オーバーロード~至高の人形使いと自動人形~   作:丸大豆

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一九話

エ・ランテル墓地 霊廟内―――――

 

 

 

「ンフィ―レア君、目が……」

 

「まぁ…そこは魔法で直せますし、今は私達の姿を見られないのというのが不幸中の幸いですね。

それより問題は彼が精神支配を受けているという点ですが、原因は間違い無く―――」

 

変に透けた服を纏わされ、棒立ちの姿勢のまま僕等の存在に気付かないンフィ―レア君。

原因はクレマンティーヌから得た情報で知ってはいたが、彼の頭に覆われたサ―クレット。

 

「“叡者の額冠”……コレの所為でしょうね。 外したら発狂するとかどんな呪われた装備だよ」

 

「ふむ……〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉」

 

彼がサ―クレットに使った魔法はユグドラシル時代では製作者や効果を判明させる為の物。

今は僕の頭脳支配(ブレイン・ジャック)と同様に以前より詳細な情報を得る事が出来る。

結果、解析を終えたアインズさんは僅かな感嘆の声を上げるが、そういう細かい心理描写が理解出来る様になった自分が嬉しくもあり、今の異形の体に慣れきってしまった現状を再確認してしまう。

 

「成程……これはユグドラシルではあり得ない効果のアイテムですね。

ユグドラシルでは再現不可能な上、スレイン法国の最秘宝の一つ……実に興味深い」

 

「コレクター魂が疼いている所悪いんですけど、僕からすれば生者の方が価値ある存在ですから、

契約はきちんと果たした方が“悪魔”っぽくて良いんじゃないですか?」

 

「分かってますよ。 ギルドの名を使って契約した以上、故意的な失敗は恥に当たりますからね。

砕け散れ―――――上級道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)

 

ギルマスの魔法で国宝は小規模な花火の様に砕け散ったが、綺麗な物だ。

人形作家として「残る美」を基本姿勢としている僕だけど、こんな「散る美」もたまには良いね。

 

そして精神支配が解かれ、崩れ落ちそうになったンフィ―レア君の体を僕とアインズさんで一緒に支えてあげた後に優しく床に横たわらせて怪我の具合を確認する。

 

「指も、目も、心も…こんなに酷く傷付けられて……待たせてしまって、本当にごめんね」

 

「ソウソウさんは本当に彼の事が好きですね。 若干、嫉妬を覚えてしまいますよ」

 

「“モモンガさん”。 男からその言葉は枝毛になりそうな位怖いのでやめてください」

 

敢えて改名前で本気(ガチ)の恐怖を伝えるとギルマスは年甲斐も無くシュンとした態度を取った。

だからそのアラサ―が子犬みたいな反応するのホント、どう返して良いか分からないからやめて…。

 

「…で、アインズさん? 心は兎も角、指と目ですけど…今は治さない方が良いんでしょうね」

 

「…ですね。 今やったら彼の心に更なる傷跡を増やす結果になる事は分かり切っていますし」

 

僕は目の前の骨人間を、アインズさんは髪人間を見つめる。

うん、尊敬していた人間が実は恐ろしい化物だったら間違い無くトラウマコースだよコレ。

実は「それでもンフィ―レア君なら…」と少しだけ期待してしまったが余計な冒険はしないが吉。

 

「これでリイジーさんの元へ送り届ければ契約は完了ですけど、後は回収作業の手伝いですかね?」

 

「ええ、そうしましょうか。 ユグドラシルの頃と違って装備を一度に全て奪えるんですから少しテンションが上がって来ましたよ」

 

「そういう物ですか? 確かに作業的にはゲームの頃に比べて楽になったんでしょうけど、

僕は収集欲が薄いのでテンションに関してはあまり上がりませんね……」

 

「アインズ様、お父様。 改めて御相談したい事が御座います」

 

僕がアインズさんの意見に難色を示しているとマキナの声がしたので振り返って見ればハムスケを後方に従え、ナーベラルと共に霊廟の入り口に立っていた。

 

