前話でゼダスの過去を話すと言ったな。ありゃ、嘘(尺の都合で入らなかった)だ。
ゼダスの元にフィーとラウラが到着して、数十秒後。他のⅦ組メンバーに加え、シャロンが到着した。
「結局、全員来たのかよ」
溜息を吐きながら言うゼダスだが、その様子は何処と無く嬉しそうにも見えた。
「で、シャロン。課した試練とやらは、どうなった訳だ?」
「えーと、その………超えられたと言うよりは、中断させられましたね。まさか、戦闘中に逃走するなんて思いませんわ」
「人聞き悪い。シャロンだって、『想いを伝えるなら、私を超えて行け』って、言ってた」
「そうだ。なら、別に勝たなくても良いだろう」
シャロンの発した言葉に屁理屈混じりで抗議するフィーとラウラ。それに他の全員は苦笑する。しかし、次の瞬間に二人が浮かべた真剣な面持ちに全員が押し黙る。
「ゼダス、少し話があるのだが………」
「私も………」
「––––––いや、待ってくれ」
思いの丈を打つけようとした二人の口にゼダスは指を添えた。多分、普段のゼダスがこの行動に出ても、言葉を止めなかっただろう。
だが、二人以上に真剣な表情を浮かべているゼダス相手に口を開く事さえ許されていない様だった。
「お前らが何が言いたいか。それは俺でも理解出来ている。でも、俺の話を聞いてからにしてくれ。今から話す内容によっては、どう評価されるかは分からないからな」
「それで君は一体、何を話すつもりなんだ?」
フィーとラウラには伝えた話す内容。故に他のメンバーは知り得る筈が無い。そして、秀才だからかの探究心の為、マキアスが尋ねて来た。それにゼダスは同じ様に答える。
「俺の全て。今まで俺が歩んだ軌跡の行く末がどうなって、学院へと導いたか。それについて話すつもりだ」
まだⅦ組の面々に見せた事が無いゼダスの雰囲気。
強くもあり、弱くもある。確かに人外の力を保有していて、それに対称的な弱さを持ち合わせている。その姿はさしずめ、半分“人”の半分“修羅”。どちらに転んでも可笑しくは無い。
しかし、普段のゼダスなら、この様な気配を出すどころか、片鱗すらも感じさせないであろう。何故なら、雰囲気の隠蔽程度の芸当をゼダスは息をする感じに出来るからだ。その上、己の核心に今までは迫らせなかった事も合わさって、Ⅶ組の面々にとっては珍しい光景だった。
「で、何処から話すかが問題なんだよなぁ〜〜。いかんせん、今まで殆ど触れなかった話だ。話さなきゃならない事が多過ぎる」
ゼダスは頭を掻きながら、思考を奔らせる。
シャロンが病室を抜ける前に言った事を全て行っていたとしたら、結社の事に関しては露見している筈だ。と言う事で–––––
「まずは俺の記憶について話してみようかな」
ベットの上で寛ぐゼダスは、初めに記憶の話を切り出した。
「俺には、最近二年間の記憶しか無い。俗に言う記憶喪失だ」
声調を殆ど、変えずにゼダスは言うが、事の重大性に全員が驚きの表情を隠せない。だが、この程度で驚かれていると、キリが無いので、敢えて無視する意向で。
「覚えている中で一番最初の記憶は、瓦礫の中で埋もれていて、傷だらけで血を流していた事だな」
確か、アレは空中都市リベル=アークの崩壊が起きたとされる《リベールの異変》に巻き込まれた時の記憶だろう。多分、あの時の衝撃で記憶に何らかの障害を負った。それなら、辻褄が合わなくも無い。
「それは大丈夫だったのか?」
「大丈夫だったから、今ここに居るんだと思うな、ガイウス。で、傷だらけの俺を結社の《道化師》が救出して、成り行きで結社に入団した訳だ。ここまでで質問がある奴は?」
その言葉に全員は黙っていた。それは質問が無い事なのか、未だに思考が追い付いていないのか。それを推し量る術は無い。
「で、時系列的には、この先を話すべきなんだろうが、今は置いとかせてもらうよ。別に執行者時代の血濡れた話なんぞを聞きたくは無いだろうしな。だから、俺は記憶に関しての話を続ける」
極限まで分析し、果ての解答を求め続けるその姿は、学者にも見える。
「これはあくまで、俺の持論だが、記憶喪失ってのは、文字通りに記憶を失った訳じゃ無いんだと思うんだ」
「それは一体…………」
いきなり、記憶喪失に関しての意見を述べ始めたゼダスに混乱気味でも質疑を行うエマ。流石は入試時の学年首席なだけはある。
「記憶喪失は失った事を示すんじゃなくて、思い出せなくなった事を示しているんだ」
元から脳内に存在する記憶視野というファイルにアクセス出来なくなった様な物だ。
「はい、ここで質問だ。今回はリィンが答えろ。記憶って何だ?」
「記憶、か…………」
話を振られ、少しばかり考え込んだリィンは、脳内でまとめ上げれたのか、開口する。
