のんびり艦これ   作:海原翻車魚

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 以前のカレー祭りの話を1話に集約しました。
 最新話の方で告知した改変になります。
 この話もちょくちょく手を入れることになると思いますが、ご容赦をば。


大艦隊夏カレー祭り 2016年ver総集編  

 青畳に家具職人の壁、煎餅布団と金魚鉢と豪華な月見窓で和装に仕上げた執務室の真ん中に大の字になって寝転がっていた。

 夏は暑い。

 当たり前のことを思った。

 ご飯が旨く感じる季節だとも考えた。

 焼肉とか素麺や焼きそばやからあげとかも良いと連想ゲームのように食べ物を脳内に浮かべていった。

 

 空想がカレーという言葉でピタリと止まった。

 カレーといえば何かやったような気がした。

 それも着任後直ぐのことだ。

 初めてのカレー大会から一年と数ヵ月が経過していたことに気がついた。金曜カレーの風習があの大会から僕の鎮守府に根付いた。カレーの時は優勝者の鳳翔さんが作ることになっていた。

 しかし、だ。囮機動部隊の派遣によって彼女はこの鎮守府にいることが少ないのだ。金曜日も例外ではなく夕食を誰が作るかと談合することになってしまうことがまあまあよくあった。

 最近、任務を達成したことによって参入した間宮さんと伊良湖ちゃんのお陰で全員食事を誰が作るかといった問題に頭を悩ますことはない。

 鳳翔さんだけにカレーを作ってもらうのはいい加減に止めにした方が良くないかと思いたち食堂に行って彼女の率直な意見を聞いてみることにした。

 

 執務室を出て左に曲がって直進してエントランスホールを通り抜けようとしたところ散歩していたのであろう曙と会った。

 「アンタ誰?ここは関係者以外立ち入り禁止よ。」

 「ぼのたん潮ちゃんと遊んでいなさい。」

 「何で私とあの子のコードネームを?!」

 

 ここで注釈を。

 軍服を着ていると艦娘は僕を指揮官だと認識するのだが、軍服の上着もしくはズボンのどちらかを着ていないと僕が誰だかがわからないということを着任初期の段階で気が付いた。当初はこの仕組みを利用してよく散歩に出かけていたものだ。

 ただ、特定の艦娘には通用しないようでよく大淀やら間宮さんやら明石やらに見咎められることが稀にあった。

 見咎められると言っても事務的な仕事は一切ないため勤務態度について嗜められる程度だ。それに大淀にも事務的な仕事は一切ないため彼女は暇なときよくヘッドホンでよく音楽を聞きながらマンガを読んでいたりする。

 明石も注意しようとするフリをして新しい発明品を見せに来たり工廠に誘いに来たりする。工廠には夕張も一緒でくすんだ水色のツナギにタンクトップと軍手に安全第一の黄色のヘルメットを着用という出で立ちをしている。明石も同様の格好をしている。

 しかし、工廠の手伝いをしているだけの夕張は軍服を着てない僕にあの発言をする。

 「ここにいるあなたは一体誰?」

 と。

 ここから分かることだが、最初からこの鎮守府にいる艦娘や一部の補助の役割を担う艦娘が提督を顔で認識することが出来るようだった。叢雲や弥生、那珂は少しだけラグがあるが顔で覚えているような言動が見られるのでそれなりの時間を一緒に過ごしていれば顔を覚えてくれるという仕組みなのだろう。ちなみに唯一のケッコン艦である金剛は軍服を着ていなくてもすぐに認識して呼び掛けてくる。

 

 サボった記憶を振りほどいて目の前の曙を適当に対処して食堂に向かう。

 不審者かと思って驚くから例の軍服を着てくれという発言を間宮さんと伊良湖ちゃんにされたが、暑い時に厚い軍服を着ているという方が変だからと別段軍服に関しては何も思わなかった。というよりもこの発言をあしらうことに慣れてしまった。

 対応に困っていたが近くでたまたま昼食を取っていた金剛を呼び掛けて説得してもらうことが出来た。

 「それで提督?何のご用ですか?」

 「鳳翔さんばかりにカレーを作ってもらっているのは不公平だなあと思ったから改めて選考大会でも開こうかなってね。」

 適当に説明する。

 「えーっと、どういうことですか?」

 質問が返ってくるのは仕方ないこと。一年も経ったのにいまさら係を変更するというのはおかしいであろうという目を伊良湖ちゃんはしていた。間宮さんは納得してくれているようだった。

 「ねえ、提督。催し物はいつやるのぉ?」

 割って入った金剛。日本に慣れたようで某芸人らしい話し方はなりを潜めている。

 「う、どうしよう。」

 一ヶ月に一度何かしら催しを開くことにしているのだが今月は末近くになっても未だに何もしていない。

 「前月の鬼ごっこ大会は面白かったのにね。」

 「ぐぬぬ…。」

 確かに盛況だった。艤装の装備という装備を一切しないため本当の自分の力が見えるだとか意外に足が遅い子がいることが分かって親しみを感じるとか鬼のスタメンがバランスが良くて公平性があったとかそんな意見が寄せられた。