「…どうした、マキナ。 奪った装備か金銭に何か不明な物でもあったのか?」

 

「うーん……。 ナーベラルの持っている“ソレ”、確か〈死の宝珠〉…だよね?」

 

どうやら一通り回収を済ませた彼女達はその中で判断に困る物を一つ持って来た様だが、

それはクレマンティーヌの虫食いの記憶にもあったカジットの持つ魔法道具(マジック・アイテム)〈死の宝珠〉だ。

成程、コレが一番価値が掴めない品だったという訳か。

 

「ソレの大体の効果は抜き取った記憶から把握してますけど、念の為に調べて見ます?」

 

「そうしましょうか。 ナーベラル、寄越せ―――〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉」

 

アインズさんが再び魔法を掛けて見れば目の奥の赤い光が揺らめく。

何か目を引く追加情報でも得られたのかな?

 

「効果に関してはソウソウさんが言っていた通り、死霊系魔法への僅かなブースト効果と言った所ですが、デメリットは『使用した人間種を支配し、操る』という我々には問題無い物ですね…」

 

「うわぁ……僕等からすれば微妙系アイテムじゃないですか」

 

「……唯一、気になったのは『知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)』という項目です」

 

知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)……こんな河原にゴロゴロありそうな石ころが喋るのか?

僕も僅かに興味を覚え、「何か反応して見ろ」という意味を込めてアインズさんの手の中にある

ソレを髪(体)で突いてみると突如、頭の中に声が響いて来た。

どうやら持っているアインズさんも同様に反応している所を見ると幻聴では無いらしい。

 

―――お初にお目に掛かります。 偉大なる“死の王”、そして“生を蹂躙せし御方”よ。

 

「成程、確かにコレはインテリジェンス・アイテムだな」

 

「オーバーロードのアインズさんを“王”呼びは分かりますけど、“生を蹂躙”って……人形使い(ドールマスター)の僕をそう表現するなんて、中々に面白い発想の子ですね」

 

僕等が感心しているとそれ以降、何も喋らなくなったので何事かと思ったのだが、アインズさんが何かに気付いたらしく、声を掛けてみる。

 

「(慎み深いと言えば良いのか、機械的と言えば良いのか)……発言を許す」

 

「あぁ、そういう……喋っても構わないよ」

 

―――偉大なる御二方、発言の許可を頂き誠に有難う御座います

 

この宝珠の対応がどうにもナザリックの皆と被ってしまい、アインズさんは優越感で微かに笑っている様だが、僕は「また畏まった態度を取る子か…」と、どうにも複雑な気持ちだ。

 

―――御二方の身を包む圧倒的な“死”の気配に、心からの敬意と崇拝を

 

「身を包む」って…僕もアインズさんもオーラ系のスキル使って無いのにそんな事を言われてもなぁ…。

御世辞にしてもさっさと終わって欲しいという思いから僕等は取り敢えず肯定で返す事にする。

 

「ふむ…許そう」

 

「僕も同じく…君は中々に良い子の様だね」

 

―――身に余る御言葉、誠に有難うございます。 いと尊き死を統べる方々よ。

その崇高なる御身の前に謁見出来るという最上の栄誉、この世の全ての死に感謝致します

 

……ちょっと待って。 まさか宝珠(この子)ガチじゃね? うわー……ストレスで白髪になりそう。

 

「……で? 君は僕とアインズさんに御世辞を言う為だけに喋っているのかい?」

 

―――いいえ、世辞などその様な事は決して。 私は不敬であると重々承知しておりますが何卒、叶えて頂きたい願いがありまして御二方にお話しております

 

「それは何事か?」

 

―――はっ。 それは―――――

 

要約すると、宝珠《この子》は「死を振りまく存在として生み出されたけど、圧倒的格上であるアインズさんと僕を見て是非とも仕えてみたくなりました!」との事らしい。

 

「喋る石、か……さてさて、どうします?