「脳を巡る情報体、か?」
「ビンゴ。そう、記憶ってのは、脳を巡る情報体な訳だ。各々が覚えている光景などが情報体に刻み込まれていると考えてくれれば良い。そして、脳は頭蓋骨と皮膚によって、厳重に守られている。つまり、簡単に外部に漏れる事は無いんだ」
それもそうだ。簡単に外部に漏洩してしまうのなら、他人の記憶を読む事なんて容易くなっているだろう。だが、現実には、そうなってはいない。
「ここからは俺の予測だが、俺は瓦礫に埋もれていたのが、覚えている限りの最初の記憶。って事は、順序的にその時のショックが原因で記憶を思い出せなくなったって考えるのが妥当だ」
だが、ゼダスの身に降りかかっている記憶喪失は–––––あくまで、個人的な意見だが、別種に近い。
言葉で表現するなら、記憶という名のファイルが
「でも、ショックが原因の記憶喪失なら、同じ様にショックで元通りになるってのが道理なんだ。が、未だに記憶が戻って来てない」
別にショックの無い人生を歩んで来たつもりは、毛頭無い。寧ろ、絶対的な強さを誇る連中と殺り合った経歴がある以上、崩壊に巻き込まれた程度のショックの方が軽いと言える。
そんな経験をしても、記憶は戻らなかった。なら、原因は別にある。そうでなければ、不整合過ぎる。
「この事から、俺の記憶が戻らない理由は別にあるって考えれるだろ。そして、目を付けたのがコレ」
ゼダスは制服の袖を捲り、左肩を露わにする。そこにあったのは、普通に生きていては存在するはずが無い物だった。
無数の傷跡。今までゼダスが戦ってきた事の証だ。だが、それよりも目を引くのは、健康的な白みを帯びた肌を肩から掛けて伸び、不思議な模様を浮かび上がらせる無数の金線だった。
まるで、絶世の芸術品。お世辞にも“綺麗”と称する事はできないが、人の眼を惹きつけるだけの形容し難い“魅力”が存在しているのだ。それに呑まれた持ち主たるゼダスを除く全員が言葉を忘れ、立ち尽くす中、ゼダスは正体を明かす。
「《
至極当然。その四字熟語が似合い過ぎる程に普通に言うゼダス。それに全員は半眼かつ無言で対応するが、当の本人は全く気にしていない様子。
良く言えば肝が据わっていて、悪く言えば常識知らず。その上、何時もは飄々としていて、己のペースを突き通す。それがⅦ組から見たゼダスという人物像だ。現にその通りである。
だからこそ、あの時の潰れようが意外で仕方なかった。最早、学生という枠組みでは捉え切れない程にまでの実力を持っていて、身近に居るからこそ“最強”と思わせているのに、負ける時は負ける。
だが、“勝利”の二文字を確立させるべく、敗北の地を這い蹲り、足掻き続ける。それがどれだけ醜くても構わない。例え、“人”から堕ち、“修羅”に成ろうとも。
でも、そのゼダスの姿勢にⅦ組の全員が気付く事が出来なかった。それで、“修羅”に堕ちたゼダスに対し、意識では理解していても、無意識では侮蔑の色眼鏡で見てしまっていたのだろう。しかし、それを否定するのは間違いだ。
何故なら、それは人が己を守る為の防衛本能が働くからだ。傷付けられたくない。危険性の高いモノとは接触したくない。だから、突き放そうとする。とどのつまり、そういう事だ。
「そんな理解し難い事を言われて、『はい、そうですか』と納得はしないだろうから、証拠を見せてやる。フィー、ラウラ、少しコッチに来い」
《輝く環》の証明をすべく、ゼダスはフィーとラウラを呼び寄せる。それに抵抗を見せず、二人は歩み寄る。その素直な行動にゼダスは笑みを浮かべながら、起句を唱えた。
「《輝く環》起動」
肩から伸びる無数の金線は光を放って輝き、周囲に膨大な力が働いている事に全員が肌を持って感じている。
抗う事すら敵わない空属性の絶対的な力が宿り、両腕が金色に輝くのを確認した後、二人の頭に手を乗せる。すると、手を乗せられた二人は眼を見開く。
「何なのだ、これは………」
「傷が………全部、治ってる」
驚愕して呟く二人。
今、何をしたか。それを完全に理解しているのは使用した本人たるゼダスと使用されたフィーとラウラだけだ。
フィーとラウラは、帝都地下での死闘によって重傷を負い、完全に治り切っていないのに、シャロンと相対。正直なところ、いつ倒れても可笑しくない状況下に置かれていたのだ。
それを見越して、ゼダスは《輝く環》の証明を兼ねて、完全回復させた。空属性による高効果の回復能力を応用しての賜物だが、これで力の膨大性は証明出来たと言えるだろう。
「そんな物を身体に埋め込んで………大丈夫なの?」
気不味そうにエリオットが尋ねる。尤もな質問だ。
そんな人外魔境の異界の
「御生憎、身体が丈夫なのかは知らんが、異常は無い」
