15
「コントをしとる場合かぁ~~ッ!?早く縄を解いてくれッ!!」
部屋の中から聞こえるポルナレフの切実な悲鳴に促され、はっと我に返った仗助がドアを開ける。
室内にはポルナレフの他に襲撃者の姿は見えない。
ポルナレフのもとへ一歩踏み出したところで、クレイジーダイヤモンドが背後に向かってラッシュを放つ。
「まる見えだっての。このタコ。」
仗助は廊下から照らされたライトを受け室内に伸びる自分の影の背後に、別の影が忍び寄っていることに気が付いていた。
予想よりも小さく軽い手ごたえに襲撃者の正体を探ろうと仗助がふり向く。
そこには廊下の壁に叩きつけられ、壊れかけた一体の人形が落ちていた。
「ったく、気色悪ぃったらねぇぜ。おぉいポルナレフさん、大丈夫っスかぁ~?」
ポルナレフにかけられていた縄を切り、負っていた怪我を治す。
仗助に礼を述べ、シャンプーを目にかけられたとシーツでしきりに目をこするポルナレフ。
「ぐふ、ぐふひひひひひゃ」
背後から聞こえたカタカタという音と笑い声に二人が振り返る。
「あ~痛ぇ~、いてぇなぁ~~あ?スタンドを通じて痛みが伝わってくるぜぇ~~?」
恨めしい、恨めしいと繰り返しながら、人形はむくりと起き上がって廊下に消えていった。
「ボロボロだってのにまだあんなに動けたのかよ!チッ。仗助!俺はあの人形を追う!
お前は本体のスタンド使いを探してくれ!」
やつはその窓から落ちていった、あの人形を操る必要がある以上それほど遠くへは行っていないはずだ、と早口に告げ、ポルナレフは人形の後を追い部屋を飛び出した。
単独行動は危険だと待ったをかけようとした仗助をその場に残して。
ポルナレフを止めようと伸ばした右手を力なく降ろし、言われたまま窓辺に進んでいく。
バルコニーに残されたポルナレフのものと思われる血痕が生々しい。
「本体を探すっつったって・・・」
バルコニーから下の様子を確認し、ごくりと喉を鳴らす。
「こ、ここを降りろってゆうのかよぉ~~?」
別に高いところが苦手ではない。苦手ではないのだが、好き好んでビルの窓から飛び降りたいわけではない。
室内の調度品でヒモかはしごのようなものを作るとしても、地上まで30メートル以上はあるのだ。費やす時間も材料も足りないだろう。
すー、はーと大きく深呼吸を一回。
結局、仗助は身一つでバルコニーから飛び降りた。
クレイジーダイヤモンドの腕で階下のバルコニーの縁につかまりながら、1階1階周囲に異常がないか確認して行く。
あの人形がスタンドであるならば、本体が空中で方向を変える術はない。
必ずや重力に引かれ垂直に落ちていきいずれかの階で止まった、その痕跡がどこかに残っているはずだ。
まぁ生身の人間がビルから落ちて無事でいることも驚きに値するが、凄腕の暗殺者と言うものは一般人よりも身体能力に優れているのかもしれない。
3階分ほどそれをくりかえしたところで、窓ガラスを割られた部屋を見つけた。
どうやら空室だったようで、部屋に人気はなくしんと静まり返っている。
割れたガラスを慎重によけながら静かに仗助が客室に入る。
ベッドシーツが乱雑にはぎとられている以外、室内にはこれといって変わったところはなかった。
さて、ここからどうやって本体の後を追えば良いのか。
購入したばかりの櫛で髪を整えつつ、仗助にあせった様子は見られない。
依然問題なし、とでも言いたげな仗助の目線は、部屋に侵入する際にこぼれ落ちたのだろう、
散らばったガラス片を赤黒く濡らす何者かの血液に向けられていた。
ポルナレフの部屋にはいくつかの血のあとが残っていたが、詳しい話を聞けなかった仗助にはどれがポルナレフのものか、それとも敵スタンド使いのものなのか判断ができなかった。
だが外側から内側に向けて散らばるガラス片が、侵入者が外から来た事を雄弁に物語っている。
このタイミングで偶々地上5階からホテルに忍び込む盗人がいるとはまずありえない。