アインズさんが望むのなら僕がこの子の人形(カラダ)を用意しても構いませんが」

 

―――何と、偉大なる“生を蹂躙せし御方”よ。 私が自在に動ける身体を用意する事をまるで些事であるかの如き御言葉を。 やはり、貴方様も“死の王”と同格の紛うこと無き“超越者”。

どうか、私を御二方のシモベの端に、並べて頂けますようお願い申し上げます

 

「ふむ……」

 

アインズさんは丸めた手を口に当てて考え中の様だが、多分「勿体無い」と思っているんだろう。

ギルメンの中で彼の収集癖は売却癖のある僕とは正反対だとよく皆から言われてたし。

 

そして考えが纏まったのかギルマスは死の宝珠に幾つかの防御魔法を掛け、霊廟入口近くに居た

ハムスケに声を掛けた後にポイとそちらへ放ると俊敏な動きでキャッチした。

成程…喋るアイテムと喋るハムスター、面白そうな組み合わせだね。

 

「ほっ!! 殿…コレは一体なんでござるか?」

 

「魔法のアイテムだ。 今はお前が持っていた方が良いだろう」

 

「ちなみにハムスケ、ソレは使えそうかい?」

 

「むむむ……使えそうでござるがコイツは少し…いや、かなり五月蠅いでござる!!

殿か御大老の元へ返して欲しいと五月蠅くてしょうがないでござるよ」

 

「御二人とも、この様な新参者に下賜されるのですか!?」

 

ナーベラル的にはかなりびっくりしたのだろう、声が上ずっていて彼女には悪いが少し面白い。

するとマキナが彼女に対して説明してあげるかの様にアインズさんに話し掛ける。

 

「今、アインズ様が掛けた魔法は“探知対策”。 その上で念には念を入れて、ハムスケという新参者にお渡しするとは……その一部も隙の無い御考え、流石は至高の御方で御座います」

 

「……成程、御二人の意図を理解されているとは、マキナさんの頭脳には恐れ入ります」

 

「うん。 後はさっきナーベラルが言った様に“新参者”同士で組ませた方が良いと思ってね。

先輩として外ではアインズさんと共に居る君が教育係として二人の事をお願いしたいんだ、頼むよ」

 

そう言って僕等の意図を理解したマキナと任務を命じたナーベラルの頭を撫でてやる。

 

「……一介の戦闘メイドであるこの身には過ぎた慈愛を御与え頂き、感謝の言葉もありません。

新たなるシモベの教育に関しましては至高の御二人の御期待に応えられる様、尽力致します」

 

「(いや、ナーベラルちゃんが可愛いからってニヤつかないでよ……でも、お父様に撫でられて微笑んでる顔は確かに癒されるし、気持ちは分かるんだよね……)」

 

ナーベラルはうっとりとした表情で僕に撫でられているけど、マキナは何か複雑な表情だ。

露骨に僕から視線を逸らしている所を見ると、ひょっとしたら彼女からすれば本来の姿はお気に召していなかったのだろうか?

そう思い、用事も済んだので僕は再びウェストを取りだしてその中に入る。

 

「さて……事態も沈静化した様ですし、僕はそろそろマキナを連れて此処から離れる事にします」

 

「分かりました。 回収作業も残り僅かなので終わり次第、我々も―――――」

 

ギルマスは自分の真紅のマントの裾を掴み、大袈裟にはためかせながら言い放つ。

 

「凱旋と行きましょうか」

 

「ふふふっ…ギルマス、格好良いですよ」

 

「…ストレートに言われると何だか恥ずかしくなって来るのでやめてくれません?」

 

折角、格好付けたから素直な感想を口にして見ればアインズさんは照れて鎧姿に戻ってしまった。

まぁ、こういう反応が面白いから敢えて言って見た感は確かにあるんだけどね。

 

「…で? ンフィ―レア君はアインズさんに任せるとして、アイテム管理は僕がやる形で構いませんね?」

 

「ええ、お願いします。 取り敢えず宅配人形は今すぐナザリックに送りますか?」

 

「いや、明日雑貨屋で人形に使えそうな素材を取り寄せて貰えるそうなので手に入れ次第纏めてで」

 

