闇影の軌跡   作: 黒兎

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《天帝》VS《聖王》

「お久しぶりです、師匠」

 

 本当に敬愛している風にお辞儀するシルフィード。

 だが、その姿に宿った感情は負の感情そのもの。

 何かが噛み違うシルフィードに師匠––––ゼダスは《ミストルティン》の切っ先を荒野に突き立て、言葉を繋ぐ。

 

「おう、久し振り。一年ぶり位かな?」

「まぁ、そんな所です」

「俺としちゃあ、もう少しは会いたくなったんだが………仕方無いか。これもまた修行の一環なんだろう」

 

 どうせ、あのシーナの事だ。

 自分のトラウマを乗り越えてみろ、とでも言うつもりに違い無い。

 

「にしても、変わったな、シルフィード」

 

 ゼダスは思った事をそのまま伝える。

 変わった点は無数にあるが、何よりも特徴的なのが雰囲気。

 絶命した後、ゼダスが《輝く環(オーリオール)》を用いて、出来る限りシルフィードの人格に似せて作った新たな魂が黒く淀んでいる様だ。

 あの––––ゼダスが憧れた“暖かさ”を持っていた時とは似ても似つかない。

 

「(………俺って、やっぱ愚かだな)」

 

 人は死ぬ。

 それがどういった経緯であれ、不変の事実を受け入れれず、運命に足掻いた結果、自分でも眼を背けてしまう事となった。

 実に阿呆らしい。

 こんな禁忌を犯しても、さして得には成らないと言うのに。

 

「で、これはどういう事か説明してくれないか?」

 

 ゼダスが言うはラウラとフィーの事。

 傷だらけで横たわる二人にゼダスは少々キレ気味。

 

「勿論、修行ですよ」

「んな訳あるか。それで骨まで折る奴が居るかよ」

 

 戦う者にとって、身体の部位欠損は致命傷になりかねない。

 それを知っているゼダスは骨が折れているフィーに《輝く環》の全魔力を消費して復元させた。

 因みに《輝く環》で部位を復元させてもゼダスの総魔力の底を尽かす事は滅多に無いのだが、今のゼダスは完全に魔力が枯渇していた。

 それによく観察すれば、全身には無数の傷痕がある。

 何故、そんな事になったのかは十数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼダスVSヴァイス。

 修行の相手との最後の一合。

 互いに死力を尽くした一撃で臨んだ。

 ヴァイスは得物である《咬龍刃》の二刀を己の反射神経を最大加速させた数え切れない神速無数の斬撃。

 対応するのは勿論、眼で追う事さえも叶わないヴァイスの必殺戦技(Sクラフト)《九頭龍刃》にゼダスが取ったのは驚きの行動だった。

 正直、あの常人ならざる量の斬撃を一瞬にして叩き落すのは不可能。

 だからと言って、全ての斬撃を掻い潜って一撃を叩き込むのも無理な話だ。

 ならば、どうするか?

 ゼダスが思考の先に思い付いたのは––––避けない(・・・・)事、だ。

 避けたり、当たらない事ばかりを考えていたから対処出来なかったのだ。

 最初から避ける事を放棄してしまえば、実に楽だった。

 攻撃がヒットする所のみを気を付け、致命傷を限り無くゼロに。

 

『(でも、ヴァイスを討ち取るには最高の斬撃が必要だ)』

 

 意識を真刀に集約。

 放つはラウラに見せた神速の斬撃。

 加速という行程を全廃した最果ての剣。

 だが、ラウラに見せたそれよりももっと疾く。もっと鋭くッ‼︎

 神経を完全に同調させ、身体中の筋肉を一斉に稼働させる。

 身体に掛かる負荷は尋常ならざる物。

 風を超え、音の速度も超え、それこそ光の世界の領域へと–––––

 

『(だが、これじゃあ足らない。もっと、もっともっと疾くッ‼︎)』

 

 ––––超えろ、限界を。

 “人”なんて言う普通の領域は愚か、恐れていた“修羅”さえも超えて、その先へ。

 《輝く環(オーリオール)》で神経の同調率を極限まで引き上げ、人体にとって超えれない境界。

 そこに片脚を突っ込んだゼダスは放つ。

 

『《聖扉戦術》《複式》の型––––五月雨(サミダレ)境空(ケイクウ)ッ‼︎』

 

 ヴァイスの《九頭龍刃》を全弾受け、血塗れのカウンターとして放つのは知覚不可の神速無数の刺突。

 速さに重きを置いている為、狙いは定かでは無いが、こういった場面では重宝する。

 火力も中々で––––

 

『グ、ハァ–––––………ッ‼︎』

 

 ヴァイスは膝から崩れ落ちる。

 が、同時にゼダスも膝を曲げるが––––寸前で《ミストルティン》を支えに何とか立てていた。

 全身血塗れで、代償の高さが窺えるが––––

 

『………マジでチートだろうが、《輝く環(ソレ)》』

 

 倒れているヴァイスはそうボヤく。

 自身が放った最大の戦技(クラフト)《九頭龍刃》を真っ向から受け切り、人体が耐えない領域の速度の一撃を放ち、傷だらけと言えるだけマシの姿だったのだが–––––いつの間にか、傷は癒えていた。

 これこそがゼダスが狙った大凡、策とは言えない作戦。

 言うなれば『肉を切らせて骨を断つ』だ。

 勝つならば、避けれない攻撃を避けようとするだけ無駄だし、それならば力の全てを加速に用いて、一矢報いる方向に仕向ける他無い。

 どうせ、身体中が潰れる様な傷を負おうが《輝く環》を利用すれば、あらゆる傷は治癒出来る。まぁ、残り魔力はほぼ無くなるだろうが。

 

『でも、使いたくなかった最終手段だぞ、これ。なんて言っても、残り魔力が虎の子程度しか無い』

『ハハッ………なら、何で使った? 俺に勝つ道筋は他にも有っただろ?』

『ああ、言う通りだ。お前に勝つ方法は––––少なくとも、あと三通りは有ったさ』

 

