書き手でございます。
この話の追加が今月の最初で最後の更新かもしれません。
申し訳程度に先の話より3000字程度多くした10Kもとい一万字の列と行を成したモコモコ話となっております。
途中タイトルにそぐわない表現が出るかもしれませんが、サブタイトルが関係してくるやもしれません。
おまけ程度にちょっとしたのんびり以外の要素が滲み出てしまうかもしれません。
早い話が広い心で読んでいただけるとこちらとしては有難いという事でございます。
それではギスギス、モコモコ、ヒヤヒヤな世界へ行ってらっしゃいませ。
(本編へどうぞ。)
府内の巡回を終え、冷えた炬燵に座り足を突っ込む。
上家、もとい左側の座布団の上に放られたタブレットに手を伸ばす。
職務用のタブレットを開くと宛先の分からない新着のメールが送られていた。
この手のメールは基本的に開かず削除するのが定石である。
スルーしようとタブレットをスリーブさせようと思った矢先に明石から『至急』というタイトルのメールが届いた。
何事かと思いメールを開くと、相談したい案件があるらしくタブレットも必要になるから医務室まで来て欲しいとのこと。
相談することはあっても相談されることなんてあったのだろうかと思いつつ医務室に足を運んだ。
「重症です。」
「はい?」
ドアを開けて開口一番にこれである。
「重症です!」
「二回も言わんでよろしい。」
何故か水着でいる明石をよそに席に座る。
「そういうとこが重症なんです。」
「えぇ…」
小声で呟かれた言の葉が聞こえてしまったのと同時に理不尽な言い分に困惑した僕はタブレットを取りだした。
「それで、何の相談?」
「コホン」
僕と明石はお互いに仕切り直し向き合った。
「早速ですが提督。送り主が分からないメールを受信してますよね?」
「まさかその件と今の発言関係ある?」
「そうです。」
「何かやっちゃってた?」
「逆です。」
全くもって要領を得ない。
季節を考えていない格好をしているため鳥肌が立ち始めている明石に自分の上着を羽織らせる。
「何もしてないのに問題があるってどういう事?」
「どうも…。それでどこから説明すれば良いのか…。」
もごもごと口ごもる明石。
暫く考えている様子だったが思いつくことがあったのか明石はこちらを見据えた。
「人間の三大欲求って知ってますか?」
「睡眠欲と食欲と性欲の三つがどうかした?」
「率直に言いますと、提督の場合最後の欲が無くなっているのではないかと政府に心配されています。」
「は?」
「性欲が無いとみなされています!」
酷い、酷すぎる。
「政府から直々に!」
「高らかに何回も言わんでよろしい。第一、そんなこと心配されるようなモノかなぁ?」
明石を制止し、不満気に愚痴を吐く。
「通常、指揮官に対する不満は私や大淀が艦娘から聞き取ることになってます。まあ、会社の意見箱の様な役割です。軽度の不満なら私や大淀からの注意、重度の違反になると懲戒免職にまで及ぶことも有り得ます。」
「それって僕に言っても大丈夫なの?」
「良くは無いんですけど説明上仕方ないですし。で、男の人の場合異性が多いと誰かには手を出しちゃうことがあるでしょう。それは容認されているんです。で、手を出しすぎて修羅場になるようなこともあることは簡単に予想できます。そのことで提督にとって悪い意見が普通は出るんですよ。」
「ほう。」
金剛しかそういうことはしてないから僕は問題ないだろうと思ったが、異性に対しあまり問題を起こしてないのが問題となっているのなら…。
「って、まさか…」
「そうです。問題が無さすぎるから問題なのです!」
「な、なんだってーーーー?!」
理不尽なことだったのでちょっぴりダメージを受けた僕は医務室を去ろうとした。が、がっしりと手を捕まれてしまった。
「まだ、何か?」
悪い予感がした。
首がぎこちなく手の方を向く。
「ここからが本題です。」
激しい喜びも深い絶望も必要としない植物のような鎮守府ライフが僕の目標だった。
