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デルタカイが、レンが、キリエが光の胞子になって散っていく。
そして響くキールの叫び声。
その場にいた誰もが目を疑っていた。誰もが信じられないでいた。誰もが動けずにいた。
ただ2人。コードフェニックスとコードアメリアスを除いては。
『まだだ! まだ終わってはいない!』
彼らを現実に戻すコードフェニックスの一喝が響く。
彼は1人、大剣を両手に持ちクイーンアメリアスに向かう。振るわれる光の鞭を捌き、一気に詰め寄ると大剣を薙ぎ払った。それはクイーンアメリアスの手首を切り落とし、更に加速する。
『君達の使命を忘れるな! 何の為にここに来た! 仲間が1人消えたくらいでうろたえるな!』
『ええい! 五月蠅いぞコードフェニックス! あの者は消えた! このデータ空間で死した者はデータになって消えていくのが宿命ぞ!』
クイーンアメリアスの外装が離れ、凶悪な爪を持つ2匹の獣に変貌する。
ガーディダンサー。クイーンアメリアスの鉄壁の鎧にして、最も忠実なる番犬。番犬の爪は一糸乱れぬ連携で不死鳥を抑えつけた。アメリアスは残った左手でもう1本のビームウィップを払い、不死鳥を切り飛ばす。だが尚もコードフェニックスは声を張り上げ続ける。
『いいや違うね! 彼はまだ消えただけだ! 死んだわけじゃない!』
『何を根拠に。確かに彼の者は消えた。この空間において、それは即ち死以外の何者でもないだろう?』
『いいや! 何度でも言うぞアメリアス。彼はまだ消えただけだ。死んだわけじゃない』
大剣を可変させてソードメガビームキャノンを撃つ。アメリアスもガーディダンサーから砲撃を放つ。
二筋の光が正面からぶつかり、相殺の閃光を散らした。その閃光から番犬が飛び出す。再び真っ赤な爪が不死鳥を切り裂こうと、ギラリ光る。
そこに天使の翼持つガンダムが間に割り込む。両手の長銃をそれぞれ番犬の眼前に突き出して、その動きを止めていた。
『コードフェニックス、その言葉信じて良いのですね? レンとキリエは生きている。そう信じて構わないのですね?』
『ああ。信じてくれて構わないよシュテル・ザ・デストラクター。彼らは生きている。彼らはじきに戻って来る。確実に、絶対にだ』
『了解しました』
光が炸裂した。
バスターライフルのトリガーが引かれ、ガーディダンサーをエネルギーの奔流が直に飲み込む。
『ならば、さっさとあの女王気取りの調教師を倒してしまいましょう。いい加減、固くてうんざりしていた所です』
『同感だ。ハリボテの女王様には早々にご退場願おう』
2機の眼前。バスターライフルの直撃を受けて尚、その機能を停止しないガーディダンサーを再び身に纏うクイーンアメリアスにゼロカスタムはバスターライフルを。マスターフェニックスはソードメガビームキャノンを向ける。
『我を女王気取りとぬかすか。ハリボテの女王とぬかすか。その暴言、貴様らの死を以って償って貰うぞ!』
鞭が払われ、空間が歪む。姿を見せたのはレギナの大群。この期に及んで彼女はファイアーウォールを起動させたのだ。事実、彼女にも消耗が見られる。そして彼女が相手にしなければならないのは傷つきながらも呪縛から解放されたSpirits。さしもの彼女とて多勢に無勢。故にこの判断は正しい。
レギナの銃撃に応戦するSpirits。だがその消耗は隠せない。
勝てる。アメリアスはレギナの後ろに立ち、1人ほくそ笑んでいた。
そう。このままなら勝てないだろう。
一度ミネルバ近くまで後退したコードフェニックスはアメリアスの作戦に思慮をめぐらす。
確かにSpiritsの消耗は激しい。対してアメリアスは無傷の軍勢を呼び出せる。レンとキリエの消失から立ち直り、気力を取り戻してもこれだけは如何ともし難い。押し切られて終わりだ。
だが、それを覆す事は不可能ではない。
何故なら、切り札はまだ手の内にあるからだ。
瞬間、誰もが動きを止めた。
突然マスターフェニックスの足元に真紅の光が走ったのだ。それは熱量を持たない紅き炎となって燃え上がる。
全員が息を飲む。戦う事も忘れて、マスターフェニックスに全ての視線が集まる。
『コードフェニックス……。それは何だ……。そんなもの我は知らぬぞ!!』
『知らなくて当然。これはこの世界には再現されたかった技術。ジェネレーションシステムからは生まれていない力だからな』
うろたえるアメリアスと、得意げなコードフェニックス。
そして彼の足元にある物。それは魔法陣だった。二重の正方形を中心に置いた真円形の魔法陣だ。
マーク達は単純に魔法陣に驚いた。しかしそれが何であるかを理解する者がいる。
シュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリ、アミタの5人。
彼女達は知っている。それが「何の魔法陣であるか」を。
『こいつは俺の奥の手だよ。まぁ急いで組んだもんだからカートリッジを全部使っても1回が限度。それでも状況を覆すには十分。……さぁ舞い上がれ不死鳥! 再生の炎を今ここに!!』
遂に魔法陣から炎が巻き上がった。炎は不死鳥となり、Spritsのモビルスーツ達を包み込む。
するとどうか。炎が各機の破損部分を修復していくではないか。
