のんびり艦これ   作:海原翻車魚

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 こんにちはこんばんわ。作者の海原です。
 皆さんお久しぶりです。機材から作者まで問題が山積みで執筆する時間が設けられませんでした。結果というか挙句というか……二、三年ほどお待たせしてしまい大変申し訳ございません。

 今回は下ネタから意味が分かると怖い話までやりたいことを色々と詰め込んでみました。お楽しみ頂けたら幸いです。

 ここで長々と語っても仕方ないので、詳細は後書きに託します。
 艦隊、抜錨!!!


柱島鎮守府の二年

 唐突なのだが、慣れというモノは恐ろしい。

 スタンガン、拉致、無意識下の適正試験、スタンガン、搬送、委任という列挙してみると意味の分からない再就業のコンボを食らった。就任当初はしどろもどろに、不相応なりにその日その日を賑やか、というよりかは鮮烈に苛烈に激烈に過ごしていた。

 カビ臭い布団を敷いて狭い執務室で雑魚寝していたのが、目蓋の裏で灯火のように思い出される。

 新婚当初に購入した煎餅布団の薄さと寒さに悩まされるのも先日の話ではあるが、最近は天井に設置された業務用のエアコンの駆動音が僅かに聞こえ、そこから吐き出される温風が部屋を暖める。

 「Hey!提督ぅ。初めての頃をrememberしてるのぉ?」

 暖気に当てられたのか猫なで声というか寝ぼけた声というかとろりとした声を出す金剛が目の前にいる。うん。

 「まっ、アンタのことだからそんなとこでしょう。ねえ?」

 真逆の方向に寝返りをうつと、前髪が垂れて顔が見えなくなっている叢雲がいた。ドッキリ番組でローションかけられた女優みたいなことになっているなと思って吹き出しかけたが我慢我慢。うん?

 「……弥生もいたし、いる。」

 うつ伏せになったら目の前に弥生。懐かしい面々だなあと他人事気味になる。おやおやおや?

 「あの時のプロデューサーは新米だったからなあ。」

 仰向けになって上体を起こすと、那珂が頬杖つきながらこちらを優しい眼差しで見つめていた。その目は何故か母性を感じさせた。アイドルと一緒に成長したプロデューサーというニュアンスなんだろうか。……おいおい。

 眠気は晴れて思考が巡ってきた僕は四方を艦隊の支援で囲む、などと意味不明なことを考えながら

 「誰も輪形陣組んでって言ってないよね?」

 と至極全うな風にツッコミを入れた。まったく、慣れというのは恐ろしい。こんな混乱してもおかしくない状態でもボケとして処理出来るのだから。

 『ぶっっっ!!!』

 吹き出されてしまった。

 四人同時に……って、ん?四人にしては吹き出した音が大きすぎるような気がする。何か、数十人規模のハモりに聞こえたような……?

 暗闇に慣れてきた目が、響と隼鷹、その他の面々が所狭しと体を丸めて床を埋め尽くしている様を捉えた。

 最近隣接してた部屋の壁を撤去して広くしたとはいえ、それでも三桁台の人数を収容するにはあまりに狭い。駆逐艦や海防艦は重い艦の上に乗って配置されている。

 枕元のリモコンを操作して部屋の明かりを点けると、職員総出のモーニングコールと言わんばかりにこちらに向く艦娘たち。携帯端末のロック画面を開くと深夜帯の時刻を指し示す。ミッドナイトコールとは面妖な。

 「はぁ……。」

 布団から立ち上がりため息一つ。

 彼女達を踏まないように部屋から出ていき、あることを実行することにした。

 食堂にある食料庫の非常食用の棚の中から、国民的カップ麺を取り出し湯沸し器からお湯を出して容器に注ぐ。もちろん、食す為の箸も忘れずに。

 二分経過した頃に食堂から出てきて執務室へ。

 自室に着いた僕は、布団に座り即席麺の器の蓋を開けた。

 人工的な醤油ベースのスープの匂いと乾燥した具材が織り成すジャンクな風味は主食はもちろん夜食にももってこいだ。

 ぐううううううぅぅぅぅうううううぅぅぅぅ……。

 闖入者たちの腹の虫が唱和や輪唱を奏でた。

 効果と天罰はてきめんだった。

 少し冷まして口の中にまあまあな量の麺を掻き込む。

 周りの目線は好奇心から羨望へと変わる。

 ずぞぞぞぞぞ。

 なるべくまばたきしないように周りを見ながら麺をすする。

 まるで、ようやく餌にありついた獣のような目をしているだろう。

 というか、全員をまばたきせずに一望しながら麺をすするとか気が触れているとしかならんだろ。現に、ドン引きしてる子がちょっといるし。

 麺を食べきり、スープを数口飲んで一つ息を吐く。

 「明日はサプライズの予定だったけど、艦隊総演習に変更!」

 『ええええええええええええええええええええ!!!!!!!!???????????』

 抗議と批判の絶叫が鎮守府を抜けて夜空に駆けた。

 集合時間を告げた上で部屋から一人残らず追い出して、冷めた布団に身を埋めた。

 

 

 翌朝、というか今朝というかはっきりとは分からないが朝と呼称するに相応しい時間になった。

 早い話、前述の午前1時に一悶着あって今の時間が午前6時だ。しかも、クリスマス・イブと世間一般に言われる日だ。

 何故こんなことになってしまったのかと後悔しはじめたが自分がちゃぶ台ひっくり返しておいて言う台詞ではない。

 人数をカウントし、全員がいることを確認した。

 「今朝の一件、便乗した全員に咎がある。言い出した人間云々ではなく止めずに乗った全員が悪い。それをまずは肝に銘じてくれ。」

 拡声器を持って僕は昨日の一件の罪の所在を明らかにした。ここで一人、もしくは数人の犯人を責めたらギスギスした空気が生まれてしまう。対象が僕ならまだ構いはしないが、艦娘同士の不和は悪い空気しか生まない。だから、連帯責任として平等に背負ってもらう。現に全員ノリノリで執務室にいたから平等に悪いでいい気はする。

 「今日は、連合艦隊での紅白戦だ。ポジショニングで有利不利は生まれるし、練度の違いで一気にシールドを持っていかれることもあるだろう。装備の違いや練度上限の違い、艦種の違いでもだ。今回、僕はチームの指示は一切しない。言い方は悪いが形だけの旗艦を二人ずつ選出する。今回は遠征組、育成組、待機組は一切関係ない。存分に自分の腕を奮ってくれ。僕からは以上、訓練に移れ!」

 『はい!』

 真面目にやろうって時はホントに皆真面目なんだけどなあ……何であんなにはっちゃけるのだろうか。やっぱり僕に威厳とかないと駄目なのか?

 

 最近のEVENT海域は連合艦隊同士のぶつかり合いが多くなっている。火力で重い連合艦隊や艦載機をぶん回す連合艦隊、輸送の為の最小限の連合艦隊……どんな構成でもお構いなしに殺意高めの編成で迎撃しようとするのだから深海棲艦というものはタチが悪い。嫌がらせにも限度がある。更に待ち伏せパターンやら拠点基地まで襲いに来るのだから尚更だ。

 そろそろ本業に戻らないとマズイのではという焦りとこのまま戦闘に入っても闘争心を掻き立てられないのではという老婆心でこの演習を計画した。聞こえは良いが八つ当たりだろう?違う違う違う違う違う。

 与太話は終わり。

 即席で作った大艦隊同士の接戦が視界いっぱいに繰り広げられている。

 詳しく説明すると何かに抵触しそうではあるが、凄まじいの一言に尽きる。

 圧倒的火力が無骨な砲から重低音を奏でている様や艦載機が対空放射を受けて煙を噴いては花火と化す様相は童心を掻き立てられる。潜水艦が雷撃を受けて力なく浮かぶ様は何かを催してしまいそうだ。

 戦闘意欲は十分にあるのは分かった。が、それ以上に僕の心には物騒な趣味と本能が眠っていることが分かり呆れてしまう。同時に復帰しても指揮は奮える気概、つまりやる気があることも分かってホッとしたのも事実。

 訓練のため衣服が弾け飛ぶことは無く、訓練用のシールドが剥がれて決着がついても誰かを責めることも無い。それどころか互いの健闘を讃え合う様子がよく見える。

 エキシビションマッチはここで終わり。

 「まずは前哨戦お疲れ様。次は個人で射撃訓練、水上走行、雷撃訓練、対空射撃訓練、基地爆撃訓練、舶地修理訓練、伝達訓練の計7つの訓練を自分で選んで行ってくれ。行う訓練の数は任せる。散開!」

 『はい!』

 返事は良いんだけどなあ。そんなことを拡声器の電源を切ってポツリと漏らす。

 

 「提督……。」

 工廠に向かった僕を不満そうに見据える桃色が見えた。誰かは分かっていたが、いつぞやの試作品メガネをかけてズーム処理。明石その人が忙しなく手を動かしながらこちらを見ていた。

 「舶地修理訓練って私だけ対象じゃないですか!」

 「そうだよ、皆訓練しないと総演習って言えないからね。それに基地爆撃の標的の修理も兼任してる訳だから。頑張って。」

 「ひぃぃぃ……」

 ここでふと、噂をすれば影というのはこうも的確なのだろうと感心することになった。

 大量の訓練用の艦載機がけたたましい駆動音を鳴らしながら、標的の小型基地模型を爆撃していった。

 爆撃の後に訪れる静寂。明石は呆け、僕は清々しさを覚えた。

 数拍おいて、

 「はい、修理。」

 「鬼ですか?!」

 静かだった工廠に明石の悲鳴が響いた。

 

 工廠から鎮守府へのドアを開けてサボりがいないかの観察。

 「………ぃ」

 執務室に近づくと小さな悲鳴。

 通信室からの声のようだ。

 ノックしようと手を出すと、

 「あわわわわわわわわわわわわ」

 なんて声が聞こえた。どう発音しているのだろうかと思いながらノック。何回かノックしても返事はなく、代わりに聞こえてくるのは悲鳴。

 「お邪魔するよ。」

 ドアを開けた先には、冬場なのに半開きの窓から入る風で頭を冷やしながらモールス信号を紙に書き留めている大淀の姿がそこにはあった。

 カリカリという鉛筆が師走の字のごとく疾く走ること十数分、ヘッドセットを外し、背もたれに体を預けて休憩をとり始めた大淀。

 「お疲れ様。」

 「ぁ……お疲れ様です。」

 疲れているのか第一声は絞り出したのかというくらいに小さかった。

 「いたんですね。」

 「十何分くらい前からいたよ。」

 「左様で」

 大淀のテンションに合わせてスローテンポの会話。沈黙も長め。

 「何故この訓練の内容なんです?」

 ぼんやりとしていた僕は訓練の意義を聞いているのだろうと思い、

 「全員訓練にしとかないと平等じゃないでしょ?」

 と返答。

 それに大淀は、

 「そうではなく」

 と否定。

 「解読していたところ、連合艦隊内の指示やら会話を暗号化したものなのは分かるんですが何故それを採用したので?」

 と質問。

 「訓練に訓練ブッキングさせてみた。」

 と回答。

 「えぇ……。」

 と嘆息。

 「冗談だよ。まあ訓練に訓練組み合わせたら丁度良さそうなプログラムになりそうだったからノリで採用した。」

 と暴露。

 「大淀はこれで訓練終わりにする?」

 背中と頭を背もたれに預けた大淀に声かけをすると、彼女はおもむろに上体を起こしてこちらを見据えた。

 「いえ、射撃訓練に出ようかと。」

 そう言うや否や大淀は体をほぐしながら通信室を後にした。

 「いってらっしゃい。」

 部屋の主を見送った僕は窓から刺すような冷たさの風を軽く浴び、あまりの冷たさに身震いしたため窓を閉めて通信室を去った。

 

 府内の巡回を終え、見回る場所を変えようと水上用の靴を装備して洋上に出る。

 スケートでもしてると思うと楽しくなり始めて、つい口笛を吹き始めようとした矢先のことだった。

 波の音に混じる人工的な音。不協和音というよりかは異音が微かに聞こえた気がした。方向を探って明石謹製の眼鏡を向けると僅かに雷跡を残して進み来る酸素魚雷を僕に当たるまでにあと数百メートルのところで検知できた。

 「ふっ!」

 早めに進行中の魚雷見つけて回避を始めたからかステップを軽く踏んだだけで避けられた。

 演習の流れ弾だろうか、そう思った矢先にひどく狼狽した金髪の少女がこちらに駆け寄ってきた。

 「はわわわ、てーとく?!大丈夫?!」

 「うん、大丈夫。今の魚雷は?」

 「私が指揮の代理をしてた水雷戦隊の駆逐の子が的を外しちゃって……。」

 「なるほどね。……ってあれ?あぶぅが代理?」

 「あ、あはは。やっぱり気になる?」

 「なるね。」

 「実は北上さんが何故か指揮を放り出しまして……。」

 「あー……。」

 そういうことかと相槌を打とうとすると阿武隈の後ろに噂の北上がいた。人差し指を立てて"静かに"とのこと。

 あらら、と思いながらも北上の企みに乗ることにした。

 阿武隈自身の背後に注意がいかないように話題を出してみる。

 「大井はどこ?」

 「知らないですよ。」

 阿武隈のきごちない返事と急に素っ気なくなる生返事。態度の急変、これはおかしい。そこから阿武隈と北上の状態に僕もなりかけてるのではないかと邪推し、直ぐに後ろを振り返った。

 「ちっ…。」

 両手をこちらの顔に回そうとしたのか分からないが、腕をこちらに伸ばしかけているのであろう大井がいた。まあ、彼女は気付かれて小さく舌打ちしているのだが。

 「ひゃあ?!」

 「いひひ」

 北上の方は成功したらしい。

 「もぉ~!北上さん止めてくださいよぉ!」

 阿武隈の抗議が始まろうとした頃には北上は数歩先の青の広間へ歩みを進めていた。

 「ここまでおいでー」

 ぷんすこと怒りながら阿武隈は北上を追った。

 「大井は戻らなくて良いの?」

 「さっきまで阿武隈さんと別の水雷戦隊を指揮していたので休憩です。提督こそ、ここでサボりですか?」

 「サボりじゃなくて巡回。」

 「提督もちゃんと訓練してくださいね?」

 「はいはい。」

 「返事は一回。」

 「はいよ。」

 「はあ……。」

 「このまま駄弁ると北上と阿武隈と駆逐艦が無差別鬼ごっこ始まるだろうから早く戻ったら?」

 大井が返事をしようと口を開いた刹那、彼女は耳の中の無線機に手を当て連絡を受け神妙な面持ちでこちらに向かい合った。

 「噂をすればなんとやらです。」

 「本当に鬼ごっこ始まっちゃった?」

 「急いで止めにいきます!」

 「行ってらっしゃい。」

 どことなく嬉しそうな大井の後ろ姿を見送った僕は、頭の高さ辺りまで高度を落として低速で飛ぶ艦載機を見つけた。その機体の後ろには『サボり?』と書かれた幕がくくりつけられていた。

 事件と誤解が交わっていくことに慣れ始めた自分がいることに驚きもしないあたり、先が読めているという方がいいのか決めつけているという方がいいのか……どちらがふさわしいのだろうかと考えながらも足は更に沖合へと向けて動き始めていた。

 

 雷撃訓練の更に沖合。

 和洋折衷の弓道着を着こなす大和撫子達が弓の弦を引き絞りながら、艦載機の発着艦を淡々とこなしていた。横には式神風の艦載機を飛ばす陰陽師風なおなごも。

 「おっっっそい!」

 こちらに一瞥くれるなり怒鳴ってきたのはムードメーカーの瑞鶴。

 「あれはサボりじゃなくてサボりの注意と事故」

 先ほどの事情を簡単に説明。

 「鬼ごっこ、ですか。私も混ざりたかった……。」

 「赤城さん……」

 消沈する赤城につられる加賀。童心があるのは良いことだ。

 ……って、そうじゃない。

 「訓練は順調?」

 と全員に問いかける。

 「ええ。」

 赤城の消沈につられた加賀がテンションを盛り返せずに返答。

 「二航戦の先輩方は先程合流しました。基地爆撃の訓練をなさっていたそうです。」

 「なるほどね。」

 工廠の爆音は二航戦だったわけだ。報告してくれた翔鶴に礼を言ったところ件の黄色と青色がこちらに来て、

 「やっほー!」

 「どぉよ!」

 と、どや顔でこちらを見る。

 二つ返事で流しても良かったのだが一応誉めておく。

 「暇あ~。」

 弓を持ったまま腕をぶらぶらとさせ始めた瑞鶴。一通り訓練を終えたからか駄々っ子のような態度をとり始めた。

 翔鶴が注意をしようと瑞鶴に近付くよりも速く、軽空母の母、もとい全ての空母の母、もといお艦こと鳳翔が瑞鶴の唇にそっと人差し指を当て『めっ』と幼子を諭すような様子で叱った。

 鳳祥の忠言が空母達の喧騒を切り裂き静寂をもたらした。小難しく言ってもなんなので、簡単に説明すると『久々の「めっ」頂きましたッ!』という様子で空母達がその文言を噛み締めていたのだった。さながら推しメンの一言一句を聞き逃さんとするサブカルチャーに明るい方々のように。この例えはふさわしいのか考えるのは止めておく。

 空母の皆々様が悶絶しているのを見た鳳翔は数秒考えた後、顔を真っ赤にして顔を両手で覆い、子供扱いをしてしまった瑞鶴に平謝りし始めた。それを止めようと『こちらこそ、すいません。』と深々と頭を下げ始める瑞鶴。

 二人の応酬を見て、『日本人ってこんな感じだよなあ』と何目線か分からないことを考え始めた頭をどうにか切り替え、二人の令和謝罪合戦を止める。

 後で訓練用の艦載機をキチンと実戦用に戻すように釘を刺し、僕は岸辺の方向へ歩みを進めた。

 

 碧い空。

 吠える狼の如く天球に向けて構えられる無骨な鉄塊。

 燻る硝煙の香り。

 落ちゆく機体はさながら真夏の花火。

 高まる緊張は屍山血河を築かんとする実戦そのもの。

 そのくらいの緊張感を持って、ウチの鎮守府の対空担当艦は訓練機を撃墜していた。

 特にやる気があるのはこの鎮守府に二人しかいない秋月型の面々、秋月と初月だ。

 それもそうだ。何せ、空母達から飛ばされる訓練用の艦載機の内数機は攻撃能力を一切削ぎ落とし、耐荷重を大幅に増やした上で戦闘糧食を運んで向かってくるのだから。もっと簡単に言うとボーナス機体が紛れ込んでいて、その機体には鳳祥特製のおにぎりが小さいビニール袋に入れたものを吊るしてあるのだ。

 なんとなくだが、訓練教官の摩耶も秋月型の二人が美味しそうに食べているのを見てほっこりしている風に見える。なんなら摩耶も適当に撃ち落としてお握りをもにゅもにゅと食べていた。もっと余計なことを言うとお握りの具は何だったのかと三人で談笑していることも伺える。緊張感とほんわか具合のギャップで風邪をひきそうだ。

 「おーい。」

 艦載機の波が引いたことを確認して声をかける。

 「おーっす!」

 「司令!」

 「提督」

 三者三様の返答。

 「食うか?」

 摩耶が言うならスッと飲み込めるのだが、初月が食べ物を分けるというのは意外だった。

 「それじゃあお言葉に甘えて。」

 手付かずのお握りを二個貰う。行儀が悪いのは重々承知だが、旨さが手伝いレディースサイズのお握りを一口か二口で平らげてしまった。鮭の塩気と米の甘味がよく合うお握りと全体的にほんのりとした塩気が特徴的な銀シャリのお握りだった。ウチにいるたった一人の補給艦である神威が向こうに合流したのだろうか。

 「もっと食うか?」

 好奇心に満ちた目をした摩耶が締まりの無い笑顔を浮かべながら袋からお握りを差し出してくる。

 『お母さん?』

 秋月と初月と僕の一言がハモった。

 「……ちげーし。」

 頬を赤らめながら目を反らした摩耶。照れているのだろうか。ここで下手に追撃すると何かしらのお叱りが来るかもしれないので大人しく引き下がることにした。

 そう言えば水分を取ってないなと思っていると、噂をすれば影とはよく言うのだなと本日二回目の感心。

 新しく来た艦載機の群れの中の一機に、ご丁寧にも水筒が人数分入った袋が提げられていた。そんな機体に一瞥もくれることなく三人の一撃が空飛ぶ鉄塊を直上で粉々に撃墜し袋が落ちてくる。ノールックショットとか人間技じゃない。

 若干戦慄しかけていると、

 『お前(貴方)には言われたくない(です)。』

 とのこと。

 「酷くない?!」

 抗議しようと口を開こうとすると、摩耶が僕の肩に手を置いてこう言った。

 「鎮静化のためとはいえノールックで射程ギリギリの標的を撃ち抜く奴の技量は人間技か?しかも、あたしたちみたく補助の装備を着けてないだろ?」

 「川内限定だよ。」

 「それでもだ!」

 摩耶は呆れているのか項垂れていた。

 「そういえば…」

 秋月が何か思い浮かんだらしい。

 「この前、夜中にタービンを装備した走り回る島風さんを撃ち抜いてましたよ。しかも、距離は廊下の端と端。」

 「おま…」

 摩耶はあまりにも呆れたのか頭がどんどん下に下がっていく。肩に置かれた手も一緒にずるずる下に下がっていく。

 「お握りおいしいなあ」

 すっとんきょうな態度で話題を逸らそうとすると、

 『おい!(ちょっと!)』

 総ツッコミだった。

 

 かなり無理のある方法で摩耶達から逃げた。

 一通り巡回を終えた今、太陽は空を橙に染めていた。事実は小説より奇なりとはよく言ったもので絵で見るより鮮やかで配色がごたごたしている。アナログでもデジタルでも大変な作画だなあと絵描きでもないのに妙な脈絡で妙なことを考える自分が妙だと思うも妙の数珠繋ぎが出来つつあるのに驚いて数珠を爆破した。この爆破出来る数珠を書店の積み上げた本の頂上に置いて街が愉快なことになるだろうとかどこぞの小説のようなことを考え始めたことを若干後悔する。

 慣れない水上巡回で疲れているのだろう。

 過去の経験を生かして、頭をまっさらにする。

 経験とはなんぞというのは言及しない。まっさらの意味がない。

 海岸で靴を履き替え、砂浜をスニーカーで闊歩する。

 疲れからふと空を見上げて、夕方と夜のバトンタッチの刹那を垣間見る。見目麗しい水着の美女と戯れることを妄想するも『寒いし夕方だし色々おかしいだろ』と理性がツッコミを入れた。

 どうも余裕が出てきたらしい。

 おかしなことを職員の前で口走る前に、翌日のクリスマス当日のために早く寝る支度を済ませようと思い鎮守府の表口のドアを捻った。

 

 

 

 

 

 前日にサプライズと言ったな。あれはマジだ。

 今、まさに全員が目を爛々と輝かせて人工的だが生きている海の中を探索しつつあった。

 

 時系列をクリスマス当日の早朝に戻す。

 執務室で金剛と共に寝ていた僕は彼女を起こして着替えに戻らせた。ついでに僕は余所行きの服に久々に袖を通した後、通信室でコンシューマーゲームで寝落ちをかましている大淀をどうにか起こし、訓練用の警報を鳴らす。

 緩慢な動きで外に出てきた職員達はさながらパニックホラー物のゾンビのような動きだった。

 叢雲や隼鷹や赤城などの古株の面子から神威や江風や磯風などの新参者の面子まで眠気をどうにか御して起きてきたようだった。

 最後尾にはいつぞやの服に着替えた金剛が息を切らしながらこっちに向かって走ってきた。関連キーワードで牛丼が浮かんくるが、かみさんカッコカリはなんやかんやで今日も綺麗だ。

 金剛の格好に視線が集まる。

 朝の頭に優しいように拡声器の音を極力絞りアナウンスを開始する。

 「昨日言ったサプライズパーティを本日開催します。」

 金剛から視線がこっちに動く。

 大体の職員の目は『そういうことするから突拍子もないって言われるんだぞ』という感じだったがあえて考えないことにした。

 「今日は僕指定のジャージではなく、余所行きの服を来てきて下さい。職員全員の慰安旅行に行きます。マルナナマルマルにここに集合してください。そこからは水上移動にて本州のとある施設へ向かいます。以上、解散。」

 目を丸くする者、事態を飲み込めてない者、嬉々として府内に戻り準備をしようとする者、白目を剥いてグロッキー状態の者……etc.

 「提督さ、正気かい?」

 いつぞやの焼肉の時の再現だろうかと思う位にテンパっている秋雲が抗議に来た。

 「秋雲さんや、何か問題?」

 「次の納期、いつだっけ?」

 「年始」

 「この時期にサプライズ?」

 「クリスマスだからね。」

 「あれ?もうそんな時期?」

 「そんな時期。」

 「しくじった……。あのゲームのドロップ率がおかしい。」

 どうやらこちらもコンシューマーゲームにのめり込んでいたようだ。数日前にマルチプレイしたのは記憶に新しい。

 「確かに。もしアレなら開催開始の時期をもっと後にしようか?」

 「それはアタシのプライドが許さない。」

 「oh…」

 「皆勤賞逃してなるものか。」

 「oh…」

 「セリフの使いまわしもアリか。」

 「伏線回収か回想シーンだけにしとけば?」

 「あばばばばばばばばばば。」

 「今日は慰安旅行だし、ゆっくりしなよ。最悪、液タブ持ってって作業するとか。」

 「秒で矛盾してるじゃん。」

 「メリハリよ、メリハリ。」

 「自業自得か……。よっしゃ、明日から本気出す。今日は楽しむ!!!」

 「そう来なくっちゃ!」

 何か良くない方向へ吹っ切れた秋雲を見送り、深呼吸。

 昨日の訓練で指揮の自信と腕と効力は担保されていることは確認した。今日の計画では、よほど凄絶なことが無ければ人命に支障をきたすことはないだろう。

 そう思い、僕は正面玄関から鎮守府に入った。

 

 

 集合時間には僕を含めた全員が身なりを整えて整列していた。僕はと言えば、私服の上に軍服を引っ掛けている。

 珍妙な出で立ちに納得がいかないのだが経験で判別がつかない新入りの為だ、我慢しよう。

 指揮用のタブレットを使い、本州に向かった。

 陸路を歩いて、施設に入館する。

 張り紙が入り口に一枚、お好きにご観覧下さいとのこと。

 

 水色の中に黒い影が泳ぐ。

 魚、そう俗に言う魚だ。

 何故魚を見ているのか、それはここが本州某所の水族館だからだ。

 僕たち柱島鎮守府職員一同は、パラレルワールドで無人と化した水族館に旅行に来たのだった。魚の管理の有無に関しては……言及しても無駄だろう。切り分けられた時空に提督以外の純然たる人が存在しないということが定義なのだから。

 与太話と断じるには重要すぎるのだが、メインは彼女達とついでに僕の慰安旅行だ。こなれてきたパラレルワールドに構う暇はない。

 ここで、現在の時系列に戻そう。

 

 

 晴れた日にスキューバダイビングをしないとお目にかかれないようなアクアブルーの海底にいる僕らを魚は傍観する。見られている当事者なのに。

 駆逐艦と海防艦は展示場のガラスに顔をめり込ませんとするばかりに張り付き、魚を見る。空母達の大体は涎を垂らしていた。

 「そこな空母さん達?なして食欲出してるの?」

 「いえ、新鮮そうだなあと。」

 「〆る前の魚は久々に見ました。」

 「じゅるり。」

 赤城は鮮度を気にし、鳳祥は調理での感想、加賀はよだれをすすった。

 「酒のつまみに良さそうだねぇ」

 隼鷹がポツリ。うっかり頭が働いてしまったし口は言葉を紡いでいた。

 「魚だけに?」

 「この施設って暖房付いてましたっけ?」

 「あまりの寒さにギョッとしたね。魚だけに。」

 『さ、寒いぃぃ……。』

 空母全員がドン引いていたプラス寒がっていた。二回もやって、正直すまんかった。

 「よし、魚見よう。そうしよう。」

 『ちょっと?!』

 そそくさと空母達が見ている水槽から立ち去り、戦艦達が見ている川魚のコーナーへ足を進めた。

 

 川魚のコーナーだけあって展示場の水は浅かった。個人的に小川が近所にあったという訳ではないのだが、川と聞くと膝下くらいの深さが一般的だと思っていたからか、海から川へのギャップにさして驚きはしない。若いのに冷めてるなあ……僕。

 タナゴやフナ、カワムツ等々、写真と解説がセットになってプレートが水槽の近くにあった。川にはこのような魚が棲むのかと淡白な反応をしている自分については何も言うまい。

 対照的に戦艦達は浅瀬に泳ぐ魚達に興味津々だった。

 各自のスマホで写真を撮ろうとする職員もいた。

 「写真撮るときはフラッシュ焚かないようにな~。」

 近場の日向と伊勢に注意し、他の職員にも言い含めるように指示した。

 霧島と比叡が目をキラキラさせながら、目の前のフナをつつこうとしていた。正確に言えば、フナと彼女たちの間のガラスなのだが。

 「そこ、魚にストレス与えない。」

 「うぅ……。」

 「すいません。」

 軽く注意し、次の水槽へ向かおうとする僕の腰に衝撃が走る。

 「バアアアアアアアアアアアアアニングぅ、ラ」

 「やめんしゃい」

 悪質なタックルに体勢を崩しかけるも気合いで持ちこたえた上で、金剛の猛追に抵抗する。間髪入れず何をどうして発奮した彼女のタックルにチョップでカウンター。

 終わったかと油断したこちらの腰にするすると手を入れようとしてる気配がしたので、素早く振りほどいて彼女の耳元で一言囁いた。

 公にする訳にもいかないワードなので開示は避けさせてもらう。

 

 僕の鎮守府の職員が全員入ってものびのびと遊泳することが出来そうなくらいの途方もない大きさの水槽が鎮座していた。

 水族館のマップを見る限り、この水槽は中間部であるのと同時に目玉スポットらしい。普通はスタッフによるエサやりが行われるのだが、ここは人が存在しない平行世界。そのようなイベントはないのだ。

 少し悔しい気分になりつつある僕を、人体を越える大きな体とつぶらな瞳で見据える白黒の魚が一匹。

 俗にキモカワイイと言われてしまう風貌の魚なのだが、僕にはマンボウがキモいとは微塵も思えない。可愛いじゃないか。

 かの魚がゆらゆらと空気と海水を隔てるガラスに近づいてくる。

 童心が涌き出てきたからか、僕は自然に、かつおもむろに手を伸ばしていた。

 そっと、なめらかに、手で輪郭をなぞる。まるで、別れ際の恋人の顔を愛おしげに触れるように。その行為の真意を理解していない魚はコツンとガラスにぶつかった後、ゆっくりと僕から遠ざかっていった。伸ばした手は重力に従って落ちていった。後ろ姿を見送った僕はしばらくぼうっとしていた。何に感銘を受けたか分からないが思考が停止していた。

 「はあ。」

 心に満ちた感情を言い表すことは不可能だった。たった一言でも表現出来る気がしない。ただ、キャパを越える感情を吐き出すためにため息一つ。

 ガス抜きしたことで頭が回転を始めた。

 『今の一通りの行動は何か変じゃないか?』と。

 そう思うと、嫌な予感がした。

 後ろをバッと振り返ると、興味、関心、注目といった目線が僕に刺さるほどに向けられていた。

 『……。』

 ちょっと恥ずかしく赤くなりかけてるのを自覚した。

 追い払うのは簡単だが、雰囲気を壊したくない。

 回れ左をして、スッとその場を離れた。

 『ちょっとおおおおお!!!?』

 喧騒が追いかけてくる。

 暴動鎮圧という名目で『アレ』を乱射するのは容易だ。弾倉の高速充填なんてものも身に付けてはいる。

 けど、ダメだ。

 慰安旅行で改良型の《携行型暴徒鎮圧用軽機関麻酔銃》をぶっぱなすのはダメすぎる。漫画とかライトノベルのツンデレヒロインでもそんなことはしない……と思う。

 ということで、アニマルセラピーの時の瑞鶴に被せたアレに視認性を十全に確保したステルス迷彩を装備して逃走。

 

 無理矢理逃げたことに何か思うことは無いわけでもないが、少し頭を冷やしたかった。まあ、恥ずかしかったから逃げたのだが。

 今は屋外のふれあいコーナーにいるのだが、スタッフが存在しないため生き物達は水槽にいなかった。

 頭は冷やしたかったが空の水槽を見て自分とつい重ね合わせてしまった。勝手にヒートして勝手にコールドして……イマイチ自分が分からない。こういう時は何も考えない。余計なことは考えない。

