12時を過ぎてまず僕を襲った衝撃はサーバーダウンの為に強制排出されなかった事ではなく、
目の前からコンソールが消えた事でもなく、体の作りが明らかに変わったという感覚。
例えるなら風呂に入っていたら一瞬で目以外の全てが浴槽に溶け込んだように思える不安定さと、溶け込んだ部分全てが匂いや空気、温度を感じるという気分の悪さだった。
その為、頭の中に入ってくる情報量が今までの比では無く、視覚の外に居るであろう執事の〈セバス・チャン〉、6人の戦闘用メイド〈プレアデス〉の存在、そして彼等が動揺しているという気配もはっきりと知覚出来た。
今はこの人形、ミルキーウェイの四肢に根を張っている人間の様な状態でこれなのだから体を外に出したら一体どうなってしまうのか全く予想が出来ない。
そこまで考えてからある違和感を感じる、NPCから気配がするという事にだ。
どういう事なのかと再び思考の波に飲まれそうになった時、側に立って居た領域守護者、かつて
メンバーに「僕の最高傑作だ」と紹介した娘とも呼べる存在、マキナ・オルトスが無表情ながらも心配げな空気を纏って僕の瞳を覗き込む。
「お父様? モモンガ様も一体、どうされたのですか?」
綺麗な顔だ―――彼女のモデルとなった女性は笑顔が絶えなかったが人形特有の感情無き表情の
お陰か可愛さよりも美しさが前面に出ている。
でもおかしいな?
同じ自動人形タイプのシズと違ってこの子の設定には無表情属性は無かった筈……いや待て!?
そもそもNPCは基本喋らない設定だ。 僕もこの子に声は入れてない、なのに今発した声は…
僕は信じられないという気持ちでマキナの黒い瞳を見つめ返す。
「お、お父様…そんなに熱い瞳で見つめないでください。 は、恥ずかしいです…」
無表情のまま頬を染めて俯く娘の声を改めて聞いて僕の思考は完全に停止した。
「(麻紀……ちゃん?)」
その声は自分が初めて愛した女性と全く同じだったから。
『東 博幸クンだよね? 私は雛形 麻紀! よろしくね!』
『私そんなに笑ってるかな~…? でもほら、人間って楽しかったら笑うものでしょ?』
『キミはドールの事教えてよ、私が勉強教えてあげるからさ、ギブアンドテイク!』
『泣かないでよ~…それに手も離してくれない? は、恥ずかしいし…』
マキナの言葉と彼女の言葉がシンクロするまで記憶を遡って合致した瞬間、
感情は爆発しそうになり……突如その働きは鎮静化される。
「「ふぅ………」」
冷静になると体感覚も平常に、まるで元からこの体だったかのように自在に動かせる。
隣に視線を向けるとアルベドに迫られていたモモンガさんも僕と同じ賢者モードだ。
てか何で迫られてんのさ、あの人(骨)。
「……僕とモモンガさんは何の問題も無い。 アルベド、マキナ、下がっていなさい」
僕の言葉で互いに主の側に立っていた二人は明らかにしょぼくれて(マキナは相変わらずの無表情だが親目線で何となく分かる)定位置に戻って行った。
ひとまず声の問題は置いておく。
次の問題は彼女達は僕らの知っている設定のままかどうかの確認だ。
どのように調べるべきかモモンガさんに耳打ちしようとしてある事実に気付く。
「モモンガさん、口がカタカタ動いてる…コワイ」
「え!? た、確かに……いや、それならソウソウさんの髪の毛だってザワザワ動いて軽いホラーじゃないですか!」
え!? マジで!? マジだった……。
僕の場合は原理は分からないが喋る度に髪が動く、と言うより髪が声を発しているという感覚だ。
ユグドラシルでこんなエフェクトは無かったしNPC達もこんなに表情豊かでは無かった。
今更ながらこの異常事態に対してGMコールをとも考えたがそもそもコンソールが呼び出せない、モモンガさんに相談するとすでに試していたらしく、やはりそうですかと諦めの雰囲気を見せた。
「モモンガさん、これ以上二人で話しててもこちらを窺っている彼女達に対してマイナスにしかなりませんし、いっそギルマスらしく命令でもしてみてはどうです?」
「命令ですか……だったらいくつか試してみたい事もあるのでまずは―――セバス」
「はっ!」
モモンガさんが出した命令はプレアデスの一人を連れたツーマンセルでナザリック周辺一キロの地理と知的生命体の確認。
これは外に出られない設定のNPC達が外出できるのか、知的生命体と遭遇した際に彼らは
どう動くのか、そもそも彼等は命令に従うのかという事も調べておきたいのだろう。
こういう所は流石ギルマスだ、ならば僕は彼のサポートをする為に動く事にしよう。
セバス達が移動したのを見届けた後、モモンガさんに今後の予定を聞く。
「モモンガさん、次の行動は?」
「各階層守護者を六階層のアンフィテアトルムに集めます。 時間は…1時間後ですね」
「分かりました。 それじゃ、その間に僕はマキナを連れてニグレドの所に行ってきます」
「「………え?」」
その言葉を聞いてモモンガさんとアルベドは彼女の居住地に行ってもいないのに凍りつく。
初見で彼女に驚いてたモモンガさんはともかく何で妹設定のアルベドまで固まってんの?
