入学三日目昼休み。
達也と深雪は七草真由美に呼ばれ、生徒会室で昼食を食べることになっていた。
「で、なんでお前もいるんだ?兵部」
「つれないなぁ。別に俺がいたっていいじゃないか」
達也たちより先に真っ白な少年、兵部惣介が席について、生徒会メンバーと談笑していた。
「私が誘ったのよ。達也君。さあ、掛けて掛けて。お話はご飯を食べながらにしましょう」
真由美がそう言って指し示したのは会議用の長机。
達也は上座に深雪を座らせ、自分はその隣、下座に座った。
達也の右隣には兵部が座っている。
「あーあ。せっかく女子率高めの部屋で、ハーレム気分で飯が食えると思ったのに野郎の隣で飯を食うことになろうとはなー」
達也が席に着くや否や、兵部はわざとらしくそう言った。
「俺も好き好んでここに座っているわけではない」
「ハハ、冗談だよ。真面目にとらえるなって」
そう兵部と達也が軽口を叩いていると、真由美が話を切りだした。
「入学式で紹介されましたけど、念の為、もう一度紹介しておきますね」
真由美が紹介したメンバーは三人。
クールな美人といった印象の、会計・市原鈴音(通称リンちゃん)。
ボーイッシュな雰囲気の、風紀委員長・渡辺摩利。
小柄で童顔の、書記・中条あずさ(通称あーちゃん)
紹介をしているうちに食事の準備ができ、料理がトレーに乗って出てきた。
合計六つ。
「ひとつ足らなくないですか?」
「私はこれがあるからな」
摩利がおもむろに弁当を取り出しながら、兵部の質問に答えた。
「そのお弁当は渡辺先輩がご自分でお作りになられたのですか?」
「そうだ。……意外か?」
摩利は深雪にそう尋ねられると、意地悪くわざと答えにくいような質問を返した。
しかし、達也は摩利の指を見てから、深雪が答える前に言葉を返した。
「いえ、少しも」
「……そうか」
達也のその反応を見てから、兵部も摩利の指先を観察する。
そして、推測の結果、ある結論に達する。
「もしかして渡辺さん、彼氏いるんですか?」
「……摩利、もう下級生にバレちゃったわねぇ」
真由美がニヤニヤしながら摩利に話しかける。
「……ああ、いるぞ」
摩利は少し顔を赤くしながら、兵部の質問に答えた。
「マジかよ。この中だったら渡辺さんが一番タイプだったのになー」
兵部は棒読みでそう言った。
しかし、実際は…
(渡辺さんはSっ気があるが、押しに弱そうだな。隠れM気質か?)
などとよくわからないことを考えていた。
「えー、兵部君、お姉さんには興味ないのかな?」
「うーん。僕は七草さんより、市原さんのほうがタイプかな」
「ありがとうございます」
鈴音は動じず淡々と礼を言った。
このときも兵部は……
(冷たい……これが本物のSか)
とやはりどうでもいいことを考えていた。
それからしばらく司波兄妹のシスコン、ブラコン疑惑などの話題で盛り上がり、ようやく話の本題に入ることとなった。
本題の一つ目は司波深雪の生徒会への勧誘であった。
ここでも深雪のブラコンぶりが炸裂して、兄を生徒会にねじ込もうとするなど一悶着あったが、無事、深雪の生徒会入りが決定した。
「次、私からだ」
摩利がおもむろに手を上げる。
「兵部、お前に教職員推薦で風紀委員入りの打診が来ている」
「マジすか。居残りがあるような仕事だったら遠慮したいんですけど」
「大丈夫だ。放課後に巡回に出てもらうことはあるが、そう時間のかかるものじゃない」
「なら、いいですよ」
兵部の第一目的は魔法理論の勉強。
その妨げにならないのであれば、どんな仕事でもどうでもいいことであった。
「よし。あとは風紀委員会の生徒会推薦枠が一枠余っているのだが……」
「それはまだ人選中だと言っているじゃない。摩利、そんなに急かさないで」
「生徒会と違って、風紀委員は生徒会推薦枠に二科の生徒を選んでも規定違反にはならない」
「摩利、あなた……ナイスよ!」
そうして(その後も一悶着あったが)司波達也の風紀委員入りが半分決定した形になった。達也自身は乗り気でないようだが。
「よかったな、達也」
