申し訳程度のワンピ二次【完結】   作:安木ポン酢

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第四話 旅先の宿

 とか何とか言っても、どうにかして『BP』とやらを集めなければ始まらない。

 

 短期的な問題として、どうやって生活していくのかというものも有る。何もしなければあと数時間で昼間の醜態に逆戻りだろう。水が手に入る事が分かっていて、しかも当時と比べて精神的にも幾分余裕が見られるとは言え、油断してはいけない。あんな思いをするのはもう二度と御免だった。

 だけど、あんな思いはと言えば、そもそも何故あんな状態から回復できたのかという事もずっと気になっている。勿論その理由が『メニュー』に有るのは間違いないと思うけれども、一体何をしてそうなったのかがさっぱり思い出せない。何か切っ掛けが有れば連鎖的にいけそうな気はするものの、逆に何も無ければどうしようもない感じがする。

 何か手掛かりを探しに行こうと浜辺を覗いてみる。するとそこに見えるのは不気味にうねる黒い塊。しかも大きい。あそこに行くのはちょっと怖くて気が引けると思った。

 明日にしよう。別に何か有るって決まってる訳でもないし。

 

 という訳で今はBPについて考える事にする。

 まずBPとは何なのか、だけど、これは別にいい。BPはBPで、多分ボーナスポイントとかそんなのだ。ひとまず現段階で分かっているのはそれ一〇個分で『旅人Aの服』が一組、同じ値段で『天然水』が一本手に入る事、何故かそれ以下の対価で入手できる無数の天然水が有る事。

 二〇〇〇個分で『広辞苑』が一冊、四〇〇〇個分でアカシック何たらが一つ、あとは忘れたけど色々有って、そして一〇二五〇〇個分で『世界間転移(詩織宅)』が実現できるらしいという事だ。但しまだ見ていないものも含めれば交換可能なものは際限無く増えると思う。多分一億倍とかそんな感じ。

 つまり単純な汎用性としてはお金と同じか、それ以上に高いものだという事で間違いない。取り敢えずボーナスポイントが残っている限りは生存面での心配をする必要は無いだろう。

 

 だけど、BPが数値当たりでどの程度の価値を持っているかが分からない。今は『10940』だけ所持しているらしいけれども、『10940』ってどのくらいなんだろうか。一見結構多いように見えて、使えばすぐに無くなる量にも見える。世界間転移の一割と捉えるか服一〇〇〇着分と捉えるかで随分印象が変わる気もする。

 と言うか、世界間転移ってそもそも何なんだ。字面的に考えれば世界中何処でも行ける権利みたいなものに思えるけど、本当にそんな事ができるんだろうか。仮に可能だったとして、それは果たして服一〇〇〇〇着と等価なのか。そしてそんな服二〇〇着分の価値が有る辞書とは一体何なのか。腑に落ちない事が色々有る。

 『1BP』を一円と考えると世界間転移がたったの一〇万二五〇〇円。かと言って一〇〇〇〇円くらいに考えると作りが丈夫なだけの服が一〇万円もする事に……ああ、なんか微妙に有り得そうな気がしてきた。でも一冊二〇〇〇万円の辞書ってどういう事なんだろう。

 駄目だ、分からない。『1BP』は結局何円分の価値なんだ。

 ――何円分?

 

 あ、そうか。

 試してみればいい。

 

 一万円札が欲しい一万円札が欲しい一万円一万円一万円……。

 そう強く念じて私は半透明の板を呼ぶ。我ながら酷い言葉だ。はっきりと思考に浮かべてやるとそれが良く分かる。お金は概ね大切なものの筈なのに、それを欲しがると途端に卑しく思えるようになるのはなんでなんだろうか。

 

『一万円札(50枚) 1BP』

 

 とか何とか考えていたら、出てきてしまった。

 『メニュー』の事じゃない。ごちゃごちゃと考え事をしている内に無意識の力が働いたのか、平面の段階を飛び越えていきなり実物が出てきてしまった。薄い束になった小奇麗な紙幣が地面に落ちている。これは、何と言うか……拾っちゃってもいいんだろうか。

 だってこれ、五〇万円だよ。五〇万。いや、別にいい子ぶるとかじゃなくて、五〇万ってそれ、母さんの月収より多いじゃないか。それをポンって出されても反応に困るっていうか、もっと心の準備とか、何だろう、上手く言えない。

 じゃあ拾わないのか?

