闇影の軌跡   作: 黒兎

70 / 83
FGOの新章が解禁されたと思い、呑気にロンドンを回っていたら緊急メンテ。
それにちょっと………まぁ、色々と思う所があった『 黒兎』です。

今回はゼダス君の過去です。題名から察して下さい。一話じゃ入り切りませんでした。12,000文字ぐらいです。
流石に次話でゼダス君の過去も殆ど明かしてしまいます。出来るだけ早く書きましょー



追記:今季は個人的には最弱無敗の神装機竜が面白かったなぁ〜〜。勿論、ヘヴィーオブジェクトもですけど。







《天帝》の過去 Ⅰ

 とある地に一人の少年が居た。外見を見た所、八歳前後だろう。黒い髪を短く揃えており、健康的な優良児に見える。

 その少年と手を繋いでいる長身の女性。少年と同じ黒髪を宿しており、長くしている。水晶の様な瞳を持っており、美人と称しても差し支え無い美貌を持っていた。

 長身の女性は少年に向けて、言葉を放つ。

 

「ゼダス、家に帰りましょうか」

「はい、母様」

 

 少年––––ゼダスは、長身の女性の母親に向けて、言葉を返す。

 これだけ見れば、仲睦まじい普通の家族に見える。だからこそ、気付かないのだろう。この関係に歪な何かが紛れ込んでいる事に––––………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ………ああっ………………」

 

 《輝く環(オーリオール)》がゼダスの過去を語り始め––––––否。全員の脳内にゼダスの過去を刷り込ませ始め、全員が頭を押さえる中、己の記憶を閲覧している当の本人は苦しそうに声を上げていた。

 

「ゼダス、大丈夫………っ⁉︎」

 

 頭を押さえつつも駆け寄るフィー。苦し気なゼダスを摩るが、大して容体は安定していない。

 その様子を一瞥し、ラウラは原因の《輝く環》の顕現体の胸倉を掴み上げる。

 

「貴様………っ‼︎」

「いやいや、暴力は御門違いでしょっ⁉︎ 一回落ち着いてよ‼︎」

 

 驚きの行動に出たラウラに《輝く環》は焦りつつも早々と言葉を繋ぐ。

 

「まず、ゼダス君が過去を知りたいって言うから、教えてあげてるのに、殴ろうとするのはどう見ても可笑しいでしょっ‼︎ しかも、彼が苦しみを味わうのは分かりきってた話だし」

「分かりきっていた、だと………」

「う、うん。だって、スッポリと抜けてた物を急激に挿し込み直すんだ。常人とは掛け離れているとは言え、耐え切れる様な苦しみじゃない」

 

 その言い訳にラウラは《輝く環》の胸倉を離す。別に殴られてもダメージにならないであろうに、ホッと息を吐く《輝く環》。

 

「それじゃあ、続きを流すよ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼダスが十代中盤を迎えた。

 何も無い日常が連鎖し、穏やかな日々が続いていた。

 

「ゼダス、ラクファを起こして来てあげれますか? もう直ぐご飯が出来るので」

 

 母親の言葉にゼダスは家を駆け、ラクファと名を持つ奴の元へと向かう。幼きながらも抜群の身体能力を有しているゼダスは、同年代では追い付く事の出来ない速度で、ある扉の前に止まる。そして、ノックしながら、

 

「ラクファ、起きろよ。飯が出来るって母様が」

「んー、あと五分だけ………」

「………本当か?」

「本音はあと一時間ぐらい寝てたい」

「っざけんじゃねぇーーっ‼︎」

 

 バタンッと盛大な音を立て、ゼダスは目の前の扉を押し開く。その部屋の中に居たのは、寝巻き姿の美少女だった。

 鮮やかなローズピンクの髪を三つ編みに纏めていて、顔立ちも可愛い部類に入るはずだ。

 

「お兄ちゃん、勝手に女子の部屋に入るとか………正直、幻滅だよ」

「忠告無視したお前が悪いわ。ほら、早く行くぞ。母様が怒ったら敵わない」

「………それもそうか」

 

 納得し、ラクファは立ち上がる。着替える暇も惜しいのか、寝巻き姿のままに部屋を出る。

 ラクファ・アインフェイト。彼女はゼダスの実の妹である。

 身体能力に関しても、知力に関してもゼダスに匹敵するだけの力を持っているのに加え、平凡な風貌のゼダスとは違う雰囲気を持っている。つまりは、兄より出来の良い妹と言う事だ。

