「うわっ、凄い人数」
武術祭、七浜にて開かれたその予選会場にあつまった参加者を見て一子は驚きの声を上げた。何と4000人を超える参加者が集まったのである。しかもこの数は大会参加者の総数では無い。参加希望者の多さに予選は3段階に分けて行われることになり、この場に集まっているのは関東地区代表を目指す1次予選参加者に過ぎなかった。
「一次予選は体力測定みたいだね。種目はベンチプレスと100メートル走の2種目だけだって」
「うーん、走るのは得意だけどベンチプレスはどうかしら?」
参加者に渡されたプログラムを確認する一子達。
スピードタイプでパワーにはあまり自信の無い彼女はその点に軽い不安を覚えているようだった。
そんな彼女に百代が声をかける。
「心配は要らないだろう。今のワン子なら一次予選で落とされると言うのは考え辛い。もっと自信を持つんだワン子。川神院での修行と悟飯との修行。お前の努力とその成果を私は良く知ってるぞ」
過去の鍛錬を引き合いに出した声援、その言葉は一子の心に響いたようだった。
「そうね。一次試験なんか軽く突破してやるんだから!!」
「その意気。っと、言いたいところだが調子に乗りすぎるのはお前の悪い癖だぞ。まあっ、私も人のことはあまり言えないけどな」
尊敬する姉の言葉と、自身の積み重ねてきた努力を振り返り、一子は一気に自信をだし、やる気を全開にした。そんな彼女を微笑ましく見る二人。
そこで彼女達に声をかける者達がいた。
「あっ、いたいた。姉さん、ワン子」
「おっ、大和か。みんなも居るみたいだな」
風間ファミリーのメンバーである。全員集まっていてこの大会には彼等の中からも何名かが出場する。他のメンバーは応援と見物だ。
「ベンチプレスとはラッキーだったぜ。これなら俺様の筋肉が光輝くな!!」
一次予選に自身の得意種目があることに勢いづく岳人。彼の記録は200キロを超えており、1年前の一子を遥かに超えている。
「けど、岳人は足はあんまり速くないでしょ? 100メートルの記録が悪くて落ちちゃうんじゃない」
「いや、こう言ったタイプのテストは単に全ての種目の合計で評価するんじゃなく、1点光るタイプも合格に選ばれる可能性がある。例えそうじゃないにしても2種目から無い内の1種目で高得点を得られればかなり有利だ」
受ける前から合格したような雰囲気の岳人に対し、問題点を指摘するモロと冷静に分析する大和。
「しかしそもそもこの1次予選、何人が次に進めるのかが不明だろう。数が少ないのならやはり2種目ともいい数値をださなくては駄目なのではないか?」
その分析に対し、異論を挟むクリス。しかしそこで更に異論が入る。
「うーん、でも武術家の中には身体能力があまり高くない技巧派の人もいるしね。1次予選は冷やかしなんかを落とすための最低限の振るい分けだったりするんじゃないかなあ」
燕の推測。それは一理ある考えだった。しかしクリスの考え方の方が正しい可能性もある。
「結局の所さ、ここで議論しても意味ないんじゃね?」
「そうですね。種目はシンプルなのですから各自が全力を尽くして、後は結果を待つしかないのではないでしょうか」
松風と由紀江が話を締める。つまり由紀江一人で締めたということだ。まあ、言ってることは正論だったので、他の皆もそれに頷き、ここでその話題は終わることとなった。
そして話題に一区切りついたことで風間があることに気づく。
「あれ、そういや悟飯の奴はいないのか?」
「そう言えば姿が見えないな。悟飯の奴は参加しないのか? だとしてもあいつの性格なら応援に位は来そうなものだけど」
「ああ、何でもどうしても外せない用事があるそうだ。まあ、そうでなくても参加はしなかったと思……」
大和の問いかけに答えようとする百代。しかし彼女はそこで唐突に言葉を詰まらせた。
そして何かをじっと見つめているように沈黙し、前を見ている。それに気になった者達は彼女の視線の先を追い、そこにあるものを見た。
「うわっ、すげえ怪しい」
誰かの声が上がる。視線の先には大会の受付場に並ぶ列があった。勿論それだけなら何の問題も無い。ただその中に一人かなり目立つ風貌の男が居たのだ。いや男かどうかはわからない。なぜならば、顔に特撮ヒーローのようなヘルメットを被っていたからだ。更にでかい肩当のついた白いマントを身につけ、ターバンを被っている。
そのヘルメットはどことなくグレートサイヤマンにセンスが似ているようにも見えた。
ちなみにこの超個性的な存在が”かなり目立つ”程度なのは他にも結構目立つ存在が多数混じっているからだ。メイドとかインディアン風の衣装を纏った骨法少女とか。
「あれは、ジャパニーズヒーローと言う奴か?」
「違うぜクリ吉。あれはコスプレって言うんだぜ!」
「いや、それも多分違うから。あんな奴、TVとかで見たことないし」
クリスのボケに松風が突っ込む。それに対し、モロが更に突っ込む。
そして風間が鋭い指摘をした。
「何か、どことなくセンスが似てね?あのグレート何とかって奴と」
「グレートサイヤマンだね。って、ことは中身は”彼”なのかな?」
グレートサイヤマンの正体、そしてそれを悟飯が隠したがっていることと、この場の何人かは正体に気づいていないことを配慮し、言葉をぼかす京。
