺ったと思ったんだがな。避けんなよ小僧」

 

「はっ!冗談抜かせ。避けるに決まってんだろ…」

 

 親分らしき奴が振るった剣は腹をかすり、服が裂けていた。その辺のチンピラ程度だと舐めていたいたけど、かなりの修正が必要らしい。

 立ち上がろうとしたら、激痛が身体を走った。

(っ…少し切られたか……)

 裂けた服の間から見える肌は、血で赤く染まっていた。

 

「いてえ、けど…まだだ!」

 

 また走り出す。

 

「おらぁっ!」

 

 俺を薙ぎ払うかのように剣が横に振られた。それをバックステップでかわすすかさず懐に飛び込んだ。低姿勢での突入で威力は半減してしまうが、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。回し蹴りを叩き込む。

「うわっ」という叫び声と共に腰巾着二人目が飛んでいく。首を狙っての攻撃が功を制したのか、一撃で倒せた。

 ここまでは腹を切られること以外予定通りだ。問題はここから。圧倒的な力の差を見せつけて、あきらめて帰って欲しかったのだがそういう玉じゃないらしい。

 

「…なかなか、やるじゃねえか小僧」

 

「まあな。一応鍛えてるっていうか、こういうのは慣れてるもんで」

 

「ほおう、そのようだな。その目つきはこっち側の人間のもんだ。 でも、なんでこいつを助ける?自分の手柄にしようってか?」

 

「馬鹿か。お前らのようなブローカーと一緒にすんな。 それにこの目つきは生まれつきだ!」

 

「そうか、勘違いだったか。 …良い仲間を見つけたと思ったが、お前は元こっち側のようだな」

 

 後ろにいる女の子を指差した。

 

「なんの話をしているのよ!わたしはこんな人知らないわ」

 

「そういう意味じゃねえんだよなこれがって…おっと、」

 

「ちょっ!離して!!」と女の子が叫んだ瞬間、彼女の溝内に柄がめり込んだ。力が抜けるように崩れた。

 

「あ~あ、価値が落ちたらどうすんだ」

 

 敵は武器を片手に突進を仕掛けてきた。猪突猛進。一直線に伸びてきた刃を俺は横にずれてかわす。同時に蹴りを叩き込もうとしたがかわされた。

一歩後ろに後退した。逃げるためではなく、余裕を保つために相手と距離を取った。

(…消耗戦だとキツいな……)

 切られた腹から血がポタポタと垂れている。それは軽く足元に血の水たまりを作っていた。

 

「何故、そこまでして見ず知らずの女を助けようとするんだ? お前になんの得が?」

 

「…別に。 最初はなんとなくからだったけど、今はお前らのような人間がムカつくだけだ」

 

「は?なに言ってんだ小僧。 どうせ、お前もこの女がエディルレイドだから欲しいんだろ?」

 

「エディ…ル……レイド?」

 

 何の話なのか分からない。エディなんちゃらってなんだ?そう疑問に思ったことが伝ったのか、倒れている女の子に近付くとおもむろに彼女の髪を掴むと引っ張り上げるように立たせた。

 耳の後ろに海碧(コバルト)色に輝く石が付いていた。

 

「……石、なのか?」

 

「そうだ。こいつあ良い代もんだ、売れば大金が入る」

 

「…大金ねぇ」

 

「お前もそれを知って、俺たちの邪魔をすんだろ?」

 

「…………」

 

「はは、黙るってことは本当だったらしいな。 だが、これは俺が先客だ!お子様はおうちで糞して寝んねしてな」

 

「っ……」

 

 泣いていた。

 何もなすすべがない自分に。この世界、人身売買なんてそう珍しくない。自分もかつてそうだったように。

 目の前の女の子は自分に似ている。性格がとかそういうのじゃないものだ。それはなんとなく、という曖昧なものだったがそう思う。

 物のように売られ、物のように扱われる人間の末路――それを俺は知っている。だから、助けたいしこいつらがムカつく。

 

「…クソが……その子がエディ何とかだか知らねえけど…物みたい話してんじねえ!」

 

「あぁあ?なんか言ったか?」

 

 奴が彼女の髪を離したと同時に地面を思いっきり蹴ると相手の後ろまで一気に回り込む。狙いは首。

 当たれば一発で終わらせられる。

 勢いを殺さずジャンプした。腕、そして腰の回転も加えて首めがけて回し蹴りをしたが、直撃寸前のところでまたかわされた。

 

