魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第19話 晴天のち嵐

1

 

 

 

 ぽかぽかと降り注ぐ太陽の光。

 さらさらと流れる風には新緑の香り。

 耳をすませば聞こえる鳥のさえずり。

 ここは都会の喧騒から離れ、森林に囲まれた静かな一等地。

 ホテル・アグスタ。

 ミッドでも有数の高級ホテルはそこにある。

 大企業のお偉方は勿論の事、政治家から富裕層の方々御用達のホテル。

 一般人には敷居が高すぎて旅行の時には真っ先に対象外となる。さりとて一度はそこのスイートルームを夢見るカップルは後を絶たず。いや、カップルである必要性は全くないのだが、とにかく誰もが一度はそのホテルに宿泊する事を切望する一級ホテルだ。そして当然料理も超一級品。レストランは何度も雑誌に取り上げられる程である。

 

「だがしかし、無常にも俺達の昼飯は支給品の弁当なわけだ」

「しかも場所は庭園のベンチの上だもんねー」

「贅沢言うな。そんなにレストラン行きたいなら行っても良いぞ。その代わり経費は落ちないから自費で食え。ちなみにあたしは来た事がある。はやて達と一緒にな」

「ちくしょうあの高給取りめ……」

 

 タコさんウィンナーを口に入れて泣く泣く肩を落とすのはレン。食べてみたいよ高級料理。是非ともその味を舌に刻み込みたい。それが目の前にあるのに行けない悲しさ。行けば彼の言う通り給料が吹き飛ぶだろう。その後に待っているのは勿論次の給料日までの極貧生活だ。

 しかしヴィータはあからさまに眉をしかめる。

 

「なーに言ってんだよ。危険手当、現場手当。それなりに出てるだろーが。知ってんだぞ? お前の貯金が結構な額だっての」

「どっから聞いた天然合法ロリ。プライバシーもへったくれもありゃしねぇ。でもなー、お金は大事よ~?急な出費の為に、多く貰える内に貯金せな。後、俺の場合は車のローンもあるので無駄遣いできんのよ」

「無茶して良い車買うからだろ。もうちょっと考えてローン組め。後、ロリ言うな」

「だって、何時元の世界に帰っても良いようにしとかないとさー。ローン支払い終わってないのに、帰れないじゃん」

「スルーかよ! っていうかさ、ならそもそも車買うなよ」

「浪漫でありますよ。良い車に乗るのは男の子の憧れなのだ」

「浪漫だか憧れだかよくわかんねーな」

「そんなもんさ。無理に理解してもらおうとも思わねーよ」

 

 至極どうでも良い会話を続けるレンとヴィータ。キリエは2人を微笑ましく眺めてお茶を飲む。お昼時間には少し早い、ちょっとした休憩時間の1コマの出来事。

 

「任務じゃなきゃ、こういうのもアリなんだろうけどねー」

 

 空を見上げて呟く。彼女の言う通り、今は任務中。内容はホテルで行われるオークションの周辺警備。

 その証拠に彼らの服装は高級ホテルには場違いな地上部隊の制服だ。

 ただのオークションならわざわざ機動六課から彼らが出張って来る事はなかっただろう。つまり問題なのはオークションそのものではなく、そこで取り扱われる品々である。

 オークションで扱われるのは骨董美術品だけでは無い。取引許可の出ているロストロギアまで出展される。価値はそんな高くないが、そこは腐ってもロストロギア。もしかしたらレリックと誤認識したガジェットが現れるかもしれない。そして同時にキール達、ファントムペイン達も。そこで六課に警備依頼が来た。レン達はその先発隊。警備にあたる為、先日より現地入りしているというわけだ。

 そろそろ六課隊舎を出発したはやて達が到着するだろう。それまでの間警備を交代し、こうして彼らは早めの昼食と休憩を行っているというわけだ。

 

「そーいやよー。最近ティアナの様子がおかしいと思わねぇか?」

「何だよ藪から棒に」

「まぁ聞けよ。っていうか言葉の通りだな。なんか最近のティアナはなんつーか、鬼気迫るっていうか、追い詰められてるっていうか……」

 

