仮面ライダーエターナル―NEVER SIDE STORY― 作:K/K
遠く離れた空で、一機のヘリコプターに爆発が起きた。紅蓮の炎と黒煙が突如として上がり機体を一瞬にして包み込む。
やがて中からヘリコプターだった残骸をいくつもの破片として落下していき、その下に並び立つ建物へと降り注いでいった。
誰もがヘリコプターの残骸に阿鼻叫喚としている中、残骸とは違う、それ自体が輝きを放つ小さな物体が流星のように街へと降っていく。
私は、その光景を見て、素直に「綺麗」だと感じた。そして、これからこの輝きが起こすことを考え、胸の奥に量りきれない錘のような罪悪感、そして穴の空いたような諦念を感じていた。
私の名前は、マリア・S・クランベリー。国際特務調査機関の捜査員──という肩書きを持っているが、実際は違う。
私の本当の名前は大道美樹。不死身と呼ばれた傭兵集団「NEVER」の一員であり、そしてかつて一人の息子を持つ母親だった。
◇
いま、私は一人街の中を歩いている。黒のコートを纏い、最低限顔が隠れるようにサングラスを掛けて。
一般人には私が誰かなんて分かる筈は無いだろうし、興味を持たれることも無いだろう。
もし、自分の顔を知っているような人物が居れば、それは一般人ではなく、この世界の裏側を知っている人間であろう。ただし、それでも分かるのは、私の表側の顔だけであろうが。
頬を撫でるような風が吹き、それにつられて空を見上げる。その先にあるのは、この街の象徴とも言うべき巨大建造物の風車。大きな翼が風を受け、ゆったりとした早さで回り続けている。この街には、この風車だけでなく、街の至る場所に風車が設置され、そこから電力を発生させエネルギーを生み出している。
この街の名は風都。風車が回り続けるこの街には似合った名前だと私は思う。
この街に来て、見て回り素敵な街だと思うのは、私だけであろうか、それともかつて住んでいた街に対する愛着からくる只の贔屓にすぎないのか。
十数年経って変わった街の様子を見ながら、街を駆け抜けていく変わらない風を身に受け少しだけ感傷に浸ってしまう。
いい思い出も有れば、消し去ってしまいたい思い出が有る街、風都。
変わっているが、何気無い街の光景に過去の思い出が甦る。が、視界の端に映った光景が私を現実に戻す。
黒いスーツをきた男達の集団。ここからでは聞こえないが、何か会話をしながら時々顔をしかめ、不快感を露にしている。
男達の集団、それはこの街に根付く組織「ミュージアム」の構成員。園咲という一族が造り上げ、この 風都でガイアメモリと呼ばれる道具の売買、実験を行い、この風都を実質的な支配下に治めている。
私自身、この組織の目的については深くは知らないが、私の表向きの仕事を通じて組織の持つ技術や活動についていくつもの情報が入ってきている。
ミュージアムは園咲家の家長である園咲琉兵衛を頭とし、残りの家族を幹部とした身内中心の組織である。しかし、身内中心といっても決して仲睦まじくやっているわけではなく、この数ヶ月の間で二人も幹部が消えている。
一人は園咲霧彦。長女である園咲冴子の夫であり、園咲家の婿養子であった男。事故による他界と表向きに言われているが、実際には別の幹部の粛正により消されたという情報もある。
二人目は、霧彦の妻である園咲冴子。こちらは死亡したという情報は無く行方不明となっている。組織への離反は、一時期霧彦が殺害されたことに対する報復の為か、という推測をされていたが、離反した時に別の男性と一緒であったことからその考えは却下され、単純に組織内の権利や利益問題であると片付けられた。
身内で争う……私はそんなことを考えたくはない。
黒服達は慌ただしく車へ乗り込むと、すぐにその場を去っていった。ヘリコプターのことは耳に入っている様子ではあるが、まだ実行犯については掴めていない様子である。
私も心なしか歩く足を早め、この場から離れる。
歩いている最中、ふと脳裏に園咲琉兵衛と初めて会ったときのことを思い出す。会話などは一切しておらず、せいぜい顔を会わせただけであるが、園咲琉兵衛との邂逅もまた、自分達の運命を大きく変えていった原因の一つだと思っている。彼がもたらしたガイアメモリという存在に価値が発生したのと同時に、 私と克己の価値が消え失せた。そして、その結果全てから見捨てられ、私たちは更なる茨の道を進むことになった。
そんな人間が、何年後には私達の住んでいた故郷で巨大な組織を造り上げ、街を牛耳る存在へと成り上がっている。
そう思うと心の内に黒く濁った感情が膨れ上がってくる。