更に驚くべき事はエネルギーまでもが回復していく。失った物が全て時間を巻き戻したかのように、元のあるべき姿へと戻っていく。そう、全てが再生する。それはキール達の機体も然り。
不死鳥がその姿を消した時、そこには全てが元通りになったSpiritsがいた。
『これはかつて世界にあった力』
言葉も出ない一同。不意にコードフェニックスが口を開く。
『ジェネレーションシステムが世界に再現しなかった力。彼女がいた世界を破滅に追い込んだ力は、この力が生み出したシステムだ。無論、ジェネレーションシステムもこの力を使って今も稼働している』
『我も知らない世界の力だというのか?』
『お前の知る世界とは何だ? ジェネレーションシステムに作られたこの世界しか知らないんだろう? ジェネレーションシステムが、アプロディアが調べた世界しか知らないだろう? ……君が知らないのは当然だよな。君はナハトヴァールがアプロディアの肉体データから生み出したいわばアプロディアの影。だから知りもしないだろう?』
『くっ……』
『だからハリボテの女王だって言うんだ。アメリアス。世界は君が思っている程小さくはない。この『魔法』が! この俺自身が! 何よりの証拠だ!』
魔法。
その単語に人知れずシュテル達は頷きあっていた。やはりあの魔法陣は見間違いでは無かった。
あれこそは彼女達もよく知る魔法の1つ。ミッドチルダ式魔法陣。
漸く1つ謎が解けた。何故、彼がシュテル達のかつての名を知っているのか。
これが1つの答えになるだろう。
『コードフェニックス。やはり貴方は魔法に、いえ。管理局に縁のある者なのですね?』
『まぁそこに「元」と付け加えておけば尚正解だよ』
『で、でもさ! 今の魔法は一体なんなの? 回復魔法とはまたちょっと違うみたいだけど……』
『ではレヴィ、1つヒントをあげよう。魔法とはなんだ? そしてこの世界は何から成り立っている?』
『……ん? んん?』
モニター越しにレヴィが盛大に首を傾げる。次第に顔が真っ赤になり、今にも頭から湯気が出そうだ。
その様子にディアーチェはほとほと呆れた様子で割り込む。
『魔法とは魔力素を使い、決められたプログラムに沿って数々の現象を引き起こす。そしてこの世界はデータから構築された世界。魔力を使って世界を構築するプログラムに干渉をかけたのだろう?』
『流石。紫天の王は物分かりが早い。つまりはそう言う事。君達の機体を構成するプログラムを再構成させたのさ。現状、一回限りの裏技って奴だよ』
『十分だ。これであ奴を倒す準備が整ったのだからな』
ストライクフリーダムがクイーンアメリアスを見据えた。
彼女だけでは無い。Spirits全員がクイーンアメリアスとレギナの軍勢を正面から見据えている。
これでアメリアスのアドバンテージは無くなった。
後は……蹴散らすのみ。
『各機に告げます! これより第00遊撃隊Spiritsはクイーンアメリアスを破壊。ジェネレーションシステム最深部へ向かう為にも火急速やかにこれの対処に当たって下さい!』
ニキの号令が下り、モビルスーツとミネルバが発進する。
迎え撃つはクイーンアメリアスとレギナ軍団。
舞踏会の音楽が転調する。
目覚めなさい。人の子よ。勇気ある人の子よ。
……声が聞こえる。
安らかなまどろみの中、少年は知らない声を聞く。けれど、それは優しく。そしてどこか懐かしく少年に響く。
アンタ……。いや、貴方は誰?
私はアプロディア。かつてジェネレーションシステムを統括していたプログラム。
ニューラル・ネットワーク・アプロディア。
さぁ目覚めなさい。こうしている間にも貴方の仲間達が戦っています。
貴方は守ると誓ったのでしょう?
約束……。守ると誓った……。
誰に誓った? 俺は……誰を守ると誓った?
……そうだ。俺は誓った筈だ。あの子を。明けの明星の如く輝き、太陽の様に熱い炎を宿す少女を!
寝てなんかいられっか!
自分に喝を入れ、少年が。レン・アマミヤは目を開く。
そして、その目に飛び込んできたのは……。
「ん~……♪」
「……キリエさん? 何してらっしゃるので?」
レンを膝枕しつつ、唇を近づけてくるキリエの顔だった。
「恥ずかしい! めっちゃ恥ずかしい! 穴があったら入りたい!! もー! なんであのタイミングで目を覚ますのよ! レンのバカーッ!!」
「言ってる意味が分かりません!! 何で俺怒られてんの? 悪いの俺―――ッ!?」
顔を真っ赤にし、涙目でレンを何度も叩くキリエに抗議の声を上げながらレンが逃げる。追いかけるキリエから割と本気で逃げる。
何せ、目が覚めてみたらキスを迫られていたのだ。驚きを通り越して、冷静になってしまった。そして呼びかけてはみたものの、待っていたのはこの追いかけっこである。
「あらあら。仲が宜しいのですね? いけませんよレン。眠った王子を起こすのは姫のキスと相場が決まっているでしょう。郷に入っては郷に従えです」
「それは違う! っていうか、王子と姫が逆だぞアプロディア!!」
「あらあら。そうでしたか? でも据え膳食わぬは女の恥とも言うでしょう?」
「それも逆だ!! ……あ、これは女でも大丈夫か」
「どっちでもい―――ッ! とにかくレンのバカ―――ッ!!」
逃げるレン。追いかけるキリエ。それを微笑ましく眺めている女性が1人。