 いいや拾う。今すぐ拾う。

 拾っていいのか。

 拾っていいんだ。

 よし、拾おう。

 

 妙に身体が俊敏に動いた。こう、気付いた時にはもう地面にしゃがみ込んでいて、次の瞬間昆虫みたいに手が跳ねて、その後立ち上がって何故か直立不動になっている。タンスの角に足をぶつけた時みたいな顏だ。無意識に息を止めていたような気がする。なんか胸がむずむずした。

 大きく息を吐き出して、それから手に握ったものを目の前に持ってくる。一万円だ。間違いない。指先が微妙に震えている。それがとてもみっともなく見えて、すぐに止めようとしたけれども、どうしても抑える事ができない。案外私も俗物なんだなと思った。

 親指で表面を撫でてみると、ざらざらしている。紙のテープを剥がして束を解いた。扇子を開くように斜めにずらしていけば、見切れた絵柄の端が重なって吸い込まれるような模様を形作っていく。

 一枚、二枚、三枚、四枚。何枚有るんだ。五〇枚だ。くらくらする。こんなに沢山ゼロが並んで

 

「っていうか、番号が全部ゼロだ……」

 

 一気に身体の力が抜けた。

 穴の開いた風船みたいに活力が萎んでいくのが分かる。微妙に痛い。脇腹のツボをぐりぐりと押されているような感覚だ。もしくは足が攣ってアヘアへ笑っているような感じ。脱力しすぎて身体が痛みを訴えている。

 まあ、分かってた。

 お金って言っても紙だもんね。五〇枚くらい簡単に手に入ってもおかしくないよね。

 でも紙がお金になる訳ないよね。だって紙だもん。

 

 外側が弛みすぎて中身まで弛くなってきている。多分そうなったら困ると思うのでぐっと堪えて気を引き締める。何だか物凄く馬鹿馬鹿しい。具体的に何がそうなのかは分からないんだけれども。

 もう一度一万円札をしっかりと見直してみる。見れば見る程、リアルな作りだ。本物と全く見分けが付かない。番号がゼロじゃなかったら偽物だとは想像すらしなかったと思う。

 その事実に何となく安心感を覚えた。もし番号がちゃんとしたものだったら冷静でいられた自信が無い。偽札が世の中に広まって、大変な混乱が起こる未来も有っただろう。そうならなくて、本当に良かった。

 そうして胸を撫で下ろすと共に、追い立てられるような不安が少しずつ胸の奥から湧いてくる。言うまでもなく、偽札を作るのは犯罪だ。図らずも一線を越えてしまった事がとても怖ろしい。というよりは、あまり悪い事をしたような実感が無い事が怖かった。

 こんな危ないものを持ち歩く訳にはいかない。あとでちゃんとその辺に埋めておこう。なるべく目立たなそうな場所に。

 

 私の思い付きは労力に見合わない結果に終わったようだった。結局ボーナスポイントが日本円と比較してどれだけの価値が有るのかも分からず、手元に残ったのは厄介なものだけ。進展が無いどころか逆に余計なダメージを食らっている。最悪だ。

 最悪だけど、ちょっと気になる事は有る。

 番号の振られていない諭吉さんが五〇人。私はそれを偽物だと決め付けているけど、本当に偽物だと言えるんだろうか。いや、この五〇枚の紙束に限っては間違いなく偽物に違いないだろうけれども、何も『メニュー』が偽物しか出せないと決まった訳じゃない。

 つまり1BPで一万円札五〇枚分というのはお札をただの物質として見た場合の価値で、日本という国家の信用も含めた上での紙幣という意味でならまた違った結果になるんじゃないだろうか。

 確か、一万円札一枚当たりの製造費用は二〇円くらいと何処かで聞いた覚えが有る。そうすると――

 

『一〇二四円(日本) 1BP』

 

 来た。思った通り。

 また同じ失敗をやらかす訳にはいかないので一旦『メニュー』を閉じてから考える。『日本という国家の信用を含むお金が欲しい』。私の出した条件を言葉にすればそういう事になる。それに従うとどうもBPというのは日本円にして一〇〇〇倍程度の価値があるらしい。私の言葉に何か不足が無ければ、という但し書きが付いてくるけれども。

