25
ロビーを抜け、奥にある老婆の私室と思われる部屋へ進む仗助とポルナレフ。
怪我をした老婆に力仕事は辛かろう、手伝えることがあれば手伝って老婆の好感度を上げ、あわよくばお目当ての紙をもらうのだ、
と思っていたかは定かではないが、二人は興味の赴くまま部屋に足を踏み入れる。
老婆の姿はすぐに見つかった。
洗濯物でもしまっていたのか、部屋の奥に設置されているクローゼットの戸をバタンと閉じ、老婆が二人に向き直る。
「ど、どうかなしゃいましたか、お客さん。」
不躾な来訪者に、それでもなお笑みを崩さず老婆が尋ねた。
「あっれ~?なんだか重いもんでも動かしてるみたいな音がしたんだが。」
「あ、あぁそれが、さっき転んだ拍子にテーブルやら椅子やらひっくりかえしてしまった
んですよぉ~。ちょうど今、元に戻したところで。お客さんらは気にしないで部屋でゆ
っくりしていてくだしゃれ。」
危なっかしい老婆を心配に思ったのだろう、ポルナレフは老婆の肩に手を置き、今日は俺のことを息子だと思って、だとか、甘えていいんだぜ、などと訳知り顔で話しかける。
あれやこれやと世話をやこうとするポルナレフと、若干引き攣った顔でやんわりとそれを断る老婆の脇で、仗助が何かに気付いた。
「ばあさん、やっぱり怪我が悪いんじゃあねーのか?ほら、上手く手が使えねぇから、
洗濯物がクローゼットからはみ出てるぜ。」
(んゲッ!)
仗助の言うとおり、クローゼットの扉からは砂色の長い紐のようなものが垂れ下がっていた。
彼の指摘で「それ」に気付いた老婆が、内心冷や汗を流す。
このままではまずい、アレが見つかればこの茶番も台無しだ。
自分のスタンド能力なら、ジョセフたちを一方的に嬲ることもたやすいという自信を老婆は持っている。
が、その大前提として「肉体の一部に傷を付ける」必要がある。
その傷を付けるためにも、もっとじっくりと時間をかけ、一人一人ひっそりと料理してしまいたかった。
どうにかして最初の一人に傷を付け、殺し、自分の能力の支配下に置く。
あとはそいつを使って他の仲間に近づき、不意をついて犠牲者を増やしていく。
途中で能力がばれたとしても襲ってくるのは元仲間。
さぞかし良い見世物になるだろう、と笑顔の仮面の裏で老婆は考えていた。
ジョセフたちをこのホテルに招いたところまでは、若干怪しまれはしたものの概ね老婆の計画通りに進んでいた。
ところがそこで現れたあの男。
息子を見殺しにしたばかりか、いけしゃあしゃあと自分の前に現れて協力を申し出てきた男を、湧き上がる憤りにまかせ殺してしまった。
しかも間が悪い事に、耳聡く物音を聞きつけたポルナレフたちが部屋に向かってくる。
咄嗟にクローゼットに死体を押し込みはしたが、完全に隠しきることは出来なかったようだ。
あやつはどこまでわしの邪魔をすれば気が済むのか、と悪態をつきたいところ、彼らの手前ぐっと我慢する。
この状況をどうやって回避すべきか高速で思考を巡らす老婆をよそに、俺がしまってやるよと仗助がクローゼットに近づく。
それを止めようとした老婆は、任せておきなって、というポルナレフに肩を掴まれ、仗助の行く手を阻むことができない。
仗助の手がクローゼットの取っ手にかかる寸前で、老婆がやけっぱち気味に叫んだ。
「そっ、それはわしの勝負パンテーじゃあーーッ!」
「エッ!?あ、あぁ・・・おう・・・。」
聞かされた予想外の事実に、伸ばした手を慌てて引っ込める仗助。
ぜいぜいと息を切らした老婆の姿に悪い事をしたと感じた仗助が詫びようと老婆へふり向く、が。
「うっ・・・あぉ・・・くっ・・・」
クローゼットの扉がひとりでに開き、何者かがうめき声をあげてまろび出て来た。
背後を取られた仗助が、たまらずその人物の下敷きになる。
身を起こそうとする仗助に、ポルナレフが駆け寄り手を貸した。
身体の上に覆いかぶさっていた障害物をぞんざいに床に転がした二人は、力なく横たわったままのその人物の顔を確認し、大いに驚く。
