乱世の拳雄 作:GRU
「逃げて下さい!」
本来であれば、圏慈の前に回り込んでフリードの攻撃を受け止めるだけの速力がある祐斗であるが、手負いの今ではそれは難しい。
咄嗟に祐斗が選んだのは、声であった。
己に白刃が迫り来る最中、その声を聞く余裕があるかは分からない。
もし耳に届いたとしても、正直なところ避難が間に合うとも思えない。
或いは、こちらに気を取られた結果、逃げるチャンスを失う事すら有り得る。
だが、それでも叫ばずにはいられなかった。
たとえ無駄であったとしても、何もしない訳にはいかなかった。
聖剣と祐斗に纏わる因果の輪に、無関係な命を加える事を肯んじられる筈が無いのだから。
果たして、声は届いた。
祐斗が望んでいた結果とは違っていたが、差し当り圏慈は祐斗を敵では無いと判断した様である。
左足を前にして半身となり、胸の辺りの高さまで上げられた左腕を前方へと伸ばす。
まるで正対する相手を招いている様にも見えるその構えだけで、圏慈に何かしらの心得がある事は十分に察せられる。
その招きに応じるかの様にして、フリードは全力で斬撃を放つ。
聖剣の加護を受けたフリードの一撃は、威力・速力共に凡そ人の域を超えている。
常人であれば見る事すら適わぬその剣を、圏慈はいとも容易く見切る。
差し出した左手の甲を刀身に当てて剣筋を逸らし、右足を一歩踏み込んで懐に入る。
目の前に迫った剣の持ち手を右手の掌で叩いて聖剣を弾き飛ばし、そのまま右手を振り抜いてフリードに背中を見せる。
そして圏慈の体が沈み、フリードに触れた様に見えたその刹那。
人と人がぶつかったとは到底信じ難い、凄まじい衝突音が聞こえたと同時、フリードの身体が弾き飛ばされる。
そのまま背後にあった電柱、更にその奥のコンクリート塀を悉く突き破り、民家の庭に倒れ伏すフリード。
当然意識などあろう筈も無い。
息はある様だが、手足があらぬ方向に曲がっており、一目見て分かる程度には重傷である。
見れば、圏慈の足元はアスファルトにヒビが入っている上、陥没までしている。
一体どれ程の 力があの瞬間に込められていたというのか。
尋常ならざるその光景に対し、祐斗は暫し呆然とせざるを得なかった。
動きだけを見れば、祐斗自身もどことなく見た事がある様な気がしないでもない。
確か、同輩たる塔城小猫も似たような動きをしていた事があった筈である。
所謂中国拳法と呼ばれる武技であろう。
尤も、今の技を見せられた後では、とても同じ枠内に収まるものとは思えないが。
「青年、名は?」
祐斗が呆けている間に、圏慈は構えを解き、平常な姿へと戻っていた。
不意を突くかの様な問いかけに、何とか平静を装いつつ応える。
「木場、祐斗。駒王学園の二年生です。貴方は?」
着ているジャージは駒王学園のもので間違いないが、如何せん学園内で見た覚えは無い。
あれ程老け……強も……大人びた外見の生徒は、祐斗の知る限りではいなかった。
或いは卒業生であろうか等と考えながら、こちらも問いを返す。
「豪圏慈という。三年生だが、この間転入してきたばかりだ。知らなくて当然だろう。」
表情から不審を読み取ったのであろう圏慈が、そんな注釈を加えて応える。
「先輩でしたか。いや、有難う御座います。お陰で命を拾う事が出来た様です。」
「なに、大した事では無いよ。地域住民としては、あの様な凶漢を放置しておく訳にもいかないしな。ところで……。」
圏慈は一度壊れた塀を見やると、そちらを指し示しながら改めて祐斗へと視線を向ける。
「そこは俺の家だ。上がっていくと良い。」
圏慈の声には、先程までの非日常感が微塵も含まれていない。
近くまで来たのだから寄っていけと、本当にただそれだけの意味しか込められていないかの様な口振り。
今の状況が日常の延長に過ぎない、そんな錯覚を起こしてしまいそうな響きと共に、祐斗の耳へ届いた。
雨は、まだ止まない。