寂しい大地に人を探して   作:キサラギ職員

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アンケートというか聞き取り調査といいますか、地の文と会話文はいつも離して書くのですが本作はくっつけています。
読みにくいでしょうか?


4、襲撃者達と女達

 女はごく普通の格好をしていた。モダンなワンピースに洒落た婦人帽子を被っている様は、流行に乗った女性という感じである。ところが腰には軍刀。拳銃がぶら下がっている。

 物騒だなあと呑気な事を考えた松次郎だったがすぐに打ち消した。女性が堂々と武装して現れたのだ、尋常な心構えでは飲まれてしまうだろう。話術や詐術に長けているわけでもないので気を引き締めなくては。

 女は帽子をコート掛けに安置すると、部屋の隅にあった椅子に腰かけた。ピンと張った背筋と張りつめた目立ちが女を印象付けている。

 「さて最初に一つはっきりしておかなくちゃいけないねぇ。あんたが何者で、どこから来て、なんでノコノコと私たちのアジトに潜り込んだのか」

 「わかった。俺は長谷川松次郎。技師。出身は東京。どこからきたかと言えば近くにあるシェルターからだ。図書館に潜り込んだ理由はもの探し。これでいいか?」

 「フーン。残念だけど信用ならないねぇ。ここ一か月酷いことの連続でね。慎重にならざるを得ないのさ。私だってこんなの本意じゃないけれど場合によっては……」

 そういいつつ日本刀をしゅらりと引き抜く女。切っ先を松次郎の額に近づける。

 額に近づく凶器に、松次郎は冷汗が滴るのを感じた。恐怖に顔が歪む。

 「シェルターから抜け出してきた? バカ言うんじゃないよ! わざわざ安全な場所から抜け出してきて外うろつく輩がどこにいるってんだい! そうさ、野盗の類に決まってる。人の心もなく食い散らかす狼なんだろう!」

 女が激情した。日本刀の切っ先が今にも額を貫かんばかりに接近。さすがの松次郎も顔を限界まで後退させると必死に弁解した。

 「い、いやいや待ってくれないか! 俺はそんな酷い人間じゃない。抜け出すには理由があったんだ、できれば聞いてほしい。俺を殺す前に話くらい聞いてもらってもいいだろう。そこのロボットなら俺を殺すことくらい容易いはずさ!」

 「………言ってみな」

 女が日本刀を掲げたまま顎をしゃくった。

 下手に刺激すれば殺される。嘘をついてばれたら殺されてしまうだろう。

 松次郎は乾いた唇を舐めると頭脳をフル回転させた。ここは正直かつ真摯に伝えるしかない。

 「妹と、腐れ縁の友達がいる。核戦争直前にシェルターに入っただろうことはわかってるが、どこにいるのかはわからない。だから俺は探しに行く最中だったんだ」

 「妹ぉ? 両親は」

 「死んだよ。だから妹が唯一の家族なんだ」

 「……それで証拠は? 私、口だけ男は大嫌い」

 そうきたか。松次郎は何とか頭を回転させて文章を絞り出した。殺される不安で唇が震えていた。

 「写真がある………俺のポケットを探ってくれ」

 女が無言でポケットを探りネックレスらしきものを取り出した。ロケットペンダント。外国製の高価なもので槇菜も同じものを持っているのだ。女が蓋を開ける。中には松次郎とよく似た顔立ちをした快活そうな女の子。

 信じてくれるかくれないか。松次郎は胃がキリキリ痛かった。

 女はロケットペンダントと松次郎の顔をじっくり見比べると、やがてポケットに返した。疑いの目で。よほどひどい目にあってきたのだろうか。松次郎は想像することさえできなかった。

 「それでこの子を探す最中に強盗しに来たんじゃない証拠はどこにあるのさ」

 そう来たか。帽子もかぶってないのに脱帽したい気分。ならば別の条件を提示するべきである。松次郎は、おそらく彼女たちが持っていないであろう財産を一応名目上であるが保有している。