「はっ!武器なんだから、物みたいに扱ってどこが悪いんだよ! 馬鹿なんじゃねえかお前?」

 

「…お前だけは絶対に許さねえ」

 

 また突進をしかけようとした時、

 

「どうして…あなたには関係ないことじゃない! もう、やめて……」

 

 叫び声が響いた。

 もう日は暮れ辺りはあかね色から真っ暗な黒へと変わろうとしていた。

 

「はぁ、はぁ…。関係なら少しはある……俺も――」

 

(クソ…血を流し過ぎたか……前が掠れてよく見えねえ)

 血が足りないのか、目の前がくらくらする。

 

「じゃあ、さっさとくたばれや!小僧!」

 

 男は剣を振り上げた。どうやらこの一発で終わらす気らしく、高く掲げた剣はすぐは振り下ろさない。

これを俺は待っていた。上げすぎた刃はすぐには俺を殺せない。

 そんなチャンスをみすみす逃す奴なんてどこにもいないだろう。俺もその一人だ。

スッと男の懐に入り込む。

 

「なにっ!?」

 

「これこそ、アレだ……」

 

 男もやばいと思ったのか急いで振り下ろす。だがもう遅い、俺の勝ちだ。滑り込みギリギリセーフってやつだが勝ちは勝ちだ。

 前に突き出した拳は巨漢の男の溝内に深くめり込んだ。近くでザクッと剣が地面に刺さった音が聞こえた。

 

「はぁ、なんとか…倒した……。 使うのは蹴りだけじゃないよってね――」

 

 ムカつく野郎を倒してやったぜ、という確信を得た瞬間、前進から力が抜けた。足から崩れ落ちるように、膝そして身体という感じに倒れた。最後の顔面が痛かったが、そんな痛みも今はどこかに消えた。

 

「ちょ…ちょっと!」

 

 驚いたのか、戦いを見守っていた女の子は近寄ってきた。

 また泣いていた。目から大粒の涙を流している。そんな彼女に俺は笑いかけた。

 

「…はは、なんで泣いてんだよ?」

 

「それは…あなたが――なんでこんなことしたの?」

 

 俺の取った行動が心底分からないという顔をしていた。

(うわ…近くで見ると綺麗な顔してんな……)なんてことは言わずに、ただこう伝えた。

 

「…とにかく無事だったから良かった」

 

「あなたの言ってる意味が分からないわ…」

 

「はは、そうだな…。でも、こう誰かを守って死ぬのも…悪くないな……」

 

「ちょっと待ちなさいよ!こんな目覚めの悪い死に方しないでよ!」

 

「悪いな…ただ俺は――」

 

 そう言って俺は意識を失った――

 

 

       *

 

 

「ん…」

 

 目を微かに開くと窓から入ってくる光りが眩しくて、目を細めた。上には天井、横は壁。どこかの部屋に俺はいるらしい。「ここはどこだ?」という疑問も考える間もなく何かに遮られた。

 

「やっと起きたのね!?ホント良かったわ!」

 

「…………」

 

 顔に何か温かくて、軟らかい物が押し付けられている。ということだけ分かった。そして、先程まで目に入ってきた太陽の光りも、天井も壁すら今は何も見えない。ただほのかに甘い匂いがする。果実のような匂いではなく、どこか落ち着くような匂いだ。

 だんだんと意識が目覚める――もしかして、女の子の匂いでは?とそんな言葉が頭をよぎった。

 

「うわぁっ!?何してんだよ!」

 

 顔にあった物を剥がすように取った。

 

むにゅ

 

(ん?…なんだ?この軟らかい感触は……)

 

 手のひらに感じる軟らかい感触に疑問を捉えていると、女の子の悲鳴があがった。

 

「きゃーーどこ触ってんのよ、あんた!」

 

 急に明るくなったかと思ったら、吹き飛ばされた。そして顔に衝撃が襲った。

 

「いってえ~。いきなり何すんだよ…」

 

 頬にヒリヒリとした痛みを感じる。この痛みからして、殴られたのではなく叩かれたらしい。

もう目覚めてから何が自分の身に起こったのか分からない。眩しいと思ったら暗くなって、落ち着く匂い、今まで触ったことのない柔らかいものからの、顔面に衝撃。なんだこれは。

 

「って、お前は、あの時の…」

 

 目の前にはあの時の女の子がいた。どうやら俺はちゃんと助けられたらしい。

 見た感じは身体に外傷はないようだけど、なんか様子がおかしい。挙動不審に目がキョロキョロしている。

 

