闇影の軌跡   作: 黒兎

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荒唐無稽の荒療治という名の修行

 剣戟戦において、勝利を掴み取る為に必要な要素とは何か?

 剣術の達者さ、武器の性能、技巧の高さ………。

 幾通りにも考えられるであろうが、少し観点を変えてみて欲しい。

 その全ては––––身体の運動による物、では無いだろうか?

 まぁ、剣戟戦という物自体、己が得物を手に相手を狩ろうとするのだから、当然だ。

 ならば、自ずと最重要な要素というのは見えてくる筈だ。

 それは–––––

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 満月の下。

 蒼い月光は道場に差し込み、暗闇を少しばかり晴らす。そして、凄い音が響いた。

 

––––ガキンッ‼︎

 

 鉄と鉄が勢い良く打つかる音。

 耳朶を容赦無く打ち付ける音に聞く者全ては耳を塞ぐであろう。––––この状況を起こした当の本人達を除いて。

 

「おいおい、こんなモンかぁ、《天帝》さんよォッ‼︎」

 

 双刃を振るうヴァイス。

 剣術などという物には一切、囚われておらず、我流の剣で猛威を振り掛けてくる。

 だが、力任せで振るわれるその剣には致命的な弱点があった。

 

「(相変わらず、剣技を覚えるつもりは無いみたいだな。体幹がブレてるし、荒々しい振りが重なって、身体の戻りが悪い。そこを突けば、十分に勝機はあるが––––)」

 

 ゼダスはヴァイスの二刀による猛攻を真刀一本であしらっていた。

 今回の修行––––戦闘は、相手のヴァイスの提案により、ゼダスは自分の主武器(メインアーム)である《ミストルティン》の使用を戒めている。

 それであっても、ヴァイスは己の主武器である鋸の様な歯を備えた法剣(テンプルソード)擬きの《咬龍刃》を両手に装備し、完全本気モードなのだが。

 一刀と二刀。

 誰が見ても、その差は歴然。––––普通なら(・・・・)

 

「そんな訳無いだろ。まだウォーミングアップに決まってる」

 

 手数の差があろうとも、ゼダスには擦り傷の一つも付いていない。

 それはゼダスが身に付けてきた剣技の賜物だ。

 振るわれる二刀の連撃の全てを手にした真刀の刀身の表面を滑らせて、去なし続けているのだ。

 だが、それは言うには簡単だが、実践するとなると困難を極める。

 斬撃を受ける太刀の角度が。

 受ける時の力み具合が。

 その複数の綿密な条件を掻い潜らなければ、去なすという行為の成功は成し得ない。

 しかし、ゼダスは成功させる。失敗は無い。

 ならば、あとは反撃に出て、制圧し切れば勝利、なのだが––––

 

「だろうな。じゃなきゃ、テメェが反撃してこねぇ(・・・・・・・)筈がねぇッ‼︎」

 

 ––––ゼダスは全く反撃しない。反撃する雰囲気すら感じさせない。

 

「それはそうだろ。お前の強さの根底。それを知っている俺がわざわざお前の土俵に上って戦う理由が無い」

「ハハッ‼︎ だがなぁ、そんな逃げ腰じゃあ、俺を捉えられねぇぞッ‼︎」

 

 その言葉を皮切りにヴァイスは一段階、剣を振る速度を上げる。

 無茶苦茶な太刀筋でも、ここまで集中攻撃となると避けるのは無理。去なすのも更に難易度を増す。

 ならば、ゼダスも対応を変える。それだけの話だ。

 

「––––フッ‼︎」

 

 全神経を前方に向ける。

 襲い掛かる鋭利な刃。

 何方が先に届き、何方が火力を含んでいるか。

 殆どは己の感性に判断を委ねるが、それに狂いは無い。そんなヘマを打つ様な奴では無い。

 そして––––

 

「(コッチか………ッ‼︎)」

 

 後の展開も頭で組み立て、最有力の一手を打つ。

 片方の攻撃を真刀の刀身で受け、勢い殺さずに(・・・・・・)、後ろに引き下がる。

 これならば、剣の間合いから抜けられる。

 そして、剣の間合いで無いならば、一刀だろうが二刀だろうが関係無い––––と考えるのが普通なのだが、生憎二人とも結社の執行者。普通である訳が無い。

 

「逃がすかよ。追い駆けろ––––《咬龍刃》ッ‼︎」

 

