闇影の軌跡   作: 黒兎

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受験の片方が終わり、結果発表に緊張しまくる今日この頃ですが投稿。
入試自体は簡単に感じた様な感じ無かった様な………何言ってもフラグにしかならない気がしてならない………………






暗き黎明

 《聖扉戦術》が勃興して、約数週間。ゼダスは技を極めていた。

 自分で作った流派の技なのだから、特性は完璧に把握済み。後は身体に覚えさせるだけだ。だが、ある誤算が生じたのだ。それは–––

 

「師匠、やはり強いな………ッ」

「そういうお前も大概のぶっ壊れ(チート)だよなッ⁉︎」

 

 いつも通りの丘で鍔迫り合いをするゼダスとシルフィード。

 そして、ゼダスが剣技を放つ。それに対抗すべく、シルフィードが全く同じ技(・・・・・)を放つ。

 

 

–––そう、普段から立ち合いしているシルフィードは《聖扉戦術》を吸収し始めているのだ。

 

 

 元から、相手から物事の理を吸収する事を得意としているのだろう。

 故にゼダスの《聖扉戦術》を覚え始めた。しかも、猿真似の様な劣化版では無く、完璧にゼダスと同期した技。それに加え、《可変速式剣技》も有るのだ。

 何とか奇策で勝ち星を稼いでいるが、依然勝ち星の数は拮抗している。

 

「………甘いッ‼︎」

 

 剣技の応酬の最中、ゼダスは拳を突き出す。剣戟の戦闘においては、常軌を逸した策だ。

 だが、シルフィードにとっては、この程度の策は最早、予測出来る簡単な物。事実、得物である黄金の剣が対応しようと動かす。拳と剣が交錯する。

 

「師匠。この程度の策で『甘いッ‼︎』と言われてもな………もう見飽きたぞ」

「ああ、勿論見飽きてるだろうな。でも、奇策は重ねてこそ奇策だぜッ‼︎」

 

 殴りかかっていた拳を開き、シルフィードの剣の刀身を掴む。手の皮膚が切れる感覚があるからか、中々の痛みを意識に訴えるが、放す訳にはいかない。

 そのまま力技で抑え込むゼダス。そして、死力を尽くして、もう片手に持った魔剣レーヴァティンを動かし、シルフィードの首筋にスッと添える。

 

「ふぅ………これで俺の勝ちな」

 

 勝利宣言し、ゼダスは力を抜く。

 手の皮膚が切れる事前提での策を張っていた為、握っていた右手から血が流れている。それにシルフィードは、

 

「最近、師匠は己の身を犠牲にする策を取り過ぎでは無いか?」

 

 と言いながら、傍に置いていた救急箱を持っていく。そして、中から包帯を取り出し、ゼダスの手に巻き始めた。

 この試合にいつの間にか付随していたルール。それは負けた方が勝っていた方を手当てするという物。今の二人が本気で戦えば、無傷で済むはずが無い。寧ろ、大怪我して当然だ。故の物という訳だ。

 

「そう………なのかもな」

 

 感慨深く答えるゼダス。

 確かに、自分を使う策を講じる率は上がった気がする。

 今の様な手に傷を負わせる様な軽い物ならまだしも、何時ぞやの時なんか、腕の骨を折る寸前までの負荷を掛ける策を打った事もある。勿論、その件に関しては《鋼の聖女》と《鉄機隊》の双方から一晩中、こっ酷く説教されたものだ。

 だが、この様な戦術を用い続けないと、勝てない。少なくとも、負けを取り返せないのだ。その位にまで、シルフィードは剣技において成長している。

 

「でも、仕方無いだろ。俺だって、ずっとやられっぱなしな訳にもいかないんだし」

「それにしてもだな………もう少し安全策は無いのか?」

「お前が全力で挑んで来るんだ。コッチも打つ手を躊躇わず、なりふり構わずに策を張らないと勝てねぇんだよ」

 

