のんびり艦これ   作:海原翻車魚

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 皆様、本当にお久しぶりです。書き手の海原です。
 最近まで某ウィルスやら非常事態宣言やらで大変だったかと存じます。本当にお疲れ様です。
 この小説が励みになればと思い筆を執ってみました。
 が、数ヶ月ぶりの執筆でなまっていたのと投稿者のリアル事情で作業が難航してました。
 申し訳ありません。
 なるべく書いていこうと思うので、どうか平にご容赦をば。

 さて、今回の話ですが人によって好き嫌いが分かれるものではないかと私は懸念しております。
 サブタイトルも話の内容も錯綜しておりますが、どうか読んでやってください。思うことがございましたらやんわりと感想や評価をお願いします。
 あと、思うところがあり話数構成を改変します。

 それでは、面舵いっぱい。
 (追記: 16000UV達成させて頂き、誠に有り難く存じます。これからも宜しくお願いします。
 書き手の戯れ言ですが、お気に入り登録をして頂いている方の数が低迷していることから作風の改善のために最新話作成まで時間を頂きたいと思います。多分ですがのんびりという作風に対してのスランプだと思われます。)


色って何気にいっぱいあるよね?

 喧騒、凝視、動悸。

 僕の手元に刺さるように集まる視線を感じながら、僕の手と目は機械的に動く。

 フライ返しに乗る黄金色の食パンと薫る甘さに皆は我先にと皿を差し出す。

 「どうしてこうなった。」

 第一目撃者兼拡散者の赤城の皿に焼きたてのフレンチトーストを乗せる。

 

 

 この光景に入るにはある前提が必要だ。

 着任して間もない頃のこと。

 僕が料理長を兼任していたことがあった。

 鳳翔が来てからはフライパンを握る機会は滅多に無くなった。

 この話は古株から新米まで広まっており、関心を持つ者は少なくないこと。

 これをふまえて赤城が襲来する前に時系列を戻す。

 

 ある日の昼下がりに小腹が空いて軽食でも作って食べようかと思い立ち、食堂の厨房に立ち入り在庫を見た。

 物色していても咎められるどころか物音は僕の鳴らす音だけであることから誰もいない。

 好都合だ。

 余り気味の薄い食パンの入った袋と卵、牛乳パックと香り付けのバニラエッセンスの小瓶、バターをそれぞれ取り出した。

 調味料の類いは火元の近くに配置されていた。

 手をブラブラ、足をブラブラとさせ鈍った四肢にスイッチを入れて、手を医療従事者のように石鹸で洗う。消毒液も付けて乾くまで待った。

 

 まずは調味液、もとい漬ける液を作る。

 トレーに卵を割り落とし、牛乳と砂糖を加える。

 近くの引き出しに入っていた竹串でかき混ぜ、黄身と牛乳が混ざりきるまで腕を動かした。

 次に食パンを一枚取り出し、卵液に漬ける。このとき食パンの白い面が調味液に染まるように気をつけて両面を染める。

 この漬け込む時間にフライパンを強火で温める。フライパンが温まったのを確認したら弱火にし、暫く待つ。

 時短のつもりだなんだと言い訳するがいかんせん素人だ。本当に時短になっているのかは定かではない。

 バターをフライパン全体に馴染むように広げ、漬けた食パンを焼く。

 適当な時間が経ったら、パンをひっくり返し反対側も焼く。

 そう、この時だった。

 食パンをひっくり返そうと目線を上げた刹那。

 どこまでも純朴で貪欲な暴食の権化が滝のようなヨダレを垂らしていた。

 「?!」

 驚いた。

 ただ驚いた。

 だが、ヤツの動きはその驚きすら過去にした。

 赤城はスマホを取り出し空母たちにメッセージを送信。

 それだけに留まらず、食堂を疾風のごとく駆け抜け近辺の艦娘にまで僕が料理していることを拡散したのだった。

 それから府内の艦娘が集結するのに10分もかからなかった。

 明石、大淀、間宮、伊良湖が皿を配り先着順に並ぶ艦娘の列の整理を行っていた。

 