 それと同じかそれ以上の人気を博さねばならないのは非常に悩む。

 妙案というか愚策というか破れかぶれというかそんな作戦を思い付いた。

 「この際、カレー選考大会と夏祭りを同時にやるか!」

 「おーいいですねー」

 「棒読みは止めて。刺さる。」

 金剛が一体どこでこんな芸当を覚えたのだ。夫(カリ)として悲しい。

 「まあ、冗談はさておいてカレー大会は任意なの?それとも、指定されたmember限定なの?」

 「任意だよ。久々に英語聞いたような気がする。」

 「気のせいですよ、提督。」

 「ほう…。」

 「疑ってますね、その顔。」

 会話にも満たないキャッチボールに混ざる人影が見えた。

 「夫婦漫才はそこまでにしてくださると助かります。」

 割って入った伊良湖ちゃんは少し怒っているように思える。目の前で話の腰が折られて空気になっていくのが辛いのだろう。

 「提督、空気にしようとしているのは貴方では?」

 「こ、コラ!伊良湖ちゃん!そんなこと言わない!」

 「だって、間宮さん!目の前のバカップルが!バカップルが!」

 「おしどり夫婦って言いなさい!すいませんね、提督。男性がこの島では貴方一人しかいないのでこの子なりに悶々とするところがあるみたいで。」

 「間宮さんも余計な事言わないで下さい!!」

 「あらあら、この間だって提督の良いところブツブツ言ってた癖にー」

 「きゃあああ?!!言わないで下さいよおお!?」

 「HEY!伊良湖ちゃーん。後で裏来るネー」

 「ひゃいいいい?!!」

 食堂が賑々しくなってきたなぁと傍観していたが金剛の癖が出たのと伊良湖ちゃんの悲鳴に気づいた。止めねば。

 パンパン!

 「はいはい、漫才グループ組んだら面白いかも知れないけど今は催しの話だよ。」

 「うううー。」

 「ひ、ひー?!」

 金剛が僕の腕に抱きつきながらちろりと伊良湖ちゃんを睨むと伊良湖ちゃんは怯えて厨房の奥に隠れてしまった。

 「間宮さん、食材はどのくらいあります?」

 「百三十人分の食料はあります。」

 「十二人分の余剰があれば充分だろうね。中華麺はある?」

 「ええ。ありますよ。というよりかは一通りは揃っているって言った方が正しいかも。」

 「なら良かった。」

 「あのぉ?」

 伊良湖ちゃんが奥の冷蔵庫からおずおずと顔を出して聞いてきた。

 「どうしたの。」

 「直ぐに使ったりします?」

 「明日には使うつもり。」

 「分かりました。作業に移って・・ヒィィィィ?!!」

 また怯えて何処かへ消えてしまった伊良湖ちゃん。

 腕の締め付けがキツくなっていたところから簡単に推測出来るが金剛がまた嫉妬したらしい。しかも、より強く。

 「金剛、痛い。」

 「むううううう!!!」

 雑巾でも絞っているのかと思うほどに服の袖がひねられている。視覚情報がようやく感覚として伝わると同時に痛みが津波となって押し寄せる。

 「痛い痛い痛い痛い痛いいだいいだいあだだだ!?」

 「Oh?!sorry.」

 『あっ、ゴメン。』みたいなテンションなら自制してほしかった、とは言わずに

 「今度は気を付けて……。いてぇ。」

 とたしなめた。

 「その、ごめんなさい。」

 「気を付けて。ホントに。」

 「あい。」

 恨めしそうな涙目で見られぎょっとしてしまった。

 驚いた勢いで腕の拘束がほどけた。柔らかい暖かさからの解放は少し残念だがそんなのは二人でいるときにすれば良い。

 とにもかくにも時間が無いのだ。

 金剛に明石と青葉を呼ばせて諸々を用意してもらう。

 諸々は諸々だ。

 青葉も例の珍妙な発言をしていたが明石と金剛に嗜められた。

 何種類かの紙を百三十枚ずつ刷ってもらい、エントランスに長机を置いてその上に紙を置いて必ず取るように都度を書いた紙を机に貼っておいた。 

 

 ウチの鎮守府の面子はノリが良い方どころの話ではなくノリにノって倒れるまでノり続ける娘ばかりで催事を企画する者として気が乗ると言うものだ。

 勿論、倒れるまでというのは方便でそれほど楽しんでくれているということなのだ。

 このように急に企画された催しでも、彼女らは嫌な顔どころか待ってましたと言わんばかりの速さで準備をする。

 その証拠にどこからか現れた島風が一種類の紙の束を両手に持つと中庭から通信室や工廠に至るまで紙を置いては一種類、また一種類と持って同じように配っていき机を出して1時間も経たない内に配り終えていた。余りはキチンと机の上に置いてあった。

 仕事が早い。

 後で島風にご褒美あげよう。

 

 長いようで短い廊下を通り、執務室に向かう。

 百十人余りもいるのに誰も会わないのが不思議だった。

 執務室に帰ると誰もいない和室。

 煎餅布団に背中から倒れ込む。

 固い畳の感触が布団越しからも伝わるがその感触が中々癖になる。

 耳に無線機を付けてスイッチを押す。用事のあるときだけ呼び出すという行いは一人の女子を相手にする際に適しているのだろうかと考えつつも執務室の大淀に連絡を取ろうとした。

 『ふふふふんふーん♪』

 今年加賀さんが歌い始めた名曲を口ずさんでいるような鼻歌が聞こえてきた。

 勿論、「加賀岬」だ。

 

 数日前、加賀さん宛に小包が郵送されてきた。宛名に『加賀』とあったので加賀さんに届けた。彼女はその日の内に部屋から出てくることは無かった。ときどき、南雲機動の面子が出入りしては感涙してたらしい。