それが今変わろうとしている。
環境の変化は好ましいモノと好ましく無いモノがある。
当人がバネに出来るか否か、ストレスとなるか…
「提督?どうしたんです?」
「ンあ?口に出てた?」
「ちょっとだけですけど聞こえてました。」
「あらら…ところで本題っていうのは?」
「単刀直入に言うと『セラピー』の申し込みをしませんか、という話です。生物の根幹であり原始的な欲求が失われている以上、治療を行う必要があるということからなされた提案ですけれども…。」
「なるほどね。本能レベルの欲が無くなってるから病気だと。」
『やかましいわ』と口を開かず小さく悪態をつく。
「そこで、どんなセラピーを受けて貰うかの相談というのが肝です。例えば…『酒池肉林こーす』とか?」
「コースが平仮名だしその後ろにハートマーク…。嫌な予感するんだけど。」
「いえ、心ゆくまでの高級料理食べ放題です。女性嫌いな提督でも満喫出来ますし…それと露出の多い服を着た女性とパーリナイする訳ではありませんから。」
「その言い方だとちょっと引っ掛かるなあ…。」
女性嫌いというのはある意味では正解であるが、本題から逸れそうなので軽い愚痴で返しておく。
「誰も提督が女性嫌いとは言ってませんよ?」
「はいはい、他は?」
「アロマテラピーとかは?」
「アロマがごちゃ混ぜだと非常に困る。」
文面では『様々なアロマを満喫』とある。
各種ごとにブースが設けらているならまだしも全て混合なのは勘弁してほしい。
「ダメですか…。それじゃあこのセラピーはどうです?」
本当に混合されているようで代案が明石から出される。
「カラオケ?」
「カラオケです。」
「うーん…。」
暫く考える。
「僕だけで歌える?」
「同伴する艦娘を指定しなきゃならないようですね。」
提示された資料にもそのような内容が記されていた。
「えぇ…。」
「ちなみに全てのセラピーに同様のルールがあります。」
「何でそんなルールが…。」
「多分大丈夫だと思うんですが、係の人を傷つける様な行為が確認された際の拘束員が必要だからです。」
「随分穏やかじゃないね。」
「普段の仲の良い艦娘とデートと考えれば良いじゃないですか?」
「………。」
先の説明だとまるで手を出すことが艦娘側にとっての希望の様に聞こえる。
しかし、そんなことをしたら侮蔑の目の中を生き抜いていくしかなくなるのは自明であろう。
閉じたコミュニティの凶悪さとかつての体験が頭をフル回転させると同時に背筋に絶対零度を宿す。
「ど、どうしました?」
「いや…ね?」
数回深呼吸して平静さを取り戻そうとする。
動悸は治まらず、バクバクと悲鳴をあげる。
かつての嫌な光景が頭を次々と過る。
それでも顔だけは平静を取り繕う。
「大丈夫だから、続けて。」
「ええと…じゃあこれなんてどうです?」
「………。」
次の文面に目を運ぶと、冬場に吹く春の一陣の風の様に心を休めていく。それでも動悸は治まらない。
「…それで良いかも。」
「随伴の艦娘はどうします?」
「少し待って。」
深呼吸と同時に侵食していた負の風景をセラピーの様子を思い浮かべ中和する。
動悸が正常な鼓動へと変わるまで待つ。
どのくらいが経ったのか体感では分からない。
咳払いし明石と視線を交える。
「ちょっと問題かもね。」
「ですね。私も受けられるなら受けたいっていうか…もしくは買っちゃいますね。」
「だよね…。僕も割とそう思う。」
少し考えてメンバーをふるいにかける。
「金剛型四姉妹は多分ダメ。金剛と比叡が夢中になる。大和型は大和が僕にアプローチかけてるから彼女を誘うのは周りにとって悪影響だし、ビスマルクはオスカーの件があるから呼びづらい。伊勢型は瑞雲だし…。」
「『瑞雲だし』ってなんですか。」
「瑞雲は瑞雲だよ。」
「でもまあ、確かに瑞雲ばっかり言ってますからね。そういえば、瑞雲以外の機体を装備させられるがどうだって話をしてましたね。」