つまり、目の前にある血液は、ほぼ間違いなく敵のものと断言できる。
さらに、シーツをはぎ取っていることから、敵が止血を行ったか、身を隠すためにそれを用いた可能性が高い。
ならば今も敵は身につけているはずだ。敵自身の固まった血が付いた布切れを。
血液が乾くのを待ち、部屋のドアを開けてあらかじめ「軌道」を確保してから、クレイジーダイヤモンドで血の付いたガラス片を矢じりのように変化させる。
ドギュンッ!という効果音でも発しそうな勢いでどこかへ飛んでいくガラス片の後を、クレイジーダイヤモンドの足で加速しながら仗助が追う。
飛んでいくガラス片は十円玉程度の大きさしかないためすぐに見失ってしまうし、途中に扉などがあっても当たって砕けてしまう。
が、おおよその方向はわかる。すかさずポケットから取り出した「次弾」を装填。
こうなることはあらかじめ予想できていたので、仗助は血の付いたガラス片をいくつか持って来ていたのだ。
幾つかの角を曲がり、螺旋階段を飛び降りて辿り着いたのは、ホテル内に数多に設置されている男子トイレだった。
最後の一つとなったガラス片が、ある個室のドアに衝突して散った。
つかつかと唯一戸の閉まった個室に近づく仗助。戸の前で立ち止まり、クレイジーダイヤモンドの手を戸に透過させて鍵を開ける。
「ようやく見つけたぜ、くそったれ。」
「ぐふひッ」
狭苦しいトイレの個室内には、暗殺者と言うには幾分か目立つ姿をしている男がいた。
男は体中傷跡だらけで、左目に巻いた布は赤くにじんでおり、どう見ても重症患者である。
そんな男が病院にもいかずにトイレに籠っているのだから怪しいとしか言いようがない。
ゆっくりとクレイジーダイヤモンドに戦闘態勢を取らせつつその男に近寄る仗助に、男が言った。
「い、いぃ~のかぁ?俺のスタンドは今ポルナレフと戦っている。ここで俺を一瞬で
殺さねぇと、おめぇに攻撃された恨みでパワーアップしたスタンドがポルナレフの
野郎をかみ殺しちまうぜぇ?」
「ほぉ~~?ならよぉ~、攻撃するんじゃあなくて、その傷を治しちまったら、恨みの
パワーってやつはどうなるんだろうなぁ~?」
一瞬言葉の意味が理解できなかったのか、呆ける男の顔面にクレイジーダイヤモンドのコブシが当たる。
不思議と攻撃された感覚はなく、それどころか今まで感じていた怪我の痛みも、失明確実と思われた左目の視力までも回復している。
「ッ!?おめぇ今何をッ!?・・・しまったッ!!」
攻撃された痛みで相手を恨み、ピンチになればなるほどパワーアップするスタンド。
確かに一瞬でかたを付けなければ相当厄介だ。ではその恨みの根源たる傷を「治して」しまったら。
例え怪我が治癒したとしても、傷を負った時に感じた痛みの記憶はなくならない。
しかし、喉元過ぎれば熱さ忘れるということわざの示す通り、痛みを感じ続けていた状態と同等の恨みを維持し続けることは出来なかったようだ。
仗助に注意を払いつつ、男は人形に憑依させた自身のスタンド、エボニーデビルに意識を向ける。
人形そのものはごく普通の一般人にも見えるものだ。動く人形を目撃され騒ぎになった場合、ジョセフたちが騒ぎを聞きつけて加勢してくる可能性があった。
そこで人形は、人目を避けつつ足跡を残し、追ってくるポルナレフをリネン室まで上手く誘導していた。
部屋でポルナレフを襲ったときよりも、追加で受けた攻撃を糧にして更に素早く動けるようになったエボニーデビルは、遮蔽物を利用してポルナレフに猛攻をしかけていた。
その動きが突然鈍くなる。
敵の見せた大きな隙を逃すことなく、ポルナレフがシルバーチャリオッツで人形を切り刻む。
今度こそ動くことも出来ないよう、念入りに細切れに。
目の前の男がいきなり全身から血を噴き出し、瞬く間に絶命する姿をじっと見つめた後、仗助は無言でトイレを後にした。