 吐き捨てる様にゼダスは言う。

 こんな感じに、二人の特訓は発展していった。被害が増えると同時に得る物も増える。そうやって変化していったが、もう一つ変化………というか、増えた事があった。それは––––………………

 

「––––で、今日も行くのか?」

「ああ、どうせ暇だろう」

「別に暇って訳じゃないんだけどなぁ………」

 

 呆れながらも若干、嬉しそうなゼダスの口調。

 少し前に、執行者ながらお忍びで訪れた海都オルディス。

 あの時の新鮮さというか、興味唆られる感じというか………簡潔に言うと病み付きになった訳である。

 おかげで数日感覚で通う様になっていた。特定の店舗では、お得意様扱いされる始末。正直、通い過ぎな気もしなくもない。

 

「まぁ、行くんなら、いつも通り得物を渡しとけよ」

「分かった。少し鎧を脱いで来るから待っててくれ」

 

 放り投げられる金色の剣。それを手に取り、慣れた手付きで自分とシルフィードの得物を空間の亀裂に差し込む。

 こうやって、保険がてらには対策を講じているが、必要になった試しがない。が、これは保険だ。怠った時に限って、厄介ごとが起きる。

 そう思って、一度も忘れる事無く、保険を打っていたが、ある事に気付かなかった。

 

 

 

–––どれだけ保険を講じようが、所詮保険でしかない事を………

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 お忍びで海都に降りる時の服装はほとんど固定。故に、街の人に覚えられている事もしばしば。まぁ、二人とも覚え易い服装をしているのだから、当然とも言えるだろう。

 ゼダスが纏っているのは、漆黒のコート。普段通りの執行者服。

 これだけでは、印象は薄いだろうが、濃い印象を焼き付けるのはシルフィードだった。

 シルフィードは鎧の下に着ている蒼きドレスを纏っているが、行き交う人の視線は男女問わず釘付けである。元々の美貌と合わさり、一国の皇女と言われても差し支えない人が印象薄い訳がない。

 

「今日は少しばかり、空いてるな」

 

 大通りを歩きながら、ゼダスはつぶやく。その言葉の通り、普段は人で溢れかえっている大通りが、思いの外空いていた。

 

「そうだな………」

 

 相槌を打つシルフィード。二人は何故か考えてみるが、思い当たる節が無い。なら、考えるだけ虚しい。

 答えの出ない質疑を止め、意識を現実へと帰化させる。

 ゼダスの右手に宿る仄かな温かさ。その熱源の方に視線を向けると、シルフィードの左手がガッチリと掴んでいた。

 こうやって、街中を進む時は手を繋ぐ。この行為は当初、逸れない為のものだったはずだが、いつの間にか、街中ではずっと繋ぐようになった気がする。

 別に手を繋ぐ事が嫌な訳では無い。これだけ美しい女性と手を繋いでいられるのは、きっと幸せな事なのだろう。だからか、街行く人からの視線は痛いのだが。

 だが、それ以前に、ゼダスにとってはシルフィードの放つ温かさが恋しかった。人に対する恋慕感情が分からないというのに、全く変な話である。

 彼女の温かさは、確実にゼダスの心を“人”へと戻す。力を得るべく“修羅”落ちしかけているゼダスにとってはありがたい話だった。

 力を求めるだけで、理性を失った鬼の“修羅”に自ら進んで成ろうとは思っていない。だが、力を求めると“修羅”が勝手に付いてくるのだ。

 

「今日って、何かあったっけ?」

「いや、記憶には無いが………」

「って事は、単に運が良かったって事かな」

「そういう事にしておこう」

 

 やはり、面倒な事を考える気にはならず、「どうでも良いや」と結論付けた。

 手を繋いで歩く二人。見方によれば、蒼き姫を先導(エスコート)している黒き執事にも見えなくもない。実際は横並びで普通に歩いているのだが。

 

「で、今日は何を食われますかね、お姫様?」

「………その呼び方は止めろと言っただろう」

 