 改めて突きつけられる刀を避けようと顔を傾けつつ。

 「証明できない。なら、交換条件だ。俺のいたシェルターをやる。ただし場所と開け方入り方は自由と引き換えだ」

 「ほう?」

 女の目がぎらりと光る。しめた。松次郎は心の中で喜びの舞いを踊った。

 「シェルターがいらないなら殺せばいい。欲しいなら、今すぐに解放するべきじゃないのか」

 と、震える歯をぐっとこらえながら言ってのける。荒事に遭遇したこともなければ暴力沙汰さえ無縁の人生を送ってきた。心臓が壊れるほど脈打っていたし、呼吸も下手すれば過呼吸に陥りそうである。けれど弱気ではイニシアチブを取れない。強気に出た。

 女は刀を引込めると鞘に納めた。いやらしい笑みと共に。

 「私、取引のきく男は好きよ。解放してあげる………ただし、Mr.ロビーが監視係につく」

 「誰だ?」

 「あいつ」

 女は壁際にいるロボットを刀の鞘で指し示した。Mr.ロビーと呼ばれたロボットはがしゃこんがしゃこん歩いてくると威嚇するように照明をちらつかせる。名前があったのかという驚きと共に逃げ出すような真似ができないことを認識した。ロボット相手に殴ろうが蹴ろうが効果などない。逆に頭を吹き飛ばされるだけなのだ。

 Mr.ロビーはカメラで松次郎をじっと見る。穴が空くほど。マニュピレータが持ち上がると松次郎の頭にぴったり照準した。

 「ほら立ちなよ。もたもたしてないでシェルターへ案内して………」

 女がかがむと拘束を緩めた。刹那、衝撃と共に建物が軋む。女は拘束具を解くその手で受け身をとりつつ転んだ。すぐさま立ち上がれば靴で地面を叩いた。ギリギリと歯ぎしりをして。

 「感づかれた!? あいつら、野犬のようにずるずると追いかけてくるなんて……ちょっと、松次郎。あんたも戦いなさい。さもなくばひどい目に合わせるわ」

 「は? 戦うって、誰とだ。詳しく話をしてくれないとまるで意味が分からない!」

 松次郎はのっぴきならぬ事態になっていることを悟り慌てて立ち上がって説明を求めるも女は首を振るだけ。説明らしい言葉を吐き出しながら腰に佩いた刀を押し付けて自分はリボルバーを取る。

 「私たちを辱めて捨てた屑どもがやってきたってこと。ホラ、武器は渡しておくわ」

 「銃は、銃はないのか! 俺は刀なんて使ったことが」

 「日本男児たるもの刀一本で敵を仕留めて見せなさいよ! 凄腕ともなれば銃なんてお茶の子さいさいらしいじゃない頑張んなさい」

 「俺は宮本武蔵じゃない!」

 松次郎は無謀な戦いを強要されてむっと眉に皺を寄せるも、Mr.ロビーの腕が照準されるのを見ると、ヤケクソになった。部屋から飛び出す女の後をつけて走り出す。

 遠くから――否、すぐそばから銃声が聞こえてきた。

 二階から一階に降りると、玄関で激しい銃撃戦が始まっていた。片や女だらけの集団。片や女もいれば男もいる集団。松次郎は女だらけの集団側にいた。女がやってくるなり皆が一斉に振り返った。やはりというか、女はリーダー格だったらしい。

 「藤原さん! ミー子が撃たれました!」

 長い黒髪をした色気のある年頃の少女が、すぐ傍らにばったり倒れている少女を庇いつつ応戦していた。黒髪の少女は怪我した友人の様子を見ながらも手に持ったリボルバー式ライフルを操作して弾を撃ち出す。リボルバー式ライフルは普通のライフルより遥かに連射が効くがガスを逃がさないためのカバーをいちいちかぶせる操作があるので複雑な操作が要求される。