 その翌日、鎮守府には正体不明の美声が響いているのにとても驚いた僕は通信室に駆け込んだ。

 目の前にはレコーディング機材と思われるマイクとヘッドホンをした加賀さんが右手に何らかの紙を持って歌っている姿があった。

 大淀はうっとりしながら聞いていた。

 加賀さんは大淀の様子に気付かずにクライマックスまで歌うとヘッドホンを外した。

 僕は思わず拍手した。

 大淀も拍手していた。

 加賀さんはとても驚いたのか油の切れたロボットのようなぎこちのない動きで左右の僕と大淀をそれぞれ見た。

 「て、提督いつの間に。」

 「え、何、そのカワイイ動き?」

 「か、かわ………?!」

 「ちょ?!加賀さん?!」

 余計な口が出たかと後悔したときはすでに遅く加賀さんは赤面した顔を両手で押さえながら一人ローリンググレイドルもどきをしていた。カワイイと素直に思ってしまう。

 「提督…」

 「…ごめん。」

 「…加賀さん。少し落ち着きましょう?」

 ジト目で見てきた大淀は、加賀さんをなだめながらこちらをチロリと睨んできた。

 数分後、深呼吸をして落ち着いたのかいつもの無表情そうな顔をして出てきた加賀さん。声をかけようとすると目線をこちらから反らしてしまった。

 困ったことにこのコンディションだと加賀さんは口あまりをきいてくれない。別の角度から先程の現状を整理するロジックが必要だな。

 「大淀、さっきまで何してたの?」

 「大本営からの指令です。」

 「えっ。」

 どうやら艦娘に歌わせるのが新しい指令だそうだ。

 そして、歌っていたのは加賀さんだ。

 つまり、あの美声は加賀さんのものであることは確定事項であり、その当人は嫌がっていないようだ。嫌がってないのなら良いかもしれない。それに私情丸出しだが演歌が好きな自分にとっては涎を出しそうになるくらいに好きな曲調だった。

 「加賀さん。」

 加賀さんに背中を向けて窓の方を見た。

 「……」

 無言のつぶてが返ってくる。

 小恥ずかしいのはよく分かる。しかし、こちらも完璧なロジックが脳内で組み立てられてしまったのだ。大人しく口を割ってもらおう。

 「僕だけのために歌ってくれないか?」

 「…!」

 口説き文句のようにも聞こえるセリフを言ったときにゆっくり振りかえると加賀さんの姿はなく、大淀が顔をしかめていた。

 「提督、口説かないでください」

 「ナンパっぽかった?」

 「というかそのものです!」

 「ありのままに言っただけなんだけど。」

 「気持ちは分からなくも無いですが言い方が…」

 歯切れの悪い言い方で嗜められてしまった。

 「気を付ける。」

 

 このような出来事があった。

 詳細は省くが、話題となり流行となって今ではウチの鎮守府のテーマ曲と言っても過言ではないくらい頻繁に執務室で流している。

 

 テーマ曲と化した加賀岬を口ずさむ大淀を少し大きな声で呼ぶ。

 「おーい!」

 「ッ?!は、はい。大淀です!」

 「カレーとか夏祭りとか諸々やるから諸々用意!」

 「諸々ってなんですか?!」

 「諸々は諸々。ヒトサンゴーマルに各員に集合の都度を説明の上で食堂に待機させて!」

 「分かりました!それと…。」

 「ん?」

 「ギリギリは止めましょう?」

 「アッ、ハイ。」

 最後にしっぺ返しが飛んできた。

 毎回食堂に招集をかけている気がする。しかし、講堂のような大きな部屋が見当たらないのだから仕方ない。

 今はヒトサンサンマル。集合に二十分もかからないと思うが一応だ。

 僕は先に講堂に向かった。

 

僕が府内の艦娘に「好きに騒いでくれ。」と言った翌日。

 

 僕は全身に鈍い痛みを感じて起きた。

 

 見てみると金剛が飛びかかってきたようだった。いつものように推察なので断言出来ないがダイビングブレスをまともに受けてしまったことによる痛み。

 

 しかし、悪意のある痛みではないためやんわりと微笑んで金剛を撫でてどいてもらう。

 

 スマホのロック画面で時間を確認すると日の出とほぼ同時刻。

 

 年寄り並の早起きに呆れつつ枕元に畳んでおいた軍服を手に取った。

 

 「かぶり付きで見てます。」

 

 「……」

 

 「じゅる。」

 

 ヨダレを垂らし好事家のような顔をしている金剛を尻目にタンクトップの上に軍服を羽織る。

 

 「じゅるる。」

 

 暑いので帽子は被らない。

 

 下にはジャージを履いているがそのままにしておいて部屋を出ようとドアノブに手をかけた瞬間に

 

 「Nooooooooo!!!!!」

 

 ジャージに思いきり飛びつかれた。

 

 ずり落ちかけたジャージを掴んで引き上げた。が、金剛の勢いに掴んでいた手が負けて下着ごとずり落ちた。

 

 「おい?!何するんだよ?!」

 

 「軍服はしっかり着ないと駄目ですよ!」

 

 「それはそうだがどうして掴んだ?!」

 

 「それはぁ…その…」

 

 「そしてその手を離してくれ。下半身裸はおかしい。」

 

 「coolでしょ?」

 

 「この光景のどこがクールだ。シュール通り越してファニーだよ!?」

 

 「脚線美が眩しいです。」

 

 「だから放」

 

──コンコン

 

 「ちょっとアンタ?起きてる?入るわよ。」

 

 金剛との夫婦漫才染みた喧騒に紛れた叢雲の声が聞こえなかった。

 

 幸いなことにドアノブを握りっぱなしなので叢雲の力では開かなかった。

 

 「とにかく着て下さい。」

 

 声を絞った金剛に違和感を感じながら振り返ろうとした途端に足がもつれ金剛に倒れこんでしまう。

 