 階段に腰掛け、空を仰ぐと心なしか空が曇っていた。

 「ほへえ……。」

 気の抜けたため息一つ。短時間で意味の違うため息をつくことになるとは思っていなかった。

 そんなことを思っていると雲に切れ込みが入り、冬場にはありがたい陽射しが地面に注がれた。

 背後から何かが擦れる音と一緒に厚底の靴を履いた身長の低い子の足音が聞こえた。

 「提督……。」

 ダウナー系ながらこちらのことを慮る心を持ち合わせる駆逐艦、それは……

 「どうしたの、山風。」

 寒気に当てられ、完全に冷えた頭で後ろの小動物然としているであろう艦娘に向き直る。

 冷静な頭から弾き出された答えは正解。件の山風は新年を迎えた際の格好、つまり巫女服みたいな服装をしていた。

 彼女は立ち上がりつつある僕に抱きついてきた。階段が大した段数が無くて安心したこともあるが、いくら小学生高学年の女子の体当たりとは言え体幹がびくともしなかったのは諸々含めて安心した。階段なんて危ないのなんの。

 「提督、皆探してる。もどろ?」

 「……。」

 なんというか……小型犬にじゃれつかれている感覚に陥った。

 あまりの可愛さにしばらく放心していると、小型犬の目が潤み始めた気がした。

 ハッとなって意識を戻すと、何か言っていたらしい山風が泣きだしそうだった。

 「嫌……だった?」

 「……。」

 分からない。なんと言っていたか分からない。普段なら言葉の端を聞いて全てを推察出来るのだが、言葉の端を聞いてなかった。紡げる言葉なんて、ない。

 小動物の目端に大粒涙が……。誰か助けて。

 「山風の姉貴~!」

 正に渡りに船。艦船だけに……って、おいコラ。

 僕たちに駆け寄った後、呼吸を整えながら江風が話し始めた。

 「姉貴が急に走り出すからびっくりしたよ。追いかけたら提督も変なとこにいるし。」

 「変、か。確かに変だね。」

 水槽だけのふれあいコーナーは確かに変だ。

 それにしても気のせいだろうか。江風が来てから山風のホールドの強度が増した気がする。平たく言えばくっつき虫になってる。

 「や、山風?」

 「パパと一緒に見るの!」

 涙ぐみながら横目で妹を見据える山風の眼光はこちらからでも鋭さが垣間見得るレベルだった。

 奥手な子が自分を出せるのはとても大事だと思う。つい過去の自分と重ね合わせてしまうレベルだ。とは言っても僕の過去なんて今のこの状況では些事だ。

 「よしよし。」

 山風のホールドを優しく解き、しゃがんで山風と江風をふんわり抱き寄せる。

 「みんなのとこに戻ろうか。」

 山風の右手と僕の左手、江風の左手と僕の右手をつないで虚無を後にした。

 

 

 「HEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!!!!!!!!!!!!」

 「おっと靴紐が。」

 「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!?????????」

 戻るなり顔めがけてダイブする妻カッコカリ。

 このタイミングで発覚するのも神がかってるのだが、靴紐が解けているのに気付いて頭を下げた。

 その結果、僕の上を通りすぎた金剛は誰もいない空間にヘッドスライディングをかますことに。さっきの放送禁止レベルの口説きを忘れたのだろうか。

 「More……Loooooooooooooove!!!!!!!!!」

 靴紐を結び直していると、腰に鈍痛が走る。

 「ぐおっ?!」

 「Ouch?!」

 痛みを我慢しながら後ろを確認すると頭からこちらに突っ込んでいる金剛がいた。どうやら先程のダイブの後に再度突っ込んできたらしい。

 動かさないでくれと懇願する自分の腰をなだめながら、僕は金剛の耳元で囁いた。

 「《自主規制》」

 「Oh?!」

 このピンクダイヤモンドは島風のような声をあげた後に痙攣し始めた。昨日に引き続き、激しい夜になりそうだと感嘆しそうになるが言い出しっぺは僕だ。それに貪れるのなら貪りたいのも事実だ。

 ビクンビクンと痙攣する金剛を山風と江風がつついているのを尻目に職員一同に向き直る。

 「ごめんなさい。」

 空気を悪くしたことを素直に謝る。

 数拍おいて、全員から了承。全員文言がバラバラだからしいと言えばらしい。僕を含めた個々人の良さも悪さも包み込む職場なのだから。

 

 場所は先程の大きな水槽。 

 堪能出来なかった分の写真を撮ろうと思い、水槽からかなり距離を空けてパシャリ。

 方向を変えてパシャリ、更に変えてパシャリ。

 数枚撮って更に方向を変えた時、カメラのフレームから瑞鶴が生えてきた。

 「なーにしてんの?」

 「なーにかしてんのよ。」

 彼女の質問をなあなあに返す。

 「五航戦と一緒でも気分が高揚します。」

 ずっちんの隣から百万石、もとい加賀が生えた。文言に引っ掛かるところがあるのか食ってかかろうとした瑞鶴は晴れ着の加賀の微笑みに撃沈した。

 「ずっちんキラーだなあ。」

 記念撮影がしたいのかと思い、数歩後退。

 「撮るよ~。」

 明石特製のメガネと両手の中のカメラを構えた。その瞬間、事は起きた。

 空母達が生えてきた。二航戦は瑞鶴と加賀を映えるように、一航戦と五航戦の片割れ同士は妹分が密着してる肩とは逆の肩にそっと手を添えた。

 豪華客船だった飛鷹型軽空母の二人は横になった上でピースサインをしながら画角に入り込む。龍驤は瑞鶴と加賀の中間あたりに立ち両手でピース。なるほど、子供ポジションかと妙に得心してしまったのは心に秘めておこう。

 「キミ~?」

 「ハハハ、ナンデモナイデスヨ?」

 顔には出してないはずなんだけど?!

 「そりゃあ、長い間おるんやから分かりもするわ。」

 「撮るよ~。」

 「待てや」

 怒る龍驤含めた全員をフレームに納めているとあることに気付いた。

 鳳翔の位置だ。

 一番後ろに来たのは良いが、身長が微妙に足らないからか彼女の姿が見えない。彼女が必死に背伸びしてこちらから見えたとしても結んでいる髪の毛しか見えない。

 「一航戦と五航戦は中腰になって。」

 僕の指示を聞いて頭の上に疑問符を浮かべる彼女たちは、後ろを振り返ると感嘆符が大量に頭上に出現。そそくさとしゃがんでポーズをとる。

 赤面したのをなんとか両手で隠す鳳翔に、『友達の少ない長女の成人式に来たのは良いが、友達や恋人を一人で作れる努力をした娘の成長を見て、ボロボロと泣いてしまい化粧が崩れてしまった母親』と言った印象をもってしまった。

 撮るよ。と言おうとすると戦艦や重巡、駆逐艦や海防艦…とどのつまり全員がひょこひょことフレームから生えては思い思いに位置取った。

 あまりの人数の多さに全員が入りきる画角を探すのに悪戦苦闘し、ここから撮ろうと思った矢先、人の群れから綺麗な腕が生えた。

 「司令官、一人足りません。」

 青葉が誰かが足りないと忠告してきた。

 迷子だろうか、急いで探さないと。

 誰がいないのだろうかと急いで脳内で照合する。

 「にっしっし」

 フレームの端にいる佐渡が悪戯っぽく笑っていた。

 鳳翔の後ろにいる金剛も笑っていた。佐渡とはちょっとニュアンスが違う笑みだ。あれだ、やれやれって感じの呆れが入った感じの笑みだ。

 青葉が人の海を切り開きながらこちらに向かってくる。何故か三脚を組み立てながら。

 彼女は僕の手のカメラを取ると、三脚にセットしタイマー機能をオンにした。

 「司令が足りないんですよ。」

 青葉の予想だにしない一言でフリーズ。即リブート。

 「時間があまり無いので急いでくだサーイ。」

 人混みの中央の更に中央に人一人分の隙間があった。丁度金剛の隣に。

 青葉に手を引かれ、フレームの中に入る。自分のポジションに就いた青葉は僕の背をトンと押した。

 金剛の元に着いてすぐにカメラの方に向く。

 ぎこちない笑顔を浮かべた瞬間、カメラの赤いランプが点滅した。

 

 この写真、実は諸々の処理をして執務室に飾られるまである奇跡が起きたことを誰も知らなかった。

 大きなマンボウが写真中央の僕と金剛の頭上あたりで水槽のガラスにぶつかっていた瞬間に撮られているのを、聖夜ですっきりした数日後に知ることになった。

 

 

 

 

 聖夜と奇跡から数日後、月末を晦日と言うが今月の晦日は大晦日だ。つまり、今日は12月31日だ。

 まずは大掃除、と言いたいところだが布団を畳んで寄せれば片付いてしまう。こたつと化したちゃぶ台もいつも拭いているおかげで掃除の必要が無い。雀卓もホコリが無く洗牌もしてあるため、今手をつける必要は全く無い。旅館やホテルにあるこじんまりした冷蔵庫の中身もいつの間にか空だ。清掃も行き届いていて掃除の必要は無い。

 自分で言うことではないが、珍しい大晦日だ。大掃除前に掃除が済んでいるのは本当に珍しい。

 お次は……って、府内の掃除がまだだった。

 「気合い、入れて、やるか!」

 比叡の真似をして気合いを入れてみる。上体を後ろに倒すとバキバキバキと小気味の良い音が腰から聞こえる。大丈夫かと余人に聞かれそうだが平常運転だ、問題ない。指の骨を鳴らし、関節を温め、筋肉の筋を伸ばす。

 「よし!」

 気合一杯、ヨシ!

 そう思った矢先、叢雲が執務室に入ってきた。

 「大掃除ならもう終わってるわよ?」

 「んー?んー?んー?」

 理解不能理解不能理解不能!

 「アンタがたまにはゆっくりしたいからってことで、クリスマス辺りからコツコツやるように指令飛ばしてたでしょ?」

 「あっ。」

 理解可能。そういえばそうだった。

 「しかも、アンタにしては珍しく片付け出来てるし……。何か拾い食いした?」

 「ごめん、理解不能。」

 珍妙なやりとりが行われている最中、特に府内がどうこうすることは無かった。これも珍しい。いつもはこれ見よがしと言わんばかりにゴタゴタするのに何もない。運命を書き綴る奴がいるとしたら、ソイツが拾い食いして当たったに違いない。

 

 

 厨房スタッフの手伝いや、のんだくれ達の抑圧、空母達のつまみ食い防止、川内型の暴走阻止、山風のひっつき虫化、戦艦達の戦術談義への勧誘等のゴタゴタがあった。要約すればそれだけなのだが、宿命の書記は快復したらしい。早くないか?

 一息つこうとカウンター席に腰掛ける。

 年が明けるにはまだまだ時間がある。

 「板さん、今日のおすすめを。」

 「はーい。」

 年越しそばやその他のパーティ料理の仕込みに一段落した頃合いを見計らって板さん、もとい鳳翔に話しかける。

 ちなむ程ではないが、注文する物によって彼女の呼び方を変えている。寿司の時は『板さん』、酒やおつまみ系統の時は『お母さん』と言った感じ。

 赤みがうっすらかかったブリの握りと足を斜めにスライスしたタコの握りが一貫ずつ。

 赤い醤油と新鮮な魚、炊きたての酢飯の匂いが口の中で広がる。

 簡単にいうと、贅沢ないつもの美味しさ。

 手慣れた手付きで増えていく握りを堪能していると、寿司を握っていた鳳翔が僕のそばに来ていた。

 耳元で『あるものを試してみないか』とのこと。正直に白状すると、聞くと落ち着く声が撫でるように耳を通過してくるものだから最初に何て言っていたのか分からなかった。好意から来る打診なのは口調から明らかだったため断る理由もない。

 「お願いするよ。」

 機密性の高い内容なのだろうと思った僕は鳳翔の耳元で快諾の意を示した。

 ニコニコとカウンターに戻った彼女は、包丁と食材を変えたのか静かだった厨房にまな板と包丁の接触音がしんと聞こえる。バーナーらしき音も聞こえないこともない。

 そうして寿司下駄に置かれたのは肉の握りが二貫。よく回転寿司で見るヤツだと一蹴するのはとてつもなく簡単だ。しかし、この肉の厚さ……ただの味付けされた肉じゃない。

 寿司下駄の側部に何か書かれた紙が貼ってあった。『仙台名物牛タン握り』……?!

 まずは醤油をつけずに口に運ぶ。歯応え、味、匂いの全てが香ばしく濃厚。魚の寿司のすっきりした風味が牛タンのこってりさに吹っ飛ばされる。海が陸に蹂躙された。

 新鮮な醤油を小皿に補充し、牛タン握りのもう片方を赤い大豆タレで頂く。ううむ、これはこれであり。

 名残惜しいことにすうっと喉の奥に牛タン寿司は去っていってしまった。別れは未練が無いようにと冷水で口の中をリセット。

 『どうして名物レベルの牛タンを出してくれたのか?』、そんな旨のメッセージを鳳翔の携帯端末に送る。

 最近になってようやくスマホの文字入力が若者よりかは少し遅い程度になった鳳翔は端末上のキーボードに指を滑らせた。曰く、『日頃のお礼と新メニューの考案をしたかった』らしい。

 食堂全体を警戒するかのようにキョロキョロとしている鳳翔に『何故それほど警戒しているのか?』とメッセージを送ると『空母の子達が厨房に入ってつまみ食いをする可能性がある』と返ってきた。確かに機密性が必要だ。と同時にまだつまみ食いをしているのかと呆れ、ため息一つ。

 『あらあら』と言いたげな呆れと親心のこもった笑みを浮かべる鳳翔。

 周りの状況と会話の流れの整合性をとるために僕は口を開き、言の葉を紡いだ。

 「いろいろとお疲れ様。今年はお世話になりました。」

 と早めの年の暮れの挨拶。

 「提督もお疲れ様です。来年も宜しくお願いします。」

 と応答。

 

 

 「プロデューサー!」

 「はいはい。」

 即席のステージに立つ僕と那珂に寄せられる視線。

 舞台の横にそびえるは何時、誰が、何のために買ったか分からないお高そうなスピーカー。

 そこから高音質なイントロが流れてくる。

 特定のタイミングから曲に言葉と技術と気持ちを乗せ歌うことを強いられているんだッ!…じゃなくて、どうしてこうなった?

 まあ、いつもなら思い出して状況を整理するのだが今は歌詞を思い出すのが先決のため後にする。

 

 「プロデューサー!!」

 「はいはい。」

 浴びせられる拍手の豪雨に那珂は感涙していた。

 普段の彼女のライブ、もといステージでは義理で付き合ってくれる同型の子、つまり同型艦のよしみで川内と神通がパチパチと拍手を贈っていた。年末のステージもご多分でなく、『わーすごいねー(棒)』みたいなまばらな拍手が聞こえるのはもう日常風景と化している。

 回想を兼ねた推測になるが、那珂は万雷の拍手、喝采が聞きたかったのだろうか。本当にそうかどうかは分からないが那珂は未知に賭けた。自分のステージの色に密封された色の分からないペンキ缶の中身をぶちまけようとしたのだ。

 結果としてはぶちまけたペンキが新鮮さと感動を呼び込んだのだが……、それで良いのだろうか?

 関係のある話なのだが、僕はこの鎮守府に就任してから一度も全員の前で歌ったことは無いし、歌ったとしても上機嫌な時の鼻歌だけだ。

 朝の叢雲との入れ違いでいきなり押し掛けてきた那珂が歌って欲しいと僕に頼んできた時はどういう風の吹き回しかと驚いたし、正直に言ってしまえばかなり渋った。しばらくどころか数年レベルで趣味のカラオケなんて行ってないから歌声云々の前の話だ。

 最終的に『数ヶ月は夜間の川内を抑えておくこと』を約束し、壇上に上がることになった。那珂流のボイストレーニングをほんの少し受けて歌声らしきものを取り戻した僕の声に那珂はガッツポーズをしていたのだがあまり気にしないことにした。

 

 「同士、次は私だ。」

 「となるとアレ?」

 「そう、アレ。」

 僕は先程の壇上で別府、もとい信頼されるという意味のロシア語が由来のヴェールヌイとこそこそと話していた。

 面白そうだから一緒に歌いたいというのは目に見えているが、よりによってロシアの民謡をご指名とは……。

 「なんでカチューシャ?」

 「司令官はカラオケとやらでいつも歌うのだろう?」

 「ウォームアップで歌うけどさ……。」

 「なら大丈夫さ。司令を信じる私を信じてくれ。」

 少年漫画みたいな言い回しをしているヴェールヌイに圧され、渋々マイクのスイッチをオンにする。

 スピーカーからレコード音源をデジタルに変換したような曲調で民謡が流れ始める。

 別府は透き通るような歌声だった。薄手のシルクの織物のような歌声と言うと流石に表現が気持ち悪いなと思い自制する。余計なことを考えていた僕はふと我に帰り自分の声質を無視したテナーボイスを基調とするメリハリをつけた歌い方で彼女のフォローに当たった。

 

 「司令官はロシアに行ったことが?」

 歌い終わった後にまたこそこそと話している僕ら。

 「行ったことはないよ?」

 「そうか、私は第二の祖国が歌を通して見えた。」

 「それは良かった……のかな?」

 「良いさ。では、次の歌手に交代だ。」

 ヴェールヌイがスッと手をあげると、スタンディングオベーションが沸き起こる。まあ、メインの彼女が目立つように歌ったからね。

 手を振りながら退場していく別府。入れ違いでトラブルメーカーにバトンタッチ。

 

 先日の水族館の時と同じ晴れ着を着ている加賀が所望したのは自身の持ち歌。余計なことを掘り返すとしばらく前まで執務室にガンガン流していたあの歌だ。

 「流石に気分が高揚します。」

 テンションぶち上げらしい。

 「赤城とじゃなくて良いの?」

 「……。」

 「痛い痛い、分かった分かったから!」

 こちらの服の袖をいじらしく引っ張りながら無言で肩に軽めの頭突きをしてくる加賀を止めてマイクのスイッチと気合を入れ直す。

 

 「気分が高揚しています。」

 歌い終わってもまだ、ブチアゲ中らしい。

 まあ、歌っている人が気持ちよくなるように僕が歌えているためそれはそれで良しとしておく。

 この流れからもう予想はつくが、『次は自分が一緒に歌う』と言う艦娘が殺到し気がつけば年が明けていた。

 余談だが、元旦0時の年明け最初の僕の挨拶がパニックホラーもののゾンビの鳴き声に非常に近しいものになっていることが職員全員の初笑いになったのだった。

 この後、金剛が執務室に遊びに来たのだがスケッチブックを使った筆談をせざるを得ないくらいには喉がイッていた。

 

 

 喉の超再生が間に合うわけもなく、一晩寝ても声はゾンビ化から立ち直りつつある感染者レベルだ。つまり、人様に聞かせられる声ではない。

 仕方なく新品のスケッチブックを三冊とサインペンを二本持ち歩くことにした。

 先に、汎用性の高いセリフを書き留めておく。

 「司令官、明けましておめでとうございます。」

 『あけおめ。』

 「……ああ!なるほど。」

 書こうとした矢先に明石が新年の挨拶。なるべくスムーズに返事をしたかったため略式の挨拶で対応。

 スケッチブックで何かを書き始めたこちらを最初は訝しんだ明石だったが、書かれた文字と昨日の出来事で予測ができたらしい、

 「今朝までお疲れ様です。」

 『ありがとう。』

 「収録環境を整えるので、CDに録音していいですか?」

 『No』

 「そんなあ?!」

 厄介な案件の気配がしたので、二文字で一蹴する。二なのに一とはなんだろうか。変な事を考えるレベルで余裕はあるらしい。喉よ、はよう治れ。

 「……まあ、それはそれとして。どうでした、アレ?」

 「?」

 書く必要が無い、というか身振りでどうにかなると思った僕は首を傾げた。

 「アレっていうのは、私がポリシーをかなぐり捨てて作ったトリガーハッピー用の麻酔銃です。クリスマスの時に軍服の下にコッソリと武装していたじゃないですかぁ。」

 「!」

 得心がいったという風に握った手を逆側の平手に打ち付ける。

 『No』

 「ダメでした?」

 『No』

 「違う?使ってないってことですか?」

 『Yes』

 筆談って面倒だなあ、とこのやりとりで感じてしまった。

 「今度の川内さんとの夜戦に使ってみては?」

 『No』

 「拳銃の方がお好みで?」

 汎用性のあるセリフで応対するのに限界が来た。次のページに那珂とのいきさつと契約内容を書いた。

 『那珂と一緒に壇上で歌う代わりに川内を抑える約束をした。だから、しばらくは麻酔用の拳銃は使わない』

 「なるほど。司令官がやつれているように見えるので私はこれで。お大事に。」

 『ありがとう。』

 同情しながら明石は一旦離れることにしたらしい。正直に言うと有り難かった。

 

 そんな明石が大淀に僕を思いやる事を主とした放送をかけてくれたらなあ、なんて甘い考えは捨てることとなる。

 「お早う御座います、提督。そして、明けましておめでとう御座います。」

 『あけおめ。ことよろ。』

 明石に見せたページに略式の挨拶を更に加える。こちらの対応に一瞬不思議そうな顔をしていた大淀だが、先程のトラブルメーカー同様推測が出来たらしい。

 「昨日の歌唱大会が原因ですか?」

 『Yes』

 「なるほど……では、少し失礼しますね?」

 そういうと大淀はスマホで素早く何かを入力した。

 「?」

 何をしたのか分からないため首を傾げた。

 「全体メッセージで『火急の用が無い限り、極力司令官を労ること』と打っておきました。」

 自分の業務用の端末を見ると、確かにその旨が示されたメッセージが数秒前に入力されていた。

 『ありがとう。』

 「いえいえ、お大事になさって下さい。それでは、失礼します。」

 こちらに一礼してこの場を後にする大淀。

 手を振って見送る僕。

 普段なら会話の淡白さに耐えきれず何か話題を見つけて話を続けてしまうのだが、今は産まれた淡白さに感謝している。

 「………ぁ"」

 Oh…….相変わらずのゾンビボイス。

 悪戯心に火が付いたが、それを敢行すると更に喉を傷めるからやめとけやめとけ。

 誰も聞けないだろうから、脳内でネタバラシするがゾンビのマスクを被って職員にじゃれつくというプランを練ったのだ。明らかに喉のオーバーワークなのは自明の為、ボツ案にしたのだが。なんなら反撃にあって無事撃沈なんてことも考えられる。ともかくボツ案は埋葬しておかねば。

 

 おい、待てェ。失礼したのはどういうことだァ?

 脳内で謎の文言が反芻、反響する。『脳内産なのに謎なのはそれこそ意味不明だろう』等とセルフツッコミしている場合ではない。

 先程の応対からの予想外な展開に狼狽している場合ではない。目の前には職員の群れ。

 どうすりゃよかと?

 エセの方言が出て、『お前はどこ産だ?』等とまたもやセルフツッコミ。雑念が多いことからどうも疲れがとれないらしい。肉体的な余裕と精神的な余裕は全くの別物のようだ。

 『おはようございます。』

 今いる職員全員の挨拶がバラバラに聞こえてくる。

 サインペンで悪筆にならないように素早く書く。僕の行動を不思議に思う職員達がもたらした静寂にサインペンの紙面を駆ける音が響く。

 『おはよう。』『あけおめことよろ。』

 今日の始まりと今年の始まりの挨拶をする。

 そこから更に新しいページに彼女たちの疑問に対する文言を記す。

 『スマホ見て。』

 最前列の子達が指示を受けて端末を見始める。そこから、板状の機械を見る動きが伝播していく。そして、驚きと困惑等々感情も伝播していった。

 職員達の波が包むように流れていく。その最中、様々な労いの言葉がかけられていく。その中にいる僕は『ありがとう。』のページを彼女達に向けていた。

 

 夕方、窓から柔らかい日が射し込む頃。

 「あー、あー。」

 見舞いの品として貰ったのど飴やお茶のお陰で快復。

 お礼のチャットを送ろうと思ったが、それで良いのかと指が止まり、入力途中のメッセージを消去キーで消去した。

 そろそろ夕食だ。

 全員いる場で礼を言った方が良いだろうと思い歩みを進めた。

 

 

 詳細を省くが結局、困った時は相身互いということで話は落ち着いた。

 良い職場だ。

 

 

 

 

 良い職場なのだが、こういう時は困る。

 世間が浮世離れしたかのように思える雰囲気の浮わつき。言うなればバレンタインデーだ。

 例年の如く、義理だの友だの本命だのチョコを貰うことになるのだが、どうも今年はなんやかんやで省略する事項に含まれないらしい。

 端的に換言すれば、二月十四日という一日が始まる。

 

 

 甘ったるい匂いが立ち込める食堂から追い出された昨日。

 廊下とこの部屋を隔てる障子からチョコの匂いがしそうな今日。

 邪魔だと言わんばかりに勢い良く開かれる障子。

 事が始まるというのはそういうことさ、常時。

 

 頭の中で頭の悪いラップが繰り広げられたが、起きたことには相違ない。

 スパーンと何周か回って気味の良い音が執務室と廊下に響いた。感嘆符も付けたいレベルだ。

 朝っぱらから何処の誰がそんな音をたてたのだろう。……って、当柱島泊地の職員なのだが。

 「同志に」

 「チョコを」

 「あげる!」

 「なのです!」

 ヴェールヌイが差しきって一着。鼻先でのアドリブがどうにか間に合った暁が二着。次いで雷電が3着4着。『競馬かよ』とセルフツッコミ。どうも、僕には脳内で一人漫才して地産地消する癖があるようだ。二十年来の人格の持ち主としては知れたことではあるのだが。

 透明なラッピングから四人のイメージカラーというか髪の色というか……ともかくそんな色の一口チョコが手渡された。

 驚いた。

 とにもかくにも驚いた。

 去年までは皆が思い思いに作ったチョコが手元に来るのが当たり前だったため、昨年の色んな意味で重いチョコとは逆に軽いチョコというギャップに驚いた。

 「えっとね……。」

 余りにも呆気にとられている時間が長かったのか、生まれた沈黙に耐えきれずに暁が何かを話し始めようとした瞬間、第六駆逐隊の後ろから別の四人の姿が見えた。

 「チョコの大きさが今年に関して、小さくなった理由をあたしが説明してあげるわ。」

 「どういうことなの?ぼのたん。」

 「ぼのたん言うな、糞提督!」

 ニックネームで呼ばれたのが嫌だったのか顔を赤くして怒るのは第七駆逐隊の駆逐艦、曙その人だった。

 自分だけテンションが高くなっていることを自覚した曙は咳払いをしつつ、ヴェールヌイの肩に手を添えた。

 「簡単にこの状況を表すのなら『愛情と根回し』ね。」

 「愛情と根回し?」

 意味が分からないため、オウム返し。

 「そうだよ、同志。これはある人が方々に回って私達全員に協力を呼び掛けた結果なんだ。最後にとびっきりのモノをプレゼントするためのね。」

 ヴェールヌイが曙に目配せしながら喋っているのを見て、思うことが無いわけではないのだが口に出すのは野暮だろう。

 『愛情・根回し』のことは分かった。

 問題は誰がそんな根回しをしたのか、ということなのだがどうもサプライズ計画が漏れてしまっているように感じられた。好意から来る嬉しいサプライズならばここは鈍感になろう。ここでの跳躍思考による推理は無粋だ。

 「なるほどね。」

 「そういうことだから受け取んなさい。」

 曙が代表で七駆四人分のカラーリングチョコを渡してきた。こっちも一口チョコだ。

 「ありがとう。ゆっくり食べるね。」

 様々な動きが執務室と廊下を隔てる戸の前で行われており、なおかつ全員の行き先がバラバラであることによって起こる団子……。早い話、全員でわちゃわちゃと蠢く団子になってしまっている。

 「しょうがないなあ。」

 何人かを一旦執務室に入れて人数を減らす。向かう方向への矢印が減ったところでここに残った数人を一人ずつ帰す。団子は綺麗に無くなってひとまずは一件落着。

 

 駆逐艦の寄せ波はどうにか出来た。しかし、引き潮がどうなるかは分からない。離岸流が生まれるかもしれないし、もっと強い第二波が訪れるかもしれない。

 今回は第二波だった。

 種々の犬が群れを、波をなして覆い被さってきた。これは引き潮も凄まじいだろう。

 意味不明?

 簡単な話だ。さっきはライト級、第二波はアブソリュート級だ。種類と数が違う。

 波、というよりは堰を切ったかのような濁流が執務室に雪崩れ込む。おうやめーや。

 ガヤガヤというかワイワイというかどんちゃん騒ぎというか…朝から元気だなあ。そんな感想のあたしは年寄りかしらん。

 数十分時間を飛ばした。

 ……なんてことは出来はしない。そんな能力も発明もない。

 いつもならシャットダウン&ショートカットモードに入るのだが、再三言うように今回はダメらしい。

 目から失くしかけた正気は目の前の喧騒に押し留められて戻ってきた。

 「静かにね。」

 柏手を打つことで響く破裂音。

 直ぐに静かになる執務室。しんとした空気が部屋中に澄み渡った。

 「鉄板ネタさせてよ。まあ、いいや。」

 全校集会をする校長の件をやろうと思ったのだが、幸か不幸か直ぐに静かになった。幸か不幸かというよりかはむしろ塞翁が馬というなんというか……やっぱ幸か不幸かでいいや。面倒だし。

 「一斉に雪崩れ込んできてどうしたの?」

 一応理由を聞いておく。が、聞き方が悪かったと直ぐに思った。いや、言い方だな。言葉足らずだ。

 全員が一斉に喋りはじめて聞き取れない。儂は旧一万円札の人ではないぞ?