「どうなんだろう。姉さん、わかる?」
「いや、それが奴からは気を全く感じないんだ。気を感じれば正体も掴めるんだが」
気のコントロール技術を磨き、人物識別もできるようになった百代だったが、戦闘力をゼロにすることはまだ出来ず、そしてそれが可能であると言うことも知らなかった。それ故に首を傾げる。
「気を全く感じない。そんなことあるのか?」
「もしかしてクッキーみたいにロボットとか!!」
「あー、そういやクッキー4みたいな例もあるしな。人間がロボットみたいな仮面を被ってるんじゃなくて、人間みたいなロボットって可能性もあるのか」
大和の疑問に対し、閃いたと言うように声をあげる一子。それに対し、納得し頷くものが何人か現れる。
「聞いてみれば早いんじゃね? おーい、そこの人」
そこで行動に動く者が居た。正体不明の人物に気づき、駆け寄る風間。その声に彼の方を見る謎の男(仮)。
声の正体を確認した彼は丁度受付が終わっていたらしく、凄い速さで去っていく。
「うおっ、はええ!?」
「キャップが追いつけないか。正体が何者でも少なくとも只者ではないようだな」
走力だけならば並の武術家を凌駕する風間を遥かに超える速さに興味を覚える百代。
そしてその後、応援組と参加組に別れ、応援組は試験会場へと移動するのであった。
「島津岳人選手、記録220キロ!!」
「よっしゃあー!!」
開始された試験、そのベンチプレスの記録会場で軽いざわめきが起こっていた。岳人が200キロを超える重量のバーベルを上げたのである。これは参加者達の中でもかなりいい記録であった。周囲から羨望の眼差しを受け、少し上機嫌になる岳人。少しなのはその視線のもとが男が大半だからだ。それでもまあ、いい気分には違いなかったのだが、その直後、彼はあごが落ちるほど驚愕することになった。
「2、240キロ!?」
「やったああ。岳人に勝ったわ!!」
彼の次に挑戦した一子が上回る記録を出したのである。ちなみに女子のベンチプレス世界記録は227.5キロ。女子としても小柄な一子の体格であることを考えればまさしく信じられ無いパワーであった。
「お、俺様がワン子に負けただと……」
ショックを受ける岳人。
そして彼は突然、審査員の側に詰め寄った。
「頼む!! もっかいやらせてくれ!!」
「えっ、いや、それは無理ですよ」
詰め寄った彼が取った行動。それは再挑戦を頼み込むことだった。しかし審査員から返ってきたのは当然の如く拒否の答え。しかし彼はそこで引き下がらなかった
「頼む!! パワーだけは負けられないんだ」
頭を大きく下げて頼み込む岳人。強さでは武士娘達に適わない、だとしても、いやだからこそパワーだけは負けられないと言う意地であった。事情は知らずともその熱意は審査員にも伝わる。
だが、だからと言って彼の立場からすれば簡単に了承する訳には行かなかった。
「そう言われましても、他の選手に不公平ですので」
一人認めれば他の選手の再挑戦も認めなくてはならなくなる。そうなれば希望者が殺到し、時間的スケジュールが合わなくなってしまう恐れがあるんだ。
「頼むやらせてくれ!!」
必死に頼む岳人、困る審査員。そこで周囲から助け舟が入る。中年の武術家が岳人の援護についたのだ。
「そこまで頼んでるんなら、やらせてやってもいいんじゃねえか? 正式な記録扱いにしなけりゃ問題ねえだろ」
「ま、まあ、それなら。島津選手、それでいいですか?」
「おう、かまわねえ。おっさんありがとよ!!!!!」
こうして泣きの1回を手に入れた岳人は260キロへと挑戦することになった。
「うぐっ、うぐぐっ」
260キロのバーベルを持ち上げようとする。しかし40キロの差は大きい。先程は簡単に上がったバーベルが全く浮かび上がらない。
「後、10秒以内にあげられなければ失格ですよ」
「お、男は……」
審査員から警告が入る。だが、そこで腕に血管ガ浮かび上がり、バーベルが僅かに浮かび始める。
「何か一つ誰にも負けないものがあればいい。大和がそう言ってたぜ。俺にとってそれは……」
言葉と共に全身の力を腕に集中し、一気に爆発させる。
「パワーだああああああああああああ!!!!!!」
「「「「「うおおおおおおーーーー」」」」」
見事に持ち上がったバーベル。それを見て湧き上がる歓声。他の参加者達からライバルである筈の彼に惜しみない拍手が送られた。
「今回はアタシの負けよ。凄いわ岳人」
「へへ・・・」
一子からも送られる賞賛。プレス台から立ち上がった岳人はその言葉に満足そうな表情を浮かべその場に座り込もうとした。
「500キロ!!」
「へっ?」
そしてその言葉で振り返る。
「ふう、重かった」
そこには岳人の倍近い重さを持ち上げることに成功した燕の姿があった。
無論、彼女は悪くは無い。ただタイミングが悪かった。重い空気がその場に流れ、限界を超える力を出した所に、精神的な大ダメージを受けた岳人はその場に崩れ落ち、結局その後の100メートル走を走ることもできず、この場でリタイアとなった。
そしてその後、一子は100メートル走を4秒8で、燕は2秒台で走り、見事二人とも二次予選へと進出するのであった。