 当然、ドアノブから手が離れてしまったため叢雲がノブを捻って入ってきた。

 

 「きゃあああああああああ?!!!!」

 

 鎮守府夏祭りは乾いた破裂音が府内に響き渡ったところから始まった。

 

 

 

 

 

 青い空。

 

 雲一つない空の下で祭りを開催するのは心が踊る。

 

 筈なのだが、僕の心には積乱雲が立ち込めていた。

 

 お立ち台に立って周りを見回すとゆうに百を越す女の子の視線が自分に集まっていることがよく分かる。

 

 そしてその視線の全てが疑問を孕んでいることもよく分かった。

 

 何せ僕の左頬がマンガのように真っ赤に腫れ上がっているのだから。

 

 

 

 皆が誰か口火を切ってくれと言わんばかりの顔をしていた。小声でヒソヒソと話している人の群れの中から一本の腕が出た。

 

 艦橋を模したカチューシャに太陽に映える黒い髪。

 

 人の群れが彼女から数歩離れたことによる赤いスカートと特徴的な巫女服の出現。

 

 つまりは彼女なのだ。金剛型三番艦の彼女なのだ。

 

 「司令官、その…お顔はどうされたのでしょう?」

 

 榛名がおずおずと尋ねてきた。

 

 「僕の隣に便りになる御姉様がいるだろう?聞いてごらん?」

 

 僕の隣には『あんぱん』と書かれたプレートを首からぶら下げている金剛と叢雲がいる。僕から見て金剛が左隣、叢雲が右隣にいる。

 

 「御姉様?」

 

 榛名が小首を傾げて聞くとどこか気まずそうにそっぽを向いた金剛は

 

 「ちょっと…ね?」

 

 と曖昧に言った。

 

 「?」

 

 榛名は少し抜けているのか元からなのか少し察しが悪いところがある。

 

 「叢雲ちゃん、どうしたの?」

 

 榛名の質問に後押しされたのか叢雲の直系の姉の吹雪が挙手をしてから聞き始めた。

 

 「…何でもない。」

 

 こちらはうつ向いて唇を震わせていた。頬を赤くしていた。

 

 

 

 「この二人についてはいつか号外として発刊される青葉の府内号を見てくれ。それでは今回の夏祭りの説明に入る!」

 

 『はい!』

 

 「楽しんで!以上!」

 

 『えっ…』

 

 限りなく単純明快に説明してつもりなんだが駄目なのだろうか。

 

 「えーっと、皆には予め引換券を10枚配布しているよね?それを出店を開いている人のところに行って使ってほしいな。」

 

 『はい。』

 

 「カレー大会は今から3時間後の10時まで参加の受け付けをしている。11時から始めて12時に審査を開始を予定している。奮って参加しておくれ。」

 

 『おー!』

 

 威勢のよいふわふわした声で轟く声には安らぎをも覚えた。

 

 「じゃあ、解散!」

 

 この一声で一同は素早く作業に取りかかった。

 

 

 

 数種類の鉄パイプを組み合わせて骨組みを作り、色とりどりのビニルを骨組みに被せた。

 

 たこ焼、お好み焼き、佐世保バーガー、うどんそば、焼き鳥、唐揚げ、ベビーカステラ、わたがし等々食べ物の屋台が立ち並んだ。

 

 一通り見てみると食べ物しか無かった。

 

 

 

 龍驤の屋台を参考に構造やら準備の行程を見てゆく。

 

 縁日の屋台を完成させた龍驤はプロパンガスのボンベを持ってきて専用の加熱機と型を持ってきた。

 

 黒潮も手伝っていた。

 

 あっという間に設営完了という尋常じゃない速度。

 

 ヤル気マンマンだぜ、といった気迫が感じられるような気合。

 

 他に目を向けると同じように誰かしらが手伝って同じように尋常じゃない速度で設営していた。

 

 島風の屋台に至ってはすでにわたあめを売り始めていた。売り子に天津風、作る係に島風という似た者コンビで運営していた。客には第六駆逐隊やら第七駆逐隊が列を作っては嬉しそうな顔でわたあめを食べていた。

 

 

 しかし、嵐の前の束の間の晴れだということに僕はまだ予想すらしていなかった。

 

 

スタンディングオベーションを贈りたくなるような生声の『加賀岬』がアジテーターとして流れている。

 こういう盛り上がる時には職権濫用をしたくなる。

 というよりもうしたからタチが悪いと自責する。

 提督だからと言って全ての出し物の食べ物を一つずつ頂戴したのだ。

 

 そもそもの切欠は龍驤の店だ。

 彼女は黒潮と一緒にたこ焼をやっていた。

 加熱機で鉄の型を温めながら仕込みを終えた龍驤が声をかけてきた。

 今思えば空腹とソースの匂いに負けて口からヨダレを垂らして物欲しそうに見ていたのかもしれない。

 龍驤は悪戯っぽい笑顔を浮かべると交渉をこちらに持ちかけてきたのだ。

 内容が少し長かったので要約すると、『味見と宣伝をしてくれるのなら一舟ごちそうする』ということだった。

 勿論、喜んで引き受けた。

 湯気がたつ出来立てのたこ焼き、小麦の生地の上で踊る鰹節。紅しょうがのさっぱりとした香り。

 すぐにかぶりつくと美味しい熱さが口を襲った。

 舌を火傷しては困るので仕方なく出来立てのたこ焼を冷ましながら歩いていると駆逐艦やら軽巡洋艦が物欲しそうにこちらを見てくるので龍驤の店だと言うと直ぐに龍驤の店に向かっていった。