 そうヴァイスが唱えると、手にした《咬龍刃》の刀身が………伸びた。

 その長さは憶測三アージュ。最早、槍の間合いである。

 が、ゼダスにとって、この現象は別に意外でも何でも無かった。何故なら、知っていたから。

 ヴァイスの得物、《咬龍刃》は結社《身喰らう蛇(ウロボロス)》の第六柱のF・ノバルティスを長とする《十三工房》によって造られた所謂、人造の神器クラスの魔剣だ。

 パッと見、刀身が鋸の歯の様で少しばかり品を損ねた法剣に見えるが、剣戟戦において、ここまで厄介な武器は類を見ない。

 その厄介と言わす特殊機能。それが––––間合可変。

 時には小太刀の様な超近接型の間合いに。

 時には槍の様な中距離型の間合いに。

 変幻自在を体現した様な能力は、剣士にとって最悪の相性を誇る。

 

「当たる訳無いだろ」

 

 ゼダスは真刀を振るい、伸びてきた刃を叩き落とし、道場の木製の地に押し付ける。

 こう言った風に息を吐こうと間合いを開いて、休憩を取ろうものならば、追い討ちを掛けてくる。

 だからと言って、近接戦闘を行い続けるのは確実に消耗戦になる。

 何故なら、ヴァイス特有の性能(・・・・・・・・・)に対して、ゼダスが打てる手が無いからだ。

 

「(あいつの“アレ”がある以上、ここで斬り込んでも勝ち目は無いんだが………遠距離で滅多斬りされるよりはマシか。一度、踏み込んで––––)」

 

 手にした真刀を上段に構え、ゼダスは地を蹴る。

 全速力でヴァイスに迫るが、その行動を前にヴァイスは手元にあるもう一刀の《咬龍刃》で迎撃。

 だが、それもゼダスは真刀の刀身に滑らせ、去なし、すれ違いざまに脇腹に一刀を叩き込む–––––‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

––––ガキンッ‼︎

 

 

 が、聞こえたのは鋼鉄が打つかる音。

 それにゼダスは、

 

「(やっぱり、こうなるよな………)」

 

 と溜め息を吐く。

 ゼダスは完全に隙を突いた一撃を見舞った。

 ヴァイスの《咬龍刃》の片方は地面に食い込ませ、もう片方は去なして逸らした。

 どう考えても、反撃出来よう筈も無い。

 しかし、ヴァイスは確かに《咬龍刃》でゼダスの一撃を防いだのだ。

 

「んだよ。こんな生温い一撃で勝てると思ったのか?」

「そんな訳無いよ。俺はお前の特性が鈍ってないかを確認しただけだ」

「そうかよ………で、どうなんだ? 《天帝》の慧眼から見て、俺の特性は」

「間違い無く強くなってる。本当、剣士殺しの能力がここまで強くなってると俺でも面倒極まりないぜ」

 

 防がれた一撃から鍔迫り合いに移行した二人は軽口を叩き合う。

 ヴァイスの能力。それは––––卓越した異常なまでの速度を誇る反射神経だ。

 あらゆる行動において、反射神経の速さは行動の速さと密接に関わっている。

 脳で無意識の内に行動を命令。それを行うとして、身体が動く訳だ。

 ならば、脳から身体の動作までの速度たる反射神経は速い方が良い。

 そして、ヴァイスの反射神経は文字通りチート染みている。

 多分、常人の数倍。

 普通の人間が認識してから、行動に起こすまでが間に合わないとしても、ヴァイスならば余裕を持って間に合わす事は可能だろう。

 最早、そこまで来れば、人の領域では無い。

 ゼダスが全力で剣を振るい、討ちに掛かっても、その全ては防がれるに違いない。

 何よりも––––反射神経の作用する行動は防御だけでは無い。

 

「なら、もう手加減はしねぇッ‼︎ 喰らいやがれッ‼︎」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、ヴァイスは双刃を振るう。

 言葉通り、手加減無しの攻撃。

 瞬間で振るわれた斬撃は瞬時の内に片手当たり二撃。つまり、両手合わせて、瞬間四連撃。

 それは、まるで––––双蛇が嚙み殺しに掛かっている様。

 この速度で剣を振るうのは不可能に近い。世界でもヴァイスだけの特権だろう。

 正直なところ、ゼダスが打てる手は存在しない。

 流石に前方から四連撃も瞬間で襲えば、一本の刀で叩き落とすなぞ無謀。

 ならば………そもそもの考えを変えるだけだ。

 