 きっとどう表現して良いのか分からないのだろう。ヴィータはベンチに座りながらうんうん唸り始めた。

 レンは答えない。キリエも答えない。

 何故なら気付いているから。

 ティアナの様子がおかしくなったのは地球への出張任務の後からだ。いや、その兆候は以前からあった。

 初出動。強いて言うならファントムペインと遭遇した後から。それが出張任務の後から顕著になってきたに過ぎない。

 しかしレン達はそれについて自分から行動を起こす事はしない。ティアナの性格上、聞かれても素直に言わないだろうと簡単に察しがついたからだ。何かを自分1人でなんとかしようともがいている。それは部隊の中の1人として、チームを組んでいる1人として欠点とも取れる。下手をすれば、チームの輪を乱しかねない

 しかしそれは見方を変えれば、彼女の長所とも取れる。あくまで個人として見た場合だが。周りに頼らず、まずは己の力で答えを出そうとしている姿勢はティアナという個人を評価する上では、褒められて然るべきだろう。

 要は加減の問題なのだ。

 周りを頼らずに解決できるならそれでも良い。しかし意地になって何でも1人で解決しようとすれば、それは只の暴走になってしまう。結果、全体に悪影響を及ぼしかねない。ティアナは今、その瀬戸際にいるとレンとキリエは踏んでいた。だから彼女の動向には注意を払っている。今は下手に彼女を刺激するべきではないとの判断故に。

 実の所、レンにはある程度の予測がある。これはキリエは勿論、シュテル達にも言っていない。あくまでこうではないかとの予測であり。確証は無い。

 

「別に訓練も真面目にやってるし、悪い傾向ではないんじゃないか?」

 

 だからこうやって茶を濁す。嘘は言っていない。

 しかしヴィータは渋い顔のままだ。

 

「そりゃあまぁそうなんだけどよ。けどさ、あいつ見てるとダブるんだよ……。あの頃のなのはに……」

「あの頃のなのはちゃん? 何かあったの?」

「えっ? あーいや、なんでもねーよ。悪ぃ、今の無し! 聞かなかった事にしてくれ! なっ?」

 

 何故そこでなのはの名前が出てくるのだろうか。キリエだけでは無い。レンも首を傾げている。

 しかしヴィータは彼らを拝むように手を合わせ、懇願している。何か言いたくない事情でもあるのだろうかと勘潜ってしまうが、必死なヴィータを見ているとこれ以上の情報は引き出せなさそうだ。それに言いたくないなら別に無理に言う必要もないだろう。

 ざぁ、と生温い風が吹いてきた。

 見上げればあれほど晴れていた空が厚い雲に覆われ始めている。生温い風は雨が降る予兆。遠くからゴロゴロと雷の音も聞こえてきた。この分だと、比較的強い雨になるだろう。

 あまり宜しくないコンディションだ。

 できれば何も起こらないで欲しい物だが……。

 3人で見上げた空はみるみる暗くなっていく。

 それはまるでヴィータの言葉を聞いたレンの心象の様であり、同時にこれから何か起こるのではという暗示の様でもあった。

 

 

 六課隊長陣並びにフォワード部隊。そしてSpirits残りメンバーが到着するのを待っていたかの様に振りだした雨。今では雷も鳴り、外は荒れた天気となっている。

 だがレン達の任務に変更は無い。中のチェックは隊長3人自らが行い、彼らは外で来るかも分からないガジェットの群れの監視を行っていた。

 だがこの雨の中、外での監視は非常に大変だ。何よりも雨は体温を根こそぎ奪っていく。手はかじかみ、体の芯から冷えが進行し、体力を消耗させていく。それで有事の際に動けないでは話にならない。

 という訳で、従業員食堂厨房の一角ではマリア、ディアーチェ、シュテル。そしてシャマルの4人がスープを作っていた。いつ襲撃があるか分からないと言う事で、材料は現場のストックを使用した簡単なものを使ったコンソメスープなのだが……。

 

<なぁ。コンソメスープって赤かったっけ?>

<いいえ。少なくても俺の記憶では赤くないはずです。あ、トマトが入ってれば赤くなりますね。そんな刺激臭しませんけど。っていうかマークさんのスープだけですよ。良かったですねー。シャマル先生の愛情たっぷりじゃないッスか。うらやましーなー>