 始まる修羅場に嘆息しそうになるもかみ殺す。

 同時に呆然としそうになるも自分をかき集める。

 そんな心境であることを付け加えて冒頭に至る。

 最初こそ一枚ずつ丁寧に漬けてはじっくり焼いていたが、人数が捌けない。

 人数が減らないことに違和感を感じ視線を上げると配膳したはずのメンツが最後尾に並んでいた。

 さらには列の整理にあたっていたはずの四人まで並んでいた。

 

_______ぶちっ。

 

 何かが切れた。

 頭は冷静ながら過熱気味に高速回転。

 器具と材料をガスコンロの数だけ用意し、それぞれを個別に対応しながら配膳した。

 

 最後の自分の分を焼き終わる頃には食パンは底をついていた。

 厨房のパイプ椅子に腰かけ、間宮謹製のアイスとキャラメルソースやメープルシロップをかけた勤労の証を金剛が淹れてくれたアールグレイと共に臓腑にじっくりと取り込んだ。

 子供の宝石箱にアロマを焚いたよう、もといこってりした甘さをすっきりした飲み物で洗い流すこのパラドックスが何とも言えない愉しさを生む。

 「疲れた。」

 小声でポツリ。

 『!』

 僕の四文字の愚痴をそばでティータイムをしていた金剛型とウォースパイトに聞かれてしまった。

 「お疲れ様ネー。」

 労いと共に僕の肩を揉む金剛。

 だらしなく力が抜けた首は頭の重さに耐えられずに後ろに傾く。

 金剛の胸の中に後頭部が吸い込まれているのだが、全く自覚が無い僕。なにせ、ヨメの笑顔と匂いがこの世界に広がっている。今この瞬間の外聞なぞ些事だ。

 「ひえええええええええ?!!」

 「……。」

 「ほぅ…。」

 「…What?」

 叫ぶ比叡と冷静さを装う霧島と奇妙な行動をとるメンバーを訝しむウォースパイトの声は聞こえた。

 首を横に傾け細目で確認すると、本当に驚いたのであろう比叡が椅子から立ち上がっている姿や手で目を隠しながら指の隙間からこちらを見ている榛名、眼鏡のツルを持ってこちらを見据える霧島、首を傾げて何がなんだか分からないという風なウォースパイトの姿がぼんやりとした視界にあった。

 目を定位置に戻しまぶたを閉じると心地よい暗さと凝り固まった疲れを感じる。

 マッサージを受け続け十数分。

 「あああああ~」

 口を半開きにしヨダレが出かけているなあとぼんやり思った刹那。

 ざわざわという喧騒が近場で起こっていることに疑問を覚え現へと意識が浮かび上がる。

 後頭部の柔らかい感触に驚いて目を剥き、飛び起きる。

 阿吽の呼吸と言わんばかりの金剛の回避によって額に痛みを覚えることは無かった。

 一つの煌めきが視界を支配した。

 焼きついた光が視界から逃げていくと共に現実が帰ってくる。 

 青葉がカメラをこちらに向けていたことからこの写真を撮ろうとしていたことが把握出来た。

 『おい』と言おうとした。が、周りにはニマニマとした表情の凖鷹や龍驤、机に乗り上げて興味津々と言わんばかりに目を輝かせる佐渡や対馬が見えた。

 怒るに怒れない。

 「はーい、捌けた捌けた。」

 こちらを見てニマニマしながら机に戻る大きめの艦娘。

 「ふぅん…。」

 「いひひっ!」

 不満げな対馬と面白いものを見たと言うような笑い方をした佐渡。

 「間宮からアイス貰って食べてて。」

 「えっ?」

 金剛の横辺りから間宮の声。

 椅子から立ち上がり机に乗り上げている海防艦を下ろす。そのまま間宮の元まで手で優しく押して誘導し彼女に目配せ。

 席に戻り、溶けたアイスと自作のスイーツを食した。

 

 

 