 パンパンと再び両手を打ち合わせる。

 「一人ずつ頼むよ。一気に喋られても聞き取れないし。」

 そう聞き取れないし汲み取れない。なんというか時代が違う戦隊ヒーローの誰かを引き抜いてきて一斉に決めポーズと決めセリフを言ってもらっている感じと言えば伝わりやすいかもしれない。

 艦娘は戦前や戦中に建造、つまり産まれて、戦中や戦後に撃沈、つまり散っていったものが多い。早い話、思考や嗜好が違うし表現も違う。それが一斉に発露すると情報の濁流でしかない。

 いつも通りに僕に話しかける子もいれば何とか言葉を絞り出してくれた子もいる。それらを無下にするのは心苦しいが真摯に受け止めるためには止めざるを得ない。

 長い講釈を一旦ここで切る。多分だが、何かが進まない。

 最初に歩み出した子は山風だった。

 「えっとね、これ。」

 小さな両手に愛らしい小さなエメラルドグリーンのチョコ。

 「ほんとはもっと大きなの作ろうとしたんだけど……。」

 赤面しながら目端に涙をため、もじもじといじらしい態度をとる山風がどうしようもなく僕の中の庇護欲を掻き立てる。思わず抱き締めてしまう程に。

 「ありがとう。」

 そんな彼女に感謝を述べる。

 抱き締めていることで顔は見えないが、彼女の華奢な腕が背中に回るのを感じた。

 「うん!」

 少し経ってゆっくりと山風を解放する。

 白い歯が笑顔に映える、そんな感想が出る表情だった。

 どうにも父性が湧いてくる。こんなに笑顔なら余計に笑わせたくなってしまう。そんな衝動をどうにか抑え山風の頭を軽く撫でて見送る。

 次に姿を見せたのはとあるグループ。その中の某メンバーの言葉を借りるなら『バカばっかり』なグループ。

 「今日は通信担当ではなく、一人の軽巡洋艦としてここに来た次第です。」

 その言葉に続くように、

 「私も今日はカツカレーの人じゃなくて一人の重巡洋艦として来たの。」

 「清霜も戦艦じゃなくて駆逐艦として来たの。」

 おいおい……。清霜の発言に思わず顔が若干ピクッとなってしまう。誰かツッコミしてと言いたくなってしまうのだが……。

 「全く……貴女は貴女。そうでしょ、司令官?」

 「そう!清霜は清霜だ!」

 霞がツッコミでは無くフォロー、そのフォローにフォローを入れる朝霜。

 「んもう!かわいいんだから!」

 メンバーのよしみを超えた駆逐艦と軽巡洋艦を巻き込む唐突のハグに僕を含めた皆がびっくりする。

 驚いた顔も一瞬。だんだん、締まりのない笑顔に雰囲気もとろけていく。そんな礼号組の面々がたまらなく愛おしく感じた僕は、足柄と反対側から全員を包むように抱きつく。

 驚く駆逐艦、笑ったままの駆逐艦、より深みに行こうとする駆逐艦、三者三様のリアクション。

 大淀はちょっと苦笑い。

 色とりどりの四人を見た足柄は、

 「子沢山ね、あなた。」

 なんてとんでもないことを言ってきた。

 『?!』

 これには僕を含めた全員が吹き出した。

 ただ、キラーパスにはそれなりの返礼をかますのが礼儀だと思う。否、返さねばならん。

 頭が切り返しを考え始めて0.06秒。

 「経産婦さん、本業の制服は着られる?」

 「ぶっ?!」

 これには足柄が吹き出す。

 大淀と霞は笑いをこらえ、霜コンビはぽかんとしていた。

 珍しくクリティカルヒットしたようで顔が真っ赤だった。

 つかみかかられそうになる前にタンマを入れて、礼号のメンツに用事を思い出させる。

 足柄はぷんすこと怒りながら、左手にカレールー……もとい一口チョコを叩きつけて帰っていった。

 霜繋がりの二人は精一杯手を伸ばして僕にチョコをくれた。

 大淀は両手をお椀の形にしてバレンタインのチョコを渡してきた。

 霞は僕の右手に彼女の小さな左手を添えて、自身の右手でチョコを乗せて「頑張んなさいよ」と小声で言って帰っていこうとした。聞こえなかった方が良いのかもしれないと思ってしまう程に霞の去り際の横顔は赤かった。

 その自覚が有ったのか、廊下に出たところで複雑な感情が表に出ている赤面で微笑み彼女は今度こそ帰っていった。

 

 人混みの中から抜け出てきた…というか押し退けてすらいる風にも見えるたっぱの高い大日本帝国の超弩級戦艦二隻が部屋に入ってきた。

 「お早う御座います。」

 「お早う、相棒。」

 「……。」

 どうにも最近の僕は感慨に浸ってしまう。出会った当初は箱入り娘と粗暴な者という認識だったのだが、資材と精神に余裕のあるときに編成すると何とも痛快の一言。それ以来、頼りになる戦力と認識を改めた。

 武蔵が最終改造を終える頃には、何故育成組に入れていたか記憶が吹っ飛ぶくらいに火力が桁違いだった。

 大和は一時期育成組に編成していたとは思うのだが、途轍もない火力と共に途轍もない資材が補給に必要になったため数戦のみ配備していたことを朧気に思い出した、

 そんな二人は体勢こそ違うが二口サイズのチョコを差し出してくれている。疑問に思って文言を紡ごうとしたのだが二人の差し出し方が余りに切実というか必死というか……何というかせめてもの気持ちといった感じが見受けられた。どうもここで根回しを無視することについて言及するのは野暮ったい気がする。だから……、

 「ありがとう、大事に食べるよ。」

 そう言って、桜の家紋らしき模様が入ったチョコとデフォルメされた武蔵の似顔絵が書かれたチョコをありがたく頂いた。

 そのフレーズを聞いて安堵したような顔をした両名は一礼して部屋から去っていった。

 

 「提督よ、何回目になるかは覚えてないが今年もこの贈り物だ。」

 「司令官、妹に倣って私も何回目かのチョコです!」

 メモを渡すかのような気軽さでチョコを渡す三女とどことなく急いているような様子の長女が入ってきた。

 気軽さで返すか高めなテンションで返すか一瞬戸惑う。迷ったら折半、半分こ。

 「ありがとね。」

 軽く、それでいて真摯に感謝を述べる。

 ふふんと胸を張る初月とモジモジし始めた秋月。練度がキャップになったときの好感は個人差があるなあなどと他人事のように言っている。国家付きの艦娘研究者じゃないぞ、僕は。それに自分事だしな。

 ボールを取ってきたワンコ化している初月はひとまず放っておこう。秋月の顔を見るために目線を合わせる。程よく伸びた髪から良い匂いがする。そして、赤面していて目線をこちらに合わせてくれない。何回か目線を向けようと立ち位置を変えてもその度に目線や首の向きを変えてしまう。これは否が応でも気づいてしまう。かわいい妹に紛れてガチな奴だった。シンプルな包装とシンプルなチョコに紛れて気持ちは十二分に乗っている。ただ、ここで答えてしまうのは良くない。それは多方面に不義理だ。だから、彼女にしか聞こえない声で告げた。

 「ごめん、ただの上司と部下でいよう?」

 この気持ちは切り捨てる。

 秋月は目を見開いたあと、項垂れて少し震えた。しかし、本当に少しの間だった。こちらに顔を見せず腕で何かをぬぐうとこちらに向き直って、

 「これからもご指導ご鞭撻宜しくお願いします!」

 何かが吹っ切れた顔でこちらを見据える。

 「うん、よろしく。」

 これで良かったのか、なんておこがましい限りの声を振り払う。良いのさ、これで。

 初月は涙の跡が見える姉に頓着せず、そそくさとどこかへ行ってしまっていた。

 秋月は一礼してこちらに屈託の無い笑顔。そのまま、妹を探しに行ったようだ。

 ……ここで終われば、僕は義理を通す人間ということになるのだろうが事はそう簡単でもない。

 溢れそうな人混みの中、初月が先ほど秋月をフッていた僕に対して人知れず泣いていたことをこの時の僕は知らなかった。

 念のためもう一度補足しておく。

 艦娘と提督は互いに錬度があり、艦娘側にはキャップ…もとい、上限が設けられている。錬度は提督との信頼関係と実力が相関したもので、その信頼と飽くなき向上心をさらに上昇させるためにケッコンシステムが存在する。それを世間一般の結婚と捉えるも、ハーレムへの一歩と捉えるもキーアイテムたる指輪を渡す提督次第だ。

 別の言い方をすれば、上限に到達した艦娘もしくはそれに近しい者は司令官への特別な感情を募らせることが頻繁に報告されている。

 要約すれば、錬度が最大の秋月、初月両名がそういう気持ちであったということだ。

 僕は彼女たちと良き戦友でありたいと思い、その勇気ある一歩を拒まざるを得なかった。それに、ケッコンシステムを結婚と同義と捉えるなら僕は一番筋を通さなきゃならない相手がいる。そういう話だ。

 

 暫く戦線に出ていないことから錬度が上がりにくいはずなのだが、秘めたる想いは醸造されていくようだ。

 現に、普段の態度とはかけ離れた……、いや、むしろ隠していた部分を出した摩耶が今年もモジモジとしていた。ナンデスカコノカワイイイキモノハ。まあ、例年通りの態度だから何を今更言っているのだか。

 去年か一昨年かは忘れたが、胸元にひび割れたハート型のチョコを叩きつけてきた時は心臓が止まるかと思った、物理的に。就任して慣れてきた自分をこの時ばかりは恨んだ。強化し過ぎだよ……。

 「今年はあの人の顔を立ててこれくらいで勘弁してやる。」

 ふんわりと握った手からポロリと手渡される溶けかけの一口チョコ。包装用のビニールから透けて見えるカラーバリエーションの多さに感心半分、恐縮半分。でも、まあ、摩耶が立てなきゃいけない顔と僕が筋を通さなきゃならない人は同一人物のようだ。一体どんな甘ったるく巨大なチョコが来るのか大トリが来る前の前哨戦で戦々恐々としてしまう。

 「では、私もこれくらいで放免します。」

 なんの罪が赦されたのだろうか、とも考えたが先程出ていった秋月の顔が浮かんで言葉に詰まる。

 真っ赤なお顔を隠しながら颯爽と逃げる摩耶とそれを微笑みながら追いかける鳥海を見送るために花道を作る残りの職員一同。

 数年分の寿命が削られてそうだが、これが序盤のウォーミングアップなのを頭から排除したくなる現状。

 錬度が上限に達している職員を振らざるを得ないことでグロッキーになっている僕。まだまだこれからと言わんばかりに蠢く職員の群れ。勘弁してくれ、なんて文言は職員どころか僕自身も許さない。日頃の信頼関係に報いるだけなのに勘弁とは失礼極まりない。

 

 「やっほー。」

 「うぃーっす。」

 「貴方、一応私たちの上司なんですから返事くらいまともにしてください!北上さんもっ!」

 「"アナタ"って新婚さんかなあ?大井っち。」

 ダウナーなやりとりにツッコミ入れるから……、と内心思った、切り捨てねばなるまい単語が聞こえたような気もするが何故か静観した方が良いと思った。理由は分からない。

 「音だけ聞けばそうなるでしょうけど、あたしが言ったのは敬称の方です。」

 「あーねー。試しに『ア・ナ・タ』って色っぽくやってみれば気持ち傾くかもよ?」

 「北上さん?!」

 面白いことになってきた。どうも僕が北上に関して、悪友とも親友ともとれる感情が抱いている。悪戯仲間というのが一番近いニュアンスかもしれない。

 たじろぐ大井と攻める北上。どう切り返すのだろうかと内心ワクワクしてきた僕はもう少し無言を貫くことにした。

 「……人のこと言えないじゃない、北上さん。」

 目端に、瞳に涙を一粒貯めて口を手で隠した大井は赤面しながらそんなことを言った。

 「?!」

 大井のカウンターがクリティカルヒット。これには北上も思わず後ずさる。

 ……そういえば、錬度カンスト勢でしたね。静観キメてなんですが非常に嫌な予感がするので窓ガラス割れるように脚に力を溜めておこう。

 「じゃあ。」

 「ええ。」

 腹が決まった、彼女たちの様子はそんな風に見える。罪悪感が背中に迫るのを感じる。脚へのチャージが100%溜まった。

 『ア・ナ・タ』

 「ヒェッ……」

 素で変な声が出た。脚のチャージが-20%になった。頭の回転が2000%加速しました。早い話、これしかない。

 「じゃあ、金剛。」

 『……。』

 どうにか二つの刃をいなした。いなしただけだ。返す刀がどう返ってくる来るかなんて見切れない。ところがほんの刹那でしかないこの時間、第二陣ならぬ第二刃は襲ってこなかった。

 「司令官。」

 どことなく違うベクトルの怒りと呆れが入り交じった顔の大井がわなわなと握り拳を作って震えていた。

 「提督ってさ、大好きなおかずって最後までとっとくタイプじゃなかったっけ?」

 北上は呆れに全振りしている表情でこちらを見ていた。

 全くの余談なのだが、二人の口数が逆転しているのは割と珍しいのだ。

 どうやら、いなし方が良かったのかもしれない。ゲージを使ったフィニッシュカウンターはこのタイミングに叩き込む。

 「ひとまずはご馳走さまでした。」

 『……。』

 二人揃ってため息一つ。

 やれやれと言う表情で僕を見た彼女らは他の職員に倣って一口チョコを手のひらに置いていった。

 何度目かの余計なこと、言わせてもらうとするならカウンターのイメージが強いのは格闘系の搦め手か刀を使った居合いだと個人的には思う。

 

 この調子が夜まで続いた。

 そうは問屋が卸さないパターンだろ、という所だろうが卸問屋は搬入先にトラックを走らせたようだ。意味が分からないだろうから普通に換言しよう。

 酷使につぐ酷使でフリーズしかけた頭が勝手に処理を進めていたらしい。おかげでまともな思考ルーチンが戻ってきたのは、満面の笑みという言葉では形容出来ないレベルに眩しい笑顔を向けながら割と大きめのチョコパフェを差し出している金剛が目の前にいる場面になってからだった。しかも、彼女の後ろには今まで好感を口にしてきた艦娘達のえもいわれぬ表情の群れ。

 「Freezing love.」

 金剛の笑顔に何かしらの雑じり気がある気がするが気のせいということにしよう。面倒だ。

 冷気漂うサンデーとスプーンを金剛から受け取ると、僕はちゃぶ台と座布団を用意しゆっくり腰を下ろす。

 ようやく気が休められる。そう思うだけでため息をしそうになるが、人の前で好ましい態度とは言えないことを瞬時に判断して口の中で溜まりつつあった息を噛み殺す。

 「…~っシ、頂きます。」

 含んだ息で食材や自然への感謝の詔を発音する。

 適温よりかは少し暖かいくらいの暖気に晒されたサンデーは目に見えないレベルで溶け始めるのが常。どこから食べようか、なんて悠長なことを言っているとすぐに食材かどうか怪しい残飯が出来てしまう。

 周りを彩る焼き菓子をある程度抜き取って一息に噛み砕く。サンデーの頂点に鎮座する三つのアイスの内一つを半分くらいスプーンで取って、これも一息に食べると頭がキーンとした。思わず眉間をつまんでしまう。

 そんな様子を見ていた金剛もアイスを一すくい。パクリと食べたとたん、こちらと同じように眉間をつまむ。

 そんなどうしようもなく予想通りに進む日常に思わず口元が緩んでしまう。頭痛が少し回復したのか、片目を開けて微笑むこちらをうかがう金剛。しかめた顔から一瞬不思議そうな顔、そこから得心したのか微笑み返してきた。

 

 完食するのに三分とかからなかった。

 血肉となった食材に対する感謝の定型文を発する。

 片付けようと立ち上がった僕に、日付が変わってからまた訪れるということを金剛からこっそりと聞いた。かなり回りくどい文句だったので脳内で暴露してしまう。

 確か『暁に満たない頃にクリームで満たした風船を沢山作って飛ぼう』とかだった気がする。……マジで回りくどい。とは言っても、駆逐艦やら重巡やら空母やらがガッツリ覗いていたあの状況から深夜の訪問を直接的な表現で言うのはよろしくない。だから婉曲的な表現にしたのであろうが……僕の頭が回ってなかったらどうするつもりだったのだろうか。

 

 バレンタインの翌日の丑三つ時。絞り尽くすか意識を飛ばすかの接戦を繰り広げた男女のことをこの鎮守府の職員は誰も知らない。

 

 このバレンタインと関係のある話、余談なのだがこのインファイトから数時間後のことである。

 満足感と幸福感と倦怠感と虚脱感が抜けきらない内に、溢れんばかりの大量の荷物を風呂敷に包んで執務室に入ってくる者がいた。

 ガチャガチャという物音が足音と共に迫ってくるため、嫌でも目が覚めてしまう。

 とんでもない格好をしている金剛をどうにか布団で暖をとれるように包む。そして、素早く普段着に着替える。うっかり腰部の脱力感に尻餅をつくところだったが、まだ若いからか巧く持ちこたえられた。

 軍服の上着に袖を通した瞬間、廊下と執務室を隔てる障子が遠慮がちに開く。

 「あのー、司令官は普通ですか?」

 声からして明石が入ってきた。

 「普通ですかって何さ?」

 上着を着終えて明石に向き直る。

 隙間からチラチラと全体を見回した明石はホッと胸を撫で下ろして執務室に入ってきた。変な所に気を回したのがバレバレだ。ふと、悪戯心。

 「何をそんなに警戒してるの?」

 「いえ、運営している最中だとこちらとしては気まずいので確認していました。」

 「それは申し訳ない。」

 見事に受け流されてしまった。まあいいや。……いや、良くないな?!

 「ちょっと待って、運営中の様子見てたことある?」

 「……。」

 勢いよく明後日の方向を向いた明石。

 グギッ!

 「ーっっっ?!」

 やっぱりそうなるかと思ってしまう程、刹那に物事が重なった。

 「色々あって整理が追い付かないけど、とりあえず大丈夫?」

 思わず差し伸べた手に制止が入った。

 「大丈夫です。こちらの失態ですから。」

 何を指しての失態だか分かりかねるが、とどのつまり言及はしないでくれということだろう。ちょっと恥ずかしいけど痛み分けってことにしておこう。

 「それで、何の用?」

 大幅にずれた筋を元に戻すように促す。

 「実はですね~」

 舌をペロリと出しながら背負ってきた唐草模様の風呂敷をガサゴソと広げ始めた。それと同時に明石の後ろからそろりと川内がこちらを覗いていた。なにゆえ?

 「司令官の自衛の為に新しい装備の携帯を嘆願する意見がよせられまして。」

 試作品であろう装備が明石の手に握られていた。と、同時に川内が明石の言葉に首をブンブン縦に振って肯定していた。その様子がヘットバンキングしているのかと思ってしまう程に凄絶だった。頭をぶつけてしまわないか心配だ。

 「………えーっと、早い話、『麻酔銃系統以外の武器持ってみたら』って意見が多いってこと?」

 「そういうことです。」

 ずいっと差し出される短刀2つを手に取る。意外と重い。つまむように扱ったら耐えきれずに落としてしまっていたかもしれない。

 鞘から引き抜いて逆手に持つ。

 「あのゲームがモチーフなのは分かる。そこで改めて聞くよ?これの名前は何?」

 「対深海棲艦デュアルソードです。」

 「だよなあ。」

 全くもって予想通り。よく協力プレイしているけど、あの武器を使っている艦娘って…そういえば割といるな。ちなむほどのことではないが、僕はあのゲームでよく刀を使っている。居合い斬りを繰り出したときのモーションがなんとも童心をくすぐるからだ。

 「ちょいと失礼。」

 生まれたままの姿を布団で包み隠した金剛と新装備を持ってきた明石から十分すぎる程の距離をとり、二本の短刀をギュッと握りしめ振り回す。舞うように振り回す、暴れるように振り回す、いたぶるように振り回す。

 汗が顔に滴るのを感じ始めた僕は息を乱していた。

 「体力落ちたなあ、運動しないと。」

 そう言いつつ明石に短刀二本を鞘に納めて返した。

 「どうです?」

 感想を求めてきた明石。

 「アレと戦うにしてもリーチが短いかな。至近距離とかそんな話の程度じゃなくて、触れる程の距離じゃないと戦えないんじゃないかな?」

 「そうですよね~。司令官が勇猛果敢に挑んで食べられるのは開発者としての本意ではないので。」

 だったら何故紹介した、というツッコミは口の中にしまっておく。

 「何で紹介したかってツッコミ来ませんね?」

 「ツッコミ待ちの装備かよ…。」

 これはひどい。

 「これで終わりじゃないでしょ?」

 「アッハイ。次の装備はですね~…これです!」

 風呂敷に手を伸ばしかけた明石はふと自分の背中に手を向けた。

 今まで目を反らして見ないようにしていたが、明石の背には風呂敷ともう一つ物騒な品物が携えられていた。それが、東洋風の槍である。

 「同じく対深海棲艦用の槍です。お納めを。」

 「納めるかどうかは振り回してからじゃないと分からないから。」

 「あえて言うならツッコミ待ちでした。」

 「『とりあえず振り回すんですね。』って逆ツッコミ待ち。」

 「格ゲーでお互いにカウンター入力したままの空気感ですね。」

 「そりゃそうだ。」

 大筋からずれている気配を感じ、えげつないブレードの付いた槍を振り回し、仮想敵を突いて、払って、押して、斬る。

 「先頭に立ってたら後ろの人がサボりそうな順序ですね?」

 「それは思った。」

 某コントグループのネタを試しにやってみると明石は難なく拾った。これはヒートアップしたくなる。が、早朝でそのテンションは情緒不安定が過ぎる。

 槍の切っ先を誰もいない方向に向けて、明石に柄の部分を握らせ返還する。

 「箸休めはいかが?」

 そう言って明石が取り出したのは、折り畳み式で携行可能なグレネードランチャーだった。しかも、キチンと替えのグレネード弾もセットで手渡してくる。

 何だろう。ラーメン、チャーハンと来て食後のデザートを持ってくると言われて杏仁豆腐か胡麻団子が来るのかと期待して待ってみたら北京ダックが出てきた感じになっている。簡単に言うとメイン、メイン、さらにメインの連打で反応に困るということだ。

 「箸休めって何だっけ。」

 それはともかく、流石にグレネードランチャーの組み立ては分からなかったため、明石に手取り足取り教えてもらった。

 「言い忘れてましたけど。」

 ストックを肩につけ、アイアンサイトを覗き込む僕に明石はポツリと捕捉情報を紡ぎ始めた。

 「それに関しては対物用なんです。」

 解放された窓を通す様に狙いをつけ引き金に指をかけた瞬間、明石は一番の要点を口にした。

 素早く安全装置をかけ、グレネード弾を撤去した。

 「あーかーしー?」

 「あ、あはははは……。」

 この場にいる全員がギャグマンガよろしく黒焦げアフロオチになるところだった。

 はた迷惑な近代兵器を折り畳んで床に置く。

 「どうされました?」

 その動きにおかしさを感じた明石が声をかけてくる。先程と同じように突き返されると思っていたのだろうか?

 「これは採用。」

 素直に使い勝手が良さそうだと思ったから採用。

 「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおお?!!!!!」

 今まで隙間から覗き込んで大なり小なりリアクションをしていた川内が怒号と共に乱入してきた。

 「やあ、川内おはよう。」

 「あ、おはよー!……じゃなくて?!」

 普段から賑やかだが、今日は輪にかけて元気だ。まるで狼狽しているかのような感じだ。

 「そりゃ焦るでしょ?!私との夜戦でこんなの使われたらたまったもんじゃないじゃん!?」

 「は?」

 明石に川内がひたひたとついてきたのは先程のことから分かる。ただこの一言でハッキリした。この武器達を卸す元になったのは明石ではなく川内だった。

 それはともかくあまりにも素に近い返答に若干明石と川内がたじろいでいた。早い話、先程の返答にドスが効きすぎた。

 「…はぁ。とりま、夜戦禁止延長。那珂と神通にメッセ回しとく。」

 「そんなああああああああああああああああ?!!!」

 業務用のタブレットから連絡用のアプリケーションを開いて二人にメッセージを送信する。すぐに既読一件の文字がこちらの送ったメッセージの横に表示される。と、ほぼ同時に走ってこちらに向かってくる足音一つ。

 「なんでなんでなんでえええええ?!!!」

 「はいはい、うるさいわよ。」

 床に倒れこんでジタバタと幼児のように暴れ始めた川内。その様子を半ばというか3/4程呆れたように流す僕。ここで余計なことを一つ。川内が上下ジャージで心底良かったと思ったことだ。理由はあえて言わないことにしておこう。

 「姉さん?」

 ドスというよりかは威圧感が効いた言の葉が横から。それと同時にビクッという震えが足元から聞こえた。

 ぎこちなく動く川内の首、それと物凄く安堵しているであろう僕の首が同じ方向を向く。

 川内型次男、もとい次女の神通その人が右手の手のひらを右頬に添えて能面のように無機質な笑みを向けていた。なんか変な声が出そうになったよ。

 「ヒェッ……」

 代弁してくれてありがとう、明石。

 そんな明石には目もくれず僕に神妙な面持ちで礼を一つした神通は川内の首根っこを掴んで持ち上げた。

 「責任を持って回収致しますので何卒寛大なお許しを。……姉さん?」

 片手で簡単に持ち上げられたことなのか、それとも妹が尋常でない表情で自分を回収に来たことなのかは分からないが呆ける川内。そんな彼女もさらにプレッシャーを増した呼び掛けに正気を取り戻し、ペコリとお辞儀。

 「ゴメンナサイ。」

 片言であった。

 「申し訳ありません、提督。」

 そんな姉の態度を詫びようと深々と頭を下げる神通。俗に言う最敬礼だ。

 「僕なんかそんな立派な人間じゃないから頭上げて?!」

 「ですが……。」

 「川内には処遇を伝えてあるから。」

 「でも……。」

 結構食い下がってくる。神通という艦には経歴からして信賞必罰を徹底する節があることを着任して間もない頃に聞いた気がする。俗に言うと自他共に厳しい鬼教官タイプらしい。

 「じゃあさ。」

 割と誰も傷付かない代替案を耳打ちした。

 「川内型全員で夜戦演習したら?」

 少し訝しんだ神通はこう耳打ちした。

 「解決になっていないのでは?」

 「確かに。」

 「消耗が早くなるように適正外装備付けるとか?」

 「それはマズイです。実戦に支障が出ます。」

 「対人戦闘に焦点をあてた夜戦にする?艤装を装備するんじゃなくてエアガンと防弾ベストとゴーグルで武装してさ。」

 「いわゆるサバイバルゲームですか?」

 「そうそう。元々そういう感じで川内とやりあってたし。」

 「なるほど……。」

 耳打ちし合って侃々諤々の話し合い。

 「当人差し置いて物騒な話しないで?!」

 耳打ちしているはずなのに何故聞こえているのかは分からないが川内が食って掛かる。

 「途中から普通に話してたでしょ?!」

 「左様にござるか。」

 「誰?!」

 「姉さん?」

 「ハイ……」

 ツッコミが交代してボケ始めた僕を止めるためなのか、単純に姉を諌めるためなのかは分からないが神通がプレッシャーを強くした。

 「姉さんを止めるためです。」

 ツッコミが二人に増えてしまった。面白くなってきたぞ。

 「猫って首根っこつまんじゃダメらしいね。」

 「唐突にどうされました?」

 「神通と川内がいかにも猫の親子っぽいから。」

 「アタシ子猫?!」

 「もう……姉さんったら。」

 神通の無機質な笑いに少し柔らかさが見えた。と、同時に川内のボルテージも上がってきた。僕もテンションが上がってきた。が、朝からそれはおかしいという過去の自分の制止を思い出す。

 「とりあえずまあ、メッセージの通りに川内の夜の訓練の相手よろしくね?」

 「承りました。」

 「やだあああああああああああ!!!!!!司令が良いいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

 襟をむんずと掴まれた川内は神通にズルズルと引きずられて退場していった。どうにも夏場に道端に落ちている蝉の暴れている姿を彷彿としたことを悔いる。あれって足閉じてても死んでないパターンがあるからなあ。

 夏の風物詩についてぼうっと考えていると、自分の視界が揺れていることに気付いた。

 「……れい、司令!」

 「……ああ。うん。何?」

 「どうしました?ぼーっとして」

 「さっきの川内が蝉みたいだなあって。」

 「司令……。」

 がっくりと項垂れる明石。しょうがないじゃないか、突飛に出てきてしまうものなのだから。

 「突拍子がないんですよ?!」

 「顔に出てた?」

 「何年一緒にやってきてるとお思いで?」

 「忘れたよ。」

 本当は覚えているが流した。

 「まあ、それは置いといて。川内さんがいなくなって紹介しやすくなりました。次の得物……というか最後の武装です。」

 「?」

 「あー、ちょっと男子のロマンを加えたら思ったより大変なことになってしまいまして……。」

 「??」

 「カッコいいとは思うんですよ。けど、凝りすぎました。すいません……。」

 「???」

 よく分からないことを喋りながら明石が取り出したのは、刀と脇差だった。男子のロマンとはこの武器種であろうか。

 まずは手軽な方から見てみようと脇差に手を伸ばす。

 「司令。」

 改まった表情、というかいつになく真剣な表情の明石。こんな彼女の顔をみたのは何年ぶりだろうか?何というか初対面の頃のピリピリした時の表情だ。

 「う、うん?なになに?どうしたの?」

 「それを抜刀するなら私達から離れた上で一気に引き抜いてください。」

 「……分かった。」

 脇差をベルトに佩く。呼吸を整え一気に引き抜けるように腰を捻る。自らが万全となった刹那に全力で引き抜き仮想敵に斬りかかる。

 引き抜き始めに大きな放電音がけたたましく鳴り響く。それは刀身が姿を世界に晒そうとする度に音量を上げていく。それはまるで雷鳴とでも言うべきほどのもので刀がこの執務室を完全に見た瞬間、"轟"と床を震わせる。仮想敵に斬りかかる頃には雷を伴った刀身が見えた。

 一度振るった刀身は先程の童心をくすぐるビジュアルではなく、ただの小太刀と化していた。それでもくすぶるものはあるのだが。

 「おー!やっぱりスゴいですね!」

 耳をつんざく放電音で辺りは静まったのであるが、僕の耳は文字通り遠くなっていた。早い話、ギミックのせいで何も聞こえない。たまたま明石を見ていなかったら何かを喋っていることすら分からない程に聴力が減退していた。

 納刀して明石の方へ向かう。

 「いやー、あのエフェクト出すのに苦労したんですよ!結果的に内蔵した超高容量に貯めた高圧電力を一気に放出することで事なきを得たんですけど、それを脇差サイズの大きさにするのに夕張の力も借りて、ついでにセカンダリに刀を装備している艦娘の力も借りてどうにか形にはしたんですよ。まあ、一回しか放電出来なくてバッテリーを交換する必要があるですけどね!アハハハハ!!!!!では次にこちらの装備はいかがです?」

 ものすごい早口でものすごい文字数を言っている気がする。

 スマホを取り出して明石に個人メッセージを送る。

 『ごめん、聞こえない。』

 もう一振に手をのばそうとした明石はメッセージの通知音に気付いたのか自身の端末を取り出した。メッセージに気付いたのか端末のスクリーンを踊るように文字を打ち込み始めた。

 『すみません、そこは改良点ですかね。』

 『もうちょいボリューム落とせないかな?使ってこれだとダメージがデカすぎる。』

 『元はスタンロッドなんですけど、あのゲームで刀を好んでいる司令が喜ぶだろうと思って開発した刀にエフェクトを付けてみたんですけどね?』

 『それはありがとう。』

 気遣いは痛み入る。

 『でも、やっぱりスタンブレードでこっちがスタンするのは違う。』

 『ですよねー』

 あはは、と言った具合の乾いた笑みを浮かべる明石はこちらを見ていた。その後再び端末にメッセージを打ち込み始めた。

 『エフェクトも刀もカッコいいけどさ。実用性かロマンかってやっぱり難しいとこよね。』

 『分かってくださいます?』

 『うん。』

 物を作るときの苦労は知っている。安い同情の言葉かもしれないが無いよりはマシかと思う。改善策としてのアイデアを端末に打ち込む。

 『スタンガンレベルまで電圧落とせば?』

 『エフェクト無くなりますよ?』

 『自爆スタンの要因だからしゃーない。』

 『承知しました。改良次第納品します。』

 話が一段落したところで、普段から微かに聞こえる浜辺の音が聞こえるようになってきた。

 「耳が物理的に痛い…。しかも、金剛は起きもしないし。」

 「聞こえるようになりました?」

 「うん」

 「ちなみになんですけど、金剛さんは司令が抜刀する直前に起床されまして抜刀した直後に気絶されました。」

 「ええ……。」

 気絶したと言われる金剛の様子を見る。

 「……。」

 明石の言う通り彼女は白目を剥いて気絶していた。目蓋を優しく撫でて目を閉じる。きっと、この光景は夢の一部として金剛の胡乱な記憶になるだろう。夢の話は置いておくとして彼女が起きた後に妙ちくりんな事が起きかねないし、あられもない格好でうろつかれると僕を含めた全員の精神衛生上よろしくない。ついでに麻酔銃で追い討ちをかけようとも思ったが目的外の使用は規律に違反する可能性があるし、良心が痛む。簡単に言うと『麻酔銃で眠らせるのは違う』って話だ。

 どうにか金剛を布団で強固にくるみ、明石の方に向き直る。先程の聞こえない期間、彼女がもう一振の刀をこちらに薦めていたのを覚えていないほど僕は耄碌していない。

 「こっちは何?」

 短めに要点のみを聞こうと口を開いた。

 「そちらは緊急時に司令官でも対処可能なように作成した対深海棲艦用の刀です。先程の脇差と比べてエフェクトは無いですが、深海棲艦の装甲は容易に切り裂けます。オプションになりますけど、爆破による斬撃のブーストも可能です。」

 「物騒なオプションの提案ありがとう。しなくて良いから、マジで。また自爆するとこだったよ。」

 「デスヨネー。」

 オーダーメイドの武器を少し見ようと思い鯉口を切る。鞘からぬらりと出てきた刀身は素人目に見てもどこか妖しさが宿る。現代社会に妖刀とは何だか妙な話だが、得も言われぬ何かがある。

 「この刀、素材は?」

 「廃棄された艤装から少々くすねたものとその他の金属をたたら製法で丹精込めて叩き上げました。」

 「なるほどね。」

 得心がいった。この装備には何かあると言ったが、こちらの身を案じた愛が籠っていた。ただそれだけだ。まあ、素材をくすねたのは後で査問という名前の説教するけど。

 「これは皆を護るときに使うよ。」

 「ありがたく思います。ちなみになんですけど…。」

 「?」

 「まだ銘を入れて無いんですよ。どうします?」

 「明石で良いんじゃないの?」

 「いやー、男子だったら自分の刀に名前付けたくなりません?」

 「確かに。」

 物凄く首肯する。とある県の名産の人形以上に首を縦に振る。性別の括りで語られてしまうのは少し遺憾ではあるが自分の装備に銘を入れられるのは正直に言って嬉しい。

 北上や大井を彷彿とさせる浅緑の柄の脇差を手に取り、

 「じゃあ、脇差の方は『護朋刀』にする。朋を護る刀ってことで。」

 と名前を付けた。

 「なるほど。」

 業務用端末に何かを書き込み始める明石。メモしてくれているのだろう。

 「それで本差はどうします?」

 金剛の勝負服である制服を思わせる黒の柄の本差を手に取る。

 目の前で鯉口を切って刀身を僅かに見ては納刀し名を考える。

 「うーん……。」

 金剛……金剛山……寺……仏像……………よし。

 「『不動』ってどう?」

 「少し捻りました?」

 「ちょっと考えた。」

 「して、意味は?」

 「最前線で堂々と立って皆と国を守るって感じ。」

 「了解しました。刻印が終わったら納品します。」

 「お願いするね。」

 トントン拍子に話が進み、銘が決まるまで約三分。もう少し凝った方が良かっただろうかと考えるが、二十数年生きてきた人生で直感で出したものの方が通りが良かったことが多いため訂正するために彼女の背に手を伸ばすことはしなかった。

 

 「提督、おはようネー。」

 昨日の金剛の夜の声は一段と記憶に残るものだったことを挨拶よりも先に考えてしまうあたり僕はまだ若いらしい。

 「うん、おはよう。服着てね?」

 もうすっかり見慣れた肢体ではあるが公私の壁が物理的にも雰囲気的にも薄っぺらいため早急に人様に向けて見せられる格好をしてもらわないと色々と困る。

 布が擦れる音が何か掻き立てる。戒めるため自分の頭を強めに小突く。痛みのお陰で平常心とジンジンと脈動する頭皮を得た。

 音が消えた頃に金剛の方へ向くと、ボサボサの髪なのに整った顔立ちとのたまらないギャップ要素をぶち壊すよれたジャージを着ていた。端的に換言すれば、ムラっとくるのがアホらしいレベルの残念な格好。それでも反応してしまう自分の性癖の方が余程アホらしくて仕方ない。

 まあこれも人様にお見せできる格好ではないが、建造されたままの姿よりかは通りが良い。なんというか日曜日の昼頃に起きたOLを見ている感じと言えば諸兄にはご理解頂けるだろうか。

 「んー……。」

 そんな意味不明なことを脳内に巡らせているとまだ眠い金剛は再び布団に入ろうとしていた。

 「はーい、お早う。」

 無理矢理掛け布団を引き剥がすとほんのり暖かい。ついでに、ふわりと匂う本能を誘うフレグランス。言及するとマズいためここで止める。

 「さ、寒い。」

 布団を手に届かないところまで離すと金剛はフルフルと震えだした。冬はこれがキツい。それは分かる。分かるのだが、起きた以上個人としての活動をしてもらいたい。白状すれば理性の緒が一段階切れました。まだ、九十九段階あるけど勘弁してください。

 「寒いところ悪いけど部屋に戻って?」

 「ん~……?」

 生返事が返ってきた。ただ、語尾がしっかりしてきたのを僕の耳は聞き逃さなかった。そろそろお帰り頂けるかと安堵しかけたその瞬間。

 「聞きたいことがあるの。」

 「お、おう。」

 いつものカタコト口調とは違って日本語然とした話し方で話しかけてきたものだから僅かにたじろいだ。

 「さっきのカミナリは何だったの?」

 「あー……。」

 そういえば先ほど明石が金剛について言及していたことを思い出した。『抜刀直前に起きて抜刀直後に気絶した』と。寝ぼけている弾みで見落としたものと勝手に思っていたがそうではなかったようだ。

 誤魔化すのも変だし、先ほどまでの明石との一件を要点をかいつまんで話した。

 

 「なるほど……とはならないネー。」

 エンジンがかかってきたらしくいつもの話し方が顕在化した。

 「まあ、地上の雷の理由とか気絶した理由が分かって良かったじゃん?はい、解決。昨日あたりキミの妹達を昼まで出禁にするのも骨が折れたし……顔見せるために帰った帰った。」

 物凄く適当にはぐらかす。事実と嘘が混ざってるがどれが本当かはこの際放置しておく。

 「いや、そうならないデース。」

 ダメでした。

 「えーっと、ダメ?」

 「忘れたノー?最終的にシスターズをなだめたのは?」

 「こ、金剛デース。」

 昨夜、微妙に御しきれなかった金剛の妹達を夜から朝にかけて出禁にするのに終止符を打ったのは長女たる彼女だった。思わず口調が移ってしまったのか割といい加減な返事をしてしまった。

 「ネタにしないの。」

 「へい。」

 無論、怒られた。それはそうだ。パーソナリティを貶めるのは人道に反する。ただ、たしなめた彼女の口調は馴染みのある人間だからこそ出来る会話のパーツであることを認知したようなものだった。要するに、親しい仲だからこその頭を使わない軽口の一部として流してくれた。その恩には報いよう。

 「早速、雷落としに行くネー。」

 「はい?」

 前言撤回。何を言い始めたのこの子?