「あ、あなたが悪いのよ!?」

 

「は?なにが……」

 

「だ、だから、その……わ、わたしの――」

 

 彼女は顔を真っ赤にして、胸の辺りを両手で隠した。

 

「ま、まさか…」

 

「きゃーー!忘れて!!」

 

パチーーン

 

 もう片方の頬も叩かれた。

 彼女が落ち着くまで少々時間がかかったが謝ったら、許してくれた。

 

「…ごめんなさい」

 

 ベッドにビンタの勢いで倒された、とはすごい経験をしたものだ。女の子でも結構力はあるんだな。

彼女も痛かったのか叩いた手を擦りながら「そ、それを早く言いなさいよ」と早口で言った。言う前に叩いただろなんて言ったら、もう一発食らいそうだったのでやめた。ここも空気を読めってやつだろう。

 

「それより――」

 

「それよりっ!?」

 

 彼女は俺から出た言葉が信じらんないというぐらいに驚いたのち、鬼の形相で睨んできた。

 たぶん、む、胸を揉んだことを軽く思われた、と勘違いしているんだろう。俺はすかさず、否定した。

 

「あ、いや…そうじゃなくて。怪我とかしてない?」

 

「…え?」

 

「だから、ブローカーに襲われたときに」

 

「だ…大丈夫よ。 あなたが――くれたから」

 

「え? ごめん、聞こえなかった。もう一回言ってくんない?」

 

 別にからかってるわけじゃない。本当に聞こえなかったのだ。それにからかう時は、徹底的にやるさ。

 

「なんでもないわよ! …それと――」

 

 さっきまで強気の眼差しは、買い物に出てしまったのか、急にキョロキョロと視線を泳がし始めた。

 

「なに?」

 

「だ…だから……――の癖にありがとう」

 

 恥ずかしさのあまりボソボソ言いすぎて、途中なに言ってんのか分からなかったが、大体想像がついた。

たぶん、助けたことの御礼が言いたいのだろう。

 

「どーいたしまして♪ でも、この辺じゃ見掛けない顔してるけど、旅でもしてるの?」

 

「ええ、まぁそんなところかしら」

 

 強気な目付きと態度はいつの間にか帰って来たのか、最初と同じ話し方に戻った。

 

「なぁ、なんであいつらに襲われてたんだ? やっぱり、あのエディ何とかってやつのせいか?」

 

 俺は最初から思っていたことを訊いが、どうやら彼女はそれは訊かれたくなかったことらしい。俯いた。さっきまで見えていた表情が長い髪で隠れた。

 

「それは…わたしが――」

 

パリーーン

 

 窓が割れる音が扉の向こう側から響いてきた。そして「おら、エディルレイドはどこにいる!」との怒号も聞こえた。

 俺はベットから飛び降りた。彼女の前に立つと後ろに下げる。

 

「やつらか?」

 

「っ…しつこいわね」

 

 彼女は舌打ちをした。顔に似合わず、性格はちょっと変わってるらしい。

(この子…綺麗な顔してるけど気強いし、まさに――真逆だな)

 段々と声が近くなってくる。俺たち、というか、彼女を一室一室探してるんだろう。しばらくすると、扉がゆっくりと開いた。

 

「ここはどうだ?」

 

 現れたのはやっぱりあいつだった。腰巾着二名をつれていた親分みたいな奴だ。でも、今は一人だけだった。

 男は大振りに大斧の剣先を俺に向けた。

 

「おっ、ここにいたか。んで、そこにいんのはさっきの小僧じゃねえか」

 

ごくりと生唾を呑みこむと威勢よく返した。

 

「…出来ればもう二度と会いたくなかったね」

 

「そうか。でも、俺は小僧とそれに会いたかったぜえ?」

 

「…しゃーねえ。また返り討ちにしてやるか」

 

 走り出そうとすると、腹部で激痛が走った。

(っ…そういえば、あいつに切られてたんだっけか)

 俺は痛みに顔を歪めた。切られた傷口が開きかけてるのかもしれない。色んなことに手出して、切り傷ばかり作ってきたせいかそう確信した。

(あの時みたいな、大立ち回りはできないな…)

 

「おうおう、そんな身体で大丈夫かぁ? こっちは遠慮うなく殺るぞ?」

 

『きゃははは。そんな身体で戦うとか自殺志願者じゃん』

 

