エ・ランテル 冒険者組合―――――
「うーん…思った以上に時間が掛かっちゃいましたね」
「いえいえ、ウェストさんが絵を描けるのはホワイトブリムさんが褒めていたので知ってましたが、本当に上手ですね。 画家としてでも成功したんじゃないですか?」
「絵を描くのは好きですけど、それで食べていく程の実力も熱意も僕には無いから趣味程度で良いんですよ。 それこそ、ホワイトブリムさんの様にメイド服に熱意を注ぎ込む漫画を描く位のね」
組合でのハムスケの登録は思った以上に早く終わったのだが、魔法で姿を写すサービスに別途料金が掛かる事が分かり、金はあるが「折角だから僕が描きましょうか」という流れになって写生する事になったのだが、凝り性な性格が災いして一時間近く皆の足を止めてしまって申し訳無かった。
ちなみに普段、あまり漫画を読まない僕でもギルメンの一人であったホワイトブリムさんが月刊誌で連載しているメイド愛がダダ溢れな漫画は毎回読ませて貰っている。
僕の人形制作時に出た「おっぱいが大きいと服の選択に限りが出てきますよね」という愚痴に「ソウソウさん、メイド服を御覧なさい、大きくても小さくても魅力的でしょう?」と彼が返した事は良くも悪くも印象に残ってるんだよなぁ…。
「お兄様に身姿を描いて貰うなんて羨ま……光栄な事なんだから誇りに思うんだよ、ハムスケ」
「サウスさんの言うとおりよ。 本来であれば地を這う野鼠には過ぎた栄誉を噛みしめなさい」
「………(モフモフ、モフモフモフモフ)」
「ぬわー! も、もっと、優しめに触れて欲しいでござる!! くすぐったいでござるよ!!」
外に待たせた三人娘を見てみるとマキナとナーベラルはハムスケに「至高の方々に仕えるとはどういう事か」を小声で熱弁し、シズはお触りOKの許可を与えていたので存分にモフっていた。
周りの人達の視線が集まっているのはハムスケに対してか、彼女達に対してか…両方だな。
「はいはい、皆。 登録は終わったし、これからンフィ―レア君の工房に向かうからね」
僕の号令に皆は瞬時に仕事モードに入る。 気分は完全に引率の先生で、女教師のやまいこさんもこんな感じで生徒達に接していたのだろうかとノスタルジックな気分になってしまった。
そしてすっかりハムスケに乗る事に慣れてしまったアインズさんが颯爽と騎乗すると周りの女性は黄色い声を上げ、男性は熱い視線を向け、プレートのランクを確認して驚いている。
僕が初めて見たのなら間を取って奇異(黄)の視線を向けただろうが、もう彼は完全に開き直ってる感あるし、今は「コレはコレでアリかな?」位には感じてしまう。 慣れって恐い。
「―――久し振りじゃな。 孫はおらんのかい?」
「その声は……リイジーさんですか?」
僕等が出立しようとすると呼びとめる声が聞こえてきたので確認すれば、やはりリイジーさんだ。
ンフィ―レア君の心配をして待ち伏せをしていたと言った所か、丁度良いし彼女をアインズさんに紹介しておこう。
「モモンさん、ナーベ、この方が都市で一番の薬師であるリイジー・バレアレさん。
そしてリイジーさん、この二人が“実は”僕の仲間である冒険者のモモンさんとナーベです」
「お初にお目に掛かります。 あなたのお孫さんの依頼のお陰で私は今、騎乗している森の賢王を発見し、ねじ伏せる事が出来ました。 本当に、感謝の言葉もありません」
「なっ!? その精強な魔獣が森の賢王とな!? お主等は一体どれ程の力を有しておるのか…」
リイジーさんのリアクションのお陰で聞き耳を立てて居た他の冒険者達が驚いている様子が知覚出来たので、アインズさんの評判はより一層上がる事だろう。
意識しての事では無いとは言え、僕等のサポートをしてくれてありがとうございます。