「分かりました……と、そうだソウソウさん。

折角ですから、私は今の姿では魔法を使えないので代わりに回復をお願いして貰っても?」

 

「了解、皆も変装が完了しましたし……出で座せい、〈ヒーリング・フェアリー〉」

 

アインズさんの言葉と共に僕は回復用の人形を出し、ンフィ―レア君の怪我を跡形も無く治療する。

目は勿論の事、無くなった十指も持って来ていた指が消滅する代わりに生えて来て完全に元通りだ。

そして改めて指輪を嵌め直してやるとそのまま彼を担いでアインズさんに渡してやる。

 

「では……アインズさん、ンフィ―レア君をお願いします。

僕は一足先にマキナを連れてシズと合流する事にしますので」

 

「任せて下さい。 ソウソウさんの“お気に入り”は無事リイジーの元へ返しておきますので」

 

僕は“冒険者モモン”の宣言を背中で聞きながら片方の手を振り、もう片方で隠密人形である

〈スクルィヴァーチ・マトリョーシカ〉を取りだして不可視化を持つ二層目に展開させる。

 

「それじゃマキナ、少し窮屈だと思うけど…一緒にコレに乗ってシズの所へ戻ろうか?」

 

「いえ、全然、全く、私は何の問題もありません、お父様。 さ、乗りましょうか!」

 

早着替えの効果で“サウス”に戻ったマキナのグイグイ来るテンションに若干、引きながらも僕は彼女と共に人形の中に入る事にした。

 

「(撫でて頂いた上、御手製の人形の中にお父様と一緒に入れるなんてコレ何て御褒美!?

良いよね? 私にこんな幸せ体験が訪れても良いんだよね!? あぁ~髪の毛が荒ぶる~…)」

 

「ではアインズさん、ナーベラル、ハムスケ、死の宝珠。 お先に」

 

「お先に失礼致します(キリ」

 

何故かは分からないけど髪をざわつかせている愛娘と共に挨拶を済ませた僕達は中に入った人形の不可視化を発動させ、跳躍機構で行きよりは低くだが飛びあがって墓地を後にした―――――

 

 

――――――――――

 

 

エ・ランテル宿屋の一室―――――

 

 

ンフィ―レアが意識を取り戻すとそこは見た覚えが無い部屋。

辺りを確認すると自分の傍には黄金の瞳を開いた尊敬する人物が椅子に腰かけて居た。

 

「―――――っ! ……ウェスト…さん?」

 

「やあ、ンフィ―レア君。 目が覚めた様だね」

 

「一体、此処は……?」

 

「あぁ…驚かせたようでごめんね。 此処は僕達が宿泊している宿屋さ。

工房で休ませるワケにも行かないし、リイジーさんに頼んで一部屋借りて貰う事にしたんだ」

 

「工房……そうだ、ぼく……僕、は―――――」

 

気分が落ち着いて来ると目が覚める前に味わった恐怖を思い出し、自身の両手を確認すれば指も、

目の前に居る人から貰った指輪(アイテム)も変わらずに其処に在る。

 

「……君は“悪い夢”を見ていただけなんだ。 もう少しだけ、休んだ方が良い」

 

「悪い夢……夢なら、漆黒の剣の皆さんは……」

 

「彼等も穏やかな顔で“眠っている”……悪夢の原因はモモンさんが取り除いたからもう、大丈夫」

 

ウェストの言葉を聞いたンフィ―レアは目を固く閉じ、静かに涙を流す。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……ウェストさん。 僕は……貴方みたいには、なれなかった…」

 

「ううん。 君がどれだけ頑張っていたか、僕はもう“知っているから”、謝る必要は無いんだ」

 

「それでも……僕が弱いから、守る事が出来無かったから、皆さんは………」

 

「断言する。 皆、君の事を全く恨んでなんかいない、とても立派な人達だったよ。

だから今は休みなさい、僕は今からリイジーさんを呼んで来るから」

 

彼がそう言って立ち上がり、ドアの前まで向かった時、その背中にンフィ―レアが声を掛ける。

 