 なら、何故、こんな強行手段に至ったか。

 それは実に不明瞭で、理解に苦しむ物だった。

 

『だが、何か嫌な予感(・・・・)がする。先に行ったラウラとフィー(二人)が危険な目に遭ってる………そんな気がするからな。お前なんかに時間を費やしてはいられない』

『んだよ………結局、俺は良い様にあしらわれてただけか。本当、まだまだだぜ』

『そんな事言うなよ。悔しいって思えてる事は、まだ諦めていない証拠なんだからよ』

 

 ゼダスの神速無数の刺突を受け、血溜まりを作りながら倒れているヴァイスは力を尽くし、手を振る。

 

『テメェに塩を贈られる謂れはねぇよ。だから、俺に構わずサッサと行け。––––愛してる二人が居るんだろうが』

『–––ハハ。まだ恋慕感情って理解し切った訳じゃないんだけどね。でも、多少は気付ける様にはなったし………迎えに行ってくる』

 

 そう言い残し、ゼダスは第一関門の間から姿を眩ませた。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

「––––って事があったから、俺は現在魔力が殆ど無いって言う所謂《輝く環》が擬似封印されている状態な訳だ。良かったな、シルフィード。俺に勝てる可能性が増えたぞ」

「………本当にそう思うのですか?」

 

 シルフィードの瞳に冷酷が宿った。

 

「私は貴方が微温湯に浸っている間も熱湯の中で強くなり続けた。戦う者同士なら、その差は如実に表れる。つまり、師匠が私に勝てる訳が––––」

「『実体験とか理屈とかで戦闘を語る時点でアンタは二流や』」

 

 ゼダスの発した言葉に倒れているラウラとフィーは眼を見開く。

 その言葉はこの間に立ち入る前にシーナから聞いた言葉と一言一句同じだったのだから。

 

「俺がシーナ(師匠)に稽古を付けてもらった時に言われた言葉だよ。俺から見れば、十分納得出来る言葉だった」

 

 一般的には、勝つには総合的な力が必要とされる。

 が、別に戦闘で勝つ為に総合(トータル)の戦闘力が勝る必要は何処にも無い。

 相手との使える手札の読み合い。そこから発展する高度なハッタリ(ブラフ)合戦。最後に行き着く瞬間の駆け引き。

 それにさえ勝てれば、負けはしない。

 

「だから、俺がお前よりも弱くても負けるつもりは無い。寧ろ–––––愛してるって言ってくれた二人を傷付けておいて、逃がす訳無いだろう」

 

 地面から《ミストルティン》を引き抜き、ゼダスは切っ先を前方に居るシルフィードへと向ける。

 

「覚悟しろよ、シルフィード。今の俺は猛然と頭に来てるから」

「………それでこそ、師匠です」

 

 負けじとシルフィードも金色の剣を構えるが––––

 

「それ止めてくれ」

「それ?」

「ああ。その–––––師匠って呼び方。普通に名前で呼べ」

「何故でしょう?」

「お前は俺よりも強いって言うんなら、俺を師匠って呼ぶ必要は無いだろってのは言い訳だが、虫唾が走る。––––純粋な愛を向けてくれたシルフィードに対して迷惑なんだよ、贋作風情が」

「………これは私も頭に来ますね」

 

 ゼダスの言葉にシルフィードは若干、怒気を露わにする。

 そして、一層纏う雰囲気が闇へと移行。

 

「まぁ、師匠––––ゼダス相手にローギアスタートをするつもりはありませんから。最初から全開(トップギア)で行かせてもらいます」

 

 シルフィードはそう言い切り、謎の句を詠む。

 

「汝は言うた。世に“黒”は要らぬと。闇は要らぬと。

 だが、現実は違った。

 世は“黒”に満ち、闇を欲す。

 ならば、何を信じるのか? それは––––我也。

 我が啓示は我が身と共に。我の命運は我の剣と共に。

 己の業を全て背負い、総を喰らう者と化せ」

 

 眼に見える程にまで濃密と化した負の感情。

 それがシルフィードの身体を包み込み、真っ黒に染め上げる。

 純白の鎧は消え、青いドレスは黒いドレスになる。加え、澄んだ碧眼は淀んだ金眼に変貌し、手にした黄金の剣は闇色の直剣となった。

 

「自ら反転(オルタナティブ)する術式かよ………厄介極まりないな」

「よく理解が及んでいるようで。もしや、同等の魔術を先んじて見た事があったりするのですか?」

「………自ら闇堕ちなんて事は俺が得意としてるからな。時々、自分が見えなくなる」

「ふふ、そうですか。––––もう言葉は尽くしましたね」

「そうだな」

「ならば––––」

「ああ、始めよう。俺が造った贋作は責任を持って壊す」

「私が贋作かどうかを見極めてくれると有り難いんですがねッ」

 

 互いに全力で地を蹴る。

 そして、始まるのだ。

 互いに互いを理解し合わず、想いを交錯させる醜い泥仕合が。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 先手を取ったのはシルフィードだった。

 眼に留まらぬギリギリの速度で迫る為、黒い残像が遅れて来る。

 放たれるは渾身の振り下ろし。

 最初から全開(トップギア)で行くと表現したシルフィードらしい一撃だ。

 生半可な防御では崩され、全力の防御で応じれば即座に反撃出来ない。

 実によく出来た手と言える。

 が、

 

「甘いッ‼︎」

 

 ゼダスはスレッスレで、そして一切危なげなく軽やかに避ける。

 しかし、この程度は予期出来て当然の事。

 シルフィードは斬り下ろした闇色の剣を斜め下から斬り上げる。

 二撃目も避けれるのだが、今のシルフィードの力量を推し測るべく、ゼダスは《ミストルティン》で受ける事にした。

 振り下ろしよりかは幾分か軽い筈だし、致死率も低い。

 判断としては間違っていないのだが––––

 

「そんな半端な防御で防げるとお思いで?」

「–––––なぁっ⁉︎」

 

