何の前触れもなく具現化していた鋼の騎士――ゴーレムは、右手に銀色の剣を持っていた。
その剣は巨大な身体を持つゴーレム用に造られているらしく、タクマの持つ小枝とは比べ物にならない程に大きかった。
手に持っている即席の武器……ただの木の枝では到底勝てないと踏んだタクマは、マリアにある物を持ってくる様に頼んだ。
「マリア! 俺の家から【生魂(ルーンソード)】持って来てくれ!」
持っていた木の枝では効果がないと分かってはいても投げずには要られなかったのか、ゴーレム目掛けて投げつけた。
蚊の鳴く音よりも遥かに小さな音だけが、ゴーレムの身体をかすめる。
「わ……分かったわ。タクマ君、怪我しないでね?」
タクマの言う【生魂(ルーンソード)】に心当たりがあるらしいマリアは、ゴーレムに自分の存在を気付かれない様に小屋を出て、何処かへと走っていった。
「……まさかここで、そないな名前聞くとはな。はは。無理矢理家出して来た甲斐があったっちゅうもんや。おい坊主! お前その武器は扱えるんやろな?」
ヨシュアの問いに迷いなく頷くタクマを見て、その武器が到着するまでの時間稼ぎ……という訳ではないが、少しでも戦力が欲しい今は、その言葉を信じるといった様に不敵な笑みで返した。
「ほんなら、俺らもしっかりやらんとな? ……切り裂く者の意味に恥じぬ様にな」
右手を強く握ると、真紅に輝く魔法陣が音もなく現れた。
真紅の閃光は雷をまとい、手を広げると魔法陣が浮かび上がる。
そしてその陣に手を突っ込むと、そこから長細い何かが姿を現した。
「これが、俺の武器……【魂槍(リッパーランス)】や」
全体的に長細いそれは、取っ手の部分は炎の様に赤く、ゴーレムへと向けられた部分は銀色の十字架の様になっていた――槍だった。
ヨシュアは槍を肩に担ぐと、呼号した。
「ええか!? あくまでも、あの剣がくるまでの時間稼ぎや。せやけどこの【魂槍(リッパーランス)】は、この世界じゃ、本来の力を発揮できへん! 何時まで持つか……」
ゴーレムはその槍を危険な物と察知したらしく、一度目の光を強調するかの様に点滅させた後、ヨシュアへとその巨体を走らせた。
「うおっと! そう簡単には、くたばらへんで?」
槍でヨシュアよりも遥かに大きく重たいであろう大剣を受け止める。
その衝撃として小さな突風が起こったが、ヨシュアもゴーレムもそれをもろともせず、互いの武器のぶつけ合いを始める。
「やっぱりゴーレムっちゅーんは、こうでなくちゃ……な!」
ゴーレムが突き破ったであろう馬小屋の屋根は、殆ど原型をとどめていなかった。
微かに残っていた屋根に飛び移ると、ゴーレムと目線が同じ高さになった。
「正直、この武器でお前を倒せれる自信なんか、何にもあらへん……せやけどな? 【生魂(ルーンソード)】って聞いたら、時間稼ぎたくなるやろ!」
疾風の如く屋根を蹴りつけると、長い真紅の髪が一気に後ろへと引き釣られた。
槍を空中で器用に回し、屋根から跳躍するとゴーレムよりも高い位置に到達した。そして、ゴーレム目掛け自分の身体ごと突っ込んで行く。
(……っ! ゴーレムって、何だよ。あんな魔物見た事もない。トロール程度なら倒せるけど、あれは……あの力の使い方も分からない俺じゃ、こいつは倒せない!)
手のひらは汗ばんでいた。トロールがこの世界では余り強くない魔物なのは知っていた。だからこそ、1人でも倒せたのだろう。しかし、このゴーレムという魔物は未知の魔物。自分よりも経験を積んでいるであろうヨシュアですら、太刀打ち出来るか怪しいと宣言していた。
そんなヨシュアは直ぐ目の前で、目にも止まらぬ速さで次々と攻撃を繰り出し応戦している。そしてあの巨大で、そのスピードに付いて来るゴーレム。
どれを取っても、今の自分では無理だ。そういった劣等感さえ感じてしまったタクマは、拳を強く握るしかなかった。
「……悩む暇があるなら、君の成すべき事を探せば良いよ。あの剣……【生魂(ルーンソード)】が到着したら、君の本領発揮なんでしょ?」
タクマの内心を読み取っているかの様に見つめる。そんなサクヤは、優しく美しい微笑みをしていた。
「え?」
まさかそんな事を言われるとは思っていなかったタクマは、すっとんきょうな返事をしてしまう。
「……べ、別に君を認めたとか、そんなんじゃないよ」
耳まで真っ赤になってそっぽを向く。そんなサクヤに驚くが、サクヤなりの優しさなのだろうと感じたタクマは、ありがとうと言おうとしたのだが……
「タクマくーん!」
マリアの声によって、それはあえなく却下となってしまった。
「はあはあ。マヤお姉ちゃんに許可貰ったよ。はい」
息を切らしながら、鞘に収まったままの剣を渡す。
渡された剣を笑顔で受け取り、直ぐ様抜刀した。
タクマの用いる剣はヨシュアの槍よりも細く、そして刃の部分が、炎を纏っているかの様に深紅を帯びていた。
全体的に普通の剣よりも細く、そして長い。
冒険者が使用する剣は大抵刃の部分が太いとされており、持つ部分もその刃の太さに合わせてあり、タクマの様なまだ筋肉が出来上がっていない者は、両手で握らなければ持てない程に重いのが一般的な剣とされていた。
けれどこの剣……生魂(ルーンソード)は特殊な造りの剣だった。
ボヤけながら赤々と色を付けた剣は、振りつける度に『ブォン』という、奇っ怪な音を奏でていた。
「これなら、あれに対抗出来る!」
刃先を空に向けて高々と剣を挙げる様は、とても幼さの残る少年とは思えない程に勇ましかった。