 ただ、他に何か指標になるようなものが有るかと言うと、そうでもない。暫定的に『1BP≒一〇〇〇円』という風に決めておく事にする。

 つまり『旅人Aの服』は一万円。『広辞苑』は二〇〇万円。『世界間転移(詩織宅)』は一億二五〇万円。現在の資金は一〇九四万円……いや、一万円札の分を抜いて一〇九三万九〇〇〇円という事になる。

 とんでもない事になった。

 

 放心状態とでも言うんだろうか。

 いや、違う。何も思考停止してる訳じゃない。ただ住む世界が違いすぎて全く実感が沸いてこないというだけだ。

 一〇〇〇万円。

 五〇万円の二〇倍。

 ちょっと想像が追い付かない。一〇〇〇万円ってどのくらいの金額なんだ。取り敢えず凄い大金だという事は分かる。使えばすぐに無くなるとか言った奴誰だ。私だよ。ブルジョワか。

 と言うか広辞苑。広辞苑は一体何がどうなっているんだ。一冊二〇〇万円の辞書なんて見た事も聞いた事も無い。カバーが純金製にでもなっているのか。画像では普通の本に見えていたけど。

 そもそもなんで私はそんな大金相当のボーナスポイントを持っているんだろう。最初から持っていた? それとも、昼間に何かして手に入れた? 順当に考えるなら前者だろうけど、『939』の端数が気になる。この中途半端な数は何処から来たんだろうか。帳簿みたいなものが有れば分かるかもしれない。

 

 ――BPの収支の記録を見せて欲しい。

 

 思い付いた事はどんどん試していく。

 正式な名称が分からないのでBP、とアルファベットの発音でイメージしたけれども、どうやらそれで通じたらしい。正面に半透明の画面が現れて、上手い具合に私の欲しかった情報を映し出してくれた。

 でもちょっと意味が良く分からなかった。

 まず支出。記録されているのは『回復薬(小)×1』『旅人Aの服×1』『一万円札(50枚)』の三つで、それぞれ『50BP』『10BP』『1BP』だけ消費している。回復薬(小)というのは何の事か良く分からないけれども、多分これが私の体調を回復させた代物に違いない。もう何でもアリだ。

 

 次に収入なんだけど、こっちはもっと訳が分からない。

 書かれている事は支出と同じで三つだけ。合計額は『11000BP』。ただ、その内容と内訳はどれもかなりぶっとんでいる。どうも三つ全部が『実績』とやらを達成したとか何とかで得たものらしい。まさかの評価性だ。私の行いにBPをつぎ込む物好きが何処かに居るという事か。一体誰が何の目的でそんな事をしているんだろう。

 それとも無から出てきていたりするんだろうか。経済の概念は何処に行ったんだ。

 経済云々はどうでもいいとして、『実績』の内容も何かがおかしい。

 一つ目は『高次元体権能「メニュー」を起動した』というもののようだった。これは多分『メニュー』を起動した事に対するちょっとしたサービスのような扱いなんだと思う。

 但し得たBPはなんと『10000BP』。これだけで全体の九割を占めている。日本円に直せば一〇〇〇万円という事だけど、いくらなんでも太っ腹すぎるんじゃないだろうか。いや、私としては別に一向に構わないんだけれども。

 

 続いて二つ目は『悪魔の実を食べた』。

 悪魔の実。なんだそれは。別名なのか異名なのか、もしくは正式名称なのか。いずれにせよ碌なものじゃない予感しかしない。そんなものを食べて大丈夫なのかがとても心配になってくる。今のところ自覚症状が有るとかは無いけど、何か病気にでも掛かっていたりしたら笑えない。回復薬で治っていたりしないだろうか。

 むしろ治ってなかったらどうしよう。

 ちなみに、これで得たBPは『500BP』。少ないように見えてしまうのは感覚が麻痺しているからだろう。さっき五〇万円に慄いていたのが遠い日の出来事のように思える。だけど今同じ事をされてもやっぱり同じような反応をするに違いない。重要なのは質感だ。

 

 そして最後に三つ目。これについてはそもそもどう受け取っていいのかすら分からない。一体何がどうなっているのか。『実績』の内容は『パラミシア系の能力を得た』などという意味不明のものだった。

 

 

 

 パラミシア系の能力を得た。

 

 

 

 パラミシア系の、能力。

 パラミシアって何なんだ。英語?

 能力を得るってどういう事だ。超能力とか使えるようになったりすんの?