<棒読みありがとう。愛が試されているのかこれ?>

 

 念話で繰り広げられる男2人の会話。シグナム、ヴィータの2人と屋上の監視を交代したレンとマークの目の前にはそのコンソメスープが置かれている。が、レンのスープが普通のものであるのに対し、マークのスープだけが赤い。真っ赤だ。しかも香りに刺激がある。見るからに激辛ですと言わんばかりに。

 

「シャマル。とりあえず聞いておこう。……何を入れた?」

「んー、唐辛子♪ 唐辛子のカプサイシンは体を温める作用があるのよ?」

「うん。それは知ってる。だが何故コンソメスープが赤くなるほど唐辛子が入ってるんだ?」

「体が温まると思って♪」

「そうか……。それはありがたい」

 

 もう何も言うまい。シャマルのトンデモ料理はこれまで何度も食べてきたではないか。

 マークはそう自分の中に折り合いをつけているものの、チラリと隣の様子を見る。

 そこでは嬉々としてコンソメスープを食べるレンと、それを正面から微笑ましく見ているシュテル。

 非常に憎たらしい。何だこいつらは。付き合ってもいないのに、新婚の様な空気を醸し出すな。

 そしてディアーチェとマリア。何故シャマルの暴挙を止めなかった。そしてニヤニヤするな。

 お前ら楽しんでるだろ。俺が窮地に追い込まれてるのを絶対楽しんでるだろ。

 言いたい事は山ほどあるが、それをぐっと堪えてマークは正面を見る。そこにはニコニコと満面の笑みを浮かべているシャマルがいる。逃げ場は無い。退路は完全に塞がれた。

 意を決してスプーンですくう。赤い。本当に赤い。刺激で涙が出てくる。吸い込んだ鼻の奥が痛い。

 ゆっくりとスプーンを口に運ぶ。この時点で辛みを感じるとはどういうことだ。

 そして口に入った瞬間、痛みが走った。煮え湯を含んだ様な熱が口に一気に広がる。

 思わずむせそうになるのをマークは必死に堪えた。むせたら口の中の物を吐きだしてしまう。

だが痛い。辛さを通り越して、とにかく痛い。だが効果はあるようで、なんとか飲み込むと同時に体が熱を持ち、汗が出てきた。ただの一口でだ。すでにこれはコンソメスープでは無いとマークは判断する。

 これはなんて拷問だ?

 

「どう? 美味しい?」

 

 なんと無慈悲な質問だろう。すでに舌はおかしくなっている。味なんて分かったもんじゃない。

 この状態を見て分からんか。しかし口が開けないマークはなんとかぎこちない笑みを浮かべる。

 シャマルが喜ぶなら。そんな馬鹿な理由で。

 そして2口目を口に運ぶ。やっぱり痛い。が、体は熱い。口の中も熱い。やっぱり拷問だ。

 

「……無理をするな。とりあえずこれを飲んでおけ」

 

 流石に見かねたのか、ディアーチェが乳白色の飲み物を出してきた。すかさずそれを飲む。すると今度は口の中に甘みが広がった。さっきまであれほど熱を持っていた辛みが嘘の様に引いていく。

 

「これはミーティー・ラッシーという飲み物だ。どうだ? 辛みが引いていくだろう?」

「体を温めるのも大事だけど、糖分も取らなきゃね」

 

 マリアの言うのも尤もだ。しかしマークは気付いた。そう言いながらもディアーチェとマリアの顔から、先ほどの笑みが取れていないという事を。

 目の前にはまだ皿にたっぷり残ったシャマル特製コンソメレッドスープ。横にはその辛みを打ち消す甘いミーティー・ラッシー。

 辛みの激痛を味わえば、甘みがそれを打ち消し、そしてまた激痛が待っている。

 つまりエンドレス。スープが無くなるまでの無限地獄。

 だが目の前のシャマルは非常に嬉しそうだ。逃げ道は……本当に無い。

 

(神よ。俺が一体何をした……)

 

 それは誰にも分からない。むしろこの世界に神は居ない。そうだ。きっとそうに違いない。

 

