「じいちゃん、ただいま」
「うむ、って、どうしたんじゃ、そのびしょ濡れな格好は!? それに後ろの少年も同じようじゃが」
「その、実は……」
川神院に帰りついた一子はしかられるのを予想し、言い辛そうな表情を浮かべながら、あった出来事を説明する。その話を聞いている途中、彼女の祖父である鉄心は顔を僅かに青ざめたり赤くしたりし、そして今は全身を震わせていた。
「この、馬鹿者がああああ!!!!」
「ひぃぃぃぃぃ!!!!」
話を全て聞き終えた彼は予想通りに怒りを爆発させた。その怒りを受けて縮こまる一子。
「無茶と無謀は別物と教えておるじゃろうが、そもそも武術家が自分の実力と状態も見極められんでどうする!! これからたっぷりと説教してやる……っと、言いたいところじゃが、まずは風呂に入って着替えてきなさい」
客人の前であることと一子の身体を気遣い怒りを抑える。
そして視線の先を変え悟飯に対し向き合うと大きく頭を下げた。
「孫悟飯君でしたな。孫を助けていただき、本当にありがとうございました。是非、礼をさせてください」
本当に大きく深々と頭を下げる鉄心。立場のある身でありながら、自分よりもずっと年下の少年に対して最敬礼を払うその姿からはそれだけ感謝の念が如何に強いかを感じさせた。
「あっ、その、別にそんな大したことじゃないですから。あの、その頭を上げてください。その敬語とかお礼もいいですから」
その鉄心の行動に両手を振って慌てる悟飯。目上の人間に余りに下手に払われすぎてどうすればいいのかわからないようだった。それを察した鉄心は頭を上げ、言葉を崩すことにする。相手の気持ちを考えない礼節は自己満足でしかないと理解しているのだ。
「ふむ、それでは失礼してやめさせてもらおう。じゃが、もう一度だけ言わせてくだされ。孫を助けてくれて本当にありがとう。それと服を用意するから着替えていきなされ。今、来ておる服は洗濯し、後日届けよう。幸いうちの生徒のようじゃから渡すのは簡単じゃしのう」
「あっ、はい、それじゃあ……。って、うちの生徒?」
敬語が崩されたことで今度は素直に礼を受け取る。
そして気に成る言葉について尋ねた。
「うん? 一子から聞いておらんか? わしはお主が通う川神学園の理事長じゃよ」
「あっ、そうなんですか。って、いいいぃぃ!?」
衝撃的な事実に驚く悟飯。その驚く姿は父親とよく似ていた。そんなご飯に対し鉄心が釘を刺す。
「言って置くが幾ら孫の恩人とは言え特別扱いは出来んぞ。まあ、お主には必要ないかもしれんがのう。何せ編入試験で満点を取った秀才じゃからのう」
「えっ、満点!? 悟飯君凄いのね」
今度は一子が驚き、興奮した様子を見せる。しかしそこであることに気づき、軽く気落ちした
「あっ、でも、そんなに頭いいなら悟飯君はS組に行くことになるのね。仲良くなれたのにちょっと残念かも」
一子の在籍する1-Fとエリートクラスである1-Sは余り仲がよくない。無論、そのことを理由に彼女の方から拒絶をするつもりは無いが、そのことが原因で壁ができてしまうのでは無いかと少し不安になったのである。
「いや、彼は家庭の事情で今まで学校に通ったことが無いとのことじゃからいきなりS組の空気は辛いじゃろう。じゃから個性の強いF組に編入してもらう。あそこはいじめなどとは特に無縁のクラスじゃしのう。2年に進級の頃には学園生活にも慣れておるじゃろうから、そこで改めてクラスを選んでもらうつもりじゃ」
Sクラスはエリートクラスだけあって、クラスメート同士でも強い競争心を持っている。そのため、対人経験の浅い人間が友人を作るには余り適した環境とは言えない。学生の本分は勉強だが、コミュニケーションを学ぶのもまた学校の大切な役割であるとしてあえてF組に編入させることにしたのだ。無論、これは悟飯本人や彼の母であるチチも了解済みのことである。
「そうなんだ。じゃあ、アタシ達と同じクラスなのね」
「改めてよろしくね、一子さん」
嬉しそうに言う一子と笑顔を返す悟飯。和やかな空気が流れ、邪魔したくない雰囲気であったが、そうもいかない理由があった。
「親交を深めるのはよいことじゃが、まずは着替えてきなさい。転校初日から風邪で欠席なんてことになれば完全に笑い話じゃぞ」
「あっ、うん、悟飯君も行きましょ。案内するわ」
「あっ、はい。それじゃあ、お邪魔します」
鉄心の言葉に従い、浴室へと向かう二人。その道中、二人は一人の少女と遭遇した。その少女の名は川神百代。一子の姉であり、武神と呼ばれる少女である。
「んっ、ワン子、帰っていたのか。……その男は誰だ。ま、まさか、彼氏とかじゃないだろうな!? だとしたら私も心の準備が。えと、こういう時は何て言えば。そうだ、妹が欲しかったら私に勝ってからにしろ!!」