「勿論、ンフィ―レア君は依頼の間しっかりと警護しておきましたので安心して下さい」
「彼は現在、先に工房へ戻って私達への報酬を用意して貰ってる筈ですので、これから私達もお宅へ向かう所でしたが……宜しければリイジーさんもご一緒しませんか?」
「……構わんよ。 “今後の事について”お主等も話がしたいんじゃろう?」
「ええ、話が早くて助かります。 では行きましょうか、道中は僕達がお守りしますので」
さて、出来る事ならこういったドロッとした大人の話し合いはンフィ―レア君には聞かせたくないし、その間はウチの三人娘と話してて貰おうかな…。
そんな事を考えながら僕等はリイジーさんを加え、改めてポーション工房へと向かう事にした。
――――――――――
ポーション工房―――――
「―――何なんだこれは………ふざけるなよ」
僕等が工房に到着するとすんなりと扉が開いたが人の気配は無く、代わりに感じた気配はアンデッドの物……困惑するリイジーさんを無視してその発生源を辿って薬草の保管庫に到着して目にしたのは無残な死体と成り果てた漆黒の剣の四人の姿だ。
しかもニニャさんを除いた三人は
「……僕等は此処に残って犯人の痕跡を探すから、君達三人はリイジーさんを守りながら辺りを調べて置いて。 まだ屋内に犯人が居るかもしれないし、十分注意する事」
僅かな苛立ちが漏れ出してしまったのか、三人娘は僕の指示に少しの怖れを見せながら頷く。
いけないな……怖がらせる気は無かったんだけど…。
「アインズさん、ニニャさんから
「いえ…それはありませんが、これは拷問の痕ですね。 しかも情報を吐かせる目的では無い…」
僕も確認してみたが、酷い物だ……明らかにこの惨状を作ったヤツは愉しんで人を殺している。
若干、苛立っていた僕の精神は床に落ちていた物を発見して拾い上げた瞬間、爆発しかけて一瞬で平坦化した。
「アインズさん………これを」
「どうしました、ソウソウさん………何て事だ……」
見つけたのはンフィ―レア君の“十本の指”、それが彼の物だと分かったのは僕が与えた
「………もし、犯人を見つけたらどうしますか?」
「利用価値があれば一先ずは生かしておくつもりです。 利用しきったら殺しますが」
「じゃあ、殺す段取りになったら……僕が殺っても良いですか? 誰にも譲りたく無いので」
「……ええ、分かりました。 ソウソウさんに“お任せ”します」
その後、戻って来たリイジーさんがンフィ―レア君が居ない事に半ば発狂しながら戻って来たので、彼の切断された指の事は伏せ、拉致された事を伝えたら明らかに狼狽してしまった。
ニニャさんの死体を退かして現れた推理物を見ていれば偽装の線を疑う、広範囲の地下水道行きのダイイングメッセージと時間があったのにも拘らず放置された現場、そこから導き出されるのは早くて今夜中に大掛かりな“何か”が始まってしまうと言う事だ。
そんな事に孫が利用されているであろう姿を想像して頭を抱えるリイジーさんに僕等はある提案を持ちかける。
「リイジー・バレアレ、あなたも、あなたの孫もどうやら良くない輩が寄って来る星の元にあるようだ、今までは仮契約だったけど……僕等と正式に“契約”する気はあるかい?」
「お前と、お前の孫は私達のこれからにとって必要な人材だ。
契約するのであれば連れ去られた孫を無事に助け、お前の元に帰すと約束しよう」
「…今回の件にお主等が関わっていない事ははっきりと伝わったが、お主等は一体何者なんじゃ? 契約とは……わしは何を支払えば……」
その言葉を待ってましたとばかりに僕は閉じていた目を開き、アインズさんと共に畳みかける。
「僕等が何者かなんてそんな事は孫の命に比べれば些細な問題さ。 支払う物は実に単純……」