 

「あいつは、あの面倒くさがり屋さえなければ、十分に可愛い奴なんだけどなぁ」

 

 そうゼダスは残念そうに呟く。この言葉の内容だけ見れば、ゼダスにシスコンっ気が有る様に感じられるが、ここはスルーで。

 

「さて、あいつに言っといて、俺が遅れたら洒落にならないし、そろそろ行くか」

 

 そして、ゼダスは来た道を引き返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、二人とも。席に着きなさい」

 

 母親からそう言われ、食卓の席に座するゼダスとラクファ。そして、眼の前に置かれてある豪華な食事。別に今日に何かがあった訳では無い。これがアインフェイト家においては日常的な事なのだ。

 

「今日も豪華だねぇ、母君」

「ふふ、そうね、ラクファ」

「私も母君みたいに料理上手になりたいよ」

「それじゃあ、頑張る事ね。そうしていれば、何時かは上達するわ」

 

 女二人の会話を尻目にゼダスは黙々と食事に手を伸ばす。何時も変わらずの味。美味い。こればかり食べ過ぎた所為か、味覚が通常の食物を受け付けないなんて言うオチにならないと良いが。

 

「それにしてもゼダスは何時もご飯の時は静かね」

「折角の美味しい料理だし、しっかりと味わっておきたい」

「でもさ、お兄ちゃん。食事中に黙りだと雰囲気悪いよ。そんなんだから––––……」

「ラクファ。少し静かにしなさい」

 

 ラクファの言葉の半ばで挫く母親。

 

「うう、分かりました。お兄ちゃんを悪くは言いませんよ」

 

 そして、訪れる静寂の食卓。気不味いと言われれば、否定出来ない程に静かだ。しかし、その静寂は思ったより早く破れる。

 

「御馳走様でした」

 

 いち早く、食事を終えたゼダスは直ぐに立ち上がる。それを見たラクファは飯を食べる速度を速めた。

 

「お兄ちゃん、まさかもう行くの?」

「家に居てもやる事が無いしな。早く行くよ」

「少し待ってよ〜〜。こんな可愛い妹を置いてくなんて、有り得ないよ」

「自分で言うな、自分で」

 

 ラクファの泣き言に呆れた口調でゼダスは言う。結局、無視して家を出た。

 

 

 石造の道を一人歩く。

 殺風景に見える光景。それにゼダスは意味も無く、溜息を吐く。

 

「(俺も………何時かはこんな所で働くのかな)」

 

 将来への思いを奔らせる。が、その思考は急に分断される。

 

「よーやく、追い付いたぁ〜〜。お兄ちゃん、歩くの早過ぎだよ」

「なんだよ、来たのか」

 

 ゼイゼイと息を吐きながら、走ってきたラクファ。それにゼダスは更に溜息を吐く。

 

「そりゃあ、機嫌の損ねた兄の手綱を引くのも、妹の使命ですから」

「俺はそんなブラコン思考に育てた覚えは無いんだが。あと、妹の尻に敷かれる運命とか惨め過ぎるだろ」

「で、何でお兄ちゃんはこんなトコを歩いてるの?」

「俺の話は無視かよ、おい」

 

 だが、ラクファの言う言葉は正しい。

 この時のゼダスにとって、この道を歩く必要は無いからだ。

 

「理由として言うなら……気分、かな」

「気分って、全く曖昧だねぇ。先生に怒られても知らないよ。でも、分かる気がするよ。気分でここに来る訳が」

 

 そう言って、ラクファは頭を90度回し、風景を見る。それにつられ、ゼダスも同方向を向いた。

 澄んだ空が醸し出す蒼。心を踊らせると同時に落ち着かせるソレは、“眼下”に広がっていた。そして、その光景を見る度に思うのだ。

 

 

––––地上(下の世界)はどうなっているのだろう、と。

 

 

 この言葉で理解出来たかも知れない。ゼダスが立つ地が、地上とは遠く離れた場所だと言う事に。

 ここは地上から、遥か遠くに掛け離れた異郷の地––––空中都市リベル=アーク。後にそう呼ばれる場所だった。

 つまり、この時代は複数の国が凌ぎを削っていた現代から約一千年と少し前。七耀歴が始まった頃なのだ。

 

「確かにこの風景を眺めてたら、余計な事を考えなくても済むモンね」

「………そうだな」

 

 雄大かつ美麗な風景の前に立ち尽くす二人。不思議と発する言葉は数を潜めていき、遂には無くなった。

 その沈黙は何時まで続いたのだろうか。気付けば、互いに互いを求め、指を絡め合っていた。

 