 バレンタインデー、ホワイトデーという単語には縁がない人種の僕だった。

 ここに来てからは義理でも貰えることは多々あるため返しの作業を含めて2月14日と3月14日は忙しかった。

 年々思い出すのが面倒になるほど濃密になっていく。

 カメラのフィルムも逃げ出しそうな出来事を最近したためている日記に簡潔に記す。

 ただ、覗かれても困らないようにマスターキーのようなワードのみを書き記した。

 

 『縁延艶』

 ____と。

 

 何があったかを追想する。

 あのチョコを渡す日はふらふらと歩く明石を見つけて声をかけたところから地獄が始まった。

 「どうした?」

 「提督…。」

 こちらを虚ろな目で見る明石の顔は紅潮していた。

 何があったかを問おうとすると、明石は背負っていたリュックを差し出し…

 「逃げて。」

 と言い残し意識を失った。

 「明石!」

 大声を出して起こそうとしたが無理だった。脈は正常だったため明石の頭を優しく床につける。

 どうしようかと指針を決めかねていると目の前に大淀が通りかかる。

 「大淀!丁度良いところに!」

 声をかけようと手を伸ばす。

 妙だ。

 理性の塊が警鐘を鳴らす。

 大淀を観察すると目は明石と同じ目。さらに足取りもおぼつかない。首は座ってないのかと思うほど揺れ動いていた。

 彼女の瞳に僕が映った。

 その瞬間、大淀の動きは未知の生物のようだった。

 一瞬の出来事で過程は分からなかったが、結果的に両腕でがっしりホールドされてしまった。

 大淀の蕩けた顔と潤う唇が眼前に据えられた。

 何をしているんだ、と問う前に彼女の腕は僕の頭に標的を変えホールドしていた。その腕はまるでキスをさせようとする動きだった。

 それはまずい。

 大淀の細い手首を持って引き剥がし束縛から逃れる。

 数歩後ろに退いて、目の前の問題を見据える。

 「どうなってるんだ?!」

 蕩けきった大淀の歩く道には粘性のある液体が散っていた。きっと口から出ている唾液だろうと自分を納得させ、思考に移る。が、情報が少ない。発揚しているとしか分からない。

 リュックの中身を漁ろうにも数歩の距離では詰められてしまう。

 ここは逃げの一手に限ると思い転身しようとした矢先、先程まで聞いていた声と共に後ろから腰をホールドされてしまう。

 「て・い・と・く」

 その手は蛇のように下に動いて特定の位置で止まった。そのまま愛撫を始めようとする手を強引に振りほどこうとすると今度は大淀にも頭をホールドされてしまった。

 

 マズイマズイマズイマズイマズイマズイ!!!!!

 

 咄嗟に偶然ポケットにしまっていた麻酔銃を腰の明石の頭に撃ち込み、眼前の大淀の頭にも同じように弾を撃ち込んだ。

 安全地帯に戻ろうにも遠い。

 三階の現在地から一階の執務室はちょうど立体的にも平面的にも真逆。

 二人の部屋は僕の部屋、つまり執務室の近くにある。

 ここからだと二人をこのまま放置せざるを得ないほど遠い。

 それに、おかしくなる前の明石の『逃げろ』という発言が後押しとなって二人を廊下に寝かせておくことにした。

 仕方なく以前、瑞鶴を包んだ迷彩を被り、移動しながらリュックを漁ると、綺麗に折り畳まれた紙といつもの麻酔銃のマガジンが多く入っていたのが感触で分かる。また、予備の麻酔銃も鞄の奥底に眠っていた。

 紙を開くと何か書かれていると分かるが、いかんせん暗くて見えない。

 迷彩を解除して周りを見渡すと、顔が赤くうつむく蒼龍と同じく顔が赤くこちらに手を振る飛龍が視認できる範囲にいた。

 先程の工作艦二人と同じように様子が変だ。

 開いた紙を即座に読破。

 『バカタレええええええええええ!!!!!!!!』

 と大声で叫びたい、状況が許すのなら。

 