 半眼で腕を突くシルフィード。それにゼダスはククと微笑みながらに謝る。

 

「悪い悪い。だって、お姫様って言われても問題無い位に美しいぜ、お前」

「––––––ッ⁉︎し、師匠………一体、何を………………」

 

 狼狽えるシルフィードに首を傾げるゼダス。

 ゼダスにとっては、特に何かを言ったつもりでは無いのだが………まぁ、仕方ないだろう。

 

「何って何だよ。で、何食うんだ?」

「そうだな………」

 

 赤くした顔。理性を保つので必死なシルフィードだが、何とかして思考を奔らせる。

 ここは海都だ。故に海産物が豊富である。なら、それ関係の物を選ぶべきなのだろうが、毎回海産物ばかり食べてる様な気がするのだ。

 だからと言って、ここまで来て、肉料理を食べるという訳にもいかない。何時も《鉄機隊》の宿舎での料理は肉料理が主体なのだから。あそこは皆、血気盛んだから仕方無いとも言える。

 そういえば、最近はゼダスが料理する時も増えてきた様な気がする。本人はまだ「荒削りで、人に満足して振る舞える様な物では無い」と言っているが正直、想像を絶する速度で腕を上げている。《鉄機隊》の面々も彼の料理には黙らざるを得ない程には。

 

「思い付かないな。そこまで腹が減っている訳でも無いからかもしれない」

「………何で同じ量の運動をしたのに、腹が減って無いんですかね………何、俺が燃費悪いの?」

「別にそういう訳では無いだろう。今日に限って言えば、立ち回り方に移動を極力省いたから、余力があるとも考えられるしな」

「言われてみれば………しかし、よくそんな立ち回り方が出来るな」

「師匠の剣は一直単だからな」

「凄い貶されてる気が………」

 

 ゼダスはそう言いながら、ガックリと肩を落とす。その様子を見て、シルフィードは少し微笑んだ。

 

 

–––ゼダス()と言うのは不思議な奴だ

 

 

 これがシルフィードがゼダスに導き出した答え。

 常人と何ら変わらない生活を送っている時は、こうやって感情を露わに過ごす。だが、戦闘時は一切の私情を挟み込まず、冷静に、そして冷徹に敵を屠る。まぁ、時々昂ぶって、感情剥き出しで戦う事もあるが、それでも冷静さを欠いてはいないのだが。

 

「それじゃあさ、俺が選んで良いか?」

「ああ、行く場所はお任せするよ」

 

 互いに意見がまとまり、ゼダスは再び先導(エスコート)を開始する。

 大通りを道成りに歩き、支路に潜り、少しばかり進んだ所に目的地はあった。

 ヒッソリとした面影のある店はカフェだった。普段のゼダスが、好んで来る様な所では無いはず。なのに何故––––と思うシルフィードは、ゼダスの顔を覗き込む。どうやら、店を間違えた様子では無い。

 

「何故、ここなのだ?」

「んー………理由としては、大して腹が減ってない奴の前で飯をガッツリと食べたくないってのが一番かな」

 

 結局、ゼダスはシルフィードの事を考えていた。本人にとってはありがたい話だろう。

 店のドアを開くゼダス。それに続こうとするシルフィード。だが、店内に足を踏み入れる寸前で、悲鳴が耳を打つ。

 

 

「–––––きゃああああぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 

 その悲鳴に続いて起こる轟音。多分、爆発音。本来、こんな大都市で起こるはずの無い音にゼダスとシルフィードは音源の方へと視線を向ける。

 

「師匠………」

「ああ、だいぶ不味い」

 

 互いに視線を合わせ、状況の異常さに共通を持たせる。

 ただの火事なら問題無い。だが、微かに漂う異臭。これは硝煙。つまり、銃器が使われた危険性がある。

 その上、大通りの方面から聞こえる悲鳴の数々。それに掻き消され、聞き取り辛いが銃声もある様な………

 何処をどう見ても平穏な状況では無いのを確認すると、街中というシチュエーションを顧みず、ゼダスは目の前の空間を十字に切る。そして、現れる二振りの剣。金色の剣の方をシルフィードの放り、状況把握へと入る。

