乱世の拳雄 作:GRU
第一節
その時、木場祐斗は完全に緊張の糸が切れていた。
主の制止も聞かず、街に飛び出したは良いものの、聖剣を探すには余りにも情報が無さすぎた。
魔剣を束ねる己であれば、目前にすればそれが聖剣か否かを判定するのは容易いであろう。
よしんばそれが判らずとも、教会関係者が放つ匂い―――敬虔故の神々しさと傲慢故の醜悪さの混じり合った独特の腐臭を、他ならぬ自身が嗅ぎ洩らす筈がない。
そう思って臨んだ探索であったが、成果は芳しくなかった。
自身の運と感を信じ、己と聖剣の因縁を信じた。
聖剣がこの街に在るならば、それは自分に破壊される為であり、復讐を果たすことこそ我が宿命であると信じて疑わなかった。
そうしてこの駒王町を駆けずり回ってみたが、果たして聖剣は信頼に応えてくれはしなかった。
思えば、聖剣に裏切られた最たる例が自分である。
今さらそんな縁にすがったところで、まともな結果が望めよう筈もない。
その程度のことで成せる復讐であれば、とうに遂げているに違いない。
根拠もなく、道理も通らない、屁理屈とさえ言えない様な理屈である。
だが、復讐を誓ってから初めてと言える聖剣とのニアミスは、赤龍帝である一誠によってもたらされたものであり、自身の何かが作用した結果ではない。
詰まりは、己の意思や行動とは無関係なところで偶発的に起きた事象であり、ここでの出会いは必然でも何でもなかったということであろう。
自身の魂の最奥に深く刻まれたこの復讐の念は、所詮一方通行でしかなかったのである。
雨に打たれてすっかり冷えきった頭で、漸くそこまで考えが至った訳であるが、さりとて久方振りに灯された怨念の炎は簡単には鎮火してくれない。
心の奥底でチロチロと燻り続ける残り火に促され、未だ彷徨を続けてはいたものの、そこに有った筈の緊張は既になかった。
最早惰性で歩き続けていた祐斗がそろそろ疲労を自覚してきた頃。
唐突に背後からおぞましい気配を感じ、反射的に前方へ跳ねる。
体勢を立て直して振り向いた先に居たのは、つい最近も見た記憶のある男。
フリード・セルゼンと言ったか。
以前会った時は堕天使達と行動を共にしていたが、形勢が悪いと見るや否やあっさりと逃げ出したはぐれエクソシスト。
かつては教会において天才の名を恣にしていたが、追放された今となってはただの暴力装置でしかない。
今も特に深い理由もなく、単に悪魔を見つけたからというだけの理由で己に刃を向けてきたのだろう。
それは良い。
元来が種族としても個人としても互いに相容れる事など有り得ない存在である。
この対峙は必然と言っても良いだろう。
問題なのは、奴の手に握られている剣だ。
あのオーラは間違いなく聖剣、恐らくは教会から盗まれたというエクスカリバーであろう。
聖剣というものは、誰にでも簡単に扱えるような代物ではない。
況してや、世に名高いエクスカリバー程の格ともなれば、かなり高い適性が必要になる。
罷り間違ってもフリードの様なゴロツキ如きがおいそれと振るえる筈がないのである。
だからこそ、かつて聖剣計画等という悪夢が存在し、自分という悪魔が生まれた。
だというのに、今目の前にある聖剣は間違いなく本来の輝きを放っている。
考え得る可能性は多くない。
フリードという男が、実はエクスカリバーに選ばれる程に高い適性を持っていたか、或いは。
まさにこれこそが、己から全てを奪い去った聖剣計画の成果なのではないか。
このタイミングでこの仕打ち。
よくよく自身と聖剣の縁は深く、捻じ曲がっているようだ。
一瞬で全身の細胞が沸騰しそうになるが、先程つけられた背中の傷によってそれも不発に終わる。
傷自体は浅いが、如何せんエクスカリバーによるものである。
悪魔たるこの身にとっては、それは致死性の毒を傷口から流し込まれ続けている状態に等しい。
更に、教会から派遣されてきた聖剣使い達によれば、奪われたエクスカリバーは3本。
未だ鞘に収まったままではあるが、フリードの腰にある2本の剣が恐らくそれであろう。
現状でさえかなり厳しい状況だというのに、あの2本を抜かれては生還すら覚束ない。
正しく絶体絶命の窮地である。
最早進退極まったこの身としては、敵わぬまでも抵抗し、聖剣の破壊に臨むしかない。
そう心に決め、いざ戦わとんとしたその瞬間、場にそぐわぬ穏やかな声が響いた。
「これはどういう状況なのかね。」
祐斗にとって、それが初めて聞いた豪圏慈という男の言葉であった。