5.5
どことも知れない、だがどこか懐かしさを感じるうす暗い空間。
太陽の下で瞼をつぶったときのような、肉の壁から光が透過してくるほの赤い景色の中で、自分はたたずんでいる。
自分がここに居る、と認識した「彼」に向かって、周囲の壁から知らない手が伸びてきた。
あくまでも優しく、しかしこちらの意思をどこまでも無視するかのように身体を這いまわる一対の手・・・。
その形から、どうやら女性のものらしいとわかるが、手の先にあるはずの胴体も、顔も確認することができない。
何かそこにあることは分かる。しかし手以外の部分はぼやけており、どうにもはっきりと認識できないのだ。
ここは静かで、ぬるま湯にじっくりと浸かっているかのように穏やかな平穏に包まれた空間ではあるが、この自分に触れられている手の存在がとても気持ち悪い。
「彼」は勢いよく手を払いのけた。
すると、自身を苛んでいた手がまるで胴体から切り離されたように、いや、胴体そのものが消えうせたかのようにボトリと落ち、動かなくなった。
動かなくなった手を見て、「彼」はとても安心し、満足感を得た。
ようやくこれで・・・。
6
仗助は目を覚ます。
何か奇妙な夢を見ていた気がするが、その内容は思い出せず、ただ漠然とした印象のみが胸に残っている。
周囲を見回し、そして昨日の事を思い出した。
(あぁそういやぁ。昨日は承太郎さんの家に泊めてもらったんだった。)
寝床から起き上がり、爽やかな朝の空気を肺いっぱいに吸い込もうとしたとき、どこか屋敷の中が騒がしい事に気付いた。
バタバタと人の走る音や、男の怒声が聞こえてくる。
仗助は素早く上着を身につけ、寝室として提供された客間の一室から廊下へと足を向けた。
騒ぎの大元となっている場所はすぐに見つかった。その部屋の横に花京院がたたずんでいたからだ。
そのまま花京院に話しかける仗助。
「なんかあったんスか。どーも騒がしいみたいっスけど。」
花京院は無言のままちらりと仗助を見やり、ついで視線を部屋の中へ向ける。
つられて仗助が部屋の中を覗き込むと、そこには布団の中で荒い息をつくホリィが居た。
尋常ではない様子に、慌てて仗助は部屋へ踏み込んだ。
「ッ!!?一体なにがッ!?」
ホリィのかたわらには苦渋の表情を浮かべるジョセフと、部屋の隅で今にも舌打ちしそうな承太郎が居る。
「おぉ仗助くんか、すまんが少し静かにしてくれんか。事情は場所を変えて話そう。」
感情を押し殺し、精一杯気を使って平静を装おうと努めるジョセフ。
丁度その時、アヴドゥルが辞典を片手に部屋へやって来た。
「ジョースターさん、あの蝿の正体が分かりました。」
「うむ、ありがとうアヴドゥル。それじゃあ向こうに広間がある。そこで話をしよう。」
ジョセフはホリィの顔を痛ましげに一瞥し、立ち上がった。
「ホリィ、安心するんじゃ。必ずお前を救ってみせる。」
広間のテーブルの上に、アヴドゥルが持っていた図鑑が広げられる。
後から来た仗助に詳しい説明をする余裕もないのか、そのまま話を進めるジョセフ、アヴドゥル、承太郎。
横で話を聞くだけの仗助には今一つ事情がのみ込めていなかったが、話の大筋から、どうやら自分が寝ている間にDIOの大まかな居場所が判明したらしいことがわかった。
そしてホリィの病変がDIOと関係しているようであるということも。
「やはりDIOはエジプトに居るのか。」
話がひと段落したところで、部屋に入って来た花京院が言う。
彼も数ヶ月前にエジプト旅行に行った際に、DIOに遭遇し、肉の芽を埋め込まれたのだと。
「どうやらDIOはなんらかの理由でエジプトから離れたくないようじゃな。すぐにエジプト
に向かうぞ!仗助くんッ!」
突然名前を呼ばれた仗助は図鑑から目を離し、ジョセフと目を合わせた。
「すでに昨夜SPW財団に連絡し、虹村家の場所は探してもらっている。キミはこのまま
この家に滞在し、SPW財団からの連絡を待ってくれてもいい。」
じゃが・・・とジョセフは続ける。