 「Let's go!」

 「I REFUSE!!!!!」

 「問答無用ネー。」

 「拒否権を行使する。」

 「朝の余韻を台無しにされたから八つ当たりする。」

 急にガチのトーンになるじゃん?!そんな僕の心中はお構いなくずんずんと肉薄する金剛、何かするなと身構えたが通り過ぎた。安堵しようと息を吸い込み始めた瞬間、首が締まった。文字通りの問答無用らしく襟を掴まれズルズルと引きずられ始める僕。

 視線が低い。そしてだんだんと奥行きが増していく廊下。

 「ちなみに誰に?」

 「ふふふ……」

 「ヒエッ」

 聞いちゃいない。

 数秒としないうちにドアを勢いよく開ける音が背後から聞こえる。 「HEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 「ブッッッッッッ?!」

 かしましいとかにぎやかとかそういう次元のボリュームではなく近所迷惑、というか公害レベルの声量での討入り。ドスのせいなのか何なのかは不明だが、母音に濁点が混じっている気がする。そんな声に思わず先ほどまで僕の部屋にいた部屋の主たる明石が飲み物を吹き出してしまっていた。

 「うるさっ?!」

  思わず素のリアクションが出てしまう。何度目だろうか素のリアクション?

 それはさておき八つ当たりとは明石にだろうか?

 「あーかーしーー?」

 顔を見なくてもどんな顔なのか理解してしまう。恐らくだが、前髪が影になってて目は見えにくくドス黒い笑みを浮かべている感じだろう。

 「ひいいいいいいいいいい?!!」

 沸点を超える怒りを目の前にし急にテンションが下がって冷静になりつつある僕。

 ポキポキと関節の鳴る音が背後から聞こえる。襟の締め付ける感覚が解けたのを感じた僕は金剛のボルテージについて今さらながら考察を始める。

 いや、考察するまでもないことなのだが寝起きに衝撃的な光景を見せつけられて微睡みの感覚をショックにすげ替えられたのは割とイラッと来るのは適当だ。それに原因の一端を担ってしまった僕に怒りを向けられない以上に、本来向けられるはずの二人分の怒りを明石が一身に受けてしまっていることが現状であると考えられる。

 「いやいやいやいや?!!!!座りながら考えてないで助けて下さい?!!!!」

 振り返ってみると、明石がへたりこんで後ずさって壁際まで追い詰められていた。まるで、親父狩りにあったリーマンと不良のボス格みたいな感じだ。

 感心してるフリをして呆けるのは頂けない自分を省みるのは後にして怒れる大金剛石を背中から言葉で止めにかかる。

 「はーい、ストップ。」

 「止めないで下さい。一発かまさないと気が済みません。」

 「あかしー?」

 「ひゃい?!」

 輪にかけてシリアスなキレ方をしている金剛。これは開発続きの明石の手に余る。かと言って、僕にも御せるかは分からない。普段から温厚でニコニコしていてぶちギレないアベックの片割れが怒髪天なのだから明石の返事も上ずっているのはしょうがないことだ。

 このタイミングで悪魔的な閃き。インドアな原因がヤバいならアウトドアの元気な原因に押し付ければ良いじゃないか、と。

 字にすると意味が分からないが、早い話ヘイトを別の方に向けて時間稼ぎをしようという腹だ。

 「あの脇差を作るきっかけになったのって誰だっけ?」

 「こんな時に何です?!!!」

 ヒタヒタというかズンズンという可愛らしさのある擬音を立てる訳もない金剛の顔は鬼気迫るものだった。口から高熱の吐息を出し、目は朱く閃いていると言っても言いすぎではないと思える程に。普段挨拶の度にこちらに振っている華奢な腕は、今や見る影もないほどにミチミチと音を立て、血管を浮き上がらせ、隆々と有り余る力をチャージしつつあった。

 「貴方退いて、その人殴れない。」

 考えが、思考が、アイディアが帰着しつつある僕は自分でも驚いてしまうことをしていた。二人の間に割って入っていたのだ。

 文言というよりかは口調から呪言だと思える程に金剛は怒っていた。場にふさわしくないのは正論なのであるが、力みが強ければ強いほどいなせるチャンスはあると確信している僕ははにかんだ。

 「まあまあ、明石、誰がアレ作る原因だっけ?」

 「川内さんですうううううぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 明石の慟哭ともとれる悲鳴が部屋を裂く。

 その悲痛な祈りが、かすかな願い、僅かなる思いが金剛に届いたのか彼女の紅い眼光は僕と明石とは異なる方へ向いた。閃光一閃。赤い軌道は不規則な線を描き部屋を去った。

 「た、助かりました、司令。」

 「そう言っても時間無いよ?」

 遠くから二人ほどの悲鳴が聞こえた。絹を裂くような悲鳴とまた悲鳴。声色から長女の川内と三女の那珂のものだろう。神通は表情を変えずに気絶したのだろうか?

 とりあえず、保護する必要があるため最新版のステルス迷彩を明石に被せる。

 モゴモゴと何か言っているようだが、僅かに歪んだ景色が動いているだけでこちらは何を言ってるか分からない。

 いつぞやの瑞鶴に被せた奴の改良版で、足跡、温度、臭い、電波や公害レベルの音に至るまで中から外への情報の発信を完全に誤魔化せる代物だ。外から中は普通にシーツ越しに聞く、見るものなのだが。それに、空間の屈折率も小数点数十桁レベルまで自律計算して辻褄どころか景色そのものに擬態してしまうやべーやつ。まあ、開発頼んだの僕なんだけど。

 そんなことを思っているとポケットから振動が伝わる。

 『お手数おかけして申し訳ないです。』

 『良いよ。それはそれとしてちょっとずれといた方が逃げれるよ。』

 『え?』

 明石のチャットに気付き返信が終わった瞬間、金剛がダクトの格子を蹴り飛ばして研究室に闖入してきた。

 何をしてきたのか、先程の悲鳴で目に浮かんでしまうが、多少気が晴れたようで彼女の目に先程のような猛る獣は宿っていなかった。

 「あ、な、た?」

 「なした。」

 「あの子はどこ?」

 けれどやっぱり目は笑ってなかった。怖いんじゃが。うん、プランAに変更なし。このまま疲れるまで消耗させて寝かせよう。なんで朝からこんなことになってんだ?

 「確かにシェルターに閉じ籠るとか何とか言って研究室の奥に行ってたな。」

 「了解ネー。」

 よし、ヘイトが虚空だ。ついでに、消耗デバフを付与。

 「金剛、ちょい待ち。」

 「What?」

 「その時、『あたし、暫くマンガ読んで引きこもってまーす!』ってすっげえ清々しい笑顔かましてた。」

 「《自主規制の四文字言葉》」

 颯爽、そんな言葉の爽やかさは今の殺りにいっている彼女には似つかわしくない。高速戦艦とはやすのも違う。なんと言うか人って怒るととんでもないスピードとパワーを自力で出すんだなあと思わず感嘆してしまう。

 ドアを破壊せんばかりに開閉して暴れまわる彼女を尻目に、先程から猛烈な振動を繰り返す僕個人のスマホを手に取る。

 『何言ってくれちゃってるんですか?!!!!』

 『消耗狙ってんのよ。寝たタイミングで連絡頂戴、後で理不尽極まる説教しておくから。』

 『気が気じゃないです。』

 『あー……ファイト!』

 『そんなあ!!』

 どうにか明石が荒れ狂う金剛に見つからないようにとささやかな祈りを捧げ、部屋を出る。

 この後二人がどうなったかを知る者は割といるという。

 なんなら僕も知っている。

 まあ、それは後の話にしておこう。

 

 自分の部屋、執務室に戻るとビスマルクがいそいそとコタツの準備をしていた。机の上にはオスカーが座ってビスマルクを見据えていた。

 「うるるなあん。」

 字にするとこんな感じなんだろうかと思ってしまうほどに独特な鳴き声をあげるオスカー。飼い主に誰か来た旨を伝えているのだろうか。

 「どうしたの、オスカー……。あら、Admiralじゃない。ようやく帰ってきたのね。ほらほら、入った入った!この私がコタツ?とやらを温めておいたんだから!誉めてもいいわよ?」

 「よっこ……さみぃ…。」

 思わず出た声をキャンセルして思わず出た声。温めたってなんだよとツッコまずにはいられない程にコタツ内部も床も冷えていた。

 「えっ?!嘘っ?!冷たっっ?!」

 ビスマルクも寒さに気付いた、気付いたというかなんか気付かざるを得なかったというかなんというか…。さっきまでの問答による糖分不足と筋肉の冷えが余計に思考をほどいていく。早い話、かんがえるきりょくございません。

 「おべべべべべべべ」

 「ひえっ…」

 「シャアアアアアアアアアア!!!!」

 「この世は気触れに厳しい。」

 寒くて辛いのは事実なのだが、ふざけているのにこの風当たりは酷い。思わず何か世間的にみて妙なことを口走った気がする。というかオスカーまで酷くないか?

 「ほら、昨日までまともにモフってきた人が変なこと口走るから怒っちゃったじゃない。」

 「すまぬ、寝かせてくれたもう。おの字。」

 「なぁーん。」

 切り替えが速いのは飼い主に似てないなあと思いつつ、言葉を解しているらしきオスカーを手元に引き入れる。息を思い切り吐き出し、オスカーのお腹に顔を埋めて一気に吸気。独特の匂いが脊髄と脳を痺れさせる。たまんねえ。

 

 ぬこはんの匂いに意識を委ねてどれほど時が経っただろうか。コタツが温まってきて、冷え性気味の足が生気を帯びる。冬場の僕の足は壊死とまではいかないが酷く血色が悪くなる。そんな足が心地よい温かさを持つとどうなるか。簡単だ、眠くなる。

 

 不気味なエキゾースト、ニャン気筒エンジン、そんな胡乱な単語が頭を過り始めて数秒。顔をあげるとオスカーが寝ていた。

 「寝てた、か。」

 安心する眠気をふるふると振り払うと共に、眠る前に感じていなかった圧迫感が左半身にあった。何故だろうと疑問に思い、左を見ると金髪の美女が僕の肩に頭を預けていた。処理能力が落ちた頭では、性癖の塊の据え膳が置いてあるという何とも獣染みた考えが浮かんでしまう。

 「せーの。」

 自分の頭に拳骨を一発かます。

 痛みと共に三大欲求をリセット。理性のアクセルが2速に入る。

 改めて左側を視る。

 すうすうと寝息をたてて僕の肩で寝ているビスマルク。こうして見ると、艦娘は総じて美人が多いことを改めて痛感する。理性が無ければ、ハーレム三昧、妊婦と子供だらけになるのも頷けてしまう程に。

 「いっせーの。」

 流石に利き手でもう一発を入れたくは無かったが、寝ている人を起こす訳にもいかないため利き手で自身に焼をいれる。

 加速する欲求のエンジンにクラッチを踏んで、理性のアクセルと思考のギアを無理矢理6速に入れる。表現が変なのは頭をしばいたせいだろう、きっとそうだ。

 どうも、温まるのが遅いコタツに業を煮やしたのか僕の所に入り込んできたらしい。そのまま寝落ちしたようだ。

 そういえば、ビスマルクも錬度がかなり高い方だったな。入り込むという算段に抵抗が見受けられないのはそのためだろう。

 さて、起こすか寝かすか。

 そんなことを考えようとした矢先、オスカーが起きて伸びてこちらにのそのそと向かってきた。

 「にゃあ。」

 一鳴き一閃猫パンチ。いや、一閃とは言い過ぎた。緩慢とまでは言わないが、かと言って一閃とも言えないなんとも絶妙な速度の猫パンチがビスマルクの額にクリーンヒット。

 「う~ん…」

 気付けは上々。

 「もう一回やって、ぬっこはん」

 「にゃ」

 てしてしとジャブをビスマルクの額に浴びせるオスカー。

 「んん…?」

 眠りから覚めつつあるビスマルクはカタツムリもかくやと言う感じに緩慢な動き。

 「おはよう。」

 「んみゅ……おやすみ。」

 「オスカー、頼む。」

 「フシャ!」

 純白の半紙に一筆一閃。オスカー渾身のストレートがビスマルク眉間にヒット。

 「……~っっ!」

 効いたようだ。ご丁寧にというかなんというか綺麗な肉球のスタンプ跡がくっきり。

 「起きた?」

 「…起きたわよ、もう。」

 「なぁん。」

 「おはようお寝坊さん、だって。」

 「オスカーはそんなこと言わないわよ。ねー?」

 「………。」

 「え?」

 「…ククククク」

 ビスマルクの腕の中に抱かれたオスカーはなしのつぶて。本当に人語を解しているのではないだろうかと思ってしまう程にこの無言は雄弁であった。思わずビスマルクが本気のトーンになってリアクションしてしまっている。

 吹き出しかけたが我慢我慢。

 「して、なんで入ってきたの?」

 「寒かったから」

 眠さが抜けてないのかかなり素直に答えたビスマルク。いつもは何か煮えきれないというか歯切れが悪いとか…ある程度の駆け引き的なものが生じるのだが…眠気ってすげえな。

 「勘違いするし、されるぞー。」

 気の無いことを棒読みで言う。

 「良いわよ、別に。」

 声色に眠気が混ざってる肯定。真に受ける方が阿呆というものだ。寝言にマジになる奴がいるかって話だ。

 「そんなこと言ってると襲撃されるぞー。」

 「誰にー?」

 するすると腕を絡めつつあるビスマルクに牽制のつもりで脅しをかける。なお、棒読みである。

 「金剛。」

 冗談気味に言った筋を通さねばならない相手かつこの鎮守府の大御所の名前を口にした。ビスマルクの眠気は顔面から消え失せ、あるのは蒼白。そして、聞こえる一人小隊の軍靴の音。 「HEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 日を跨いでの三度目の正直。噂をすればなんとやらだ。

 「いや、うるさい。」

 「ヒッ…!」

 ほれ、ビスマルクが恐怖しとる。しかし、流石軍人というべきかなんというか。それじゃ普通に分からんな。彼女の恐怖した顔は瞬時に鬼の形相に変わり脱兎の如く逃げ始めた。しかも、窓ガラスは割らずに出ていった。単純にすごいという小学生もかくやという感想しか出てこない。いつぞやの誰かに見習って欲しいなあと目線を送ろうとするも既に執務室は僕以外、人っ子一人居ないという。

 「ぶみぃ。」

 猫っ子はいた。

 「お互い面倒だねえ。」

 「なぁー。」

 「合いの手が人間なのよ。」

 「み?」

 なんとも要領を得ない会話なのだが、それでも良いかと思ってしまうほどに眠気がしてきた。

 「オスカー、おいで?」

 胡座をかいた自分の足をとんとんと叩きオスカーを招く。

 「……。」

 朝と今の一悶着で疲れているのだろうか?黒髪の少年が自分の膝元に座る幻を見た。朧気な視界と意識はうつらうつらと現を後にした。

 

 気が付いた。

 いや、目が覚めた。

 「ふぁあ……。」

 良く寝た。

 ……今回の覚醒は急くことはないためゆっくり起きる。なぜか思考が回り始める。

 足にあった黒い温もりはいつの間にか無くなっていた。喪失感というか虚脱感というか郷愁というか……一抹の寂しさというのがしっくりくる。長いな……、まあ、オスカーどこ行ったってこと。

 炬燵布団をめくると、赤橙色に照らされた黒い塊が身震いした。首のない巨漢が掌に備えた口を振り回しているとかそういう神話生物的なムーヴをかますわけでは断じてない。まあ、足よりは熱源の方があったかいのだろう。オスカーは贅沢にヒーターの真下を陣取っていた。

 「懐かしい。」

 口についた言葉がこれ。小さい頃はあんなに広く高い炬燵が今や潜った瞬間にヒーターと接触して火傷しかけるものになっていたのをつい思い出してしまった。

 「オスカー。」

 炬燵布団をめくって上半身を突っ込む。そのまま半ば野良とは思えない艶のある黒猫の毛並みを楽しむ。

 頭にヒーターが直に当たり上半身が熱くなってきたその頃、障子をノックする音が聞こえる。

 「どうぞー。」

 オスカーを驚かせないように極力普通の声量で返事をする。

 「失礼します。…何をなさっているんです?」

 困惑している事務職をしている感じの声が聞こえた。声の主は大淀だろうか。

 「大淀も入ってみなよ。分かるから。」

 「は、はあ。……それでは失礼します。」

 訝しむというかおっかなびっくりというかそんな感じで炬燵布団をめくる大淀に思わず居酒屋に恐る恐る入る新人のOLをイメージしてしまった。

 「あら、猫ですか?」

 「そうそう、ビスマルクんとこの。かわいいのよなあ。」

 「は、はあ。」

 「まあま、ずずいっと。」

 「お酒のノリじゃないです?呑んでるんですか?」

 「流石に飲んでないよ。それよりも……ほらほら、お腹のあたりが背徳的だよ。」

 「明石が動物飼わない方針って言ってたって聞いたんだけどなあ。」

 「ん?何か言った?」

 「いえ、何でもないです。」

 「ほらほら、オスカーだよぉ。」

 丸くなっているオスカーをほんの少しずつ大淀の方へ動かす。

 「失礼します。」

 もふっとした毛並みが大淀にかかる。換毛期が終わっているためもふがもふもふもふしてる。もふを堪能し始めたのかとても長い呼気と吸気が炬燵を覆う。

 ほどなくして、

 「zzz……」

 「寝た?」

 気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。ニャン気筒エンジンもスロットル回してる。ご相伴させた人間がご相伴に預かるのも変な話だが、この鎮守府では、もとい僕の回りには変な話ばかりだ。今に始まったことじゃない。さてさて、寝始めた大淀を起こすのは若干気が引ける。かと言って起こさないのも事が進まない。よく見るとウチの近況、もとい制服事情では珍しく制服を着ている。上半身だけ制服とは思えないため炬燵の外はあられもないことになっていることが想像に難くない。絶……いや、なんでもない。

 さて、どうしようかと思案を始めようとした瞬間だった。

 「ふぃー、ようやく逃げ…何してんの?大淀。」

 「…はっ?!あ、ああああ、明石?!」

 「おはよう。」

 同僚を見咎める…、困惑している…そんな感じの明石。

 まあ、そうなるよな。丸見えだもんな、何がとは言わないけど。冷静に判断してはいるが、こちらは頭が物理的にヒートアップしている。

 モフモフが名残惜しい…けど暑くてたまらないため、炬燵から撤退。

 するりと頭を出すと、同じタイミングで頭を出す大淀の姿を見た。やはり、短いスカートを携えた制服のまま相伴に預かったらしい。明石は明石で死に物狂いで逃げてきて、レッドゾーンと見せかけたセーフゾーンに駆け込んだかと思ったら同僚のとんでもないとこを見てしまい思考停止。だよなあ、同じ立場なら情報量多くてフリーズすると思う。

 「なんでここにいるの?!」

 「ええっと……こっちもあなたが何してたか聞きたいんだけど、大淀。」

 焦燥と困惑。

 テンパりとフリーズ。

 そんな二人がこちらを見据えるのに数秒とかからなかった。なして?

 

 二人のいきさつを聞きつつ、僕が持つ情報を開示。

 『なるほど。』

 三人の唱和。

 つらつらと書くと面倒なので簡潔に二人のいきさつをおうむ返し。

 「早い話、明石は静かになったからラボから出てきて、大淀は明石が見当たらないから総当たりの手始めにここに来た……と。」

 『はい。』

 なるほどなー。

 「司令はあれからまた金剛さん絡みの出来事ですか。大変ですね。」

 皮肉ではなく純粋にあの剣幕の被害者として同情する明石。

 「で、大淀は猫さんと遊んでたと。」

 「だって……」

 猫さんとは可愛い響きだ。あんなにマッドなサイエンティストぶりなのに。高性能産廃量産機なのに!

 「まあ、オスカー勧めたのは僕だからね。特に言うことはないよ。」

 「なあん。」

 張本人が『お呼びで?』と言う感じで炬燵布団からぬらりと出てきた。

 「私もモフるー!」

 明石がオスカーに飛び付こうとした刹那、ホクホクした表情から絶望の表情に変化したのを僕は見逃さなかった。

 軍靴が、鉄血艦隊が、絶望が窓からやってきた。

 なんというか、苦労してボスを倒したと思ったら裏ボスとの連戦になった感じ……?

 意味が分からないだろうが、少なくとも眼前に激昂した金剛が現れた明石にはそう見えるかと思われる。

 

 この後、悲鳴を響かせながら廊下を全力で逃げ始めた明石と僕の声を完全スルーしてるレベルにタービンをガン積みして明石を追いかけ回し始めた金剛を尻目に僕と大淀は呆然としていた。

 

 

 

 

 バレンタインの次は白日だろう?

 左様でございます。

 時は飛んで3月14日。

 多が一のために奮闘する日から一が多のために奮戦する日。戦力を拡大するほど苦闘が強いられる日。

 いや、司令官権限で踏み倒せばそれで済むのだが、今まで尽くしてくれた皆と文句を言いながら全員に礼をしてきた今までの自分に申し訳がたたなくなるから、そんな蛮行は御免だ。

 「さあて、今年は何にしようかな?」

 そんなことを口にした。

 クッキー?飴?フレンチトースト?パンケーキ?

 …ううん、自分が食べたいものばかりが出てきてしまう。

 どうしようか本格的に悩み始めた丁度そのとき、仕事用のタブレットから通知音がした。操作して何の通知か確認すると明石から例のごとく完成品の試運転に協力してくれないかという打診だった。先日の出来事から少しは懲りたのかと思ったのが間違いだったことを数分後に知る羽目になるのだが今の僕は知る由が無かった。…まあ、呼び出された時点でっていうとこはあるのだが。

 

 研究室前。

 ろくでもないものが増産しているであろう現場に赴くのは何回目だろうか。数十回はくだらないだろうが…。まあ、呼び出されてほいほい行くこちらもおかしいのだろうが。いや、おかしいわい。

 自問自答をしつつ、何回捻ったか分からないドアノブを今回も回した。

 くつくつくつと笑う明石がそこにはいた。普段の笑い方が快活なものならば、今回のは悪辣というか悪趣味というかそんな感じだなあ、と直感してしまうレベル。この笑いが引き笑い、ひいてはドン引きする羽目になるのをこのころの職員一同と僕は知るはずが無い。

 「ふふふふふふふふふ、ついに完成しましたよ。対提督用の秘密兵器が。」

 「帰る。」

 「ちょっ?!居たんですね?!すいません、タンマタンマ!!待って!止まって止まって!!!ああああ!!!お客様お待ちください!!困りますお客様あ!お客様ああああああ!!!!!」

 「いや、うるさいし帰る。」

 「すいません、本当に仕切り直させてください。あとで何でもしますから。」

 「ん?」

 ここまで様式美。何でもというので一回だけ情けをかけることにした。

 「まあ、冗談はおいとく。一回だけプレゼンして。」

 「感謝の極み。」

 ネタの応酬。これでも、会話が銀河間ワープしてないだけマシな方である。いつもなら…、いや、やめておこう。脱線するし、当事者でない限り意味が分からない。

 「えーっとですね。とりあえず、迷惑をかけるのは大前提なので守秘義務ガン無視で依頼主の開示をしたいと思います。」

 「はい、信用ゼロ。」

 「まあま、恐らく大したことにはならないと思いますけど恥をかくなら皆で恥かいた方が提督的にはお得でしょう?」

 「道連れって話?」

 「Exactly、正解です。」

 この子に開発関係任せて大丈夫かどうか今更になって不安になってきた。まあ、何を今更って話だ。

 「それでは、依頼主の発表です。ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル…デンッ!金剛さん以外の全員です!」

 「えっ…ドラムロール人力だし、範囲デカすぎだし…なんなん?」

 キャラ何処行った儂。ん?金剛以外?

 「逆に金剛は何で拒否した?」

 「それは金剛さんが話したがらなかったから不明にせざるを得なかったですよ。他の皆さんは加賀さんや初月さんをはじめとした意見に付和雷同って感じですし……。」

 「ほう?」

 どうしたそうなった。

 「要領得ないですよね……。ええっと、話したがらなかったというか喋って貰えませんでした。」

 「ああ、こないだの確執?」

 「それは解消されてます!」

 甚だ疑問である。今でも口をついては愚痴ってるレベルなのに。世俗のさらに一部の界隈でいう『解釈違い』だろうか?恐らく使い所が違う。

 「ともかく、この機械の被験者になってください。」

 「待て待て、プレゼン以前に脈絡どこ行った?」

 逸り始めた明石に制止をかける。

 「そうでした。では、遅ればせながら本品のプレゼンテーションを始めさせて頂きたいと思います。」

 「わー」

 棒読みの完成と感情の起伏が見られない拍手。こちらの態度にムッとした明石は咳払いをしつつ、説明を始めた。

 研究者特有の熱というかテンションのぶち上げというか……早口と長文を捲し立てられてしまった。なので、頭が捉えた要点のみを端的に記す。

 どうも、『話題統制マシン』なるものらしく被験者たる僕のみに効力を発揮するとのこと。また、明石の妙なテンションのせいで大半を聞きそびれたが彼女自身の個人的趣味を多分に盛り込んだ話題をチョイスしたらしい。なお、効果範囲はプロトタイプということでこの府内全域らしい。

 「御清聴有難う御座いました。」

 パチパチとまばらな拍手。

 「ちなみに何か質問などは御座いますか?」

 何というか気張ってるOLのプレゼンテーションってノリだ。これからされることへのせめてもの足掻きとして何かしらぶちこもう。

 「はい」

 「どうぞ!」

 「この実験への肉体的、精神的負荷に対する賠償を求めることは可能でしょうか?換言すれば、どう責任をとるおつもりでしょうか?回答は3秒後にお願いします。3、2、1どうぞ。」

 「ええっと……そのぉ……あ、あははは……」

 「では、誠に勝手ではありますが当方の裁量による判断に委ねるということで宜しいですね?」

 「何するつもりですか?!!」

 「いや、こっちが赤っ恥かくのにそっちは痛手を被らないで笑ってるっていうのは流石に駄目でしょ?」

 「では、体で払います。」

 「こうだぞ。」

 あまりに阿呆な発言をパシリを引き受けたようなテンションで聞いたため、近場のジャンク品らしきものを拳で叩いた。当たりどころが良かった?悪かったのか分からないが珍妙な音を立てて爆散した。

 「ああ!私の渾身のジャンクっぽいジャンクが?!!」

 「結局ガラクタじゃねえか。」

 もう素が出ようがおかましいなしな自分がいる。

 「分かりましたよぉ。では、司令官が被った被害に対して現金と有給を充てます。」

 「だけじゃないでしょ?」

 「他の皆さんにも後日お詫び申し上げます。」

 「……まあ、なるようになるか。」

 それじゃあ何にもならないだろ、そう頭につけようとも思ったがいよいよ足が疲れてきた。話を楽譜にするならコーダが入り乱れているのかもしれない。オチを持ってこいって話だ。

 混乱し始めた頭に待ったをかけるように明石が話を進め始めた。

 「それでは、スイッチON!」

 ラップトップパソコンを弄って電源を入れた明石。電源が付いたというのは、件の機械らしきものが発光しているのがこちらから容易に視認出来るため分かることだ。

 「何か喋ってみて下さい。」

 肩たたき券を初めて親にあげた子供のようにキラキラした目をこちらに向ける彼女。

 「汝、深淵に何を望む。『何か言ってって言われてもなあ。』」

 「ぶっ?!」

 どうしてこうなった?これ、黒歴史製造機の間違いじゃないの?ともかく喋ったら駄目だ。

 「なるほど~。では、こっちはどうでしょう?」

 明石の指がキーボードの上を踊る。

 「何か喋ってください。お願いします。」

 親をくすぐったら余計にくすぐろうとしてくる子供みたいな目をしている。

 「あーらやだ、この子ってばもう。『やだ。』」

 「……くっ…くっ……」

 肘の内側で口許をおさえているが完全に笑いを噛み殺している。

 「後で覚えてなさいよ。『後で文句聞かないよ?』」

 「…くっ…ぶっ!!」

 吹き出してるし。しかも、手は別の生物と化しているのか文字の鍵盤を流麗に滑っている。

 「それでは本命のモードいきます。」

 実行キーを押すその瞬間に急に真顔になった。現状そのままなのだが、あえて言い表すのなら『抱腹絶倒しているのに何かしようと思い立ったら急に感情が無くなった。』という感じで言い知れぬ怖さがあった。端的に言うのならば『ヒエッ』ってなった。

 「今は品性を疑うモードに入ってます。ちなみに、今は小学生レベルにしてありますっ!」

 「◯◯◯ち◯!?『それってどういう…っ!?』」

 こういうことか……。つまり、下ネタモードと。

 「さしずめ、Y」

 「◯まる◯ぽ!『それ以上はいけない』」

 「ちなみに、原文と一緒に代替テキストとして提督の言わんとしていることをこのディスプレイに表示させています!」

 「◯◯◯◯?『なにこれ?携帯汚言症展開装置?』」

 「人の発明を何だと?」

 ニコニコしながら怒っているが、それはこちらのリアクションだ。

 「お仕置きです!中学生レベルに上げます!安心してください!規制音が厳重になりますから!」

 「◯◯◯◯『後でしかるべき報いを受けさせたる』」

 「……///」

 同性の◯のの単語を出したためか赤くなった明石。規制音突き抜けてない?大丈夫?