 こうなった顛末が紙には書いてあったのだがあまりにも酷い。

 早い話が手元の事故で気体状の惚れ薬が換気扇を通じて漏れてしまったとのこと。府内に拡散されてしまったと見て間違いない。

 性質上、女子にしか効果は無くいつもの麻酔銃で解毒可能らしい。時間による代謝も解毒の対象とも。しかも、解毒時にそれまであったことは覚えていることは無いというおまけ付き。

 ちなみに、制作した事情は黙秘する旨も書かれていた。

 変なところで律儀なのもバカ野郎ポイントが高い。

 この状況を利用して自分だけいい思いをしようと考える紳士の方々が多数を占めるだろうが、僕はそんな展開を毛ほども望みはしない。

 そう決意した後の僕は自分でもよく分からない動きをしていた。

 川内限定かと思っていた狙撃精度を発揮し、ふらふらとした二人の頭を撃ち抜いた。

 後ろの方で天井が突き破れた音がした。

 目視で破った犯人である祥鳳と瑞鳳確認した後、二人の頭部を即座に撃ち抜く。

 おもむろにイヤホンをつけたスマホを操作し、ユーロビートを大音量で流す。

 現在地の三階から一階まで起きている者を残さずに制圧していく様は、快楽と殺戮の限りを尽くすシリアルキラーだろう。

 まあ、実弾が入ってれば殺人鬼そのものなのだが、撃っているのは麻酔薬の入った小型の注射器のような弾だ。

 全くの余談という訳ではないが、途中で言い寄ってきているのであろう加賀や瑞鶴を容赦なく撃ち抜いている。イヤホンをしているとはいえ心が揺らぎかけていた自分を戒め、執務室に戻る。

 回転出来る椅子と葉巻とサングラスがあれば仕事終わりのヒットマンなどと益体もないことを思いながら布団に座りこむ。

 やや聞こえにくくなってきた耳を案じてイヤホンを取り外し、布団に潜り込み全員が正気に戻るまで待った。

 

 同日の夕方。

 廊下が騒がしくなってきたことで目を覚ました。

 喧騒を隔てるは静寂たる夜の明かり。

 スマホを確認すると時刻は18時あたりを示した。

 喧騒は一層大きくなる。

 口々に紡がれる内容は、

 『誰か提督を見たか?』『今日1日見てすら無い』『昨日までは元気だった』『チョコどころじゃないんじゃない?』『マジなの、これ?』

 などと言った感じだ。

 どうも薬を吸い込む前に僕を見た者がいなかったせいか、内容が安否確認じみてきている。

 心配する声の中には明石の声もあったのだが、薬効が出たタイミングはあれから大して差がないのか僕を見てない口振りだった。

 普段から『巡回という名の散歩をしているから目撃者やら同行者は絶えないだろうとは思った。けど、一日姿を見せないとここまでのリアクションになぅてしまうのか』などと頭の中で妙なことを垂れ流してみる。垂れ流しても意味は無い。

 さっさと電気を点け、戸を開ける。

 加賀や金剛、瑞鳳が切迫した様子でこちらを見ていた。

 「はい、確認ね。」

 加賀の頬に触れて紅潮の度合いを確かめ、下の目蓋を親指で少し引っ張って目を見る。涙液の過度な分泌は無し。

 口元を見ても唾液の過多も無い。

 「?!」

 驚いて身を引く加賀を放置して、前にいる金剛と瑞鳳にも同じことをし惚れ薬の効果が切れたかどうかの確認を取った。

 「はあ…良かった。寝よ。」

 『ちょっと待った!!!!!!』

 あまりの声量と人数に床か地面が揺れた。

 結局、チョコをみんなで分けて夕飯が思うように食べれず鳳翔さんに『めっ!』と、一喝されてしまったのだ。

 この時はこれで収まったと思ったんだ。

 

 

 でも、違ったことを一ヶ月後とそれ以後の僕は知っている。

 あれも酷かった。

 同じマスターキーを書くのも味気ないと思い、今度のマスターキーを解読不可レベルの汚さで書き記した。

 『Coffin of beast』

 パッと要点だけを思い出す。

 