淡雪のように透き通る白い肌のこの女性こそ、ジェネレーションシステムを統括していたこの世界の女神。……なのだが、如何せん緊張感に欠ける雰囲気。なんだかのほほんとした空間が広がっていた。
目を覚まし、キリエに追いかけられながらもレンは本能的に彼女を認識していた。
それは先の夢の件があったからかもしれない。だがしかし、初対面であるはずなのにレンはアプロディアを認識している。もしかしたら、自分の中に組まれたプログラム。いや、遺伝子がアプロディアを覚えていたのかもしれない。
「はぁっ、はぁっ……。と、とにかくだ。本題にさっさと入らないか? 一刻も早くみんなの所に戻らないと」
「そ、そうね……。全く、アプロディアにそそのかされて酷い目にあったわ……」
「そそのかしたなんて人聞きの悪い。ノリノリだったじゃないですかキリエ」
「わーッ!! 駄目! それを言っちゃ駄目―――ッ!!」
「……話が進まん」
いい加減追いかけっこも疲れたので、レンから切り出してみたものの一向に埒が明かない。
レンとしては一刻も早く戦場に戻らなければと、気持ちが焦る。
こんなどこかのラブコメをしている間にも、Spiritsは戦っているのだから。
何故自分とキリエがここに居るのかも分からない。そこは先ほどまで自分達が戦っていたフロアと似た構造の部屋だった。だが言えるのは、扉は一切無く円筒状の閉じられた部屋であると言う事。
まるで井戸の底の様に閉じた無駄に広い空間だった。
「そうですね。まずは突然貴方達を強制転送させた非礼を許して下さい」
漸く分かってくれたか。レンはいきなり真面目な雰囲気に豹変したアプロディアに頷く。
「貴方達を呼んだ理由は1つ。その力で私をジェネレーションシステム最深部。ナハトヴァールの所まで連れて行って欲しいのです」
「どうして? 貴方はこのシステムの統括者なんでしょ? コードフェニックスみたいにジェネレーションシステムに干渉すればすぐに行けるんじゃないの?」
「確かにその通りですキリエ。ですが、私が直接動けばナハトヴァールに気付かれるでしょう。今の私はナハトヴァールに力の大半を奪われ、ジェネレーションシステムを自由に操る権限がありません。このまま私が行っても、ナハトヴァールに吸収されるのが関の山でしょう」
「じゃあ、何でなの?」
「貴方達に。Spiritsに賭けたいのです。貴方達がナハトヴァールに勝つ事を。既に侵食は引き返せない所にあります。システムごとナハトヴァールを破壊する以外に道も無いでしょう。私はシステムの統括プログラムとして、それを見届けなければいけません。……身勝手なお願いだというのは分かっていますが、どうしても私はジェネレーションシステムに行かなければいけないのです」
2人は顔を見合わせる。そして振り返った。
そこには物言わぬデルタカイが鎮座している。キールとの戦いの傷跡が残る愛機。
できるならその願いを叶えたい。しかし機体がこの状態では、動く事もままならないだろう。
「それなら問題ありません。貴方達に使って欲しい機体があります。ついて来て下さい」
再び顔を見合わせる。そんな2人を促す様に歩きだすアプロディア。
彼女が手を翳すと、壁が変化し扉になる。先頭に立って進むアプロディアをレンとキリエは無言のまま追う。
「まだ距離がありますね。その間に貴方達に教えておかなければならない事があります」
「教えておかなければならないこと……?」
「そうです。貴方達は知らなければならないのです。自分達が一体何と戦おうとしているのか。ナハトヴァールとは一体何なのかと言う事を」
確かに。レンとキリエは頷きあった。
あの時、バルバドロは真の敵はナハトヴァールだと言った。コードフェニックスも同様の事を言い、コードアメリアスもそのナハトヴァールに忠誠を誓っていた。
だが、2人はナハトヴァールがどういう存在なのか全く知らない。精々突如としてこの世界に現れ、ジェネレーションシステムを侵食した存在だという認識しかない。
それだけでも戦うには十分な理由だった。現に地球は危機にさらされている。それだけで十分な筈なのだ。
しかしアプロディアは更にもう一歩踏み込んだ話をしようとしている。
レンとキリエは静かに彼女の言葉に耳を傾ける。
ナハトヴァールがこの世界に現れた時。アプロディアは恐怖を感じると共に「懐かしさ」を覚えた。
何故かは分からない。だが確かに彼女はそれを懐かしいと思った。思ってしまった。
だがジェネレーションシステムをクラッキングされている事実の前には些末な事。
迷いを振り払い、彼女は愛機と共にそれに戦いを挑む。
それは蛇。1本の杭のようなものに巻きつく無数の紫蛇。それらが一斉に鎌首を上げ、赤い瞳でアプロディアを睨んでいた。
答えなさい。貴方は何者です。
アプロディアは問う。
我は闇の書の自動防衛運用システム、ナハトヴァール。全てを破壊し、全てを飲み込む闇の書の闇。
蛇は答える。感情の抑揚も無く、ただ淡々と。
闇の書。その単語にアプロディアは先の懐かしさの正体を知る。
それはかつて世界を崩壊に導いた書物の名。だが、あの時姿を見せたのは確か銀髪の女性では無かったか?
貴方があの闇の書なのですか? 何故、ジェネレーションシステムを掌握しようとするのです?
