それが、新しい僕の名。
二度目の生を受けた僕を冠する、二つ目の名前。
昔とはまるで異なるその名前に、最初はどうにも慣れなかった。
名を呼ばれても、自分が呼ばれているのだと理解するまで時間を要することが多々あった。
何か偽名を使っているようで、むず痒い思いをしたのも記憶に新しい。
それでも両親に不審に思われなかったのは、不幸中の幸いだろう。
少々利口過ぎる子だとは思われていたようだったが、そういう子が僕以外に居ないわけではないのだ。
そんな僕が、ようやく自分を「雅人」であると普通に認識できるようになったのは、小学生になってからの事。
過去の記憶を持ち続けている僕にとっては二度目となる小学生生活だが、しかし子供の僕は年相応に期待していた。
買ってもらった新品のランドセルに、子供らしく喜びはしゃいだりもした。
……まぁそのようにひとしきり喜んだ後、そんな子供っぽい反応をした自分に恥ずかしくなったわけだが。
「良かったわねぇ雅人。普段大人しい雅人がそんなに喜ぶなんて、よっぽど嬉しかったのね」
「う、うん……まぁ、ね」
暖かな母さんの視線から逃れるように、わざとらしく目線を逸らす。
柄にない行動に恥じらいを覚えたのは当然だが、同時に僕はそんな優しい母さんを自分の親と認識し始めていた。
勿論、今は仕事で居ない父さんだってそうだ。
ただの他人にしか思えていなかった彼らに、家族としての愛しさを僕は感じ始めていた。
それが何となく「以前の両親」に対する親不孝のようで心苦しかったが、しかしそんな自分に安堵していた。
贔屓目抜きにしても優しくて愛に溢れる彼ら両親を、両親と見れずにこれから生きていくなんて考えたくなかったのだ。
かつての歯車としての僕は、すでにこの世には存在しない。
だからこのかつての両親への罪悪感も、いずれ時間とともに消え失せていくだろう。
だがその事を悲しくは思わないし、むしろそれが自然だと思っている。
今の僕は一条雅人。
心優しい父さんと母さんの間に生まれた子供。
———そして、兄でもある。
「おにいちゃん!きょうも一緒に寝よ」
僕が生まれてから二年後、一条家にはもう一人子供が生まれた。
その子こそが今まさに僕に抱き着いている少女であり、二つ年下の僕の妹である。
兄弟というものに恵まれていなかった僕にとって、彼女のような妹という存在は不思議だった。
名前も、両親すらも認識出来ていなかった僕だが、妹だけは唯一家族として最初から認識できていたのだ。
一条家では借りた猫状態だった幼い僕。
でも二つ年下の彼女の隣には、唯一居心地の良さを感じた。
そんなわけだから、僕は妹の世話を焼く事が多かった。
それは居心地の良い場所で安らぎを得たかったからという自己満足から来ていたのだが、しかしどうやらそれが彼女には少々違うように見えていたようで。
気づけば、彼女にはすっかり懐かれていた。
こうして共に寝る事をせがまれる事も少なくない。
「分かったわかった。ランドセル置いてくるから、ちょっと待ってて」
「はぁい」
言えば、ちゃんと彼女は聞いてくれる。
甘えん坊な所もあるが、基本的には利口な子であった。
「蛍ちゃんは本当にお兄ちゃんっ子ね」
「お兄ちゃんっ子……ってなに?」
「お兄ちゃんが大好きな子、という意味よ」
「それじゃあわたし、お兄ちゃんっ子だ!」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね回る少女。
それに母さんは穏やかに笑い、暖かな雰囲気が一条家を包み込む。
なんでもない事で喜ぶ妹———蛍が、僕もなんだか笑えて仕方なかった。
そして子供とはこんなにも純粋なものだったのだと、改めて思い知らされた。
「くくく……」
「おにいちゃん?なに笑ってるの?」
「……なんでもないよ」
願わくば、蛍はずっと蛍のままでいますように。
かつての僕のように、希望も何もかもを失わないように。
純粋無垢な妹を兄として守り続けようと、僕はこの日心に誓った。