何だろうね。改めて書こうと思うと気恥ずかしい限りなんですが………今日、2016/08/11日をもって、私『 黒兎』及び、その処女作『闇影の軌跡』は一周年を迎えました!
ここまで続けてこれたのは、読者の皆様のお陰です。ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします!
………不肖、この私から拙いイラストではありますが、一周年記念のイラストを描かせて頂きましたので、後書きに記載させてもらいます。………………出来は期待しないで………
「…………」
「ハァ、ハァ……」
無傷+無言を貫くシルフィードと対照的に傷だらけに加え、息を切らしているシホは––––先程まで起こっていた戦闘とは打って変わって、階段を全力で走っていた。
何故、こうなったかは、ほんの少し前に伝ってきた念話が原因だった。
––––《倶利伽羅ノ剣》の《過激派》が潰しに来た。だから、結社とは一時休戦する協定を結びましたので、即刻、階段上部にある館にまで引き返して下さい
とハルが、結界内の敵味方問わず全員に念話を飛ばしたのだ。
これが功を成し、シルフィードとシホの間でも休戦が可能となったのだが––––まぁ、少し遅く、間に合った。
遅かったのは、念話が勝負を決された後に来た事。結果は何処からどう見ても、シルフィードの圧勝。
間に合ったのは、シホが殺される事。念話が届いた時、シルフィードは本気でシホの首を断とうとしていたが、間一髪間に合った。本当に死ぬかと思った。
で、その念話に従って、今現在、館に戻ろうと全力疾走中なのだ。
「–––にしても……」
そんな中、シルフィードはボソッと呟く。
「あの念話という呪術、ですか……中々、即興性の高い技ですね。便利だ」
「まぁ、ハルのお得意の呪術の一つだしね。しかも、アレの再生は多人数でも問題無いのが強いわよね」
休戦が相成ってから、この二人の間には、短いながらも会話が出来ていた。……しかし、シルフィード自身が会話を発展させないのが、シホにとってむず痒い。無駄に起こる沈黙が痛い。
「(––––というか……)」
走るシホはチラッと横を走るシルフィードを覗き見る。
戦闘中や、その前は己の心で、対する相手に張り詰めていたから、気付きづらかったが、こうして見てみると随分綺麗な顔立ちだと分かった。可憐………と呼ぶよりかは美しいの方が合うだろう。
しかも、歪んでいるとはいえ、信念を宿す瞳は、ただ一点だけを見据えている様で、凛々しさも感じれる。
彼女が敵でさえ無ければ––––
「(少しは………理解、し合えたのかな)」
––––この世に
でも、その存在しない事に縋りたがるのも、また人間だ。
その理論で行けば、シルフィードの『世界を統べる王』というのも荒唐無稽な理想として、縋っている事になる。
しかし、それは違う。剣を打ち合わせて、理解出来た。
彼女は確かに歪にして、異常な願いを掲げているが––––欠片も手を抜いてはいない。
ただ、ひたすらに己の願いは叶え得ると信じ切り、眩しく輝かしく………そして、愚直に手を伸ばし続けていた。
故に彼女は並では追随出来ない程までに強くなった。だが––––
「(––––それならば、彼女は強さに溺れるだけの人として片付けられるはず。全てを統べる王などという願いは叶わないと理解出来る筈だから………つまりは彼女をこうした何らかの原因があった事の証明になる)」
––––しかし、この問いの答えは理解出来ている。
彼女の言葉の中に出てきた愛する彼。きっと、今キョウと一緒に居るであろうゼダス・アインフェイトなのだろう。
確か、作戦前の調査報告書にゼダスとシルフィードの関係性などを記されていたが、あの時は純粋な師匠&弟子だった。
だが、彼女が好意を抱くとすれば、唯一接点らしい接点が明らかなゼダスという人物しか居ないからこそ、この発想に至れた。