「お、お姉様。悟飯君はそんなんじゃ無くて!! それにお姉様に勝つなんて無茶な条件過ぎるわ!!」
若干シスコンの気がある百代は、妹と自宅で仲よさそうに歩く見知らぬ男の存在に動揺し、軽い錯乱状態に陥っていた。一方の一子も恋愛等に免疫が無いため悟飯と恋人扱いされたことで同じく錯乱状態に陥っている。
「僕と一子さんはそんなんじゃないですよ。実は……」
そんな風に混乱する二人を他所にその手の感情に鈍く、一人平静だった悟飯が事情を説明する。その話を聞いた百代は先程の鉄心と同じような反応を見せた。
そして彼女の肩に手を置き、その目をじっと見て言う。
「ワン子、二度とそんな無茶はするな。お前に何かあったら私は……」
「ごめんなさいお姉様」
怒りと鎮痛さを滲ませた真剣な表情で言う百代に一子は反省し頭を下げる。
彼女の反応を見て理解してくれたと判断した百代はほっと一息つくと次に悟飯の方へ向き直った。
「孫悟飯だったな。一子を助けてくれて本当にありがとう。学校で何か困ったことがあったら言ってくれ。力になるぞ」
「はい、その時はお願いします」
その感謝の気持ちを受け取り握手をする悟飯。だがそこで百代は僅かに顔をしかめた。
「どうかしましたか?」
「あっ、いや、何でもない。それよりこんな美少女の手を握れて役得だな悟飯君」
「ははっ、そうですね」
誤魔化すようにからかう百代。その言葉に対しどうリアクションを取っていいかわからず曖昧に笑う悟飯。
「むう、全く照れてくれないと少し傷つくな。っと、風呂に行くんだったな。邪魔して悪かった」
「はい。それでは失礼しますね」
その反応に不満そうな表情を浮かべながら風呂を勧める百代。それに応じ二人は浴場へと向かう。
そして残された彼女は先程握った手をじっと見て何やら考え事をするのだった。
「それでは失礼します」
「じゃあね、悟飯君」
「気をつけてな」
「うむ、また学園での」
風呂を頂いた後、一子、百代、鉄心に見送られ川神院を立ち去る悟飯。
寮に向かい歩きながら彼は彼女達のことを考えていた。
(三人とも武術を学んでいるだけあって中々強そうだったな。特に百代さんと鉄心さんはこの街で感じた特に強い気の持ち主だったみたいだ)
気を感じ取ることによって悟飯は百代と鉄心の実力に気づいていた。
彼等は恐らくこの街における最高峰の実力者、そう考えながらより深く彼らの実力について考察する。
(二人は気を抑えてるみたいだった。潜在能力は多分、初めて会った頃のクリリンさん達と同じ位かな? クリリンさん達は昔、お父さんのライバルだったからこの街の人達が天下一武道会で優勝を狙えるレベルってのは本当みたいだ)
潜在能力と表層的パワーの違いからブルマの言っていたようにこの街の武術家達、少なくともその上位の実力者は気を操れ、相応の実力者であると言うことを確信する。
(僕の力はばれていないといいけど。最悪でも百代さん達よりは弱いように思われるようにしないと)
この街で一番強い人達よりも弱ければ力がばれてもそれ程、目立ちすぎないだろう、そう結論づける悟飯。
一方その頃、百代達の方もまた悟飯について想いをめぐらせていた。
「うーん」
「どうしたのお姉様」
「いや、何かもやもやとすると言うか。あの悟飯という男。もしかしたら割と強いんじゃないかと思ってな」
悟飯は気を抑えていたが、それでも一般人よりは強め位のレベルだった。それに重心の取り方等、動きの端々に見られる武道の匂いを百代は感じ取ったのである。
「ぱっと見、大人しそうな雰囲気と童顔に騙されそうになるが良く見ると相当鍛えてるぞあいつ。少なくとも溺れるワン子を犬ごと救助した時点でそこらの学生より体力があるのは間違いないだろう」
握手をした時に気づいた悟飯の体格の良さ。
「百代、まさか一子の恩人に喧嘩を売るつもりではないじゃろうな?」
「勿論無理強いしたりはしないさ」
鉄心の懸念に対し一見否定しているようで実は否定していない答えを返す百代。その言葉に鉄心は溜息を付く。
(全く、しかし確かにわしも彼からは何か底知れぬ力を持っているような印象を受けた。それに彼の名前……単なる同姓同名なのじゃろうか?)
その時、彼の脳裏に浮かんだのは若き頃に密入国したマヤリト大陸で出会った遠い昔のライバルのことであった。
「えっ、悟飯君って強かったの!?」
そして一子はと言うと悟飯の実力に全く気づいていなかった。
「断言はできないがな。そう言えば……」
そこでふと百代は思い出す。昼頃、一瞬だけだが凄まじく強い気を感じたことを。一瞬だったので気の所為かとも思ったが、考えてみるとそれはちょうどその時間が一子が悟飯に助けられた頃と一致する。
「孫悟飯か。色々と興味が湧いてきたぞ」
百代は脳裏にその姿を思い浮かべ、思わず笑みをこぼすのだった。