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ある街の一角。普段は閑静な住宅街であるそこは、いまや数多の人とパトカー、救急車のサイレンで非日常的な騒々しさに包まれていた。
騒動の中心部に位置する十字路の中央には、30代の血まみれの男が這い蹲っている。
その男の名は「吉良 吉影」。
美しい手を自分のものにしなければ気が済まないという性をもちながら何よりも平穏な日常を求め続け、そして実行に移してきた。
被害者の手以外の身体や、目撃者の存在を特殊な爆弾で消し飛ばすことによって。
しかし、その悪徳の日々にも終わりが訪れる。
現に彼は「黄金の精神」を持つ人達に追い詰められているのだから。
「そのスイッチを押させるなーーーッ!!」
大量の出血と体中に負った重傷により朦朧とする意識を、自分よりも一回りは若い男の声がかき乱す。
男の声が示す通り、吉良は右手で常人には見えない「スイッチ」を押そうとしていた。
このスイッチを押せば、いわゆるチェスや将棋のように「詰み」の状態になった盤面も、全てひっくりし、無かったことにできるはずだ。
ギリギリまで追いつめられ、事態が逼迫していくにつれ細まる神経の糸。
そう、彼自身ですら制御できない無敵の能力を、発動させるためのキーが、いまここで、揃うのだ。
愉悦に顔をゆがませ、吉良が勝利の宣言をする。
「いいや、限界だッ!!押すねッ!!」
そして、彼はスイッチを押した。
いや、押したはずだった。
しかし、スイッチを押すはずだった右手は、何処か覚えのある「重み」により無様に地面に縫いとめられてしまった。
(これはッ!!あのクソガキの能力!!)
それでもなお懸命に死の運命から足掻こうとする彼の背後から、救急車のタイヤが迫ってくる。
日ごろからカス同然だと気にもとめなかった存在により、彼の人生最期の逆転劇は阻止された・・・と思われた。
ところが、吉良自身も意識せぬ深層心理、精神に直結した最も奥の部分に一つの爆発が起こった。
それは「死にたくない」という原初欲求に結び付いた強固な意志の力。
精神のヴィジョンたる彼の分身「キラークイーン」は、分身たる由縁である宿主の意識を凌駕し、なおかつ爆発的に巻き起こった意識の本流に翻弄され、結果、一つの独立した、しかし小さな意志を持った。
「死にたくない」と。
つまりはスタンドの暴走である。
暴走状態に陥ったキラークイーンは、猫のような眼で瞬時に回りを見渡す。
「生き残る」ためにどうすればよいか。
あの、自分に向かってくる、直前まで自分にラッシュをたたき込んできた大男か。
それとも大男のコートに付属品のようにまとわりついている、自分の右手を縫いとどめている小柄な少年か。
いや、今の自分では生命エネルギーに満ちた彼らを「吹っ飛ばす」ことはできないだろう。
では、あの血まみれの、今にも倒れ伏しそうな青年であればどうか。
永遠にも等しい一瞬の中で、キラークイーンは結論を出した。
そして、自分の右手を切断した。
依り代たる自身の分身はもはやうめき声をあげる程度にしか抵抗する術は無い。
自由になった身体の足に力をため、目標めがけて大きく跳躍する。
さながら獲物を狩る猫のように。
獲物はのろのろと、だが瞳だけは自分の姿に焦点を合わせながら、その目を大きく見開いた。
獲物の光彩にキラークイーンの姿が映り込み、そして・・・
その日、平凡なサラリーマンである吉良 吉影が不運な事故により死亡した、というニュースと、ある一人の高校生の不可解な失踪のニュースが、杜王町をにぎわせることになる。