再び問う。
我が求めるは破壊。全てを飲み込む力。故にシステムを利用させてもらった。このシステムを『第二の闇の書』にする。数多の並行世界から情報を集めるこのシステムこそ闇の書に相応しい。
故に、お前は必要無い。
それは通告にして、強制執行。ハルファスガンダムの体に突如まとわりついた蛇が機体から自由を奪っていく。
これよりお前を「異物」として取り扱う。「異物」は削除されなければならない。
お前は不要だ。
蛇がその口を広げ、ニタリと笑ったように見えた。
そのおぞましき笑みに、アプロディアは必死に機体を動かした。剣を払い体の蛇を一掃すると、砲撃をナハトヴァールに放つ。しかし砲撃を遮る光がある。
全身白色のガンダム。System-∀。ジェネレーションシステムが持つ情報の中でも最強の一角を担うガンダム。並行世界の地球を滅ぼしたその悪魔がそこに居た。
その中に吸い込まれるナハトヴァール。そして放たれた閃光は一撃でアプロディアの戦闘力を奪ってしまう。
更にはレギナの軍勢まで現れた。レギナのバインダービームライフルが一斉に彼女を襲う。身を翻しこれを避けるも、限界はすぐに訪れるのは目に見えていた。
今ここで倒れる訳にはいかない。必死に追撃を振り切りバックアップに逃げ込む。
傷を癒しながら、世界が蹂躙されていく様を黙って見ているしかなかった。ナハトヴァールは構わず世界を蹂躙する。彼女が裏で維持に努めなければ、簡単に世界は崩壊してしまっていただろう。
彼女に出来たのは、彼女の愛すべき子。人間にモビルスーツという禁断の果実を与える事だった。
「そして50余年。悲願は達成されました。貴方達Spiritsの手によって。でもそれで終わりでは無かった」
「俺達が倒したSystem-∀のナハトヴァールは消えたけど、ジェネレーションシステムの中でナハトヴァールは再生をしていたんだったよな」
「ええ。私はシステムに戻り、ナハトヴァールが再生しきる前に手を打とうとしました。しかし私のメモリーの中ある闇の書とは何かが違う。故にまずはナハトヴァーを知るという所から手を付けたのです。そして、その最中に私は彼を見つけました」
闇の書。魔法。
残されたメモリーから導き出された世界。そこで発見した青年がいる。
犯罪者を追い、その正義感から道半ばで倒れた青年だった。彼は最後まで自分の正義を貫く様をアプロディアは見ていたのである。そしてその命が消える直前に世界を繋ぐ。彼こそが彼女の意思を継ぐに相応しい青年と判断したのだ。致命傷だった傷体が再構成され、事無きを得る事ができた。
上手くいく確証はあった。既にこの世界から飛び出し、他の世界でも実体を保つ事が出来る事例があったから。そしてその逆も然り。
「貴方のおかげなのですよキリエ。貴方が世界を越え、あの少女達と共に帰って来てくれたおかげで私は彼を助ける事ができたのです」
「……え? そ、そうなの?」
「ええ。そうなんですよ。貴方達が行ったのは過去の世界ではありません。あれもまた並行世界の1つなのですから」
驚くキリエにアプロディアは微笑み、話を再開させる。
彼女は事情を説明し、コード『解放』とマスターフェニックスを青年に与えた。そして、アプロディアが知る失われた世界の術式。フォーミュラエルトリアも。
すると彼はそれを断り、更に『コードフェニックス』を名乗ると言いだした。
かつての名前を名乗っても良いのに。そう告げるアプロディアに彼は応える。
自分は一度死んだ身。それがまたこうして生きる事ができる。その恩を自分は返したい。そして一度死に、再び蘇った自分は不死鳥みたいだろ? と。
それに魔法もどうやら自分の術式がそのまま使えるようだ。だからフォーミュラエルトリアも要らないよ。その代わりこの世界の事を教えてくれ。彼はそう言って照れたように笑った。
アプロディアはそれを快く承諾。コードフェニックスに世界の知識を。そして技術を与える。
代わりにコードフェニックスは知り得る闇の書の情報を教える。
仮初でも、2人にとっては穏やかな時間だった。
しかしナハトヴァールは彼女らの予想を大きく上回る速さで再生を行う。十分な準備もできぬまま、彼女は再び権限を奪われる。後はコードフェニックスに託すより他なかった。彼女の切り札。ジェネレーションシステムを世界の内側からでも破壊できるカウンタープログラム、バルバドロと共に。
「さぁ、着きました。これが貴方達に託したい機体です」
辿り着いたのはハンガーデッキ。
3人はキャットウォークからその機体を見上げる。
アプロディアがナハトヴァールとアメリアスに気付かれぬよう、システムの一角に生み出した不可侵領域。それに守られた漆黒の不死鳥が悠然と新しい主を待っていた。
そしてそのシルエットはどこか、アメリアスがかつて搭乗していたあの機体を思い出させる。同時にマークの駆るあの機体もだ。
「この機体の名はハルファスガンダム。かつて私と共にナハトヴァールに戦いを挑んだ機体。レン、キリエ。私の代わりに彼に再び命を吹き込んであげては頂けないでしょうか」
ゴクリとレンが唾を飲み込んだ。
ナハトヴァール。コードフェニックスの話ではそれは闇の書の闇らしい。
Spiritsがアメリアスとレギナに攻撃を仕掛ける中、シュテル達もまたレンとキリエが聞いていた内容をコードフェニックスから聞いていた。
しかしその様な名前、シュテルは勿論の事、ディアーチェやレヴィ。闇の書の最深部に居たユーリですら知らない名前だ。
自分達が知らないというのはどう考えてもおかしい。
故にシュテルから一つの結論が弾き出されるのは至極簡単な事だった。
ナハトヴァールとは、並行世界における闇の書の闇である。
闇の書の闇が発動する条件。それは闇の書の発動。そしてコードフェニックスの言葉を聞く限り、ナハトヴァールの目的はジェネレーションシステムを「第二の」闇の書にするという事。つまり、この時点で闇の書は正常化されている事になる。
かつて自分達が生まれた時の様に。
彼女の推論が正しければ、闇の書の闇を破壊したのは彼女も良く知る人物達の様な気がしてならない。
そう。以前に彼女達が出会った並行世界の『彼女』達。
それがどういう訳か、この世界にやってきた。恐らく原因はその時だ。レヴィが見つけたあの装置によってこの世界とあの世界にパスが生まれた。それが何らかの作用によりナハトヴァールをこの世界に繋ぐ道になってしまったのではないだろうか。それならばあの時エルトリアにSystem-∀が出現したのも検討がつく。あの時System-∀にはナハトヴァールの意思が繋がっていたらしい。恐らく、Spritsとの戦闘中に自分と同じ存在である自分達に気付いたのだろう。そしてあわよくば、その力を吸収しようとしていたに違いない。
(あくまで推論の域を出ませんが、これ以上の答えも見つかりませんね)
大群の中、悠然と構えたゼロカスタムがツインバスターライフルを発射する。ゆっくりと軸をずらし、レギナの大群を薙ぎ払いつつも、シュテルはそんな事を考えていた。
それは1つの可能性だ。
その可能性の中でシュテル達は生まれ、もう1つの可能性がナハトヴァール。
しかし分からないのはナハトヴァールが自分達の来るずっと昔にこの世界に到達していた事だ。もしもあの装置によって、世界の間にパスが生まれていたのならばそれは時間軸的に大きな矛盾を生じさせる。
だが、そもそも世界間のパスに自分達の時間概念が適用できるとも思えない。
世界に繋がりができた。それが重要なのだ。
それでも例をあげるとすれば、2本の川があると考えれば良い。川の流れはその世界の時間の流れ。世界のパスとはそれを繋ぐ小さな小川。小川を通して水は2本の川を行き来する。なんらかの拍子で小川を伝わってAからBの川に大量の水が流れ込んだとしよう。流れ込んだ水はBの川の中で渦を巻く。当然一緒に流れ込んだ物はその渦に巻かれ、ランダムに川の底に沈むだろう。それこそ川の流れに逆らう事もあるだろう。
ナハトヴァールを消滅させたのがシュテルが知る通り、アルカンシェルだとしたら?