 「◯◯○?『自爆してる?』」

 「すいません、掃除でも何でもしますから喋らないでください。」

 「ぬるぬるアワビぬぷす『いや、フェアじゃないから。今のところこっちが赤っ恥かいてるから。何ならブレーキ壊れ始めてきたんだけど』」

 「えっ?!ブレーキかけてたんです?!」

 「二枚貝の真ん中に◯◯了『多分このレベルにすれば、社会人ドン引きのレベルかな?』」

 「何で裏コード知ってるんです?!」

 「きりたんぽにつうずるっこむ?!『こんなの裏コードとかバカじゃねえの?!』」

 いや、本当に何なの?歩く性癖拡散機どころか公害レベルじゃないか?

 「……ええっとですね?落ち着いて聞いてくださいね?」

 「お◯◯◯◯。『お、おう。』」

 神妙な顔をしている明石に思わず真面目モード。すでに不健全とか言わないで?

 「規制音が強烈になる代わりに提督のポテンシャルが解放されます。おっと喋るのは少し待ってくださいね?……この場合のポテンシャルというのは提督が普段セーブしている下ネタが解放されますし、なんならご友人同士の会話に出しているようなえげつないのも出かねません。一応、府内の職員の端末のメッセアプリに提督の言わんとしたことを意訳したものを表示するように仕込んでおきましたし現状も通達しました。なので、大事にはならないと思いますが出来れば会話は控えて頂いた方が言いかと……。」

 「丸の内三◯◯馬?『なあ明石?』」

 「…はい、何でしょう?」

 「サンチマンタリズムプレグナント『依頼主は金剛以外だったよな?』

 「え、えぇ。」

 「◯◯淋◯◯イズ。『じゃあ他の皆はこの事態を了承済みってことにならない?』」

 「そういうことになります。」

 「切◯モノA◯の本物はどこ?これが◯◯◯コーナーかよ。『じゃあ、いつも通りに喋っても良いわけだ。よし、行ってくる。』」

 「やめ」

 「◯◯◯◯レ◯◯ものは?『スケープゴートになるって言ってたでしょ?』」

 「うぐっ…」

 まあ、身代わりだけじゃ済まさんけどな。後で分からせる。

 さあ、掻き乱そう。こちらだけが事後承認なんて分が悪いにも程がある。

 

 開発室から出た僕は、ちんまりとしたてくてく歩く集団を見つけた。無理に艦隊と例えるなら輸送艦隊から軽巡洋艦と海防艦を除いた連合艦隊……駆逐艦ばかりの集団だ。

 「クソ提督、珍しく早起きじゃない!」

 「ご主人様、おはようございます。」

 「司令官、おはようなのです!」

 「お早う、同志。」

 曙、漣、雷、ヴェールヌイが挨拶をしてくる。普通に返したいところなのではあるが、汚言症にさせられてしまったこちらとしては口を開かないのが正解というのが絶対。

 頑として口を開くまいと口を固く結ぶ僕。

 いや、待てよ?

 全員が要望を出して、明石が形にしたのならこの子達も嘆願した内の八人ということにならないか?

 なら、惜しむ必要はないのでは?

 丁度、こういう状態になっているのは伝達されているし……。

 「◯◯から◯◯ボルケーノ『お早う皆。』」

 『ぶはぁ?!』

 ヴェールヌイ以外は失笑した。いや、正確に言うのならヴェールヌイも噛み殺した笑いを浮かべている。ただ、尋常ならざる事態に対して、先程通達されているメッセージを思い出したのかスマホを取り出していた。彼女の端末を見る者が増えると同時に発言の真意が伝わり安堵する者も増えた。

 「合意した◯◯◯もの◯◯とかリアリティー舐めてんの?『解決するまでこんな感じだから耳栓してスマホ見てもらえたら助かるんだけど?』」

 「同志、翻訳されてなければ汚水が流れている事態に関してどう思う?」

 「やっぱりスカート◯◯ものだよなあ。編集者さん?『それは申し訳ない。明石から取れるだけふんだくってやって?』」

 「全く、貸しにしておくよ?さっきから私以外の全員が呆けてしまっているからね。ほら、暁。お邪魔らしいから撤収するよ?七駆の皆も、ほら。」

 『ほへぇ~』

 「こんな調子だね。いくら翻訳されているとは言え暴力的な下品さだ。同志が筋を通すべき人間とは違うけれど、溜め込みすぎるのは毒だ。大黒柱を支える骨組みとして皆に頼ってほしい。」

 「やっぱり◯◯は最高だぜ!『古参組だからなおのこと有難い!』」

 「さて、私はそろそろ彼女らとシベリアごっこをするのでお暇するよ。до свидания(それじゃあ)」

 「マジッ◯ミ◯ー◯『それじゃあ』」

 「……はっ?!ちょっと響!シベリアごっこって何させるつもり?!」

 「ふふふ……。」

 「司令官?!止めて!!」

 「◯◯◯◯もので◯◯◯◯したい『すまん、歩く下ネタマシーンには無理』」

 「響ちゃん!?司令官さんは何て言ってるのです?!」

 「ΥΡΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑ!!!!!!!」

 「ちょっと?!話聞きなさいよお!」

 意識を取り戻した暁はヴェールヌイを止めようとしたが今の僕には止められない。翻訳機能で意図を知った信頼は祖国に賛辞を贈りながら7人を外へ連れ出した。

 シベリアごっこってなんぞやと思うが、恐らく何かしら数えさせるのだろう。そう思うことにしよう。

 

 普段なら被害を出すまいと避けるところだが、今回は考慮しなくて良い。何しろこちらは被害者だ。

 まあ、このヒートアップした思考から出たものは良くないものであるのは自覚しているのだが、今後こんな発明品が生まれないように楔を打ち込んでおく必要がある。だから、時間帯的に人が多いであろう食堂に向かった。

 

 年季の入った横開きの戸をスライドさせた。

 つい先日修理をしたばかりでするりと開く。

 ガララ、と音を立てて開いた戸は僕と食堂内の視線の隔たりにもなっていた。堰が崩れれば溢れるのみ。簡単に言うのなら、めっちゃ人がいるしこっち見てる。

 「公◯◯◯って楽しそう!『おはよう、皆!』」

 『ぶっ?!』

 全員吹き出してるし。前もあったなあ、こんなこと。クリスマスあたりの話だったか。

 「司令官?!どうしたんです?!」

 「司令は普段そんなこと言わないはず……。」

 焦燥というより狼狽している間宮と伊良湖。正直申し訳ない。

 「◯◯◯◯ものってやっぱり◯◯なんよ。『戦闘に出ない二人には本当に申し訳ない。』」

 『ぴっ?!』

 発言がとんでもないものであることと同時に手元の端末によって翻訳されていることを知らないためか二人とも気絶してしまった。

 このまま頭を打ち付けてしまえば、最悪の事態が想定される。それは駄目だ。僕が頭を張るというならもうあんなことは起こさない。あの時の龍田の青白い顔が僕の脊髄を逆撫でる。

 二人の間を無理矢理すり抜け、それぞれを片手で受け止めどうにか倒れるのを阻止した。僕の両手から変な音がした気がするがそんなのはどうでもいい。

 今の救出劇に喝采が起こるわけはない。ただ、発言といううわべが変わっただけで僕が持つ責任と覚悟は今の動きで伝わったようだ。

 何も言わずに鳳翔と龍驤、飛鷹と隼鷹が二人の介助をしてくれた。ありがたいことだ。ただの汚言垂れ流し男にはこの温かさは熱く感じる。

 先程の良くない考えを少し改めてこの場は工夫を凝らすことにした。

 私用のスマホから非通知で金剛の仕事用の端末に電話をかけた。呼び出し音が3コール鳴りきったあたりで彼女は応答した。

 「大変お待たせしました。柱島泊地です。」

 「突撃一番。」

 「了解ネー。」

 とあるスラングを言った。そして、了承の意を示した金剛は電話を切った。

 『???』

 海軍艦は首を傾げた。一方で、陸軍艦は飲み物を吹き出したり赤面したりした。誰だよ、こんな合言葉決めたの……儂でした。

 十数秒ほどで金剛は食堂に来た。

 「Hey!テイトクぅ!どうゆうsituationなのお?」

 「◯しい◯◯が。『歩く汚言症。』」

 「……っ!」

 何か顔赤くしてるし……。君に関してはいつも平気でやられていることでしょ?

 このまま垂れ流すのもやぶさかではないが、面倒になってきたためスマホを見るように身ぶり手振りで促す。

 「端末ですか?……あー、なるほど。犯人は懲りている様子の無いあの娘ネ?」

 首肯する。

 「なるほどネー。理解しました。」

 腕を組んで頷く金剛。

 「今から発言が不自由な提督のために翻訳係をするネー。」

 非常に助かる。これで、ある程度発言を気にしなくてもいいようになる。

 「それに……。」

 金剛がこちらの耳に口を近付けてきた。

 「夜のBURNINGな提督を知っているのは私だけでいいネー。」

 ちょっとゾクッとした。気持ちの良い音を聞く動画というのはこういう感覚を求めて再生されるのだろう、などと若干気持ち悪い考えを浮かべてしまった。

 それはさておき、試験運用してみよう。

 ゴニョゴニョ……。

 「『事の発端は明石と金剛以外の艦娘と伝え聞いている。その是非を問いたい。』って言ってるネー。」

 おお、正解。一緒に長い時間いるからかノリが分かってる。

 さて、この問いを受けた食堂中の職員は各々口々に弁明や釈明を図ろうとし声を発し始めた。情報と音の濁流に圧倒される。簡単に言うと、全員が一斉に言い訳しようとしているからうるさい。

 「Be quiet、静かにネー。」

 お局による鶴の一声というやつだろうか。夜の帷がもたらす静粛が帰ってきた。

 ゴニョゴニョ……。

 「えっ、私が決めるんです?」

 金剛が呈した疑問に対して首肯する。

 「じゃあ、シスターズ!出番ネー!」

 『はい!!!』

 姉妹達と呼ばれて出てきた比叡、榛名、霧島の三人。何故ホワイトデーの朝方に食堂にいるのかは今は不問にしておく。

 ゴニョゴニョ……。

 「皆の言い訳聞いてくるネー。」

 『Sir!YES sir!』

 散開を言い渡された三人は訓練された動きというのもおこがましいレベルで洗練された動きを見せた。あまりの流麗なムーヴにうっかり頑張れと声を掛けしてしまいそうだった。

 「提督、抑えて」

 "すまない"とハンドサインで詫びる。

 何人に聞いたのか、何分かかったのか、定かではないが少し時は過ぎた。

 神妙な面持ちで帰ってきた三人にはどこか達観というか悟りというか、気持ちが吹っ切れたかのような感情が出ていた。

 そして、互いを見合った三人は意を決したのか口を開いた。

 「Stop.」

 が、金剛がそれを止めた。何故だ?

 「一人ずつSpeakした方がLesseningし易いから、ワタシが指名するネー。霧島!」

 聞き取りやすさの重視か。なるほど。

 「えーっと、皆さんの話と私の話を統合したものを述べさせてもらうと……そのぉ……。」

 「??」

 普段の様子とはかけ離れた歯切れの悪さ。まあ、明石のあの様子じゃあ話せないレベルの言い訳出てくるよな。ついでに、自白までしようとしてるんだからなおさらだよなあ。

 「お姉様一人だけズルいってことです。」

 とかなんとか思ってたらストライクゾーンど真ん中の剛速球が飛んできた。

 『同じく。』

 比叡と榛名は左に倣った。……まあ、そうなるな。

 「榛名ぁ?詳細を話して。」

 おっと表情も声色も口調もガチだ。こうなると最早吊し上げだ。おお怖い怖い。

 「私たちだってもっと司令とお話したいんです!!でも!お姉様が独占するからこんなことに!!」

 待った。金剛の一方的な吊し上げと思ったら職員の総意を汲んだ比叡達姉妹のノーガードの殴り合いが始まろうとしてない?!!心なしか愛憎劇のプロローグの様相を呈してきた。嗚呼、頭痛がしてきた。

 「気合、入れて、往きます!!!!!」

 比叡も何か気合入れているし……思わず嘆息しそうになる。いつぞやの明石の不祥事の時の様な顔をし始めた金剛を尻目にしてしまえばこうなるのも仕方なのではないだろうか、などと脳内で弁明しても現状はどうにもならない。

 食堂に例のカミナリを落とす?トリガーハッピーする?一触即発な四人をテイクダウンする?

 頭に次々悪手が募る。

 ……いや、悪手は悪手でも一番酷い悪手が今の自分にはあるじゃあないか。淫魔じみた発想に思わずほくそ笑む。

 さあ、言祝ごう。

 まずは気合が入りまくっている比叡のエネルギーを発散させよう。策があることを激昂する金剛の肩を叩いて教える。ギロリと刺し貫くような視線がこちらに向けられる。が、何かあることを理解したのか、はたまた味方サイドに話しかけられたからか般若の形相は鳴りを潜めた。流石、初代の龍田轟沈の痛みを乗り越えただけある。

 温厚に、柔和に、懇篤に比叡に近づく。

 姉に食って掛かろうとした比叡は近づく僕を視界に捉えたらしく動きに戸惑いが見えた。そこに付け入る!!!

 比叡の両肩にふわりと手を添え、真っすぐ彼女の両の眼を見据える。

 「ひえっ?!」

 赤面しつつ上体を僅かに反らした。普段なら冷静に分析出来るが、今回は一触即発の雰囲気であるため手早く済ませることにした。

 排水溝をマイクに近付ける。分かりにくい?まあ、そりゃそうだ。言い換えよう、下ネタを垂れ流す口を比叡の耳にそっと近付ける。

 「ショートヘアの娘って正直◯◯甲斐しかないよね。つーか、僕の◯◯狙ってるでしょ?ぶち◯◯よ?『お姉さん取られるのと錬度上昇で気持ちぐちゃぐちゃだよね。それでも、さっき話したいって言ってくれたよね?なんならその内時間とるよ?』」

 「HEY!提督ぅ!Overkillネー」

 「◯◯『すまん』」

 怒髪天の金剛が真顔に戻っていた。端末を持っているため翻訳済みの文章が見えているのだが妹の放心ぶりにそうなってしまったのだろう。まあ、加工前があの文章なら仕方ないだろうというのもある。

 「はひぃ……」

 『比叡姉様?!』

 そして、比叡が膝をついて崩れ落ちた。放心の度合いに若干引いたが今は気にしているば……、いや、金剛真顔だしこのまま順当に落とすか。うん、即発から即解決良い流れだ、多分。嗚呼もう滅茶苦茶だよ。

 次は榛名にしておこう。

 「Hey、榛名。次は貴女ネー。」

 会話の小回りが利かないこちらに気を回してくれたのか金剛が代弁してくれた。ありがたい。

 比叡の時と同じくそっと間合いを詰める。まるで、友人や恋人のような気軽さで、親や祖父母のような優しさで、春の陽射しや秋の木漏れ日のような朗らかさで。

 背中にふんわりと手を回し、耳元でささやいた。

 「黒髪清楚◯◯◯美少女とかさ、◯◯◯ーでヌルヌルして◯◯◯がベチャベチャなんだけど責任とってくれない?『比叡や霧島と同じ感情なのは良く分かる。ただ、金剛に筋は通したいから執務室でゆっくり談笑するくらいで勘弁してくれないか?』」

 榛名は両膝から崩れ落ちた比叡と違って、浄化されたかのような清らかな顔で倒れた。勿論抱き止めたのだが余計に表情が洗練というか清浄化というか……最早燃え尽きたかのような、とかく綺麗な顔で意識を無くしていた。

 「野外放◯プレイって◯◯◯◯◯◯路地裏が安定だよな『どうすりゃ良いの?これ』」

 「そのままフィニッシャー入れてください。」

 困った僕は金剛に意見を求めたのだが、真顔&敬語。しかも片言無し。さっさと片せということらしい。

 仕方ないので霧島に歩み寄る。

 両手を広げ、胸を張り、体全体をゆったりと構え霧島にハグをする。そして、先程の二人と同様耳元で声を少し整えてささやいた。

 「眼鏡っ娘って眼鏡外すのも良いけど、かけたままの顔に◯◯ルマぶっかけて汚すのも乙だよね。まあ、練乳カーニバルとか言ってみるのもアリかもな。『いつもは姉妹と僕の五人で茶会を開いてるけどそれだと霧ちゃんはダメみたいだね。だったら、中庭の桜を見ながら駄弁るなんていうのはどうかな?』」

 来るなら来いと身構えた霧島は仁王立ちで散った。

 エクストプラズム的な物が口から出ている。なんなら鼻血も出ている。

 天に召されそうな霧島であった。

 ……じゃないが!!

 「My ◯◯◯◯◯ case.『金剛』」

 「事実でもTPO大事ですよ?」

 これ以上赤っ恥かくのは御免被りたいため近くによってひそひそ話に切り替える。あと、原文はちゃんと否定してくれ。

 ……ゴニョゴニョ。

 「後で全員反省文提出するように!」

 『えええええええええええええええ!!!!!!!!』

 いや、うるさい。追撃したろ。

 ……ゴニョゴニョ。

 「最低でも原稿用紙三枚以上、二枚未満の場合は暗室行き!!」

 『ええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 さっきの今でどこから出るの、その声。それと、僕が言ったのは説教部屋なんだけど……。もしかして、職員の間では暗室って言われてるの?まあ、照明簡素だけどさあ。うーん……。

 けれど、余計なことを思うより前に考えなければならない議題が頭に浮かぶ。

 「Hey,提督ぅ。」

 「?」

 「これってやっぱりあの娘の仕業なのぉ?」

 先程の質問と同じものに首肯する。どうやら、彼女も同じことを考えていたようだ。

 「流石に度が過ぎている気がする。」

 そして、普段からは考えられないくらいのマジトーン。

 ただ、僕はしばらくは反省するであろう施策を思い付いていた。

 ゴニョゴニョ。

 「それで止まると良いですけど。」

 そこはこちらも唸るしかない。

 「まあ、いざとなったら私が出ます。」

 ガチトーンが続いているのが何とも言えない……居心地が悪いといえばそうなのだが……。ともかく、程度をわきまえて欲しいと伝える。

 ゴニョゴニョ。

 「分かってマース。程々にネー。」

 あっさり了承。何かありそうだと警鐘を鳴らす心をどうにかねじ伏せ、食堂の天井を仰ぎ見た。

 

 「つーわけで、明石には『1日分の野菜生活と規則正しい生活ルーチンにおける客観的・主観的肉体及び精神の変化について』って論文もしくはレポートを用紙40枚程度で提出してもらう。」

 「え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"!!!!!」

 「声がきたねえ。アンド自業自得。」

 「え"」

 「うっさい。」

 再び騒音を撒き散らそうとしたので、明石の口を手のひらで塞ぐ。

 「大体さ、そっちが変な発明したせいで反省文とそっちのレポートか論文の類が大量にこっちに舞い込むことになったんだけど。」

 「確かにこちらが全般的に悪いんですけど、反省文とかを書かせるようにしたのは提督の意思であって流石に言いがかりでは?」

 「……しゃーないにゃー。」

 おもむろに立ち上がり、明石の耳元にすり寄る。そして、声を整え絶妙なくすぐったさが出るように息遣いを変える。

 「マチュピチュ。」

 「!!!」

 「はまぐり。」

 「?!!!」

 「マンゴー。」

 「???!!!」

 大分キテる表情をし始めた明石を尻目に説教部屋の椅子に腰をかける。

 「改めて聞くけど、こっちの苦労が増えたのは明石の発明のせい。OK?」

 「ひゃ、ひゃい……。」

 「宜しい。じゃあ、2ヶ月後にレポート提出。」

 「ふへへへ……。」

 蕩けた顔でトんでる……。近寄らんとこ。

 よし、退こう。

 装置の洗脳が解けた深夜帯、トリップしている明石を放置し執務室へと帰った。

 余談ついでにだが、今日はホワイトデー。まだ、こちらの下ネタマシーンから解放されてない僕からお返しをもらうのは嫌にも程があると思うが、金剛に同伴してもらってバレンタインの返礼品を配って回ったことをここに示しておく。

 

 

 明くる日の3月15日。

 暦の上では夏に達しかかる頃。地球温暖化のせいで暦がずれているせいか、年度の始まりから3ヶ月経って夏というのが一般的であるが、正確には1月から起算して3ヶ月経った4月頃が夏だ。だから先の言い回しに不可解な所はない。Q.E.D.

 益体のない証明を脳内で補完しておく。

 何せ、中庭に溢れる七分咲きの桜と差し込む木漏れ日を前にしては一個人の主観なぞ取るに足らない些事だ。端的に換言するならば、風流を楽しみたい。ただ、それだけのこと。

 「ふああ……。」

 摂氏20度はある心地のよい気温に思わず欠伸が出る。

 普段なら金剛がいるが、今は席を外している。

 一人の時間が必要な人間であると理解してもらっているからだ。他の艦娘も昨日の今日だからそっとしておいてくれている。

 そよぐ風。

 くすぐる潮風。

 覗く空から天津風。

 どこまでもフォーカスしてしまいそうな思考。

 普段なら仕事の邪魔になるから振りほどく思考だが、今は誰も邪魔しない。

 風にも様々な言葉がある。天津風、時津風、島風、神風……。ウチの駆逐艦ばかりじゃないか。どうでもいいけど、神風の大正ロマン溢れる装束はどうしても個人的に琴線に触れまくる。うん、神風型最高。朝風という神風型の次女がいるらしいが、お目見えしてはいない。かなしみ。

 ゆーて、金剛型の和洋折衷の服もストライクゾーンだ。

 うん、艦娘の制服考えている人に同志がいるのでは?酒でも飲みながらゆっくり語ろうや。

 見えない同志との乾杯を夢見つつ、心地の良い陽射しと慣れ親しんだ潮風に意識は緩やかに薄れていった。

 

 ごろごろごろごろ……。

 息苦しさと不可解な音、独特な臭いにゆっくりと目を開けると一面の黒。

 ただ、顔には木漏れ日とは違う小さな、それでいて生きている確かな温もりがあることが分かった。ついでに毛皮の類いが鼻をくすぐる。

 まさぐるように黒の感触を確かめる。

 どうにか両手で持ち上げて正体を暴く。

 「Zzz……」

 両脇から手を通されて持ち上げられても依然として寝ているオスカーが手の中にいた。

 「なして?」

 なぜ、猫が顔の上で寝ているのか?なぜ、ここまで懐かれたのか?なぜ、オスカーがビスマルクらドイツ艦の元を離れているのか?

 そんな疑問が瞬時に浮かび上がってきたが、次の瞬間には疑問達は潰え、オスカーを腹の上に乗せて再び微睡むことにした。眠いんじゃ。

 さあ、寝よう。そう思ってまぶたを閉じたその時だった。

 「コラー!オスカーダメじゃないか!」

 Z1、本人の弁を借りるならレーべが可愛らしい怒号をあげながらこちらに近づいてきた。文が変な気がする。プンスコしながら来たって方がしっくり来る。

 「邪魔してごめん、提督。」

 「……大丈夫だよ。」

 眠気を振りきれず、含みのあるような間が出来てしまった。

 「じゃあ、僕はこれで……。」

 後味と空気が悪いんじゃ。

 「コラ、オスカー。今日は僕達と海を見る予定だったじゃないか。ビスマルクが血相変えて探してたんだよ?」

 小声でオスカーを叱るレーベ。ビスマルクが探してた旨を聞いたあたりから段々と風に紛れて声が聞こえなくなっていった。

 出ていくレーベを尻目に見た時、同じくオスカーの捜索をしていたZ3、もといマックスが合流していた。

 手の中の黒いのと戯れながら廊下を悠々と歩いていくドイツ駆逐艦の二人。

 ふと、そんなドイツ艦達の様子を見て彼女達が如何にしてここに来たかを朧気ながらに思い出した。

 最初に、何かの任務を達成してレーベが来た。

 次に、レーベを旗艦にして建造を行い、「どうせ陸奥だろう」という予想を裏切ってビスマルクが来た。このあたりのタイミングでそこらへんの黒猫を見つけてオスカーとして飼い始めたのだと思う。

 その次に、どこかのEVENT海域でUボート……今は呂500なのだが……とかく、彼女が来たわけだ。

 最後に、またレーベを旗艦にして適当に島風を呼んだ物資の量を適用したところ十何回か建造を行い、マックスの呼び出しに成功した。

 "プリンツ"と呼ばれる艦がドイツ艦にいるようなのだが、呼び出せてはいない。何とも歯痒いというかもどかしいというか……。

 ドイツと言えば軍艦よりも戦車が有名な気がする。ヘッツァーやルクス、ティーガー戦車が個人的には好きだ。3号突撃戦車も。

 そう言えば、ウチにいる他の海外艦…………

 コマちゃんことコマンダンテストとか発音しにくいアクィラ、アクィラに比べれば発音しやすいリベッチオ、響もといヴェールヌイ……って、カウントに含めて良いのだろうか?あと、最近入ってきたポーラに戦争を忌む者ウォースパイト。余談なのだが雪風の改装候補に丹陽という艦名が挙げられていた時期があった。もっともすぐに霧散した予想なのだが。

 正直、改装したいのに設計図が足らないからということで一航戦の二人の強化が出来ない……。なしてって言いたいが、武蔵の改ニ改装を行ってしまったことやEVENT海域への対処の放置、近海海域への出撃を怠ったため等々、色々出てきたため思考を止める。今は都合の悪いことは考えなくても良いなのだから。

 上体を起こして、桜を見ながら三色団子に手をつける。

 もちもちとした食感にほんのりとした甘さを感じる。そして、しばらく風に当たって冷めた緑茶でフレッシュ。視覚、味覚、触覚、嗅覚、聴覚、五感を全て使って一人を満喫する。元々、集団行動は苦手ではないが人の細部が気になってしまう性質で自己犠牲の精神が強いのが僕だ。その代償ということでもないのだが、充電する時間として一人でいないといけない時間が必要なのだ。本当に久しぶりのリラックスタイム。満喫しなきゃ損も損だ。

 上体を再び平地にポジショニング。チラリと見えた池には逆さに映る桜が見えた。

 「風流だねぇ……。」

 再び桜と木漏れ日のダブルパンチ。

 うつらうつら、徒然なるままに、眠気に任せて眠る。

 

 

 

 「ぐがっ……?」

 気付けば夜だった。

 府内の部屋の明かりと差し込む月明かり。ライトアップされた桜が昼とは違う顔を見せる。

 雅というのはこういうことだろうと思いながら上体を起こして物理的にかぶりを振る。

 チラリと見えた風に飛ばされている団子のくしと倒れて転がる湯飲み。自明なのであるが色々あったらしい。

 意識が醒めると自覚し始める寒さ。

 春先とは言え夜は寒い。

 両肩を腕で抱きながら府内に戻る。おっと、後片付けを忘れていた。開けたドアを固定されるまで開ききってからくしと皿と湯飲みを回収する。

 中に入るとエアコンの駆動音が聞こえる。艦娘たちの甘い匂いも鼻腔をくすぐるが、食らいついてもいい職員はただ一人。貪る獲物はただ一つ。自身の中のどうしようもないオスを理性で叩きのめすことにした。

 匂いから臭いへのシフト。いや、匂いには違いないのだが……。

 言葉の違いが明確なので言い方を変える。"匂い"の対象を変えることにした。

 目を閉じ、甘い匂いを意図的に無視する。

 すると、どうだろう。

 食堂から漂ってくる美味しそうな匂いが濃くなってきた。この匂いは……揚げ物系だな。

 大好物の気配に足取りが軽くなったのを感じつつ、歩みを食堂に向けた。

 

 結論から言ってしまえば、鶏の唐揚げと先日の牛タンが肉、それと付け合わせにしては滅多矢鱈と多い千切りキャベツ、小さい茶碗に入った炊きたての麦飯が今日の夕食だった。

 まあ、油ものばかりだからキャベツが多くなるのも米が少ないのも納得だが内なる小学生が「もっと寄越せ」と、駄々をこねる。

 再び理性が「過去に戻ってしまう」と、叱りつけた。

 「……。」

 旨い飯の余韻に浸るでもなく黙りこくっている僕を見る視線を感じた。

 顔を上げてカウンター席の向こう側を見ると他の職員の食事の準備に汗を流す鳳翔が背中を向けていた。

 後ろを向くと談笑している職員たち。

 右を向くと、猪口を見つめる加賀がいた。酔いが回っているのか、はたまた思案に暮れているのかぼうっとしているようだった。銚子に手をつけることも無く、ただただ猪口を見つめていた。

 左を見ると、小さな手が目の前で振られていた。目線を下ろすとピョンコピョンコと跳ねる緑の髪が視界を埋めていた。

 「山風、髪がぐしゃぐしゃだよ?」

 頭を軽く押さえて跳ねる動作を止める。ついでに彼女の髪の毛を整える。

 「ぱぱ?もう平気?」

 「大丈夫だよ。」

 再三言うのだが、この小動物然とした艦娘は何なのだろう。いや、正体を問うわけでは断じて無い。父性が湧くというか庇護欲をそそられるというか……。思わず戦闘用の装備を渡すのを躊躇してしまうほどには。

 それはともかくとして、彼女の弁から思うに下ネタマシーンは健全になったのか否かを問うものだった。

 論より証拠というか論による証拠という感じで普段と同じように話す。

 「山風、どうしたの?」

 「んーん、なんでもない。」

 「そっか。」

 にこやかに去る背中を微笑ましく見送る。

 「でも、反省文あるんよなあ。」

 十分に離れた頃、つい口をついて出た。

 「ヘーイテイトクぅ。」

 「……どうした?」

 「子供が出来たらあんな感じなんだろうなって。」

 「ッ?!」

 不意打ちが過ぎる。タチが悪いことに後ろから小声で言ってきたものだから思い切り吹き出してしまい周りの目が白かった。

 「冗談にしてはボディブローが過ぎるぞ。」

 「冗談……のつもりでは無いんですけどね。」

 自嘲にも冷笑にもとれるため息をつきながら僕の隣にさも当然のように座す金剛。

 「Master、キープしてたボトル一本頂戴ネー。」

 「はーい。」

 注文を受けた鳳翔は厨房の奥へ消えていく。酒ってそんな奥にしまうだろうかとも思ったが、火気を遠ざける必要があるのだろうと得心しておくことにした。他に理由が無いとも言う。

 「提督。」

 益体もない思考に澄み渡る一声がよぎる。最近、シリアスになることが多い金剛が呼び掛けていた。

 「丸さん。」

 さらにだめ押しと言わんばかりに本名代わりのニックネームで畳み掛けてきた。

 「あのさ……。」

 こちらとしては望まない訳ではないのだ。確かに家庭を持つのは生物的にも世間的にも自然なことだ。ただ、遥か昔に立てた僕の仮説が正しければ生体兵器として生を受けている彼女達、艦娘達は生殖機能を極端にカットされている可能性が高い。いや、過去に成し遂げた司令官の事例があるので完全に希望を否定しきれるわけではない。

 言い淀んだ影でそんなことを考えていると、彼女が人差し指でこちらの唇を押さえてきた。

 「私は貴方だから望んでいるんです。正確に言うのなら……」

 言葉を濁す金剛は、僕から見て右側を向いた。

 倣ってその方向を見ると加賀がこちらを見ていた。さらに、ちょっと気まずそうにこちらに苦笑いを向けている赤城。

 「こんな兵器でしかない私達を人として見てくれている提督、貴方だから私達は望むんです。」

 いつもの笑顔とは違う慈愛を感じる微笑みが僕を捕える。

 じゃあ、お返しをあげないと不義理というものだ。

 「そっかあ、じゃあ今夜は寝かせたくないな。」

 「?!」

 「素直な金剛、僕は大好きだよ。」

 結局、僕はそこに惚れ込んだのだ。

 一緒に居ると落ち着く、というより顔と思考がリンクしている彼女の愚直さ……いや純朴さや素直さが僕にとっては居心地が良いのだ。

 ここに来る前の僕はどうにも表情や仕草、目線、声色などから人の心が分かってしまう。今もその気質は変わっていない。言葉と表情の齟齬やそれに伴う不誠実な応対に僕は常日頃ストレスを感じていた。そのストレスがトラウマの呼び水となって心の環境を増悪させていくというのが何とも酷い。一言で言うと無限牢獄だ。

 さらに言ってしまえば、拉致されて就業させられた当初……もとい、金剛と出会った当初は波乱に次ぐ波乱で適応出来る状況ではなかった。新天地での混乱や叢雲のつっけんどんな態度によるストレスで怒りやら呆れやらが頭を渦巻いていた。

 今になって白状してしまうのだが、金剛と出会った当初は滅多矢鱈と絡み付いてくる野良犬といった印象だった。正直、放っておいて欲しいと泣き言を吐きたくなった気持ちが一層強まってしまった原因でふざけないで欲しいというのが本心だった。

 ただ、日を過ごす内にストレートな感情や表現は愚考より先に伝わってくることが頭じゃなくて心で理解出来た。詰まるところ、俗世の汚さに染まっていない幼子のような素直さに惹かれたのだ。