「なんだ、お兄ちゃんも手、繋ぎたかったんだ」

「んな事あるかよ。偶々だ、偶々」

 

 ニコニコ笑みを浮かべながら言うラクファにゼダスは若干、顔を赤くしながらそっぽ向く。が、それでも手を離さない。

 

 こんな穏やかな日常が続けば良い。誰もが願うであろう希望。

 だが、世界はそんな易い希望でさえも叶えない。

 何故なら、世界は自分中心には廻らないから。利己的には進まないから。

 “非道”。そう評しても違わない様に思えるが、それが世の常なのだ。そうでなくては、世界は最適に化さない。

 その為––––世界の最適化の為の牙がゼダス達に及ぶのは、そう遠く無い話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? ラクファの奴はまだ家に帰ってないのか?」

 

 夕暮れ時に帰宅したゼダスは、家の中の静けさに首を傾げた。

 普段なら、何があってもゼダスが家に戻った頃にはラクファが居る。それがゼダスにとっては常識となっている。

 だからこそ、疑問になる。そして、その疑問は心の中で不安を掻き立てる。

 

 

––––まさか………何かあったのか?

 

 

 この空中都市に限って、そんな不穏な話があるとは思わない。なんて言ったって、《輝く環》の加護––––あらゆる奇蹟を具現化。その様な物が働いているのだ。

 だが、この憶測は甘過ぎると言わざるを得ない。世界を綺麗に見過ぎている証拠だ。

 

––––コンコンッ

 

 意識外から響いた乾いた音。ゼダスは音源の方へと顔を向けた。そこにいたのは母親。水晶の様な瞳が夕焼けの所為で輝いて見える。

 

「なぁ、母様。ラクファは––––………」

「ゼダス。少し時間を頂けるかしら」

 

 その言葉は何処と無く冷えている様に感じた。何故か、怖くなり、ゼダスは恐る恐る母親の表情を伺ってみた。

 何かを抱えている。そんな風に感じる位に思い詰めている表情………………いや、それも少しばかり、ズレている気がする。

 

「何で時間を?」

「………少し研究所に来て欲しいのよ」

 

 研究所。これは母親が勤めている職場に当たる。

 つまり、ゼダスの母親は研究者。付け加えておくと、この空中都市リベル=アークに存在する研究所の最高責任者の一席を占めているのだ。

 

「研究所って、この空中都市の––––」

「ええ。でも、理由は聞かずについて来て欲しいのよ」

 

 思い詰めた母親から、そう言われ、子が断る事が出来るか。否、出来ない。出来るわけが無い。

 少なくとも、反抗期なら話は変わったかも知れない。

 しかし、ゼダスと言う人は元々、上に反抗する様な気質では無いのだ。確かに現在のゼダスは人を掌で転がすかの如く、欺くのは得意だし、好きとしている。

 だが、それはあくまで執行者での教訓が色濃く反映されている故の物。

 だからこそ、この時のゼダスは疑い、反抗しようものも出来ない。その為––––

 

 

「………うん、分かったよ」

 

 

 ………………そう、答える事しか出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中都市の外周部から中心部へと進んで行く親子。

 手を繋ぐ事は無かったが、それ以上に雰囲気が重かった。

 その為、自然に言葉が口から出る事は無くなり、更に雰囲気が重たくなる。

 完璧な悪循環だ。

 それを頭で理解出来ていても、解決しようとは思わない………のでは無く、思えない。

 心の根底で蠢く不安がそれを許さない。

 

 

––––何か、嫌な感じがする

 

 

 そんな不穏な予想ばかりが脳内で思い付く。

 

「………着いたわ」

 

 母親の言葉で意識から現実へと帰路する。

 眼の前に聳え立つ巨塔。天をも穿つ様に錯覚させるソレが空中都市の中心部。つまりは軸だ。そして、この空中都市の研究所でもある。

 

「ついて来て」

 

 そう言って、母親は巨塔に備え付けられた扉を開き、中へと招く。

 内部は螺旋階段となっており、上層部にも下層部にも行けるという構造だった。そんな中、母親は下層部へと足を進める。それに続くかの様にゼダスも足を運んだ。

 下へと進むに連れ、灯りは暗くなっていく。まるで深淵の闇に向かっている。そう揶揄しても相違無い。

 やがて、陽光が届かぬまでに下へと進み、漆黒の闇に呑まれる中、ある一角へと出た。

 そこのみには灯り––––と言っても、もう寿命が尽きそうなのだが––––が付けられており、ボンヤリと扉を照らしている。その扉に立て掛けられた板には、『最高責任者以外立入禁止』と書かれていた。