そのエネルギーが世界のパスを使って、この世界に流れ込んでいたとしたら?
そこにナハトヴァールの核が混ざっていたら?
幾つもの偶然と、天文学的な確率。まして、この推論にも穴があるのは否めない。
ただし、そんな偶然がもしも起こっていたとしたら?
ナハトヴァールが時間の流れに逆らって、過去に漂着していてもおかしくは無い筈だ。
考察はこれくらいにしよう。
過程はどうであれ、現にナハトヴァールはこの世界の過去に出現し、驚異となっている。
そして並行世界の事とはいえ、自分達と関わりを持つナハトヴァールの横暴をこれ以上許す訳にはいかない。
なのにまだ、ナハトヴァールは姿を見せない。消えた彼女のパートナーも戻って来ない。
(レン。キリエ。無事でいて下さい)
シュテルは無事を祈りながら、目の前のレギナ達を排除していた。
「……システム起動。エラー無し。各部エネルギーバイパス解放」
「各部エネルギーバイパス解放確認。……エラー無し。正常起動を確認。再度システムチェック開始。……システムオールグリーンだよレン」
レンとキリエの2人でハルファスガンダムのシステムをチェックしていく。基本的な所は他のモビルスーツと変わらない。
操縦桿回りもデルタカイと変わらない。アプロディアが予め同じセッティングにしていたらしい。
ナイトロは流石に無いものの、なんとも根回しの良い事で。これで自分が断ったらどうするつもりだったのかと、呆れながら全天モニターを展開させる。
右の手元にはヴァリアントザッパー。小さなキリエのホログラムが居る。
左の手元にはこれまた小さなアプロディア。ハルファスガンダムのシステムに彼女の意識をダウンロードし、同行する。
さぁこれで準備は整った。3人は頷き合う。既にハルファスの心臓に火は灯っている。
「さぁ行こうかハルファス。お前の力を貸してくれ!」
レンの声に呼応してか、ハルファスの双眸に力強い光が灯った。
機体を抑えていたアームが自動で外れ、その身が自由になるとハルファスは一度軽く身を屈め、一気にスラスターを全開。青白い炎を共に新たな力を得た漆黒の不死鳥が翼を広げ舞い上がる。頂上目指し一直線にハルファスは上昇を続けた。
天井が口を開き、ハルファスはそこから躍り出た。そこからはアプロディアの力が及ばない領域。 つまり、コードフェニックスが冗談で言っていた通り、伏魔殿だ。
「レン、来たよ!」
「了解!」
目の前の空間が揺らぎ、データが形を取り、群れをなす。レギナだ。ハルファスの行く手を遮り、一斉にバインダーシールドライフルを撃つ。
前方から降り注ぐ光の雨の中をハルファスは突き進んだ。光の雨の隙間を掻い潜り、不死鳥は飛翔する。
そしてすれ違いざま、2本のビームサーベルが弧を描いた。2振りの輝きの下にまずは2体。爆発と共に距離を取り、翼の砲身を四方に向ける。
「キリエ。ビームチャージ率50%だ」
「了解!」
レンの指示に従い、キリエが計器のチェックを行う。そしてハルファスガンダムの翼からビームが放たれた。ビームのチャージ率を抑えた事で砲撃はビームライフルへと変化。四筋の閃光が囲むレギナを撃ち抜く。爆発の粉塵を払い、飛び出すレギナ。左右から振るわれる扇型のビームサーベル、ビームファンを両手のビームサーベルで受ける。
コックピットに響くアラームと、レンがペダルを踏み込むタイミングが重なった。
2機をすり抜け、前方に抜けたハルファスにまたもや別のレギナが襲いかかる。
前方、後方からレギナが迫る。
「チャージ率80%! 放出を維持!」
再びレンの指示が飛び、キリエが従う。
今度は先よりも強いビームが翼から放たれる。違うのは放出が維持されている事だ。
ハルファスはそのまま身を回転させる。放出されたビームもまたそれに沿う。放出の維持されたビームはビームサーベルとなり、一撃でレギナを4機切り裂いた。
ビームライフルを持たず、射撃砲撃を翼から放つハルファス故の攻撃だ。フェニックスガンダムと違い、ハルファスのクロスメガビームキャノンはその時々に応じてビームを撃ち分けられるのが特徴だった。
チャージ率を短縮すればビームライフルとなり、放出を維持すればビームサーベルとなる変幻自在の翼。
可動範囲も広く、両手も塞がらない。攻めに特化した機体と言えよう。
そしてそれを最大まで溜めれば……。
「消えろ」
集束されたビームが砲撃となってレギナを飲み込む。辺りは途端に爆発に包まれた。
そのまま高機動形態に移行し、後方からの追撃を振り切るようにレンはペダルを踏み込む。
彼らが目指すのはジェネレーションシステムの中心。
本来なら仲間達の所を目指すべきなのかもしれない。一刻も早く仲間の所に戻りたい。しかしレンは敢えてその選択をせず、アプロディアの願いに従う。
今の目的はナハトヴァールを倒してジェネレーションシステムの暴走を止める事だ。アプロディアをジェネレーションシステムまで届ける為、レンは仲間の所に戻らない決心をしていた。
目的と手段を見誤ってはいけない。全てはジェネレーションシステム止める事が先決なのだ。それが結果として今も戦っているであろう仲間達を救う手段になる。そしてきっと仲間達もそこにやってくる。ならば、先に乗り込むか、後から乗り込むかは大した問題ではないはずだ。
「……見えた」