「ウェストさん………ありがとう、ございました」

 

「……君を救ったのは“冒険者モモン”だ。

僕等はそれを手伝っただけだから名前は出さないでくれると有難いかな?」

 

最後に「言わなくても分かってはいるだろうけど一応ね」と付け加えた後に彼は退出する。

それから暫くして泣きそうな表情で部屋に駆け込んで来た祖母の顔を見たンフィ―レアは安堵し、

疲れが溜まったのかそのまま目を閉じて再び眠りについた―――――

 

 

――――――――――

 

 

翌日 路地裏―――――

 

 

「―――――〈頭脳支配(ブレイン・ジャック)〉」

 

「おごぉっ!? お、あ、あ、あああ、あああああ、おぁ………」

 

今日も今日とて与太者の頭から情報を抜き取って廃人にしているとコイツは昨日のハムスケを連れていたアインズさんを目撃していたらしく、僕は自然と微笑を浮かべていた。

 

「……兄様、人形の素材、持って来た」

 

「ノース、御苦労様。 誰にもつけられてないね?」

 

素材の引き取りを頼んでいたシズが雑貨屋から戻って来たのを確認して尾行の有無を訊いてみれば彼女はコクリと頷いたので、「お使い達成」という意味を込めて頭を撫でてやる。

 

「ノースは可愛いんだからくれぐれも注意してね? アナタに何かあったら私もお父様も周りの人間を八つ当たりで皆殺しにしてしまう位ショックなんだから」

 

「………(コクリ)。 分かった」

 

愛娘がこれまた物騒な事を仰っているけど、流石に意味も無く人間を皆殺しにするなんて真似はしないって。 多分、部品(ソザイ)集めの量を倍に増やす位の事はやると思うけど。

 

 

「―――ソウソウさんの行動は本当に読み辛いですからね。 何かあったら一声掛けて下さい」

 

 

突如、背後から聞こえた声に警戒度を一気に上げ、僕は閉じていた目を開ける。 声の主は―――

 

「……シズ、君は僕の『誰にもつけられてない』って問いに頷いたよね?」

 

「いやいやソウソウさん、シズを責めないであげて下さい。

何故なら私とナーベラルは彼女をつけてきたワケでは無く、“一緒に来た”だけなんですから」

 

「アインズさん……この前のドッキリのお返しですか?」

 

渋面を作った僕の質問に声の主であるギルマスは体を震わせながら「初めてソウソウさんにドッキリ返しが出来ました」と満足気な声音で答えてくれた。

ほんの少しだけ悔しいが、それ以上に彼が温かい雰囲気を纏っていたので苦笑で返す事にする。

 

「アインズさん、墓地の件での聴取は終わったんですね」

 

「お疲れ様です。 至高の方々の頂点が下等生物(ニンゲン)風情に貴重な御時間を奪われる等、本来あってはならぬ事……心中、お察し致します」

 

「何、そう言うなマキナ。 『郷に入っては郷に従え』という言葉もあるからな。

私は別段気にはしていないが……お前の心遣いは有難く受け取って置くとしよう」

 

「嗚呼、何と勿体無い御言葉! 流石はアインズ様で御座います!!」

 

柔軟性を持った支配者っぽい態度を取っているアインズさんだけど僕には分かる―――

 

「(本当に気にしてないのにこの態度。 うわー……マジで勘弁してくれよ……)」

 

彼がこう思っているのが手に取る様に。

 

「……ところで、ソウソウさん。 聴取の最中で耳にしたのですが、漆黒の剣は『綺麗な状態で死んでいた』らしいですね」

 

アインズさんから詳細を聞けば、調査の為に現場である工房に入ると其処には「外傷が全く無く穏やかな表情で四人の冒険者が眠る様に息を引き取っていた」姿を発見したらしい。

お陰で彼等はアインズさんが始末した犯人の犠牲者なのか判断が出来なかったとの事だ。

 

「なのに所持品は幾つか無くなっていたので調べた者達は皆、首をかしげていたそうです」

 