「その内容が何なのかは聞いてない?」
「通りすがりだったのでそこまでは…」
「そっかあ…。さて、と。拘束員なら駆逐艦やら海防艦、軽重巡には務まらないだろうね。」
「重巡の娘は出来ると思いますけど…。」
「摩耶と羽黒がネックかも。」
「うう…そうなると空母しか居ませんね。」
「赤城と加賀は種類によっては本当に饅頭と見間違えて食べそうな気がする…。まあそうはならないとは思うけど来てもらうのはマズイかな。蒼龍と飛龍は『ウチの鎮守府にも配備しましょう!』とか言いかねないしなあ…。大鳳はちょっと想像つかないけど五分五分かなあ…。そうなると翔鶴型だけだね。」
「瑞鶴さんはどうです?」
「結構サバサバしてるから大丈夫かもね。」
「今更ですけど、随伴の艦娘は一人でも良いです。」
「なら、瑞鶴だけにしよう。」
話はまとまった。
実施日は明日で、拘束員もとい随伴艦は瑞鶴のみ。
セラピーの存在を知るのは明石と僕、場所は多目的室2。
椅子から腰を浮かせ、ドアノブに手をかけた時にふと口が開いた。
「明石が医務の係だからって訳じゃないし言い訳する訳でも無いんだけど…あるからね?」
「そうなんですか?一体誰とどのようなハードコアなのを…」
「そんなのじゃないから!」
首を傾げながらトンデモ発言をする明石に耳を貸してとジェスチャー。
「ゴニョゴニョ…。」
言っても引かれない範囲で話した。セクハラ案件ではと内心思ったがかなりぼかした言い方をしたので大丈夫だろうと思っておく。
世間一般的な営み以外のこともやってはいるのは認めるがそれをわざわざ言っては閉じたコミュニティの凶刃の餌食になりかねないので言わない。
「お盛んですねー。」
ニマニマと笑う明石。
「だからどこも問題はないはずなんだけどなあ…。」
「セラピー、止めておきます?」
「止めない。貰えるものは貰う。」
「では、手続きの方は私がやっておきます。瑞鶴さんへの呼び出しはどうします?」
「僕がやるよ。」
「わかりました。では、ご健闘を。」
「はいはい。」
二つ返事で答え、廊下に出る
今日はいつもと同じように演習と工廠関連の仕事をこなし就寝した。
翌朝、瑞鶴の部屋に『貴艦に特別訓練を行う。ヒトマルマルマルに執務室に出頭するように。なお、体躯を動かすことに特化した服装で来るように。』と放送をかけた。
艦娘の部屋の構造はよく知らないが、大淀曰く確実に耳に届いてるらしいので良しとしておいた。
9時50分に執務室の出入り口の戸からノック。
「提督さん、来たわよ。」
「入っていいよ。」
横開きの戸から覗かせた瑞鶴の顔は怪訝さと緊張を帯びていた。
「そんなに構えなくて大丈夫だから。」
「そ、そう?」
まあ、個人での特別訓練なんて滅多にやっていないから身構えてしまうのも無理はないだろう。
「まだ時間あるから暫く炬燵でも入ってゆっくりしよう。」
「う、うん。」
戦闘用の服を着ている瑞鶴を久々に見たような気がすると寝ぼけた頭で考えていたが、時間が迫りつつあるため即座に脳を切り替える。
「今からでも遅くないからジャージに着替えてきて。」
「えー、動きやすい服装って言うから着てきたのにー。」
「見えるよ?」
「提督さんは変なことしないでしょ?戦闘中に中大破したらタオル巻いてくれてるし。それにちょっと見えちゃってるし見てるでしょ?」
「ノーコメント、着てきなさい。」
「はーい…。」
渋々着替えに戻った瑞鶴は五分後に洋紅色のジャージに着替えてきた。
「もー、ちゃんとそう言ってくれないと分からないから。」
「ごめんごめん。」
「でー?訓練て?」
「んー?」
「なんでとぼけるのよ!?」
「まあ、度胸やら根性が必要な訓練だから。」
「なにそれ?」
「ある意味、必要かもね?」
わざと含みを持たせた言い方をする。
間違ってはいなし、加えて忍耐がいるがこれ以上引っ張ってもしょうがないから事柄を二つに絞り、話していない。
「ま、まさか……。拷問?!」
「当たり。」