 ––––結果、防ぎ切れなかった。

 普通、剣士が防御に回る際、足は地面に密着させるのが定石(セオリー)

 そうしておけば、即座に反撃に回れるからだ。

 そして、ゼダスもその事は理解していて、しっかりと踏ん張っていたのだが、防ぎ切れなかった。

 

「(前よりも膂力が異常に増えてやがる………ッ‼︎)」

 

 自分の観察眼が如何に甘かった事に毒突くが、そんな思慮は次の瞬間、身体と一緒に吹き飛んでいた。

 防御と共に崩れた体勢のゼダスにシルフィードは腹部を思いっ切りアッパーカットを打ち込み、ゼダスを宙に浮かす。

 骨数本と内臓一つくらいが砕ける音と感触にゼダスは顔を顰める。 

 

「ゼダスッ‼︎」

「避けてぇーーーーッ‼︎」

 

 傷だらけの身体で横から観戦していたラウラとフィーは猛然と叫ぶ。

 一体、何の事だ?

 だが、気付けば遅かった。

 宙に浮いたゼダスに迫る黒い影。紛れも無く、漆黒のドレスを纏ったシルフィード本人。

 

「《聖扉戦術》《模倣》の型 瞬刻閃雷」

 

 空中で振り被った闇色の直剣をシルフィードは打ち放つ。

 アッパーカットのダメージと劣勢の影響に加え、空中という場所条件が駄目押しし、ゼダスは避ける事も防ぐ事も出来ずに直撃。一気に叩き落とされ、打つかった荒野の地にクレーターが出来る。

 口から血を吐き出し、ゼダスは立ち上がるが、荒野の被害を鑑みれば、大した傷は無い。

 《輝く環》の治癒能力は魔力が枯渇して使えないのに、何故–––––?

 ラウラとフィーは共通の疑問に達した時、答えを見つけたシルフィードは確認がてらに言う。

 

「今の一撃の衝撃を全部、地面に流したのですか。流石は《聖扉戦術》の創設者ですね。そう言った体術技も併せ持ってましたか」

「よく分かったな。まだ見せてなかった気がするんだけど………。《聖扉戦術》 防御術・散撃だ」

 

 受けた衝撃を全て、全身に巡らせて、衝突するであろう所に集約。

 そして、直撃した瞬間に力を別の所に流し、衝撃を無効化する中々綱渡りな技である。

 

「あー、にしてもお前の腕力は随分強くなったよな。受け切れないとは思わなかったよ」

「全てはゼダスに対する愛故の賜物ですがね」

「………重過ぎる愛だこと」

 

 ゼダスが《ミストルティン》を正眼の構えにすると、シルフィードは再び迫る。

 マトモに迎撃しては防ぎ切れないのはさっきの一幕で検証済み。

 だからと言って、回避し切るのも難しい話だ。何故なら––––

 

「簡単には避けさせませんよ」

 

 剣を振る速度が機械的かつ不規則的に変わり、明確に当たるタイミングが合わない。

 これがシルフィード特有の剣術《可変速式剣術(ギアチェンジクラフト)》。

 人間は不規則的に変わる速度に滅法弱い。

 テンポを合わせようとしても、即座に速度が変わっていては、合わせられないからだ。

 そして、テンポが合わないという事は結果的に相手の防御はタイミングが合わなくなる。

 ヴァイスの反則的な反射神経を攻守に秀でた剣士殺しの性能とするなら、この剣術は攻撃一辺倒の剣士殺し。

 だが、忘れるな。

 

 

––––シルフィードが対峙している相手は剣士殺しの性能相手に荒技で超えてきた事を。

 

 

「(所詮は剣技。タイミングが合わなくても、降り掛かる角度さえ分かれば何とでもなるッ‼︎)」

 

 シルフィードはゼダスに直剣を振り下ろす。

 間違いなく最速なそれは確実にゼダスを断とうと意志に満ちているが、当の本人は微動だにせず、ただ剣の切っ先一点を見詰めていた。

 紫の瞳が軌道を読み、ゼダスは《ミストルティン》で迎撃に打って掛かる。

 客観的に見れば、愚策以下の愚策だ。

 全力で防御しても防ぎ切れない剛剣を攻撃で対応なんぞ、自滅と同義。––––普通なら。

 

「––––ここかッ‼︎」

 

 ゼダスは《ミストルティン》を斬り上げ、シルフィードの一撃を防ぐが、力量差から考えて出来た予想と寸分たりとも違わず、ゼダスが押し負ける。

 大きく後ろに後退させられ、ゼダスの身体は游ぐが、次の瞬間。見た事の無い光景が全員の眼に映る。

 弾かれたゼダスは勢いを殺さずに(・・・・・・・)、独楽の様に回転して、再び《ミストルティン》で闇色の直剣の横腹を殴り付ける。

 すると、シルフィードは大きく後退。地に足を思いっ切り擦り付け、踏み止まろうと尽力するが、およそ25アージュ程度離れた所でようやく止まった。

 

「今のは––––」

 

 予期せぬ状況にシルフィードは思考を奔らせる。

 

「(ゼダスから本気の私を後退させるだけの力を出すのは決して不可能では無い。だが、あの時の私は剣を振るって、力の方向性(ベクトル)が前方に向いていた筈だ。その状況で、あれだけの距離を突き放すのを可能とする力は––––流石に無理だ)」

 

 なら、何故?