 

「これは事故じゃない。多分、猟兵による襲撃だ」

 

 ゼダスの言葉。明確な根拠ならある。

 ここは海洋都市。貿易港も数多く、大量の商品が遣り取りされる訳だ。毟り取るには持って来いの場所だろう。

 

「理解した。だが、どうやって事態の収拾を図る?防衛するにも数が多過ぎる」

「問題はそこだ。俺らが二人なのに対し、賊は複数の小隊に分かれているだろうしな………守り切れて、二港。それぞれ一港ずつだ」

「確かに合理的だ。しかし、相手は何故、商品などを盗むのだ?」

 

 いきなり尋ねるシルフィード。流石に馬鹿だと思わざるを得なかった。

 商品を盗む理由?そんなの聞かなくても分かるだろう。資金源の足しにする為だ。

 そんな当たり前の回答を口にしようとする直前にシルフィードは自論を述べる。

 

「状況の大きさ的には、最低でも中堅クラスの猟兵のはずだ」

「まぁ、そうだな。でも、それじゃあ根拠になってないぞ」

「最後まで聞くのだ。そして、今日のオルディスは人通りが少ない」

 

 その言葉にゼダスは頷く。

 確かに人気が薄い。おかげで大通りも通り易かったのだから。

 だが、何故そうなったかの理由が分からない。その思考を読んだのか、シルフィードは言葉を続ける。

 

「訳は分からないが、確かに言える事は–––––今日は大規模な貿易が行われない事だ」

「––––––––ッ‼︎」

 

 シルフィードの発言の意図が分かってしまい、ゼダスは思考の坩堝に嵌る。

 人通りが少ない。そんな状況下で、大規模な貿易を行う訳がない。理由としては、大きな売り上げを期待出来ないからだ。

 今、言われた発言を基に考えると、確かに今日を襲う理由が分からなくなる。

 猟兵としても襲撃には準備がいる。作戦立案や兵器調達。突入ルートや退避ルートの確保も必要だろう。

 そこまで念入りに仕組んであるというのに、大した収穫を得れない時期を襲う。どう見ても、主目的は別にあると考えたくなる。

 

「でもさ………一体何を企んでるんだ?」

「見当は付かない。だが、不穏な思惑があるのは確かだろう」

「出来ることなら、結社から助っ人を頼みたいが………被害が計り知れないし、手を貸してくれるとは思わないし………俺ら二人でカタをつけるしかない。確かオルディスには大きな港が二箇所あったよな」

「ああ、東西に一箇所ずつあった筈だ」

「なら、その二箇所を何としても守り切るぞ」

 

 正直なところ、無策もいい所だ。こんな物を作戦と称する方こそがトチ狂っている。

 だが、こんな物でさえ使わねばならない状況なのだ。表社会に出してはならない物を出し惜しみする場合では無い。

 

「俺は東側を担当するから、お前は西側を頼むぞ‼︎」

「了解した‼︎」

 

 そんな遣り取りをした後、ゼダスは動乱の海都を駆け始めた。

 街の慌てっぷりといえば、凄いものだった。逃げ惑う人々。所々には負傷した人が。多分、銃器による物。予想違わずに猟兵が襲って来たようだ。

 駆けるにもスペースが必要だ。だが、ごった返すかの様に人が逃げている所為で、大通りを走るには叶わない。そんな状況にゼダスは、

 

「(人目に付く様な所で使うのは気が必要だ引けるが………仕方無い)」

 

 と思い、奥の手を使う。

 大通りから一つ外れた支路。そこを全力疾走し、ゼダスは大通りに突っ込む。下手すれば人とぶつかり、色々な意味で大惨事となりかねない速度のゼダスは徐ろに建物の壁に足を付ける。