ある意味では『拷問』だ。
「やだやだやだやだ!赤城さんだって三秒しかもたなかったらしいじゃない!」
「ああ~、そんなことあったなあ。」
あれは…。そう、去年の秋のこと。
まあ、つまみ食い常習だったので折檻がてらに薄暗い例の部屋で秋刀魚を炭火で焼いてやっただけのことだ。
瑞鶴の言う通り彼女は三秒ももたなかったのだが…。
ちなみにこれからはしないという言質を取った上で赤城の目の前で秋刀魚を頂いたわけなのだが、これは今の瑞鶴には隠しておこうと思った。
「はいはい、んじゃ時間だから行こうか。」
「いーや!拷問なんかいーや!」
「上官命令だから観念して。」
「横暴だああああああああ!」
「叫んでも駄目なものは駄目。すぐに気持ちよくなれるから。」
「ヒィッ?!」
「さて、良いこといっぱいしようね?」
悲鳴をあげながら袖を引っ張る瑞鶴に明石謹製の無音ステルス迷彩を被せる。
いつぞや着用してたステルス迷彩の強化版で、着用した対象の物音や生活音、生命活動の音まで消せる優れもので布面積が自在でショックにも強い。
第三者から見れば僕が歩いているようにしか見えない。
階段に差し掛かると激しく抵抗するため、迷彩でくるんで横抱きで二階へと上がる。
何を言っているのかは解らなかったが、動きは抱きかかえられた猫の様に大人しかった。
階段を上り終わってマズいと直感した。
調子に乗ってしまっていたと自制し、謝ろうと迷彩をめくってみると瑞鶴は俯いて顔を赤くしていた。
「…もっと。」
「ええっと…?」
「もっと抱っこして。」
瑞鶴の幼子のような要求に僕はびっくりし思考と体が固まってしまった。
「ん!」
怒りか恥ずかしがっているのか両手をこちらに伸ばしてくる。
「…ぇえっと、失礼しますよお姫様。」
迷彩を畳んで軍服にしまい瑞鶴の手を僕の首の後ろで組ませ、そのまま抱え上げる。
「苦しゅうない。」
瑞鶴は満足したような笑みを浮かべていた。
安心しているのか先ほどまでの恐怖の様相を呈していなかった。
僕は過去二番目に重い者を抱えながら多目的室2へ移動した。一番目は言わずもがなであるが伏せておく。
いつもは卓球やらビリヤードやらピンポンやらが行われているこの多目的室2だが、今日のこの時に限ってはかなり違う。
具体的に言うと玉は玉でも殺人毛玉、もといモフモフした柴犬が部屋中に侍っていたのだった。
「何て惨たらしい…。」
瑞鶴は驚愕している風なことを口では言っているが、ボーア量子のような口の形になっている。
もっと端的に言うなら動く毛玉の可愛さに悶絶しているのだった。
もっとも、僕も内心悶絶しているのだが…。
「さあ、訓練開始だ。」
開始と言い終わる前に瑞鶴はフライングして豆柴の赤ちゃんに飛びついた。
「かわいー!」
「僕も狙ってたんだけどなあ…。」
お前も可愛いと言いかけたがセクハラ案件となりそうだったので自粛した。
先程の横抱えもセクハラ案件の様な気がするがそれは沙汰を待とう。
「こんな暴力屈しない!」
毛玉の可愛さに圧倒されてる瑞鶴は白い赤ちゃん豆柴を仰向けになって持ち上げては引き寄せて頬擦りして持ち上げてを繰り返していた。
「体は正直だなあ?」
瑞鶴の胸元に眠っていた別の茅色の赤ちゃん豆柴を持っていった。
「あわわわわわわ?!かわわわわわわわ!?」
「ボキャブラリーが死んでる。」
思った言葉がつい出てしまった。
「うっさい!」
「起きちゃうって。」
瑞鶴のシャウトの後、きゅうと愛らしい鳴き声が下の方からしたことから彼女の胸元の豆柴の鳴き声だろうことは容易に推測出来た。だから、静かにするように嗜める。
「ぅう…。」
子犬がいるということは親犬がいるだろうと思い、周りを見回す。
予想通り普通の柴犬より小さい成犬がいた。
近寄って観察した。
セラピーに使われている犬なだけあって大人しい態度が見受けられる。
毛並みはモフモフしていて艶々していた。
目は潤んでいて耳はピンと立っていた。