 

<すげぇ……。マークさんが泣きながら食ってる……>

<漢の鑑ですね。マリアとディアーチェは悪ノリですが>

<……止めてあげようよ>

<嫌ですよ。触らぬ神に祟り無しです>

 

 随分な言い草が念話で返って来る。確かに一理ある。自分には普通のコンソメスープが出てきたから良いけどと、レンは最後の一口を飲み込んだ。すでに体は温まっている。これが無ければきっと今でも寒さに凍えていただろう。シュテル達には感謝しなければならない。

 時計を見ればまだ交代まで時間がある。

 

「そう言えば、ヴィータからティアナの事聞かれたよ。やっぱり最近のあいつの動向が気になるらしい」

「当然ですね。ですが下手に刺激すれば逆効果ですし、様子を見るしか無いでしょう。やっぱり」

「だよなぁ……。ただ、それが今日の任務に影響が出なきゃ良いんだけど……」

「そんなに心配なら、この任務が終わった後で俺とマリアが話してやるよ」

「マークさん……。無事に完食おめでとうございます」

「おうよ。胃薬持ってて良かった……ってそうじゃなくてな?」

 

 どうやら無事に完食できたらしい。シャマルとディアーチェが食器を下げている間に隠れて胃薬を飲んでいたマークがレン達の会話に割り込む。その正面でマリアが苦笑いしていた。

 

「ティアナは私達も気になってたのよね。……正直な話、ティアナの過去を聞いて耳を疑ったくらいだもの。出来るなら力になってあげたいわ」

「だよな。なんていうか、運命みたいなものを感じるよ」

『だとしたら、それはとても残酷なことです』

 

 珍しくアプロディアも話に参加してきた。彼女の言葉の意味。それを彼らは知っている。同時にティアナ・ランスターという少女が自分達とどういう関わりを持っているかという事も。だからこそマークとマリアはティアナと話したいと思っていた。彼女が何か悩んでいるのであれば、力になりたいと感じていたのだ。本来ならそれは、ファントムペインに居るあの男の役割であると分かっていながら。

 

(本当ならお前の役割なんだぞ。一体お前は何をしているんだコード。いや、ティーダ・ランスター)

 

 外に目を向ければまだ雨は降り続いている。

 マークは敵として立ちはだかる、もう一羽の不死鳥を思い溜息をついた。

 

 

 雷と雨の中、遠くホテル・アグスタを見つめる影がある。

 ふと少女が顔を上げた。周りは大人。しかし彼女とその肩にいる人形サイズの少女だけがまだ幼い。きっとエリオやキャロと同じくらいだろう。肩の少女はリインフォースⅡと同じくらいか。

 しかし少女はそれを微塵も感じさせない。その身に纏う雰囲気は少女のそれでは無い。いや、子供らしい感情の起伏が彼女からは感じられないというのが正しいか。

 

「ドクターのおもちゃが近づいてる」

「妙だな。あそこにレリックは無いんだろ? 何でドクターが動くんだ?」

「分からない……。何か欲しいものがあるのかも……」

「あり得ない話じゃあないな。が、それだけとも思えない。何か裏があるだろうよ」

『その通りだよラナロウ君』

 

 少女の呟きに返していたラナロウの目の前に突如空間モニターが開いた。

 思わず飛び退く。画面の奥で青い髪に金色の瞳を持つ青年がくくっと笑みを漏らした。

 

「いきなり通信繋いでくるんじゃねぇよ。驚くだろうが」

『これは失礼。だが裏があると踏んだ君の推測は正しい。いやいや、全く隠し事はできないな』

「普通に考えればそれくらい思いつく。それより用件はなんだ。あんたのおしゃべりに付き合ってる暇はないぞ」

『そんなに時間は取らせないよ。私からの用件はただ1つ。データ収集の協力さ』

 

 ピクリとラナロウの眉が上がった。彼だけでは無い。少女を除く全員が眉をしかめ、ドクターと呼ばれる青年を睨みつける。青年は肩を竦める。画面越しにでも伝わる敵意、殺気。しかし彼はそれをまるで気にしていないとばかりに笑みすら浮かべる。

 