もう一度、私達の故郷である街を見る。
目に映る光景は先程よりも色褪せ、くすんで見えた。
◇
どれくらいの距離を歩いたのだろう。
胸の奥に沸き立つ感情を鎮めながら淡々と歩いてきたが、気付けば周りの風景は変わっていた。
ビルがひしめくように建っていた場所とは違い、目立つような大きな建物は無く、先程の場所と比べると落ち着いたような印象を受ける場所であった。
そしてそれと同時に感じる既視感。「来た」ことがあるのではなく「見た」ことがあると感じさせる。
何故そんな風に思うのか、注意深く周囲を見回した時、その答えが解った。
私の視界に入るカモメの形を模した風見鶏、その先にあるのは看板の表示からビリヤードの店であるということが分かる。だが、肝心なのはその二階にある建物である。
階段を登った先には、年代を感じさせる造りになっている扉。
しかし、その扉の横にはでかでかと飾られた『鳴海探偵事務所』という派手な字、建物と調和性の無い看板のせいでアンバランスな印象を受けてしまう。
「鳴海探偵事務所……」
道理で見知った場所であると思った。風都に戻る前に集めた情報や写真で散々見た場所だからだ。
風都の街に現れたヒーロー仮面ライダー。第二の敵になると予想される存在が拠点とする場所。
そして、私たちの計画に必要不可欠な存在がある場所。
鳴海探偵事務所──鳴海壮吉という男が始めた探偵事務所である。しかし、鳴海壮吉は既に逝去し、現在はその娘である鳴海亜希子、助手であった左翔太郎、そしてもう一人、フリィップという名の少年の三人で経営している。フリィップ──その少年が私たちの目的の人物である。フリィップという名前は偽名に過ぎない、本名は園咲来人、園咲家の長男であり、十年以上前に死んだとされる人間であった。
何故死んだとされる人間が存在するのか、そのことについては、私が極秘裏に閲覧したミュージアムとそのスポンサーとも言うべきもう一つの因縁の相手財団Xとの情報のやり取りから偶然知ることが出来た。
結論から言えば園咲来人は生きてはいない。園咲家が偶然発見した最も地球に近い場所、『ガイアゲート』と呼ばれた場所に落下し死亡、しかし、その後園咲来人は地球の記憶の力により再構築され、
地球と繋がるプログラムのような特別な存在と化した。
それにより得られた地球の記憶に接触することの出来る力、これを利用しミュージアムはガイアメモリを造り上げた。
そしてその後、園咲来人は鳴海荘吉の手により解放され、現在に至る。この救出劇の裏には、ミュージアムがミュージアムと名乗る前に離反した存在、園咲来人の母にして園さ咲兵衛の妻が関与している。実の息子に対する扱いにより決別し、追われる身となった女性……心情的には深く共感すべき所がある。だが、私のとった行動と彼女のとった行動は違う。互いに近くまで歩み寄ることは出来るだろうが、近付くだけで交わることは無いだろう。彼女は名前を変え、密かに影で動いている。目的は十中八九、『復讐』の為。見えない深い場所で淡々と憎しみの炎を燃やし、その炎で復讐の為の刃を研ぎ澄ませていく。
だが、彼女の存在も私たちにとってはプラスとなる。彼女は園咲来人に対し、一切の接触を行ってはいない。そして、園咲来人は過去の記憶を消され、自分の存在が分からない不安定な部分を持っている。
──これから私は最低な行為を行おうとしている。
園咲来人、その胸の内に空いた穴、それを彼の今だ顔も知らない母の存在を演じて埋め、信用を得る。
この案の切っ掛けになったのは克己の一言だった。
◇
「似ているな……」
手に持った写真を見つめ、克己がポツリと言葉を洩らす。
風都で行う大規模な作戦の為に集めた膨大な数の資料、その中にあった一枚の写真が克己の気を引いていた。
「似ているって……誰に?」
克己の手に持った写真を見てみると、そこには顔に白い布を巻き、大きめなサングラスを掛け、素顔を全く晒していない全身黒ずくめの女性、正直誰に似ているかわからない。
添付された資料にはシュラウドと書かれ、そこに幾つかの情報が書いてあった。
「似てるさ。お袋、アンタにな」
その言葉に思わず心臓が跳ね上がる。似ていると言われたことに驚いた訳ではなく、「お袋」と呼ばれたことに。
「顔や体型とかじゃない……なんていうかなぁ……身に纏った雰囲気が似ている感じがする」
「そう」
口では平静を装いながら、添付された資料に目を通していく。やがて、その中の幾つかの文に注目する。
『女性の名はシュラウド』
『園咲琉兵衛の妻、園咲文音』
『園咲来人の死後に失踪』