 なんか、いきなり世界観が変わった気がする。何やら政治的な話をしていると思っていたのに、よくよく聞いてみたらアニメの話だったみたいな。

 この、落差。

 さっきまで真面目にSFめいた未知と触れ合っていた筈がここに来て急に胡散臭くなってきた。まるで宇宙論の本の中に唐突に割り込んできた宗教論のようだ。

 

 だけど、全く引っ掛かる事が無いかと言われれば、そういう訳でもない。パラミシア系の能力というのが具体的に何を指しているのかは知らないけれども、私にはそれらしい心当たりが一つだけ有る。

 それは、勿論――『翻訳』だ。

 初めに見た時は言語だとすら認識できなかった文字を、いつの間にか読めるようになっているという事実。これはどう考えてもおかしい。何か常識では計れない力が働いていると判断したっていいと思う。常識で計れないという意味では『メニュー』も同じだけど、それだって最初は使うどころか触る事さえできなかった。全ての発端が『翻訳』に有るという事は間違いない。

 じゃあその力は一体どうやって目覚めたんだと言うと、今のところ手掛かりはゼロだった。『悪魔の実』というのが怪しいと言えば怪しいけれども、確証以前に食べた記憶すら無い。『実績』とやらに残る程の代物という事でただの果物じゃないのは分かる。だけど、口にするだけで翻訳能力を与えるような食べ物がこの世に存在するんだろうか……ああ、昨日までなら特に問題も無く否定できていた事なのに。あとで『メニュー』を探してみよう。

 

 そもそも、この『実績』という奴が良く分からない。

 何故達成するとボーナスポイントが貰えるのかという事もそうだけど、何より基準がさっぱりだ。この際報酬額の程度は置いておくにしても、具体的にどんな事をすれば評価されるのかが全く見えてこない。

 ひとまず現状の顔触れ的にノーベルもびっくりの大発見をしなければ駄目だというのは分かるものの、どちらかと言うとそれはむしろありがたくない部類の情報に入る。そんなの、もうボーナスポイントを手に入れる方法は無いと言ってるようなものじゃないか。

 ……いや、まだそうと決まった訳じゃない。これだけ奥行きの広い機能なんだ、何か方法くらいは残されているだろう。と言うか、『実績』というのはむしろおまけのようなシステムなのかも知れないし。

 という事で、早速ボーナスポイントを集める方法を教えてもらえるよう祈りを捧げてみる事にする。

 

 困った時の神頼み。

 に、匹敵する汎用性。しかも、実際に効果が有る。多少の使いにくさを考慮しても、とんでもない代物だ。まるで底が見えない。本当に『メニュー』というのは一体何だと言うんだろう。

 私の質問に対して、堅物の神は無愛想な箇条書きで以て答えた。

 勿論、それは『メニュー』の正体についてじゃない。ボーナスポイントの集め方に関しての事だ。聞き方が悪かったのか元々なのか、画面に映る項目はごちゃごちゃと纏まりが無くとても見にくい。取り敢えずボーナスポイントを集める手段は一通りではないようだった。

 流石に一つ一つ確認していくのは骨が折れる。特に条件を付けずにいてもこの有り様という事は、やっぱり『BP』というのは『メニュー』においても根幹を成す要素の一つだったりするんだろうか。いずれの機能にも大抵これが関わっているような気がする。

 だけど、よくよく考えたら、そもそもなんで『メニュー』を使うのにボーナスポイントが必要なんだろう。ガソリンで動く自動車でもあるまいに。人智を超えた神懸かり的な権限をいきなり与えておきながら、わざわざその機能に制限を付ける理由って一体何なんだ。

 

 ――初心者にも使いこなせる、BPの集め方を教えて欲しい。

 

 ひとまず目先の問題に意識を向けつつも、そんな疑問が頭の隅から離れない。重要な事じゃないというのは分かっている。単に落ち着かないだけだ。漠然とした認識で得体の知れないものを扱う事にもやもやとした感覚を覚えている。『メニュー』が説明してくれるというなら話は早いんだけれども、残念な事に彼は漠然とした質問には漠然とした答えしか返さない。

 今がまさにそれだった。

 初心者向けという曖昧な言葉に対し、『メニュー』が返したのもまた具体性を持たない複数の選択肢でしかなかった。数は減っている。内容も簡単なものに置き変わっている。でも、それは分かりやすい訳じゃない。こういう時に、使い方を含めてまだ『メニュー』の事を殆ど知らないのだと改めて痛感する。