『リニアレールの一件は見せて貰ったよ。レリックは惜しかったが仕方あるまい。でも出し惜しみはいけないな。君達がその気になればレリックを確保していた少女を殺してでも奪う事ができただろう?』

 

 ガチリと金属音が響いた。動いたのはコードフェニックス。その手の銃型デバイスを画面越しの青年に向けている。指は既に引き金へ。無駄だと分かっていても、彼は憤怒を隠さない。

 しかしそれを壮年の男性が諌めた。無言で首を振り男性は青年に向かい合う。

 

「下手な挑発はしないでもらおう。あのレリックは探している刻印では無かった。無駄に血を流す必要が無ければそれに越した事は無い」

『確かにその通りだ。しかし刻印はどうであれ、我々と君達にはレリックが必要だという事は理解して貰いたいな。違うかい?』

「無論理解している。結果的に我々はレリックを確保できなかった。言い訳はすまい」

『それなら話は早い。繰り返すが私からの用件は1つ。データ収集さ。君達の全力の、ね』

「……善処しよう」

『吉報を期待しているよ』

 

 通信が切れ、画面が閉じられる。言葉を発する者は居ない。誰もが唇を強く噛み締めていた。

 少女と狂犬を除いて。

 

「グダグダしてる暇があんならさっさと行くぞ。あの変態ドクターは俺らのデータを御所望ときたんだ。どうせあそこにはあいつらもいんだろ? 遠慮なんかいらねぇよ、なぁ?」

「ブラッド。俺達の目的はレリックだ。ドクターとは一時的な共闘をしているに過ぎない。それにあそこには民間人も居るんだ。俺達が全力を出せば……」

「それがどうした?」

 

 雨の中鈍い音が響く。それはキールがブラッドの顔面を殴りつけた音。だがブラッドは揺るがない。地面に血と唾を吐きだし、彼は何事も無かったかのように頭を掻いた。

 

「おーいてぇ。口ン中切っちまったじゃねぇか」

「ブラッド、お前、分かってんのか?」

「分かってねぇのはテメェだキール。今更何を躊躇ってんだ? 俺らに選択肢がねぇ事ぐらいさっさと理解しろよ。それとも何か? 自信が無くてビビっちゃってるワケ? どんなに足掻いても自分はレンとマークには届かない。そう認めるのが怖くてビビっちゃってるんですかー?」

「テメェ……言わせておけば!」

「止めるんだ2人とも!」

 

 再び殴りかかんとするキール。それを挑発するブラッド。

 2人を止めたのは壮年の男性の一喝だった。不服そうに睨みつける2人。すると男性は一振りの槍を彼らに突きつける。

 

「これ以上騒ぎを大きくするなら、この場で貴様らとは袂を分かつ」

「へいへい。親父にそこまで言われたら手を引かざるをえねぇ。だがなキール。俺達に選択肢は無い。それだけはテメェの頭に刻みつけろ。……理解しろ。そして割り切れ」

「……分かってる。分かってるさ。お前に言われなくてもそれくらい……」

 

 ブラッドの言葉を噛み締めたキールの拳が震えている。そしてその手をアミタがそっと包み込む。

 そんな2人肩越しに見つめ、ブラッドは「けっ!」と悪態をつく。そして首に巻かれた宝石付きのチョーカーを一撫でする。

 

「お前らは変態ドクターをどう思ってるかは分かってるがな、俺は嫌いじゃねぇぜ。自分の欲望に忠実素直。良いじゃねぇか。シンプルでよ」

「……私も、ドクターの事はそんなに嫌いじゃない」

「お? お譲は分かってるじゃん」

「でも貴方は嫌い。アミタが悲しむ様な事、キールに言っちゃ、ダメ」

「そこかよ。……まぁ良い。嫌われ者は嫌われ者らしく精々好きにやらせてもらうさ」

 

 血色の光がブラッドを包む。雨の中でもはっきりと分かる血色のコートを纏い、ブラッドは大剣を背負っていた。視線はホテル・アグスタ。この雨の中でも彼の目ははっきりとホテルを捉えている。