 全速力の勢いを纏うゼダスのこの行動は常軌を逸している。これでは思いっ切り転倒してしまうだろう。だが、次の瞬間、ゼダスは物理法則に抗った。

 誰がどう見ても、ゼダスは家屋の壁を走っていた。これなら人とぶつかる危険性は皆無。こんな芸当を可能とするのは世界広しとは言え、ゼダス一人のみなのだから。

 

「こんな状況じゃなきゃ、軽く話題になってるよなぁ………」

 

 重力無視のゼダスはそうボヤく。

 足を止めずにゼダスは割り振った東側の港へと向かう。

 流石は海都。貿易港の大きさは類を見ない程だった。その中に留まる大きな船。多分、アレが襲撃されているとされる商船だろう。

 港から少し離れた家屋の屋上に立ち、魔剣を抜く。港に与える被害を最小限に食い止め、状況に終止符を打つには魔剣解放による爆炎は不可。やはり、剣撃のみで何とかする必要がある。

 

「《聖扉戦術》初めてのお披露目会が海都による猟兵鎮圧か………何か少し複雑だが、気にしないの方が良いんだろうな」

 

 魔剣を握る力を強め、ゼダスは港を見据える。

 そして––––ゼダスは地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 それを“戦闘”を呼ぶ物かは分からなかった。

 ただ一方的に屠る。ただそれだけの話だった。

 途中で小癪な連携や波状攻撃もあったが、特に焦る事無く対処。傷の一つさえ負わなかった。何故なら、その程度の戦術なら、頭に登録済み。対処出来て当然の物だった。

 

「ふぅ………多いったら、ありゃしない」

 

 呆れる様に言うゼダス。

 確かに屠った人数は多かった気がする。流石に三桁はいかないだろうが、それに匹敵するくらいは殺った気がする。

 だが、これで東側の港は守り切れた筈だ。残党も居ない。

 同じ実力を持っている筈のシルフィードも、そろそろ事態を収束させている筈だ。なら、師匠らしく迎えに行くべきなのだろうか?

 

「………行ってやるか」

 

 考えた末、迎えに行く事にする。ゼダスは魔剣を腰に差し直し、再び街中を駆け始めた。

 街行く人も落ち着きを取り戻し始めている。即ち、大方の事態は収束出来たという事だ。

 安心したゼダスは足を緩めず、駆け続ける。東側の港から西側の港までは、精々1,000アージュ位。大した時間も掛からず、目的地に辿り着く。

 そこに居たのは蒼装の姫騎士。金色の剣の切っ先を地に付け、呆然と空を見ていた。

 先程まで晴れ渡っていた空は、いつの間にか雲に覆われ始めた。多分、もう少しで雨が降るのだろう。

 

「おい、シルフィード。コッチは片付いたのか?」

「………ああ、師匠か。問題無く片付けたさ。でも–––………」

 

 言葉は途切れ、シルフィードは眼を伏せる。長い金髪が顔にかかり、表情を見せる事は無かった。

 しかし、声が掠れている。その変化を感じ取ったゼダスは、しっかりと言葉を精査し、放つ。

 

「お前さ–––––実は人を手に掛けたのは初めてなんじゃないか?」

「–––––––ッ⁉︎何故………そう思うのだ………………?」

 

 虚ろな瞳でシルフィードはゼダスを見詰める。そのセリフのお返しにゼダスは答えを示す。

 

「その瞳。それは事の重大性に直に触れた際の物だろ」

 

 スタスタと近寄り、ゼダスはシルフィードの剣の刀身を掴む。多少、己の肌に喰い込むが気にしない。

 

「お前は悪人を手に掛けた。この海都を守るべく、人を手に掛ける事を許可したのは俺だし、初めてだった事を知らなかった俺が悪い」

「………………」

「でも、執行者として人を殺めていないのは–––––こんな事を言うのは、人として正しいとは思わないけど–––––問題だ」

 

 ゼダスの言葉はシルフィードの心に突き刺さる。

 確かに人を数人殺めた程度で心が折れそうになったのでは、執行者としての素質は欠けていると言わざるを得なかった。

 執行者として進む以上、人を殺める事は数多くなる。今までは《鉄機隊》のみんなも居たし、何とか心を律する事が出来た。だが、今回はどうだった?