 答えが出ない中、ゼダスはしてやったりの表情を浮かべ、答えを言う。

 情報をバラすのは馬鹿としか言えないが、この技自体は仕組み(カラクリ)を理解出来ても、対処に困るのだから、特に損はしない。

 

「《聖扉戦術》《複式》の型 叢雲(ムラクモ)返蛇(カエシヘビ)。受けた衝撃を全身に巡らせて、最終的に剣に伝わせて、独楽の回転力を加えて放つ反撃(カウンター)技だ。さっき使った散撃とは違って、反撃に繋げる為に難易度は格段に上がるが………まぁ、今の俺が失敗する事は無い。ヴァイス戦で少しばかり、筋肉の使い方はマシにはなったんだしな」

「なるほど。私の火力を殺さず、そのまま転用した上に自身の火力と回転力を合わせた攻撃故に後退させられた訳ですか………。ですが、凡ミスですね」

「何がだよ?」

「私は他人の剣技を盗むのは得意なのに、そんなに呆気なくバラすのは得策とは言い難いです」

「あー、そこか。––––無理無理。お前じゃ、この技は使えんよ」

「何故です?」

「思考と神経と筋肉を完全に同調させて、その上で力を内部で回す様な複雑な操作を必要としているからだよ。加え、失敗すると体内で力が爆ぜ狂う。確実に死ぬぞ」

 

 そんな危険(リスク)だらけの技をゼダスは使ったのか。理由は考えれば、直ぐに分かった。

 

 

––––こういったリスキーな手を取らざるを得ない状況にゼダスが追い詰められているからだ。

 

 

 防ぐも避けるも難易度の高い芸当と化すシルフィードの剛剣を対処するには、同等以上の火力を打つけて、最悪でも相殺する必要がある。

 そういう相手には短期決戦が望ましいのだが、実際は上手く行かない。

 基本的に二人の性能(スペック)に大した差は無い。まぁ、反転(オルタナティブ)となった時の性能上昇率が洒落にならない位に高い気もするが。

 故に短期決戦なんてのは机上の空論にして、叶わぬ理想。

 結局、泥沼化するのは眼に見えている。

 

「(長い戦いになりそうだ………)」

 

 ゼダスはそう思い、気合を入れ直す。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 響くのは剣戟の音。

 舞うは二人の黒騎士。

 片や、黒髪紫眼の少年騎士。手には真紅の剣を。

 もう片や、金髪金眼の少女騎士。手には闇色の直剣。

 甲高い音は荒野の彼方まで響き、眺める傷だらけの二人は戦慄していた。

 どうすれば、あそこまでの領域に辿り着けるのだろうか。 

 

「シルフィード。まだ倒れないのか?」

「そういうゼダスこそ、傷だらけだろう。そろそろ休めば如何だ?」

 

 何度目だろうか、この鍔迫り合いは。

 戦いが始まって、もう直ぐ一時間は経過した。

 互いにノンストップで斬り合い続け、どちらも一歩も引かないその姿は一つの絵にも見える。

 だが、眺める傷だらけの二人––––ラウラとフィーは時間が経つにつれ、胸が締め付けられる様な痛みに襲われる。

 剣を交わす度に互いに互いを傷付け合う為、戦う二人––––ゼダスとシルフィードはもう二人とも満身創痍の域に達している。少しばかり具体的にすると、血塗れも同然なのだ。

 正直、止めて欲しい。

 もう傷付く姿は見たく無い。

 しかし、同時に思う。

 

 

––––この二人は止まらない。互いに互いの因縁に終止符を打つまでは。

 

 

 ゼダスとシルフィードの間に何があったのかは分からないが、何らかの柵はあったのだろう。

 それは戦闘前の会話が物語っている。

 ならば、互いの柵を破壊する為に止まる訳が無いのだ。

 

「休む訳無いだろ。俺はお前を斬り伏せたい。そうじゃなきゃ、過去から解放されないんだからな」

「私の事はあくまで消すべき過去なのですね」

「分かってた事だろうが。お前はこの世からとっくに死んだ筈の者なんだぞ。どれだけ《輝く環》が猛威を奮っても、生きてて良い存在じゃない」

「ならば––––何故、蘇生させたのですか?」

 

 シルフィードの言葉を皮切りに鍔迫り合いの状態からゼダスが押され始める形に移行。

 鉄と鉄が擦れる音は全員の耳朶を打つ。

 

「あのまま殺せば、ゼダスはこうして悩む事も無かった。あのまま想いを伝えたまま殺しておけば、過去に囚われる必要も無かったッ‼︎」

 

 感情の高ぶりが剣に伝わり、ゼダスを大きく後退させる。

 勿論、シルフィードがその隙を逃す事は無く、追撃に打って掛かる。

 

「なら、何でそんな無意味な事をしたッ⁉︎」

「………んなこと、分からないんだよッ‼︎」

 

 迫る一撃にゼダスは叢雲・返蛇で返し、シルフィードを同じ様に後退させる。

 完全に対照。

 ゼダスはシルフィードに迫る。

 

「お前を蘇生したところでお前はお前じゃない。……ああ、知ってたさ。知ってたともッ‼︎ だが、それでも俺はシルフィードという存在を断つ事が出来なかったッ‼︎」

「だから、無意味なんだッ。ゼダスがいう真作の私に理想を抱いていたのなら、そのままにしておけば良かったのだッ‼︎」

「でも、俺は未練を断てなかった。お前とならどこまでも行ける。戦士の高みにだって至り切れる。そう確信していたから……ッ‼︎」

「ならば、何故私を見限ったッ⁉︎ 人を手に掛けれない私はそんなに貴方の枷となったのかッ⁉︎ 答えろ……答えてくれッ‼︎」

 

 シルフィードの声は正に悲痛。切に願っているのを身を以て感じさせる。

 再三、鍔迫り合いへと移行する二人。

 言葉と剣を交える度に二人の表情は段々と必死になっていく。

 

「そんな訳無いッ‼︎ お前が俺にとっての枷になんて………」

「言い訳も厚がましいッ‼︎ 早く答えてくれッ‼︎」

 

 ゼダスは強大な膂力を前にジリジリと押される。

 その光景を端から見ているラウラとフィーは見るに堪えない表情を浮かべる。

 今、ゼダスとシルフィードは互いに剣を取り合って、想いを交わしている。

 そして、人外もかくやの戦闘に身を投じていて、身が削れているのは当然なのだが––––同時に心も壊れ始めている。

 限界なのだ。身体も心も。

 

「それは………」

 