 

「ここって………」

「私が許可するから、入っておいて」

 

 ゼダスの言葉を遮っての母親の言葉。否定する事を拒む様に聞こえる声音にゼダスは抗えずに扉の奥へと入った。

 円状の大きな部屋で、部屋の真ん中には巨大な円柱が在している。

 扉を閉じると、そこは完全な暗闇だった。

 独り故の静寂と相まって、心の中の不安を更に増大させる。

 そこからどれだけの時間が経っただろうか。多分、数分程度なのだろうが、体感的には数時間に近い。

 

「うっ………」

 

 いきなり着いた灯りにゼダスは手で視覚を遮る。網膜は焼かれ、一時的に視界が言う事を聞いていない。

 

『どうかしら、ゼダス。気分は良好かしら?』

 

 部屋内に響く母親の声。通信の類の応用での伝達だろう。それにゼダスは、

 

「どうって………それより、母様。何で俺をこんな所に?」

『その答えは、部屋の何処かに転がっている端末に有るわ』

 

 そう言われ、ゼダスは部屋内を探す。すると、一つのタブレット機器が無造作に地面に放り置かれていた。

 答えが有る。

 その一言は意味としては軽いかも知れないが、本質としては重い。

 答えと称される物が、己にとって利であるのなら、ただの気苦労で済むのだが、こういう場合は大抵悪いパターンへと誘われるのが常。

 そして、この端末(タブレット)を手にしてしまえば、最悪の末路が見える気がする。そんな気がしてならない。それは例えるなら、開けてはならない禁断の箱。パンドラの箱である。

 それを恐る恐る持ち上げ、起動させる。すると、画面に表示されたのは、衣服をズダボロに引き裂かれ、論理的に色々と危ない線にあるラクファが天から伸びる鎖で拘束されている姿だった。

 

「なっ………‼︎」

 

 驚くと同時に『悪い予感が当たった』とも思う。しかし、今は悔やむより、状況判断が先決だ。

 そう頭の冷静な部分は語り掛け、行動に移す。

 

「これは………一体、どういう事なんですか?」

『どうって………妹の恥ずかしい姿でしょう』

「そんな分かりきった事を聞いてるんじゃないんです。何でこうなったか。それを聞きたいんです」

 

 母親の声音は先程とは違い、謎に楽し気にも感じれた。

 出来る事なら、激昂して、今直ぐにでも殴って問い質してやりたい。

 だが、ここで怒っても、意味が無い。冷静さを失う方が危険だ。

 そう言い聞かせ、ゼダスは平静を装いながら、言葉を繋ぐ。

 

「まぁ、別に答えなくても良いです。ですが、これだけは聞かせて下さい。妹––––ラクファは無事なのか?」

『ええ、神に誓っても無事よ。ただ、今のところはの話だけどね』

 

 その言葉にゼダスは拳を握り締める。

 

「(母様は何がしたい………せめて、それだけでも知り得ないと。でも、それより………)」

 

 どれだけ素直になっても、ラクファに対してゼダスが好意を寄せているとは言えない。

 だが、兄として、人として、あんな酷い辱めを受けている奴を助けない道理は無い。

 

 わざわざ、母親はゼダスをここに呼んだ。そして、この状況に陥れた。

 なら、真意が存在する筈だ。

 それを探る事が出来るなら。

 看破して、真意を圧し折る事が出来るなら。

 ラクファを助ける事だって容易な筈。

 

「何が目的なんです、母様」

 

 もうここまで来て、ブラフやハッタリなどを咬ますつもりは無い。単刀直入に問い質し、真意を探る。

 実の娘にこんな事をしているのだ。今更、引き下がれるとは母親も思っていないだろう。

 故に隠さない………筈。

 

『良いわ。答え合せをして上げる。でも、その前に。貴方は私の行っている研究を知っているのかしら?』

 

 ゼダスに対する口調は、息子に対してでは無く、他人に対して淡々と言っている様に感じた。

 

「この空中都市の動力源………《輝く環》の可能性の探求。そう聞いたよ」

『正解。私は可能性の限界を探している。で、《輝く環》って一体何か分かる?』

 