 

 3月14日。

 お返しのクッキーを配り終えた後のことだ。

 やけに上機嫌な明石がいた。

 出てきた先は加賀の部屋。

 そんな加賀の部屋からは金剛や大和や瑞鳳の声がした。

 和気あいあいな声から想像出来ないのだが僕は嫌な予感がした。

 踵を返そうと足を動かした瞬間、“フロバ“という単語が聞こえた。

 早急に明石を詰問しようと考えた僕は直ぐに彼女の部屋に向かったのだが、当人は不在の上に鍵をかけずに留守にしていた。

 この隙に出来る限りの備えをしておこうと思い部屋に入る。

 ガラクタまみれの部屋から見覚えのあるシルエットがあった。例の鉤爪銃である。使えば肩を脱臼すること請け合いの銃を没収という名目で掻っ払う。ついでに近くにあった前までの僕専用の水上靴も一緒に持っていく。

 この選択が間違いかどうかはこの時の僕は知るよしもない。

 バレンタイン騒動の時のマガジンまみれのリュックにいつもの麻酔銃と鉤爪銃と水上靴とステルス迷彩を詰め込み、僕専用の浴場の浴槽に隠しておいた。

 

 昼、夕方と時間が経過し、思い過ごしだったかと安心しかけた入浴時間。狂戦士と亡者はゆらりと現れた。

 脱衣室と浴場を隔てるすりガラスからバスタオルを巻いているのであろう女子の姿が複数観測した。もっとも視力は落ちているせいか輪郭はぼやけているのだが、それでも数人は並んでいるのであろうと思えるほどにシルエットの横幅は広かった。

 ガラリと隔壁が開くと、顔を紅潮させてふらふらひたひたとこちらに近寄ってくる4名。

 その中で、比較的に動きがしっかりしている金剛。

 どういうことなのか聞こうと口を開こうとした瞬間、

 「フォーメーション!」

 金剛が声をあげた。

 「なあ…?」

 「バアアアアアアアアニング…」

 「話を…」

 「ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアブ!」

 問答無用だった。

 さらに厄介なことにフォーメーションというのが伊達では無かったことだ。

 金剛の合図によって展開した加賀、瑞鳳、大和と中央の瑞鳳をカバーするように仁王立ちする金剛。しかも、厚い中央は入り口のすりガラスを隠すように布陣していた。

 「熟練は違うなあ。」

 自分が指揮して練度を上げたのにこの他人事加減はどういう了見かと自戒する。が、今度はたくましくも妖しいフォルムに魅了されつつあった自分がいるのに気付いた。そもそも意識が無い女子にどうこうするのは犯罪者だ。

 自分の両頬を思いきり両手で叩いて思考をクリアにする。

 今の状況を俯瞰する。

 まず、僕は浴槽にいる。

 次に、四人の艦娘は入り口近くを固めるように広く布陣している。

 さらに、向こうは指揮官、人数の優位性がある。

 結論としては絶望的だった。 

 頭の中で散りかけのバラが完全に散る様が浮かんだ。

 これは本当にマズイ。

 イベント海域攻略中の資材不足という状況が上乗せされたときの道中大破レベルにマズイ。

 現状だけでは対処が不可能と思い俯瞰のレベルを上げた。

 今日、僕は一体何をした?

 今日、僕は風呂場に何をした?

 僕は本当にここまでか?

 「そうじゃない。」

 否定の文言が口をついた。

 体は諦めてない。

 心は?

 『下を守るのは上の仕事だ。この後のことは後で考えろ。』

 文字通りの一心同体になった。

 呼吸を一つ、二つ。

 最後に大きく深呼吸。

 泰然自若となった僕は浴槽のとある一角に歩みを進めた。

 リュックを漁り、麻酔銃を取り出し、狙いをつけて、引き金を引く。いつもならこれを4回やれば済むはずだった。

 カチッ、カチッ。

 弾が出ない?!