 言い淀むゼダス。

 よっぽど答えたくないのだろう。

 

「ここまで言っても答えないというなら––––一刀の元に散って下さい。今なら、首を一発で断ちます」

「「なっ⁉︎」」

 

 シルフィードのその言葉にラウラとフィーは素っ頓狂な声を上げる。

 二人が知るシルフィードの願いは––––ゼダスに振り向いてもらい、己の物にする事の筈だ。

 なのに断罪宣言とは可笑しい。

 その思考を先読みしたのか、シルフィードは答えを開示する。

 

「自分の想いに潰されそうな弱々しいゼダスなんて私は必要としてません。寧ろ、そんな存在は障害でしか無い」

 

 その言葉はゼダスに刺さった。しかも、心の奥底に。最深部に。

 シルフィードは《ミストルティン》を打ち払い、体勢を崩したゼダスに渾身の一撃を叩き込もうとする。

 が、今まで通り、叢雲・返蛇が発動。

 逆に闇色の直剣が吹き飛ばされ、シルフィードの体勢が泳ぐ。

 何としてでも止まろうと地を踏み締めるが、その時、致命的な隙が生まれた。

 シルフィードの飛ばされた先は––––戦闘の余波で出来たクレーターの際。

 急に地の利に牙を向かれたシルフィードはギョッと眼を見開くが、重力や慣性に逆らえる道理は無く、倒れ込む状況に否が応でも移行させられる。

 

「(ここだ………ッ‼︎)」

 

 決定的な隙を突こうとゼダスは思い、脚部に瞬時に力を込め、地を蹴る。

 完全に会得したとは言い難いが、加速工程をゼロにした神速の剣技をゼダスは突きとして放つ。

 ここでシルフィードを討ち取れば、心の曇りも晴れる。

 それは揺るがぬ事実だ。

 なら、躊躇う必要は無い。躊躇う必要は––––

 

「(くっ、ここまでか………)」

 

 洗練された型で突きを放って来るゼダスを体勢を崩しながらも垣間見たシルフィードはそう思う。

 が、次の瞬間、驚くべき光景が眼に映る。

 ゼダスの剣の切っ先が………僅かばかりに鈍り、速度を落としたのだ。

 この速度なら、打ち返せる。

 そう感じたシルフィードは何としてでも剣を動かし、無理矢理の姿勢で迎撃に出る。

 緋の剣と闇の剣が交錯し、甲高い音が響いた。

 そして、次に体勢が崩れたのはゼダス。

 しかも––––

 

「(––––何で今のを対応出来た?)」

 

 何故、防げたが分からず、動揺していた為––––シルフィードの鋭利かつ必殺の一撃はゼダスの横腹に叩き込まれ、紙屑の様に地を転がった。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 そこは白塗りの世界だった。

 右も左も上も下も分からず、一体自分が何なのかも定かでは無い。

 朧気の意識の中、少年––––ゼダスは、この空間に居る理由を悟る。

 

 

––––ああ、俺、死んだんだ

 

 

 シルフィードの剛剣は殺傷能力に関しては最高クラス。

 それをマトモに防ぐ事が出来ずに直撃したのだから、そう考えて当然の帰結。

 その事を直視させる様な痺れ、痛々しい感触が全身を駆け巡っていた。

 

『よくやったよ、お前は』

 

 不意に響く声。

 それが己の物だと理解するのには少しばかりの時間を要した。

 

『自らは“学院”という制限された枷に入れられていて、相手はお前に追い付こうと殺戮の限りを尽くした最強の騎士王だ。そんな劣悪な状況でも、お前はよくあれだけ喰い下った』

 

 違う。学院はそんな所じゃない。

 言葉にしようとしても、喉に痞えて出てこない。

 というか、衰弱し切った身体は思う様に動かない。

 

『だからさ………これを言われても良いんだと思う。––––もう休め』

 

 その言葉で理解した。

 こいつは––––ゼダス()の闇なのだと。

 さて、何故、今頃になって出て来たのか。

 思案を巡らせようにも朧気な意識では答えが出てこない。考えれば考える程に迷宮の奥底へと沈んでいく様だった。

 

『理解しただろう? お前じゃあ、アイツに勝てない。素の性能(スペック)が同様でも、闇化の影響は凄まじいのは身を以て感じた筈だ』

 

 真面目に受けようとすれば、腕は吹き飛び、避けようとしても、可変速の前には調子(ペース)が崩される。

 無限回対応しても、勝ち逃げる事の出来ない性能に加え、永遠に進化を続ける《聖扉戦術》も会得している。

 字面で見ても、圧倒的な戦力。肌で感じてしまったら、尚更勝てる見込みが無いに等しい。

 

『なら、もう抗うな。これがお前の“運命”なんだよ。大人しく受け入れれば全てが終わる。綺麗な形で、な』

 

 否定したい。でも、口は思う様に動かない。

 そして、皮肉にも理解した。

 

 

––––ここで否定出来ないのも俺の“運命”なのかもな

 

 

 と。

 でも––––

 

「………諦められないんだ」

 

 平衡感覚が一切無い空間をゼダスは這い上がり、無理矢理立つ。

 全身の痛みは未だにピリピリしているが、気にしない。気にしていられない。

 

「まだ………斃れられないッ‼︎」

 

 力の限り、吼える。

 傷に障るが別に良い。

 

『何故、そこまで斃れる事を拒む?』

「斃れたら––––俺が俺で居られなくなる」

『それはお前一人の願いだ。だが、お前には護るべき奴らがいる。ならば、自己の願いよりも護る者を優先するのは当然だろう』

「そうやって簡単に割り切れてたら、こんな死地には出向かないよ。生憎、俺は隠れ強欲らしい。表面上では無欲を演じていても、心の奥底では渇望している物が沢山ある」

『欲は身を滅ぼすぞ』

「それは欲が身の丈を勝ったら、の話だ。まだ俺を超える程にまでは望んでいない」

 

 闇が言い放つ弁をゼダスは真っ向から折って掛かる。

 

