切り裂きジャックの孫   作:猫つまみ

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始まりの物語

 ――切り裂きジャックという人物をご存知だろうか? 

 

 1888年、英国ロンドンで女性数人を惨殺し、英国全土を恐怖に落とし入れた伝説の連続殺人鬼と呼ばれている。

 未解決事件の代名詞としても、今も尚語り継がれている。

 

 けれど、その切り裂きジャックに孫がいたらどうだろうか?

 

 切り裂きジャックが切り裂いたのは、肉体ではないとしたら?

 

 ――ジャックに後継者がいるとしたら、どうなるのだろうか?

 

 

 これは、そんなあり得ない出来事のお話。

 

 □□□■■■

 

 ーー大地は光りに溢れ、照り付ける太陽は何時までも眩しい。

 

 終わりの見えない壁ーー歩けど歩けど、先の見えない壁ーー数多の研究者が壁の終わりを探そうとした。けれど、地平線の彼方すら足元にも及ばない程に長く続く壁は、終わりを見つける事が出来ないままだった。

 

 高く、太陽さえも通る事を許さない壁は、到底登る事は出来なかった。

 

 そんな壁に囲われた世界ーー何時しか人々は、太陽を独り占め出来る世界だと認識し、その太陽を女神の灯りにちなんだ敬意と親しみを込めて、こう呼んだ。

 

【エデン】

 

 これが、人々の願望や希望から生まれた世界の名である。

 

 

 

 

 

「ふわあー。マジで眠い」

 

 半目の状態のまま大きなあくびをした少年は、窓の外を眺めていた。

 

 鳥や家畜の鳴き声がこだましながら、空気を伝って聞こえてくる。

 風が森林の木々を揺らし、ゆったりとしたメロディーを奏でていた。

 

「授業つまんねー……」

 

 蚊の鳴く程の声量だったのだが、目の前の席の少女には聞こえてしまったらしく、一瞬だけチラ見されてしまう。

 

(こんなに日差しが強いと、眠くなるのはしょうがないよなあ。何たって、春だしさ。それに……俺だけじゃないみたいだしな)

 

 少年は自分の席から、教室全体を見渡した。

 

 容赦なく教室へと侵入してくる春の日差しには勝てないらしく、少年と同様に数名の生徒はその暖かさに眠気を誘われ、目がトロンとし始めていた。

 

 誰もがダレ始めていた時、終わりを告げるチャイムが鳴る。

 その音を皮切りに、窓際でうとうとしていた生徒ですら目がパッチリと覚め、各々が楽な体制を取り始めた。

 

 

「おや。もう授業が終わる時間ですね? それでは、今日はこの辺で終了しましょう」

 

 短めの黒髪に黒縁眼鏡という、何とも地道路線を貫いている教師だった。

 細見だがそれなりに背は高く、食えない表情から優男というよりも意地悪……そんな言葉が似合いそうな表情をしていた。

 教壇の上の教材を片付け、「皆さん。今日は、さようならです」と、微笑みながら教室を出ていった。

 

 

 

 午後3時を回った時、何人かの生徒が自分の鞄へ教科書をしまい、そのまま帰って行く。

 

「タクマ君。帰ろう」

 

 少年が鞄に教科書をしまっている最中、前の席の少女が明るい声で、ウサギのバッグを背負いながら話し掛けて来た。

 

 タクマと呼ばれた少年の幼馴染みの少女である。

 

「ん? そうだな。マリアは、友達と帰らないのか? まさか……虐められて!?」

 

 同年代の女友達もいる筈なのだが、その友達と帰らずに自分と帰る事を選んだマリアの事が心配でたまらないらしく、タクマの中では何かおかしな出来事が組み立てられていた。

 

「え? ち……違うよ!? 皆仲良くしてくれてるよ?」

 

 まさかタクマがそんな事を言い出すとは思わなかったマリアは、慌てて首を振った。

 

「そうなのか? なら、良いけど……」

「ううん。心配してくれてありがとう」

 

 本当は遊びたい気持ちを堪え、窓の外に見える生徒の背中を寂しそうに見送る少女の髪は、夕日に近い太陽の光を浴びて、赤々と燃えている様にも見える。

 タクマに笑顔を向ける少女は紅色に近い赤紫の髪を腰まで伸ばし、髪と同じ色の大きな瞳を瞬きさせながら、鞄に教科書をつめるタクマの手伝いをしていた。両サイドで少量の髪を縛っていて、時折それが動いていたりもした。

 

「皆お家がこの村にある訳じゃないから、遊んで帰ったりすると、遅くなっちゃうし……」

 

 正面門では親が馬車で迎えに来ているらしく、タクマの視界の中にいた生徒達はそれに乗って帰っていった。

 馬車を使って帰るしかなく、遊ぶ事さえも許されない。

 

 魔物は夜になると、昼間以上に活発に活動をする。中には、突然変異や並みの人間が太刀打ち出来ないであろう魔物もいる。

 日が暮れる前に安全な家の中に入らなければ、死ぬ可能性すらある。

 冒険者を雇えば早いのかもしれないが、冒険者とて無限にいるわけではない。敵わない魔物もいる。

 何よりもお金がかかる為、普通の家庭ではまず冒険者を雇うよりも早く帰らせる事……だった。

 

 そんな理由もあり、マリアと遊んでいる暇がない生徒達は、馬車で慌てて帰るしかなかったのだ。

 

 

 

 これが、今タクマがいる世界の現状(在り方)だった。

 

 

「私達も帰ろっか?」

 

 白く細い指を動かすマリアだったが、ふとタクマから感じる視線に気付くも、直ぐに目を反らされたので首を傾げるだけだった。

 

「……ま……」

「ん? なあに?」

「な……何でもない!」

 

 タクマの目線の先ーーそれは、マリアの胸囲だった。マリアが全身を動かす度に、髪と共に大きな胸が揺れてしまっていた。

 タクマ以上に幼い顔立ちなのだが胸だけは大人顔負けらしく、少量の仕草でもそれに合わせて揺れてしまう。

 ついついそこに目が行ってしまうタクマは煩悩を払い除ける為に、首が千切れんばかりに左右に振り続ける。

 

「よ……よし、マリア。俺達も帰ろう」

「うん」

 

 タクマとマリアが廊下を歩く度に友達が「また明日」「ラブラブだなー」等と、挨拶に混じった冷やかしを笑いながらタクマに向けていた。

 

「うるせー! とっとと帰れよ!」

「タクマ君。何時も人気者だねえー?」

 

 ゆでダコ状態さながらのタクマは茶化す友達に握り拳を見せながらも、これが当たり前の日常なのだと、腕を組みながら頷いていた。そんなタクマの隣ではマリアが微笑んでいた。

 

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