「(瞬間で振るわれる四連撃だとしても、実際は二刀の攻撃に過ぎない。なら––––)」

 

 ゼダスは右手だけで真刀を持ち、片方の二撃を対応する。手首(リスト)の返し方を存分に活かせば、一刀でも二撃ぐらいは止めれる筈だ。

 だが、問題はもう片方の二撃。生憎、防ぐ手立ては無い。

 防ぐ、ならの話だが。

 

「なアッ⁉︎」

 

 ヴァイスは素っ頓狂な声を上げる。それはゼダスの行動故。

 《咬龍刃》の刃を素手で掴んだのだ。

 掴んでしまえば、質量持ちの残像を発生させる斬撃さえも怖くは無い。消えないんだから。

 と言っても、鋸の様な刃を持つ《咬龍刃》の刃を素手で掴むなど、被害が計り知れたものでは無い。

 現に掴んでいるゼダスの左手からは尋常じゃない量の血が出ている。

 

「流石に予想外か? でも、これぐらいの荒行を成し得ないと《天帝》なんて名乗ってられないんでねッ‼︎」

 

 ゼダスは《咬龍刃》の刀身を掴んでいる左手に光を灯す。

 放たれたのは金色の光。紛れもなく、《輝く環(オーリオール)》の輝きだ。

 何をしようとしているかと言うと、《咬龍刃》の操作権をヴァイスから強奪しようとしているのだ。

 《咬龍刃》は伸縮自在の刀身を誇る為に厄介だ。どの間合いでも戦闘可能なのだから。

 が、その間合いを決定付け、伸ばすのに、単なる体術のみでは不可能。

 そこには必ず魔力が関わる。

 ならば、外部から魔力を叩き込めば、伸縮自体の操作権を狂わすのは簡単だ。それも《輝く環》なら、尚更。

 その事実に遅れながら行き着いたヴァイスは––––

 

「ナメた真似してんじゃねぇぞッ‼︎」

 

 抑え付けられていた方の《咬龍刃》を離し、ゼダスの横腹に鋭い蹴りを打ち込む。

 両手が塞がっていたゼダスにとっては避けようの無い物。

 勿論、蹴飛ばされ、地を二転三転。止まる事無く、道場の端っこまで飛ばされ、壁に激突する。

 

「《輝く環》を利用した操作権の乗っ取り(ハッキング)か………確かに有用な戦法だが、それにコンマ数秒掛かった時点で成功する筈がねぇだろッ‼︎」

「ああ、分かってたよ。だが、これで理解出来た事がある。––––やっぱり、お前は強い。これでこそ()り甲斐があるってモンだよ」

 

 砕け散った壁から傷だらけで立ち上がるゼダスは笑みを浮かべていた。

 と言っても、傷なら《輝く環》で瞬時に再生完了の案件なんだが。

 それを証明する様にもう傷は塞がれていた。

 

「へぇ………んな口が叩けるんなら、俺に勝つ策はあるんだろうなぁ」

「じゃなきゃ、大口は叩かないだろ」

 

 ゼダスは真刀を斜に構え、腰を低く落とす。そして、全力で地を蹴る。

 ただ速いだけの一撃がヴァイスに通じる訳が無い。持ち前の反則反射神経で対応される。

 ならば、どう攻略するか?

 答えは分かりきっている。

 一切(・・)知覚させない斬撃(・・・・・・・・)を放てば良い。

 それならば、対応出来ないのだから。

 だが、成功させる確率は極限に低い。そんな賭けを打って良いのだろうか。

 しかし、何故だろう。

 分の悪い戦いなのは理解済み。

 なのに––––

 

「(––––負ける気がしない。失敗なんてする訳無いだろう)」

 

 フッとゼダスは微笑み、吼える。

 

「行くぞ、ヴァイス。俺の全霊の一撃を喰れてやる」

「ああ、掛かって来い、《天帝》。俺も全力で迎え撃ってやるッ‼︎」

 

 ここに––––修行、第一回戦の勝敗が決しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が名はシルフィード・アルトリア。最愛のゼダスに捨てられた––––悲しみの騎士です」

 

 紅空の荒野に一人立つ金髪碧眼の麗人––––シルフィードはこの間に訪れた二人の異端者(イレギュラー)達に名乗る。

 その異端者達––––ラウラとフィーは唖然としていた。

 今、何と言った?