『……成る程な。お前はもっと望めると』

「ああ、きっとそうだ。まだ俺は斃れた訳じゃない。だって––––心の中には、大きな篝火が灯っているんだから」

 

 『護りたい』。その名の願いの篝火はゼダスの胸中で消えるどころか、燃え盛っていた。

 

「なら、こんな所で立ち止まってはいられないんだ」

 

 気付けば、そこには巨大な扉が現れていた。

 石造で何処と無く厳かな雰囲気を漂わせるそれは、ゼダス自身もよく知っている。

 

「人と修羅の境界。随分、明確な分け方だ」

 

 前には人と修羅の間なんて、曖昧でしかない風に言った気もするが、この光景を前には言葉を撤回せざるを得ない。

 

「それじゃあ行くよ、もう一人の俺」

『……良いのか? その先は地獄だぞ』

「別にさしたる問題じゃないね。俺が護りたい––––助けたいって思った奴がこの先に居るんだ。躊躇う気は無い」

『だが、お前はそれでも否定し続けた。あの贋作(シルフィード)を。あまつさえ、殺して楽になりたいとも思ったんだろう? なら––––何故、救済しようと思う?』

「あれは俺の弱さの塊だ。だから、斬り伏せる……ってのが理由だったんだけどさ。ちょっと思い返したよ。シルフィード(あいつ)と過ごした一時を」

 

 楽しかったんだ。あの一時が。

 互いに高みを目指し合い、互いに心を通わせる。

 そんな当たり前で恵まれた環境が––––壊れたゼダスにとっては、酷く眩しく見えた。

 だからこそ、失われた時の喪失感と言ったら、膨大の極み。

 それを埋める為にシルフィードに新たな生命の息吹を与えたのも理解出来ている。

 しかし、それはシルフィードであって、シルフィードでは無い者。

 限りなく細部だとしても、何処かに違いがある。

 そして、それが漠然と怖かった。もしかして––––

 

 

––––愛してくれた感情が変わってしまったのでは無いか?

 

 

 と。

 そんな事になれば、耐え切れない。

 だから、俺から離れた。真実に眼を向けるのが怖くて。

 結果、その行動がシルフィードを追い立てた。

 急に眼の前から消えた師匠にして、恋い焦がれた相手。それを失った上に一度死んだ記憶が蘇り、シルフィードの心を蝕んで行った。

 

 

––––どうして、ゼダスは行方を眩ませた?

 

 

––––もしかして、自分の弱さが原因だったのでは無いか?

 

 

––––なら、強くならないと。人を手に掛けても、情が湧かない位に

 

 

 確実に喰い違っていたに違い無い。本当に滑稽な話だ。

 しかし、その喰い違いの正体に気付いてしまえば––––

 

「––––踏ん切りは付いた。どうせ、何時かは戦って、超えなきゃならない相手なんだ。斃すのが遅いか早いかの違いだけだよ」

『そうか……ようやく自分の気持ちに素直に成れたのだな』

「……は?」

『何を可笑しな顔をしている。お前が意識を途絶える前に放った突きの威力が落ちたのはお前の心の発露だって事だよ。どれだけ憎しんで、殺したいと思っても、非情になり切れていなかった』

「……こんなんじゃあ、シルフィードに会わせる顔が無いな」

 

 非情になり切れていないなら執行者を降りろ。

 ゼダスが古き時にどシルフィードに掛けた言葉だ。

 まさか––––と言う程でも無いが、自分にも当て嵌まるとは……恥ずかしい限りだ。

 

『でも、それで良いんだよ。それだけお前はシルフィードという存在が大切だった訳だ。––––十分、本心じゃねぇか』

「あ……」

『それをどう解釈するかはお前の勝手だ。俺が口を出す問題じゃない。が、ゼダス()は負けられない。そうだろう?』

「そうだな。ゼダス()は負けられない。だから–––絶対に勝ってくる」

 

 ゼダスは扉に手を出し、力を加える。

 石が擦れる音は耳朶を大きく打ち、五月蝿い気がするが気にしない。

 

『おう、頑張れ。あと一つ。俺から忠告だ』

「忠告?」

『ああ。お前……自分の気持ちには素直になれよ』

「……何が言いたい?」

『シルフィードの事、好きなんだろう?』

 

 今更ながらに心の闇らしく唆してくる。

 だが、それに臆さずゼダスは––––

 

「––––ああ、そうだな。知ってたよ」

『…………ちぇ。もっと慌ててくれれば面白かったんだが』

「俺がそういうタマじゃないのは知ってるだろ?」

『はぁ………んじゃあ、行って来い。––––勝てよ』

「了解」

 

 答える声は白い空間に響き、少年の存在を一人消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グハ………ッ‼︎」

 

 意識と現実が結び付き、視野を鮮明に広げる。

 

「(あー………結局、どれだけ臓器が潰れたんだろ?)」

 

 激痛が走る身体をゼダスは損傷を確認。

 正直に精算した所、生命維持が出来ているのが不思議な位だ。

 でも––––身体中に力が漲り続けている。止まろうとしても止まれないだろう。

 だが、好都合だ。

 

「勝つって約束したからな」

 

 傷だらけでヨロヨロの身体を幽鬼の様な不安定さでゼダスは立ち上がる。

 その光景を見たシルフィード、ラウラ、フィーの三人は驚愕の表情を浮かべていた。

 何故立てる。どうして斃れない。

 およそ、そんな所だろう。

 それを尻目にゼダスは紅い天を仰ぐ。

 夕焼けの様な空は儚くも見えるが、同時に綺麗に見えてた。思わず笑みを浮かべる。

 

「なぁ、シルフィード」

「………何だ?」

「お前はさっき言ったよな。何で私を見限ったか、って。あの問いの答えを今、答えてやるよ」

 

 天から地へ、地からシルフィードへと視線を動かし、ゼダスは満面の笑みを浮かべた。

 

「俺––––お前が好きなんだ」

「「––––はぁッッッッッッ⁉︎」」

 