 尤も、私の主観ではその存在を知って数時間も経っていないのだから、そんな事は当たり前だ。だからと言って一月後にはそれを自在に使いこなしているのかと言われれば、そんな事は無いんだろうけれども。

 

 暫く様子を窺って、BPを集める手段の幅広さに思わず舌を巻いた。

 色々有る。本当に、色々有る。ごく有り触れた常識的な内容から、上手く意味を飲み込めないもの、もしくは何の為に行うのかさっぱり分からない事、或いはふざけているのかと思うようなものまで有る。これを見ると、『実績』の達成がボーナスポイントを得る手段のほんの一部に過ぎなかったのだという事が良く分かるようだった。

 唯一その全てに共通しているのは、と言うか、物凄く大雑把に解釈すると、つまり変則的なアルバイトのようなものだという事だろうか。いや、内容的には運動競技の審判と為替取引くらい幅が有るんだけれども、何かをしてボーナスポイントを得るという点では変わるところが無い。種類を絞ってこれなんだから、実際はもっと沢山の仕事が用意されているんだろう。

 そう、仕事だ。

 本格的に『メニュー』における『BP』の扱いが分からなくなってきた。お金を稼ぐ為に働くというのは分かる。だから、お金の代わりにもなるボーナスポイントを稼ぐ為に仕事をするというのも、まあ理解できる。

 だけど、それは『メニュー』が現実の経済と地続きだった場合の話だ。実際には明らかにそうは見えないので、その代わりに何か別の基準が存在するという事になる。それすらも無くただこういう仕様なんだと言われれば、そういうものかと納得するしかないんだけれども、やっぱり不自然な事に変わりは無い。

 

 ――でも、今はそんな事より。

 

「……お腹空いてきた」

 

 右手をお腹に当ててみて、その行為の意外な空しさに溜め息を付いた。

 そう言えば、と思い出す。昼間から何も口にしていない。

 より正確には、食事をしていなかった。『回復薬(小)』とやらを飲んでいたお陰か身体のエネルギーはそれなりに充実している。ただ、気分的には落ち着かない。明らかに不健康だ。偏見だけど、何処となく健康食品的な不健康さを感じる。

 という訳で、私は『メニュー』から何か食べ物を探す事にした。ボーナスポイントも取り敢えず完全に有限の資源という訳じゃないらしい事が分かったので、多少精神的な余裕が生まれているのかも知れない。海を眺めるように穏やかな気持ちで『メニュー』を操作する。

 だけど、まずは先程の疑問を解消する為に『悪魔の実』について調べてやらないといけない。

 

 悪魔の実が欲しい、と念じながら『メニュー』を開く。

 思考に反応して、ずらりと並ぶ無数の項目。成功だ。項目の存在を具体的に確信している状態で、はっきりと頭に思い浮かべて操作すると上手くいくという事だろうか。画面のレイアウトを見る限りでは天然水の時と変わらないように思える。やっぱり、『メニュー』の手に掛かれば大抵のものは手に入ってしまうらしい。

 ただ、思ったよりも数が多い。一種類じゃないのは何となく予想していたけれども、ここまでとは考えていなかった。品種名もばらばらで統一感が無いのに、何故か単語の形だけ全て二文字の擬音語の繰り返しになっている。悪魔の実などと言う割に、概ねメルヘンチックな語感をしていると思った。

 ひとまずパッと目に付いた『ゴムゴムの実』とかいう悪魔の実を選んでみる。

 

『ゴムゴムの実 56000BP』

 

 想像以上に高かった。

 まさか果物一つに数千万円相当の価値が有るとは。食べると超能力を得るという可能性もいよいよ現実味を帯びてきたように思える。パラミシア系とわざわざ明記する辺り、『翻訳』以外の能力も存在するという事なんだろうか。バトル系とかクリエイト系とか、そういう感じのものも有るかも知れない。

 ところで、ゴムゴムの実は一体何系の能力なんだろう。

 気になって説明欄を見たらパラミシア系とか書いてあった。だからパラミシアって何なんだ。

 

 他に気になるのは私が何の実を食べたのか、という事だけど、これは条件を付けて絞り込んだらそれらしいものが見つかった。

 コミュコミュの実、というらしい。価値は24000BP。コミュニケーションの略だろうか。手軽に得られる翻訳能力の代償として、安いと見るべきか高いと見るべきかは意見の分かれるところだと思う。多くの一般人にとっては、割に合わない結果に終わりそうではあるけれども。