 最愛(・・)の………ゼダス、と言ったのか?

 しかも、捨てられたって………

 色々と情報の洪水に襲われ、脳内が破綻(パンク)しそうになるが、そんな雑念は次の瞬間、消え去った。

 

「何時まで突っ立っているのですか?」

 

 目測、20アージュ。決して離れているとは言えないが、近いとも言えない距離を––––瞬時に詰め、得物と思われる黄金の剣を両手で振りかぶっていたのだから。

 見えない速度の動きに驚きが隠せない二人だが、咄嗟の判断で二手に分かれ、跳んだ。

 結果的にその判断は賢明と言えた。

 シルフィードの斬撃が地肌を撫でた時、まるでゼリーを切ったかの様に地面が真っ二つに裂けたのだから。

 あれは最早、剣による一撃とは言い難い。

 伝説上の化物––––混合獣(キメラ)漆黒龍(バハムート)の冷酷無慈悲な一撃に等しいだろう。

 

「ここに居るという事は、貴方方も強さを求めてきたのでしょう。ならば、剣を持ちなさい。私が推し量って差し上げましょう。彼が––––底辺にまで成り下がって(・・・・・・・・・・・)、手に入れた“仲間”という儚い存在の強さを」

「「––––ッ‼︎」」

 

 シルフィードの言葉は二人の心に深く刺さった。

 今のゼダスとの間隔というのは、どう見ても同じ学院に通っている事が起因となっているだろう。

 そして、ゼダスが学院に来た理由––––結社の《盟主(グランドマスター)》の命によって来たと言うのも知っている。

 もし、ゼダスが学院に来ず、執行者として強さを磨いていれば。

 もし、ゼダスがもっと強者の環境に恵まれていたら。

 結果は違っていたのだろう。多分、達人クラスの頂に至っていたかも知れない。

 が、今のゼダスはどう見ても、至れていない。

 

「何故………そう言い切れる? 私達だって十分強い。そこまで低く見られるのは心外だ」

 

 答えが分かりきった問いをラウラは発する。

 それは思っている答えとは違う答えが欲しいのに加え、ここまでボロクソに言われるのが癪に障ったからだろう。

 だが、現実は非情だった。

 

「何故、ですか。理解出来ていない時点で足手纏いですね。彼は学院程度に留められる実力ではありませんし、十二分の才能も持っています。その才能の開花にこの数ヶ月間を棒に振るった原因は明らかに貴方達が原因でしょう」

「でも、Ⅶ組(わたしたち)だって強くなってる。足手纏いって表現は可笑しい」

「一つ違います」

 

 溜息を吐きながら、フィーの言葉に異を唱えるシルフィード。

 

「別に私にとってはⅦ組なんて物はどうでも良いのです。ただ強いゼダスを近くで感じていたい。そして、私だけを見ていて欲しい。その為なら––––障害たる奴らは全て一刀の元に斬り伏せます」

 

 もう話すことは無い。

 言外にそう言い含むシルフィードは攻勢に出る。

 それにラウラとフィーは戦術リンクを組み、対応するが………

 

「なっ………⁉︎」

 

 まるで消える様な動きをするシルフィードに翻弄されまくる。

 立っているだけだと思えば、いつの間にか吐息が掛かる程に近付かれていて、必殺の斬撃を振るってくる。

 斬撃が触れるギリギリで回避行動を取っているから、何とか凌ているが、全神経を回避に向けているからの結果。

 これでは全く反撃を行えない。

 しかも、シルフィードはまだまだ本気を出していない。

 分の悪い戦闘なんて綺麗な物では無い。これは––––文字通り、勝ち目の無い一方的な蹂躙劇と化すだろう。

 今、二人に出来る事は精々、少しでも長く耐え切る事のみ。

 

「ほらほら、遅い」

 