 ゼダスの衝撃的なカミングアウトに叫ぶラウラとフィー。別に可笑しい話では無い。

 愛し、愛してくれると言った人が他の相手に好きだと告白したのだから。

 しかし、当の本人達には聞こえていないのか、話は勝手に進む。

 

「だから、お前が死んだ時、蘇生なんて禁忌に踏み込んだんだろうな。ま、それでも愛してくれた奴が帰ってくる訳じゃないってのは頭の片隅で理解していたけど、その時は冷静じゃなかったんだろう、きっと」

「何が言いたいのです?」

「さぁ? 何が言いたいんだろうな、俺」

 

 ヘラヘラ笑いながら言うゼダス。

 真意が汲み取れない遣り取りにシルフィードは怪訝さを感じる。

 本来なら、想い人から告白されて嬉しい筈なのに。

 

「そして、俺は戦う前に言った。贋作は責任を持って壊すって。その言葉に偽りは無いが––––今の俺には何が真作で何が贋作なのかが分からなくなってきたんだ」

「………私は贋作なのでしょう?」

「ああ、戦う前は(・・・・)そう思ってた。でも、お前と剣を交える度に気付いてしまうんだ。––––こいつは紛れも無く本物だって。昔、俺と競い合った好敵手(ライバル)だって。そう思うとさ………なんか、もう如何でも良くなった。心に突っかかってた何かも霧散してしまったしな」

「え………」

「お前は死んだ。でも、お前は生きている。結局はそれだけの話だ。………本当、俺はつまらない事で悩むモンだよ。だから––––」

 

 ゼダスは《ミストルティン》を肩で宛てがう。

 腰を低く落とし、凄まじい速度で疾駆出来る姿勢。

 完全に殺しに掛かる構えだ。

 

「––––もう俺は悩まない。勝負に柵は持ち込まない。ただ、俺の前に立ちはだかるお前を斬り伏せる。それだけの話だ」

 

 雑念が消えたゼダスから揺らぐは闘気。可視化出来る程に濃密なそれは、荒野に漂うシルフィードの殺意に類似している。

 それにシルフィードは、

 

「………はぁ。確かに馬鹿馬鹿しい話でしたね」

 

 思いっ切り溜息を吐く。それは正に、今まで溜まっていた物を全て吐いた様だった。

 シルフィードも闇色の直剣を構える。

 腰を低く、剣を後ろで構えるその姿は、一撃特化の構え。

 

「私は貴方に振り向いてもらいたかった。でも、実感が無い内に振り向いてくれていたのですね。道理で気付かない訳だ」

 

 互いに一撃に全霊を乗せる構え。

 つまり、次の一撃が勝負の明暗を分ける事になるという事だ。

 

「––––なら、私も本気で相手になります。もう何も考える必要は無いのですから」

 

 転瞬、互いの闘気は爆発的に増え、二人の姿を大きく変える。

 まず変わったのはゼダスだ。

 前回使用した様に詠唱を交えるのが定石なのだが、そんなまどろっこしい事をする気は無い。要領は分かっているのだから、簡略化は出来て然るべき。

 

「《血濡れの覇王(ブラッディー・オーバーロード)》 封印解除ッ‼︎」

 

 《ミストルティン》から茨が生え、ゼダスに巻き付き、血の外套を形成。

 それを纏ったゼダスの片目は紅くなり、帝都地下で見せた悪鬼の姿へと変貌した。

 人から堕ちた証の忌々しい力。

 だが、不思議とゼダスは制御出来ていて、冷静さも高ぶりも欠いていない。

 次にシルフィード。

 

「《反転(オルタナティブ)完全解放(フルバースト)》ッ‼︎」

 

 黒いドレス自体は変化していないが、纏う氣の闇の濃密さは今までの数十倍。それに呼応してか、闇色の直剣も黒い焔を灯し始めた。

 触れるものなら、全てを燃やし、闇へと誘うであろう。

 

「オオオオオオオォォォォォッッッッッッ‼︎」

「ハアアアアアアァァァァァァァッッッッ‼︎」

 

 そして、互いに––––地を蹴った。

 その衝撃は地を揺らし、爆音を響かせる。

 ただの剣戟戦だと見えるのに、被害は近代兵器を用いた戦争そのもの。

 シルフィードが放とうとしているのは、全魔力を投入し、終着まで強化し切った魔剣の一撃。

 濃密な闇はシルフィードの魔剣に纏わりつき、差し詰め数十アージュの巨剣へと化す。

 構えから、使用してくるのは薙ぎ払い系統の技。

 空間制圧力も純粋な火力も馬鹿に出来ない技で、一騎討ちでなら、隙さえ突ければ非常に有効。

 だが、今のゼダスにとって、その一撃の軌跡は頭でしっかりと予想出来ている。避ける事なんて造作も無い––––

 

「(––––けどッ‼︎ 後には引けないんだッ‼︎)」

 

 が、ゼダスは避ける為に速度を落とすのでは無く、全力で駆ける。

 ここで引いてしまえは、薙ぎ払いは避けれても追撃を喰らう。結果、負ける。

 ならば、自然と引くという選択肢は消え去っていた。

 だが、薙ぎ払いが当たる前に攻撃を当てるのも無理な話だ。

 いかんせん、戦闘可能距離(レンジ)が違い過ぎる。

 今のシルフィードは闇で魔剣の射程を極限まで増大化させている為、文字通り全距離対応。

 しかし、剣状態の《ミストルティン》を手にしたゼダスは近距離限定対応。

 完全にゼダスが蹂躙される展開。

 

「(ああ、殺られるな。––––このままなら(・・・・・・))」

 

 なら、どうするか。

 簡単な話だ。

 シルフィードの斬撃がゼダスの素っ首を撥ねる前に一撃を届かせれば良い。

 ––––出来るのか?