園咲文音、母、この言葉に私は静かに納得し、そして胸の奥に熱いものを感じた。
まだ、克己は母という存在を認識してくれている。ただ血の繋がっただけの存在ではなく、 私はまだこの子の母で居られる。そう思うと口からすらすらと言葉が出てきた。これを利用することは出来ないか、上手くいけば私たちの計画の成功する確率を高めることが出来るなどと思い描いた計画を克己に話した。
今思えば、私は浮かれていたのかも知れない。克己の母としてこの子を喜ばせたいという一心で、人の心を土足で踏みにじるような計画を内心で嬉々としながら話していたのだから。
計画について話終えると克己は私を見て口の端を吊り上げ、笑う。
「流石お袋だ。頼りになる」
この子が笑ってくれる、それだけで私は満足だった。
◇
そして、今私はこれから偽りの母を演じる相手の家の前にいる。
心臓の鼓動が知らず知らずのうちに早まる。相手への接触の方法は克己から任せると言われ、私に一任されている。正直、適当に歩いていたら偶々ここへ来ただけであるが、わざわざ出直して、タイミングを見計らう必要も感じることもない。
運命というものがあれば、今この瞬間が動くべきタイミングなのであろう。
早まる鼓動を抑え、扉をノックしようとしたとき、扉の向こう側から話声が聞こえ、人の足音が聞こえる。その足音はこちらへと向かって来ている。
「ッ!」
タイミングを潰された。抑えた心臓が再び跳ね上がる。私は、急いで扉から離れると素早く階段を降り、物陰へと身を隠した。
隠れた時に、何故隠れたのかと自分自身を罵るが、意思よりも先に身体が動いたので仕方ない。
頭上にから階段を降りてくる音が聞こえてくる。
現れた人物は、まだ少年と言っても差し支えない外見をしていた。
フードのついた裾の長いノースリーブのパーカー、その下にはボーダーのTシャツを纏い、膝ぐらいの長のハーフパンツを身に付け、片手には厚めの本を持ち、若干世間からは浮いていると思う格好をしている。横顔は一瞬しか見えず、すぐに私に背を向け歩いていったが、その顔は手に入れた資料にあった生前の園咲来人の面影がある。
「あの子がフィリップ……」
来人という名を変えて存在している少年。
その顔はまだ生きていた頃の克己を思い出させる。顔が酷似している訳ではないが、その姿が連想させる雰囲気を持っていた。
「克己……」
脳裏に生きていた頃の克己との思い出が甦る。笑っていた顔、自分にプレゼントを送ってくれたときの顔、自らの夢を語っていたときの顔、そのどれもが瞼に焼き付いている。
今はもう失われてしまったものであるが、私には昨日のことのように思い出すことが出来た。
しかし、克己は最早覚えてはいないだろう。
一度死にそこから甦ることの代償として支払われる記憶の喪失、今の克己にどれほどの記憶が残っているかわ知らない。でも消えていく克己の記憶の分まで私が覚えている。そうしなければ大道克己という存在が本当の意味で死を迎えてしまう。
感傷に浸る私に突如風が頬を張るような勢いで吹き荒れる。カモメの形をした風見鶏は激しく翼を回転させ、フィリップもその風に驚き、本のページが飛ばされないように読んでいた本を閉じる。
カツン、という軽い音が微かに聞こえた。風が唸るように吹き続ける中、聞き間違いかもしれないが、それは私の頭上から響いた。
吹き荒れる風が突如として止む。それに合わせるかのように二度目のカツンという音が鳴った。
◇
「やれやれ……」
突風に煽られながら。フィリップは端正な顔を若干しかめた。
あまり良いとは言えない天気ではあるが、家に篭っているのにも退屈を感じて気分転換の為に外出した矢先に起きた突然の風、正直出鼻を挫かれたような気分になる。
力を込めて立っていなければ、そのまま何処かに押し出されてしまいそうになる程の暴風、まだ曇り空だからいいものの雨が降っていたら最悪のことになっていただろう。
いつまで吹き続けるのかと思っていると前置きもなく風は止まり、余韻もなく消え失せた。
すると背後でカツンという音が鳴る。
「ん?」
つい音に反応し後ろへと振り返る、 が特に何かが落ちているなどと言ったことはなく見馴れた建物が目に映るだけである。
特に興味があった訳ではなく、正面へと向きを戻すと、そこでハッ、と何か思いついたかのような表情に変え、閉じていた本を開いた。
「風とは何か……実に興味深い」
フィリップは開いた本を見ながら、ブツブツと何か独り言を喋りながら探偵事務所を後にした。その脳裏には既に先程の音のことなど欠片も考えてはいなかった。
◇
