ティンクル☆くるせいだーす~最高神と流星の町~   作:TRcrant

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こんにちは、TRcrantです。
ようやく第6話が完成しました。

今回は最初のほうに話を追加する形をとりました。
追加したのは浩介の心の闇に纏わる話です。
ぶっちゃけ、この内容は後々話の展開に関わってくるのでそこそこ重要なものだったりします。

それはともかく、本編をどうぞ!


第6話 急転直下の展開

あっという間に一日が終わった。

あのあとジャガイモの皮むきを終えた僕に与えられた仕事は、食器洗いだった。

料理乗りの字も言えない仕事内容だったが、普通の社会では一番下っ端ならば当然のことだと自分に言い聞かせて洗い続けた。

 

(でも、まったく嫌な感じはしなかったんだよな)

 

不思議に感じるが、きっと自分がそれを望んでいたからだという結論にたどり着いた。

一日の仕事が終われば後は寝るだけだ。

お風呂などもあるが、どこに何があるのかがさっぱりわからない状態で、どうすればいいのかと不安に感じていた僕の前に現れたのは、メイド服を着込んだ40代半ばの女性だった。

 

「浩介様をお部屋にご案内しに参りました。私についてきていただけますか?」

「あ、はい」

 

僕の返事を聞いた女性は、無駄のない動きで僕に背を向けるとゆっくりと歩きだした。

一度ダイニング(のちに大食堂という名前があることを知った)を通り抜けて廊下を歩く。

T字路を曲がったり階段を上ったり下がったりを繰り返すこと数分。

 

「こちらが、浩介様のお部屋になります」

「わざわざありがとうございます」

 

女性が右手で扉を開けながら軽くお辞儀をして説明をしてくれた。

 

「使い人専用のお風呂場は先ほどお教えした場所になります。基本的には自由時間ですので、常識の範囲内であれば何をしていただいてもかまいませんが、くれぐれも遅れませんよう」

「はい。ありがとうございました」

 

どうやらここにはメイドや料理人専用のお風呂場があるようで、そこを利用するようにと言われた時は驚いてしまった。

女性からくぎを刺されるように注意を受けた僕は、一礼をして去って行くメイドの人をしり目に、宛がわれた部屋に入り鍵を閉める。

 

「ふぅ……」

 

そこでようやく一息つけた。

 

(いや、まだ気を抜くには早い)

 

気を抜きそうになる自分を戒め、再度気を引き締める。

なぜなら、ここの安全が保障されているわけではないからだ。

ここは九条家……ヘレナさんが用意した部屋だ。

今の状況だと神楽以外全員が敵であると思っていた方が安全なのは言うまでもない。

 

(まずは部屋の確認から)

 

部屋の様子を見てみる。

部屋は白の洋風の机に椅子、タンスにベッドと白で統一されていた。

僕に対するメッセージでもあるのかと思ったが、考えるだけ無駄なので放置しておくことにした。

照明はシャンデリアと、これ以上ない豪華なものだった。

窓は机の正面にあるだけだ。

窓から外を見ると、どこかの庭らしき景色が見える。

 

(鍵なしで開閉は可能……外からの奇襲の可能性もありそうだな)

 

とりあえずこの窓はある種の危険スポットにしておこう。

 

「………」

 

僕は無言で霊術を行使する。

昔は苦手だった霊術も、今では簡単なものであれば言葉を発さずに行使することができるまでになってしまった。

本当にわからないものだ。

かけたのは防音効果を施すもの。

ここで発した音は外部には決して漏れることがない。

作戦会議など人には聞かれたくない話をするにはもってこいだ。

 

(後は、盗聴か盗撮か)

 

この部屋にそういった類のものが仕掛けられている可能性がある。

これもまた意識を集中してこの部屋を調べてみるが、そのような気配や感覚は感じなかった。

ついでに魔法などの呪詛が組まれていないかも確認するが、反応を感じなかったことから仕掛けのようなものはこの部屋にはないとみて問題はないだろう。

ここにきて、ようやく本当の意味で一息つけるようになった。

 

「この中には何が入ってるんだろう?」

 

僕が興味を抱いたのはタンスだった。

タンスの扉を開けて中を確認してみる。

中には洋服などが数点かけられているだけで、怪しいところは何もない。

 

「これは、僕が買った服だな」

 

その服が僕の買った服でなければだが。

黒のジーンズに青のジーンズ、黒のシャツやジャケットといった内容の服を選ぶ扇子を持っているのは僕ぐらいしかいない。

 

(ここにあるものは拠点地にあったもの?)