 と、森の中で爆発がいくつも起こった。ガジェットの侵入を察知し機動六課が出撃したのだろう。

 途端にブラッドの目の色が変わる。それは新しいおもちゃを見つけた子供。それは見知らぬ土地に足を踏み入れた旅人。それは世紀の発見をした学者。共通するのは『歓喜』。

 

「んじゃ俺は行くわ。後は来たい奴だけ来な」

「待てよブラッド」

「ああん? まだ何かあンのかよキール」

「俺も行く」

 

 はっきりと彼は言った。ただ一言だけ言ったキールは既にバリアジャケット。いや、プロテクトスーツを纏っている。ブラッドはニヤリと笑う。漸くやる気になったか。そう言いたげに。

 そして臨戦態勢に入ったのはキールだけでは無い。静観していたラナロウ、ゾディアック。そしてコードフェニックスもまた既に姿を変えていた。

 

「行くのであれば止めはしない。俺はここで彼女の護衛をしているとしよう」

「1人でも大丈夫……」

「そうだぜ旦那! あたしが指一本触れさせねぇよ!」

「そう言うな。お前達の力は良く知っているが、万が一という事もある」

 

 男性はそう言うと少女と、その肩にいる小さな少女の頭を撫でた。少し不服そうにしていた少女達だが、素直に彼の言葉を受け入れ、視線はブラッド達へ。

 

「……気を付けて」

 

 その小さな一言に彼らは頷く事で返事をする。

 そして踵を返すと、ホテル・アグスタ目掛けて彼らファントムペインは飛び立った。

 激しい雨と雷の中、彼らの姿は瞬く間に消えて行く

 

 

 

2

 

 

 

 突如として始まったガジェットの進撃。以前から見かけるガジェットボールと初出動の時のガジェット・ゲルズゲーだ。そして厄介な事にガジェット・ハンブラビまで姿を確認されている。

 撃退を続ける機動六課。しかし次第にガジェットの動きに誰もが疑問を抱き始めた。

 行動の意図が読めないのである。

 ガジェットはレリックを狙う物。彼らの頭の中にはそういう認識があった。恐らく間違いではないだろう。過去のデータからもレリック有る所にガジェットは出現していたのだから。

 だがここにレリックは無い。いくら他のロストロギアと誤認したと考えても、戦力の投入量がおかしい。

 

「シャマルさん、どう見ます?」

 

 屋上から指揮をするマリアが尋ねた。展開した空間モニターで戦況を確認していたシャマルは無言で様子を見ている。明確な答えが出ない。意図の読めない戦力投入。一体何の為にガジェットをこれほど投入しているのか。

 

(これじゃあまるで……)

「そうか……。そういう事ね」

「……六課の戦力分析って所、ですか?」

「人が悪いわマリアちゃん。分かってたなら言ってくれても良いのに」

「生憎と私も確信が無かったの。ごめんなさいね」

 

 やっと思いついた答えをマリアに言われ、シャマルは形だけ拗ねてみせるも、すぐに真剣な面持ちで画面に向かう。

 敵の目的が六課の戦力分析であるならば、これ以上被害を拡大させない為にホテル・アグスタから距離を取るという方法がある。そうする事でガジェットを誘導し、ホテル側への被害を減らせるからだ。しかしそれはあくまでも、敵の目的がそうであると確信している場合。確証が無い以上、それはガジェットにホテル襲撃のきっかけを与えてしまう。もしもロストロギアを狙っているならばと考えると、それを実行させる事はできない。結局はホテルという人質を取られ、ここで撃退する以外に道は無いのだ。おめおめと相手の策略に引っ掛かっていると分かっていながら。

 ならばできるだけ情報を出さない戦いをすれば良い。必要最小限、過剰な戦力を使う事無くこれを撃退すれば、情報の流出を防ぐ事ができる。

 しかし、シャマルのその考えは意図も容易く崩壊する事になる。

 

『出てきましたね』

「ええ。最悪だわ」

 

 アプロディアとマリアの会話はシャマルにもしっかり聞こえてきた。例え聞こえていなくても、それはしっかりと空間モニターに映し出されているのだ。結果的には同じ事である。