ゼダス・アインフェイト。
結社の執行者として、有数の実力を持つとされている彼はシホにとって、強さ故の恐怖よりも、その異質さ故の恐怖が大半を占める対象だった。
正直なところ、何処もかしこも不明な点が多過ぎる。
出生も不明。結社に入る経緯すら不明。
なのに、結社に入って一ヶ月ちょっとで執行者のクラスを得て、しかも欠番であったNo.Ⅱという大役を仰せつかっている。
改めて見ると、歪過ぎる。
結社は裏社会において、大きな勢力を誇る集団だ。
だからこそ、入ったばかりの新参者が執行者などという地位に抜擢されよう筈も無い。
つまり、彼には外部に流出していない非常に大きな秘密がある。きっと––––至宝よりも凄い何かが。
それが実体のある物か無い物かは分からない。
だが、それが彼の根底にある強さの源泉なのだろう。
そして––––
「(––––彼という存在は魅力的に見え過ぎた。だから、シルフィードは盲目なまでに愛と理想を貫こうとする。こんなのが……本当に…………)」
––––そこで思考が途切れた。
駆け上がる階段に終わり––––つまり、頂上が見えたからだ。
まず、上がったら情報共有もとい状況判断に至ろう。
組織内での抗争に本来の
―――*―――*―――
「一時、休戦しなきゃならねぇみたいだなぁ」
「––––そうみたいだな」
シルフィードとシホと同じ様に脳内に直接叩き込まれた念話を聞き、急に制動した二人はそう言う。
互いに傷だらけで––––だが、満身創痍では無く、まだまだ余裕のある様子だった。
狙った訳ではないのだが、二人共に服装の色は黒で、闇夜ならば確実に見失っていたであろうが、幸い現刻は昼近く。……と言っても、二人は達人クラスの手練れだ。視覚で知覚出来なくとも、認識は可能な筈だ。そう––––
––––結社《
––––《倶利伽羅ノ剣》
この二人ならば。
「––––ったく、もう少しで俺らが勝てたンだけどなぁ。まぁ、あのハルの焦り具合じゃあ、仕方ねぇか。で、お前はどうするよ、ゼダス」
「名乗っても無いのに名を呼ばれるのは気分は良くないが………目下の敵がお前じゃなくなったのは分かった。だから、今は剣を収めてやるよ」
漆黒のコートを棚引かせ、ミストルティンを鞘に納刀するゼダスにキョウも己の得物を直す。
だが、それは––––戦闘開始時とは大きく変わっていて、短刀二刀流だった筈が、大きな太刀へと変わっていた。ノコギリの刃の様な片刃の太刀で確か、銘を––––
「––––鬼神刀・火牙裏、だったか、それ」
「ああ。対古代遺物対策の武装でなぁ………使い勝手は良いぜ」
キョウはゼダスの言葉に律儀に返す。
この場の雰囲気はもう落ち着いている。互いに武装を構えていないからだろうが………まぁ、そうも言ってられないからなのが一番の原因だろう。
戦闘場となっていた更地––––の付近にある結界。その外側直ぐに侵入を試みて、攻撃を仕掛ける大型の蟲が居るのだから。
送られてきた念話によると、名前は刻印蟲と言うらしい。
元々は普通の虫だった物に強制的に呪術で肥大化及び全ステータスの
………まぁ、それでもゼダスにとってはさして問題にはならない。のだが、今回ばかりはちょいと違う。
《輝く環》を用いれば、奇蹟の元に穢れとしてあの害虫共を浄化出来る。
だが––––まだ、味方と決まった訳では無い相手の眼前で、《輝く環》を使うのは悪手だ。
何処から、綻びを見つけられ、対抗策を企てられるかは分からない。しかも––––抜き足なんていう古風武術を凄まじい練度で使える程の観察眼の持ち主なら尚更だ。
そして、この侵入者迎撃作戦において、理想な勝利は根底から崩された。––––元々戦っていた相手が、斃すべき相手では無く、本当に叩くべきはもっと後方だったのだから。
そういう
ならば、今すべき事はサッサと身を拠点まで退く事だ。