 その言葉にゼダスは押し黙る。

 確かに《輝く環》は空中都市リベル=アークの動力源というのは知っている。

 だが、その《輝く環》自身の実体に関しての知識は無いに等しい。

 

『………そう、分からないのよ。誰にもね』

「?」

 

 それに首を傾げる。

 答えになっていない答えを出されたら、そうなっても仕方無い。

 

『この世に人が生まれた時には存在していた。文字通り、人外の産物。神からの贈り物(ギフト)。それが《輝く環》を始めとする《七の至宝(セプト=テリオン)》なのよ』

「人が生まれた時から存在していた………………?」

『ええ。少なくとも私はそう考える。何故なら、力を持ち過ぎているから。これを人が作れる訳が無い。そして––––使い熟す事も出来ない』

 

 それはそうだ。

 人が届かぬ聖域の力を持つ物を人間が振るうなど、分不相応も甚だしい。

 

『でも––––いや、だからこそ。その強大な力の可能性の境地を探りたい。研究者としては普通でしょ』

「………理解しました。でも、何で俺たちを巻き込んだんですか?」

 

 結局は、ここに行き着く。

 そんな事を聞きたいのでは無いのだ。

 事実が如何で、動機が如何で………そこら辺はあくまで、母親の意見に過ぎない。

 そう、理由が聞きたい。真意を理解したい。そして、あわよくば和解したい。

 同じ血を通わせる者同士なのだ。どれだけ時間が掛かったって構わない。何時かは分かり合える筈だ。

 でも––––それこそ、浅はかな考えだと、この時のゼダスは知る事は無かった。

 

『教えて上げても良いわよ。でも、これを聞いたら、貴方をここから無事で帰す訳には行かない。だから、選択させて上げる』

 

 母親の言葉は一泊置かれて、続く。

 

『何も聞かずに帰るか。それとも、全てを知って、私に加担するか。どっちを選択するのかしら?』

 

 この言葉は、如何見てもゼダスという人物を見透かしている様にしか思えない。

 他人を––––ましては妹を。見捨てる訳が無いのは、母親であるのだから知っていて当然だ。

 

「別に母様に加担する訳じゃないけど、全てを知りたい。でも、ラクファだけでも助けてやれないのか?」

『ダメよ。彼女も有用な鍵だから。この実験には必須なのよね』

「………実験?」

『そうよ、実験。素敵な響きじゃない』

 

 子供二人で行おうとしている実験を素敵な響き?

 

『まぁ、この実験は《輝く環》の可能性を探る延長線にして、最終終着点なのよ。つまり、私の研究者人生の集大成。これで私は完成させるのよ』

「完成って、何を………」

『人の身で神からの贈り物を超える。その為に貴方たちが必要になるのよ』

 

 声音だけでも分かる。

 母親は研究に全てを捧げている事に。

 その為なら、我が子でさえ使うと言う事に。

 流れ的には、生贄だろうか?

 なら、二人を隔てる必要は無い。

 つまり、役割は違うと言う事だ。

 

「………それで、何をさせる気なんですか?」

『ふふ………まさか、実験を受け入れてくれるのかしら?』

「断ったら、ラクファが危ないんでしょう。そんな当たり前の事を見切れない程には劣ってませんよ」

『本当、我が子は理解が早くて宜しいわね。ええ、断れば彼女に辛い苦しみを与えてあげるわ』

「………」

『応答無し、か。それじゃあ、実験を開始しましょうか。まずは端末の画面を見てもらえるかしら?』

 

 逆らえば、如何なるか。それを思うと、反抗する気になれず、ゼダスは端末の画面へと視線を落とす。

 そこに映されているのは変わらず、裸に近い妹の姿。目のやり場に困るが、ここで明らかに逆らう訳には行かない。

 だが、その画面はリアルタイムで更新されているのか、突如、母親の姿が映る。その手に持っているのは、白銀の短刀(ナイフ)

 そして、母親はそれをラクファの首筋に突き付けた。

 

『これが動けば………如何なるかは分かっているわね』

「………分かりたくは無いんですけどね。でも、それじゃあ話が違いませんか?」

『分かったいるわよ。ほら、ラクファ。起きなさい』

 

 母親はラクファを小突き、意識を覚醒させる。

 ううっと唸り、眼を覚ましたラクファは現状と己の服装の所為で混乱に陥った。

 

『えっ………母上。これは一体………』

 

 恥ずかしそうにモジモジしているラクファに母親は耳元で囁く。

 