「“全て”だ。 お前の持つ全てを私達に差し出せ」
「―――――っ!? あ、悪魔…人の魂を代価に願いを叶える存在…まさかお主等が……」
「僕等が仮に悪魔だとしたら、逆に信頼出来るだろ? 代価次第で決して裏切らないんだから」
「そして私達が欲しているのはもう一度言ってやろう、“全て”だ。 さて、どうする?」
「……老い先短いわしの命で望みが叶うのなら、その条件を呑もう。 頼む、孫を救ってくれ!」
怯えたように後ずさっていたリイジーさんは僕等の言葉に覚悟を決めたのか、唇を噛み締めながら頷いた。 大丈夫ですよ、これであなたもンフィ―レア君も僕等の庇護下に入ったのだから。
「“契約成立”だね。 なら一旦、僕の部下二人を護衛に付けるから他の部屋に犯人の痕跡を探して来て貰えるかい? 僕等はこれから犯人の行方を探知するから」
「なっ!? そんな事が出来ると言うのかい…?」
「今回に限り可能だ。 早く行け、今はお前の孫を救う為に少しでも多くの情報が必要だからな」
そんな理由でリイジーさんを部屋から追い出した後、僕は事前に購入しておいたこの都市の地図を広げてアインズさんに話しかける。
「さて…探知すべき物は決まってますが、アインズさんがやりますか?」
「いえ、今回は……ナーベラル。 お前は彼等の死体の所持品で欠けている物が分かるか?」
「……冒険者としてのランクを示すプレート、でしょうか?」
「正解だよ。 彼等を殺したヤツは随分と良い趣味をお持ちだね、持ち去った理由は―――――」
ナーベラルに説明しようとした瞬間、僕とアインズさんの頭に
『アインズ様、ソウソウ様。 お伝えしたい事が御座います』
「―――エントマか。 私達は今忙しい、時間が空き次第こちらから連絡を返す」
「今、僕等はほんの少しだけ気分を害していてね。 治まるまで待っていてくれないかい?」
『か、畏まりました…。 でしたら、その際はアルベド様に御連絡をお願い致します』
その言葉と共にエントマは
今の精神状態で冷静な判断が出来るか分からないからと後回しにしてしまったけど、また怖がらせてしまったな……マキナ達といい、後でそれとなく謝っておこう。
そして僕は気を取り直してナーベラルに先程の説明の続きをする。
「大方、“コレクション”と言った所だろう。 収集癖についてどうこう言う気は無いけれど、今回はそれが自分の首を捩じ切られる要因になるんだから愉快だよねぇ………フフフッ」
「そ、その通りだ、ナーベラル。 これからお前には〈
「は、はい。 畏まりました」
敵の間抜け振りに思わず顔を歪めて吹き出してしまったが、そんな僕の様子を見て二人は若干、
引きながらも魔法での探知の為に
いけない、いけない……“こういう顔”を見せるのは屑の前だけにしなきゃ…。
そしてナーベラルが対策無しで魔法を発動させようとしたので、そのままアインズさんがお叱りと共にぷにっと萌えさんが考案した『誰でも楽々PK術』の講義をしている横で僕は亡骸になった漆黒の剣の四人を冷静に眺める。
「(不思議だ……生きている時はお世話になったし、あんなに好感が持てる人達だったのに、
死んでしまった今、生き返らせようという気が全くと言って良い程湧かない……)」
考えてみれば彼等はこれから管理されるであろうンフィ―レア君と違って僕の事を知り過ぎた。
アインズさんの広告塔としての立場も微妙で、その為に蘇生するにはデメリットの方が多い。
それが“アンデッドとしての”これからも変わる事の無いであろう僕の意見だ。
―――――けれど、僅かに残った“人間としての”僕の意見は仲間を大事にし、僕等に心から敬意を払ってくれた魅力ある彼等の無念を晴らすべきだ、という物だ。