そういう命令が下っているに違いないのだから、逆らうだけ相手にも己にも不利益でしか無い。
「––––で、《天帝》殿も退くんだろ? なら、早く行こうぜ」
「止めろ、その呼び方。………まぁ、退くけどな」
本当に不愉快だ。
言外にそう言わんとするゼダスはキョウを差し置き、走り始める。すると、追い掛ける様にキョウも駆け始めた。まるで、ここに至るまでの逃走及び追撃戦をそのままそっくりひっくり返した様だ。
兎に角、結界付近から離れる。
それが唯一にして、得策なのだから。
「………この際だ、聞いておく。お前の着物は––––
ゼダスがキョウと戦う中で、頭に浮かんでいた疑問。それがキョウの着物だ。
こいつは––––戦闘中に武器がコロコロ変わるのだ。
しかも、ミストルティンの様な異能での形状変化ではなく––––真の別武器へと変わっているのだ。
まるで手品の様にポンポン変わる。
だが、変わる武器全ては、殆ど普通と差し支えない。まぁ、最後の最後で抜かれた鬼神刀・火牙裏のみは何かの“異質”さを感じたが。
加えて、本人の魔力の使用も感じ取れなかった。
しかし、武装の変換の回転速度を目の当たりにしたら、何かしらの仕組みがあると思って良い訳で。
それを可能とするのは––––古代遺物だろう。そして、その対象は武器では無いのだから、消去法で着物に疑いを掛けた訳だ。
「––––へぇ、眼の付け所は良いなぁ。御名答………って、言いたいが微妙に違う」
そして、キョウは語る。
身に纏っている漆黒の着物は古代遺物では無いものの、それに類する異能を秘めている、と。
簡潔に説明すれば、その異能とは『別次元の穴を穿つ』事らしい。
着物の内部に別次元へと繋がる穴を開通させておき、そこに無数にして多種多様の得物を仕込んでおく。
そうする事で、戦闘中にポンポンと武器を顕現させたり、シュシュっと収納が出来る理屈らしい。………と言っても、その理屈を完全に使い熟すには、あらゆる武器の理に通じていなければ成らない。
ただ短刀を使うのが上手いだけならば、太刀や長槍などの長物を使うのは無理だろう。本来の用途の間合いが違うのだから。
そして、それは逆の場合でも有って然るべきだ。
しかし、それでもキョウという相手は強かった。負けはしないと確信めいてたが––––厄介だと認識する程に。
「じゃあ、コッチからも一つ聞かしてもらおうかな」
「………内容による」
「––––お前………一体、何を抱えてやがる?」
表情は見ていないから分からない。
だが、キョウの声音は至って真面目。本当に聞きたいのだろう。
「何って至宝だが。それ位は知ってるんだろ? わざわざ聞くな」
「違ぇよ。そんな簡単なモンじゃなくて––––お前の根底にある“何か”。それが俺には分からねぇから、知りたい」
キョウ程の観察眼を持つ者が見据えた分からないという“何か”。
そして、それは何かを突き止める事は彼––––ゼダス・アインフェイトの強さに繋がる。そう踏んだが故の質問。
が、ゼダスは少しの間、沈黙を貫いていた。まるで––––当たり障りの無い答えを吟味している様な。
だが、本当は––––
「(俺の根底にある物………そんなの事を最後に考えたのは記憶を取り戻した時か)」
––––
確実に言える事は、根底にあるのは悠久の時を超えてきた願望––––『正義の味方になる』の一つだ。
だが、それが自分の強さに結び付いているかと言われれば––––違う。少なくとも、本人はそう思ってない。
しかし、それでも記憶を取り戻してからの実力の伸び幅は異常だ。一日置くだけで、前日は本気を出して辛うじて使えた技も、翌日には余裕を持って使う事が出来ていたりするのだから。
「(––––でも、俺の力はただ願望を叶える為の物じゃない)」
確かに記憶を取り戻す前に付けた力は『己の記憶を取り戻す』為の物だった。それは認めよう。