『実験、よ。で、如何かしら?』

『如何って………』

『兄に見られている気分は』

『––––ッ⁉︎』

 

 母親の言葉にラクファの顔がカアッと赤くなる。画面越しでも分かる。目尻に涙が溜まっている事が。

 

『………何で………………何でなの、母上………こんなの余りにも酷すぎるよぉ………………』

『ふふ、可愛らしい事。今、ゼダスに渡してある端末で身体の至る所が覗き見られているのよ。きっと、実の妹を厭らしい眼で………』

『止めてッ‼︎ お兄ちゃん、絶対に見ないでよッ‼︎』

 

 妹の悲痛な叫びにゼダスは眼を背けたくなったが、

 

『今、貴方が眼を反らせば、この子が死ぬわよ』

 

 母親のその言葉に行動を止められる。

 

「何でこんな事に………」

『それは貴方が選んだ道よ。全てを知りたいのでしょう? なら、眼を背けるのは知る事に対しての冒涜では無くて?』

「にしても、間違ってる………」

 

 ああ、ゼダスの言葉は正しい。こんな展開は本来、間違っている。

 だが、同時に言える事がある。これは––––ゼダスが選んだ道だ。ならば、最後まで貫き通す“義務”がある。

 “権利”では無く“義務”なのだ。即ち、背負う責任が生じる。

 責任を捨てる事は、人として行ってはならない禁忌。自分で背負ったモノを自分で捨てるなんぞ、未熟者のする事だ。

 

『確かに間違っているわ。でもね、一番悪いのは貴方の反応(・・・・・)よ』

「………何が言いたい?」

『実験に必要なのは、貴方の憎悪。それに尽きるのよ。でも、大事にしている妹が可哀想な目に遭っていると言うのに、貴方は憎悪を燃やしても、心の中で留めている。それは人としては偉業に等しい。しかし、それは同時に人として、破綻しているのよ』

 

 それはつまり、心の悲鳴を聞こえても、何も感じていないという事。そして、その範囲は他人だけでは無く、己にも掛かっているのだ。

 つまり、他人が傷付こうが、表面上では気にしていても、心の底では何も感じていない。加えて、己の心の悲鳴からも耳を塞いでしまう。

 それは如何言う事になるか。

 答えは自壊。文字通り、自分で勝手に壊れるのだ。

 心は悲鳴で軋み、亀裂が入り、破裂する。

 普通の人なら、軋み始めた所で自壊は止まる。

 だが、ゼダスの崩壊は止まらない。

 苦しみを露わにせず、怒りを口にせず、ただただ心が自壊への道へと進む。

 軋みを口にした時は、己の心が潰れ切った時と同義で、“人”の道を外れている。

 

『私が欲している憎悪が手に入らないのは、少し問題なのよねぇ。だから、強行手段を取らざるを得ないんだよね』

「まさか………」

『今、私がラクファを殺す。流石にここまで来れば、貴方の心でも確実に潰れる筈よ』

 

 端末の画面に表示されている実況(ライブ)動画。その中で母親はラクファの首筋に突き付けた短刀が妖しく光る。

 

『ラクファ』

 

 名を呼ぶ母親の言葉は、狂って聞こえた。

 

『最後に言い残す事はあるかしら?』

『や、止めて………母上………………』

『言い残す事は? 死んだら、伝えれる事も伝えられないわよ』

『お兄ちゃん………………助けて………ッ‼︎』

「おい、アンタ母親だろうがッ‼︎ 何で自分の子にそんな非道な事が出来るんだよッ‼︎」

 

 もう、己の母親を「母様」とは言えない。

 もう、丁寧な言葉を使えない。

 

『何でって……さっきも言った通り、私の研究の為よ。そして、何よりも貴方の為(・・・・)よ』

「その行為の何が俺の為だって言うのかッ⁉︎ どういう訳か説明しろよッ‼︎」

『私は貴方を愛している』

「は………?」

 

 突然の言葉にゼダスは素っ頓狂な声しか返せなかった。

 

「アンタ、一体………」

『言葉通りよ。愛しているわ。貴方を、ね』

「なら、早く止めろよッ‼︎ 俺の為を思うなら、サッサと止めてくれよッ‼︎」

『なら、早く憎悪を露わにする事ね。そうすれば良いのだから』

 

 そう言われても、憎悪なんて簡単に露わに出来ない。

 何故なら、心の底を自発的に露呈した事が無いから。

 なのに、直ぐに実行出来る訳が無いから。

 