僕とアインズさんの冷えていく心に火を灯してくれた存在には同じく敬意を示すべきだろう。
「……御二人とも、場所を特定しました」
どうやらようやく講義が終わったナーベラルが魔法を発動して場所を割り当てた様だが、やっぱり一から学ぶとなると時間が掛かるな。
だけど、これで彼女もまた一つ成長出来るのだろうし、ゆくゆくはニグレドの様に有能で素敵な女性になってくれれば嬉しい。
「……此処は、墓地ですね。 やっぱり地下水道は偽装だったか」
「ふむ…次は〈
そして再び魔法が発動して空間に浮かんだ画面には無数のアンデッドと、その中央に居る格好こそ違うが見知った少年の姿を確認した。
「ビンゴ……此処にプレートを奪ったヤツが居るのは確定だし、見た所まだ息がありますね」
「ええ、しかし……低位とは言え随分と数を集めましたね。
これだけのアンデットを使って一体何をするつもりやら、実に興味深い」
「……では救出に当たり、転移か飛行の魔法を使用して一気にアンデッドを殲滅致しますか?」
「馬鹿者、これ程大掛かりな事を始めようとしている連中を利用しない手は無い。
秘密裏に殲滅してしまえば、我々が名声を得る機会を自ら失ってしまう事になるだろう」
アインズさんの言葉にナーベラルはその事に気付けなかった事を恥じている様子だ。
ふむ…何かフォローでもしておこうか。
「…もう一つの理由として、僕等の所有物となったンフィ―レア君を傷付けた身の程知らずには、より圧倒的な屈辱と後悔をその身に刻み付ける必要があるのさ。
それには君の協力が必要だ……ナーベラル、手伝ってくれるね?」
「……はっ! お任せ下さい、ソウソウ様!!」
……何とか、フォローは成功かな?
後はアインズさんにも確認したい事があったし、一応聞いてみるか。
「しかし、幾ら低位とは言えこれだけのアンデットを召喚して使役するのはアインズさんでも難しいですよね? 何か秘密があるのか………」
「その為にンフィ―レアの命を使用するのであれば、早急に助けに行くべきでしょうが……」
彼の言いたい事は分かる。 その秘密を知る為にはンフィ―レア君の命を犠牲にしても致し方ない、という事だろう。 あくまで僕等にとって重要なのはナザリックを強化する事なのだから。
でも……それじゃアインズさんと、僕の心は―――――
「漆黒の剣の皆さんが死んで思いましたが、やはりこの世には“生きるべき人間”と“死ぬべき人間”が居て、少なくとも僕は彼等を前者だと思っていますよ。
僕等の魂を震わせる美しさを見せてくれた存在は大切にしておくべきです。
そこを蔑ろにしてしまえば、きっと僕等は何かを“見失ってしまう”でしょうから……」
擦り切れて本当に化け物になってしまう、そう思った。
「………そう、なのかもしれませんね。
分かりました、彼はなるべく生かす方向で行きましょう」
「ありがとうございます……僕の我儘を聞いて貰って」
「いえ、何と言えば良いか…今、私の傍にソウソウさんが居てくれて本当に良かったと思っていますよ」
「……僕もアインズさんが居てくれなかったら、こんな事を考えもしなかったんでしょうね」
僕等二人はお互いに顔を見合わせて笑いだす。 理由はまぁ…色々だ。
そんな姿を見てナーベラルは不思議そうな顔をしているがこの際、それは無視。
そしてアインズさんは気を取り直してリイジーさんを呼び出し、墓地へ向かう事を告げて彼女を町の人へのメッセンジャーにし、評判を上げる為にアンデッドの数を誇張して伝える。
彼女は最初、怪訝な表情を見せたが“悪魔”であるアインズさんと僕を交互に見て納得した様子だ。
「シズ、君はリイジーに付いて彼女を狙う輩が居たら“手加減”して護衛する事。