眼前に見えたそれは行き止まり。だがアプロディアによれば、この壁を破壊して進むより他は無い。
「ど、どうするの?」
「言うまでも無い。撃ち貫くぞ」
「えぇ~!?」
壁があるなら撃ち抜く。単純な発想だが、迂回している時間も無い。ハルファスガンダムは左右の翼を全て壁へ向けると、最大砲撃を放った。
渦巻くエネルギーの奔流が壁に遮られたのも一瞬。轟音と共に壁は崩壊し、機体が通れる程の穴を穿つ。
迷いなくレンは飛び込んだ。
飛び出したのは暗く空間。それはレン達が戦っていた空間よりも広く、中心部には巨大な大樹の様な物が立っている。周りはコードが根の様に張り巡らされている。
それがコンピューターだと言う事をレンは直感で感じていた。何しろそれは大樹と呼ぶには余りに機械的だったから。そしてそれはさながら実を宿すかの様に数々のパネルが輝いていたのだから。
これこそがジェネレーションシステム本体。
全ての根幹。始まりにして終わり。
遂にレンとキリエ。アプロディアはその場所に辿り着いたのだ。
だがコックピットに響く警告アラーム。同時にレンの脳裏にノイズが走る。
それはこれまでもあった。向けられた敵意に彼の感応力が反応した時だ。だが今彼が感じているのは、今まで以上に強烈なノイズだ。まるで頭の中を掻きまわされるかの様にレンの頭にノイズが巻き起こる。
「くそっ、頭が割れそうだ……」
「レン、来るよ。大ボスって奴だ」
キリエのその言葉で十分だった。ノイズの正体はそれだろう。そして自ずとそれが何であるかが理解できる。
歪む空間。何かがそこから這い出ようとしている。
かつて無い程のプレッシャー。それは悪意と憎悪。
ゆっくりとそれは空間から這い出し、ハルファスの目の前でデータが形を整えていく。
頭の中のノイズは消えない。それは遂に痛みにまで達していた。ズキズキと痛む頭を抑えながらレンは眼前のデータを見つめる。
それはガンダム。虹色に反射する純白の装甲と大きく張り出した肩はまるでガンダムが天人の羽衣を纏っているかの様だ。一見シンプルに見えるその姿だが、威圧感は先ほどからレンが感じている通り。
凶悪を通り越し、畏怖に近い印象をレンとキリエは感じていた。
「あの機体はバルバトス。ジェネレーションシステムを守るシステムオリジナルのガンダムにして最後の砦。ナハトヴァールはSystem-∀が破壊された後、あの機体を自分の寄り代に選んだのです」
「なら、あれがナハトヴァールと見て間違い無いんだな?」
「はい。間違いありません。」
ジェネレーションシステムを破壊する前に、通らなければならない最悪の壁だ。
物言わぬバルバトスがビームサーベルを抜く。ビームサーベルと言ってもそれは既にビームサーベルの域を越える程のものだ。言ってみれば大型ビームソードと大して差は無い。
ハルファスガンダムも両手にビームサーベルを構える。
言葉は不要。後にも先にも戦う事で全てが決まる。
バルバトスの出現と同時にレンの頭痛は既に治まっていた。だが今もノイズは走っている。五感が、これまでの感覚が全て警告を発している。しかしレンは退く事を選ばない。
静かすぎる程の静寂。大凡、これが最終局面だと言う事を忘れてしまいそうな程に静かだ。
「さぁやろうかバルバトス。……いや、ナハトヴァール」
2機が真正面に飛び出す。ビームを連射し牽制をかけるが、バルバトスもその体を翻し直撃は受けない。
逆に近づかれ、高出力ビームサーベルが薙ぎ払われた。レンもまたハルファスを降下させビームサーベルを掻い潜ると彼のビームサーベルを突き出す。文句無しのタイミングだ。
普段ならそのままビームサーベルはバルバトスの胴に滑りこんでいただろう。しかしそうはならない。
バルバトスは体を半身ずらしたのみ。そしてハルファスの脇に蹴りを叩き込んでいた。
カウンターで貰ってしまった。ハルファスは錐揉みしながら床に体を叩きつけられる。その衝撃にレンとキリエは呻くが無理矢理意識を保たせていた。
見ればバルバトスがその肩を後方に大きく展開させている。それはまるで後光のよう。孔雀がその尾羽を大きく拡げているかに見えた。だがそんなに優雅な物では無い。レンはその羽1枚1枚にエネルギーが収束されるのを見逃さない。
彼の勘が告げている。あれは不味い。非常に不味いと。
だからレンは力の限りフットペダルを踏み込む。仰向けのままハルファスが地面を這う様に動きだすのと、バルバトスの羽が無数の光線を放つのはほぼ同時だった。
低空飛行を続けながらハルファスは体勢を整える。しかしバルバトスの光線は天から降り注ぐ光の槍となって後方に次々と突き刺さってきた。
「ジェネレーションシステムが破壊されるのもお構いなしか」
逃げるハルファスと追いかける光線。レンの言う通り、ナハトヴァールはジェネレーションシステムが破壊されるのも構わず攻撃を続けていた。着弾点からも爆発が起こりハルファスを追い詰めて行く。
恐らくレン達を排除した後にジェネレーションシステムを修理するつもりなのだろう。
確かにレン達が倒れる事で邪魔者は排除できる。実質、それでナハトヴァールに逆らえる人間は居ないのだ。となれば多少の犠牲を払っても邪魔者を排除しようとしているのだろう。
故に攻撃の手を緩める事は無い。しかしそれはレンも同じだ。
「フェザーファンネル、行け!」