 どこかから女の子の嘲笑うかのような笑い声が聞こえてきた。辺りを見渡すが前に倒した男しかいない。(他は…)と探すが、この部屋には三人しかいなかった。

(聞き間違いか? 女の声が聞こえた気がしたけど…)

 変な声が気になるが今は目の前の危機をなんとかしなくてはならない。俺は意識を戦闘モードに切り替えた。

 

「先手必勝だっ!」

 

 勢いよくベッドからシーツから剥がすと、片方を結んで投げた。うまくいけばこれで目隠しが出来るからだ。

 風でシーツが広がった瞬間に俺は走り出す。スピードを落とさず死角から巨漢の男に蹴りをいれた。

 

「「……………」」

 

 シーツがゆっくりと床に落ちていく。見ると大斧でガードしていた。男は大斧を軽々しく振り抜いた。

 

「…はっ、バカかっ!」

 

「っ…くそ……」

 

「きゃっ!」

 

 振り抜いただけなのに風圧で家具が粉々に粉砕した。

 俺は壁に叩きつけられそうになるが、空中で体勢を立て直して床に着地する。

(クソッ…なんだよアレ……)

「大きさとスピードが割りにあってねえぞ!」と、そんな愚痴をこぼしたくなるぐらい破壊力がおかしい。

 

「あれは…エディルレイドよ」

 

 振り向くとそこには彼女がいた。歯を食い縛りながら話を続ける。表情からして俺たちの勝ちは絶望的らしい。

 

「エディ…ル……レイド?」

 

「そうよ。わたしと同じ種族……エディルレイドは契を交わして武器になれるの。それも普通の武器より強いわ。 だから、あの人たちはわたしを狙うのよ……」

 

「へぇ、そうなんだ。 豆知識、ありがとさん」

 

「……あなたを巻き込んだわね。ごめんなさい」

 

 強気に話そうとしているが、全然声が出ていなかった。

 俺は膝から力が抜けて、倒れそうになるが耐えた。

(これ死ぬかもって思うけど…この子を守らなくちゃだよな……)

 深呼吸をした。身体の奥深くまで空気を送る。足に力を入れてゆっくりと立ち上がる。

 

「おお~まだ立ち上がるか! 威勢がいいじゃねえか、小僧」

 

『早くズパッとやって帰ろうよ~』

 

 巨漢の男は「あぁ、そうだな!」と言うと走り出した。

(クソッ、このままだと避けきれねえ!)

 そんな時、後ろにいた女の子が目の前に来た。

 

「バ…バカ!離れて――」

 

 男はかまわず俺の方へと走ってくる。このままだと一緒に切られると思った瞬間、彼女が俺の手を握ってきた。

 

「このままじゃ、死んじゃうわね」

 

「いや、お前だけは…絶対逃がしてやるから安心して。 だからそこを…」

 

「そんなの…無理よ。」

 

 彼女は諦めたのか俯く。だが、俺はそんな女の子に「さっきまでの威勢はどこに行っちゃったんだ?旅にでも出たか?」と笑って冗談を言った。

(こんな状況、気合いで乗り気っとやるさ!)

 彼女から巨漢の男に目を向ける。ざっと見た感じ、残り3m。

 

「…そうね。」

 

「なんか言ったか?」

 

「言ったわ!だから、わたしと一緒に旅をしましょ。…それと、わたしに力を貸させて?」

 

 最初は強気で言っていたが、最後だけどこか不安そうな顔で訊いてきた。

 

「よく分かんないけど、俺なんかでよければいいよ」

 

 彼女の不安を消し去るためにニッと笑う。すると、そんな顔はふっとどこかに消えた。それに変わりまた強気な眼差しが戻ってきた。

 

「わたしの名前はリーン=リァヴランス――長いから『リン』でいいわ!」

 

「はは、俺と同じで長い名前が嫌いな口か。俺の名前はジーニアス=クラウン――『ジン』でいい」

 

「じゃあ、よろしく! ……ジン」

 

 リンは耳まで赤くして俺の名前を呼んだあと、俯いて長いホワイトピンク色の髪の毛で表情を隠した。

そんな彼女に「なに顔赤くしてんだよ?」とからかいたくなったが我慢した。

(急に潮らしくなったと思ったら、めっちゃ可愛いじゃん…)

 

「よろしくな! リン!!」

 

「ええ、いくわよ!」

 

 彼女は契約の歌を唄い始めた――

 

そんな出逢いから俺たちの“自由に生活ができるところを探す”旅は始まったんだ。

 

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