ゼダスにとっては、記憶が始まった時から有った物だ。今更、違和感なんぞ感じていない。
「だが、俺はこの遺物が記憶を失った事に何らかの因果があるんだと考えた。普通の記憶喪失とは似ても似つかないんだし」
普通の事象と違うのなら、原因も普通な訳が無い。それは世の常とも言える位に当然の事だった。
「普通の記憶喪失じゃないんなら、思い出し方も普通じゃない訳で………でも、原因は目星が付いている。という訳で、
本人………それが何を指すか。ゼダスを除いた全員は首を傾げる。それも当然の話だ。
何故なら、ゼダスの口から発せられた言葉の中に、記憶に関する情報を持っている人なんて出てきていないのだから。まず、人自体出てきていないのだから。だが、それは真実を知らぬが故の思想。そう––––よもや、遺物が意志を持っているなんて思い付く筈も無いのだから。
「起きろ、《輝く環》」
先程の起句とは似ても似つかぬ程に砕けた口調でゼダスは話し掛ける。だが、誰も居ない。
端から見れば、変人。その行動に全員が訝しむが、次の瞬間。突如、空間が軋んだ。
全員の耳朶を打つ破砕音に似た何か。少なくとも、聞いていて心地良い音では無く、殆どの人が耳を塞ぐ。
『あはは、やっぱり普通の人にとっては不快な音なのかなぁ〜〜』
「そりゃあ、空間が軋む音で『………カイカンです』なんて言う頭のイカれた奴は居ないだろ」
『絶対?』
「………………多分」
虚空と話すゼダス。やはり、変人の烙印を押されても差し支え無いのだが、それ以上の驚くべき事象が発生し始めた。
まるで周囲の色彩を一箇所に搔き集め、人の形取られていく。風景の全ては
薄緑色の短パンを履き、青色の薄いシャツを着る少年。その上に赤とも取れ、ピンクとも取れるカーディガンを羽織っている。
この世界の文化にはどれだけ取り繕っても似つかないその異質な風貌。しかし、それよりも異質さを感じさせるのは双瞳だった。
片方の眼–––––右眼は大自然を彷彿とさせる緑眼で、もう片方の眼–––––左眼は青空を連想させる碧眼。双瞳の壮麗な色は見る者全てを惹き込む。
「えーと、こんなに黙り込まれると、ちょっとボクも可哀想になって来るなぁ………………いや、ボクの可愛さに見惚れているって事なのかなぁ」
「おい、冗談やめろ。単に驚いてるだけだろうが」
「談話中悪いが、そいつは誰だ?」
得体の分からないモノの正体をいつも通りの態度で問い掛けるユーシス。こう言った傲慢不遜というか、怖い物知らずというか………………まぁ、長所だろう。
「んー、特に名前は無いんだけどねぇ。皆が言う名前なら、《
空中に座し、虚空に頬杖を付き言う《輝く環》。本当に何と呼ばれようが気にしない風だった。
「んな、社交辞令は良いから、早く本題に入ろうぜ」
「うん、そうだね。君はしっかりと約束を守ったし、“真実”を知る権利がある」
「勿体ぶらず、早く教えろよ。お前が全部知ってるんだろ」
意味を解す事が出来ず、会話を流し聞きする事しか出来ないゼダスと《輝く環》を除く全員。しかし、感じた物が有る。
何かの一線の先にある物を知っている。
そんな気がしてならない。
その危惧をゼダスと《輝く環》にとっては知る由も無い。
「そりゃあ、ボクが原因なんだから、全部知ってるよ。その前に一つ。質問しても良いかなぁ」
「何だよ」
「何でボクは道具でありながら、人格を宿しているか。それは君は理解しているのかな?」
いきなり、吹っ掛けられた質問にゼダスは思考を奔らせる。
普通に考えれば、要領を得ない話だ。
道具として成立している物が、人格を持つ。それは普通は有ってはならない。
何故なら、道具という概念は原来、“者”に使われる“物”として成り立っているからだ。
そして、“物”が人格を持ってしまえば、“物”を使う“者”との間に感情的な亀裂が発生してしまう。そうだと、“者”から見ても、“物”から見ても、十分な力を発揮する事が出来ないのだ。
この点を考慮すれば、道具が人格を持つ事はどう見ても非効率極まりないのだ。
「いや、分かんないな」
「そう………
「お前、一体何を………………」
「ボクの個人的疑問も解消出来たし、それじゃあ始めよっか」
ゼダスの疑には答えず、《輝く環》は笑みを浮かべて、そう言い放つ。
「それじゃあ、トールズ士官学院の特科クラスⅦ組の皆々様方に加え、結社の《死線》。少し、お付き合い頂きますね」
その言葉に全員が頷く。
「さてと、今から語るは、ゼダス・アインフェイトという人物の半生だ。それは随分と大逸れた話となる。
さぁ、これは古き古き世に生きた一人の少年の物語………………」
次話からゼダス君の過去に入っていこうと思います。出来る限りに一話に纏めたいですね。そろそろ四章を終わらせないとマズいですし………