ハルファスから弧を描くように羽が飛び出した。全てがレンの意思に従い、全方位からの光線をバルバトスに浴びせる。纏わりつくそれを嫌がり、バルバトスは急上昇した。それでも追いかけるフェザーファンネルをサーベルで切り裂き撃墜する。
それこそがレンの狙い。一瞬でもバルバトスの注意が自分から逸れてくれれば御の字だ。
そしてバルバトスが気付いた時にはもう遅い。ハルファスは翼を展開させ四門の砲撃のチャージを完了させていた。
「行け!!」
4本の閃光が空を裂く。その閃光に飲み込まれ4度の爆発が起こるが、舞い上がる煙を払いバルバトスが姿を見せる。レンとてこれで決着がつくとは思っていない。再びビームを連射しながら斬りかかる。バルバトスも今度はその光弾を避けずにガードしながらサーベルを振りかざしていた。
光と光。刃と刃。
互いに正面からそれはぶつかりあい、干渉によって発生したエネルギーが電撃となってスパークした。
このフロア。別の一角からこの戦いを見つめる者がいる。
アメリアスだ。
かつて優雅な姿を誇った赤黄色の機体は傷つき、敗走してきた事が分かる。
ファイアーウォールを突破された彼女が最後にすがろうとしたのが、ナハトヴァール。それはジェネレーションシステム最深部で彼女を待っている筈だった。しかし戻ってみればどうだ。ナハトヴァールはバルバトスを出撃させ戦っているではないか。そしてそれに相対するのはハルファスガンダム。アプロディアの愛機。今まで何処に雲隠れしていたのか、彼女にとって最悪のタイミングで最悪の敵が姿を見せているのである。
『年貢の納め時って奴だよ。アメリアス』
『かもしれぬ。お前達を侮っていた事は認めよう。だが! だからと言って引き下がる訳にもいかぬ』
ゆっくりと振り返るとミネルバと共に彼女に追いついたSpiritsが居た。
マスターフェニックスから剣を突きつけられ、女王は残った手に光の鞭を取る。
『ここが終着点。この舞踏会最後の舞台だ。Spiritsよ、我と最後まで踊ってもらうぞ!』
最後の力で再びファイアーウォールを起動させる。
だが今度はレギナだけでは無い。漆黒の大鎌を構える不死鳥ハルファスベーゼも共にいた。
舞踏会の踊り手が全て舞台に上がった。
後は音楽が終わるまで踊り続けるのみ。
Spiritsとアメリアス。アプロディアとナハトヴァール。
終幕の時間はもうすぐそこまで迫っていた。
2
新暦0075年 3月。
ミッドチルダ中央区画湾岸地区。
そこに建っている建築物に次々と荷物が運び込まれていく。
そしてそれを感慨深げに見ている3人の女性が、潮風に揺られていた。
「なんやこーして隊舎を見てると、いよいよやなーって気になるなー」
青色が眩しい制服は特別捜査官の物。そしてコートの袖に腕を通さず、肩にかけただけの茶髪の女性が少々興奮した声で呟いた。
「そうですね、はやてちゃん」
「もう。ここでは八神部隊長ですよ?」
返したのは茶色の制服にコートを着込んだ金髪の女性。シャマル医務官である。そして思わずいつもの調子が出てしまったシャマルににこやかな笑顔で注意をしたのは、同じく茶色の制服にコートを着た茶色の長髪の女性。マーリア・オーエンス捜査官補佐。いや、ここでは部隊長補佐兼准空尉だろうか。
「まぁまぁマリアさんもそんな固い事言わんと。ここには私らしか居ないし、いつも通りでええんよ」
そして呼ばれたのは八神はやて。
この春より1年間の試験運用を行う新設部隊。古代遺失物管理部、『機動六課』の部隊長。
『マリアは真面目ですからね。少し肩の力を抜く程度が丁度良いのです』
「後でマッサージしてあげましょうか?」
「あ~……、お願いしようかしらね……。ここ最近書類整理で肩が重くて重くて……」
「あらあら、それはいけないわ。医療班としては見逃せませんね」
「あはは~。確かに最近書類整理多かったからな~。ほんと、堪忍な」
マリアの耳にあるイヤリング。そこに居るのは彼女のデバイス『アプロディア』だ。彼女とシャマルの言葉にマリアは疲れた顔で自分の肩を揉みほぐす。その様子にはやてが片目を瞑って顔の前で両手を合わせて謝っていた。
部隊を立ちあげるのは並大抵の事ではない。各部署の承認、協力要請。人材から物資の確保などなど……。部隊の立ち上げが決まってからというもの、マリアははやての補佐官としてそれはもう尋常ではない量の書類整理を行ってきたのだ。それは同様にはやて自身にも言える事なのだが。
「じゃあ今度ケーキ奢ってくれたら許してあげる」
「それくらいで良いならお安い御用や。なんならヴェロッサ印の特製ケーキにしたるで?」
「オッケー♪ それで手を打ちましょう!」
はやての友人である管理局査察官ヴェロッサ・アコース。彼の作る菓子は高級パティシエが作った物よりも段違いに美味しいと評判だ。それが食べられるとあらば、マリアもそれで手打ちにせざるを得ないというものだ。いや、むしろそれでもお釣りが来るだろう。
「マークさんとマリアさんのおかげでこれ以上無いバックアップも付いた事やし、感謝しても足りないくらいや。これで六課は万全の体勢でスタートできる。ほんと、ありがとな。マリアさん」
「そんな事はないわ。偶然が重なった結果よ。大事なのはそれをはやてがそれを引き寄せられる運を持ってたって事。私達はその後押しをしたに過ぎないわ」