『ほらね、出来ないでしょう。だから、私が背中を押して上げるわ。こんな風に、ね』

 

 至極当然の如く、母親はラクファの首を刎ねた。

 首から上が落ち、画面上から無くなったのに、ゼダスは嘆く前に息を呑んだ。そして、心の中で複数の感情が湧いた。

 悲歎、哀哭 、憂愁、歎き、愁傷、悲哀、哀惜、憂目………………

 だが、それよりも湧き立ったのは、明確な怒り。殺意にも似た業炎の怒り。

 多分、今のゼダスを客観的に見れば、“鬼”なのだろう。

 

「テメェ………ッ‼︎ 本当に殺りやがったなーーーッ‼︎」

『ようやく憎悪を露わしたわね。ここまで上出来に壊れるとは思わなかったわ』

「なんでそんなに平然としてられるんだよッ⁉︎ 自分の娘を手に掛ける事に躊躇いが無かったのか⁉︎」

『ある訳無いでしょう』

 

 即答した母親の言葉にゼダスは言葉通り、言葉を失った。

 もう、あの母親は………壊れている。狂っている。

 己の愛を注ぎ、丁寧に育て上げた華を普通に、必要だからと言う理由だけで散らせた。

 あれこそ、狂気の具現化。最早、人では無い。

 どれだけ凍て付いた心なのだ。何故、平然としていられるのだ………?

 脳内で駆け巡る疑念にゼダスは押し潰されそうになる。

 

ラクファ(あの娘)は、この実験の為の鍵でしか無い。それが例え、ここで散る運命(さだめ)だとしてもね。まぁ、陰気臭い話はここで終わり。早速、実験の話に入るとしましょうか』

「………………んで………だよ………………」

『何かしら? 声が小さくて聞こえないわよ』

「なんでなんだよッ‼︎」

 

 ゼダスは円状の部屋の湾曲した壁を思いっ切り殴り、吼える。

 

「アンタの目指した実験程度の為にラクファの生命が絶たれる必要が有ったのかよッ⁉︎」

『概要を説明してない私が言える義理では無いけれど、やっぱり理解の悪い頭ね。なら、貴方は一人の犠牲で百人を助けるか、一人を助けて百人を犠牲にするか。選べるのでしょうね?』

「何が言いたい⁉︎」

『私の実験が成功すれば、世界は延命する。その為にラクファを犠牲にした』

「そんな答えで納得するかよッ‼︎」

『良いわよ。なら、納得するまで聞かせてあげるわ。まずは実験の動機から』

 

 ゴホンと咳払いする声が響き、言葉が続く。

 

『私––––いや、私達と言うべきね。研究者達は、この空中都市について、研究を進めているのよ。そして、ある事実へと行き着いた。それが、近い内にこの空中都市が動力源である《輝く環》の巻き起す力による負荷に耐え切れなくなり、崩壊する』

 

 信じられない話だった。

 何故なら、そんな予兆は一切無かったから。

 

『だから、私達研究者はある計画を組み立てたのよ。それが空中都市を異次元へと放り込み封印する、と言うモノ。それなら現実に起こる被害は無いに等しいし、研究者の間でも了承が得られていたわ。それが貴方が生まれる前の話よ』

 

 その計画通りなら、ラクファが犠牲になる訳が無い。つまり––––

 

『そして、計画は着々と進んでいく中、私はある事に気付いた。それが《輝く環》の本質よ。《輝く環》は一言で言うと、高度な人工知能なの。それに加え、万人の願いを叶える“奇蹟”を起こせる。そんな異常な物がスンナリと異次元に向かう訳が無い。私はそう考えた』

 

 確かに、そこまでの強大な力を持っているのなら、人間側が異次元に放り込まれる可能性の方が高いだろう。

 

『だから、私は独断でもう一つの計画を進め始めた。何故、独断かと言うと、本来の計画も必要になる計画だからよ。そして、その内容が、人の中に《輝く環》を取り込ませるという簡単な物。それなら、流石の《輝く環》とはいえ身動きは取れない。何て言っても、人の器に入れられているのだからね。で、その被験体として入れられるのは私が産んだ貴方。つまり、ゼダスなのよ』

 

 話通りなら、ゼダスは最初から実験の為に生み落とされた事になる。

 

『でも、貴方の心は破綻している。決して弱さを露呈させず、何も求めない。即ち、無欲の塊。しかし、それでは計画が成り立たない。あらゆる奇蹟を顕現させる《輝く環》を取り込むのなら、強く欲する“欲望”が要るのだから。だから、遺伝子上では無視する事の出来ない存在を作り出した。それが貴方の妹のラクファと言う訳よ』