 

ふと脳裏にそんな考えがよぎる。

ならば、あの僕達を追い出した黒服の男とここ(九条家)とは関係があるという結論になる。

確かに、この家の財力・権力であれば、実現させるのは可能だろう。

そんな九条家だが、下っ端の僕には家族構成など教えてもらえるはずもなく、4名であるということのみしかわからなかった。

そんな時、来客者を告げるドアのノックの音がきこえた。

 

「私だよ」

 

どうやら来客者は神楽だったようだ。

 

「どうぞ」

 

もちろん、入れない理由はないので鍵を開けると神楽を中に招き入れる。

まるでそうであるのが自然な感じで神楽はドアを開けると部屋に入ってきた。

 

「……」

 

先ほどの女性と同じメイド服を着ているだけのはずだが、神楽がまるで草原の真ん中で佇むどこかの令嬢のような雰囲気を纏っているように見え思わずその姿に見とれてしまった。

 

「お邪魔しまーす」

「……」

 

神楽の間の抜けたような声色は先ほどまで感じていた令嬢の雰囲気を一気に破壊した。

 

(服装は違っても神楽は神楽か)

 

それによく考えてみれば喫茶店を開いていた時に、このような服装を見ていたような気がする。

 

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 

きょとんとした表情の神楽に、僕は先ほどまで考えていたことを頭の片隅に追いやる。

 

「ねえねえ、私って綺麗? あはは」

 

昔流行った怪談映画内に出てくるお化けの聞き方をまねているのが気になるが、どうでもいいことなので放っておくことにした。。

 

「綺麗なんじゃない? 何も話さなければ」

「えへへ、ありが……って、失敬だよ!」

 

一瞬褒められたと思った神楽だが、後半の言葉に気が付きむっとした表情で抗議の声を上げるが僕はそれを一蹴する

 

「それで、本題に入るぞ」

「はーい」

 

神楽は不承不承といった様子ではあったものの、頷いたことで本題に入ることになった。

僕はこれまで知り得た情報を神楽にすべて伝えた。

 

「なるほどね」

 

すべてを聞き終えた神楽は一つ息を吐き出しながら口を開く。

 

「要するにここの人は敵ということね」

「今の時点ではそれが濃厚であるとしか言いようがない」

 

拠点地を追い出させたり自分の屋敷内で働かせたりなどなど、明らかな敵対行動だ。

 

「なら、今すぐ手を打つ?」

「いや。それやめとこう」

 

神楽の問いかけに、僕はストップをかける。

 

「現時点では、敵であるか否かの判断を下すのは早急だ。ここに監視するようなものを一切つけていないことから見て、もうしばらく様子を見た方がいい」

 

どうしてと言いたげな神楽の表情を見た僕は、神楽が口を開くよりも早く

 

「でも……」

「無用な殺生は新たな敵と戦いを生み出す。我々のやることは悪者退治でも世直しでもない。リ・クリエに対する処置だけであるということを、忘れるな」

 

納得がいっていない様子の神楽に、僕は口調を厳しくして告げる。

九条家の行いは僕でも許せない。

だからと言って敵を増やすような行動をとるのは得策ではない。

もし仮にこれが敵の罠であるならば、一回引っ掛かったふりでもしておけばいい。

 

「とにかく、いい方向に考えれば流星学園内を調べることができるようになったんだ。少しはこの絶妙な状況を喜んでみるのもいいかもしれないな」

「……わかった」

 

神楽はいまだに納得がいっていないようだが、それでも承諾の言葉を口にした。

ならば、いずれ神楽も納得がいくことになるかもしれない。

彼女はそこまで子供でも頑固でもないのだから。

 

「そう言えば、仕事のほうはどうだ?」

 

話題を変えるべく、僕は違う話を振ってみることにした。

 

「練習だけでした」

「マナーとかか?」

 

こういったお金持ちの上流階級の家では普通の食事にも小難しいマナーや所作を求められるのはよくある話だ。

そこに仕える神楽もそういったものを学ぶのは理に適っている。

 

「……言葉遣い」

「あー」

 

どうやら、僕の予想よりも問題は初歩的な場所にあったようだ

 