 作戦上とは言え、一人での行動。場所の距離的には1,000アージュ程度しか、ゼダスと離れていなかったと言うのに、心が寂しかった。何にも支えられず、人を斬る度に心が削られる。心が折れそうになる。

 

「なぁ………」

 

 不意に放たれるゼダスの言葉。それにシルフィードは身震いする。

 何を言われるのか………大方予想が付いてしまうからこその行動。

 

シルフィード(おまえ)は執行者に向いてない。何とか《盟主(グランドマスター)》に掛け合ってみるからさ………執行者の職を降りろ。これはお前の為の行動だ」

 

 

–––––––––––嫌だ………

 

 

 頭を過る呪詛。それはシルフィードの心を蝕んでいった。

 

 

–––––––––––離れたくない。彼………ゼダスから離れたくない

 

 

 いつの間にか芽生えていた師弟関係以上の感情。それが彼女の心に鎖を巻いて行く。

 虚ろに手を伸ばし、ゼダスの黒衣を掴もうとする。が、届かない。まるで彼と彼女の間には大きな境界線が引かれてある様だった。

 

「何で………」

 

 彼を想うほど、届かない虚無感が増大化していく。

 

「だからさ………サッサと帰って––––––––––ってッ⁉︎」

 

 ゼダスは説得に気を取られていて、反応に遅れた。

 シルフィードの背後に煌めく黒光。銃身が陽光を反した光。つまり、猟兵の残党。それは確実にシルフィードを狙っている。

 本人は気付かない。それもそうだ。背後で向けられているのだ。

 ゼダスは腰に差した魔剣で制圧しようと試みるが、間合いが空いてる以上、銃が剣に敵う通りが無い。故に………放たれた銃弾はシルフィードの胸を穿った。

 

「––––––––ッ‼︎」

 

 それを見たゼダスは銃弾を放った本人を切り捨てる。そして、負傷したシルフィードに駆け寄った。

 

「おい、シルフィードッ‼︎大丈夫かッ⁉︎」

 

 傷を見たところ、多分死ぬ。心臓を一撃だった。今現在は意識はあるとはいえ、もう少しで生を終えるだろう。

 

「………………私の落ち度………なのだろうな」

「お前………一体、何を………」

 

 シルフィードは口から血を吐きながらに言葉を紡いだ。そして、雲行き悪いのが、更に加速し、雨を降らす。

 

「結局………悪人に対しても、非情に成れなかった………私の、な」

 

 その言葉を聞いて、ゼダスはようやく気付いた。記憶上初めての筈の………涙を流している事に。

 

「本当に………すまなかったな。最後まで、不出来な弟子で………」

「そんなこと無い………そんなんなら、俺も最後まで不出来な師匠だっただろうがッ‼︎」

 

 吼えるゼダス。

 哀しみの雰囲気は、周りの全てを遠ざけ、現実から乖離していくかの如く錯覚させる。

 シルフィードは生命の灯りが途絶える寸前に己の最後の使命を全うする事にした。

 

「師匠………最後に伝えておきたい事がある」

「………何だよ?言いたい事があるんなら、サッサと伝えろ」

 

 その言葉にシルフィードは徐ろに手を伸ばす。白い手はゼダスの顔をしっかりと押さえ、生気を失った瞳で見詰める。

 

「–––––私は師匠が好きだ」

 

 突如、放たれた告白。それに戸惑うのはゼダスだった。

 

「何で………今なんだ?」

「それは勿論………死ぬ前だからであろう。故に最後まで言わせて欲しいものだ」

「なら、早く言えよ………………」

「それでは遠慮無く。こんな感情を抱いたのは初めてでな………正直、いつ理解したのか分からないのだ」

 