皆は怖がってたけど僕はニグレドの怖さの中に在る純粋さが綺麗だと思うんだけどなぁ。
製作者のタブラさんマジ至高の大錬金術師。
「セバス達が肉眼で確認しても見落としがあるかもしれないので魔法での探索も考慮しなければと思って」
「魔法……確かに、そうですね。 申し訳ないですがお願いします」
モモンガさんの考えてることが分かった。
今、普通に魔法使いましょって提案したけどそもそもこの状況下でユグドラシルの
道理が通じるのかどうかまだ解らないのだ。
それを調べる為にもニグレドの協力は必要不可欠だ。
「了解です。 後、ニグレドの居る五階層まで結構距離ありますからマキナに例のアレ、あげても良いですか?」
モモンガさんが別に構いませんよと言った後に手から一つの指輪を取り出す。
その名は〈リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉ナザリック大地下墳墓内の名前の付いている部屋であれば、回数無制限に自在に転移する事が出来る便利なアイテムだ。
ちなみに僕の本体には普通に装備できないので課金して髪留めの様に加工し、体の内部に収まっている。
それを受け取り、渡そうとするとアルベドは嫉妬の眼差しを一瞬マキナに向け、当のマキナは早口でまくしたてる。
「いやいやいやいやいや、それはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン! 至高の方々にしか所持する事を許されないナザリックにおける至宝の一つ! お父様からそのようなものを受け取れる程の働きを私はしておりません! お父様の叡智の結晶を生み出す工房をお守りする為に身を投げ出すのが私の役目! しかしそれは当然の事であり、私の意義! 移動にお時間が掛かるというのでしたら私は走り…いえ! 超速早歩きで参りますのでお父様はごゆるりと!」
オォウ……無表情でめっちゃ喋るなキミ…。 これは流石に引くよ。
アルベドは何か「無」の状態になってるし、モモンガさんだって「えー…えぇー…」って顔をしてるよ(多分)。
こんな奇行、メンバーのぶくぶく茶釜さん、ペロロンチーノさんの御姉弟でも萌えられ…いや、
萌えられるな、あの二人なら。
しかし、ここまで遠慮してる相手にどうすれば受け取って貰えるのか。
ぶっちゃけ、こちとら早くニグレドに会いに行きたいのだ。
モモンガさんはさっき声を作って威厳たっぷりに命令してたけど、正直僕はキャラ作りが得意な方ではない。
メンバーの中にはそういうのを嬉々としてやっていた人も居たが……誰を参考にすべきか…よし。
「マキナ、君はこの指輪に見合った働きをしていないと言ったね? それは間違っているよ」
「お父様…それは一体どういうことでしょう…?」
僕が選択したのはギルドの立役者でもあり妻帯者(リア充がぁ!)のたっち・みーさん。
たっちさーん! オラに非童貞力を分けてくれ―!!
