「てりゃあああ!!!」
互いに薙刀を持ってぶつかりあう一子と燕。端から見る限り形勢は燕の方にやや余裕があるものの、一方的な展開と言う程でもなくなかなかにいい勝負を繰り広げていた。
「川神流、鳥落とし!!」
「よっと」
飛び上がりながら薙刀を振り上げる一子に対し、バックステップを踏んで紙一重の見切りを披露する燕。これは一子にとってかなり不味い展開だった。飛び上がる技と言うのは全身の体重を乗せやすく威力は高くなるが大きな欠点があるため、熟練の武術者である程使いたがらない。人は
地面から離れてしまえば自由に動くことはできなくなり、攻撃を確実にヒットさせなければ大きな隙を産んでしまうからだ。これは如何なる達人でも逃れ得ない理である。
「悪いけど逃さないよ」
隙を逃すまいと宙に浮いた一子に攻撃を仕掛けようとする燕。
しかし逃れ得ない筈の理を脱する技がある。舞空術、この技を会得した一子にとって空は既に自由の効かない場所ではなかった。空中に上がったまま一歩分下がった一子は燕の攻撃を空振りさせる。これにより今度は燕の方に隙が生じる。
「やあああ!!」
「やば!!」
自らの失態に気づき焦る燕。彼女も舞空術を会得してはいるし、当然技のことも知っている。にも関わらずこのような失態を犯してしまったのは空を飛ばない普通の戦いでの長年の経験が仇となった形だ。それに加えて、先に技を会得した分、一子はそれを実践の中で用いる訓練に費やす時間を持つことができた。それが咄嗟の判断を分けたのである。
「ぐっ」
高速で振り下ろされた薙刀の一撃。それに対し、燕は腕を盾にして防ぐ。全力が込められた一撃に壁を越えた者達の中ではそれ程パワーが無く、また受け流すだけの余裕もなかった彼女は腕を弾き飛ばされる。しかし胴体や頭部と言った急所に攻撃が当たることは無く、一子はチャンスを逃し、燕は窮地を凌いだかに見えた。
しかし攻撃はまだ途中であった。
「川神流、顎2(アギトツー)!!」
先程は上方向から振り下ろしとして迫った薙刀が今度は下方向からの振り上げの一撃となって迫る。上下からの連撃がセットとなったコンビーネーション技。川神流奥義、顎。本来それは振り上げが先になるが、今、彼女が使ったのは独自のアレンジとして順序を入れ替えた変則バージョン、顎2と命名した技だった。
「くっ!!」
その一撃は見事に胴体を捕らえる。これがスポーツであれば一本先取となっていただろう。しかしここ川神での試合は実戦に近づけてあり、修行での組み手もそれにあわせてある。地面に強く踏み込み、燕はその一撃を堪えて見せた。
そして倒れず、武器も手放さなかった彼女は反撃の横凪ぎを放つ。その一撃に対し一子は反応できず、攻撃を受けた彼女は弾き飛ばされ地面に叩きつけられてしまう。
「はい、そこまで」
そこで審判役の悟飯が制止をかけ手合わせ終了となった。駆け寄る悟飯。
少し悔しそうな顔をしながらも特に怪我などは無いようで立ち上がった一子に対し評価を告げる。
「一子さん、今の手合わせ、かなりよかったですよ。武空術も大分上達したみたいですね。けど一撃を決めた後、一瞬気を抜いたのは不味かったですね」
「うん、燕さんに攻撃を当てたと思ったらつい、嬉しくなっちゃって。反省だわ」
最後の燕の攻撃をかわせなかった理由。それは大技の直後で身体が硬直していたのもあるが、悟飯の指摘どおりそれに僅かな油断が加わったために回復が遅れたのが致命的であった。反省する一子。
「いやー、危なかったよ。一子ちゃん強いねー。流石モモちゃんの妹だね」
一方、対戦相手だった燕は笑顔で賞賛しながら内心は結構冷や汗をかいた状態であった。
(いやー、モモちゃんの癖の一つでも見抜ければってつもりだったけど、この修行に参加してほんとよかったよ。下手したら大恥かくとこだったね)
舞空術の有用性は極めて高く、他にも大きな成果を得られる修行が数多く体験できる。本来なら格下であった筈の一子相手にここまで苦戦したのである。仮にここでの修行を経験せず、百代と互いに全力での試合をしていたなら、例え隠してある切り札を用いたとしても燕は惨敗を喫していただろう。それがわかるからこそ彼女は心底安堵し、この修行に参加したことは彼女にとって極めて有益であったと感じていた。
「けど、燕さんが修行に加わってくれて本当によかったわ」
だが、それは彼女にとってのみ有益と言う訳ではなかった。彼女の参入は悟飯達3人にもいい影響を与えていたのである。燕が加わる以前、3人での修行の最大の問題は互いの実力が離れ過ぎていることだった。一子と百代の間にある力の差は圧倒的で、悟飯と百代の間の差はそれよりも更に大きい。
そのため、修行の成果を試す適切な組み手の相手というものが存在しなかった。しかし百代と一子、その中間より少し上位の実力者である燕が加わったことでその関係は改善された。今も、一子が得意とする武器である薙刀を両者が持ち、燕が両手両足胴体に計120キロの重りを身につけると言うハンデを加えていたものの、お互いに全力を出した状態でかなりいい勝負を繰り広げ、結果お互いの欠点を見直すことができたのである。