でも、今は違う。絶対に違う。天地が逆転しても違うと言い切る。
そして、そう言い切る根拠は––––根拠だけはあった。
「多分、の話だ。人間にとっては普通………なのかは未だに微妙だが、俺はただ“護り”たいんだ」
人外に等しい己を慕ってくれている最高の仲間を。
こんな戦闘馬鹿を好いてくれる掛け替えの無い恋人を。
自分が大切だと思えた全てを護る為に。
ただその為に力を欲し、力を振るう。
「もう失わない。失わせない。もう俺の前から––––大切な奴らを奪わせない」
まるで決意する様に。信念を固定する様に。
確固たる意志で告げたゼダスにキョウは一度押し黙る。
ここで僅かばかりの微笑も厳禁だ。
別に笑う事でも無い。護りたい物を護る。それも立派な目標であり、美徳である。………まぁ、意外だったのは––––
「(んな、美徳が奴の強さを支えてるって事か)」
–––という事。
本来、強者たる者こそ、そういった美徳や綺麗事を切り捨てる傾向にある。
何故ならば、そんな事を成し得るのが不可能だと否が応でも悟るからだ。不可能だと悟った物を追い求めるのは時間と労力の無駄だ。
しかし、
普通では叶わないと知った上で、絶対に実現させようと思い、ひたすらに進み続けた。
その過程において、幾度も折れかけ––––いや、完全に折れた事も有ったのかも知れない。
しかし、それでも歩みを進める事を止めなかった。
全ては己の願望の為に。護りたいものを護れる様に。
それは––––眩しい程に綺麗な話だ。
でも––––
「(その動機の強さとしては、狂ってやがる)」
––––やはり、ゼダスの生き方は酷く歪だ。それも恐れ慄く程に。
例えるならば、凄く精巧に出来た彫刻品が如く精密機械に必要不可欠な歯車が欠けても動いている。そんな感じだ。
なのに強い。強過ぎる。
正直なところ、まだまだ問答は足りない。もっと根掘り葉掘り聞きたい。
だが、生憎そんな時間は無い様で。
もう撤退先の館が見えてきた。
撤退する間の少しの間でキョウはゼダスという人物に関して、色々分かったと同時に––––それ以上の疑問に襲われる。今までの標的とは違う。違い過ぎて––––
「………燃える、なぁ」
––––不意にそう呟いてた。
―――*―――*―――
「––––で、コレで全部かいな?」
シーナの魔術によって生成された館の一室に環状に座る七人。
結社の執行者、ゼダスに元執行者のシルフィード。トールズ士官学院の特科クラスⅦ組のフィーとラウラ。
そして、襲撃者––––であった、と今は形容するに正しい《倶利伽羅ノ剣》の《穏健派》のキョウとシホ、ハル。
その七人の真ん中に堂々と立つの番外使徒のシーナが、全ての事情を聞き、状況を纏めていた。
「つまりは、アンタら––––《倶利伽羅ノ剣》って長いし、敵と被るから《穏健派》って呼称するが––––は、昔からの因縁で狙われとる訳や。でも、気付かずに––––と言うよりは、気付かない風にして、結社襲撃の任を受けた。若干、ウチの妄想が入っとるが、合っとるか?」
シーナの妄想––––それは、《過激派》に敵意を向けられた事に気付いたまま、襲撃してきた。その事だ。
その言葉に《穏健派》の主な作戦立案を請け負うハルは額に一筋の汗を流しながらにしどろもどろに––––
「え、えっと………」
「今更、隠さないでいただけますか? 今は一刻を争う状況なので」
––––言おうとしていた所を無情に両断するシルフィード。本当に心を許さない者には容赦無い。
冷酷とも取れる一言に眼に見える位にグサッと来ているハルは先程とは打って変わり、一筋の涙を流し答える。精神面ではまだまだ幼いのだろう。
「………随分前––––いや、組織が内部分断された時からそういう兆候は確かにありました。最近は害意も増してきましたし。でも………このタイミングで潰しに来るとは本当に誤算でした」