 高速で飛来する5つの点。ガジェットよりも早く、それは近づいてくる。

 通信越しにシャーリーがその正体を告げている。だが聞かずとも分かるのだ。

 現状、それ以外の選択肢は無いと言えよう。

 

「マーク、聞こえる? 来たわ。ファントムペインよ」

『ああ。こちらでも確認した。っていうか、もうエンカウントしちまってるんだわ』

「ええっ!? ちょっと早すぎない?」

『これではっきりしたな。あいつらの狙いは俺達だ。……ここは俺らで食い止める。シャマルはマリアと一緒に現場指揮を続けてくれ。……マリア、分かってるな?』

「ええ。最悪の時は認証コードを使うわ」

『ああ。新人達を頼む』

 

 音声のみの通話がそれで終了する。不安気なシャマルだが、恋人を気遣う余裕はまだ無い。

 マリアも頷く。彼女達の使命は現状をどう打破するか。その一点のみだからだ。

 

 

 雨足が更に強まる。

 雷は何度も轟く。

 風は強く吹き荒れる。

 そんなホテル・アグスタ近くの森上空。

 彼らは2度目の邂逅を果たしていた。

 

「随分と早い再会になったな。っていうかレリックを追い続ける限りって、レリックに関係ない所も含まれんの?」

「いやいや、関係無くないだろ。レリック無いけど、お前ら追いかけている過程なわけだし」

「間違ってないけどさ。うわー、なんかすっげぇこじ付けじゃねぇ?」

「いちいち細けぇなぁ。ホンットお前って昔っからそうだよな」

 

 片方は二振りの剣を逆手に構えている。

 片方は長剣を携えている。

 レンとキール。

 お互いの獲物は同じヴァリアントザッパー。その管制人格はキリエ・フローリアンとアミティエ・フローリアンの姉妹。親友である男2人と姉妹である女2人。何の因果か、彼らは敵としてこの場に居る。

 緊張感は無いが。

 

「んで? ホント今回は何で出張ったのよ。レリックが無いならお前らが出て来なくたっていいじゃん。あんなにガジェット引き連れて迷惑なんだよ。それとも何? 本当に俺達の戦力分析が目的なワケ?」

「ま、そういうこった。敵として情報収集は基本だろ?」

「あー、んじゃもう一個。お前らホントにジェイル・スカリエッティと繋がってんの?」

「聞きたい? でも教えてやんねー。そもそもそいつ誰よ?」

「ほんっとムカツクわー。良いじゃんかよケチ! ……って、え? 知らねぇの?」

「さー、どっちでしょうかねぇ? つーか聞きたいなら腕ずくで聞き出してみろっつってんだろバーカ」

「ンだと! 上等だこのアンポンタン!」

「おー! やれるもんならやってみろこのスカタン!」

 

 子供の喧嘩かと言いたくなるような罵り合い。黙って聞いていたキリエとアミタがデバイスの中で溜息をつく。きっと相手も同じ様に溜息をついているだろうなと思いつつ。

 そしてレンとキールは互いに剣を握り、口元に笑みを浮かべた。

 

「そんじゃ!」

 

 ヴァリアントザッパー・GNソードVがギラリと輝く。

 

「踊ろうか!」

 

 ヴァリアントザッパー・フェンサーモードが蒼炎に包まれる。

 瞬間、高速で動いた2人の刃が甲高い音を立て、互いを弾いた。そこでレンは体を回転。魔力を足に込め、簡易的な足場を踏み込んで、もう一刀で薙ぐ。だがキールには盾がある。左側面を隠すGNシールドがレンの斬撃を防ぐ。それでも構わずレンは踏みこみ、一撃、また一撃を加える。

 右薙ぎ、左薙ぎ、右切り上げ、左切り落とし。再び右を切り上げてからの双刃切り落とし。

 流れる様な連続攻撃だ。しかし、それらがクリーンヒットする事は無い。全てがGNシールドによって防がれている。ある程度考えていた事だが、こうもことごとく防がれるとまでは思っていなかった。ここは一度距離を取り、体勢を立て直さなければとレンが後退しようと剣を引いた時だった。