「……どこがだ」
「拗ねんなって」
「黙れ兵部」
---
兵部惣介の魔法師としての資質はまさに桁が違う。
しかし、兵部が目指しているものは、研究者や技術者などの類であり、強力な力を持つ兵器になろうなどという気はサラサラない。
夕食後、兵部は自分のCADを調整、もとい改造していた。
兵部は市販のCADを扱うことはない。
いわゆる自作CADだ。
まだまだ、魔法理論に関する知識不足から、起動式の調整などは難しいが、それ以外の知識、機械工学やプログラミングなど魔法とは関係ない一般の専門知識は博学であった。
ゆえにCAD本体の調整は兵部にとっては朝飯前なのだ。
「……こんなもんかな?」
兵部が作ったものは単純だ。
体から離れて、飛行するCAD。
脳波感応型ドローンにCADを乗せただけだが。
何の役に立つかは兵部の頭にはない。
そこにあるのは純粋な興味だけだ。
「大体3mってとこかな」
自身の周囲、半径3m以内に飛んでいれば、問題無く魔法を発動させられることがこれでわかった。
そして兵部は次の実験に移る。
もうひとつドローンCADを飛ばした。
「さて、どのくらい離したらサイオンが干渉せずに同時操作できるのだろうか」
まだまだ魔法工学の分野は発展途上。
現代のエジソンはここから生まれるのかもしれない。
---
「こんばんは、師匠」
「やあ、こんばんは、達也くん、深雪くん」
達也、深雪は九重八雲のもとに訪れていた。
「それで、今日は一体何の用かな?」
「実は、師匠のお力で調べていただきたいことがありまして。兵部惣介という人物についてです」
そして、達也は兵部の先天性スキル、強大な魔法力など自身の知りうることを全て話した。
「到底、ただの一般人とは考えられません。兵部が何のために第一高校に入ったのか、何を目論んでいるのか、お分かりになりませんか」
「もちろん、その程度のことは調べられるけど」
達也の要請に八雲はあっさりと頷く。
「俗世には関わらないようにしているんだけどねぇ。まあいいか。彼の両親については知っているかい?」
「いいえ」
「彼の父、兵部誠一は魔法師ではない。量子力学の分野の研究者だよ。そして彼の母、兵部美里は魔法による量子制御の研究をしていた。魔法師としての才能はあまりなかったみたいだよ」
「……ということは兵部は突然変異、ということですか?」
でもね、と八雲は付け加える。
「兵部誠一、兵部美里、それぞれの両親はA級魔法師なんだよ。どちらも魔法師の家系に生まれながら、魔法の才がなかった落ちこぼれというわけだね」
「隔世遺伝ということですか」
「まあ、それにしても突然変異であることは間違いないけどね」
「しかし、あれほどの才があってなぜ名前が知られていないのでしょうか?」
「両親は魔法師の家系だからね。できそこないの息子、娘からでも才ある子が生まれたとなれば、必ず引き込もうとする。それを恐れて彼らは惣介くんの魔法の才能をずーっと隠してきたんだ。幼少期は惣介くんが魔法に興味を持たないようにもしていたみたいだね。すると、さすがは研究者の子とでも言おうか、彼は数学や理科に関心を示したんだ」
そうして九重八雲により、兵部惣介の半生が語られた。
数学、理科に興味を示した兵部はみるみる知識を吸収していった。
瞬く間に小学校、中学、高校と飛び級していき、ついには15才で世界のトップスクールであるカーマニア工科大学を卒業。
しかし、15才の秋、彼の転換期が訪れる。
家族でドライブ中に衝突事故、兵部惣介は自身の能力で助かったものの、両親は死亡。
このとき、彼の魔法に対する蓋は取り除かれた。
当時、魔法に対する知識はゼロに等しかったが、持ち前の頭の良さでたった一ヶ月という対策期間で国立魔法大学付属第一高校に合格した。
「つまり、ただの天才、ということですか」
「そう。ただ魔法に対する知識欲だけで第一高校に通っているということだね」
達也は、汚い世界に居すぎたかな、と少し反省し、ただ純粋な気持ちで勉学に励める兵部を少しだけ羨んだ。