 シルフィードは黄金の剣を横薙ぎし、接近していたラウラを吹き飛ばす。

 ラウラは何とかして、大剣の刀身で防いだが、それも際疾いタイミングで。

 が、横薙ぎという攻撃は適応範囲が異常に広いという利点があるが、初動から終息までの間が非常に長いという弱点がある。

 それはシルフィードという剣士にとっても同様。

 その隙を突こうとフィーは持てる全力で地を蹴り、近接の間合いへと詰める。

 繰り出されるは双銃剣の神速連撃。

 避けれる筈が無いが、次の瞬間、異常な光景を目にした。

 何と––––シルフィードが自身の放った横薙ぎの力に作用され、身体が僅かばかりに浮いたのだ。

 だが、攻撃を繰り出したフィーは気付いた。

 シルフィードクラスの剣士がその程度のミスは犯さないと。

 そして、これは––––明らかな反撃の一手だと。

 

「速いだけが強さでは無いのです」

 

 浮かした身体から、シルフィードは右脚で迫るフィーに容赦無く膝蹴り。

 えげつない音が響き、色々と危ないな気もするが、兎に角分かったのは小柄のフィーが地面を転々として転がっていった事。

 それぞれ他方に飛ばされたラウラとフィー。

 どう見ても、戦力差が感じられる一幕だったが、次にシルフィードが選んだ一手にそれは明らかな物と化す。

 

「貴方方の実力は計り知れました。取るに足らない。この言葉が正鵠を射てますね。それでは終わらせます」

 

 

––––バキンッ‼︎

 

 何かが折れた音。それは––––フィーから聞こえた。そして––––

 

「う、がああぁぁぁぁあああぁあああッ‼︎」

 

 耳朶を強く打つ悲鳴を上げる。 

 そんなフィーの眼前に立つシルフィード。

 それにラウラは、

 

「貴様、フィーに何をしたッ⁉︎」

「骨を少しばかり砕いただけですが。別に戦うのなら当然でしょう」

 

 しかし、今の一撃は今までのと完全に別物だった。

 今まではギリギリで視えてた。

 が、今のは速過ぎる。というよりかは、知覚出来なかった。

 ラウラの脳裏には、今となっては少し前に感じる今朝のゼダスとの立ち合いが浮かんでいた。

 棒立ちしていたと思えば、瞬時に斬り伏せていた神速の剣。

 防御は愚か、知覚すら許さない比類無き一撃。

 全く同じ(・・・・)。それこそ、写し鏡の如く。

 

「これは私がアレンジした《聖扉戦術》の技です。名は––––《夜刻武神》とでもしておきましょう」

「何だと………」

 

 言い放たれた事実にラウラは、そして、掠れ行く意識の中のフィーは驚愕の表情を浮かべる。

 予想をしていなかった訳では無い。

 あそこまでゼダスを愛し、結社の同僚として過ごしてきた風に話すのならば、多少、ゼダスの真似事が出来ても可笑しい話では無い。

 

「まぁ、私は彼の剣術を一番長く見てきたのに加え、こういった真似事は得意ですから、大半の《聖扉戦術》は使用出来ます」

 

 だが、まさか完全に会得しているとは思わなかったのだ。

 そして、ラウラは知っている。

 《聖扉戦術》の凶悪なまでの強さを。

 果ての無い進化を。

 それさえも体現化しているのなら、もう完全に勝ち目が無い。

 例え、ゼダスの言う《聖扉戦術》とは別方向の進化にしているとしても、の話だ。

 

「これで理解出来たでしょう。私と貴方達の圧倒的な戦力差を」

 

 シルフィードは軽蔑の瞳を浮かべ、そう言い放つ。

 正に、仲間という存在が否定されている様にも思える。

 

「(こんな化け物………どうやって勝てるの?)」

 

 腕の骨を砕かれ、激痛に苛まれるフィーは否が応でも“勝てない”と思ってしまっていた。

 絶望の淵に立つというのはこういう事なのだろう。

 それはラウラも同じだった。

 だが––––

 

「–––––負ける訳には行かないのだ………」

 

 吹き飛ばされた衝撃が体内で激痛へと変わり、のたうち回るが、何とかして抑え込み、大剣を支えに立ち上がる。

 足元は酷くふらついていて、少し突けば倒れる事間違い無し。

 シルフィードが攻勢に出れば、抵抗する事なく討たれるだろう。

 が、シルフィードは攻撃しない。何故なら––––

 

「(な、何なのです、これは………)」

 

 瀕死のラウラの瞳に燃える焔が、シルフィードに何かを訴えているのだ。

 それは–––––シルフィードも良く知っている。そして––––

 

「グッ………」

 