マキナは僕の傍に。 やって欲しい事があるから」
僕の命令に二人は無言で頷き、シズはリイジーさんと共に外に出ていく。
彼女に命じた“手加減”とは“銃の使用を禁ずる事”だ。 下手に目立つのも困るしね。
「アインズさん、ナーベラルは先に墓地へお願いします。
僕等は漆黒の剣の死化粧をしてから向かいますから」
その言葉にナーベラルは頭に疑問符を浮かべ、アインズさんは「手早くお願いします」と僕の肩を軽く叩いて墓地へと向かった。 この国の英雄となる第一歩を踏み出す為に。
そして僕は懐からミルキーウェイが付けていたアゲハ蝶形のタイピンを取り出し、マキナに渡す。
彼女はそれをまじまじと見つめ、次に僕の目に視線を向けるとこう呟いた。
「……如何に下等な存在と言っても、この様な芸術性のカケラも無い遺体はお父様の美意識が許さないという事は御理解出来ました。 私の“奥の手”の一つ、使用させて頂きます」
「流石は僕の娘だ……マキナ、もう一つの
ぺテル、ルクルット、ダイン、この三人のアンデット化を“解除”しろ」
「承りました。 “出で座せい、〈――――――――〉”」
――――――――――
エ・ランテル墓地 霊廟付近―――――
クレマンティーヌは突如、儀式の最中にそれを防ぐ為に現れたと宣言した乱入者の一人である
“冒険者モモン”という戦士に違和感を感じていた。
いざ戦ってみれば戦士としての技術は全く無く、膂力だけはあるがそれは自分の武技〈不落要塞〉で防御可能の上、もう一つの武技〈流水加速〉で上げた速度に対応できていない。
言ってしまえばただの弱敵なのだが、この男からは一向に決定打を入れられない防御力以外の何か得体の知れない気配を感じ取り、攻めあぐねているのが現状だ。
此処より離れた場所で“ナーベ”と名乗った
「ふむ……こんな所か。 やはり、本職との戦闘は勉強になる」
「はあぁ!? 何ブツブツと独り言を喋ってんだ、手前ぇはよぉ?」
「囀るな、お前はあくまで私の練習相手に過ぎない。 執行者はそろそろ此処に―――」
ズズンッ!!
モモンがその言葉を言い終える前に彼等の近場に二つの存在が“落下して来た”。
「来た様だな………ウェストさん、お待ちしていました」
「ええ…部外者と雑魚の露払い、ありがとうございます。 で、そこに居る女が実行犯ですか?」
「はい。 私は練習を済ませたので、後はアナタにお譲りします」
クレマンティーヌは内心で「どうやって来たかは知らないが増援が来たか」と舌打ちしていたが、現れた二人の内の女の方に視線を移して愉悦が心に滲み出るのを感じる。
「あれれれ~。 そこに居る女、私が狙ってたヤツじゃない? まさか知り合いとはねー。
丁度今、イライラしてたし…折角だから殺してあげちゃおうか」
「…サウス、知り合いかい?」
「いえ。 私はこんな一度見れば忘れられない様な醜女、見覚えは全くありません」
「あ、そう。 なら、必要は無いと思うけどナーベの援護に向かって。
“どうするか”は君とナーベに一任するから」
殺気を向けた自分を目の前にして、まるでソレが居ないかの様に振舞う新たな二人の乱入者を目にしたクレマンティーヌの心は一瞬で火が付き、女の方にスティレットを構えて踏み出そうとした瞬間―――
「―――〈
女の方が何時の間にか顕現させた銀色の槍が輝き、クレマンティーヌの四方に半透明の銀の蛹が出現して彼女の行動を奪う。
「―――私を御指名の所、全く悪いとは思わないけど、お前の相手はお兄様がするの。
私が戻って来る頃にはその醜い貌もさぞかし美しい
そう言った女はクレマンティーヌの横を悠然と通ってナーベの元へと向かうのだが、その顔は普段の無表情では無く、見る者をゾッとさせる恐ろしい笑顔を浮かべていた。