「キミの境遇を思えば随分と勝手な願いに感じるかもしれんが、もし、もしも可能で
あるならば、キミにも同行してほしい。エジプトは遠く、DIOはスタンド使いを
多数従えておる。キミの持つその癒しの力が旅の中でどうしても必要となる場面も
あるじゃろう。」
頼む!わしならいくらでも殴ってかまわんから、ホリィを助けるため力を貸してくれ!!、
と、今にも土下座せんかというような勢いで、ジョセフは仗助に頼み込んだ。
下げられたジョセフの後頭部を見ながら、憮然と黙り込む仗助。
彼にしてみればジョセフは長年愛情を注いできた娘のために、つい昨日現れた息子の命を危険にさらそうとしていることになる。
それがどれほど厚顔無恥な申し出かわかっているからこそ、こうしてジョセフは頭を下げているのだ。
それでも、愛する家族を懸命に守ろうとするジョセフの眼差しには、尊敬する祖父に通ずるものがあった。
ぐっとコブシを握りこみ、仗助は答えた。
「・・・俺は、自分でもわかんねーうちに『ここ』に飛ばされてきた。だからまたいつ何かが
起こって元の時代か、それとも全くの別の場所に飛ばされちまうかもしれねぇ。」
(だが・・・これが運命の悪戯ってぇやつなら、全力で乗っかってみるのも悪かぁねぇぜ。)
そうして再び顔を上げた仗助の目には、一つの決意が宿っているように見えた。
「実感は全然ねぇが、ホリィさんは俺の姉にあたる人なんだろ。・・・俺はもう、家族が
死ぬ所なんかみたくねぇーんだよッ!!俺も一緒にDIOって野郎をぶちのめすぜッ!!」
本当はちょっぴり、杜王町に行ってあの雪の夜に出会った『彼』に会いたかったが、会って礼を言ったとしても相手は困惑するだけだろう。
今助けた子供が12年後の姿になって会いに行き、何をどう説明すれば良いのか。
「・・・すまない。そしてありがとう、仗助くん・・・。虹村家のことは分かり次第、
わしらに連絡が入るようにしておこう。」
「それならば、私も同行させてもらおう。」
一部始終を静かに見守っていた花京院が告げた。その言葉に承太郎が反論する。
「・・・花京院。確かにテメェは昨夜、DIOの捜索に協力をすると言っていたが、
これからの旅は何が起こるか分からねぇ。テメェには命をはるような義理もねぇんだ。
折角拾った命を大切にしたらどうだ。」
「フッ。何故同行したくなったのか。そこんところだが、私にもよくわからない。
しかし折角助けてもらった命だ。自分の好きなように使わせてもらおう。」
自身に投げかけられた台詞をもじったような言い回しに、承太郎は口をつぐんだ。
二人のやりとりを見ていたジョセフとアヴドゥルが、その光景に思わず苦笑する。
しかし、仲間は一人でも多い方が良いだろう。
「よぉーし!時間がない、すぐにも出発するぞ!!」
ジョセフが勢いよく出発を告げるが、それに待ったをかける人物が居た。
「あのぉ~・・・。俺、パスポートなんて持ってないんスけど・・・。」
「あっ。」
数時間後、空条邸に多数の車が到着した。
SPW財団に所属する医師やスタッフが、これから24時間ホリィの警護と看護をするのだ。
更に、ジョセフに話しかけている職員によると、この短時間で飛行機の手配や旅に必要な物資の調達はおろか、全員分の偽造パスポートまで用意してくれたという。
あまりに早いSPW財団の手回しに感心している仗助の横では、アヴドゥルが承太郎にタロットカードを引かせていた。
占い師である彼いわく、承太郎が引くカードによって、これからの旅路と承太郎のスタンド能力がどのような暗示を持つのか調べたいのだという。
承太郎が引いたカードは『星』。希望を暗示するカードだ。
「承太郎、キミのスタンドを『スタープラチナ』と名付けよう!!」
そうして彼ら5人は日本を旅立つ。
彼らに待ち受ける「運命」は、1人のイレギュラーを迎えたことでどのような結末にたどりつくのだろうか。
それはまだ、わからない。ネットに弾かれたテニスボールが、コートのどちら側に落ちるのか誰にもわからないように。