 凄い。

 私は勉強の為に二四〇〇万円もつぎ込んでしまったのか。

 今更ながら、指先が震える思いだった。結果オーライと割り切るには払ったものが大きすぎる。『メニュー』を使えるようになった事を考えればプラスなのは間違いないけど、それとこれとは話が別だ。

 奇妙に胸がスカッとするような嫌な緊張感がぐるぐると全身を取り巻いている。例えばそれは、修学旅行の班長決めのジャンケンで残り二人になった時に感じるものだった。

 

 ――だけど、ちょっと待った。

 引っ掛かっている事が有る。そう言えば、『メニュー』を使えないのに、どうやって過去の私は悪魔の実を手に入れたんだろう。

 

 何かとんでもない事を見落としている気がする。

 『悪魔の実』なんていう代物が、まさかその辺に落ちていたとは思えない。と言うか、地球上に存在するかどうかさえ分からない。

 なら、宇宙から降ってきた?

 そんな馬鹿な。映画やドラマじゃあるまいに。仮に有ったとしても大気圏で燃え尽きて終わりだ。燃え尽きないなら、そもそも人間に消化できる訳が無い。

 いや、違う。そういう問題じゃない。もっと根本的な部分で食い違いが有るような、無いような――

 

 もしかして、宇宙人とかの仕業なんだろうか。何か理由が有って『悪魔の実』を地球のあちこちにばら撒いて、それをたまたま私が拾った、とか。

 だとすると『メニュー』の存在も怪しくなってくる。もっと言えば、この状況そのものすらも。私の置かれている状況も、宇宙人が手頃な人間を誘拐して『メニュー』を使えるように改造を施し、適当な場所に置き去りにしたと考えれば辻褄が合う。それに――

 待った。落ち着け。飛躍しすぎだ。こじ付けで予想を立てちゃいけない。よくよく考えるまでもなくその理屈には穴が有るし、不自然な点だって幾つも出てくる。

 そもそも考える必要も無い。今は他に考える事もやるべき事も有るじゃないか。

 

 今のところ、私は衣食住の内一つしか満たしていない。全部満たしていなかった昼間と比べればましだけど、早い内に他の二つもどうにかする必要が有る。取り敢えず『食』が手に入る事はもう分かっているので、残りの『住』についても解決してしまう事にした。好い加減身体を休めたいし、どうせ食事をするなら落ち着いた場所の方がいい。

 と言っても、まさか本当に住処を買う訳にもいかない。『メニュー』ならそれすら何とかなりそうな気もするけれども、ボーナスポイントが足りる筈が無いし、足りたとしてもそこに使うのは不味いだろう。テントくらいで妥協しておくべきだろうか。いくらなんでもこの場でホテルに泊まれるとは思えないし。

 ……泊まれない、よね?

 いやいや。

 流石にそれは有り得ない。

 有り得ないのか?

 

 ――ホテルに泊まりたい。

 

 分からなかったら人に聞く。

 その相手が人でもないので気楽なものだ。変に遠慮する必要が無い。ただ、そもそも遠慮を感じる程の感謝の気持ちが湧いてくるかと言うと、そんな事も無かった。もう少し痒いところに手が届くような柔軟性が有ればと切に思う。

 もしくは、柔軟性を数で補っているつもりなのかも知れない。だとしたら、それは殆どコンピュータから進歩していないようなものだけど。

 

「まさか本当に有るなんて……」

 

 まさか、本当に、有るなんて。

 実際に声に出して言うと、その言葉の表す驚きがより一層はっきりと形を持つかのように感じられる。声自体の働きというよりは、声を出すという行動の手間がそうさせているに違いない。

 ホテルの名前が並んでいる。または、固有名詞が並んでいる。画面を埋め尽くす大量の項目。私がそれをホテルの名前だと判断する根拠は先程自分が思い浮かべた言葉にしかない。

 予想を確信に変える為にその中の一つを選んでみる。

 

『シンプル・ホテル(24時間) 100BP』

 

 シンプルな名前の割に、宿泊費は高い。一泊一〇万円とか、どんなホテルだ。

 そう思って他のものも幾つか見て回ったところ、どれも同じような値段だった。中には五桁のものまでお出でなさっている。つまり日本円にして数千万円。有り得ない。どう考えても高すぎる。一体全体どんな設備を用意すればそんな値段になるというのか。