そして彼女が射程圏外まで離れると同時にクレマンティーヌを囲っていた蛹達は掻き消える。
「な…んなんだよぉ! 手前ぇらは!? そもそも其処のデカブツといい、どうやって此処に…」
「“髪を使って跳んで来た”んだけど……って、君相手に真面目に話すのも馬鹿らしいか」
「クレマンティーヌ、万が一にもあり得ない事だとは思うが、彼に傷一つでも負わせたら見逃してやろう」
「――――――ッッッ!!??」
彼女はその明らかな挑発と侮辱に頭が爆発するどころか逆に冷静になった。
「コイツ等は異常だ」、今まで感じていた違和感は確信に変わってその身を包むが最早、
自分が逃げられない状況だという事も同時に思い知らされて背中から嫌な汗が噴き出す。
「ちなみに無様に逃げたら殺すから。 もう、君が取れる選択肢は一つしか無いんだよ―――」
その通りだ。 自分が取るべき最善の行動は目の前に居る優男を全力で殺し、その際に確実に動揺するであろうデカブツを返す刀で仕留めてから全速力でこの場から離れる事。
それ以外に生き残れる芽は無いのだと戦士としての本能が告げる。
「……良いよー。 そこに居るヤツに掠り傷一つ付けたら、私逃げるからヨロシクねー」
「ああ、約束は守るさ」
そう言った彼女は自分を鼓舞させる様、普段から浮かべる肉食獣の様な笑みを顔に張り付けて武技を発動させる為に構えを取り、ウェストは付けていた指輪から黒い糸、髪を出して結界を張る。
それは先程、ンフィ―レアが見せた物と全く同じ物であった。
「あー、ひょっとして私が捕まえた子にあの変な
ゴメンねー、あの子必死に抵抗したんだけど装備が弱過ぎて半殺しにしちゃったんだー」
「……彼の傍に居た四人の冒険者を殺したのも君かい?」
「せーいかーい。 必死にあの子を守ろうとしたんだけど、てんで弱くて萎えちゃったよ」
「………許せないな」
クレマンティーヌは少しでも殺り易くしようと挑発を試みた所、モモンと違って反応を見せたので好機と見て、取り戻し始めた優越感と共にウェストを更に煽る事にする。
「あっ! 怒る? 怒っちゃう? 良かったー、アンタの横に居るデカブツは反応が悪くてさー、そういう反応したヤツを殺すのが愉しいのに空気読めてないよね」
しかし、クレマンティーヌの嘲りにウェストは静かに首を振った。
「…僕が許せないと感じたのはお気に入りの人形達を
君も女の子なんだし、親に人形を買い与えて貰った事位はあるだろう?」
「……何ソレ、キモッ。 いいやもう……さっさと死ねよ」
「親」、「与えて貰う」という彼女のトラウマを刺激する言葉を吐いた男を確実に殺す為に
クレマンティーヌは大きく息を吐きだして突進し、〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉、四つの武技を発動してスティレットで狙いを定める。
見た所、素人の様だがそんな相手にここまでするのはウェストからもさっきの女と同様に得体の知れない技を使うであろう、という確信に近い予感があったからだ。
故にモモンが横入りして来ようが、この男が何を企んでも対応出来る様に余力は残す―――
「(ハッ! あの餓鬼と同じでコイツの糸も私の武技なら簡単に突き破れる!!
澄ました顔で目なんか閉じやがって……脳味噌ごと抉り出して後悔させてやるよッ―――)」
自分の今までの研鑽を証明するかのようにンフィ―レアの時よりも頑丈とは言え、ウェストの展開した糸は次々と断ち切られて行き、それを見た彼は驚いた顔をして呆然と立ち尽くしたままだ。
勝利を確信したクレマンティーヌのスティレットは彼の頭へ吸い込まれるように突き進み―――
―――ザクゥッ!!
