仙人界蓬莱島。
それは嘗ての戦いで二つ存在した崑崙山と金鰲島の二つの勢力が一堂に集まる世界。
その新たな仙人界で教主となった楊戩の部屋に数人の人影があった。
「まだ師叔の居場所はわからねぇさ?」
「元始天尊様に千里眼で探して貰ってるけどサッパリッス」
顔に傷を持ち、独特の喋り方をする天化の質問に答えたのは太公望の霊獣だった四不象。
「僕の方でも探しているんだが足取りは掴めてないままだよ」
「流石、望ちゃん。サボるために真剣になってるね」
楊戩の言葉にニコニコとしながら同意したのは太公望と同期に仙人界入りした普賢。
「お師匠様に会いたいですね……」
「気まぐれで私達に心配をさせる辺り太公望らしいな」
太公望を師匠と慕う武吉に太公望の性格をよく知る太乙が苦笑いで答えた。
「しかし……姿さえ見せない師叔をどう捕まえるさ?」
「うーん……元始天尊様の千里眼や太乙様が作った索敵宝貝でも見付けられないからね……」
姿をくらました太公望をどう捕まえるか。
部屋に居た者達が頭を捻る中、何者かの声が部屋に伝わる。
「太公望の居場所を教えましょうか?」
「っ!申公豹!?」
部屋の窓から聞こえた声に反応する楊戩。
其処には最強の道士申公豹と申公豹の相棒にして最強の霊獣、黒点虎が居た。
「いつの間に来たんだ?全然気づかなかった……」
「フフフッそんな事より知りたくないんですか?太公望の居場所」
太乙の言葉に含み笑いをしながら問う申公豹。
「あーたは師叔の居場所を知ってるさ?」
「ええ、少し前に黒点虎の千里眼が彼を捉えました」
天化の質問に答えた申公豹はニヤッと笑う口を開く。
「彼は今、この世界には居ません。異世界に居ます」
申公豹の言葉に全員が目が点になった。
「そうリアクションを取りたい気持ちも解りますが事実なのですよ。彼は女禍が残した『外史』と呼ばれる世界へ行きました。黒点虎が彼の姿を捉える事が出来たのは太公望が外史へ行く直前でしたからね」
太公望が女禍の残した外史の世界へ行く前に少しだけ姿が見えたのは外史へ行くために力を僅かに解放したからである。
「そんな訳で今、彼を探しても見付かりませんよ」
申公豹は言いたいことだけを告げると黒点虎に跨がり、再度窓の外へ出て行く。
「なんで僕達にそれを教えに来たんだい申公豹?」
「簡単ですよ。太公望の思い通りに事が進むのが気に食わなかっただけです」
普賢の質問に答えた申公豹。
つまりは太公望に対する嫌がらせとの事だった。
「なるほど、いくら探しても見付からぬ訳だ」
申公豹がその場から離れようとしたと同時に部屋に女性の声が響く。
部屋の扉から姿を現したのは黒髪の美しい仙女『竜吉公主』だった。
「お久しぶりです竜吉公主……あなた、お体は大丈夫なのですか?」
現れた竜吉公主に質問する申公豹。
竜吉公主の両親が仙人同士のいわゆる純血種なため、仙人界の清浄な空気の中でしか生きられない。竜吉公主とって汚れた人間界の空気は毒のようなもので人間界に居ればすぐに吐血をしてしまう。
蓬莱島に来た後も香を焚いた浄室から出れば体調を崩してしまうのだが今の彼女は至って健康に見える。
「心配は無い。見よ」
そう言って竜吉公主が差し出した左手の薬指に赤い宝石の指輪がはめられていた。
「これは太公望が私の為に作ってくれた宝貝『聖空石』。これは私の周りに仙人界と同じ清浄な空気を作ってくれのじゃ」
「ご主人、僕達から逃げてる割には公主様の所には会いに来たんスね」
「さり気に心配してた事を片付けてから逃げてる気もするさ」
太公望がこっそりと竜吉公主に会いに行った事を意外に思う四不象に心配事を片付けたから逃げてる気がすると漏らした天化。
「兎に角、その外史って場所に居るんなら探しに行くッス!」
「元始天尊様にお願いしてみようよ四不象!」
バタバタと部屋を出て行く四不象と武吉。
「俺っちは皆に師叔の無事を報告してくるさ」
「そうだね、皆心配してたから望ちゃんの事を伝えなきゃ」
天化と普賢は仙人界の皆に太公望の無事を報告しに部屋を出る。
「よーし、私はその外史に行くための宝貝を作らねば!」
太乙は意気揚々と部屋を出て宝貝作りに向かった。
「では、私はこれで」
申公豹はやりたいことが済んだのかサッサッと帰ってしまう。
部屋には楊戩と竜吉公主が残された。
「まったく皆、落ち着きが無いんだから……」
「良いでは無いか。少し前までは太公望が居ないことで皆、沈んでいたが太公望の行き先が判った途端に皆、とびきり元気になったのだから」
溜息を吐いた楊戩だが竜吉公主は口元に手を添えて楽しそうに笑った。
「公主……一つお聞きしても良いでしょうか?」
「なんじゃ楊戩?」
竜吉公主に質問をしようとする楊戩。
「その聖空石は師叔が公主に贈られたんですよね?」
「うむ、最初は宝石部分だけだったのだが太公望が『身に着けておく装飾品にしておくがよい』と言うのでな」
楊戩の質問に答えた竜吉公主。しかし楊然には更なる疑問が浮かんだ。
「公主、それならばネックレスでも良かったのでは?何故、宝石を指輪に加工して『左手の薬指』にはめたんですか?」
重ねられた楊戩の質問に竜吉公主はサッと左手を右手で隠す。それと同時にカァーと竜吉公主の頬が赤く染まっていった。
「さ、さて……私も太公望の無事を皆に報告せねばな……」
顔を赤くしたまま竜吉公主はそそくさと部屋を出て行ってしまう。
「燃燈様に知れたら大事になりますよ……まったく」
楊戩は竜吉公主の想いを知りながら先程の質問をしていた。
燃燈道人とは、かつて崑崙十二仙のリーダー的存在だった仙人で元始天尊を凌ぐ実力の持ち主。
そして異母姉の竜吉公主を熱烈に敬愛してシスコン気味なのだ。
楊戩の頭の中では蓬莱島で行われる太公望VS燃燈の構図。
最初の人と呼ばれる伏羲の力を持つ太公望と崑崙山最強の仙人燃燈。
この二人が本気で戦ったら蓬莱島も無事では済まないだろう。
「アナタは居ても居なくてもトラブルの元ですね……太公望師叔」
楊戩は本日何度目かになる溜息を溢すのだった。
竜吉公主→太公望なのは、この小説オリジナル設定です