「敬語を使う練習をするようにって、メイドの偉い人に言われて……はぁ」

「ま、まあがんばれ」

 

どんよりとした雰囲気を放ちながらため息をつく神楽に、僕はエールを送ることしかできなかった。

 

(これは向こうが折れるな)

 

そんな予感がしてならない。

 

「そういう浩ちゃんはどうだったの?」

 

どうやらこれ以上触れてほしくはないようで、僕もまた神楽の言葉にのることにした。

 

「僕はジャガイモの皮むきと皿洗いかな」

「思いっきり雑用だね」

 

中々に痛いところを突かれてしまった。

顔がにやけているので先ほどの仕返しだろう。

 

「でも、それが楽しいのさ。いつかは料理長になってやるという野望もあるし」

「……」

 

陽気に笑いながら言う僕に対して、神楽はどこか浮かない表情だった。

いや、悲しみに包まれているような表情を浮かべているといった方が正しいだろうか?

 

「どうかしたのか?」

「ねえ、どうして浩ちゃんは飲食店を開こうと思ったの?」

 

何とも言えない空気にいたたまれなくなった僕の問いかけに、意を決した様子で訪ねてきた。

 

「それは説明したはずだ。この地に根を張り、情報を入りやすくさせるためだ」

 

神楽が求めているのはそんな答えではないのは分かり切っていた。

でも、僕は本当のことを言うことはできなかった。

 

「そうじゃないでしょ。浩ちゃん、前に言っていたじゃない。”料理で世界一をとるんだ”って」

「……そうだったかな。忘れてたよ」

 

また嘘をついた。

その言葉、夢は忘れてなどいない。

 

「浩ちゃんが飲食店を開いたのも、彩香さんが浩ちゃんの夢が叶うようにって渡したレシピ帳を持っていたのも、時頼魔界に言って手助けをしているのも、誰かと一緒に組みたがらないのも………」

「神楽」

 

それ以上はだめだ。

それ以上聴きたくない。

だから僕は神楽の言葉を止めるように名前を呼ぶ。

 

「”あの時の事”を忘れられないからでしょ!!」

「………」

 

あの時……その単語を耳にした瞬間、頭の中にその時の光景がフラッシュバックしそうになるのを必死で抑える。

 

「すまない神楽。出てってくれないか? 一人にさせてほしい」

「……………うん。それじゃ、おやすみ」

 

彼女に背を向けてはなった僕の言葉に、彼女はそれ以上食い下がることはなかった。

後のほうでドアの開く音が聞こえる。

 

「ごめんね、浩ちゃん」

 

ドアが閉まる音が聞こえる直前、か細くではあるがそんな神楽の謝罪の声が聞えた。

それが、僕の胸に罪悪感という名の重しとなって圧し掛かってくる。

 

「こっちこそごめん……」

 

もはや彼女に聞こえることのない謝罪の言葉を口にする。

 

「………」

 

自分でも問題であることは分かっているつもりだ。

でも、このことには触れたくはない。

それは、触れると嫌な記憶まで一緒にフラッシュバックするから

思い出すのは何もない偏狭な集落。

そして、茶色のぼさぼさ頭をした赤い目をした青年の姿。

 

『―――そいつは誰なんだよ?』

 

まるでどこかのゲームでよく言う、ラスボスを思わせるような成り立ちをした生き物がこちらを怪しげなものを見るようなまなざしで見る。

 

『そう言えば、お互い名前を言ってなかったな』

 

青年はこちらのほうを困ったような表情を浮かべながら口を開いた。

かと思えばこちらに手を差し伸べ

 

『俺の名前は――――ィス。よろしくな!』

 

と、名前を告げるのであった。

 

『僕の名前は――――浩介。こちらこそ』

 

そして僕もまた名前を名乗ると彼の手を取るのであった。

それが僕の在り方すべてを変えることになるとも知らずに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月25日

 

ここにやってきてから三日目の朝、僕は厨房で料理を作っていた。

 

「お、もう出来上がってるな。三日前までは下っ端だったというのに、凄まじい勢いで這い上がってきたな。さすがはお嬢様が引き入れたシェフと言う事か」

「ありがとうございます」

 