「つまり、誤算は誤算だったが、あわよくば、俺らに《過激派》を討伐させるって算段だったのか。タチの悪い作戦だな」
「そんな事言ってませんよねッ⁉︎」
サラッとゼダスが悪態っぽい何かを発すると悲鳴の如く声を上げるハル。最早、ネタキャラっぽく見える不思議。きっと、今までイジられて苦労してきたのだろう。
「何はともあれ、今はその《過激派》とやらを叩けば良いのだろう?」
「ん。単純明快で良いね」
普段ならば、キャラの濃いラウラとフィーはこの場においては微妙に常識人キャラと化していた。
そんな中、シホが
「まぁ、そういう事ね。だから––––頼むわ。私達を助けなさい」
と言うと、勿論の事、突っかかるのはシルフィード。
「ほぅ……それが人に頼む態度か? 随分とデカい態度ではないか」
「あー……まぁまぁ、落ち着いて下せぇよ、お嬢さん」
険悪ムードのシルフィードとシホの間に推参したキョウは鎮めようとする。が、
「お嬢さん? そんな馬鹿げた事を言ってる暇があれば、打開策を考えろ。今も結界の外には刻印蟲とやらが山程湧いているのだからな」
辛辣。
そう揶揄して差し支えない一言に場の空気は一気に冷める。
こういった歯に物を着せない言い方はシルフィードの特徴だ。……まぁ、時と場合を弁えてほしいものだ。
「シルフィードの言う通りや。つーか、ウチの館を荒らしに来とる賊が居るんやから、ウチが黙っとるつもりは無いよ」
その場の空気を一瞬で潰しに掛かる声音でいうシーナはピョンと一飛び。七人が織りなしていた環を飛び越え、部屋の外側に備え付けられている縁側へと。
そして、部屋の中を省みて、ニコッと笑う。
「––––まぁ、任せとき。ウチが何とかしたるわ」
―――*―――*―――
七人と別れて数分。シーナは一人、館から麓へと続く階段をテンポ良く降りていた。––––これから、敵を排除しに行くとは思えない程に軽やかに。加え、非常に機嫌良さ気に。
「あー………我ながら、よく面倒な話に首を突っ込んだなぁ。絶対に昔やったら、引き受けへん系統の案件やし」
––––と、昔と比較しながらボヤくが、謎に口角は上がっていた。
別に刻印蟲とやらを斃すのが楽しみなのでは無い。
機嫌が良いのは、二つの理由があった。
一つ目は、久しく本気を出せるという事。
本気––––それ自体を発揮する事は多くもないが少なくもない。現に今朝のゼダスとの戦闘も全力で迎え討っていた。
しかし、それは少しばかり
相手が多く、その上、弱くは無い。
だからこそ––––全身全霊の特大魔術を行使出来る。
そう思うだけで喜悦で笑いが止まらない。久し振りに枷を外して痛ぶれるのだから。………まぁ、どうせ聞こえる音の大半が蟲の生命を遂げる時の断末魔の様な汚い音になるのだろうが、この際は眼を瞑ろう。
そして、二つ目が––––
「––––あん馬鹿弟子の為に力を振るえる。………ったく、さっきの敗北の残滓がまだ残っとるわ」
そう言いつつ、痛みが少し残る腹部を摩る。
バッサリと切られたから、高位治癒魔術で傷口自体は防いだのだが、痛みは消さなかった。消そうと思えば、消せたのに。
だって––––
「(んな気持ち初めてやもん–––––痛みが愛おしいなんて)」
たった一度。たった一瞬。
それだけで、一気に決められた戦い。
あの決闘だけは、今までのどの戦闘や掃討戦とは比べ物にならない位にシーナの中で輝いている。
まさに石ころの中に一つだけ存在する宝石の様だ。
あそこまで心の芯から熱くなり、その身を焦がす事があっただろうか。
あまりに長く生き過ぎたからか、記憶も随分古く錆びれているが故、多分無かっただろうと思う。
「はぁ………恋に歳は関係無いっつーけど、やっぱチョイと不利に感じるわな」