「……やっぱり、不味かったですか? “アレ”」

 

「いえいえ、別に。 それが冒険者としての私の不利益に繋がる訳でも、ましてやソウソウさんの仕業と断定される訳でも無いので特に問題はありませんよ。

ただ、その話を聞いて『アナタはやはり優しい人なんだな』と再確認しただけですから」

 

「………僕は、ただ彼等があんな“醜い姿”で人目に晒されるのが我慢ならなかっただけです。

僕等に僅かばかりとは言え、利益を与えてくれたのですから相応の敬意は示すべきでしょうしね」

 

そう言った僕は閉じていた目を開き、マキナの方へ顔を向ける。

死者にとって死に顔はとても重要だ。

苦痛に満ちた死因でも人目に触れる以上、それは見苦しい物であってはならない。

亡くなった麻紀ちゃんの葬儀で施された死化粧は彼女の死因が交通事故であった事を感じさせない見事な物で、当時放心状態だった僕の心を微かに動かした。

マキナのデフォルトの顔が彼女のデスマスクだったのは今にして思えば「死を越えた先にある“美”を不変の物にしたい」という僕の人形作家としての価値観(エゴ)から来ていたのだろう。

 

「お父様……私の顔に何か付いていますか?」

 

「いや、変わらず“綺麗なまま”さ」

 

彼女は嬉しかったのか首を一回転させたが僕からすればその反応は最早、愛おしく感じる。

「不変の存在」が「生き生きとしている」という二面性、間違い無くこの子は僕の最高傑作だ。

 

そんな物思いに耽っていた僕の姿を見て何を感じたのかは分からないがアインズさんが先程の話の続きを始める。

 

「まぁ、問題があるとすればリイジー達の証言ですが…それに関しては大丈夫でしょう」

 

「ええ……彼女には念を押しましたけど、“あの様子じゃ”必要無かったかも知れませんね」

 

昨日、用事を済ませた僕等と共に工房に戻って目にした僕とマキナが”直した”漆黒の剣の遺体に驚いた後、僕等に対して畏怖の眼差しを向けて来たが、同時に人知を越えた存在だと納得してくれたらしく、それから暫くして気絶したンフィ―レア君を担いで来たアインズさんを目にすれば大粒の涙をこぼし、「契約の代価は必ず支払う」と約束してくれた。

 

「これからの僕達に必要なのは“物資の安定供給”。 あの二人はその内のポーション作成の為に働いて貰いますけど、従順であればそれに越した事は無いですから」

 

「最悪の場合は精神操作も考えましたが、ンフィ―レアはソウソウさんに懐いている様ですし、

リイジーは我々の力を見せつけた上で恩を売っておいたので、問題は無いでしょうね。

では、今後二人にはカルネ村に移住させて我々の監視下の元で働いて貰う形にしましょうか」

 

 

 

と、彼等が今後の話をしている後ろでナザリックの三人娘は声量を落として会話をしていた。

 

「……マキナさん。 何故、御二人はあの下等生物(ユムシ)達にポーション作成を任せるのでしょうか?」

 

「………作れる人、ナザリックにも居るのに何で?」

 

「んー……多分だけど、実験的な意味合いが強いからだと思う。

ナザリックの職人さんに比べれば大した事無いのは当然だけど、リイジー・バレアレはこの世界“では”名の知れた薬師だから、試しにナザリック製のポーションを作らせて再現出来なければ『価値無し』と処分されるのだろうし、再現出来れば今後の為に飼っておく御積もりなんだろうね」

 

「成程……では、孫の方は“死んだ場合のスペア”という事なのですね?」

 

「………それもあるんだろうけど、ンフィ―レア君の方はハムスケの様に愛玩動物(ペット)としての価値があると御二人は判断されたんでしょ。

異能(タレント)も野放しにしておくには勿体無いレア度だし、イジった時の反応も面白いしね」

 

「……マキナ姉の今の雰囲気、ルプスレギナに似てる」

 