 

 結局、ラクファも––––用途は違うとは言え––––同じ理由で生まれた訳だ。

 

『兄妹とは言え、何時かは無意識でも異性として意識し始める。そうすれば、後は時間の問題だったわね。異性と意識しても、互いに兄妹愛を認めれば、強固な絆が出来ている証明になる。そこでラクファを潰せば––––ゼダスは壊れる。心の悲鳴に喰われる。そして、己の“欲望”に呑まれる。つまり、ここまでは計算通り。だから、次の段階(ステップ)へと進む』

 

 話の流れ的に、計画の次段階と言うのは––––

 

『貴方が今の願いを吼えるのよ。そうすれば、全ては“奇蹟”の名の下に解決する。例えば、己の心を正常に治すとか、妹の生命を蘇生させるとか……まぁ、やりたい放題出来る。文字通り、全知全能の神になれる訳よ。どう? 魅力的な提案でしょう』

「なっ………………⁉︎」

『この選択をするだけで貴方は全てを救える。そして、自分自身も報われる。何故なら、今の貴方は心の底を曝け出している。故に助けれなかった事の対する罪悪感に潰されそうになっている。それを全て帳消しに出来るのだから』

「俺は………………」

 

 魅力的とも取れる提案にゼダスは選択を悩む。

 本当に言葉通りなら、全てが解決出来る。全て“奇蹟”で片付くのだから。

 だが、母親の言う言葉が絶対に正しいとは限らない。言える証拠が無い。ついでに言うと、《輝く環》の様な超常物質を体内に取り込んで大丈夫という保証も無い。

 完全に八方塞がりだ。

 一見、選択肢が提示され、選ぶ権利がある様に見えるが、それは間違いだ。

 ゼダスが今居る円状の部屋––––いや、牢獄というべき場所は多分、内側から扉を開ける事が出来ない。

 要するに、自分の思う通りにゼダスが動かなければ帰す気が無いと言う事だろう。

 つまり、どちらにせよ。どの選択をするにせよ。結局は《輝く環》を取り込む他無い。

 

『何を悩む事があるの? 得てしまえば、万事上手く事が運ぶと言うのに………』

 

 追い打ちを掛ける母親の言葉。

 正直、屈服すればどれだけ楽になれるのかは理解出来ている。

 言い訳をせず、ただ言われた事を淡々と熟す自動人形(オートマタ)に成り下がれば、余計な事を考えずに生きていられる。言う事を聞き続ける限りは殺せる訳が無いのだから。そう–––選ばれなかった者(ラクファ)と違って。

 しかし、それはラクファに対する冒涜に過ぎない。

 だから––––だからこそッ‼︎ ゼダスはこの選択を選ぶ。

 

「俺は………アンタには従わない。そんな事を受け入れても………ラクファは絶対に納得しねぇッ‼︎」

 

 選んだそれは茨の路だ。

 この状況下において、従わない=死、という方程式が成り立っている様な物だ。

 それでもゼダスは選ぶ。何故なら、無惨な死を遂げた妹の為にも屈する訳には行かないから。

 

『………ふふ』

「何が可笑しい?」

『ふふふふ………あっははははーーーーー‼︎ 凄いわ、私の息子はッ‼︎ ここまで傑作になる程に壊れ切ってるなんて………ええ、そうじゃなくては面白く無い。良いわよ、従わなくて。力付く(・・・)で行くから』

 

 その言葉に吊られ、部屋が揺れた。

 突如、天井に空いた穴から落ちてきた鋼鉄の塊。人型と言うには歪過ぎる形をしていて、寧ろ四足歩行の獣に近い。

 前に着いている二足からは鋭利な長刃(ロングエッジ)が伸びており、刺されても斬られても無事で済まない事を物語っている。

 

『それは《輝く環》の防衛機能の化け物よ。そいつも例に漏れず、人では届かないわ。そんな相手にどこまで善戦出来るか。見せてみなさい』

「ガアァァァッッッーーーーー‼︎」

 

 母親の言葉で完全にゼダスを敵と見た鋼鉄の塊。

 多分、死ぬ。

 その事実は頭の冷静な部分では理解している。何故なら、何の力も持っていない非力な人だから。

 でも………やるしかない。

 

 

「何としてでも打ち勝つッ‼︎」

 

 

 そう言って、ゼダスは地を蹴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。