 結局のところ、金剛のそこに僕は惚れ込んだのだった。

 「56は無しかい?」

 「~~~!!!」

 カウンター席を左手でバンバン叩きながら右手で顔を隠してそっぽを向く金剛。

 嗚呼、もっと紅くして愉しみたい。普段は困難を楽しむ僕でも、二人の時を愉しむ時は少しサディストじみる。

 「続きは部屋でね。」

 そして、トドメ。

 「……ぃ。」

 さっきまでじゃれついていたダイヤモンドは今や転がる石となっていた。

 すっかりオーバーヒートした金剛は食堂を後にした。

 よし、態勢を立て直せる。

 ということで頭を虚無にして意識を手放すことにした。

 夜戦については言及しないが、あえて言うのなら戦術的勝利とだけ記しておこうと思う

 

 

 桃の節句、エイプリルフール、端午の節句を経て笹を搬入する時期が来た。

 七夕、7月7日である。

 笹を搬入する前の深夜とも早朝ともとれない時間帯のことであった。

 「ふぁぁ……何でクソ提督がこんな時間帯にいるのよ?」

 何故こんな時間帯に起床してるのかこちらが聞きたい。

 「霞こそ。」

 「変態。」

 「ええ……」

 勘ぐられて困るレベルのことをしにいくのかしたらしい。

 「それじゃあおやすみ。」

 「待ちなさいよ。」

 止められてしまう。

 「アンタ本当に暗示解けているの?」

 「かれこれ3ヶ月前だよ?それにキチンと喋ってるでしょ?」

 「どうだか!」

 腕組みしてそっぽを向く霞。ほんの少し時間が経った頃片目を薄く明けながら彼女はこちらを見始めた。

 「だったら、アタシが直接確かめるわ!」

 「しーっ!」

 「あっ……」

 少しあたふたした後、落ち着きを取り戻し、改めてこちらに向き直った。

 「ともかく、確かめるったら確かめるの。」

 言っていることは至極全うなのだが、身長やら仕草やらで駄々をこねている子供にしか見えない。思わず微笑んでしまう。

 「ちょっと?」

 「んー?」

 「子供扱いは止めなさい。」

 「ハイ……。」

 怒られてしまった。

 「じゃあ、大人の霞には主砲の手入れをお願いしようか。」

 「ちょっ?!えっ?!」

 暗がりでどういう顔をしているのかはよく見えないが声色から相当テンパっている。もとい、狼狽している。もとい、あたふたしている。

 「じゃあ、こっちに来てもらおうか。」

 「い……」

 叫びそうになる霞をどうにかしつつ、僕と彼女は海から大陸棚が出てくるところあたりまで歩みを進めた。

 

 

 「最初からそう言いなさいよ!」

 霞の怒号が静寂に響く。やれやれと言った表情の金剛。か弱い月から強烈な太陽にバトンタッチする時間帯の今に響く声にしては不相応なのだが、流石に鎮守府からは大分遠い。咎める人間はこの場にいない。

 「よう、相棒。」

 「わざわざすまないね、武蔵。」

 「なあに良いさ。砲塔を合計五つ積載出来るのは今のところ私だけだからな。それに、姐さん……いや、相棒のかみさんには私達が扱える砲身は積めないしな。」

 「金剛にも51cm砲積めたら良かったんだけど……。」

 「Heyテイトクぅ、人には適正が有るネー。」

 対象外だから諦めてくれということらしい。

 「私達は資材を持っていってしまうからな。これくらいはさせてくれないと大和を隠した女将に申し訳が立たない。」

 「その程度なら気にしなくても良いと思うけど。」

 「ふぅむ。」

 考え込み始めた武蔵をよそに霞に向き直って説明をする。

 先の演習からまた武器を手に取ることが少なくなりつつあるため、武器の手入れとして精鋭を集めて試し撃ちすることにした。ついでに、ホコリを被った武器たちに本分を思い出させる……もとい、ちゃんと放置されている過去の主武装たちである砲塔が機能するかのチェックも兼ねている。

 「見れば大体分かるわよ。でも、気になることがあるわ。」

 「ん?」

 「精鋭っていうなら、古株の叢雲だったり錬度が最大の秋月型二人を来させれば良かったんじゃない?」

 もっともである。

 「霞がついてくるっていうからドタキャンした。」

 まあ、詰まるところこういうことである。三人とも睡眠時間が増えると喜ぶメッセージを送ってきたのを思い出した。。

 「……後が怖いわね。」

 「多分大丈夫だろうけど人間そういうこともあるさね。」

 パンパンと柏手を打つ。いや、お参りしている訳ではないから不適切か……。両手を打ち付けてパンパンと音を鳴らす。

 考え込む武蔵、砲塔の調整を行う金剛、弓の感触を確かめる赤城、気まずそうな霞、久々の瑞雲搭載であたふたしていた鈴谷が一斉にこちらを見る。

 「さっさと終わらせて二度寝と洒落込むぞー。」

 『はーい。』

 ゆるーい返事から野太い砲声が、艦載機のけたたましいプロペラの回転音が、酸素魚雷が海を裂く轟が聞こえ始めるまで数瞬とかからなかった。物騒やねぇなどと思ってしまうが模擬戦らしきことをしてるのに物騒じゃなかったらそれはそれでおかしい。

 

 この早朝の出来事の詳細は語らず要所のみを語ることにする。

 結論としては、使わない装備でも整備は大事であることが分かった。

 36cm砲はその場でクリーニングして使ったり、53cm魚雷はなかなか炸裂しなかったり、12.7cm連装砲は最大仰角までいくのに軋みがあったり、使ってない天山は巧く旋回出来てなかったりと散々であった。

 職員の動きは衰えてはいなかったことをここに明記しておく。

 

 「やはり大口径は私か大和が装備した方が良い気がするぞ、相棒。」

 「……。」

 肯定も否定も出来ない。

 「長門型の二人を起用することも出来るぞ、相棒」

 「……。」

 何とも言えない。

 「姐さんを休ませられるぞ、相棒。」

 「確かにな。」

 それはそう。いい加減金剛ばかりを使い倒すのは止めた方が良いかなあと思い始めたところだ。

 「WHAT?!」

 『びっくりしたぁ……』

 三者思わずデカイ声が出る。

 「Sorry.」

 「うん……。」

 「うむ……。」

 三者反省。少しの間の後、僕は口を開いた。

 「金剛がよく演習とか出ているから労いを兼ねて言っているだけで、もういなくて良いって言っているわけではないよ?」

 後々の面倒につながらないように武蔵と僕の真意を先に語っておく。

 コクコクと頷く武蔵。

 「必死に取り繕おうとしなくても分かってますよ。」

 分かってくれたらしい。

 「それでも、少し寂しいデスけどね。」

 「姐さん、何か言ったか?」

 「Nope.」

 武蔵は聞こえなかったようだが、僕はうっかり聞いてしまった。

 「同じく。」

 見当はずれなタイミングの同意は果たして誰に対してのセリフだろう、そんな後悔が空を漂った。

 

 二時間程度の武器の調整が終わって、僕は笹を搬入するために艦娘達と別れた。

 政府の役員から悪態をつかれたが、軽く無視して府内に持ち込んだのはいつの日か語れる時が来るかもしれない。

 以前、大きな笹をエントランスに置いたときは通用口がどうにも使いにくくなってしまっていたことを思い出し、開放的かつ全員が集まる食堂の片隅に配置し執務室へと足を向けた。

 ……このとき、金剛が部屋の布団に入っていたのは何故か気にしていなかったようだと後に思うことになる。

 

 ……る、とぅるるるるるる、とぅるるるるるる。

 デフォルトの着信音らしき目覚ましの音が聞こえ始めた。というより、認識し始めた。

 いつもの位置に手を動かしてアラームを切ろうとすると優しく温かいのにしっかりとした重さが頭を襲った。

 「ぐえっ」

 「……?sorry.」

 ちょっとした痛みで意識がはっきりしてきた。

 どうやら隣で寝てた金剛が代わりにアラームを切ったようだった。うーん……。

 「Wake up.テイトク」

 「起きてるよ。」

 少ししつこい眠気をまとったまま上体を起こすと似たようなことになっている金剛がいた。

 「今朝ぶり。」

 「Hi.」

 胡乱な会話が繰り広げられる。多分、初期のメンツくらいしかこの珍妙な光景は見ていないと思うと後々思ったのだが、今の僕はモロにスルーしていた。

 このまま眠気に負けても良いかと布団に身を預けようとした、まさにその時であった。

 ガララララッッッ!!!!!

 ガンガンガンガン!!!!!

 「総員起こしよっ!起きなさい!!」

 「うるさっ?!」

 「……what?」

 叢雲がボロボロの金属製のバケツとこれまたボロボロのおたまを打ち鳴らしながら執務室に入ってきた。

 「仲良いわね、貴方達。」

 「……それはそれとして、今日の担当叢雲だった?」

 「いいえ、他の娘よ。今朝のお礼を兼ねて代わってもらったの。」

 「すいませんでした。」

 「ふんっ!」

 今朝のドタキャンの憂さ晴らしらしい。

 ……?何か脈絡が変じゃないか?

 自分の肩におたまをぺしぺしと当てながらそっぽを向く叢雲に視線を合わせて、

 「まさかだと思うけど、今日の総員起こしの担当って霞?」

 と、半分冗談半分予想の戯言をほざいてみた。

 「あら、冴えてるじゃない。ジャックポットよ。」

 うーわ、これは僕も霞もばつが悪い。

 「責めないでやってくれないか?霞も悪気があった訳じゃないんだ。人生生きてりゃこういうこともあると思うんだ。」

 なんか浮気がバレたときの悪手を繰り広げている気がする。

 「なんというか……浮気がバレたみたいネー。」

 『金剛(さん)?!』

 客観視すればそうなるよなあと思ってた矢先に思考がバレて驚く僕とトンデモ発言に呆気にとられる叢雲。

 「I'm just kidding.」

 本人いわく冗談らしいがこちらとしては心中読まれたようで少し落ち着かない。

 「……んっん、とにかく、今日はアンタの大好きな催し物の日よ。まったく、いつの間に搬入したんだか。」

 咳払いして文言を紡いだ割にはどこか不服そうなことを言っている。そんな風に聞こえるようで、彼女の目には何故か慈愛というか親のような雰囲気が宿っていた。何というか……『ここまでやれるようになったのね。』って感じのそんな何か。

 「叢雲は短冊ぶら下げてきたの?」

 「総員起こし特権でいの一番よ。」

 「そりゃいいや。」

 起こす前に食堂に行ったのか……。

 「ほら、さっさと起きる。アンタが頭張ってるんだから一番早く起きて皆に姿勢を示しなさい。」

 「あいよ。」

 ようやく、眠気が飛んで思考がクリアになってきた。

 汗で全身が濡れてないか心配になりながらも、軍服のジャケットを羽織って叢雲と廊下に出ることにした。後になってこの服洗濯すると業務に支障が出るからやりたくなかったけど、状況がそんなことを許してはくれなかった。

 一方、金剛は縮こまって布団にもぐり込もうとしていた。

 「ダメでーす。」

 「Oh…….」

 布団を引き剥がして、着替えに戻らせた。

 「さっ、行くわよ。」

 なんだかんだ言って、叢雲も催しが大好きなようでほっこりした。

 「何よ。」

 「なんでも。」

 おっと危ない。

 最古参と古狸は古巣から飛び立った。

 

 ブランチの時間帯、そんな時間帯にはもう笹は短冊まみれになっていた。

 「まさかだと思うけど、一人で三、四枚とかぶら下げてないよね?」

 『……。』

 「コッチヲミロ。」

 全員でそっぽ向くなし。

 「まあ、いっか。」

 追及するのもちょいと面倒だし流すことにした。

 軽く朝食兼昼食を頂いて食堂を出ることにした。

 ドアを開けると海防艦達が短冊の束を持って出てきた。

 そこまでは良かった。

 テンションが高い海防艦達の先頭にいた娘の右手が股間に直撃した。

 「ッッッ?!」

 「あっ、提督?!大丈夫ですか!?」

 「~~~!!!」

 日振の頭を撫でて事がないことを伝えながら痛みを噛み殺す。幸い右舷のみに被弾したため船体は無事だ。もちろん、僕の方の話である。そうは言ってもやっぱいでえ。

 「ろ、廊下は走らないようにね……?」

 「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 痛みをこらえながら立ち上がる。

 「ほら、行ってらっしゃい。」

 「は、はい……。失礼します……。」

 股間の激痛を他所にしてまで、そこまで酷い顔をしているだろうかと思ってしまうほどに日振が怯えていた。そろそろ、海防艦も錬度を上げて交流を図った方が良いのかもしれない。

 自分と股間に誓いながら、中庭で安静にすることにした。幸いなことか定かでは無いが僕のいるところからそこへの通用口が近かった。

 右の玉が震えて発痛物質を分泌するのを耐えて中庭でゆっくり……。

 

 

 意識が、途絶えた。

 それが分かったのは、だくだくと流れる汗の気持ち悪さと生命活動の危機を知らせる直感が体を跳ね起こしたことを自覚したときだった。平たく言うと、汗だくで気持ち悪いわ喉からっからで飛び起きた。

 まだ、玉は痛みで震えているが意識をかっさらうほどじゃない。

 今の状態で人と話すのはちょっと好ましくない。思考が鎮守府向きのものではないからだ。うん、ちょっと素に近い。

 少し消えさせてもらおう。

 ステルス迷彩を羽織り、執務室へ帰る。

 迷彩を解除して時計を見ると時刻は午後6時。

 そろそろ天に願いを捧げる頃合いだ。

 ……そうは言っても、やっぱりちょっと痛い。

 布団に寝転がり鎮静を図る。

 

 10分後、まっとうに動けるレベルには回復した。違和感は消えてくれてないが動けなくて挙句の果てに気絶するよりかは何千倍マシだ。うん、日振にぶつかった時よりかはマシ。

 軽くステップ踏んで緊急停止した体にスイッチを入れる。

 「行くか。」

 「あら、思ったより元気そうじゃない。」

 「何とかね。」

 同性同士のノリでノンデリ発言かましそうになった。理性が補正加えてくれて助かった。

 「なら、さっさと来なさい。一応ここの代表者なんだから、お天道様に口きいてらっしゃい。」

 「あいよ。」

 リーダーだから居ないと行事が締まらないということらしい。今思い起こしてみるとここまで忙しい七夕は初めてだったと思う。

 

 鎮守府入口と門の間のスペースにて木材が焚き火でもするかのような形で組まれていた。こじんまりと。

 「Fire!!!」

 「撃てえええ!!!」

 「Feuer!!!」

 ……アゲアゲかしら。火入れのコールが少し物騒だなあ、とやや他人事気味。

 耳にイヤホンっぽい通信機を付けてコール。モスキート音よりかは大分マシな当たり障りのないビープ音が鼓膜をつつく。

 「どーも、明石です。どうしました?」

 「これから笹燃やすんだけど、木組み小さくない?」

 「マジ?」

 「マジ。」

 本当に一人キャンプをするためだけのベースしかない。それこそ、クレームを即入れてしまうほどに。

 「カップラーメン食べててもらえません?」

 「40秒で支度しな。」

 「よよよ。」

 「はいはい、至急ね。」

 「承知。」

 なんというか、漫才じゃないか、これ?

 そんなことを思っていると、明石が颯爽と現れ手際よく木組みをグレードアップしていった。計測したわけではないが、2分とかかっていないのは確信出来る。

 「ふぅ!さあ、火入れをお願いします!」

 「にしても乗り気だな?」

 研究以外には腰が割と重い明石が一陣の風のように現れ、竜巻のように作業をこなしているのには感心と同時に違和感を覚えた。

 なんでこんなに乗り気なのだろうという話だ。

 「楽しそうだけどどうした?」

 「短冊十枚はぶら下げたので!!」

 「強欲だねぇ。」

 「そういう司令官だって個人的なお願い以外の短冊もぶら下げてるじゃないですかあ!」

 「さあ?」

 「とぼけたなくたって知っているんですよ?『皆の願いが叶いますように』って短冊があるの。」

 「無粋だねぇ。」 

 「傲慢ですねぇ。」

 完全に漫才というか老夫婦の会話というか……ううん、あえて言うなら悪友同士の会話だろうか?

 そんなことを考えながら、木組みを少しいじってアルコールを染み込ませた綿を詰め込み火を付けたマッチを放り込んだ。

 煌々と燃える火が夜空に熔け、願いの方舟は泡沫に。

 

 

 

 

 数十日経ったある日、僕は誕生日を迎えた。

 といっても、いつぞやか設定したリマインダーが『おめでとうございます』と無機質な文字を吐き出したのを見るまで忘れていたのだが。

 「誕生日ねぇ……。」

 小さい頃なら、友人同士で『おめでとう』と賛辞を送るのは茶飯事だったのだが今は過ぎ行く時間の引っ掛かりでしかない。濁流がごとき時間に埋もれている何かに過ぎない。

 だから、『祝ってほしい』とか『めでたい』とかは思っていない。でも、こう思っている時点で実際は無垢な子供のように諸手を挙げてはしゃぎたいのもまた事実なのかもしれない。自分の中の子供のケアが出来てないと自覚出来ているだけマシだと吐き捨てて活動するための頭に切り替える。

 「おはよう。」

 自然と挨拶を空に投げる。

 静寂が返ってくる。

 「?」

 切り替えきれてない頭で辺りを見回すといるであろう人がいない。

 確か、昨日あたりに姉妹か戦艦つながりで何かやっていたような気がする。何だったろう。

 着替えを済ませ、障子を開ける。

 静かな府内だと思うほどによく音が通る。

 そして、目の前にはヘドロのような粘液を張り巡らせた深海棲艦の口が……?!

 

 

 

 

 「うわああああ!!!!?」

 「へぶっ?!」

 「あだっ!!」

 額が痛い。

 痛む頭を押さえながら改めて状況把握。

 僕の隣には同じようにぶつけた所を押さえている金剛。

 うん、予想は出来たけど……。

 「何してんの?」

 とりあえず聞いてみることにした。

 

 「うん、何してんの?」

 金剛曰く、めでたい日なのにうなされているこちらが心配になって顔を覗きこんでいたそうだ。そして、白雪姫を連想したとも供述。心配を無下にするようなリアクションになったのはそのためだ。

 「めでたい日って……」

 「提督のBirthdayネー。」

 彼女は僕のスマホのリマインダーを指差してそんなことを言った。

 さっさと着替えを済ませ、障子戸に手を掛ける。

 ふと、手が止まる。

 さっきの悪夢がフラッシュバックする。

 もし、あの怪生物がまた大口を開けて待ち構えていたら?

 もし、皆がいなくなっていたら?

 もし、ここがこの世界の最終防衛ラインだとしたら?

 そんなことを考えていると手に躊躇いが伝わってきた。

 戸惑いはそのうち震えとして手を引かせていく。

 「お仕事の時間ネー!!」

 僕の不安を知ってか知らずか金剛が障子戸を小気味良く開け放った。

 小心者の素が出て、全身の細胞が総毛立つ。そして、目もギュッとつむってしまう。

 開かれた眼前の景色は何も無かった。あるのはよく知る仕置き部屋のドア。

 ふうっ、と胸を撫で下ろす。目線も下に下がる。

 そして、待ってたのであろう第六駆逐隊の姿がそこにあった。

 「…………。」

 勝手に始まった感情の破天荒な動きを無理矢理抑える。

 一つ、二つ、三つと深呼吸。

 そして、彼女らの視線に顔を落とす。

 「どうしたの?」

 幼子に話しかけるように同じ目線に立つ。

 「おや、そんな同志の焦燥している顔は久方ぶりに見たな。」

 『???』

 「そこは良いから、ヴェールヌイ。」

 「そうかい。では、我々からの贈り物だ。」

 普段から大人びているためか姉妹達より少しレベルが上の話し方だった。

 そんな感じだったからかポカンと呆気にとられている姉妹を放り出して、淡々と用件を済ませる別府。

 「ほら、暁、雷、電。行くよ。」

 ポンポンと姉妹の肩を叩いたり、肩を掴んで体を揺すってみたりして呆けを醒まさせている。

 効果ありのようで目の焦点が合ってきたようだ。

 ハッとした様子の三人とやれやれといった様子の一人が改めてこちらに向き直った。

 「いくよ?せーの!」

 『お誕生日おめでとうございます!!』

 元気の良い声でそんなことを言われた。

 どうにもほっこりしてしまう。

 「済まないね、姉と妹が取り乱して。改めて、これが同志へのプレゼントだ。受け取って欲しい。」

 そう言って差し出されたのは、

 「しおり?」

 爛漫に咲いていた桜が浮かぶくらいに綺麗な花びらが栞にはあった。

 「どうしたのこれ?」

 「明石に言って、加工してもらったんだ。作ろうと思った時に風で折れてしまった枝と新鮮な花があったからそれを拝借したのさ。」

 「なるほど。」

 「勿論、同志の自然を愛でる姿勢を尊重しようと思ったから、中庭の桜の枝を手折る真似はしてないさ。」

 「さんきゅ。ありがたく使わせてもらうよ。暁も雷も電も有難う。」

 「れでぃは贈り物も大人なの!」

 「資料をよく見てる司令にはピッタリよね!」

 「なのです!」

 ヴェールヌイの解説とちゃっかり便乗している他の子にやはりほっこりしてしまう。

 そんなことを考えていると目をつむってワクワクしている六駆。

 何だろうかと思ったが、アレかと思い彼女らの頭に手を置く。

 そして、いつも通りわしゃわしゃと撫でようかと思ったが、今日は愛でるように撫でることにした。

 期待より上のことが起きたからかは少し考えにくいがなんというか恍惚とした表情を浮かべる駆逐艦達。……この顔面って小学生くらいの娘がしていいものでは無い気がする。これ以上は言及しない。

 

 第六駆逐隊を見送った後、廊下を歩いていたら潜水艦達に出会った。先頭にはまるゆ、ろーちゃん、ハチ、イムヤ、ゴーヤの順番でこちらに相対した。

 「おはようございまーす!」

 「元気の良いお野菜で。」

 「そっちじゃないです!」

 「おう、すまんすまん。おはよう。」

 なんとなくで始めて以来、名前をからかうのは様式美となっていた。断っておくと、彼女の錬度はそこそこ高いため互いに『気心知れた仲間』と言った認識だ

 「おはようございます。」

 「まるゆもおはよう。」

 「まるゆは普通なんですね?」

 「ですですっ!」

 ツッコミするアハトもといはっちゃんとそれに便乗するろーちゃん。

 「……。」

 そして、無言のイムヤ。

 「イムヤ、どうしたの?」

 「いや……」

 重々しく唇を動かすイムヤ。果たして、ここから何が来るかと思い身構え……ることはなくただ何を話すかを純粋に僕は待っていた。

 「提督のブツはどこにしまってるのかなあって思ってただけ。」

 『ブッ!!!?』

 僕とはっちゃん、ゴーヤが吹き出した。

 トンデモ発言からは考えられないほどにブツブツと独り言を喋りながら思案に暮れているイムヤ。

 そして、よく分かってないろーちゃんとまるゆは小首を傾げていた。頼むから君たちはそのままでいて欲しい。

 「提督……。」

 呼び掛けてきたのはゴーヤだった。どうにも耳打ちするレベルという判断が合致したため、ゴーヤに対して声を潜めて詰問する。

 「逆に君とはっちゃんは何で知ってるの?」

 「私に聞かれても困るでち。お上に叩き込まれたとしても随分昔の話ですし。」

 「それはすまん。」

 「ともかく、イムヤの意図を探って。」

 それを最後に彼女は僕の耳から口を離した。

 「イムヤ?ごめん、何て言った?」

 とりあえず、すっとぼけて言い直してもらうことにした。

 「いえ、提督のモノがどこにあるのかと……」

 やっぱり噴飯ものだった?!

 この娘、頭の中が赤と白を混ぜた色に染まってる?!

 ゴーヤとはっちゃんも似たようなリアクションしてるし!

 大人組が狼狽しかけて来てイムヤの目の焦点が現世に当たってきた。

 「?……!」

 「あのー……イムヤさん?」

 「……ええっと、そういう意味じゃないの。」

 「アッ、ハイ」

 安心したけど、分かってる側の人だった。

 「じゃあ、どういうこと?」

 さて、真意を探ろう。噴き出したエア飯返して。

 「私って海のスナイパーなんですよ。」

 「アッ……そうだね。」

 二回目の生返事かますとこだった。素性を知らない人が聞いたら間違いなく頓狂な反応をすると思う。

 イムヤは自他共に認める海のスナイパーであり、史実も輝かしいものがある。それをFPS風に言えば、裏取りして連覇している感じの史実だ。ただ、錬度があまり足りないからかその片鱗は一向に見えてこない。

 「説明させて。」

 赤面した様子で手でこちらを静止しつつ、自身の言葉を紡ぎ始めた。

 

 数分後、やっぱりというかなんというか……。

 つまるところ、普段携行している麻酔銃はどこにしまっているのかということを思案しているところで問題発言をぶちかました……っと。

 「忘れて。」

 「そうしとく。」

 「一件落着でち。」

 「ですです。」

 「皆さん、本命を忘れていますよ。」

 『あっ!』

 潜水艦一同がはっとした様子でこちらを見始めた。

 「てーとく」

 ゴーヤが後ろ手に何かを隠しながら僕に笑顔を向けてきた。その笑顔に不自然な感じはしない。

 「はい、これ」

 彼女の手ずから渡されたものは、大量の『肩たたき券』だった。幼さを感じる字がなんともアットホーム。

 「アハトたちだけじゃなくて、海防艦ちゃんたちの分も含んでます。」

 「だからこんなに分厚いのか。」

 厚さだけみれば、辞典などに迫るほどのものがある。

 「私たちも司令をお助けしたいんです。」

 「まるゆは隊長に居場所をもらいました。恩を返したいんです。」

 「まるゆ……。」

 ちょいしんみりしてきた。……よし!

 「みんなぁ?ちょっと執務室に来てくれる?」

 『?』

 早速ギフトチケットを使うことにした。

 

 

 余談も余談だが、嬉しさ半分老け込んだ感半分と言った感じだった。海防艦もいたからか自分の子供に肩を叩いてもらっている感じがなんとも……。

 

 

 執務室でチケットを使った後、伊勢と日向に会った。

 一昨年は水上観測機のミニチュアフィギュアだった。去年は製作にてこずっているとのことで何も贈り物は無かった。

 そして、今年はうちの水上機で一位二位を争うレベルの瑞雲(六三一空)のフィギュアだった。一昨年よりも大きめで、棚の上とかに置いたら色もあって映えそうだなあと思った。

 「ふふふ、会心の出来だ。」

 瑞雲だけにずいずい来る日向。妖しい、というか怪しい笑みである。

 「すいません、他の娘の装備借りちゃって。」

 「良いよ、最近僕が指示出してないから戦闘することもないし。」

 「ほんと、すいません。」

 「ふふふふふふ……」

 「日向?」

 「ずいずい瑞雲。」

 「?!」

 「時津風返し!」

 「!?」

 一言詫びさせようとした伊勢は奇妙なことを言い始めた日向に驚いた。そして、言葉を挟む間もなく奇行で返した僕に再び驚く伊勢。

 「しれぇ、よんだ?」

 そんでもって近場にいた時津風が遊んでアピール。

 「はいはい、いい子だねぇ。」

 遊びはしないが抱っこはする。

 「あとでボールで遊ぼうねー。」

 「はーい!」

 「~?」

 伊勢のキャパを超えたらしい。ポカーンとしている。本で使う表現で言うのなら呆気にとられていると言った感じだ。

 「まあ、そうなるな。」

 「締めたねぇ。」

 「……?……!いやいや?!全然分かんないから!」

 立ち直った伊勢がツッコンで瑞雲絡み……もとい、伊勢型絡みの話の肝は終わった。瑞雲六三一型は前にもらった瑞雲と共に棚に飾らせてもらった。

 

 「遊ぼ!」

 「ごめん、司令。夕立はただ遊びたいだけなんだ。」

 潮流が唐突に始まった。

 「遊ぶのは良いけど、ずいぶん急だね?」

 「提督さんは川内とばっかり遊んでてずる~い!」

 あー、なるほど?

 「事情は知っているのだけど、夕立の中では解釈が違うみたいなんだ。」

 「聞いた感じそうなのかなあって感じはする。」

 対人戦の訓練になりつつあるアレが遊びと感じられるあたり夕立のパーソナルデータの原本って物騒なのかもしれん。あとで、地下の蔵書を漁ってみることにする。……にしても模擬戦闘を遊びとする辺りなあ。

 「時雨も遊ぶっぽい?」

 「良いさ。」

 「っぽ~い!」

 うーん、ワンコワンコしてきた。なんと言うか、じゃれつくダックスフンドと大人しい柴犬と遊ぶことになった……ぁ?

 

 

 空に飛ぶボール、飛びつく夕立、普通にキャッチする時雨。

 「子供って体力すげえ。」

 「何を言ってるんだい、司令。提督だって若いじゃないか。」

 「十代に比べれば二十代なんて老いさらばえたもんよ。」

 「老衰した人間は鉄砲玉相手に完封勝利しないんだよ。」

 「うーん、老獪な奇策ってことにしといて。」

 「頑なだねえ。」

 何というか会社の屋上でコーヒー休憩している新入社員と課長の会話みたいなことになっている。

 「???」

 「ねぇ、夕立。司令っておじいちゃんに見える?」

 「お兄ちゃんっぽい。」

 「ほら」

 「う~ん。」

 …………?ちょっと待って、ボール速くない?!