マキナからすれば珍しい、意地の悪い表情を見たシズは廃人となった“情報提供者”とソウソウから頼まれた人形の部品(パーツ)を宅配人形に入れながら、常人には分からないレベルのジト目を向ける。

 

「えぇ~…ちょっと、シズ? 私、あの子ほど人間を苛めるの愉しんでるつもりは無いんだけど」

 

「ですね。 人間等という下等種族に関わり合う事がそもそも無駄としか言えません。

その点、アインズ様とソウソウ様は流石ですね。その様な連中にも演技を忘れないのですから」

 

「御二人は目的の為には地を這う蟻の如き存在にすらレベルを落として話されてるんだし、

ナーベラルちゃんもアインズ様に恥をかかせる様な真似は慎まなきゃね」

 

「はい……善処致します」

 

「………ナーベラル。 マキナ姉、この前人間を弄って遊んでたから、ソウソウ様に怒られてた」

 

「シィーッ! シズ、シィーッ!! 折角、格好付けてたのにそんな事言わないで!!

あれは仕方ないって、弄って面白い反応をする生き物にはどうにもちょっかいを掛けたくなるって言うか―――」

 

 

後方の三人娘がガールズトークで盛り上がっているのを余所に、至高の二人はアインズのプレートへと話題を変えていた。

 

「ランクが僅か数日で一気に銅からミスリルへランクアップ……と言えば聞こえは良いですけど、都市を壊滅の危機から救ったのならオリハルコン位まで上げてくれれば良いのに、ケチですね…」

 

「いや正直、私もそれ位まで上がるかと思っていたのですが……実績の無いポッと出の冒険者が数多のゾンビを蹴散らしたなんて話は十分な調査の上で判断したいとの事だそうです。

現場の近くに居た何人かの衛兵を生かしておいたので、暫くすれば話題に上るのは確実ですが」

 

「良いですね…今の所、名声を得る事に関しては想定していた以上の上がり調子じゃないですか。

このまま行けばアダマンタイトのプレートを手に入れるのもすぐでしょうね」

 

「それには今回の様な事件がまた起きて、総取り出来れば良いんですが…こちらで起してみるか?」

 

「マッチポンプか……あまり気は進みませんけど、やる場合は僕がアインズさんと戦った方が良いのかな? 他の子達だと遠慮しちゃいそうですし」

 

「……ソウソウさんを傷付けるのは精神的にかなりクる物があるので、出来れば他の方法にしましょうか」

 

「僕だって好き好んでアインズさんを骨折させるつもりなんて毛頭ありませんし、取り敢えずはクールボックスに保存されてるヤツが所属している組織で……ズーラーノーンでしたっけ?

そいつ等の何人かを人身御供にした方がリスクは無さそうですよね」

 

「そうですね。 そこの細かい部分はナザリックに帰ってからゆっくり話し合うとして、

今は後回しにしていた問題に向き合う事にしましょうか」

 

アインズが切りだした話題でソウソウも昨日のエントマから受けた伝言(メッセージ)を思い出し、

内容を確認する為に二人は彼女の要望通りに守護者統括であるアルベドに連絡する。

 

「―――アルベド、私だ」

 

「大分、間を開けてしまってごめんね。 で、何の用だったの?」

 

『アインズ様、ソウソウ様。 シャルティア・ブラッドフォールンが反旗を翻しました』

 

この都市に来て想定以上の成果を上げられた事で若干、気分が良くなっていた至高の二人は

アルベドから放たれた第一声で頭から冷水を被った様な錯覚を覚える。

 

 

「「…………………何(だって)?!」」

 

 

暫く呆然としていた二人の口から出た間の抜けた声は後ろに居たナザリック三人娘を驚かせるには十分な声量でエ・ランテルの路地裏に響く事になった…。

 

 




ファフナーの展開に心抉られる日々が続いていたのでほのぼのした物を自給自足しようかと思い、書いてみれば今後の展開は至高の二人にとって辛かったのでした。


次から三巻分の内容になるので、それが終わったらデミさんとソウソウのほのぼの解体新書でも書くつもりです。

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