 今思えばこれが良くなかったのだろうと思う。

 近くにいた島風の客がみんな龍驤に行ったせいで彼女の店の前には僕一人がぽつねんと取り残された。 

 ちらりと横目で島風を見ると彼女は涙目でこちらを見つめながら地団駄を踏んでいた。

 客を奪う原因になり得たのは自分なのだからここは彼女の宣伝に力を注ぐべきだろうと思い、宣伝を買って出た。

 その後、あちらこちらと同じような宣伝を頼まれ続け下のジャージがベトベトになってしまった。

 

 アレの開催予定時刻までに時間は割とある。

 この際、気に入っているジャージはどうでも良いとしてだ。

 この催しを楽しみたい。 

 僕がいてもいなくても気づかれないシステムを使えば、管理人より一人の人間としてそれを満喫出来るはずだ。

 そう思うと自然と体が動いた。

 朝礼台のようなお立ち台の付近から執務室までおよそ50メートル。

 颯爽と駆け抜けられた。

 ほぼノンストップで計13秒ほど。

 勿論、府内も賑わっているが、最小限の動きで駆け抜けた。

 三角飛びで数々の視界から逃れ、足音は艦娘達が歩いて軋む音に紛れて進んだ。

 楽しくもあるが、少し足が痛い。

 些末な痛みに気を回す時間が惜しく、誰もいない執務室で数ヵ月前に送られてきた政府名義の荷物の箱に手を伸ばす。

 最初に添え書きがあった。

 乱雑な字で書かれ、普通なら解読不可能。

 しかし、僕にとっては非常に馴染み深く懐かしい筆跡だった。

 実家の母親からのメッセージだった。

 

 文から察すると黒服達はどうも職場の同僚と騙って転勤する僕のために服を持っていきたいと言ったそうだ。

 素知らぬ人間を家にあげるとはどのような了見だろうかとも実の親に対し思ったが、軍服から解放されると思った僕の脳内には親への感謝の情が強く頭に残った。

 

  渋々と職場に戻る。

 着替えは床下で済ませた。

 

 経緯としてはこうだ。

 司令室の隣の部屋、ただの空き部屋があるのだがそこのタイルを外して床下に入り込んだ。

 私服のセンスでディスられたらたまったものではない。

 勿論、入り口の扉は閉めてある。

 床下は平面の広さはあれど縦の狭さは少し大きめの段ボール箱の上に握り拳が一つ入るかどうかの高さなので困った。

 勿論、呼び戻されている以上早く行かねばならない。

 モタモタと迷う時間はもう無い。

 薄いフローリングと敷かれた厚い畳の上から司令官捜索チームを派遣しようと言う声が聞こえたからだ。

 匍匐の状態から段ボールを蹴り、倒して中身を出す。

 都合の良いことに着たい服と靴が転げ落ちてくれた。

 もっぱら軍服なのだが。

 蹴ったことで音が出たんじゃないかと蹴った後になって気付いた。

 一瞬焦ったが捜索の話が進んでいるところから考えると気が付かれていないようだ。

 そのまま這いつくばった状態で着替えた。

 砂ぼこりまみれになってしまったが別に些末なことだ。

 タイルをそっと外して周囲を伺うと誰もいなかった。

 音をたてずにタイルを戻した。

 

 構造上出来た隙間に身を隠す。

 そこでそっと砂ぼこりをはたいていると隣から怒号のような何かが聞こえた。

 壁の面に密着し、体勢を低くした。

 そのまま壁に耳を当てると愉快な騒ぎになっているようだ。

 どうやら先頭で声をあげ指揮を執っているのは長門のようだ。

 淡々と駆逐艦に指示を出すところから連合艦隊旗艦の名は伊達ではないようだ。例え練度が低かろうとも。

 時間があれば図書館で調べようとも思ったが今は違う。

 全員を出し抜いて愉悦に浸るのが先決だ。

 下らないことを考えている間にも長門は駆逐艦の機動力と無邪気さを利用して僕を見つけようとしているらしい。

 指示をまとめると、吹雪型駆逐艦は鎮守府入り口周辺に睦月型は鎮守府外周、第六駆逐隊と第七駆逐隊と天龍型はそれぞれ屋台エリアの哨戒。

 川内型は各自で府内の警ら。

 阿賀野型は川内型の補佐。

 夕張は明石と共に工廠の警備。

 大淀は通信の回復・増強。

 球磨型は入渠ドッグの周辺。 

 鳥海と摩耶は各艦娘の部屋内の確認。

 最上、鈴谷、熊野は女子トイレの監視。

 秋月、初月の二名は屋根裏部屋の探索。

 戦艦組は総員で府内一回のローラー作戦。

 大鯨は特殊艦の統率。

 統率がとれてきたのは上官として嬉しいがこちらは丸腰でも出し抜くことは容易。

 床を突き抜かんとする慌ただしい足音が去り静寂が辺りを包んだときを見計らい素早くこの部屋のドアを開け執務室に入る。

 肝心の本丸ががら空きなのに落胆こそしたが及第点だ。

 例の緊急敵性生物排除任務期間であるからこその息抜きだから許すのであって本番中には万全を期す。

 それがウチのやり方だ。

 端的に言うのであれば緩急のメリハリをつけること。

 

 