シーナにとって、あの戦闘から芽生えたこのモヤモヤは確実に恋愛感情なのだと断言出来る。そういった事には鈍感では無いし、寧ろ敏感とも言えるのだから気付いて当然だ。……もっとも、彼女自身が恋をした事など一度たりとも無かったのだが。
「…………ほんに妬けるわー……」
考えれば考える程に気分が落ちていく。
今まで、他人からどう見られようが気にしなかったのに––––今は気になる。
果たして、
そう思うと––––
「––––意味が無くても掛けとくべきやったな。そこは完全に誤算やったわ」
との後悔の念が凄い。
そういった苦い想いも全て、あの害虫共にぶつけてやろう。
持てる全てを注ごう。
決意を固めたシーナはようやく、結界の境界付近に辿り着く。
「それじゃあ––––始めよか」
―――*―――*―――
–––––––––––ドゴォォォォオオオォォォォッッッ‼︎
「ななな、何ですか、今のはッ⁉︎」
結局、館に置いてけぼりを食らった七人は、シーナを信じて待つ事にし、各々に寛いでいたのだが、突如響いた爆音に半分は驚き、もう半分は気にしていなかった。
驚いていたのはラウラとフィー、シホにハル。
対して、驚いていなかったのはゼダスにシルフィードとキョウだ。
元々、キョウは突発的な状況に陥っても、驚かない質なのだろう。
だが、ゼダスとシルフィードが驚かなかったのは––––この爆音と部屋の外に垣間見える紅く燃え盛る焔が何かを知っていたから。
「……流石はシーナ卿。アレ、使ったんですね」
「確か、
シルフィードとゼダスの会話からは、もう答えを探し当てている様に思えるからこそ、ラウラとシホは尋ねる。
「あれは何なのだ⁉︎」
「あのクラスの魔術なんて……それこそ、稀代の天才魔術師でも無ければ、行使もままならない筈でしょ⁉︎」
その問いにシルフィードとゼダスは顔を見合わせ––––同時にフッと息を吹いた。
まぁ、簡潔にまとめると––––可笑しかったのだ。その問いが。
「“稀代の天才魔術師”か……そんな生温いモンかな?」
「いえ、有り得ないですね。あの方は未だに発展途上とはいえ、世界最強格の魔術師にして––––結社の唯一の《番外使徒》なんですから」
シルフィードの発した言葉に《穏健派》の全員の表情が凍り付く。
《番外使徒》……確か、それは使徒の中でも存在が不定で、通常の使徒よりも恐ろしい可能性を秘めているとされる奴の筈だ。
先ほどまで、随分と馴れ馴れしくしていた、あの金孤の美女が。
その恐ろしい“悪魔”だというのか……
そう思い至った3人は勝手に冷や汗を流す。いつも飄々としていたキョウも、だ。
「まぁ、なら大丈夫でしょう」
–––––ガッチィィィィイイイイィィィィンッッッ‼︎
まるでシルフィードの言葉に呼応するかの様に結界付近を焼き尽くす煉獄は瞬時に姿を変え、ある意味水晶に見える位の透き通った青の氷獄へと。
それに映るは異形––––刻印蟲の焼死体の姿。
まさに氷埋め。コレクションでもするつもりの選択に思える。
「何故なら、私と
––––ガシャアアアアアァァァァァァンンンッッッ‼︎
氷獄の黒一閃が入ると同時に中の蟲と一緒に裂け散る。
驚きを隠せない四人はその光景に開いた口が塞がらない。塞げない。
すると、シーナの事を知らずとも驚くに至らなかったキョウが畏敬の念を込め、つぶやく。
「アレが………番外使徒………………」
―――*―――*―――
「クソッ‼︎ どういう事だッ⁉︎」
眼の前にある無色透明な壁––––結界の付近にいた齢50歳位の男は表情に悔しさを孕ませ、叫び散らす。
確かに《倶利伽羅ノ剣》の《過激派》の最悪の兵器ともいえる刻印蟲を引き出して、襲わせた。
アレは触れた物の因果を壊す災厄の再現だ。それこそ、男が持ちし《倶利伽羅ノ剣》の由来となった名剣、倶利伽羅剣と似た様な性質を持っていて。
それをどうすれば、一瞬の内にカタを付けられる様な状況になるのだ?