「そもそも工房とは何だい? 場所では無い、作品を作るのに本当に必要な物は?」
「それは……! それらを創造する至高の御方です!」
「その通り。 つまり工房を守るという事は僕を守るという事。 だというのに僕を守るべき存在がこのナザリック内で即座に来れない状況は非常に不味い……分かるね」
「わ、私は……お父様のお考えを理解出来なかった………」
「良いんだよ。 この指輪は“少なくとも今は”見合った働きをするから渡すんじゃない、
見合った働きをして欲しいから渡すんだ。 受け取ってくれるね?」
「はっ…! 謹んでお受け致します」
そうしてマキナは指輪を受け取った。 やったぜ、たっちさん!
「モモンガさんには“アルベドがいる”ように僕には君が必要だ。
今後ともよろしく頼むよ、マキナ」
「はい、お父様。 身に余る光栄です」
さっきから強調してた部分はアルベドに対する機嫌取りだ。
モモンガさんが指輪を出した一瞬だけ感じた気配、アレは兄弟が居れば分かるが
「姉(弟)は良くて何で自分はダメなの?」みたいな感じだった。
イヤ、もっと何かドロッとしたような物にも思えたが髪から来る情報と今までの人生経験からこの答えで満足するしかない。
モモンガさんにも「守護者統括って地位だしアルベドにも早く指輪渡してください」って目線を送ったが伝わってるのか分かり辛いんだよなぁ、あの骸骨顔だと。
「時間を掛けて申し訳ありませんでした。 それでは、行ってきます」
「はい、お願いします。 …ソウソウさん、お疲れ様です(ボソッ)」
ギルマス直々のマキナ説得に対する労いの言葉を小声で貰い、そろそろ出発しようかとマキナに声を掛けようとして、ギョッとした。
指輪を左手薬指に嵌めていたからではない(それもビックリしたが)彼女が何と―――――
「ふふふ……ふふふふふひふふっふふっふふふひひひひ」
笑っていたから……否、あれは“嗤っていた”が正しい。
すぐさま目線を外し、もう一度見てみるといつも通りの無表情。
見間違えたのだろうと(在るかどうかも分からない)脳からさっきの映像を消去。
アルベドからの「いってらっしゃいませ」という言葉を背中に受け、今度こそ僕達は玉座の間を出た。
NPCは命を持つ事が出来るか否か―――
モモンガさんは慎重派だからまだ確信を持てないのだろうが20年以上人形を見てきた僕にはある。
ほんの少しのやりとりだったがマキナも、アルベドも、セバス達も人形じゃない、命があった。
敵か味方かはまだ判断がつかないがどちらにしても僕のやる事は二つだ。
一つ目はナザリック(家)を守る。
ギルドの皆で作った拠点、僕の居場所を守る事。
二つ目はアインズ・ウール・ゴウン(皆)を守る。
モモンガさんや命あるNPC…いや、ギルメンが残した子供達を守る。
今の今まで皆を裏切り続けてたのだ、彼等に死ねと言われれば受け入れたっていい。
歩きながら隣に居る自分の娘を見る。
僕が今日此処に来なかったら誰も開ける事のできない工房でずっと眠り続けていたであろう娘を。
この子にできる最大の償いは何なのだろうか?
それは一体―――――
「お父様」
「何だい? マキナ」
「お父様が来る度に一緒にお散歩をして色々な方達に会いましたが、実は私はニグレドさんに
お会いした事がありません。 どのような方なのでしょうか?」
そう言われればそうだった。
よく見れば可愛げがあるのだが店舗経営していた身としてはちょっと…という恐怖公とか、行く必要が感じられなかったから行かなかった宝物殿のパンドラズ・アクターとか意外と回って無い場所があったな。
彼等のキャラ確認も含めて機会があればマキナと行って来よう。
「…お父様?」
「いや、済まない。 考え事をしていたのでね」
今は娘の質問に答えるのが親の務め、僕は正直な感想を伝えた。
「とっても綺麗で優しい人だよ」
ハイ、前回でマキナちゃんモデルが「フランシーヌ人形」って書きましたが
こ れ で あ る 。
ヒロインが残念じゃなきゃオーバーロードに非ずって原作読んでて思いました。
彼女が笑わない理由は「笑顔が怖いから」です。
どんだけ怖いかというと最終決戦の白面の者くらい怖い。
顔芸はオーバーロードにおいて基本。
※主人公の見た目って今さらですけど真・女神転生Iの夜魔:キャクです。
ああいうもこもこしてるのは二次も三次も大好き。