 

「(––––出来るか、出来ないかじゃない。やるんだよッ‼︎)」

 

 ゼダスは身体の内に神経を向ける。

 今、勝ちを捥ぎ取るには、最高の一撃を叩き込む必要がある。少しでも劣ってはならない。完全に研ぎ澄まされた一撃を喰らわせる。

 ゼダスにとって、最高の一撃とは何か?

 それは––––

 

「(––––加速工程を撤廃した一撃だッ‼︎)」

 

 全身の筋肉と神経の同調率を無理矢理引き上げる。何回も反復して行っていると自然と身体も覚え始め、《輝く環》の補助無しでも使える様になっていた。

 そして、放とうとしているのは刺突。剣戟における最速の攻撃手段。

 それでも––––シルフィードの魔剣がゼダスを討つ速度の方が数瞬分速いッ‼︎

 

「(クソッ‼︎ これじゃあ勝てない。もっと……もっと速くッ‼︎)」

 

 そう強く念じたゼダスに異変が起きる。

 四肢から––––勢い良く血が噴き出した。

 《ミストルティン》の《血濡れの覇王》による膨大な血の徴収に加え、謎の出血。これでは攻撃が当たるが当たらないが死んでしまう。

 まず、《血濡れの覇王》自体、自滅技に等しい。

 発動させるのに多くの血を捧げ、維持するのにも血を捧げる。そんな状態での戦闘持続は普通出来ない。《輝く環》で治癒すれば別の話だが。

 つまり、《輝く環》が使えないゼダスがこの手を切る=決着を付けに行く他ならない。

 そんな自滅技に加わった謎の出血。その正体をゼダスは知っている。

 

「(身体が耐え切れていない……)」

 

 人体を壊すレベルでの強化。

 最高速を更に伸ばす為の荒技。

 超えろ……超えろ超えろ超えろ超えろ超えろ超えろ超えろ超えろ超えろッッッ‼︎

 限界? そんな物知ったものかッ‼︎

 必要なのは勝つ為の一手。

 それに必要な時間は––––一秒も必要無いッ‼︎

 《血濡れの覇王》の維持に血が居る? 別に維持する必要は無い。一瞬でカタを付けるのだから。

 ならば、維持に捧げる用の血も今一瞬の為に使い切れッ‼︎

 シルフィードの一撃の方が速く届く? ならば、もっと速くなれ。

 シルフィードの一撃の方が剣の境地に至っている? なら、喰らい付け。

 どれだけゼダスがシルフィードより劣っていようとも構わない。今必要なのは一瞬でも凌駕する事。

 

 

––––奔れ

 

 

––––超えろ

 

 

––––研ぎ澄ませ

 

 

 脳内で浮かんだ単語がゼダスを更に速さの彼方へと昇華させる。

 

「「《聖扉戦術》––––」」

 

 一瞬の泡沫の中、響く二人の声は重なる。

 

「––––《複式》の型––––」

「––––《模倣》の型––––」

 

 違った型の詠唱。

 次に続くのは、この時に使われる最適解の技同士。

 

「––––舞風(マイカゼ)神突(カミツキ)ッ‼︎」

「––––堕龍爪薙ッ‼︎」

 

 全てを駆け抜ける神速の突きと全てを葬る絶対的な払い。

 二人の全身全霊の一撃は––––一瞬で勝敗を決した。

 

 

「グッ………」

 

 

 胸を一突きされたシルフィードの敗北だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「また………負けたのですか」

 

 胸を穿たれ、血を流すシルフィードはそう言う。

 身体からは力が抜け、崩れ落ちそうになるが、刺した張本人(ゼダス)は抱き留める。

 いつの間にか、《血濡れの覇王》も解除されていて、服装は元に戻っているが、誰の物かは定かでは無い血で服は汚れていた。

 シルフィードも《絶闇・完全開放》が解除され、闇の氣は完全に消え、金眼は碧眼へと戻っていた。

 

「ああ、俺の勝ちだ」

 

 妙に勝ち誇る様に言うゼダスは言葉を繋ぐ。

 

「だから、もう寝とけ。別に心臓を貫いた訳じゃないから、死なないからさ」

「なんだ………結局、ゼダスも人の情を割り切れていないのでは無いか」

「今の俺は執行者というよりは学生だからな。それに加え、護るって約束があるしな」

「それはあの二人の事か………?」

 

 力が抜けながらも指差した方向にいるのはラウラとフィー。

 

「………ああ、そうだよ。今となっては掛け替えのない二人だ」

「ふふ………それはちょっと妬けるな」

 

 そう言い残して、シルフィードは意識を絶った。

 多分、この修行の立案者たるシーナは魔術を駆使して監視しているのだろう。少しで助けが来る筈だ。

 なら、シルフィードの容態を気に病む必要は無い。

 それを確認し、ゼダスはシルフィードから離れ、ラウラとフィーの元へと向かう。

 

「………あー、その………なんと言うかだなぁ………」

 

 戦闘中に明らかに浮気宣言をしたゼダスはバツが悪そうにするが、ラウラとフィーは––––形振り構わず抱き付いた。

 

「心配させ過ぎだ、ゼダスは」

「今回ばかりは肝が冷えた。無茶は止めて」

「今、抱き付かれるのは傷に障るんだが––––って言いたいけど、悪かった。今回ばかりは俺が悪い」

「「うん、本当に悪い」」

「即答かよ………」

 

 まさかの対応に若干、落胆するゼダス。

 でも、次の一言に頭を悩ませる事になる。

 

「で、ゼダス。あのシルフィードへの告白はどういう事か、説明してもらおうか?」

「ん。これに関してはしっかりと説明が欲しい」

 

 

 ………長い議題になりそうだ………………

 

 

 

 ゼダスはそう思わざるを得なかったとか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、超絶ロングな一話になってしまいました………16,000文字ですよ。個人的に記録更新です。
次は修行中の閑話です。ゆる〜く行くつもりですが、ヘヴィになるかも。

Rー18版のifですが、もう少し待って欲しいです。調子が乗らないと書ききれんのですよ。次いでに正規ルートのRー18も………詳しくは語らん事にしよう。

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