降りしきる豪雨の中、誰もいなくなった村の中心部にたたずむタクマは睨み、黒ずくめの男はひょうひょうとしていた。
「……何だ坊主? 何か言いたそうだな?」
雨音のせいで上手く聞き取れないらしく、タクマは馬小屋を指差しそこへ誘い込む。
馬の鳴き声と動物の匂いが充満する馬小屋で、タクマは馬の胴体を優しく撫でながら隣にいる男性に質問を投げ掛ける。
「あんた……何者だ?」
「んー……しがない紙芝居師じゃ、ダメか?」
のらりくらりとかわ交わす男性にカチンときてしまったタクマは、馬が驚く程声をあらげた。
「ふざけるな! あんた……あの話……ロン何とかって街の事は架空なんだろうから置いておくけど……」
「うん? 街……あー、まあ、それで良いならそう思ってくれ」
「……? あんた、本当に何者なんだ?」
「さあな? で、タクマ君が知りたいのは、それじゃねえだろ? ってか、あんまり大声出すと馬がびっくりするだろ? 馬の視野は……」
何故タクマの名前を知っているのか……それすらも今のタクマには、考える事が出来ない状態になっていた。
頭に血がのぼる感覚すら覚え、全てをぶつけてしまう。
「どうして、切り裂きジャックの話なんだよ! あれは、俺の両親が作った架空の話の筈だ!」
「あのなあ? こんな話、誰でも思いつく……」
「切り裂きジャックなんて、そんなの思い付くのかよ!?」
黒ずくの男性の服を怒り狂った形相で掴む。
掴まれた男性は態度を変える事なく、タクマを見下ろしていた。
男性の身長はタクマの頭1つ分程高く、タクマよりも薄いミルクチョコ色の髪と瞳が、優男という雰囲気を表に出していた。
「まあまあ、落ち着けや。お前さんが切り裂きジャックについて、何処まで知ってるのかは知らねえけど……」
タクマの頭を優しく撫でる姿は、優しいお父さん。そう思えてしまう何かを、この男性は持ち合わせているのだろう。
タクマ自身、つい先程まで怒っていた事を忘れてしまうかの様に、自然と怒りが収まっていた。
「悪いな。今は、それに答える事が出来ないんだ。でも、切り裂きジャックはいる! それは確かさ……」
「え? それって……」
男性は服に付いた水滴を手で払いながら、降り止まない雨をじっと見ていた。
「……もうすぐ俺の孫が、ここに来るだろうさ。あいつは……の事になると、頭に血がのぼるからな」
男性の声は、少しずつかすれていった。
タクマはそれを証明するかの様な感覚……意識を失うという感覚に見回れる。
「タクマ君。君の持つあの力は、誰にも見せない方が良い。この世界では、異質な存在とされちまう。俺の……を、宜しく……な?」
男性の声は子守唄かの様に聞こえてしまい、タクマの瞳は閉じていく。
薄れゆく意識の中で「何時かまた会えるさ」と、微笑む男性の姿は細く暗くなり、やがてタクマの目前から消えた。
「……君。タクマ君!」
「……んー?」
タクマを揺さぶる少女の髪が顔にかかり、くすぐったさで目を覚ます。
タクマは眠い目を擦りながら、眠る脳を無理矢理起こすかの様に、頭を左右に振り付けた。
「あれ? マリア?」
「もう! あれ? マリア? じゃないよお~。何時までも帰って来ないから、心配になっちゃったよ」
豪雨はなかったかの様に晴れていて、太陽の代わりに月が顔を出していた。
「馬小屋で寝るなんて……お馬さん困ってるよ?」
マリアの比喩なのだろう。馬を見ても何も変わっていないかの様に4本脚で立ちながら、タクマの存在を気にする事なく餌を食べていた。
「……馬が困るって……まあいいや。俺、何してたんだろう?」
馬の餌である草の上で寝ていたらしく、服が草まみれになっていた。マリアが気遣って後ろの草を払い退ける。
「紙芝居屋さんと、お話してたんじゃないの?」
「んー? ……ダメだ。何も思い出せないや……止め止め」
深く考える事をしないのか「まあいいや」と、首を振って家へと帰っていく。
そんなタクマの姿を、世界樹の枝に器用に登った男性が見守る様に、タクマの姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。
「……この村だったな。【漆黒の世界】の切り裂きジャックが唯一繋がりを持つのは……その繋がりが、自ら顔を出した……のか?」
腕を組む男性の髪はミルクチョコの色を残したまま、月の光を浴びた部分だけが黄色く染まっていた。
ーー強く、とても強くて気高ささえ覚えてしまう程の風が、男性を一瞬にして包む。
強風とも言える風が世界樹に吹き荒れ、葉がヒラヒラと月明かりにてらせれながら緑や黄色へと、色を変えていく。
その風が止むと……男性の姿は、何処にもなかった。
月と星光だけが世界樹を照らす輝きとなって、そこには初めから誰もいなかったかの様に、フワフワと葉が揺れていた。