つい触ってみようと思い頭を撫でるとコロンと横に寝転がった柴犬。
無防備に空けられた腹をワシワシと揺らすように撫でると気持ちよさそうに目を細めた豆柴は仰向けになってさらに自らの腹を無防備にする。
「ほへえ…。」
溜息のような謎の息がつい漏れた。
『これが癒しか』などと思うほどに気持ちがほぐれていくのを感じた。
手を放すと目を細めた柴犬はすやすやと寝てしまった。
そうっと持ち上げ瑞鶴の腹に乗せる。
「もー…お返しするからそこのクッションに座って。」
口調とは裏腹に緩み切った顔をした瑞鶴は僕に艦娘はおろか提督すら駄目にするソファーに座るように促した。
「はいはい。」
静かに腰をおろすと体のほとんどがソファーに包まれる。
一番沈んだ腰の部分に瑞鶴に乗せた二匹の子犬と一匹の成犬が彼女の手によって乗せられた。
すやすやと寝ている成犬の上に団子や大福の見間違うような子犬が乗っている様子を見て言葉が漏れた。
「かわいい。」
「提督さんも語彙無いじゃん。」
「そうだね。でもまあ、実際可愛いからモーマンタイ。」
「なんかズルーいー。」
数分堪能した後、瑞鶴と共に犬達を起こさないようにゲージに戻して他にゲージが無いかを確認する。
部屋全体を見ると豆柴を入れたゲージと同じ物が二個あった。
目の前にあるゲージと違うのは中に入ってる犬種であった。
部屋に入って左側の壁の中心、もとい僕の近くのゲージには柴犬達が入っている。
部屋入って右側の奥にはチワワの親子、右側の手前にはポメラニアンの親子が入っていた。
このセラピーの本懐はモフモフを堪能することであるためポメラニアンを後に回すことにした。
チワワのゲージに近寄ると、格子に足をかけてこっちを見ているのが二匹いた。
一匹のチワワを持ち上げ抱き抱える。
モフモフはしてないがブルブル振えるチワワを見ていると優しい気持ちになった。具体的に言うと守りたくなる気持ちであろうか。
「提督、この子達の犬種って?」
「『チワワ』って言うんだよ。小さい犬種なんだ。」
「へえー。」
「いつも震えてるけどなんでかは知らない。」
「そうなんだ。」
そう返事をするなり瑞鶴は先程のチワワのもう片方を持ち上げて床にゆっくりと下ろした。
ゲージから出たチワワは暫くウロウロしたあと瑞鶴を見上げ、舌を出して呼吸していた。
「こっちも可愛い。」
そう言うと彼女はしゃがんでチワワの頭を撫でた。
瑞鶴のチワワは毛が短く、僕の抱いているチワワは毛が長かった。
僕は抱いたチワワの背中に顔をそっと埋めて毛並みを堪能する。
暫くして顔をあげると瑞鶴も似たようなことをしていた。
ゲージにチワワを戻した僕達はある禁忌に触れていた。
「提督さん、ワンちゃん達可愛いわね。」
「ね。」
「ウチの鎮守府では飼わないの?」
「うっ…。」
当然のことだった。
動物関連のセラピーに艦娘が同伴すると『動物を飼わないか?』という質問されるのは火を見るより明らかなことだ。
僕の担当している鎮守府ではビスマルクが黒猫を持ち込み、ドイツ艦の間で独占しているため府内での影響はごく僅かである。更によく脱走して印象に残りにくいおまけ付きだ。
仮にウチの鎮守府で動物を飼い始めればそれは全員の士気に多大な影響を及ぼすことが考えられる。
プラスの影響だけならば絶対に奨励するのだが、事は生物だ。
当然、死んでしまう可能性だってある。
そうなればマイナスの影響が出るのは必至である。
愛する動物の死がバネになるのならまだ良いが、ずっと塞ぎこんでしまう艦娘も出てしまうことが懸念される。
それならば最初から飼わない方が好ましいというのが僕の考え方だ。
「鋭い質問だ。今回の拷問演習はそこが肝なんだ。」
「拷問の体裁は崩さないんだ。」
「まあ聞いて。この可愛い動物達を目の当たりにして可愛いと思うのは良いんだ。それ自体は何も悪いことじゃない。」
「えー…。それってもしかしてそういうこと?」
何かに気付いた様子の瑞鶴の意思を汲み取り核心の説明を続行する。