なぜならその人物とはインドで逃げられた敵、カウボーイ風の男、ホル・ホースだったからだ。
ホル・ホースは依然会ったときのどこか余裕ぶった態度が嘘のように、床をはいずりながら彼らに対し必死に何かを伝えようとしている。
その必死さとは裏腹に、彼の発する言葉は途切れ途切れで弱々しく、意思の伝達には大いに支障があった。
「後ろって・・・」
「おぅわあああーッ!?」
ホル・ホースのかすれた声をなんとか聴きとり、その意味するところに従って二人が背後をふり向くと、そこには先ほどまでのニコニコとした愛想の良い顔をまるで童話に出てくる山姥の如くに豹変させた老婆が鋏を振りかざしていた。
反射的にスタンドを展開し、ポルナレフがシルバーチャリオッツの剣で鋏をはじく。
武器を失った老婆が猿のような身のこなしでさっと距離を置く。
ポルナレフ達との間合いを計りながら、するすると扉の前に移動し、老婆がその本性を明かした。
いわずもがな、彼女の正体はDIOからの刺客。
『正義』の暗示を持つスタンドは、付けられた傷口をこじ開け、糸を通すようにして対象を思うがまま人形のように操ることができると言う。
それも同時に何百体でも。
ジョセフたちに現れた敵の存在を知らせるべく大声を上げようとするポルナレフを遮り、老婆が現実を叩きつけた。
「大声を出せば助けを呼べるとでも思うたかぁ~?もう遅いわ!」
すでに手は打ってある、という老婆の言葉に続き、ぞろぞろと住民たちが部屋の入り口から入ってくる。
先頭を陣取る男は町で発見し警察官らによって運ばれていったはずの旅行者だった死体だ。
旅行者だけではない。
服の下に隠れて見えないが、住民たちもカートゥーンアニメに出てくるチーズのように穴だらけとなった死体なのだろう。
身体の随所から細く霧が立ち上っている。
この者たちすべて、いや、ここにいるだけではない町中の人間がジャスティスによって操られ、敵として自分たちに襲いかかるという老婆の言葉に絶句するポルナレフ。
そこに、仗助が悠然と死体たちの前に立ちはだかった。
「傷なら俺の得意分野だぜッ!こいよ、全員まとめて治してやっからよッ!!」
クレイジーダイヤモンドを構える仗助へと、先頭に居た旅人の死体が襲いかかる。
しかしながらいくら操られているとはいえ木偶人形がクレイジーダイヤモンドのスピードに対抗できるわけがない。
すぐさまクレイジーダイヤモンドが死体に触れ、瞬く間にその傷を消していく。
無傷の状態に戻った死体は、糸が切れた人形のようにどさり、と床に身を投げ出した。
「穴が無けりゃあ操れねェたぁ不便なスタンドだよなぁ~?これなら間田の野郎の方が
よっぽど厄介だったぜ。」
穴という穴全部消してやろうと向かってくる住民たちにやたらめったらコブシを叩き込む仗助。
ところが次の瞬間、彼は予想もしていなかった出来ごとに目を見張った。
たしかに、彼のクレイジーダイヤモンドは、襲ってくる死体に触れ、その傷を治したはずだ。
だのに傷口は一向にふさがらず、「肉体の損傷を治した」という手ごたえがまるで感じられない。
「・・・!?ぅぐッ!」
いつの間にか背後に忍び寄っていた赤子が、仗助の左足に長く伸びた舌をつき刺す。
途端しゅうしゅうと噴き出すはずの血が部屋に漂う霧の中に吸い込まれていった。
「ヒャヒャヒャッ!お前の能力は傷を治すものかぁ?随分自信があったようじゃが、ジャ
スティスはただ死体を操るだけではないんじゃよぉ~!!この謎が解けない限り、ジョ
ースター達が助けに来ることも、キサマらがわしに勝つことも出来んわ!」
仗助の左足にボコリと穴があき、その穴に霧が入り込む。
当人の意志とは関係なく動いた足が、近くに居たポルナレフの胴目がけて回し蹴りを放った。
まともに蹴りを受け、ホル・ホースの居る壁際まで蹴り飛ばされるポルナレフの姿に、老婆が嘲笑する。
「あぁ、その音じゃあ骨の2、3本は折れたかのう?げひひ、わしの息子は仲間だった