「そんなもんかな?」
「そんなもんよ」
2人が顔を見合わせて笑い合う。そしてシャマルはそれを微笑ましく見ていた。
そしてそれに気付いたはやてとマリア。互いにニヤリと笑いシャマルを見ながらコソコソと話しだす。
「おやおや、シャマルさんは余裕ですなー」
「そうですねぇ。なんせ、やっと念願叶ってマークと同じ職場になれたんですからねー。これで何時でもマークとイチャイチャできるってもんですよねー」
「そこのお譲さん方? 何ですかイチャイチャって」
勿論わざと聞こえるように話をしていたのだ。呆れたシャマルが声をかけると2人は揃ってシャマルの肩を叩き、親指をグッとサムズアップ。
「医務室を自由に使って良いけど、節度ある使い方してなー? 他の局員もいるんやしー」
「そうそう。あの馬鹿の手綱。ちゃんと握っておいて下さいね。シャマルさん♪」
「こらー! 2人共いい加減にしなさーい!」
顔を赤くし、拳を上げたシャマルから逃げるように走りだすはやてとマリア。追いかけるシャマル。
3人のはしゃぎ声が潮風に乗って流れて行く。
(やれやれ。3人寄ればかしましいとはこの事ですね)
黙ってそれを聞いていたアプロディアは1人、そんな光景を誰よりも微笑ましく感じていた。
ミッドチルダ南部。陸士386部隊本部隊舎。
災害担当部配置課応接室。
その担当課長が目の前の少女に対し、にこやかに語りかける。
「ええ。2人共うちの突入隊のフォワードです。新人ながら良い働きをしますよ。2年間で実績もしっかり積んでます。いずれそれぞれの希望転属先に推薦してやらんととは思っていましたが、本局からお声がかかるとはこちらとしても誇らしいですなぁ」
2人の少女は目の前の書類に目を向ける。
空色の髪の少女とオレンジ色の髪の少女。2人の経歴やデータが全てその書類には書かれていた。
書類に目を通し、サイドテールの少女の口元に笑みが浮かぶ。それは隣に居た赤い髪の少女が横目で見て初めて気付く程些細な物。何か懐かしい物に出会った時に浮かべるささやかな微笑だ。
「では詳細な紹介に入らせて頂きますよ」
「お願いします」
赤髪の少女の返事を受け、課長はモニターを展開する。それはある災害現場の映像。瓦礫が散乱し、火の手が上がる中を駆け抜ける少女が1人。その足に履いたローラーブーツの車輪が回転し、彼女は縦横無尽に瓦礫の山を駆けまわる。
『破壊突破行きますっ!!』
彼女の力強い声と共に右手に装着されたナックルの車輪も回転。そのまま拳を叩きつけ目の前の瓦礫を破壊した。そしてそれは他の隊員達の道となる。
「足も早いし縦移動も優秀です。インドアや障害密集地なら下手な空戦型よっぽど早く動きますな。そして突破力もある。とにかく頑丈で頼もしい子ですよ。本人の希望は特別救助隊でしてね」
「成程。……あ、2人目ですね?」
画面が切り替わる。サイドテールの少女の呟きの通り、そこにはもう1人。オレンジ髪の少女が映し出されていた。先の少女が作り出した道を進み、放水を行っている。吐き出された水は正確に炎を飲み込み消火していく。そして障害があれば銃型のデバイスから魔法弾を放ち障害を排除。すぐさま放水を行い、効率良く消火を進めていた。
その様子を見てサイドテールの少女が何かに気付いたように呟く。
「あ、ツーハンドなんですね」
「ええ。魔力カートリッジ用のデバイスで、自作だそうです。このように武装隊向きの射撃型で本人も将来的には空隊志望と言う事でうちではどうかなと思っていたのですが、訓練校からの推薦もありましてね。射撃型と言う事もあり、シューターとして非常に優秀な子です。尤も覚悟が良いんでしょうね。飲み込みも早いし、今やるべき事を完璧にこなすって気概があります」
そこで映像は終了。2人の少女の視線は再び課長の方を向く。
「2人共魔導士ランクはCですが、来月B試験を受ける事になっています。何より訓練校からのコンビ3年目と言う事もあり、この2人は阿吽の呼吸が取れているといいますか……ああ、いや。航空教官のヴィータ三尉や、戦技教導隊の高町一尉から見れば穴だらけだとは思いますが……」
「いいえ。そんな事ありませんよ」
返したのはサイドテールの少女。19歳となり一層美しくなった高町なのはその人だ。そしてその隣には同じ様に微笑む赤髪の少女。見た目こそ変わらないが以前よりもずっと柔らかい笑顔を浮かべるようになったヴォルケンリッター。鉄槌の騎士ヴィータだ。
その言葉に課長もまた柔らかい笑みを浮かべた。彼にしてみても、紹介した2人は優秀と認める人物だ。
それを本局が直々にスカウトに来てくれた。2人の将来を考えれば、願ってもないチャンスと言えよう。
だから最後にも一押しするように言葉を紡ぐ。
「スバル・ナカジマ二等陸士及びティアナ・ランスター二等陸士。まだ経験も浅いですが、きっとお2人の期待に応える優秀な魔導士であると私は信じていますよ」
そう。話題の2人とは訓練校を『主席』で卒業してから2年の月日が流れたスバルとティアナの2人の事だった。
機動六課始動まで残り1ヶ月。道は着々と1つに交わろうとしている。
話中の中でシュテルが会った『彼女』達とは、GODサウンドステージMにて語られた彼女達ですね。
色々と差異はありますが、そういうことです。