「ぎゃあぁぁぁぁあああぁあああぁあ!!!!!」
―――巨大な墓地に絶叫が響き渡る。
「工房で糸の結界を破った軌道は確認済みだからね、ワザと切れやすい糸を展開して狙いを誘導し、そこに不可視化を加えた強度が最硬の切断糸を張って置く。
ンフィ―レア君も時間を掛ければこの技術を覚えられたのに、本当に残念だ……」
「あぁああぁあ……がっ! 糞……糞ッ、糞がぁああぁあ!!」
ただし、それはウェストでは無く、攻撃をしたクレマンティーヌの物だ。
彼女の右腕は握っていたスティレットごと“半分に裂かれていた”。
そしてウェストは裂かれて転がった右腕を拾い上げ、断面図をしげしげと見つめて呟く。
「綺麗な切り口だ……これは君の武技が素晴らしかったからこそ見れたと言っても過言じゃない。
誇って良い、血の滲むまで鍛錬したであろう君の技術“は”とても美しい物なんだ、と」
そんな言葉を放ったウェストの顔を睨みつけたクレマンティーヌは痛みを忘れて絶句する。
彼は閉じていた黄金色の瞳を開き、それを輝かせながら嬉しそうに、本当に嬉しそうに表情を笑顔の形に歪めていたのだから…。
「あ…あ、悪魔……」
「ふむ…『悪魔』か。 アインズさんも折角だから“それっぽく”振舞って見ます?」
「そうですね。 そろそろネタ晴らしと行きましょうか」
何時の間にかクレマンティーヌの目の前に立っていたモモンはウェストと共に“真の姿”を現す。
モモンはオーバーロード、ウェストはエルダー・ナイト・ダークネスとしての姿を。
それを見た彼女の顔色は完全に青を通り越して白くなっていた。
「驚いてくれた様で何より。 私は本来、戦士では無く
お前と戦う前に『手加減してやる』と言った意味はこれで理解出来ただろう」
「君はアインズさんにとって良い“訓練相手”となってくれた。 そこは感謝してるよ」
伝説とされる
「―――言っただろう? 『無様に逃げたら殺す』と…お陰で君は酷い死に様を晒す事になった」
無情にも髪の化け物に全身を拘束されて身動きを封じられてしまった…。
「さて…時間も無い事だ、二人にも遊びはやめにしておくと伝えるか。
ナーベラル・ガンマ! ナザリックが威を示せ!!」
「そうですね……マキナ・オルトス! 〈
自らの主の命令を聞き届けたのだろう、離れた場所で戦っていた二人の気配が変わるのを感じた
アインズとソウソウは満足気な雰囲気を纏ってクレマンティーヌに向き合う。
「ソウソウさん、最後に
「了解です。 なら、まずはコレから行こうかな」
ソウソウはそう言うとアイテムボックスから中に銀色の“気体”が詰まった小瓶を取り出す。
「君の笑顔は吐き気を催す程に醜かったから、まずは笑えなくしてあげるよ」
「や、め…ろ……止めろ! やめろぉ!! 糞野郎がぁ!!」
クレマンティーヌの絶叫を聞いたソウソウは体を大きく震わせて穏やかな笑い声を上げる。
ウェストに入ったままであれば、その表情は正しく太陽の様な輝きを放っていたのであろう。
―――尤も、それは頭に“黒い”という形容詞が付いた物ではあったが……。
ソウソウもマキナと同様に髪をスプリング状に出来るので今回はそれで文字通り飛んで来ました。
〈
詳細は次の話にでも。
ソウソウの笑顔がフェイスレス、マキナが白面とするならクレマンは紅蓮レベルって印象です。