そこのホル・ホースに見殺しにされて死んだッ!お前も仲間に裏切られていたぶられる
のがお似合いじゃて!!」
「げほッ、なんつー性格の悪いばあさんだッ!!」
されど仗助はポルナレフを蹴り上げた瞬間にクレイジーダイヤモンドで骨折を治していた。
よって周囲に響いた音とは異なりポルナレフにダメージはない。
すぐに体勢を整えシルバーチャリオッツを構えるポルナレフに、自身の思惑が外れた事に気づいた老婆が歯噛みする。
「ふん、こしゃくなぁ!にっくきポルナレフとホル・ホースはあとでじっくりと屈辱を味
合わせることにして、まずはそこのクサレガキッ!厄介なキサマから始末してくれるッ!!」
「うおッ!?」
ジャスティスに操られた左足を軸に、仗助が天井にひっぱり上げられそうになる。
強制的に逆立ちの姿勢を取らされながらも、クレイジーダイヤモンドで床を攻撃し、床石を破壊する仗助。
「治す」能力によって床へと戻ろうとする大きめの破片につかまり、なんとか天井に叩きつけられるのをしのぎつつ、ポルナレフに檄を飛ばした。
「ポルナレフッ!怪我しても穴が開く前に治せっからよ、俺にかまわねぇでやっちまえ!」
「おうよッ!ホル・ホース、キサマも怪我は治ってんだッ!アヴドゥルにしたことは許せ
ねぇが、ここは一旦納めてやる。手伝えとは言わねぇから、邪魔だけはすんなよッ!」
ポルナレフの言葉でようやく傷が無くなっていることに気づくホル・ホース。
仗助は老婆が彼らから距離を置く間に、ホル・ホースの傷を治していた。
何故、仗助がホル・ホースを助けたか。
ホル・ホースを治した際、仗助がこのような状況に陥ることまで考えていたわけではない。
彼はホル・ホースから何があったのか、敵のスタンド能力はどのようなものか聞き出そうとして、しかたなくまともに話せない様子のホル・ホースを治したにすぎない。
もっとも、その直後に老婆が勝手にスタンド能力を話しだしてしまったため、無駄にはなったが。
老婆が語るように彼女のスタンドが霧状のものならば、ポルナレフや仗助のスタンドが攻撃をしたとしても正に空を切るが如し。有効打を与えることはできない。
それなら本体を叩くしかないが、そんなことは敵も重々承知しているのだろう。
現に老婆はすでに肉壁の後ろに位置し、決して彼らに近づこうとはしない。
仗助には格好良く任せろと言ったものの、ポルナレフは攻めあぐねていた。
仗助が動けない今、ポルナレフがクレイジーダイヤモンドの射程距離外で傷を付けられれば、あっけなく敵の術中にはまってしまう。
ポルナレフが肉壁を突っ切って無事老婆まで辿り着くのは相当な幸運が必要だ。
いくら死体を切り刻んでも、穴に入った霧がバラバラのパーツまで自在に動かせるなら、剣での攻撃はけん制程度にしか効果が無い。
残念ながらこの大人数をまとめて吹っ飛ばすだけのパワーはシルバーチャリオッツにはないのだ。
また、老婆にとってもこの状況はあまり歓迎できるものではなかった。
ジャスティスは人や死体を操ることで物理攻撃を為すのであり、スタンド自体に攻撃力はほぼ無いと言っていい。
相手に傷を付たところでそれを治してしまうスタンド使いがいる以上、そいつを真っ先につぶしたいところ。
しかし甲冑を脱ぎ捨て、残像の見えるスピードで死体たちをかく乱するシルバーチャリオッツを通り抜け、仗助に更に追加で傷を負わせることは困難。
このままじわじわとやつらのスタミナを削ってく手もあるにはあるが、もたもたしていればいつジョセフたちに気付かれるか分からない。
霧の幻覚によって多少足止めができるとしても限界がある。
だが、ここにはもう一人スタンド使いが居た。
どちらにとっても好都合なことに、遠隔攻撃を得意とするスタンドを持つ者が。
仗助も承太郎みたいにスタンドで霧吸い込むことに気づけばさっさと終わったのに。。。
あ、クローゼットから出てたのはヒモパンじゃなくてホル・ホースの帽子の一部です。