男が起きた現象に冷静さを忘れ、疑問に苛まれると、付き従う部下達にも動揺が伝染。部隊としてはあってならない大きな“焦り”を生じさせていた。
そんな隊の殆ど中心。そこに金孤の美女––––シーナは跳躍から自由落下を経て、降り立つ。
「はぁん………これが全部か。ザッと数十人位か」
敵陣のど真ん中で相手の数を精査したシーナ。
普通に考えれば、この行動は愚策だ。大した援軍も求めれない状況において、わざわざ敵の腹中に飛び込むのは。ただ––––
「これ位なら–––––瞬殺かいな」
––––それは常識が通じるレベルの手練れだったら、の話だ。
身に纏う着物の袖を一振り。それだけで周囲の雑兵共は吹き飛んでいく。
まさに鎧袖一触。
魔術で編んだ風はある種の圧力兵器並みの火力を持っていた。
そして、残ったのは唯一の手練れだと思しき男一人。
「へぇ………一人は耐えたんかいな。っつー事は、お前さんが《倶利伽羅ノ剣》の現頭領って事か?」
「貴様………何者だ?」
男は内心から競り上がる恐怖を抑え込み、尋ねる。
「普通は名乗らせる前に名乗るのが筋ってモンやろ………まぁ、良え。名乗ったる。––––シーナ・ゼロ・フリスティア。今のタイミングで出てきたってトコから、所属は察せるやろ?」
「………結社か」
「で、アンタも名乗りぃや。折角、こんウチが名乗ったったんやから」
シーナが退屈そうに指を回し、そう言うと男も観念して答える事にする。
「お前の言う通り、《倶利伽羅ノ剣》の現頭領の
「ヤオロチ ソウマ、か………どうも《倶利伽羅ノ剣》は名前的に東洋系の組織らしいな」
「そんな憶測を立てれる程に余裕か………随分と舐められたものだ」
ソウマは剣––––倶利伽羅剣を抜き、キッとシーナを睨み、妙に空回った自信を持って言う。
「この剣の前では、あらゆる事象は無意味! 貴様がどれ程強かろうが………「遅いッ‼︎」」
御丁寧に解説するソウマにシーナは爆裂魔術を足裏で蒸かし、接近。腹部目掛け、鋭い一蹴りを見舞う。
急激に襲う衝撃にソウマは倶利伽羅剣を手から滑り落とした。
「戦闘中に解説は頂けんなぁ〜………せめて、気ぃ抜かんようにせな」
悶絶するソウマを尻目にシーナは抜身の倶利伽羅剣を取り上げ、《月夜見》で情報を読み解く。
「はんはん………あらゆる物の『根源を切り裂く』んか。しかも、抵抗不能の絶対的な因果をも裂く、か………十分、禁忌指定を掛けられそうなチート
「き、貴様………まさか、見た物の情報を読み取れるのか………ッ⁉︎」
「まぁ、んなトコや。………もっとも、一回だけ読み外したから、今はチョイと過信しとらんけど。やから––––」
シーナはソウマの首筋に倶利伽羅剣の刃を沿える。
「––––ここで実際に試してみても良えんやで? 本当やったら、斬り殺した後はアンタの記憶は全人類から抹消されるんやろ?」
「や、止めろ………というか、何故だ………何故、貴様がその剣を持っていられる? その剣は認めた者以外は燃やし尽くす筈………」
「じゃ、認められたって事やろ。何たって、ウチ強いし」
特に不思議そうな雰囲気を感じない一言で返すシーナは普段見せない様な悪い笑みを浮かべていた。
やっぱり、自分の手の平の中で命を掌握していると実感すると言い難い悦びに浸れる。敢えて言うなれば––––“愉悦”だろうか。
「––––まぁ、んな些細な事はどうでも良いんや。アンタは侵入者共の親玉にして、ウチはそれを斃しに来た。もし、アンタがまだマトモな人間やったら、慈悲ぐらいは掛けてやろうと思ったが––––自分の陣営の奴らに怨みを持って、捨て駒に使った。んなクズは死ね。穢れた金貨にでも埋もれて死ね」
答えは聞かない。どうせ、殺めない選択肢など最初から捨てていたから。
そして、シーナは知っていた。
––––どんな状況においても“不必要”だと理解すれば切り捨てなければならない、と。
変に生き残らせれば、変に情が移るかも知れないからだ。そんなの愚行に等しい。
ならば、捨てろ。その不必要な存在と共に情けという物を。
––––ザンッ‼︎
音の無い森の中、よく響いた斬撃。
それは確実にソウマの首を斬り落としており、見るまでも無く、死に達していた。
すると––––
「あー………こういう感じになるんかいな。段々とこいつに関する情報が脳内から掻き消されてく、か………」