「瑞鶴の言う通り、今回の演習は如何に可愛い動物を見ようとも飼いたいと思わない精神力を養うためだったんだ。」
「んー…。」
得心がいかないのか首を傾げる瑞鶴。
ゲージのチワワを見ながら瑞鶴は思考の海に入った。
たゆたうこと五分、彼女は戻ってきた。
「士気が上がるから良いと思うんだけどなあ。」
「確かにそうなんだよ。」
「良いなら飼おうよ。ビスマルクだって猫飼ってるし。」
少し困る切り返しだが予想してなかった訳じゃない。
それに、この言葉を聞いてしっかり真意を汲み取れる人選をしたと僕は確信している。
日本人の悪い慣習であるのは間違い無いが『察する』ことが出来る艦娘を選んだつもりだ。
「でもね、瑞鶴。物だって生き物だって終わりはあるんだよ。」
ゲージに指を入れ小さい体躯のチワワの頭を撫でる。
終わりというワードが分からないチワワは引き抜こうとした僕の指をそっと舐めた。
「そっか。」
その言葉と同時に瑞鶴の目には『残念だ』という思いと『仕方ない』という諦めが帯びた。
僕はその悲しげな表情を見て察してくれたのであろうと思うと同時にばつが悪くなった。
自分から切り出した話題ではないが原因の一端は僕にある。
その気まずさから逃げるようにポメラニアンのゲージに瑞鶴を誘導した。
飼えないのに飼いたくなるように衝動を駆り立てるという行いは拷問そのものだ。
自責し始める心を表すようにかける言葉が見つからないでいると、
「まーいっか!今楽しめば良いんだもん。」
と瑞鶴は朗らかに笑った。
「そうだね。」
物事に執着しないサバサバした性格の瑞鶴を拘束員に選んで正解だった。
竹を割った様な性格とも言えるかもしれないがそのようなことは今更知れたことだ。
「提督、この子達の犬種は?」
「『ポメラニアン』って言うんだよ。小さくて可愛い犬種。見た目に反して気性が荒いらしいけど、ここにいる子は大人しいみたいだね。」
「へぇー。モコモコしてて可愛いわね。」
そう言うなり成犬を持ち上げた瑞鶴。
舌を出して呼吸するポメラニアンの顔をじっと見ていた瑞鶴は自らの顔を犬の腹に埋めた。
「モフモフー…。」
その持ち上げ方だと犬にとって良くないと瑞鶴に言おうと思ったが顔を戻してすぐに持ちかえていた。
相伴に預かるというのも変だが瑞鶴に倣って僕もモコモコしたポメラニアンの毛並みを犬にとって負担のかからない持ち方にして堪能することにした。
十数秒後、ポメラニアンのゲージの方から甲高い鳴き声が聞こえて顔半分を埋めた状態でそれを見た。
奥の方にポメラニアンの仔犬を別に収めたゲージがあった。
成犬をそっとゲージに戻して仔犬のゲージに向かう。
親譲りのモコモコした毛並みと産まれたばかりのあどけない顔が可愛さを増長させる。
親よりも高い声は耳に障るようでいて甘えているように聞こえる。
ゲージを真上から覗くと毛玉が縦横無尽にてくてく歩いていた。こちらの陰を見たのか見上げる仔犬がいた。
「可愛い。」
ゲージを側面から覗けば毛玉は短い足を忙しなく動かしては角に突き当たる止まってくるりと回って、てちてちと別サイドに歩き出す。
「可愛い。」
「可愛いね。」
「…いつの間に?」
「五分くらい前から。」
「そんなに経ってる?」
「経ってるわよ。」
「んー。まあいいや。」
動き回る毛玉の中から一番モコモコしていそうな子犬をピックアップし、ソファーに連れていく。
「よいしょっと。」
沈み込んだ腰に子犬を乗せると舌を出してせわしなく呼吸しながら顔めがけて上ってきた。
ただでさえ可愛いのに顔面に迫る可愛さの暴力に悶々としてしまう。
子犬の口からチロチロと短い舌が覗いたかと思うとそれは何度も僕の顔にぶつかった。
普段なら少し抵抗を覚えるが、今は不思議と嫌な気分にはならなかった。
「癒されている、のかな?」
ついそんな言葉が出てきた。
「ちょっと提督さん!私もそこに座るの!」
少し腰をずらしもう一人座れるくらいのスペースを作る。