 「はい、ストップ。」

 『?』

 「はーい、こっそり艤装リング使ってるね?」

 「バレたか。」

 「むぅ~。」

 艤装リング、艤装を装備するための固定具かつブースターなのだが、それを着けた艦娘は見た目の肉体年齢を大きく凌駕した総合力を得られる。ぶっちゃけて言えば、超バフ装備である。

 「川内だって割と最初の方から着けてるのに……。」

 「初耳なんだけど。」

 どうりで足音とスピードが並外れているわけだ。あとで、虎の子出して完封しよう。自力で演習している僕が悲しくなるじゃあないか。

 「僕にも稽古をつけてくれないか?」

 「後ろから忍び寄らないの、初月。ちょっとびっくりした。」

 「お返しさ。」

 あのなあ……と言おうと思った刹那。

 「なに、分かってるさ。人としての君の義理堅さは。ただ、女としては一夜でも馬鹿をみたいとも思うのさ。」

 「ほーら、夕立とってこーい。」

 「っぽ~い!!!」

 「……で、なんて?」

 「流石に酷くないか?」

 「遊んでる最中に口説く方がどうかしてる。」

 「しかも、ちゃんと聞いてるんだから、まったく。……待てよ、遊びというのはそういう?!」

 「秒で矛盾していくスタイルは面白いと思うけど勘弁して。」

 ついでに明石に頭のネジを締め直してもらえと言おうと思ったが業者が業者だった。始末が悪い。

 「ふふふ」

 「ぽーい!!」

 高校生が投げたような速球が返ってくる。ベアハンドで捕球する。いったいなあ。

 初月の肩を優しくたたき、ボールを目の前でチラチラさせる。

 彼女の目がボールを追い始めたのを確認して、

 「とってこおおおおおい!!!!」

 と弱い肩ながらに遠投。

 案の定食らいつく初月。

 ボールを追いかける彼女の背中にはふりふりとご機嫌な尻尾が見えてしまうほど嬉しそうだった。髪色から黒の柴犬を連想してしまう。

 ああ、これが平和か……などとほっこりしているととんでもない形相で戻ってくる初月を捉えた。

 「司令官、かくまってくれ!!!」

 「かくまうも何も目の前じゃねえか。……あと、なんで足柄が来てんの?」

 「……。」

 「無言怖。」

 「……。」

 「わかった!分かったから至近距離でフルピッチングの構えやめて!」

 遊びたいらしい。

 「わひゃいもやいまふ。」

 「赤城はもの食べながら歩かない。」

 このあと、めちゃくちゃリング付きの駆逐艦とドーピングはしてない巡洋艦と空母で遊んだ。

 

 一時間程度経ったころ、熱中症の防止のため引き上げさせた。

 執務室の冷蔵庫で冷やしておいたドリンクをさっきまで一緒だった面子に渡して、僕は一際大きい水筒の中身を一口飲んで休んで飲んでを繰り返す。下手にがぶ飲みして水中毒になっても困るからだ。

 口つけたコップやら僕だけ分量が多いだとかちょっとしたゴタゴタはあったが、どうにか収まった。

 さて、まだ午前のあたりだ。何をしよう。

 ふと、気がつくといつもの中庭の桜の木の下で青々とした葉を見つめていた。

 

 いつからいつまでこうしていたのかは自覚がない。木陰とはいえ、もう正午に近い頃合いだ。気温も上がってくる。まあ、暑いのよ。暑いって思うと途端に汗が吹き出してくる。

 顔中の汗を振り払うように上体を起こし、額の汗を腕でぬぐう。

 「あっつ……」

 考える場所を間違えたと後悔するより先によく聞く声が通用口から聞こえた。

 「Hi、elevensネー。」

 そんな時間か、と小声でつぶやくと共に立ち上がって金剛の元に向かう。

 すっかり、英国の文化に馴染んでしまった自分がいる。朝にも昼前にも夕方にも紅茶を飲んでいる。このままだと訳の分からない兵器の構想でも思い付いてしまうのではないかと、初めの頃は危惧していた。が、すぐに元からおかしい思考回路をしているから今更かと思いイギリスカルチャーに傾倒していった。

 ドアを開けて冷房が効いた府内に入ると、金剛が琥珀色の液体が入ったグラス2つをお盆に乗せて待っていた。

 「今日はアイスティーネー。」

 「今日もアイスティーな。他の姉妹は良いのか?」

 「アフタヌーンティーなら3時のおやつに丁度良いと思いマース。」

 日本の文化に傾倒しているのは向こうらしい。

 「それに、お仕事をされている提督への労いです。」

 「労いったって言われても何もしてないぞ?」

 「いつも遊び疲れるまで寝ない人たちを相手にしてもらってたので助かってマース。」

 「そういうこと?」

 夕立や足柄ならまだしも、時雨や初月もそういう面子なのに少し驚いた。赤城はベクトルが違う気がする。

 「だから、今日のプレゼントとは別のカテゴリーデース!」

 「なるほどね、差し入れってことか。」

 グラスを手に取り中身をあおる。スッキリとした甘さと紅茶の風味、ほんのりと効いた砂糖が口の中を潤わせてくれる。

 「まあ、もしかしたらプレゼントをもらうのは私かもしれません。」

 なんかモジモジし始めた。

 「いつも通り……だと、刺激が足りないかな?」

 「?!」

 ちょっと煽ってみると更にモジモジが加速した。なんなら赤面してるし……。

 「この話の続きはまた夜にな。」

 「……ハイ。」

 頭から湯気が出ていると思ってしまうほどに彼女の顔は紅かった。うーん、ピンクダイアモンド。

 

 軽めのティータイムをはさんで、僕は何故か明石の部屋に向かっていた。理由を聞かれてしまうと困ってしまうが、詰まるところ刺激が欲しくなっただけだ。暇だからっていうのも理由に入る。

 その道のりの最中、施工中の立て札とその周辺の四方を囲むようにパイロンが立っていた。それと飛沫が飛び散らないようにという配慮からか防塵用のネットが張られていた。

 作業をやめているからか、物音はしない。

 「何してんの?」

 ネット越しに声をかけると、居酒屋ののれんでもめくるかのように明石が顔を出した。

 「司令官への誕生日プレゼントを作ってます!」

 「やけに素直に言うじゃん。」

 「ここが最後なのでちょっと待って頂ければ説明出来ます!」

 「じゃあ部屋入っとるで。」

 「はーい。」

 しれっと始まった会話がしれっと終わる。会話だけなら付き合ってそこそこのカップルか悪友に見えるだろう。無論、僕と明石は後者なのだが

 「と、思ったんですけど仕込み終わりました。見てってください。」

 ぎぃぃゆぅぅぅぅう

 「肩を掴んだときの強さじゃないよ?」

 ジンジン来そうな痛みをどうにか知らないフリをして真後ろの明石に向く。

 囲いの中から伸びた腕の誘いを受ける。

 中に入ると、何の変哲もない壁……いや、目をこらせばうっすら見える切断の跡。

 「何した?」

 「見ててくださいね。」

 立ち上がるやいなや壁に向かってローなトーキックをかます明石。

 「何してんの?」

 ほんとこれに尽きる。何してん。

 「チッチッチッ、まだ分かりませんか?」

 「分からん、帰る」

 囲いを蹴破って帰ろうとする僕を明石はさっきよりも強い力で引き留める。

 「いだだだだだだっ!!!お前も艤装リング着用か、明石。」

 あえて、というか見たくなかった、というか彼女の腰の得物を見ないフリをしていたが認めざるを得ないようだ。

 「司令を止めるにはこれくらいしないと。」

 「そんなことするならマトモに説明してくれ。」

 痛む肩をさすりながら明石とむき出しになった仕掛けを見る。

 明石はちょっと涙目になっていた。

 まあ、そこはスルーでいい。この仕掛けは何だろうか。

 観察して分かることは、何かしらの棒状の物を蹴った勢いで放り投げる仕掛けらしい。だが、その肝心な棒状の物体の見当がつかない。

 投げることで効果を得るのなら、スタングレネードやスモークグレネード……んにゃ、筒状物質だなあ。スタンブレードなら辻褄が合……?

 「なあ、明石。」

 「はい?」

 「まさかだと思うけど、あの刀投げるやつじゃないよな?」

 「あの刀ですか?」

 もう一押ししてくれと言わんばかりにすっとぼける。

 「明石の作った電気の出力狂った刀をぶん投げるやつか?」

 「大正解です!」

 …………んー、あれ?何かここで最後とか言ってなかった?しかも、アレぶん投げる装置とか言ってたよな?

 「……はぁ」

 「どうされました?」

 「いや、何でも。」

 鎮守府内でバカスカインスタントサンダー炸裂することになるんよな、なんて思うと指摘しまくる気概が失せた。

 「あっ…と、忘れてました。これ、改めて納品です。」

 「すっかり忘れてた。」

 「試しにスタンブレードの方を抜いてみて下さい。」

 「こっちか。」

 軽く半年前のことで頭が混乱したが、メインが刀なのを思い出して脇差の方を抜く。

 雷鳴が轟くどころか、抜刀した音は刃物のカバーを外した際のスタイリッシュなものだった。

 刃を見れば、パチパチと放電していた。うーん、溢れ出る高電圧感。

 「これ、本当に出力加減した?」

 「かなーり。」

 「スタンどころかポックリな気がする。」

 「ちょっと見せて下さいね?」

 「ほい」

 流石に明石とは言え、物騒なものを抜き身で渡すわけにもいかず納刀して手渡した。

 「ふんふん、えーっと……ああ!」

 鯉口を切って、わずかにのぞく刀身を鑑定する明石。幾ばくの時を待たずに作業は終わったようだ。

 「これ、エフェクトじゃなくて電力調節の放電です。採用したのが小型の発電機構なのでその関連です。」

 「つまり?」

 要領は得ているのだが、先ほどのお返しだ。

 「ちゃんとスタンガンします。」

 「日本語喋ってる?」

 要領を得なくなってしまった。『つまり』の使い方を教えた方が良いのだろうか。

 「あー……、はい、スタンガンします。」

 強調した?

 「なんて言えば良いんですかね……。あっ、ご希望通りの仕様となりました!」

 「はい、良くできました。」

 最初からその台詞を聞きたかった。

 

 その後、ワンタッチスルーならぬワンキックスルーの練習をすることになったのは言うまでもない。もちろん、防塵用の囲いは広くして敢行した。

 

 「今後ともご贔屓に!」

 「考えとく。」

 川内型との夜戦演習にもってこいなギミックが追加されてしまった。まあ、1VS3だからしょうがないかもしれないと受け入れることにした。

 何故、川内だけでなく彼女を長女とした次女、三女の二人までが参戦してしまったのか。

 この出来事は些末なため、一言だけ簡単に示す。

 『神通が後学のためとして、参戦した。』……これに尽きる。百歩譲って後学だとしても艤装リングつけて三人とも全力なのは買い被りが過ぎる気がする。

 先陣を川内が切り、那珂が囮、神通が裏取りという立派なフォーメーションを組んでる。

 まあ、最初の頃は那珂が毒ガス中のカナリアみたいな扱いになってはいたのだが、今は優秀なデコイ……もとい、ソナーになっている。こちらとしては悲しいかな、最初に那珂を沈黙させると位置情報がバレるし、彼女以外のどちらか一人を制圧すると動く騒音となってこちらの耳を潰してくる。

 こうなると、川内と神通をほぼ同時に落として那珂を速攻で静かにさせないといけない。なんなら真夜中にやるから速攻は確定。手が限られてしまうのがなんとも。飛車と角行、金将を落として戦っている気分だ。

 「やれやれ。」

 頭の中でわき出た文言に対して、落とし所を口に出す。

 つまるところ、ため息混じりの愚痴を出したかっただけだ。

 「やっほー!」

 「うーい。」

 「元気ないね?」

 親戚の姪っ子のように手を振って突っ込んできたのは件の川内だった。

 「はーい、女の子ならめったやたらと男に抱きつかない。危ないぞ。」

 「???」

 「ダメだこりゃ。」

 「ああ!!馬鹿にしてる!!」

 「分かる?」

 「分かるう!!!」

 わざとらしく小馬鹿にした顔をすると、川内が怒り始めた。抱きついたかと思いきや今度は胸のあたりをポコポコ叩いてきた。艤装リングがついてないからか、加減してくれているのか痛くない。

 「姉さん、みっともないですよ。」

 川内を後ろからたしなめる神通。その調子でどうにかして欲しい……?

 「神通さん?」

 「神通?」

 「捕まえた。」

 姉が前なら、妹は後ろから抱きついてきた。

 「これが、夜だったら良かったのに。」

 そして、とんでもないことを言い始めた……ように思えたが、戦闘民族っぽい神通が言うことは一回も上げないこちらの黒星の話だろうと変換出来るため受け流すことにした。

 そんな中、那珂は傍観していた。

 まさか、なんて思ったが姉にならって抱きついてくるようなことは無かった。

 「はーい、離れて離れて。」

 それどころか引き剥がしてくれた。

 「プロデューサーは那珂ちゃんのコーチするの!」

 どうあがいても何かしらに引っ張られてしまう。違う言い方をするのなら三者三様である。

 逆に考えるんだ、引かれて困るなら押してしまえ。

 「ほーれ、逃げろお。」

 『?』

 背中のステルス迷彩を剥がして、ライトマシンガン型の麻酔銃を取り出す。

 「く・ん・れ・ん・か・い・し。」

 コッキングしてチャンバーに弾を込める。

 そして、ストックと引き金に指をかけて……

 『すいませんでした!!!』

 乱射する前に逃げられてしまった。

 スタコラ逃げられてしまいどうやってこの銃を片付けたら良いか途方に暮れた。

 「成長したなあ。」

 そういうことにしておいた。

 

 適当に昼食を済ませ、立ち上がろうとしたとき僕の服の裾を引っ張る艦娘がいた。

 「しれぇ、あそぼ。」

 「あ」

 午前中に時津風と遊ぶ約束をしていたのを忘れていた。

 「っぽい!」

 「夕立も?」

 「しれえ!」

 「雪風。」

 「ぱぱ?遊ぶの?」

 「山風もかあ。」

 「じゃあ、私はタイムキーパーもろもろをやるわ。」

 「そういう叢雲は遊ばんの?」

 一歩引いた立ち位置から役割を買ってでた叢雲。

 「あんた昼間気絶しかけたじゃない。私がいないとてんで駄目ね。」

 だ、そうだ。何か言おうと思ったが、先刻のことは事実だから反論出来ない

 「タイムキーパーしつつ遊べば?」

 「ナイス夕立。」

 結局のとこそういうことになる。

 「やれやれ、しょうがないわね。」

 叢雲の口の端にニヤケが出ているのは言わぬが華と思った。

 

 「かくれんぼしよ。」

 言い出しっぺの法則、というやつなのだろうか。そんな時津風の一言で蜘蛛の子を散らすように駆けていくテンポの早い足音が聞こえ、遠ざかる。

 何故視覚の情報が無いのか、簡単な話だ。じゃんけんに負けて鬼役になってしまったのだ。目を自分で塞いでいるから見えないのである。叢雲のカウントダウンが終わると同時にてくてくと歩きだしてしまうあたり、僕は尋常じゃないほどマイペースらしい。

 

 「鬼ごっこっぽい!」

 ステルス迷彩を駆使して手早く見つけて次は夕立の鬼ごっこリクエストかあ。深く考えるのはやめているあたり頭がオートパイロットに入っているらしい。

 「飲んどきなさい。」

 「助かる。」

 自家製スポーツドリンクを二口ほど飲む。そして、水筒をライトマシンガンと同じ場所にくくりつける。

 「頼むから艤装リングはやめとくれ。泥試合になる。」

 『ええええええええ!!!!!!』

 「なんで全員からブーイング?」

 「川内さんとは艤装リング有りでやってるっぽい!!」

 「そうきいてるよ?パパ」

 「しれぇ、ずるはダメだよ?」

 「しれえ?」

 「そうよそうよ。」

 「なんでしれっと叢雲もそっち側なの?」

 うん、叢雲はこっちサイドかと思った。

 「いえ、別に。……ククク」

 「おーい、叢雲ぉ?こっち見ぃ?」

 顔を逸らして笑いを噛み殺している。

 顔を近づけても逸らし続けるから、思わず片方の目だけ寄り目をしてみた。

 「ブッ!!!」

 「あぶなっ!!?」

 吹き出されてしもうた。あと、ツバがこちらの眼球に対して至近弾。

 「レディの分泌物が汚いわけないでしょ?!!」

 「なわけあるか!」

 喧嘩らしき何かが始まりかけるが、山風が僕の右足を体全部を使ってホールド。叢雲は夕立と時津風が割って入ってなだめた。

 数十秒おいて、艤装リングを装備する音が耳朶を打つ。カチリじゃないんよなあ。

 流石に人数や状況が非対称なのは僕に対して容赦が無いということで川内型達の演習の僕側のルールを適応していいとのこと。

 早い話、フル装備して構わないからリング装着を認めろとのこと。

 「一個忠告ね?」

 『?』

 「麻酔銃使えるなら、もうこれ以上遊べなくなるけど良い?」

 『やだあああああああああ!!!!!』

 どうやら前言撤回らしい。

 「ほら、普通に鬼ごっこするわよ。」

 『はーい。」

 大人しくリングを外す面々。一人で外せない時津風や、外すのに手間取る山風に思わずほっこりした。見かねた叢雲が外すのを手伝ったりしてて姉妹なのかと思った。

 反面、雪風と夕立、叢雲は速い。流石に戦闘慣れしているだけある。

 

 わちゃわちゃと走り出す駆逐艦達にさっさと鬼役を渡して静観を決め込もうとしたが、僕に割と鬼が回ってくる。

 まあ、こちらの縛りとしてテクテク歩いてくれとのことだから仕方の無いことだ。

 鬼ごっこというよりかは、徘徊する老人に挨拶する近所の小学生と言った絵面とも言えてしまう……。

 「鬼さんこっちっぽい~!」

 「はいはい。」

 「ぱぱ、うわきのしょーこあるよ?」

 「はい?」

 「お義父さん、認知して頂戴。貴方の子よ。」

 「おとぅ。」

 「のんびりしたおさんぽを修羅場にすな。」

 台詞が物騒になってきたからツッコんでおく。

 「アンタ、普段の方が歩くの速くない?」

 「大人だからねぇ。」

 「どーだか。」

 「ぱぱ、うわき?」

 珍しくテンションが高い山風。よーし、パパ頑張っちゃうぞ~。歩幅をかなり広く、ケイデンスは軽やかに速く。油断した山風にタッチするまでそう時間はかからなかった。

 「はーい、山風鬼ね。」

 「ひどーい。」

 「ご本いっぱい読んでお勉強しようなあ?」

 「ごめんなひゃいごめんなひゃい!」

 「この口か?この口がイケないのか?」

 つらまえて愉しむ幼子の頬の感触は心地よい……、じゃなくて、とんでもないことを言う山風にちょっとお仕置き。彼女の頬を軽くつまんだり、ふにふにしたり、もちもちしたり……やはり、心地よい。

 「不審者よ、夕立憲兵へ連絡を。」

 「分かったわ。」

 「やめーや。」

 距離感が近いアットホームな職場と言えば聞こえは良さそうだなと身と益体のないことを考えてしまう。

 

 何回か鬼役と子役が変わった頃、流石に給水する必要があると総意で決まった。その後、解散した。……まあ、体よくはけさせただけなのだが。

 時刻は午後2時30分。

 普通におやつの時間だ。この職に就く(?)前は、このルーティンを蔑ろに……いや、ただ不規則だったから行えなかった。

 それがいまやどうだろうか。ほんの少しの糖分を求めて腹が減る。健康優良児のような生活リズムだ。数年前の自分に聞かせたら嫉妬してしまう、かも?いや、胃痛が増すだけかもな。

 思い出すは苦労の連続。多勢に無勢な異性の山、大人数のケア、解離出来ないコミュニケーションの数々。ストレスフルだった自分がそんな未来を聞いたら飲む睡眠導入剤が増えているだろう。

 けど、マイナスしか見えないだろう前の僕とは少しだけ視点は違う。どうしようもないやつらのどうしようもなくだらけた、守りたい笑顔が今や僕の後ろに立っている。そんな兵士の風上にも置けない奴らを意地と胸と背中を張って守るのが今の僕だ。

 良い意味でストレスの角が丸くなった。それだけの話。

 「Hey,提督ぅ。おやつの時間ネー。」

 嗚呼、そうだ。妻が出来た、なんて言ったら昔の僕はどんな顔をするだろうか。

 「はいはい」

 玄関から手を振る金剛が煌々と輝いて見えた。

 

 

 

 綺麗な白のテーブル、見慣れたティーセット、ケーキスタンドに人数分のスコーンやケーキ。円卓を囲むは金剛型の四人と戦争を忌む者、もといwarspiteと僕の六人。丸に三回線を引いたら出来るであろう交点に腰を下ろしていた面々にならって空いている席に座る。

 ほうっと立ち上る湯気から透けて見える戦艦たちが和気あいあいと会話をしていた。

 楽しそうだ、そう思って淹れたての紅茶に口を付ける。

 「あ"っつ!」

 「What?!」

 「司令?!」

 「やけどした。」

 熱さに思わず舌を出す。

 「Oh,cu…….」

 「金剛?なんか言った?」

 「Nothing.」

 あからさまな赤ら顔。なして?

 「姉様、砂糖吐きそうです。」

 『同じく』

 「sorry…….」

 「?」

 何がどうなってこうなっているのか分からない。きっと空腹のせいだろう。……鈍感系主人公ムーヴかましている気がするけど気のせい気のせい。ツリーフェアリー。

 

 適当にもしゃもしゃしていたら頭が冴えてきた。ここからは話に入っていこう。

 「Hey,提督ぅ。」

 「?」

 「こんな話知ってる?」

 なんか真面目な顔してこちらを見る金剛。

 「提督や私達って安楽椅子に座る古狸って言われていたって話。」

 「初耳だな。」

 「あー、聞いたことがあります。ちょっとマイクセットしますね。」

 流れるように余計なことをし始める霧島。止めようとしたら榛名と比叡がガード。

 「久々なんでやらせてあげてください!。」

 「榛名もそう思います。」

 だ、そうだ。音響の仕事任せたりしてるけど、それでも足らぬか。

 「あー、テステス。」

 ハウリングすることなく聞き取りやすいボリュームの音と整った声が空気を揺らす。慣れたものだと感心した。

 「本件に関するガイダンスを行いたいと思います。」

 霧島が眼鏡をきらめかせて話し始めた。

 

 先日のことである。

 配属されたての艦娘や錬度が一切上げられていない艦娘たちが、『いつもワチャワチャやってる提督やその取り巻きは政府の財源を食い物にして体よくサボっているのではないか』ということを考えるようになったらしい。演習や出撃を行わないのはそれが露呈させずにうやむやにするためではないかとも。

 先述の通り、一人が思ったわけではなく同じような艦娘たちが同じようなことを考えたことによってあられもない噂は広まっていった。

 

 「なるほどね。そりゃ確かに置物だわな。」

 「確かにネー。」

 『ちゃんとして下さい!!!』

 比叡、榛名、Warspiteが同時に声を発した。

 「まあま、霧ちゃん。続きあるんでしょ?」

 「ちゃんと差し込ませて下さい……。」

 「お株盗ってゴメン。」

 「TO BE CONTINUED.」

 「姉様、切らないで下さい。」

 「続きはよ。」

 「……もう、お二人とも。霧島が困ってますから。」

 「ぴえん。」

 霧島が変な語句を使い始めた……。

 『キャラ違くない?!』

 いじり倒そうとしてた僕と金剛が思わずツッコむ。

 「えぇー……では、私榛名から続きを」

 「これ以上掻き乱さないで……」

 Warspiteがわたわたし始めたのを尻目に霧島が弁舌をふるいはじめた。

 

 あの時……クリスマスイブを大演習にあてた日のことだ。大和型二隻をそれぞれ別々に旗艦に据えた連合艦隊の試合があった。

 正直、低錬度の艦娘がドン引いていたらしい。

 

 「なにゆえ?」

 回想をぶった切って霧島に尋ねる。

 「簡単な話ですよ。」

 眼鏡をクイッと直しながら、霧島は言った。

 「戦闘スタイルが異様なんですよ。」

 

 どういうことかを尋ねる前にMCは語り始めた。

 眼光は軌跡となって、砲弾は飛沫となって、悲鳴は歓声となった。凄絶な砲撃戦は超至近距離、おまけに乱打戦だったらしい。対峙した武蔵と大和は互いに一歩も譲らなかったそうだ。

 二人の決着がつく頃には、バリアが剥がれた艦娘たちが二人を鼓舞していた。

 そりゃ殴り合いの距離でガンファイトが長時間続けば待機してるやつは応援するわな。

 

 「どうりでね。」

 「はい、道理です。」

 「ただ、一つ問題が……。」

 おずおずと会話に入ってくる榛名。歯切れが悪いな?

 「どうしたの?」

 「榛名、私から言うね?」

 妹の代弁を比叡がするみたいだ。

 「えーっと、私たちの演習を見た娘たちがね……。」

 比叡も歯切れが悪い。

 「Hahaha…….」

 金剛もか。

 「あのですね、提督。」

 霧島が姉一同の説明引き継いだ。

 

 金剛型は1、4と2、3で別れて連合艦隊の旗艦と副旗艦を務めたらしい。金剛と霧島、比叡と榛名がペアになって様々な錬度帯の子達をまとめあげた。その錬度帯には、古狸と後ろ指を指した者も含まれていたらしいのだが……。

 

 「一言で言えば、地獄絵図……ですかね?」

 そんなことを霧島は遠い目で言った。

 

 どうにも、大和と武蔵の演習が前座だったと言わんばかりの肉薄した戦闘を行ったらしい。砲撃の衝撃で霧島の眼鏡にヒビが入ったり、榛名のダズル迷彩が至近弾をかすめたせいか通常の砲台にしか見えなくなってしまうほどの戦闘だったとかなんとか。

 

 「ハッスルしすぎじゃない?」

 霧島は過去、というか史実では弾道計算なんて放棄してしまうほどの至近距離での乱打戦を繰り広げていたそうだ。データが反映されているのかどうかは確かめる術はないのだが、どうにも至近距離の戦闘を楽しそうに感じている節はある。

 「ふふふ……。」

 ほら、楽しそう。

 

 姉妹で大立ち回りを演じたことによって、古狸だの女狐だの言われなくなったそうだ。が、余程鬼気迫るものだったのか、この演習以降『姐さん方』やら『姉貴』やら言われるようになってしまったとか……。

 

 「困ったものデスネー。」

 誇らしげに遠くを見る金剛を横目に啜った紅茶は生温かった。

 なんか金剛型キラキラし始めたし。

 水を差すことになるが、余計な詰問をしようと口を開きかけた。その時だった。

 こちらの肩に手を置く者がいた。

 「?」

 「……!!」

 その者曰く、それは悪手だそうだ。こちらに向ける視線と日本式の身振りとして横に振り続ける顔が何よりも雄弁だった。

 「……。」

 「…………。」

 目と目で話すのは何も長く付き合いのある親しい間柄のみではないことを僕は知った。

 ホッとしたのか、居ずまいを正すようにWarspiteは紅茶を啜った。

 ……ここまでの流れを簡単にまとめるなら『元レディースの社員が最近ぶちアゲた手柄を話しているのを聞かされた現職場の上司』ってとこだろう。

 そして、訂正しよう。Warspiteは居ずまいを正すためでなく現実から逃げるため遠い目を紅茶を啜ったのちにした。

 「なるほどね……」

 会話を続けるためでなく、別の道を歩むために倣うことにした。

 堂に入った所作で紅茶を飲んだ後、一切合切の感情を頭から叩き出し無の境地に入った。

 すうっと透き通った、ずうっと遠くの空を眺め時が過ぎていく。

 

 

 「……く!……とく!」

 声がした。

 酷く視界が揺れる。

 「いとく!……提督!」

 紡がれる言の葉が鮮明に聞こえ始める。

 「司令!」

 「提督!」

 「Admiral!」

 「……ぁ?」

 すっかり渇いた口から発した声はかすれていた。

 目の前のケーキスタンドから食物を連想して唾液を無理矢理出す。汚いが唾液で口をゆすいで飲み込むことで喋れるようにした。

 「どうした?」

 本調子でこそないが、声は出した。

 『ふう……』

 安堵のため息が聞こえる。

 「心配したんですよ、提督。白目を出して失神してるみたいだったので。」

 「マジ?」

 「いえ、アレはsleepingネー。たまに見マース。」

 「マジ?」

 「さっきまでの司令は?」

 「馬耳……やかましいわ。」

 漫才が済んだところで別の議題に切り替わったらしいことを伝え聞く。

 「……んで、なんの話だったっけ?」

 「再戦を要求します。」

 「おっし、帰る。」

 「Please wait!」

 「おうちかえる!」

 「お忘れですか、司令の家はここです」

 「やー!」

 腕と足と頭を五人がかりでホールドされる。

 何故、年齢的にキツイ態度をとっているかというと……。

 

 簡単な話、金剛型四人を相手にした対人演習にて完勝してしまったからである。ルールは川内型と同じ。当初泣きつかれるかと思っていたが、めがっさ駄々こねられた。

 正直に白状すると、川内たちより頭が回る分キツかった。

 まあ、装備を出し惜しめただけ僥倖だったが。

 

 そういう訳で疲れるから是非とも断りたいのだ。

 「第一、僕に何の得があるのさ?」

 「ワタシとBurning出来マース。」

 後で石炭にしたる。

 「日常をカウントすな。」

 「日頃の感謝って大事ですよね。」

 「掩護射撃すな。」

 「Admiralは初心者ぶって周りを狩るから……。」

 「どういうこと?!」

 本当にどういうこと?

 『こっちの台詞(ネー)!!!』

 話がごちゃごちゃしてきた……。イギリス艦と金剛たちの話を要約すると……『艤装リングのみの丸腰の艦娘相手とは言え一方的に勝ちをもぎ取っているのはおかしい』とのこと。

 「そうは言われてもなあ。」

 事実だし……。

 「とにかく、再戦はしません。」

 『ブーブー!』

 「しません。」

 いつの間にか注がれていた紅茶を啜る。

 「……!」

 あぢい。

 「言い忘れてたけど淹れたてネー。」

 「どうも。」

 少し糖分補給をしようとフルーツケーキに手を伸ばす。

 キョトンとする周りの目。

 「今度は何さ。」

 「指令が果物を召し上がるのは珍しいなあ、と」

 『確かに(YES.)。』

 「そういう気分ってだけ。で、だ。」

 あまり好みではないキウイとケーキの先端を切り取り、食べる。自分が真顔になってしまったのを薄ら感じながら話題を戻す。

 「リーダーってそういうものじゃない?」

 『???』

 「OK、脈絡無さすぎた。」

 コホン、と咳払いして仕切り直す。

 「戦闘部隊の長なら強くなって前線立たないと駄目かなっていうのが持論なんだけど。」

 『あー……』

 そして生まれる沈黙。

 気まずい沈黙ではないことを空気感から察する。

 他人がどう思うかを考えてしまうのは悪癖……というよりかは悪習慣という方が正しいかもしれない。

 ともかく、考え込む五人に倣って沈黙……せずにケーキを食べる。チョコケーキ旨。

 

 数分後、額を合わせて結論をまとめ始めた五人。

 そして、始まるジャンケン。

 そこまで言いにくいことなのだろうか。もしくは、言いにくい人間に見えてしまっているのだろうか。

 四回目のあいこから一人負けした榛名がおずおずと話し始めた。

 「提督はどちらかと言うとボスの方が都合が良いです。」

 「そりゃそうだ。」

 呵呵と笑い飛ばして茶を飲む。後ろにいないと困る人間が一番リスキーな前線にいたらえらいことだ。

 だから、"提督"、"司令官"としてはボスの方が良いというのは一理どころか万理ある。

 でも……。

 「何もしないお飾りの狸じゃ誰も聞いてくれないんじゃない?」

 『あ~……』

 得心、諦観が入り混じった顔を連ねる面々。まあ、複雑な心境よな。

 「マスコットネー。」

 置物の狸って……。

 「お好み焼きの店じゃあるまいに。」

 素のテンションで軽くツッコんでおく。

 『?』

 「だよなあ~」

 理解されないツッコミが空を切り途端に虚しくなる。

 

 

 侃々諤々、もとい全員で意見を出して話し合った結果、今のスタンスにちょいとだけボス要素を足してくれとのこと。

 旗艦の傍らよりかは旗艦の頭上の方が安全だと釘を刺されてしまった。まあ、対人戦のスタンスは全肯定されているのはちょっと理解出来ないが。ついでに再戦の催促もされたが今のルールなら無理と突っぱねたところ、発見ではなく接触したらこちらの敗北に改定すれば良いとWarspiteが余計な一言。賛同の嵐で止めに止められず無血開城。

 まあ、LMGぶっぱで止められることには止められるが使用意図に則さないためやらない。

 

 このあと滅茶苦茶土を付けた。灸を据えたとも言う。

 善は急げと息巻いた全員の勢いに圧され、始まってしまった5対1の勝負。府内の職員もギャラリーと化して歓声をあげ始めた。

 スモークグレネードとスタングレネードをいつぞやのランチャーにセットしてばらまいてミスディレクション。

 割れた窓ガラスや音、煙に意識を割かれていることを確信出来たタイミングでジップラインを四方八方に繋げて不規則に移動。

 移動中に窓を通して見えた榛名、霧島、Warspiteを拳銃型麻酔銃でヘッドショット。

 窓ガラスを割って突入した先に金剛が背を向けた金剛がいたためヘッドショット。反対側を見ると気絶している比叡を見つけて念のためにヘッドショット。

 計測してた明石によるとここまで3分ほど。

 「川内型抑えとけ~」

 勝鬨がそれで良いのかという周りの目を気にせず、ジップラインで下に降りて執務室の布団に潜り込む。

 一応、明石に五人の世話を頼んでおいた。

 

 

 気がつくと、夕食の時間だった。

 適当に済ませて寝ようかと思った矢先、何かの破裂音。

 自前、というにはおこがましいが自分の番号が刻印された麻酔銃以外だと聞かないタイプの音。ただ、戦場を想起させるものではない。早い話、拍手とか花火とか日常系の音なのは確信した。

 うるさいなあ、そう思ってしまい壁にあるスイッチを乱暴にしばきかけ、中空で手を止める。眠気から覚めかけた理性が止めてくれたのだろうか…………?

 などと考えても時間の無駄。いつも通りにペシと押す。

 からりと開く戸を横目で見送り、廊下を見る。いや、廊下だけでなく眼前にも視線が行った。

 端的に表現するなら、”花道”。

 職員総出でお出迎えである。執務室近辺には海防艦、食堂に近付いていくと駆逐艦、巡洋艦、空母、戦艦と体格が良くなっていくこの道。僕が到達する前にクラッカーを鳴らしてくれるのは神経質な手前、有難い。足元に散らばるクラッカーの中身は気にしないことにした。

 何千回通ったか分からない食堂の扉をいつものように開けると、中心に鎮座するウエディングケーキと見紛うほどの大きな大きなホールケーキと古参のメンツが僕を出迎えた。

 

 このあと、全員でケーキや食事を楽しむ一次会、バラエティー豊かな二次会、子供たちを寝かしつけて酒が入る三次会、日付を越してテンションがバグった奴が残る四次会、深夜どころか早朝でも寝やしないイカれたのが騒ぐ五次会、夫婦水入らずの六次会……もとい一回戦、流石に鍵のかからない執務室は総員起こしで開けられてしまうので金剛の部屋で敢行。

 何回戦かは記憶が朧気である。素面に戻った頃に金剛に聞いてみたが、彼女も分からないらしい。ただ、絞り出した気配は感じるためそういうことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 季節が巡る、月日が経つ、幾何かの昼夜を繰り返した……どの表現が正しいか、というのは些事だ。

 少なくとも、この地雷を踏んでしまった瞬間のこの硬直の前では。

 

 ことは数分前に遡る。

 いつものように食事を終えて、プレートを下げようと立ち上がったとき鳳翔が傍らにいた。

 いつもの柔和な笑顔とは明らかに違う神妙な表情。

 いつもの対応でどうにかなるケースではない。

 どうした、そう聞こうと口を開こうとする僕より先に鳳翔が自分の腹部をさすり始めた。

 「司令……」

 やめて欲しい、その次の句は紡がないで欲しい。

 「出来ちゃったみたいです。」

 空気が、凍った。

 カクテルパーティー効果、特定の人物の音声が騒音の中でも聞こえてしまう現象なのだが……。

 『……。』

 如実、その二文字が鮮明に頭に浮かぶ。

 詰まるとこ、爆弾発言をかましてくれちゃった訳である。

 

 脳味噌が凍りついたのをハッキリ感じたのはいつぶりだろうか。周りの目を気にしながら思考に逃げる。

 考えるのは2つ。周りの誤解を解くこと、僕の邪推と鳳翔の真意が同じであること。

 そして、ノイズどころか野外フェスが、監視船どころか鉄血艦隊が、大和撫子どころか般若がそこにいた。

 「HEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!!!!!!!!!!!!!」

 コール・アンド・レスポンスのコールなら百点満点の声量と勢いだなあ、と思いながらお約束の金剛のシャウトを聞く。

 掴みかかる勢いでこちらに飛んでくる金剛。

 対して、僕は……

 「金剛、目え見い。」

 彼女の両頬に両手を添え、額と額を合わせ、目を見据えた。

 何秒程度経ったか定かではないが、目の前の人間の雰囲気が憤怒の色から平静の色に変わったのを見て言葉を紡ぐ。

 「0に0かけたらいくつ?」

 「論外……?」

 「そういうこと。そっちの処理は任せた、相方。」

 「Roger.」

 「分かっているだろうけど、角は立てないで。」

 金剛の首肯を見て鳳翔のカバーへつま先を向ける。

 モジモジしてる鳳翔の耳元で河岸を変える旨を伝え、共にその場を後にする。

 

 

 鎮守府門前、距離は取った。聞こえることは無い……はず。

 「えーっと、新メニューの開発でお腹にお肉が付いちゃったって話だよね?」

 手前勝手で悪いが領空侵犯させてもらう。

 「もーっ!なんで言っちゃうんですかー!」

 恥ずかしいのは重々承知だが、切り出さないと始まらない。

 「あそこであー言われたらあらぬ誤解生んじゃうでしょ。」

 思案に入る鳳翔。動向を見守る僕。

 得心がいったように、拳を平手に打ち付けるジェスチャー。

 「確かに……。すいませんでした。」

 食堂の件とデリカシーを欠いた発言の件はおあいこということに。

 「で、用件は例のアレを何とかする手段の相談?」

 「……はい。」

 つまるとこ、ダイエットの相談。ここまでの心労に対する保険とかないのだろうか?