と、シーナは倶利伽羅剣の異能の感想を述べる。
正直、斬り落とした瞬間にソウマの名前という概念は消え去っていた。だからこそ、『ソウマ』と形容せずに『こいつ』となっていたりする。
「確かにヤバい部類の古代遺物やな………ウチが保管しとこ–––––––––––––––ッ‼︎」
倶利伽羅剣をシーナが魔術で創り出した異空間に放り込んだ瞬間。
まるで身の毛の全てが逆立つ様な感覚に襲われる。
例えるならば………圧倒的な何かがこの地上に降臨した様な。
だが、シーナは世界でも有数の魔術師。その上、武術も納めているという戦うのならば、この上無く“強者”の分類されるだろう。
そんなシーナでも………今の膨大過ぎる雰囲気に呑まれた。
一切の抵抗を許さず、その全身をパックリと喰う様に。
今までの人生振り返っても無かったであろう“恐怖”。
その根源を探ろうとすると––––––––無色最硬の結界をぶち破り、館の方へと尾を引き落つる彗星があった………
―――*―――*―――
「なぁ、シホ、ハル」
「何、キョウ?」
「何でしょう?」
「俺ら………何か忘れてね?」
シーナの館に残された《倶利伽羅ノ剣》 《穏健派》の三人はいきなり脳内に出来た空白に首を傾げる。
何と言えば良いかは分からないが………何か重要なファイルごと、一気にデリートされた様な。そんな感じだろうか。
その光景に怪訝な表情を浮かべるのは勿論、ゼダスにラウラ、フィー、シルフィードだ。
「まさかの記憶障害か? お前ら年寄りかよ……」
ゼダスの言葉にシルフィードは馬鹿馬鹿しい………と呆れた後、気にする事を止め、ラウラとフィーはただただ、状況に追い付くので精一杯だった。
と。
そんな––––
普段と––––––
変わらない–––––––
風景の中–––––––––––––––
–––––––––––––––––––––––––突如、大気を砕く音が響いた。
放たれる衝撃波から、尋常ならざる状況なのは明らか。
この館の主––––シーナが不在の中、異常事態。それは今の状況を鑑みるに––––《過激派》が無理矢理に突貫してきたのだろう。ならば、迎え討つまでだ。
全員で見解が一致し、部屋の外へと駆け出て、音源の方へと走る。
この中で俊敏度が高いのはゼダスとシルフィードにフィーだ。
三人はまさしく弾丸の様に飛び、音源へと達した。
そこには–––––一本の巨木があった。
しかし、その周りの地表には抉れた跡は勿論、傷の一つも無い。
ならば––––上に正体があるという事。
先駆けの三人は首を上げ、目視しようと試みる。
だが––––
「(なんだ………この雰囲気)」
ゼダスの体感速度がやけに遅い。
何時も通りに身体を動かしているのに、全ての挙動が遅く感じる。
「(まるで–––––見てはいけない物がそこにある様な)」
しかし、行動を起こしたという事は、見ると決断した事。
止まらない………止まれない。
変な汗が出てくる。
そして、ゼダスは––––それを見た。
時刻的に燦々と照らす太陽をバックに巨木の先端にバランス良く立っている人影。
それだけではシルエットしか分からない。
しかし、ゼダスは知っている。
例え、逆光だとしても、輝き続ける水晶が如き瞳を。
そこから連想される無数の想いを。
無数の優しさの裏にたった一度の殺意を宿させた張本人を。
そして––––ゼダスという存在に『正義の味方』という願望を持たせた人を。
「母、さん………………」
まるで幽霊を見た様に呟くゼダスにフィーとシルフィードは驚きの余り、絶句する。
ゼダスを愛した者は、ゼダスという存在の過去を全て知っている。
つまり、母親––––イリス・アインフェイトの事も知っていた。
だからこそ––––此処に居る事を信じ難かった。
しかし、ゼダスがこの状況で嘘を吐くとも思えない。
だが、その人影が放った一言に確信を覚える。––––アレは、紛れも無い“本物”だと。
「ええ、久し振り、
その言葉と一緒に、無数の光弾が放たれた。
………色々と言いたい事があるかも致しませんが、前書きで記していた記念イラストです。なお、主人公では無い模様。某人気ランキング1位の方です。
【挿絵表示】
後から、活動報告にこの一年を振り返っての事に関してを投稿させて頂くので、そちらも一読頂ければ幸いです。
これからも読者の皆様、よろしくお願いします!