様子を見に来たのであろう、背後に現れた倉松さんにお礼を言いつつ、料理をトレーに乗せていく。

そのトレーを今度は台車に乗せていく。

運ぶのは調理をした僕の役目だ。

だが、驚くべきは食材の質だろう。

さすがは九条家、扱う食材の質が違う。

殆どが高級食材だ。

伊達に僕の拠点を強引につぶせるだけある。

………今度、あの時の仕返しに普通の食材を買ってやろうかと、無益なことを考えながら台車に料理を載せていく。

 

「それでは、行ってまいります」

「頼んだぞ」

 

倉松さんの言葉を聞きながら、僕は料理の配膳をしに行くのであった。

 

 

 

 

 

「お待たせしました。どうぞ」

 

アンティーク調の家具がある、大食堂についた僕は、早速料理を要領よく配膳する。

九条家の旦那様と奥様、そして娘のヘレナさんにその妹であるリアさん(彼女のほうから名前を教えてくれた)の前に料理を配っていく。

 

「それでは、ごゆっくりと」

「待ちなさい」

 

一礼してから、台車を押して厨房へと向かおうとする僕を止めたのは、厳格そうな雰囲気をまとう旦那様だった。

 

「ここに来てから三日ほど経つが、なかなか板についてきたようだな。これからも頑張ってくれたまえ」

「ありがとうございます。それでは」

 

旦那様のお褒めの言葉に、僕はお礼を言うと今度こそ一礼してから大食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この三日で僕は一番下っ端から料理人の中堅クラスへとキャリアアップしていた。

正直に言えばここまでとんとん拍子で進むとは思ってもいなかったので驚きを隠せなかった。

その後、僕達も食事を済ませ(基本的にメイドや料理人は旦那様たちよりも後に取るのがここでの常識らしい)、旦那様方の食べた食器を洗い終えた時だった。

 

「浩ちゃ……浩介さん、お電話です」

「僕に? ………すみません熊松さん。少し抜けます」

 

突然厨房に顔を出してきた神楽の呼び出しに、僕は後ろにいた倉松さんに声をかけた。

 

「おう、行って来い!」

 

倉松さんの許可を得た所で、僕は神楽と共に厨房を後にする。

 

「どう? そっちの状況は」

「こっちは順調だ」

 

大食堂を出てしばらく歩いたところで、横を歩く神楽が聞いてくる。

それに対してそう答えると、神楽は大きなため息をこぼした。

 

「良いな~、浩ちゃんは。私なんてメイド長の人に毎日怒られてるんだよ? 『敬語を話しなさい』って」

「いや、簡単なこと………でもなかったな、お前には」

 

神楽の性格を考えると、それはかなり難しいだろう。

神楽もまた、縛り付けられるようなことは苦手なのだ。

いや、嫌いと言うべきかもしれないな。

だからこそ、今のこの状況は彼女にとってはここは苦痛なのかもしれない。

とはいえ、そろそろメイド長も諦める頃だろうが。

 

「はい到着。それじゃあね」

「頑張れよ」

 

足早に去って行く神楽の背中に声をかける。

あの次の日には僕たちはいつものように接していた。

伊達に彼女とは長い付き合いをしているわけではない、

お互いにそれを引きずりたくないのは分かっているのだ。

とはいえ、神楽があの時のことを口にすることはなかったが。

それはともかくとして、廊下に備え付けられていた受話器を手にする。

 

「はい、お電話変わりました大森でございます」

『あ、浩介ちゃん。これからちょっと理事長室に来てもらえないかしら?』

 

どうやら電話の相手はヘレナさんだったようだ。

ヘレナさんは、意外にも流星学園の理事長らしい。

人は見かけによらないというが、ヘレナさんの場合はそれを体現したような存在なのかもしれない。

もっとも、僕は彼女のことをよく知らないのであれなのだが。

 

とはいえ、一つだけ問題がある。

 

「……理事長室ってどこですか?」

 

僕は流星学園の敷地内はおろか、理事長室の場所も把握できていないということだ。

 

『あー、そうよね。分かったわ、案内する人を九条低前に向かわせたわ。その人に案内してもらいなさい』

「………分かりました」

 

さすがヘレナさんだ。

拒否権をさりげなくではあるものの、しっかりと奪ってきている。

 

『それでは、健闘を祈る』

 

そう告げて、電話は切られた。

 

「はぁ……」

 

もはや僕には溜息しか出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉松さんに事情を説明して、外に出る許可を貰った僕は、九条邸の前でヘレナさんが向かわせたという案内人が来るのを待っていた。