 執務室に入るなり、敷いてあった煎餅布団に大の字になって寝転がる。

 哨戒の目を逃れ、布団に寝転がるという最高にクールでハイな愉悦に思わず笑顔が溢れる。

 読みかけの単行本に手を伸ばした瞬間。

 「Heeeeeeeey!yoooooooou!?」

 「Be quite!」

 「…sorry.Admiral.」

 英語で交わす数瞬の時。

 純英国の戦艦である彼女がしょぼくれる。

 「…で、何をやってるの?ウォースパイト。」

 名前を呼ぶと顔を上げて慌てたような顔をした。

 「そ、それはこちらのセリフです!皆探してますよ!?」

 顔が忙しそうだなぁと思ったが僕の気まぐれでやったことだったことを思い出した。

 「知ってる。」

 「でしたら!」

 「ん?僕の奥の手を見たいの?」

 僕は腹這いの姿勢から懐に手を突っ込みウォースパイトを見る。

 「…ぐ。分かりました。私は何も見てません。」

 少し怯えたような難しい顔をするとウォースパイトが渋々了承したことを確認すると懐に入れた手を引き抜いた。

 「それでよし。大方、金剛がここに来るだろう。それまで大人しく座ってなさい。」

 「分かりました。」

 

 

 

 

 艦娘と人間の膂力の差は艦娘の方が僅かに強い。

 いわゆる強化人間である彼女らは足腰、肩や腕の力が強くなるように僅かに調節がかけられ、陸上で艤装と呼ばれる鉄の塊を装着し持久走をさせ海上に出ては敵を掃討する訓練を行っていたようだ。精神的な訓練も兼ねていたのかもしれない。

 実際、そのような訓練をしているというデータを政府の間の抜けたサーバーから引き抜いてきた。

 資料によると戦艦クラスの女性には米俵約半分の重さの装備を腰に着けているらしい。重巡・航巡クラスは少年から青年に愛される週刊誌を10冊を縛ってまとめた位の重さを片手に装備しているようだ。背中の方はもう少し軽いらしい。

 軽巡クラスは全体的に重巡よりもやや軽い。

 駆逐艦は陶器の皿を10枚を積み上げたくらいの重さの装備を片手や背中に付けているようだ。

 そんな人間離れした訓練と環境を耐え抜いてきた彼女ら。

 そんな彼女らの新入りであるウォースパイトが寝た体勢の僕にやや怯えるのには理由があった。

 

 ある夜、イベントの最中に大規模な事故があった。

 艦同士の接触とかではなく道中大破祭りのことだ。

 飛ぶ修復材、疲労を訴える高練度艦。

 思うようにならずにイライラしていた夕食のころ。

 暑さと怠さで思うように箸が進まない。

 さらに喧騒が加わった。

 「夜戦だああああああああああああああああ!」

 いつもは微笑ましいくらいにしか聞こえない賑やかさも今だけ聞けば耳障りな叫び声にしかとれない。

 結論から言ってしまえば僕は彼女に向けて拳銃を構えて即座に撃ったのだ。 

 暴徒鎮圧用の麻酔銃を携行しているのは知っていたらしいが、それを撃たれた恐怖よりも撃った時の僕の顔の方が数段怖かったらしい。

 暫く、僕の目の前で騒ぐ艦娘はいなかった。

 後から聞いた話だが沈黙令が僕を通さずに発令されていたらしい。

 さらに、そのはた迷惑な逸話を新入りに入念に聞かせているらしい。

 

 

 そんな経緯があり、正に新入りのウォースパイトはおめおめと帰ることに…

 「Heeeeeeeey提督ゥ!ネタはあがってるYO!」

 ならなかった。

 「うるさい。」

 シュッ!

 消音器を付けた麻酔銃を即座に天井のタイルを外して登場なぞ格好を付けた金剛の眉間に向かって撃つ。

 「oh my…」

 ぬるりと落ちいく金剛を受け止め、ウォースパイトに出ていくように促すと…

 「ゲームオーバーです。」

 「何だって?」

 静かに告げたウォースパイトの言霊には勝利の確信が宿っていた。

 まさかと思い周りを見回すと…

 「ご主人しゃま~!みちゅけたぁぁぁぁ!」

 窓にべったりと張り付いた漣の姿。

 「…えっ?」

 べったりと張り付いていた。

 とても印象に残ったのでもう一回言った。

 

 

 そこからの時の流れは異様に早かった。

 全員が狭い執務室に再び詰めかけ、がやがやと騒がしくなった。

 意気込む声が部屋を満たしていた。

 それだけで僕にも彼女達のエネルギーが伝わってきて、元気がもらえる。

 活力溢れる声も時間が経つと小さくなっていく。

 申請を済ませた子たちが部屋を出て支度するためだ。

 

 「定例会議よ、提督。」

 冷えるようなクールボイス、怪談を語らせたら似合うであろう声が目の前から聞こえる。

 「何であんなことをしたのかも聞きたいのだけれど。」

 一番付き合いの長い声も聞こえる。

 「それは私も同感ネー。」

 公私混同の原因、もとい家内の声も聞こえる。

 「プロ、じゃなくて司令官?今回のお祭りのことを話さなきゃ駄目でしょ?」

 こちらはスルーしようかと迷うくらいの声。

 「ったく、このあたしの目から逃れるたぁ大した逃げ足だよなぁ。」

 精神的衛生によくない格好をしたナイスバディな罵り声が聞こえる。

 「…うぅ、どうしてそうなるんですか。」

 うって変わって白スクを着た幼女の声も聞こえる。

 「仕様のないことであります!司令官殿の落ち度でもあります!」

 本官は貴官が夏場でもその格好は暑くないのか疑問に思うであります。

 「えっと…とどのつまりどういう会議なんですか?」

 唯一の工作艦の声も聞こえた。

 「さあ?」

 頬をポリポリとかいて困った顔している声もした。

 九人の豪傑が目の前に立ち詰問してくる。

 「今回の催しのことよ、明石。提督、貴方の行いで若干時間がおしてしまったので代替案、もしくはスケジュールの変更を要請、あるいはこのまま実行するのかを採決して頂きたく参りました。」