 気分を害し、少しばかり姿勢を崩す。

 瀕死とは言え、ラウラが隙を逃す訳無く、全力で近寄り、全力の唐竹割りを打ち込む。

 しかし、シルフィードも並の剣士では無い。

 多少、崩れた姿勢でも対応してくる。

 結果、鍔迫り合いに発展する。

 蒼い大剣と黄金の剣は火花を散らしている。

 そんな中、

 

「––––シルフィードと言ったか」

「………何です? 戦闘中に話しかけて来るなんて、常識外れも良い所ですよ」

「最初から常識外れの奴と一緒に生活してきたからな。今更、気にはしないさ。それで––––そなたはゼダスに何を望むのだ?」

 

 ラウラがシルフィードの言葉に一番、気になった事だ。

 シルフィードがゼダスを愛しているのは分かった。同じ想いを抱えているのだから、同類と感じたのだから。

 故に聞きたいのだ。何を望むのかを。

 『最愛』と言ったのならば、何処かしらに惚れ、大切にしたいと思ったのだろう。

 フィーはこう語っていた。

 

『ゼダスは私の記憶の中で《西風の猟団》を壊滅寸前までに追い込んだ“悪魔”で憎むべき相手の筈だけど、その時の凛々しさに加え、隠れていた何処と無く悩んでいる感じに惚れた。何か………よく分からないけど、多分そこを好きになってたんだと思う。ま、今ならゼダスの全てを愛せるけど』

 

 と。

 そして、ラウラがゼダスに惚れた一番の要因は、彼が持つ飽くなき向上心。何時までも前を向こうとしていた姿勢。

 その思いの丈を曲がり曲がりに伝えた結果、ゼダスは応え、“恋人”という関係に発展した訳だ。しかも、全員が納得の行く形で(世間的には納得行かないのは他に置いておくとして)。

 この実体験から思うに、ゼダスは想いを無碍に踏み躙る様な事をする様な奴では無い。寧ろ、誠心誠意応えるだろう。

 だが、シルフィードは先程、言っている。

 

『最愛のゼダスに捨てられた––––悲しみの騎士だ』

 

 と。

 何故か矛盾しているのだ。

 あのゼダスが捨てる。

 そんな似合わない暴挙に出た要因が存在する筈。

 それを知るには、手掛かりが少な過ぎる。

 そう思った為、ラウラは尋ねたのだが、シルフィードは隠す事無く、答える。

 

「私が彼に求める物。それは目標です」

「目標?」

「はい。彼は––––何時も私の行く先に立っていてくれました」

 

 最初、執行者見習いとして《盟主》に引き合わされた時から捨てられるまでの間。

 シルフィードにとってゼダスは最高の指標だった。

 例え、実力が拮抗していても。

 互いに教え、学び合う関係だとしても。

 その事実はシルフィードの中では不変。

 だが––––否、だからこそッ‼︎

 

「捨てられた時は本当に衝撃でした。––––見限られたのだと。人に対する情を割り切れなかった………私の弱さ故に」

 

 重い瞼を開き、居た場所は結社の《星辰の間(アストラルコード)》。

 そして、結社の長たる《盟主》はこう言った。

 

 

『ゼダスは“貴方の師匠”という職を放棄して、何処かへ行方を眩ませました』

 

 

 と。

 その時、自ずと悟ってしまったのだ。

 ––––ゼダスに捨てられたのだと。

 ––––そして、己の弱さが原因なのだと。

 

「しばらくは心に穴が空いた様でしたよ。正直、辛かった」

 

 その言葉はラウラにも響く所があった。

 ゼダスが《ミストルティン》を取りに行った時とよく似ているからだ。

 愛する者が急に居なくなる喪失感というのは意外にも心を傷付ける。

 どれだけ取り繕っても、自分を偽っても………知らず知らずの内に傷付く。

 

「だから、私は考えました。どうすれば心を癒せるかを。ですが、私は思考が単純な様でして………一つしか思い付かなかった」

 

 この時、ラウラは聞いて良いのか分からなくなった。

 だが、聞く必要がある。シルフィードの………本質を見極めるには。

 

「………それは、何なのだ?」

「––––兎に角、殺し続ける」

 

 戦慄した。

 言葉と同時にシルフィードが浮かべた凶悪な笑みに。

 そして、気付いてしまった。

 

 

 ––––シルフィードは完全に壊れている。

 

 

 その事実に。

 