 段々とシルフィードの体温が低下していくのを感じ取れる。残された時間は余りにも少ない。雀の涙程も無いだろう。

 

「だが、師匠と剣を合わせているのは明らかに楽しいと思えた」

「ああ………俺もだ」

「確かに師匠の言う通り、私は人を斬る覚悟は無い。だが、それでも楽しかった。何故か、昂ぶる事さえ出来た」

「………………」

「多分、その時に感じたのだろう。師匠を“好き”と思えたのは」

 

 死ぬ前で力が入らない筈のシルフィードの手は、力強くゼダスの顔を引く。互いに触れ合う寸前までの距離。そんな距離でさえ、止まらずに顔は近づいて行き––––––互いに唇を重ねてしまった。

 だが、互いに拒絶する様な素振りを見せず、離れる事は無かった。

 恋慕感情が分からないゼダスにとっても、離れる事を許さなかった。人の温かさ。それは………ゼダスに欠けたものだった。

 惜しむかの様に唇を離し、互いに見詰める。

 

「お前………こんな事して良かったのか?」

「死ぬ間際なのだ………別に構わんさ」

 

 ここまでされては、ゼダスも答えを示さない訳には行かなくなった。

 

「俺には恋慕感情が分からない。それは知ってるな」

「ああ、知っていたとも………」

「そして、記憶も無い。そんな奴を好きになったお前はつくづく不幸な気がするが、一応答えさせろよ」

 

 ゼダスは一息吐き、言葉を繋ぐ。

 

「俺は––––お前に憧れた」

「………師匠に憧れられる様な所は見つからないのだが………」

「そんなことは無い。お前は俺に無い物を持ってるんだから」

「それは………」

「心の温かさ。俺に無くて、お前にある物だよ」

 

 思い出を返すかの様にゼダスは、

 

「俺はそれに憧れた。記憶を求める冷えた心が、確実に溶かされていったのだから」

「その程度の事………別に私以外の誰にでも出来る事ではないか」

「そんなことは無い。お前が俺に近付こうとしてくれたからだ。そうじゃなきゃ………ここまで苦しくなってねぇよ」

 

 ゼダスが吐き捨てた言葉がシルフィードの耳に届いたであろう時に微笑み、そのまま逝ってしまった。

 溢れた涙は止まらない。人並みの感情を持っていないゼダスでさえ、泣く事が止めれない。

 天を仰ぐ。空は雨を降らし、二人を濡らす。

 哀しみの街中に、ゼダスの咆哮だけが轟いた………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………確かにそんな事もあったな」

 

 目に溜まる少しの涙。それを拭いながら、ゼダスは思い出すのを止めた。

 帝都の郊外の丘に寝転がっているゼダスは再び事の顛末を想起する。

 あの後、ゼダスはシルフィードの遺体を抱え、結社に帰った。《鉄機隊》の面々からは、色々と非難を浴びた。確かにゼダスの責任も無い事は無い、と思ったのは自責の念故か。

 《盟主》にこの件を報告すると、ある方法を見出された。それが–––『《輝く環(オールオール)》の空属性の余剰使用による新たな生命を創り出す』というものだった。

 こんな方法をとっても、シルフィードの魂は帰ってこないのは分かっている。それでも、その提案を承諾し、シルフィードを生き返らせた。だが、それはシルフィードであってシルフィードでは無い………つまり、別人格だった。

 その件を境にゼダスはシルフィードから離れた。今は何処で何をしているかは知らない。

 

「クソったれ………」

 

 思い出すだけで涙が出て来る。

 愛してくれた本人の魂はこの世から消えた。当然かもしれない。そして、思ってしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「–––––––本当、俺は弱くなったよ………シルフィード、お前は何で死んじまったんだよ………悔やんでも悔やみきれねぇだろうが………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長かった追想編も終わりました。
次話からは本編に戻ります。そして、“例”のイベントも、もう少しなのですよ〜〜




はい、頑張ります………



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