 ただ、中には安いものも用意されているらしい。一つだけ1BPで泊まれる場所が有った。ホテル名は『馬小屋』。ホテルじゃない。

 つまり例外を除けば、一〇万円という代金はむしろ安い部類に入るという事だろう。偶然高いホテルばかり選んだというのは考えにくいので、大体それくらいが平均なんだと思う。という事は、宿泊券だけ渡されて終了とかいう詐欺みたいな状況にはならなさそうだ。

 でも、そうすると実際どんな感じの処理になるんだろうか。目の前に突如ホテルが出現したら笑うしかないけど、まあ、無難なところではホテルの一室にワープするとかそういうものだと思われる。いや、ワープは全然無難な代物じゃないけれども。

 

 どうする。やってみるか。それとも、テントか何かで妥協するか。

 メリットとデメリットを天秤に掛けて考える。100BP有れば少なく見積もっても一週間は食べていけるだろう。ボーナスポイントの節約を優先するなら当然見送った方がいい。だけど現時点で所持している分だけでも二年以上は持つんだ、果たしてそんな長い時間無人島で過ごす事は有るんだろうか。

 無い。というより、そもそも耐えられない。ボーナスポイントが底を突くより、鬱になって気が狂う方が早い気がする。

 かと言ってボーナスポイントを使うのに慣れるのも良くないと思う。いざという時に足りないじゃ困るし――いや、今がそのいざという時なんじゃないか。だって、正直今日はもう色々有りすぎて一杯一杯だ。疲れてる時に無理したら余計状況が悪くなるから、長い目で見たらむしろここで休んでおく事はボーナスポイントの節約にも繋がる筈。そうに違いない。

 

 想像したら是が非でもそうしたくなってきた。ゆっくり足を伸ばしたい。足の裏をぐりぐりしたら気持ちいいだろうな。シャワーも浴びたい。柔らかいベッドでぐっすり眠りたい。

 ああ。

 ……いや。

 違う。

 冷静になれ。目的を見失ってどうする。私にはやるべき事が有るじゃないか。家に帰らなきゃいけないのに、その為に必要なボーナスポイントを浪費するなんて間抜けのする事だ。維持するだけじゃなくて、増やしてやらないといけない。

 しかもそれは、日本円にして一億二五〇万円。真面目に働いたって遠すぎるし、ふと冷静になって考えれば不安にだってなる。『メニュー』を使えば抜け道の一つや二つは見つかるような気もするけれども、それも何処まで頼りにしていいか。というより、正直そんな大金集められる気がしない。現実的に考えるなら他の方法を探す必要が有ると思う。

 最悪、どうにか連絡だけ取って、ここまで救助に来てもらうという事も選択肢の一つに入ってくるだろう。絶対に悪目立ちするし、どうやって連絡を取ったのかだとか、主に『メニュー』絡みの面倒事を引き寄せてしまうと思うので、今のところ最終手段だけど。

 連絡だけ取って。

 連絡を取る。

 連絡。

 

 

 

「――そうだっ! 連絡っ!」

 

 

 

 血の気が引いた。

 なんで思い付かなかったんだろう。家族に、連絡、しないと。

 一気に頭が真っ白になる。何も考えられない。忘れていたのか。いや違う、それどころじゃなかったんだ。

 誰に向けるでもない言い訳が頭に浮かんでは消えていく。全身が石になったように固まって動かない。思考が飽和して溢れようとしているのに、お互いに引っ張り合って身動きが取れなくなっているようだった。

 心配してるだろうな。元気でいるかな。心配だな。大丈夫かな。早く無事を伝えたい。

 焦りに押されて身体の中で暴れていると、ある時ふっと枷が外れたように足が跳ねた。間髪入れず目の前に有った扉に駆け込み、靴を脱いで玄関を上がる。明かりに誘われるまま部屋の真ん中に置かれている机の周りをぐるぐると回り、その上に乗っていた籠から菓子の袋を鷲掴みにする。そのまま乱暴にべりっと破いて、中に入っている煎餅を三分の一くらい食べたところで漸く気分が落ち着いてきた。

 

 我に返って、呆然とする。

 ――何処だ、ここ。

 




 次の三話は毎日更新です。三日分、夜九時に予約投稿しました。
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