 ミー子と呼ばれた少女は肩に弾を受けてぐったりと床に倒れておりうめき声をあげていた。

 女は障害物である柱の陰に華麗な前転で滑り込むと腕だけ出してリボルバーを全弾撃ち尽くす。日本刀しか武器のない松次郎は姿勢を低くして頭を刀の鞘で守りながら後に続いて柱に転がり込んだ。すぐそばを弾が通る。カキューン、とコミカルな着弾音。

 「藤原とか言ったな! あいつら何ものだ!」

 銃声に負けじと松次郎が叫ぶと、藤原はリボルバーから薬莢を捨てて次の弾を込めつつ大声で返答した。

 「さあ知らない! どこからともなく出てきて女をヤッて捨てる腐れ外道共よ! 捨てられるだけじゃない。殺しもやってる! だから私たちは逃げてきたの!」

 「そんな連中、いるのか!?」

 松次郎には俄かに信じがたいことであった。なまじ平和な人々を見て接してきただけに、悪事に身を染める人間が大勢いるなんて信じたくなかった。しかし、現実として敵は銃を撃ってきている。

 「いるのよ! 警察も軍隊もないから好き勝手やってやろうって連中はそこらへんに大勢、ね!」

 弾を詰め終わった藤原は柱から身を乗り出し敵に向かって撃ちまくる。リーダー格だけあって怖がる素振りの一つさえない。全弾を撃ち尽くすと再び柱に隠れた。スカートを捲り上げて別の銃を取り出す。ちらり覗く健康的な腿。手渡されたのはリボルバー。銃身を握り松次郎に押し付ける。藤原の鋭利な瞳が松次郎という男を見定めようとさらに鋭さを増した。

 「使いな! あいつらと同じ外道じゃないというなら!」

 「ああ、くそったれ。こんなことならシェルターにいた方がましだった!」

 松次郎は見よう見まねでリボルバーを柱の陰から撃ちまくった。反動で銃がぶれる。敵にあたったかもわからず弾を使い切ってしまった。濃密な硝煙にむせる。

 「弾を!」

 「これを使ってください!」

 黒髪の少女が手でメガホンを作りながら何かを投げた。手で取れず、腕と胸で受け取る。それはボウガンだった。もしかして図書館に入った時に狙ってきたものかもしれない。次に黒髪の少女は矢の入った筒を投げた。それに反応したのか銃弾が集中するも壁に穴を作るだけ。

 松次郎は、ボウガンの使い方くらいは知っていた。少女に向かい感謝を述べようとしたが、すでに少女はライフルの弾詰め作業に移っている。声をかけるわけにもいかずボウガンの弾を装填に着手した。レバーを筋力で引いて矢を乗せる。照準器で狙おうと柱から顔を覗かせた。数cm横を弾が通る。風を切る高音を耳にして恐れが生じ思わず隠れてしまう。

 ロケットペンダントをポケットの上から触って存在を確かめると、深呼吸をする。

「まさかこんなことになるなんて思いもしなかったよ。槇菜、ごめんな。お兄ちゃん死ぬかもしれない。だけどやらないとやられる。……お兄ちゃんやるよ」

 恐ろしい。もし顔面を弾が直撃すれば死ぬ。最愛の妹にも、夢を語りあった親友とも、顔さえ見ずに、安否確認さえできぬまま、死ぬかもしれない。その恐怖で指が震えて吐き気さえする。その様子を藤原が横目で意識しているとは知らない。

 松次郎は、頬を自分で張った。覚悟が決まった。

 「これでも食らっとけ!」

鉄筋むき出しの柱から身を乗り出し、敵目掛け照準、撃つ。留め金が外れ矢が弾丸かくやという速度で空間を飛翔する。それは、射撃の才能が常人並の松次郎に針の穴にラクダをねじ込むような奇跡を与えた。矢は見事、悪党の頭部を射抜いた。

 


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