 

「大森 浩介さんですね?」

 

僕に掛けられた声、その声を僕は前に二回ほど聞いていた。

声のする方を見れば、やはりそこには紫色の髪にメイド服のようなものを着ていて、その手には分厚い本を抱えている女性の姿があった。

その女性に会ったのは侵入者になっていた時、そして、拠点地を追い出される前日の二回。

 

「あ、はい。そうです」

「理事長であるヘレナから、あなたを理事長室まで連れてくるようにと言われてきました。メリロットです」

 

目の前の女性……メリロットさんは、柔らかい表情を浮かべながら事情を説明する。

その表情に敵意や悪意などは感じられないが、油断は大敵だ。

強者ほど雰囲気を隠すのは得意なのだから。

とりあえず、僕は自己紹介をするべく伊住まいをただす。

 

「大森 浩介です。一応ここの料理人をやっています」

「ええ、存じ上げておりますよ。それでは行きましょうか」

 

そう告げると、メリロットさんはゆっくりと歩き出し、僕もそれに続く。

そして辿り着いたのは、流星学園の校舎内の扉の前だった。

そこに行くまで終始無言で、何ともいたたまれなかったがここから先のことを考えると十分に気が重くなる。

 

「ヘレナ、連れてきましたよ」

「うむ、出かしたぞ」

 

どうやらこの二人は知り合い(しかも親密な関係)のようで、ノックもなしに理事長室のドアを開けた。

それにしても、時代劇風な口調をちらちらと混ぜるのは、一体なんなんだ?

とりあえず理事長室内に足を踏み入れると、メリロットさんはこちらに一礼をして静かにその場を去って行った。

残されたのは僕とヘレナさんの二人だけだ。

理事長室はこじんまりとした場所でも、重苦しい雰囲気が漂っているわけでもなく、ソファーがあったり本棚には様々な書物があったりお酒の便があったりビリヤード台があったりとまさに自由奔放なレイアウトとなっていた。

 

「よく来てくれたわね。さっそく本題に入らせてもらうわ」

 

そんな中、ヘレナさんは、唐突にそう告げると、本題を切りだした。

 

「実は、プリエ……ああ、分かりやすく言うと食堂の事なんだけど。そこの厨房で欠員が出たのよ」

「そうですか。それは大変ですね」

 

ヘレナさんの話に、僕はどこか他人事のように相づちを打つとヘレナさんもため息交じりに”そうなのよー”と返してくる。

 

「………まさか」

 

僕は、ふと今後告げられるであろう言葉を予想してしまった。

 

「私が何を言いたいのかが分かるなんて、さすが浩介ちゃんね。そうよ、君にはプリエの厨房のシェフの役目を任命する」

「ちなみに拒否権は―「すぅ……そんなものはない」―ですよね」

 

ダメもとで言ってみたが、タバコを吸う真似をしながら断言されてしまった。

もう分かり切っていたことだが、この人に常識は通じない。

 

「…一つだけ質問を良いですか?」

「どうぞ」

 

僕は、今まで聞きたかった疑問をぶつけることにした。

 

「何の目的で、私たちをここ(九条家)に呼んだのですか?」

「………あなた達が、九条家に来ることがふさわしいと思ったからよ」

 

僕は、その答えが建前であるような気がした。

そうでなければ、わざわざ店を潰す必要はない。

確かに、喫茶店との兼用はできないがそれならそれでちゃんと打診をすれば、自分で結論を出している。

それをしなかったのは彼女たちが正式に打診をするわけにはいかない理由があるからだとも読み取れる。

 

「分かりました。では、あと一つだけ」

 

僕はさらに追及してみることにした。

今度は遠まわしではなく直球で。

 

「あなた達は、私達の敵ですか? それとも味方ですか?」

「………それはあなた次第よ」

 

僕の問いかけに、ヘレナさんは真剣な表情で答える。

結局のところ、この質問で何がわかったわけでもない。

だが、もう少し様子を見てもいいという根拠のない気持ちになることはできた。

 

「プリエの厨房のシェフの件ですが、ありがたく拝命します」

「そう……それじゃ、よろしくね」

「失礼しました」

 

話も一通りまとまり、僕は理事長室を後にする。

これからさらに忙しくなるであろうことを予感しながら。

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