一体何度目であろう。自分の心臓が早鐘を打ち始めるのは。
階段の陰に隠れながら、緊張によって震える身体を無理矢理押さえつけながら、そんなことを考える。
上手く動かない身体を何とか動かし、胸にめり込ませるかのように強く押し付けていた右手を放し、その手を拡げた。
震える手のひらにあるのは中央に「C」の文字が描かれた翡翠色のケースに青色の金属端子が光るメモリースティック。
私たちの計画にとって最も重要な鍵、T2ガイアメモリ。頭上から突然足元へ落ちてきたときには危うく声を出してしまいそうになる程驚いてしまった。
あの子が気付くよりも早く拾い上げ、隠すことが出来たのは、ほとんど無意識の内の行為であった。
手にしたT2ガイアメモリをまじまじと見つめる。すると、私の首のうなじ辺りが、熱を帯びたような感覚に襲われる。
ここにはもしもの事態を想定し、生体コネクターが刻まれている。非戦闘員の私がコレを刻むときには克己も訝しげな表情を浮かべていたが、私の上辺だけを取り繕った説明を聞き、取り敢えずは納得して貰った。しかし、結局の所深い意味など無くただ克己の力に為れればという至極単純な動機が全てであった。
共鳴するメモリと生体コネクター、どうやらこのメモリは私を気に入ったらしい。メモリを通じ、未知なる力が私を受け入れていく錯覚を感じていた。
私は通信機を取り出すと、克己へと連絡を入れた。
私たちの計画は、また一歩先へと進んだことを教える為に。
◇
彼らとの接触が終わり、いま私は、とある場所に立っている。
「ご苦労。プロフェッサーマリア」
正面から風都タワーが良く見えるビルの屋上、合流地点として指定されていた場所で克己は、風都タワーを見つめながら背中をこちらに向けて立っていた。
少し離れた場所では他のメンバーより一足早く現れた賢が、座って黙々と愛用の銃器の手入れをしていた。
「首尾の方は?」
「上々よ。このまま進めても問題ないわ」
私の言葉に満足したのか克己は愉悦に満ちた口調で話し続ける。
「いろいろと不測の事態を予想していたが、まさかこうも上手くことがすすんでいくなんてなぁ……運命が俺たちの存在を受け入れ始めたのかもしれないなぁ」
肩を震わせて笑う克己、賢も手を止め、克己の言葉に同意するかのように静かに笑みを浮かべる。
「世界が、地球が、俺たちの意志で変えることが出来たのなら、もうそれは全ての生命の総意だ。地球が選んだ選択に人間は逆らうことは出来ない。ただ従い受け入れ、そして適応するだけだ」
そこで克己は初めて私の方に顔を向ける。
「例え、生ける屍という化物になったとしてもなぁ……そうだろ? プロフェッサーマリア」
「……エクスビッカーの方は万全よ、いつでも組み立てることが出来るわ」
私たちの計画の最大の要となる装置──エクスビッカー。私がミュージアムから財団Xへ送られた資料の中にあった『エクストリーム理論』に基づき造り上げた巨大マルチマキシマムドラヴシステム。
26本のT2ガイアメモリを同時にドライヴさせることで発生するガイアフォースというエネルギーを転換し、人を生きたままネクロオーバー化させるエターナルウェーブを照射する兵器である。
そんな禁忌の物体が今私たちの居るビルの下に止めてある車の中に解体した状態で置いてある。
そうか、と克己は言い、顔の向きを正面へと戻す。
これから起こることに対しての高揚、それが背中越しからでも私は分かってしまう。そんな克己を見続けることは出来ず、私は視線を逸らす。
「……私はもう行くわ」
「ああ、後は任せた」
私は、逃げるようにしてその場から離れる。
克己たちが、これから何をするのか百も承知だ。それが許されざることも十分に理解している。
でも、それでも私はあの子を止めることは出来ない。
あの子の人生を狂わせたのは紛れもなく自分、あの子がこうならざるをえなかったのは全て私の責任。
だから、あの子のすることは最後まで受け入れようと、克己が克己でなくなってしまったときに誓った。
この思いは、母としての愛情なのか、それとも我が子に対する贖罪なのか私にはもう分からない。ただそれでも──
降り立ったビルの下から屋上を見上げる。当然のように克己の姿は見えない。
──それでも一つだけ確かな願いがある。
どうかあの子に救いがありますように
それだけが、私の揺るがない願い。
それだけが、私の消えない思い。
見上げた私の眼からいつの間にか一滴の涙が流れ落ちる。
落ちた涙は風に吹かれて散り、風都の街へと消えていった。
これにて完結です。
いままで見て下さった方々、ありがとうございました。