「私の至らぬ点が『人に対する情を割り切れなかった』ならば、それを克服すればゼダスは振り返ってくれる。思えば単純ですね」

「そんな事はちが––––」

「違いません。彼の底に眠る獣の様な強靭な強さ。それを完全に受け止められるのが彼の横に立てる最低条件なのですから」

 

 シルフィードの黄金の剣に込められる力が一層、重みを増した。

 ジリジリと後ろに押し込まれるラウラ。

 

「ですが、貴方方は分不相応でもゼダスと同じ大地に立とうとしている。可笑しいでしょう。––––こんなに私は心が破綻しそうな苦行を超えてきたのに、苦労せずに彼の領域に踏み入るなんてッ‼︎」

 

 感情の高ぶりが剣に伝わり、ラウラは紙切れの如く飛ばされる。

 10アージュ程度後退させられたラウラはシルフィードの瞳を覗き込む。

 

「(………やっぱりか)」

 

 シルフィードの碧眼の奥にある異質な感じ。

 遠くからでは分からなかった“ソレ”は––––膨大な妬み、だった。

 

「私のゼダスに勝手に踏み入って………勝手に愛して………あ、はははははっははっははッ‼︎」

 

 まるでギアの外れた機械人形が立てる奇異音に等しい笑い声をシルフィードは上げる。

 

「––––何故か、彼の愛を吐露したら、枷が外れました。正直、彼の為に取っておくつもりでしたが、貴方達に捧げましょう。渾身の一撃を」

 

 シルフィードはそう言い、手を天に掲げる。

 紅い空には似つかない淀んだ黒。

 シルフィードのあらゆる負の感情が可視化出来る程にまで魔力が集まり、形を成していく。

 手の先に現れたのは、漆黒の大槍。

 

「大規模殺戮魔術、《最果てに至りし冥槍(ロンゴミニアド)》」

 

 腕を振り下ろし、漆黒の大槍はラウラと倒れているフィーの居る方角に飛翔する。

 そして、実感した。

 

 

––––あの一撃は全ての想いを喰い尽くす残虐な物だと。

 

 

 避ける事も避ける事も叶わない。

 ただ身体を穿たれ、全ての感情を闇へと葬られる。

 

「(ああ、ここまでか………)」

 

 こう思ったラウラは悪くは無い。

 そして、激痛に苛まれているフィーもラウラと同じ思いだった。

 濃密な死の気配が迫ってくる中、今となっては数時間前に聞いた様に錯覚する言葉が脳内を木霊する。

 

『ま、精々気を付けぇ。ゼダスを愛する気持ちだけは絶対に失うなや。それを失えば––––彼女は一気に喰い尽くすで。彼に捨てられた悲劇の姫やからなぁ』

 

 この間に立ち入る前にシーナが発した忠告。

 多分、こんな感じに滅多打ちされるのは分かっていたのだろう。

 でも、そんな中でも想いを忘れるな。

 あの言葉はそういった意味を含んでいたに違いない。

 確かにあそこまで狂った奴にゼダスを––––最愛の彼を渡す訳にはいかない。渡してはならない。

 

「貴様の様な純悪の奴に(ゼダス)を渡せるかぁーーーーーッ‼︎」

 

 すると、僅かながら意識を回復させたフィーも死力を尽くし、言葉を尽くす。

 

「彼は………ゼダスは私の唯一無二の英雄(ヒーロー)、なの。他人に決して渡さないッ‼︎」

 

 その言葉が無意味だとしても、叫けばざるを得なかった。

 迫る影の様な闇。

 全てを呑み込み、無へと帰す圧倒的な力は––––––––––突如、逸れた。

 一体、何が起きたのか? 眼を凝らして見れば、そこには–––––

 

 

「–––––よく啖呵切った、お前らッ‼︎」

 

 

 漆黒の騎士が居た。

 憎悪の大槍を逸らしたのは真紅の剣の斬撃。

 それは当しく闇夜に煌めく一筋の紅い流星(ステラ)

 いつも通り、飄々とした笑みを浮かべるそいつは––––この場の誰もが恋い焦がれた最強の騎士。

 

「––––やっぱり来ましたね、《天帝》………いや、最愛の師匠(ゼダス)

 

 主役の登場に狂っていても可憐な笑みを浮かべるシルフィード。

 この瞬間、役者は揃った。

 そして、ラウラとフィーは見る事となる。

 

 

––––最愛の彼が最初に恋い焦がれた彼女との凄絶な“死闘”を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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