 どうも防水加工がなされてないようで故障してしまっていた。我ながら何をしているんだと憤りを覚えるがそうじゃない。切り抜けねば。

 今使えるのは水上靴と脱臼銃とステルス迷彩。

 どう切り抜ける?

 思考を巡らそうとするとジリジリと詰めより範囲を狭めてくる四人。

 頭がヒートアップするが、詰め寄る四人の蒸気にあてられ上気した顔が近視を無視出来るレベルになるほどにどんどん輪郭を明確にし始めた。

 このままじゃ……。

 そう思った時、手に取った鉤爪銃は妙なことになっていた。水上靴のヒモがトリガー周辺に絡み付いていたのだ。

 それを見た僕は雷に打たれたかのように起死回生のアイディアを閃いた。

 後の面倒よりも今の打開が先決なのは百も承知、たとえそれが咎められることがあっても変態やら犯罪者のレッテルを貼られることになるよりかははるかにマシな手段。

 まずは、脱臼させることに定評がついている銃のトリガーの手前に水上靴のヒモを固く結びつける。

 次に、なるようになれと鉤爪を入口兼出口に向けて発射した。この時に金剛が瑞鳳を覆い被すように鉤爪を回避したため目を奪われそうになったがそういう場合じゃないと頭の中をピンクから透明にした。すりガラスを鉤爪が貫通していて、なおかつガラスに発射したものが引っ掛かっているのを確認する。

 最後に、トリガーを引いてすぐに手を離す。

 凄まじい勢いで銃本体が鉤爪に向かって引き込まれていく。縛り付けた靴は一瞬風呂場の床と水平になっているかと見間違うほどに勢いよく飛んでいった。

 突っ込んだ銃本体と靴はキレイに入り口のすりガラスを吹っ飛ばし退路が拓かれた。

 ステルス迷彩をリュックから無理やり引っ張りだして浴槽と更衣室から脱出し、廊下に出る。出ると同時にステルス迷彩を被り壁を頼りに自室に戻る。

 服を着て体裁を整えた後に、台所にいた鳳翔に声をかけ風呂場で正気を失っているであろう四人の介抱を頼んだ。その後に明石に二時間説教し麻酔銃の改修やら風呂場の修復と片付けを押し付けて床に就いた。

 

 

 「靴持ってきといて良かった…。」

 ため息をついて回想を終える。

 結局、あの四人は何も覚えてないらしいことが後日分かった。解毒の手順上、自明ではあるのだが。加賀が若干拗ねているような顔をしていたが気付かない振りをした。

 多分なのだが明石に惚れ薬の開発を頼んだのは加賀ではないかと今の僕は推測している。加賀は顔に出すのが不得手の激情家である個体が多いらしい。うちの加賀も御多分に漏れず感情が大きく揺れ動くが表現が巧く出来ないタイプなのだろう。瑞鶴や翔鶴が初めて来た頃は二人をとても邪険に扱っていたのが証左である。

 まあ、これを証拠だと言い張るのが変ではないかと思うが、どうも加賀の人格データは五航戦が肝心な時に入渠していたことが色濃く焼き付くことがあるらしく最悪の場合、府内での乱闘が絶えなくなることがあるほどに憎しみの面を覗かせることがあるらしい。

 幸か不幸かうちの加賀は説得したら納得してくれたため乱闘が起こることは無かった。

 先程のことと関連した追加事項だが、戦場に一緒にいるほど司令官に対して思うことが多くなるのが艦娘の思考らしい。どういうことかというと、練度が高くなると好感を抱きやすいとのことだ。だからケッコンシステムが適用できるらしい。

 うちの加賀は通常ではもう練度が上がらない領域にまで達していた。

 ここまでの長い脳内講釈をまとめると『巧くアプローチ出来ないなら薬と勢いに任せて既成事実を作ってしまえ』ととれる。こう考えたから惚れ薬を明石に作らせたのではないか?