瑞鶴はおずおずと腰を下ろし僕の背にもたれかかった。僕と瑞鶴の姿勢を横から見ると三角形でも出来ているんじゃあるまいかなどと思ったがどうでもいいことだった。
その状態で数分間自分たちが連れてきた子犬と思い思いにじゃれていたが、瑞鶴が何気なしに口を開いた。
「どうして私だけなの?」
「何が?」
「だってこういうのって皆で参加した方が絶対楽しいじゃん。まあ、提督の言ってたことも一理あるからあんまり言えないんだけどさ。」
「そう言ってくれるのはありがたいな。皆が飼いたいって言い始めたら僕は勢いに負けてOKしちゃうかもしれない。」
「……。」
「だから一人だけ呼ぶことにしたんだ。瑞鶴を選んだ理由は話した通りだよ。」
「ん?その理由は聞いてないよ。」
「え?そうだっけ?」
「そうよ。」
すっかり話した気になっていた。
「気になる?」
「うん。」
「瑞鶴は結構ドライっていうかサバサバした性格って言うのかな。物分かりがいいから事情を説明すれば分かってくれるかなあって思ったんだ。」
「ドライって言い方酷くない?」
「ごめんね。」
「むぅ…。」
「他の誰かだと飼いたいって結構言ってくる気がしてさ。」
「んー、他の子でも事情を話せばちゃんとわかってくれると思うよ?駆逐艦でも泣いちゃうかもしれないけど分かってくれるだろうし。」
「そっかあ。」
艦娘サイドからそのような情報が入ってくるとは思わなかった。
「機会があればそうしたいけど…。」
そもそも艦娘を同伴させるのは代表者が係員を傷つけそうな場合の拘束のためであって駆逐艦や海防艦には務まらないから参加させるのは難しいと思ったことを説明しようと思ったが、
「機会があればね。」
と誤魔化した。
そういえば係員が見当たらないがどうしたのだろうかと思い首を回し部屋を見回そうとしたが瑞鶴がまだもたれかかったままだったため豆柴のゲージ方面の景色しか見えなかった。
「そろそろ終わりにして各自の部屋に行こうか。」
「うん。」
いつの間にかすやすやと眠っている二つの小さい毛玉をゲージに戻しドアノブに手をかけた。
「この紙は?」
「えーっとなになに?『係員は席を外しております。係員が戻るまで犬に触れるのはご遠慮下さい。』?」
「あっ。」
「あっ。」
マズいことをしてしまったのではないかと思い、瑞鶴を見ると顔が青ざめていた。
彼女も同じことを考えたらしくこちらを見ていた。
この後、ドアを静かに開けた僕たちは静かに素早く部屋に逃げ帰った。
後日、明石から聞いた話によると係員だったであろう人から『もっとワンちゃんと一緒にいても良かったのではないか。』という都度のメッセージがあったらしい。
苦情の類のメッセージは一切無く、むしろ犬達を寝かしつけてくれて有り難かったというメッセージや贔屓にしてほしいというメッセージがあったらしい。
それを聞いた僕は最低限のタスクをこなすべくタブレットを携え工廠に向かうだった。
いかがでしたでしょうか?
動物と少女のミニチュアタペストリーは皆様の心に光をもたらせたでしょうか?
だとしたら書き手冥利に尽きるというものです。
(語りが可笑しい?スイマセン。ここから戻します)
前書きの通り最後の更新かもしれません。
復帰にするにあたりリハビリをしなければならない状態で、時間をそれに使わなければならないため執筆活動は抑えめになることが予想されます。
ただ、更新は執筆が終わり次第していきますのでのんびりと待っていただきたいです。
ペットショップや動画で見たくらいの犬の描写なのでリアリティーの無さは申し訳ありません。
精一杯書けるだけ書いたので宜しくお願いします。
では、次の話でまたお会いしましょう。
(作者の自伝風小説はその内にあげます。)
表現について聞きたいです。
-
難しいと感じる(やさしく書いて)
-
今のままでいい(書きたいように書いて)
-
簡単すぎる(文学に寄せて)
-
キチゲ解放求ム
-
対象年齢上げて(タグ増加)