「ええ、僕も勉強になります」
そして燕とは実力の離れた悟飯も外からその戦いを眺めるもので、実力の近い者同士の戦いの駆け引きを学ぶことができる。おかげで戦闘センスに関して言えば、全盛期であったセルとの戦いの頃を既に超える程になっていた。
「おーい」
そこでそらから聞こえる声。その声の方を見ると空中で百代が手を振っていた。
「あっ、おかえりなさい百代さん」
「モモちゃん随分遅かったね。2時間位飛んでた?どこまで行ってたの?」
百代は一人舞空術の訓練として遠くまでの飛行を行っており、組み手が終わったタイミングで丁度返って来たのである。そこで彼女は燕の疑問に答える。
「ああ、日本列島を一周してきたぞ。小笠原とか離島は除いてだがな」
「に、にほんれっとう、流石お姉様ね」
返ってきた答えに驚く一子。驚いていないのはその気になれば日本どころか地球一周を10分かからずに行える悟飯だけである。
「ところで、行く前に聞くのを忘れたが燕や一子は例の武術大会はでるのか?」
そこで唐突に彼女が口にした話題、それが何を示すかは3人とも直ぐに検討がついた。九鬼が企画した武術大会で川神では今、大きな話題となっているからである。
そして話題になっているのはある特別な要素があるからであった。
「勿論でるわ!!修行の成果を試したいし、こんな機会滅多にないもの!!」
「うん、私もでるつもり。負けたら無敗記録が途切れちゃうけど、勝てば最高においしいしね」
その特別な要素に二人は参加の意欲を強く掻き立てられているようである。
そしてそれは百代も同じであり、ともすれば初めて悟飯と戦った時以上の興奮を彼女は覚えていた。
「マヤリト大陸の武術家を迎えた真の意味での世界大会、全くどんな選手がでてくるかわくわくするな」
武術大会の特別な要素、それは大会にマヤリト大陸の中と外、その両方の武術家が入り乱れて参加するということである。マヤリト大陸が鎖国する以前の時代に地球全土を範囲とした国際大会など存在せず、そして鎖国期間中は如何なる国際大会にもマヤリト大陸の住人は参加していない。
つまりこの大会で優勝すれば真の意味での武術世界チャンピオン、その初代になれるのである。世界中の武術家がこれに燃えない筈も無く、とてつもない数の武術家が参加する大舞台となることが予想されていた。
「モモちゃんはシードなんだっけ?」
「ああ、揚羽さんからそう言われた。私は決勝トーナメントからの参加になるらしい」
大会はマヤリト大陸の中と外でそれぞれ予選が行われ、マヤリト大陸から5名、外から7名が予選通過となり、それにシード扱いになっている特別な4名を加えた計16名で決勝トーナメントが行われるルールになっている。予選突破の人数が不均衡なのは、マヤリト大陸の外の代表は南極を除いた5大陸からの代表だからだ。日本、アメリカ、ドイツで予選会が開催され、それぞれアジア圏とオセアニア、南北アメリカ、ヨーロッパとアフリカの選手が参加することになっている。ただし例えばクリスやマルギッテのようにヨーロッパ出身だがアジアに在住しているような者が大会に参加する場合は日本とドイツ、どちらの予選に参加してもいいことになっていた。このあたりは大会主催者である九鬼の大らかと言うか豪快な性格によるものであった。
「日本の予選からは4名が進めるのよね?」
「うん、アジアはレベルが高いって評価されてるみたいだね」
悟飯の言った通りアジアの武術のレベルは高い。特に日本と中国には気を使う武術家が多く存在し、科学的トレーニングにのみ依存し、気という神秘の力に目を向けなかった欧米を大きくリードしているのが現状である。それを考えればアジアより7名中4名が予選を突破できると言う偏った割り合いも決して不公平なものではなかった。
「うー、燃えてきたわ。目指せ予選突破ね!!」
「おっ、やる気だね一子ちゃん」
やる気に満ちる3人。
そんな3人を見ながら、悟飯は今まで感じたことの無いある気持ちを抱えていた。
そしてその数日後、大会のシード選手の名前を見た悟飯はある決意をする。
それから更に数日、長浜市にて『マヤリト大陸国交樹立記念 大武術祭』が開催されるのであった。
気づいている方もいるかもしれませんが「武士道プラン編」だった章タイトルを「大会編」に変更しました。
これは当初の予定ではこの章のラスボスは超強化した清楚の予定だったのですが(ちなみに百代と燕がタッグを組んで挑むパターンと、悟飯が圧倒的な力の差を見せ付けて勝つパターンの2つを結末として考えていました)、長期休んでいる間にプロットを大きく練り直した結果、内容が大きく変わり武士道プランメンバーの出番が大きく減ったため章の名前が内容とそぐわなくなったためです。