 邪推はここまでにしておこうと日記をそっと閉じ、最近大幅に改修した中庭に向かった。

 

 中庭への道中にて。

 「大和。」

 「何ですか提督?」

 「いつぞやに持っていた番傘貸してもらえない?」

 「いいですよ。」

 大和の快諾の下、赤銅色とそほが織り成す番傘を借りて中庭に出る。

 大きな桜と石で周囲を囲った小さな池がよく見えるように寝転び、頭が日陰に入るように番傘をそっと置く。

 優しい赤と陽の光が気持ちのいい温かさをもたらす。

 そのまま眠ろうとしたところに影が差す。

 「おーい。」

 暗さとダウナー系の空気を持ち込んだのは黒髪を左右に結んだ重雷装艦の北上だった。

 「どうした?」

 ゆっくりと上体を起こす。

 「気持ち良さそうじゃん、それ。」

 「悪いけど一人用。」

 「えー。」

 "一人"という単語で思い出したことがある。北上と大井を同じ隊に入れると、不思議なことに同じ艦を狙うのが頻発することだ。

 「そういえばさ。」

 起こした上体をまた地面につけながら番傘越しの陽の光を見る。

 「んー?」

 「北上と大井って何で一緒の標的狙うんだ?」

 以前、股関に頭突きをくれた北上大好きウーマンにした質問を何気なく投げてみる。

 こちらを覗き込む北上の目はとても澄んでいた。少しこちらから目線を外し頬をかくと彼女は、

 「阿吽の呼吸ってヤツじゃない?」

 と得心したかのように人差し指で天を指し朗らかに言った。

 「なるほどね。こっちとしてはそれだと割と困る局面があるんだけどさ。」

 「まあまあ。」

 話題を切るようになだめられては詰問する方がおかしいだろう。

 僕と北上の会話は一旦途切れた。

 

 北上が横に無理矢理入ってきて数分経った頃。

 「暇じゃないけど暇だー。」

 仕事中だが持て余す時間をどう過ごそうかと考えつい口に出た。

 「暇ですねー。」

 相づちが返ってくる。

 しばらく暇だ暇だと言い合っているとお互いに声が小さくなっていき、聞こえなくなってきた。どうやら二人して本格的に眠いらしい。

 あくびをして薄目を開くと目の前には見慣れない格好の艦娘がこちらを見ていた。

 誰だろうと思い目を大きく開けると大井だった。

 眼鏡をかけながらパッと見で彼女の身なりを観察する。

 白のシャツに深緑のロングスカートに黒のブーツを着こなしていた。

 「新しい服ってそれのことか。似合ってる。」

 「お褒めに預かり光栄です。」

 大井の言葉に文言通りの感謝の念は微塵も感じられない。それどころか威圧している様な気さえする。

 原因は簡単だ。

 北上と横になっていたのが気に食わないのだろう。

 寝ぼけ気味の頭に渇を入れて即座に北上の横から立ち退き、手全体で先程まで僕がいた箇所を指しながら、

 「As you wish.(お好きなように。)」

 と言った。

 大井は瞬時に北上の横に滑り込み、北上の寝顔を見ながら嬉々としていた。

 北上も大井も相変わらずだなあと思いながら、大和から借りた番傘をこっそりと回収しつつ中庭を後にした。




 という感じでいかがでしたでしょうか?
 本当はもう少し風呂敷を広げるつもりでしたが、広げた先の収拾が分からなくなってしまったため一万字以上の小話とは相成らなかったのです。
 前書きでも申しましたが書く日が隔たれているため、「いいぞ、もっとやれ。」や「この話のテイストに戻して。」などのご意見を頂ければ幸いです。
 それでは、また会いましょう。

(ハマったゲームがあったから投稿が遅れたではないですよ?ええ、ペルソナ5Rにハマったとかではないですよ?
というか、北上さんにも新規グラください。あと随分前の話ですが吉◯家コラボの金剛さん可愛すぎでは?と思う筆者です。蛇足失礼しました。)

対象年齢上げたバージョンいりますか?

  • いらない
  • いる(R-15まで引き上げ)
  • いる(R-18まで引き上げ)

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