 「…」

 叢雲もあきつ丸もまるゆもこちらを見る。

 視線の逃げ場所が無い。

 「一刻を争います。現在、予定より10分ほどおしていますので可及的速やかな決定を。」

 「…分かった。元の予定の三十分前倒し。」

 「つまり、二十分の前倒しですね。」

 「そうだよ、じゃあ何か質問は?」

 全員が揃って黙る。

 「良し、散!」

 窓から、ドアから、屋根からそれぞれフリースタイルで準備に向かった。

 さて、自分も準備をしよう。

 そう思って土間に降りて草履をつっかけ廊下に出た。

 

 悠々と浮かぶ雲と近くに吊るしている風鈴が夏を感じさせる昼下り。

 この日が一年後になっていても違和感が無さそうなくらいに眠い。

 こんなにも風流だと、昼寝には丁度良さそうだが。

 「ヴェックシッ!?」

 思わずくしゃみを一つ。

 鼻水が垂れるのを感じつつ、前のめりになって場を見渡す。

 「大丈夫?」

 両手でティッシュ箱を持ってきてくれた小動物のような駆逐艦、水無月。

 「ありがとう。大丈夫だよ。」

 微笑んで頭を優しく撫でてからティッシュを数枚取る。

 そのまま鼻をかむと耳なりに似た音が両の耳に響いた。

 「いつでも言ってよ!僕は姉さん達と合流しちゃうけど呼ばれたら行くからさ!」

 そういうと水無月は審査員席の僕の傍らからトタトタと離れていった。

 ティッシュ箱を置いていってくれたら良かったのになんて野暮なことは言わない。

 自分の役割を自分で決めた人の行動を止めるなんて無礼にもほどがある。

 現に水無風は僕にティッシュを持ってくるのが自分の仕事で、今しがた仕事を果たした時の彼女の笑顔がやり甲斐があることを如実に示している

 「司令官、ニマニマするのは後にしてちょうだい。開戦の法螺貝を吹くのは貴方なのよ?」

 「叢雲がアンタ呼びしないのは珍しいな。」

 「うるさいわね!酸素魚雷をぶつけるわよ。」

 「はーいはい。じゃ、那珂。」

 「あっ、はーいプロデューサー!マイクです!」

 最敬礼をしながら両手でマイクを持つ那珂に苦笑いしつつマイクを受けとる。

 受け取ってスイッチを入れる。

 さて、確かめてみよう。

 「テステス。」コンコン

 指先でマイクをつつく。

 整列した艦娘全体に普通の音量で聞こえるようにスピーカーを設置しているのだが、僕は二台のスピーカーの真ん中に立っていたため、ハウリングが耳を貫いた。

 耳を塞いでしまいたい衝動を抑える。

 僕としてはハウリングのやかましさは小中高と音響に徹してきたから多少は分かる。

 音響係に出力を下げるように合図して、パニックに陥った心臓をなだめるように深呼吸を一つ。

 「はい、テストテスト。…OKだな。」

 ハウリングが起きないことを確認して説明に入る。

 

 

 「分かったかな?じゃあ、早速始め!」

 要点だけかいつまんだ説明。

 長いだけの前口上なんて誰でも出来る。

 それでは話が滞るに決まっているから手短に済ませる。

 そして、手短に始める。

 緊張したまま突っ立っているなんて心臓がもたないことは元運動部所属の経験で分かっている。だから、早めにホイッスルを吹いて集中してもらうことが選手達への献身というものだ。

 

 椅子に腰かけて揚々と気軽に待つことは出来ない。

 明石と大淀が打ち込んだ参加者一覧表と各チーム代表者の意気込みが目をこらして見ないといけないくらいに所狭しと紙にあった。

 

 参加者の総数は30を超えた時点で分からなくなった。

 目が痛くなるほどに字は細かく、紙の白さを見つけることが困難な程に文字に埋められていたからだ。

 参加者が多いことは嬉しい。

 しかし、しかしだ。

 『最終審査権は僕にある』っていうのがネックという現状なので諸手を挙げて喜べない。

 早い話が、参加者全員分のカレーは食べられないかもしれない。

 明らかに30より多い個人、団体の数々。

 今すぐにでもルール改訂をしたい。

 しかし、賽は投げられた。

 審査員長としての自分にはもうどうすることも出来ない。

 それに…。

 「み、皆さん!もっと楽しくお料理しましょう?ね?」

 『え?』

 声のトーンが本気である。

 ひきつったような笑顔と黒い炎をギラつかせる薄目を物見やぐらのような実況席にいる大淀に向けられる。

 「ひっ?!」

 実際、コワイ。

 リアルカンムスショックを起こしそうなアトモスフィアが提督=サンと大淀=サンを襲うだろう。

 そのようなショックを起こす暇は残されてはいない。

 こちらも実況と監視と審査をする役割に就いているため椅子から立ち上がって参加者の出席者確認とマイクを使った実況、調理が粗方終わって煮込みを待つだけの加賀さんや那珂や金剛型戦艦の面子にBGM代わりの生歌披露の依頼をした。

 快諾してもらったのが幸いし、調理場以外のところにいるときは居心地が良かった。

 