 「スニーカーとかジャージとか持ってる?」

 「すにーかー?じゃーじ?」

 知らない単語を聞いた感じのリアクション。

 「ええっと……運動着と運動靴持ってる?」

 「ああ!持ってます!持ってます!」

 なんか可愛いな。これは空母達が限界化するわけだ。

 「それを身に着けて走るっていうのが無難だけれども……。」

 ふと、ある思考が頭を過ぎってしまい言葉尻が濁った。

 「けれども?」

 仕方ない。乗り掛かった舟に欺瞞を醸すわけにはいかないから正直に言おう。

 「川内たちの対人演習の話って聞いたことある?」

 「ええ、お食事の際によく聞きます。当世風に言うのなら、愚痴をこぼしておいででした。」

 「その演習を何回か行えば本懐を遂げられると思うなあ、って思ってさ。」

 そういうことだ。思考に混じったノイズはこれだった。

 「い、いえ!私事で司令官のお手を煩わせるなどと……。」

 「そっか。」

 生まれるぎこちない虚無。気まずい……、けどぶち壊す。

 「じゃあ、普段着でも運動着でも散歩から始めてみるとかどう?」

 「なるほど。では、参りましょう。」

 「あいよ。」

 鳳翔の足に目を向けると、普段の下駄や草履ではなく動くのに何ら支障をきたさない靴だった。

 

 古い靴の大きな背中と新しさが残る靴の華奢な背中は、調律しながら歩みを進めて行った。

 話をした、普段の食事のこと。

 話をした、職員との関係のこと。

 話をした、人対艦娘の演習のこと。

 何気ない会話が何気ない時間を加速させた。

 

 そうして、40分程度が経った頃。腕時計の30分計測が機能を停止していたことに気付いた。

 「この辺にしておこうか。」

 「何故です?」

 「カロリーの消費に必要な散歩時間って40分くらいだから。」

 「なるほど……。」

 歩くのをやめかけた僕を鳳翔は追い越しかけて、一言。

 「もう少し歩きましょう。」

 「分かった。」

 鎮守府の門まであと少し。

 調律は即座に完了して和音となった。

 

 

 汗をかいたであろう鳳翔を見送り、しばらく海を眺めようとした僕の背に衝撃が走る。

 色々詳細は省くが、事故を起こしたのはお馴染みの女性だ。

 「ゴメン提督!止められなかった!」

 声からして川内だった。遅れて神通、那珂と……誰かが来た。足音から鑑別が出来ずに顔と胴体を少し捻る。

 謎の足音の正体は赤城だった。彼女の口周りや手周りに食物が無いあたり金剛を止めるのは切迫していたのだろう。

 「止めといてくれてありがとうね。」

 それはそれとして……

 「僕の背中に顔擦り付けててどした?」

 「…………!」

 声にならない抗議、かわいいかよ。

 もうちょっとこのままでも良いかも……そう思った矢先、怖気が走る。

 何がそうさせるのか、理由は海に浮かんでいた。

 その影は刻一刻とこちらに迫ってくる。

 「赤城、艤装を取りに行って。」

 『え……?』

 全員があっけにとられる。

 「出来れば金剛も装備取りに行って。」

 「What?」

 「川内型は万一に備えて火力組に声掛けに行って。」

 沈黙は雄弁に困惑を示した。差し迫る脅威をいち早く伝えるため簡単に話す。

 「敵だよ、敵。深海棲艦来てる。」

 日常が崩れる、戦地での平穏は薄氷のようなものなのを改めて知ることになった。

 「提督も逃げて下さい!」

 「ちょっとお仕事してから退くわ。」

 百メートル以内に迫る深海棲艦、恐らくロ級駆逐艦であろう。体色が黄色を帯びていることから旗艦クラス……flagshipと呼称されるものだ。

 眼前五十メートルに迫るロ級flagshipを見て、満身創痍だと感じた。仕事用の端末でスキャンすれば大破していると表示されるであろう程度にはボロボロだった。

 海岸線から走って遠ざかり距離を稼ぐ。

 鎮守府の門に到達したころには、深海棲艦は砂浜に乗り上げそうになっていた。

 チャンスではないかと判断した僕は、何故か暴徒(艦娘)鎮圧用軽機関銃を背中のステルス迷彩から取り出し乱射する。

 敵は緩慢だった動きが被弾したせいか余計に遅く感じる程に弱体化した。打ち上げられたクジラの死に際を想起してしまうほどに。

 ここで処理できないかと思い、グレネードランチャーを取り出そうとした、その時だった。

 レシプロ機がけたたましく駆け付け、おびただしい量の爆撃を行っていった。

 上陸していた深海棲艦は木端微塵に爆散した。

 「ナイス。」

 警報音らしき不快な音が常備している無線機から聞こえる。

 「司令!大丈夫ですか!?」

 「……!」

 音が割れていた。おみみがこわれりゅ。

 「司令?!司令官?!!!」

 「だ、だいじょうぶ……。みみが・・・」

 「耳…………?」

 静寂が訪れる。訂正、高音の耳鳴りが響く。

 「・・・あっ、失礼いたしました。」

 先ほどの爆音じみた心配の声と耳鳴りのせいかとても小さく聞こえる普通の声量。

 「・・・心配ありがとう。大丈夫だって館内放送でみんなに伝えておいて。」

 「いえ、手遅れみたいです。」

 呆れの分量が多い安堵混じりの声は何を意味するのだろう、そう思い鎮守府の入り口を見ると今の僕の家族が血相を変えてこちらに向かって全力疾走。

 

 

 

 このあと、しこたま怒られた。

 ついでに、何故か龍田にスカートを盗んだと難癖をつけられてしまった。なんで?

 

 

 またまた月日は流れ、ハロウィン。

 何かしらの催しをし続けてきたウチの鎮守府では珍しく艦娘側が企画やその実行をするイベントだ。

 これを割愛やカットするのは無粋だ。などと言いつつスルーしていた気がする。

 今回はトリック重視で対応することにした。そして、奮発した。

 先日の『古狸』呼ばわりされていても反論のしようが無いことは自覚している。そのお飾りなりに資金はそれなりに転がせる。なので、田舎のスーパーレベルから小都会の百貨店くらいにはグレードアップした。懐が冷えたよ、とほほ。

 障子戸をノックする音。さて、開幕は誰かな?

 「やっほー!酒盗頂戴!」

 簡素にシーツを被ってる誰かさん。声とテンションからして隼鷹か?

 「隼よ……んにゃ、飛鷹何してん?」

 うっすら透けて見えた黒髪とふと頭に走った思い出から、ギリギリ言い直した。

 「何で分かるのよ?!」

 「昔、酔った勢いで隼鷹のモノマネやってたから。」

 「やったっけ?」

 「素面の隼鷹が慌てて飛鷹の首根っこ掴んで回収してたから覚えてる。」

 「……。」

 「……。」

 黙っちゃった、黙っちゃったからには……ねぇ?

 「出雲丸ちゃんはおつまみ欲しいの?」

 「ぶうっっっ?!!」

 「シーツ合って良かった。」

 「ひどい!」

 「なら銃口向けんといて」

 「む~」

 適当にあしらいつつ、お菓子をあげる。

 そして、沈黙。なんで?

 「去年とは違うのね。」

 そういうことね。

 「そういうことね。」

 去年はイタズラを選んでたからそのせいかと合点した。

 「そうよ。」

 なんかチラチラ見える……。いや、まさかだよな?

 「……ネタ潰ししていい?」

 多分だけど……、いや確実にそうだ。ネタ被りの姉妹が後に控えている!?

 「..............................え?」

 「......後ろに出るタイミング逃したチューン済みの隼鷹いるでしょ?」

 「......あのさあ、指揮官としては80点だよ......。男としては下だけど。」

 やれやれと言わんばかりにシーツを取りながら呆れ顔を見せてくる。

 「赤点でも点数は付けといてもらって。あとチラチラ見えてるから残りの20点貰っとく。」

 『?』

 「海防艦と潜水艦に無理させないの。」

 肩車して丈を稼ぎつつ、シーツを被った面々が視界にちらついているのを指摘する。

 『バレたか...』

 「全員で嘆かないの。お菓子あげるから。」

 『Boooo!』

 ハロウィンの出鼻がこれだ。

 

 出鼻はあるけど、『中鼻』とか『後鼻』は聞かないなあ……などとうつつを抜かしかけた時だった。騒ぎが起きた。

 簡単に言うと、シートまみれ。シーツにビニールシートに果てはブルーシート……おまんらなあにしとん?いや、ハロウィンの慣例なのは分かっているんだけど・・・。

 しかも、ぎっちぎちに廊下に詰まってる...。

 「はーい、一旦捌けて~。」

 手をメガホン代わりにして呼びかける。

 先頭の娘達は割とスムーズに抜け出たが、それでも後はつかえている。

 しょうがないからパズルのように一人ひとりほどいていく。幸い、下敷きになっている人はいなかった。

 本当なら個人個人で対応したいところだが状況が状況だ。

 「お菓子あげるから一旦解散!」

 列を作らせて後ろにいる娘にバケツリレー方式で行き渡るように配っていく。

 「あーと。」

 僕の呼びかけに満悦な顔から恍惚な顔たちがこちらを見る。

 「執務室に押しかけないの。」

 『はーい!』

 「良いお返事。」

 去り行く面々の背中を見送りつつ、思った。

 大したことをしていないのに疲れた、と。

 思わず、使い古した腕時計を見る。隼鷹や飛鷹の件から三十分くらいしか経ってない?!これで?!

 そんな僕は無意識かつ自然にとある艦娘に無線を発信していた。

 

 「どうしたんです?そんなゲッソリして...。」

 コールした艦娘は破天荒な普段と違ってかなり親身で真摯な態度だった。逆に言うと、真顔にさせてしまうほど今の僕の顔は切羽詰まっていたそうだ。

 「秘蔵っ子貰っていい?」

 ついでに思考も終わっていた。

 「あの、お渡しするのは構わないんですけども理由を聞かせてもらえません?」

 「うびびびびびびびびび……」

 「?!」

 客観的視点も終わっていた、とのちに酒を呑んだ明石はこぼしていた。

 

 「ふと気づくと、中庭にいた。」

 「なんのナレーションだ?相棒。」

 「いや、何でもない。」

 口の中に親しみある人工的な甘味と体に良くなさそうな薬品の匂いが満ちていた。なのにエナジードリンクを飲んだ記憶が無い...明石が僕の口にねじ込まないとまずいと判断するレベルでイかれていたのだろうか...?

 後でお礼とお詫びをしておこう。

 「それはそれとして、武蔵仮装しないの?」

 「うーむ、どう話したものか。」

 そうして聞いた文言から要約すると、『少し恥ずかしいから仮装はしない。けど、催しの雰囲気を壊したくないから中庭にいる』だそうだ。それはどうなのだろう、とも思ったが慮りを無駄にするのもなんなので言及しないことにした。

 「とりあえず、これ食べといて。」

 手渡しで菓子を渡す。

 「これは……。」

 「んじゃ。」

 中庭を後にした。

 近場にいた妹が心配なのだろう大和にも菓子を渡しておいた。

 「…………な。」

 何かが聞こえた気がした。

 

 鼓動が速くなる。疲労を感じにくくなる。意識が鮮明になる。数年ぶりのカフェインが身体を巡る。明日の疲労感が大変そうだ、なんて自嘲しつつ足取りは軽やかだった。

 可愛いゴーストから口にするのははばかられる悪魔の一種のコスプレまで多種多様だった。

 菓子をばらまいて茶を濁しまくる。とんでもない格好の人はリネン室から拝借したシーツを被せて個室へぶん投げたあとに菓子を近くへ置いておいた。何人か意外なことをしているから自室で安眠コースへご案内。まさに夢心地。

 うーむ、人に銃口向けるのに抵抗無くしてきてるな。自重せねば……。

 そんな一人反省会を知ってか知らずか、川内型が年相応の愛らしいコスプレで雁首揃えてご対面。

 「やっほー提督!」

 「どうも」

 「プロデューサー!」

 「はいよ。」

 三者三様のお返事が返ってくる。ちょっと身構えてしまっているのが出てしまった……。

 『Trick or Treat!!!』

 そんなこちらの懸念を知らずに慣用句が息ピッタリに飛び出す。

 「手、出して。……はい、どうぞ。」

 菓子を手渡すと三人とも鳩が豆鉄砲を食ったような顔した。そして、段々と不満そうな顔へ変わっていき・・・。

 「ちぇっ、今年は演習じゃないのかあ。」

 「姉さん。」

 「特訓じゃないの?」

 「なんでさ。」

 これはひどい。

 「・・・今回はお休み。それに今更だけど対人戦する意味ないし。」

 「あります!」

 こちらの発言に鬼気迫る表情になりかけた神通。しかし、すぐにしおらしくなっていった。どうにも取り乱したようだ。

 「本社との交渉とかに役に立つよ~!」

 「そうそう、カチコミだー!!!」

 「はいはい、何言ってるか分からないからね~。追加で激辛お菓子あげるから帰った帰った。」

 口臭ケア用に持ち歩いている清涼タブレットを一人一つずつ渡す。

 「ほいじゃ。」

 この場を後にする僕の背中は悲痛な叫びを微かに捉えた。

 

 そうして、ハロウィンの日は更けていった。珍しく金剛が執務室にいないな、と思ったが昼間に安眠コースへご案内したのを失念していた。

 

 

 

 

 一年が過ぎ去るのは早い。そう思えるのは振り返っている未来の自分自身の特権である。

 少なくとも年始を翌日に控えた僕はそんなことを考えながら物思いにふけっていた。今年も濃かった。

 年中行事の他に一カ月に一回の催しやそれについてくる二次会関連の宴会もついてくる。休肝日を作らないといけないかもしれないと危惧しかけるほどに酒が無くなっていく。ビスマルクが日本酒に慣れたり、隼鷹が黒ビールをがぶ飲みしたりしていたのを朧気に思い出した。肝臓に気を遣わなくて良いのかとも聞いたが艦娘だから大丈夫だと押し切られてしまった。便利な体だなあ、とだけ思うことにした。

 「……こんな所で何しているの?」

 「いや、種族の壁は厚いなあって思ってた。」

 「……?」

 そういう反応になるよな!唐突すぎるッッ!

 「何でもない。こっちの話。」

 取り繕うには手遅れのはずだが、のらりくらりとやってきたからか……はたまたタダの声掛けだったのか弥生は軽く手を振って去っていった。

 食堂にいるとはいえ、物思いにふけるには場違いだなと自省し返却口にトレーを返した。

 「あら、今年はお部屋で過ごすので?」

 「?」

 女将さんの反応に困って掛け時計をみやると午後十一時を指していた。

 「?!!!!」

 内向から外向に思考がシフトする。と、同時に鳳翔が簡単ないきさつを話し始めた。

 「あれから何か深刻そうな顔で考えていらしたので艦娘総意で"そっとしておこう”ということになってまして。」

 「だからか!」

 得心。

 「ちなみに総意の中に再集合ってあったりする?!」

 「もちろん!」

 鳳翔や伊良湖、間宮のボリュームを絞った館内放送を尻目に僕は館内を疾駆し待機状態を解きながら、何故思考の沼に溺れていたのかを思い出し始めた。

 

 大掃除を年末に行うのは日本人の慣例ではある。もちろん、日ごろから清潔にしておく方が良いに決まっているのだが綺麗事は時として机上の空論と化す。言い直すと、今年のうちの鎮守府は早めに掃除をしておくどころか年末を迎えるまでにあまり掃除をしていなかったのであった。だから二十九日から大掃除を始めて、府内が綺麗になる目途が立ったのが三十日の夕方で、実際に終わったのが大晦日の午前十時だった。

 「大掃除お疲れ様。各自適宜休息。」

 『はい!』

 ほとんどの職員が食堂へ雪崩れ込む。夜通し掃除をしていた艦娘は自室に帰り始めた。彼女たちの背中を見送りながら士気、もといやる気を上げるために自室である執務室に戻ることにした。端的に換言するならば、仮眠する。

 「ただいま。」

 広い執務室に言霊が響く。

 「おかえり。」

 廊下に透き通る声が響く。

 「叢雲がここにいるのは珍しいね。」

 「いいで『私もいマース!』……。」

 「おお、初期メン。同窓会か?」

 「……弥生も、いる。」

 「お邪魔しています、司令」

 叢雲、金剛、弥生、赤城……本当に同窓会染みてきた。そういえば、このメンツって夜通し掃除してたはずじゃ……。

 「食事取らなくていいの?」

 『それは後で。』

 ご唱和である。思わず、

 「なんで?」

 と口に出てしまう。

 「寒いから。」

 「貴方がいるから。」

 「……寒いから。」

 「冷蔵庫があるので~。」

 四人それぞれの理由を手短に語る。それはそれとして、寒いと言う二人の言が指す通り起動し始めた暖房がこの部屋を暖めるまで時間を有するであろう。よく見れば、コタツに足を入れている面々はうすら震えていた。コタツも起動したてかあ……。

 「じゃあ、失礼仕る。」

 人三人は優に入れる一辺の長さを誇る特大コタツ。仲良く四人で卓を囲っているので相伴にあずかることにした。その結果……。

 「は~、あっつ。」

 「?!」

 「……ひゅ~ひゅ~」

 「ご馳走様です。」

 露骨に目をそらす叢雲、慣れたことなのに新鮮なリアクションをする金剛、はやす弥生、満足そうな赤城。

 「なにさ。」

 茶化す感じで軽く抗議しておく。

 

 赤城の腹の虫が鳴くまであまり時間はかからなかったが、それでもユルくてぬくい空気が部屋に満ち満ちた。

 そんな中、廊下が足音で揺れ始めた。恐らく、食事を終えた子たちが自室へ帰り始めたのだろう。そんな足音達の中、妙な動きをする音が二つ。そんな二人は形だけのノックをしてこちらの返答を待たずに廊下と執務室を隔てる障子戸を開けた。

 「やっほ~、提督いるぅ?」

 「鳳翔さんが心配していたので様子を見に来ました。」

 気さくな北上、世話焼きな大井が来訪した。

 「うぃ~っす。」

 特に声を大きくするでも、張るわけでもなく無難に返事をする。無難過ぎて素が出ているけども。

 「入るよ~」

 「失礼します。」

 そんでもってコタツに入りこむ二人。特筆する、という程でもないのだが陣取った箇所が話をしやすくするために僕を挟むように、北上と大井が互いが対面になるように座っている。

 ちょっとした沈黙。そんな中、始めに口を開いたのは大井だった。

 「ごはん、食べないんですか?」

 まっすぐこちらを見ながら大井が尋ねてくる。

 「食べてから寝ると気持ちいいよ~」

 「北上さんっ!」

 ユル~い感じで北上が魅力的な提案をしてくる。

 ぐぅ~~~~~~~~~

 誰かの腹の虫が鳴いた。

 「はいっ!」

 うん、赤城が元気に挙手してるね。

 「コタツが温まってきたとこだけど、皆でごはん食べに行こうか。」

 『は~い。』

 「あたしもおかわり~」

 「北上さん?!」

 「しゃーないな。行くぞ~」

 『は~い。』

 徹夜組と食事済みの面々と食堂に向かった。

 

 各々が好きな食事のプレートを持ち寄る中、僕は自分の食事に加えパーティ用の食事を乗せたプレートをしれっと卓上に置いた。

 「大掃除お疲れさまでした。そして、頂きます。」

 『お疲れさまでした!!!』

 まだ昼間ということもあり、コップにソフトドリンクを入れたまま乾杯する。

 コーラにメロンソーダ、抹茶ラテにアイスココア、ラムネに炭酸入りのブドウジュース……真ん中に鎮座するフライドポテトの山も相まってカラオケで打ち上げしているのか、と思った。

 「すいません提督、カラオケのバージョンアップが終わってません!」

 いよいよか?いよいよなのか?

 「いや~去年ぶりだっけ?」

 「はい、確かそのあたりだったかと。」

 抹茶ラテを一口飲んで牛乳ひげを作った赤城が去年のことを思い出していた。ふと、思った。大戦中のデータから見ればあまりにハイカラなものを飲んでいるな、と。

 「最近の空母達のブームなんです。」

 彼女はこちらの視線に気づくやいなやそんなことを言った。それに厨房の鳳翔を巻き込んだ抹茶ラテがブームかあ、ちょっと気になる。

 「後で飲んでみるよ。」

 「オススメのお茶菓子はバターたっぷりのクッキーです!!」

 「美味そう。教えてくれてありがとう。」

 「美食に部下も上司もありませんから。」

 そう言いながら赤城は自分のプレートの食事を食べ始めた。……ん?いや間違えた。すでにデザートの黒糖ゼリーを完食しかけていた。あんなにあったミートソーススパゲティはどこかとも思ったがお腹の中であろう。

 「……司令、ラムネもおいしい。」

 大和印の入ったガラス製の瓶を置きながら弥生はそう言った。

 「……オススメの付け合わせは間宮さんのバニラアイス。」

 「それも良いな。」

 フロートにするのもかなりアリだ。いけね、ヨダレ出た。

 「ホットココアにはロールケーキです。」

 「冬場には有難いな。」

 オススメのスイーツセットを述べる会になってきた。にしても、大井の勧めは簡便だった。オススメってなんだっけと思っていたら大井がマグカップのふちに口を付けながら目くばせをしてきた。黙って試せとのこと。

 「どっちも一口も~らい。」

 「ええ、ええ!どうぞ北上さん。」

 口を付けた場所なんてお構いなしな二人。うーむ、平和だ。

 『貴方(てーとく)も良いんですよ(だよ)。』

 「気持ちだけもらっとく。」

 槍の矛先というにはあまりに丸く温かい切っ先だった。差し伸べられた手という方が自然かもしれない。二人には少しだけ申し訳ないが遠慮させてもらう。

 「も~イボ痔なんだから」

 『それを言うなら意固地。』

 とんでもねえワードが出てきた。まさに藪蛇である。大井が一緒にツッコんでくれて良かった。 

 「んへぇ~。」

 やりきった顔してらっしゃる北上さん。へっちょりしてるし……。

 「あ~、このジュースはゼリーの素を貰ったりナタデココを入れると良いよ~。」

 「そのパターンもあるのか。」

 炭酸ジュースってゼリーになるのだろうか。……と、思っていたら白い粉を入れてティースプーンで混ぜ始めた。視線に気づいた北上はカップを持ちながらこちらに来た。

 「見てて~」

 シュワシュワと空気を立てるジュースが段々と固まっていく。スプーンの動きが緩くなってきた頃、北上が手を止めた。

 「ほら、しゅわしゅわぶどうゼリーの出来上がり~。お味は是非とも自分でお試しあれ~。」

 「美味そうだからそのうちやってみる。」

 「それやらないや~つ~。」

 「残念でした、次のドリンクでやりま~す。」

 「ちぇ~」

 あえてこの雰囲気を言語化するのなら『もんにょり』としたものだった。他に示す言葉はあるのかもしれない。けれども、今の僕にはわからない。

 これまで沈黙を貫いていた叢雲が最初の頃からは想像がつかないほどフランクなものを飲み干してこちらを見据えた。

 「うっ……んんっ!あたしのオススメはジャンクなスナック全般ね。」

 「ここでスイーツから逸脱するのか。」

 「別にいいじゃない。あんたとアタシの仲じゃない。」

 「それもそうだな。」

 「WHY?!!!!!!」

 しまった、風船に空気を入れ過ぎたはずみでついに爆発した。

 「どうどう、早めの忘年会なんだから。」

 「Hmmmmmmmmmmmm.」

 「ほら、金剛のオススメ教えてよ。」

 嬉しさ25%、不満75%な顔をしている金剛。放置が堪えたのかプレートの料理はすでに空。おまけに素手でフライドポテトをガッツリいったらしい。綺麗な指が油と塩まみれなのがその証拠だ。

 「うわ~無難。」

 「北上さん。」

 北上の茶化しに大井のたしなめが入った。ただ大井のたしなめもどことなく諦めが入っていた気がするけれども。スルーしとこ。

 「むぅ、私はメロンソーダを飲んでます。」

 「うん。」

 「オススメは、ソフトクリームデース。乗せると更にヨシ、デス。」

 いつも以上にカタコトだった。慰めになるかは分からないが起爆剤に自主規制ものをかまそうとしたとき、思考ルーチンを消し飛ばすほどの話題が聞こえてしまった。

 「アタシ達もここにいて長いけど、みんな平和になったら何がしたい?」

 朝食を聞くテンションでそんなことを叢雲は言った。

 「私は良いベッドと布団買って寝る。」

 北上は言った。

 「北上さんと同じ褥に入るわ!」

 声がでけえ大井。

 「焼肉なるものの食べ放題とやらに行きたいです。」

 食い気が凄い赤城がなんか言ってる。

 「……私は、みんなといたい。」

 あら、かわいいやよ。

 「BURNING LOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOVE!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 「あら、お盛んね。アタシは…………何がしたいのかしらね。まだここにいて考える時間が欲しいところね。」

 「ふうむ。」

 思わず、考え込む一同。僕は何がしたいのか。この平行世界の事案が片付いたら僕は果たして戻れるのだろうか、元の生活に、元の環境に……。

 心境は曇り空。さらに雨が降ることにつながる一言を最古参が行ってしまった。

 「噂によると、司令官権限で連れていけるのは一人までらしいわよ。」

 スプーンを空で遊ばせながら叢雲はそんなことを言った。

 コノセイカツガクズレル?ヒトリダケ?ナンデ?ドウシテ?

 「なーんてね。噂なんて考えるだけ無駄よ。……ちょっと、真面目な顔して考え込まないでちょうだいよ。」

 コノセイカツガクズレル?ナンデ?

 「あーあ、バッド入っちゃった。冗談はみんなが笑ってないと冗談じゃすまないんだよ。」

 ヒトリダケ?ドウシテ?

 「放っておいてあげて下さい。こうなると長いんです。」

 ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?ナンデ?

 

 

 一年が過ぎ去るのは早い。そう思えるのは振り返っている未来の自分自身の特権である。

 少なくとも年始を翌日に控えた僕はそんなことを考えながら物思いにふけっていた。今年も濃かった。

 

 ふと意識がはっきりしたのと経緯を自覚したのはこのあたりだったか。

 朝のメンツ全員に詫びを入れ、遅いながらも忘年会を開く運ぶ流れになった。

 「提督、バージョンアップ終わってます。」

 「教えてくれてありがとう、鳳翔。」

 「那っ珂ちゃんだよおおおおおおおおお!!!!!!!」

 待ちかねた、そんな感じで雄たけびを上げる那珂。女子なのに雄たけびなのか……。

 一年ぶりの那珂の歌声をバックに思い思いに年越し蕎麦をすする面々。

 「アンタは歌わないの?」

 そんなことを叢雲は言った。

 「こんな時間だからね。」

 「近くに家があるわけじゃないんだから遠慮しなくてもいいのに。」

 「いや、単純に声が出ないだけ。」

 「あら、そ。てっきり恥ずかしくて日和ったかと思ったわ。」

 「日和ってたら僕含めてみんな散華してる。」

 「それもそうね。」

 那珂がハッスルし始めて間もない頃、僕と叢雲は偶像とは対角線の端にある席に座していた。

 「ねえ。」

 「ん?」

 神妙な面持ちの叢雲。

 「少し涼みたいの。付き合ってもらえる?」

 「あいよ。」

 表に出ろとのこと。

 

 小児用のコートを羽織った叢雲と見た目の割に防寒性能が凄まじい指揮官用の軍服を羽織った僕は砂浜の波打ち際に腰を下ろしていた。月明りに照らされる波、寄せては返り寄せては返る波。それを呆けて見ようといった趣旨ではないことを僕は最初から分かっている。

 「どうした?」

 「言ったでしょ、涼みたいだけだって。」

 話す覚悟が決まってないらしい。だったら待つだけだ。

 波が何回こちらに向かい、そして返った頃か……叢雲が口を開いた。

 「怒ってる?」

 思考が非生産的になったことだろうあのことか、と得心がいった。

 「……。」

 怒ってはいない。ただ、何をどう言えばキチンと伝わるか考える時間が欲しくて言葉に詰まった。

 「その……ごめんなさい。混乱させるつもりはなかったの。」

 謝る叢雲。

 「私はただ話のタネになると思って。」

 怒ってない、そんなことを言うだけで良いのに言葉に詰まる。寒さで口がかじかんだのだろうか。夜の空気もあってどんどん雰囲気がどんどん重くなっていく。

 「ねえ、何か言ってよ。」

 「……。」

 単純なことを言うことほどキツイものはないな、なんて頭で考えたところで読心術でもない限り分かるわけがない。叢雲のアクセサリーである謎の装置がこれまでに見たことのないターコイズブルーよりも昏い蒼になっていった。ゆっくりと隣の叢雲の顔を見やると、つついただけでズブズブに崩れそうな顔をしていた。

 ここでようやく口と手が意識の管制下に入った。

 「待って。」

 「……。」

 今度は叢雲が押し黙る番になった。

 「ちょっと話そう。」

 逃げ出そうとした彼女の顔は今にも泣きだしそうだった。

 「着任したての時、覚えてる?」

 「……ズズ…ええ。」

 鼻水をすする音は聞かなかったことにした。

 「あの時の叢雲も今と似たようなこと言ってたよね。」

 「アンタ……。」

 ”泣きそうな人間つらまえてそんなことを言うのか”と言いたそうな顔をしていた。

 「でも、あの時と違ってみんなの今後を真剣に心配しての発言だったんでしょ?」

 「……。」

 彼女は驚いたような顔をしている。ただ、何に驚いたのかを考えることは今の凍りかけた頭では出来そうにない。

 「だから、怒ってないよ。ま、空気は読めてなかったけど。」

 こちらから顔を背けて、コートの袖で顔を乱暴に拭った叢雲の一連の動きは見なかったことにした。

 「ま、まあ、アンタがそういうのならそういうことにしておいてあげる。」

 虚勢なのは見て分かる。まあ、それに触れるのは野暮も野暮だろう。

 「先に戻るわ。」

 「おう。」

 「それと。」

 「ん?」

 「アタシはアンタの歌声、好きよ。」

 「ありがと。」

 軽口には軽口で返す。どうしようもなく不器用な会話だが、それでも伝わるものは確かにあった。

 

 

 年を越す十分前に食堂に戻った僕は、思考がフリーズした分を取り戻すかの如く思うがまま食事や酒を堪能し日を跨いだのだった。




 据え置き型の狩猟ゲームをやったり、スキルが使えるFPSをやったり、異性の友達と交流した結果ふられたりしてました。正直メンタル来てます。
 まあ、それは置いておくとして、一話の前書きの通り十万字程度の小説となっております。次回に挙げるネタは浮かんでいるのですが、これまで以上に執筆時間が見出しにくくなっているため投稿時期が不明瞭です。ごめんなさい。
 GWに入ってしまった仕事や学業への活力剤になるのなら物書き冥利に尽きます。

 それでは、次回をお楽しみに。

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