 ノイズが頭に走る。久しぶりに感じるそれは危険を報せるアラーム。加えて背筋にゾクリと走る悪寒。

 ……GNシールドの影から見えるキールのギラついた視線。

 考えるより先に体が動いた。とっさに体を捻り、全力で軸をずらす。

 風を切る音と共に鋭く突き出された淡緑の刃。体を動かしていなければ、きっとその刃はレンの体を串刺しにしていただろう。非殺傷なんて甘い物では無い。豪風さえ切り裂く完全殺傷設定の一撃にレンの頬を冷たい汗が流れる。

 

<本気、みたいだねキール>

「ああ。まぁ頭では分かってたんだけど、こうして目の当たりにするとそれはそれでショックだな……」

 

 レンは今でもキールを親友だと思っている。だから頭のどこかで期待していたのかもしれない。

 キールが本気で自分を殺しに来る筈が無いと。

 だが、刃は放たれた。

 突き出された刃は警告にして勧告。彼が本気であるという意思の表れ。

 無言で再び盾を構える親友にレンが取れる選択肢は1つのみ。いや、考えるまでもなくそれしか最初から無かったのだろう。

 敵として目の前に親友が立ったその日から。

 

 

 レンの雰囲気が変わった事をキールは肌で感じる。

 一気に空気が張り詰めたのだ。

 荒れ狂う蒼炎を操りながらも、その根本は波紋1つ生じさせない水面のよう。

 相反する2つの性質が目の前で体現している。

 

(流石親友。ちゃんと理解してくれたか。……ならもう遠慮はいらないよな)

 

 先の一撃を理解してくれた事。そして応じてくれた事。

 素直に感謝する。親友として、男として。

 1人の敵、ライバルとして。

 キールは危惧していた。いくらスカリエッティの頼みとは言え、果たして全力を出して良いのか。

 下手すれば一帯を焦土にできる力を彼は持っている。だが破壊が目的なのではない。目的にしてはいけない。彼はレンと、Spiritsと共に自分の世界を守ろうとした戦士だ。いくら世界を跨ごうとも、その誇りだけは捨ててはいない。破壊を目的にした時点で、戦士はただの破壊者に変わり果ててしまう。

 それだけは真っ平御免だ。いくらスカリエッティと協力体制を敷いているとは言え、その誇りまで売り渡すつもりは毛頭ない。スカリエッティの思惑がどこにあったとしてもだ。

 自分は破壊者にはならない。だが相手を屠る為に全力を出す。周りへの被害を最小限に抑えて。

 例え矛盾していると言われようとも、キールという男はそれを望む。

 

「さぁ、仕切り直そう。ここからは俺達の時間だ」

「御託は良い。……始めるぞ」

 

 雷鳴が轟き明滅する中、両者が再び剣を振りかざした。

 レンがラッシュを仕掛ける。キールは盾で防ぎ、剣を突き出す。

 チッと音を立てて、刃がレンの頬を霞めた。パッと雨の中に血が飛び散るのも構わずにレンは前に出る。

 強引に盾を払い、できた隙間に体を潜り込ませた。狙うは腹。そこに至近距離のひざ蹴りを蹴り込む。

ただのひざ蹴りならまだしも、器用に魔力。しかも蒼炎を込めての一撃。いかにキールがプロテクトスーツを纏っていても、膝が深く腹に突き刺さり巻き起こる爆発がキールを吹き飛ばした。

 追撃に向かうレン。しかし、それを止めたのはまたしてもキールの突きだった。今度は更にそこから体を捻り薙ぎ払う。遠心力を加えた剣を受けるレンが今度は大きく弾かれる番となる。

 そのままレンは空を翔ける。追いかけるキールがヴァリアントザッパーをモード、ガンブレイドとして魔力弾を放つ。避けるレンも急制動をかけ、振りむき様にザッパーモードから炎弾をばら撒いた。

 雨の中爆発が空に起こる。しかしキールはその中を翔け、至近距離でガンブレイドを向けた。

 それを銃身で逸らす。残った銃を向ける。今度はキールがそれを逸らす。レンは右回転。キールは左回転。互いに体を回転させ、突き出した銃は腕を交差し、互いの額へ銃口を押し付ける。

 交差する視線。

 

 銃声が嵐の空に響き渡った。

 

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