 出来たカレーの品評会と言えば聞こえは良い。

 しかし、実際は僕の胃袋を掴んだのは誰かという自己申告会でもあるから複雑な所だ。

 企画しておいて言うことではないのだが、みんな違ってみんな良いというのは駄目なのだろうか…。

 激辛とか劇辛とか撃辛とかありそうだなどと考えて諦めている自分がいた。

 この際、全て完食してしまえば良いのだ。

 その上で舌が誰を選ぶかなのだ。

 

 

 腹を括った僕は、個人出場者や姉妹揃っての大所帯やらの見回りをしながらチームの解説、撮影をしている。

 

 戦場にルールは無いのは分かっているが不測の事態やら型破りな戦法が入り乱れるせいで苛つくことが多々あった。

 しかし、この大会ではそのようなものは存在しない。

 つまり、この大会において不正は全く無かった。

 ルール通りに動いてくれることがとても嬉しいことであるとは思わなかった。

 戦場でのストレスもこの充足してゆく気持ちが洗い流してくれる。

 とどのつまり、平和そのもの。

 …とは言い難かった。

 

 一部の艦娘がスカートの中も撮影OKだと言ってきたのだ。

 金剛一人ならまだゲンコツを落とせば済ませられる。

 しかし、だ。

 空母や戦艦、一部の駆逐艦まで同様の言葉を囁いてくるから僕の愚息に悪い。

 その場は適当に流しておいたが、悩みの種が増えると思うと先が思いやられる。

 因みに浮気は自分がされたく無いという理由でしない主義なのだが…。

 金剛曰く、「鎮守府の空気が桃色になる前に止めてもらえると助かります。ただ、険悪になるのは避けたいのでその娘の要望通りに付き合ってあげて欲しいのです。勿論、私に気付かれないようにお願いします。」とのこと。 

 個人より組織を優先する。

 きっと金剛も苦心していることだろう。

 それ以上に、いけないシーソーゲームに身を投じている自分には重荷がのし掛かっていることを改めて自覚する。

 思考回路がオーバーヒートするかもしれないと思ったときには僕の意識は少し薄れた。

 

 ビクリと体が震えた直後に目を開けると目の前には食事中の艦娘達。

 彼女達は小振りの皿に盛られたカレー、カレー、カレーの数々を食べていた。

 我ながら無茶なことを考えたものだ。

 食べられるかそうでないかに個人差があることを念頭に置いていなかった。

 戦艦ならともかく駆逐艦の娘達には小振りの皿に盛られているとはいえ40を超えるカレーはキツいだろうと今になって反省した。

 あまり食べなかった印象が強い弥生に聞いてみる。

 「弥生、大丈夫か?…ッ?!」

 顔が真っ青だった。

 あまりの青さに僕の全身の血の気が引いた。

 「…ぁ、司令官…。」

 「ごめんよ、弥生。無理しなくて食べなくても良いんだぞ?」

 「…すいません、司令官。私、表情固くて…」

 「表情以前に血色悪いよ弥生。救護室に行った方が…」

 「…これは…その…足柄さんのカレーが辛くてダウンしていただけです…。ご心配おかけしました。カレーはまだまだ食べられるので大丈夫です。」

 「そ、そうかあ。無理しないでね。」

 大丈夫と言われてもやはり心配なので弥生をちらりと見ながら彼女のもとを後にする。

 

 試食するための場所に移動する。     

 寝る前まではどのチームがどのようなカレーを作っているのかというのは粗方分かってはいたのだ。

 しかし、今は忘れてしまった。

 どういうわけか記憶が長く保存されない。

 こういう言い方をすると、自分がロボットのような感じがして嫌だ。

 なので今の自分を端的に言い表す。

 つまるところが【ボケている】の方が妥当ではないかなどと益体もない事を考えていると。

 「お仕事お疲れ様です、提督。」

 大淀からの労いが聞こえた。

 最近になって、どちらかが話しかければもう片方の通信機の回線が開くように改修したのをふと思い出した。 

 関係がないため脳内での言及もここで終い。

 「どうしたの。」 

 「味見の時間です。」

 「他の艦娘達には?」

 「もう皆さん頂いています。」

 「分かった。そっちに行くよ。」

 スッという音がしてから通信機の回線が閉じた。

 去年の通信機のスペックより抜群のスペックだったということを頭の片隅で思いつつ、珍しく酔っていない凖鷹と付き添いの飛鷹が運んできた食器一式やカレーの鍋の数々と相対した。

 

 そこからは味の天国と地獄のシャトルランだった。

 足柄の激辛カレーをトップバッターにしてみたところから始まり、ウォースパイトの納豆カレーで終わった。

 途中に鳳翔さんの懐かしい味や金剛監修の僕好みのカレー、長門のニンニク多めの甘口カレーなどの天国ゾーンがあったが、脳裏を焼き尽くして切り裂くような地獄ゾーンの印象が遥かに強かった。

 

 結果から言うと金剛四姉妹の独走だった。

 艦娘達の票だけで全体の七割を占めた。

 ビリの艦娘は決めない。

 あくまで優勝したグループのみ決める。

 ビリだのブービーなど決めるといじめが起きてしまう。

 それは、避けたい問題の一つだからだ。

 ここまで、平和に過ごせたのにハラスメントで崩れるなんてお話にならない。

 話がそれたが、金剛四姉妹のカレーが次の大会まで食堂にならぶことになった。

 

 こうして、カレー大会は終わり次の年へ、また次の年へと引き継がれる。

 というより、毎年の恒例行事となっている。

 炎天下の中にでやることになりかねないのだが毎年工夫をこらして何とかしていることを未来の僕は知っている。




 早めに書き始めて見せるさ…書いてやる
(ちょいちょい改変加えてます)

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