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あたしは凡人だ。
ここに居るとそれを嫌でも思い知らされる。
過剰戦力とも取れる組織編成。将来のエリート候補であるバックアップのメンバー。
才能と可能性を秘めた相棒と小さなチームメンバー達。
そして、上空で戦い続ける訓練校の元同期達。
でもね、そんなの最初から分かってたつもりだった。
凡人? 才能? それがどうした。周りに凄い人が居るなんていつもの事じゃない。
凡人には凡人のやり方がある。才能が無いなら努力で補えば良いのよ。
あたしはそれで結果を『勝ち取って来た』。
それはあたし自身の自信に繋がっていたし、それを支えに訓練校から今までやってきたんだもの。
なのに。
火種は全然消えてなかった。むしろあたしの心の奥底でずっとくすぶっていたみたい。そしてそれは初出動の時に一気に燃え上がる。遥か上の実力を持つ存在。レリックのケースを守るのに精一杯だった自分。
その存在と渡り合う元同期の姿が、あたしの中の火種を燃え上がらせる。
今もそうだ。あたし達の上空ではあたしが入り込む余地なんて全く無い戦いを彼らはしている。
なのに、あたしは目の前の機械達を食いとめるので精一杯。
結局、凡人でも努力でなんとかなるなんて、ただの思い込みだったのかな。
容赦なく降る雨の中、あたしは空に手を伸ばす。
ヤだ。あたし今、嫉妬してる。
2人は空中で立ち尽くしていた
その顔の横には突きつけられた銃がある。
そして、互いの後ろには放たれた魔法弾に貫かれたガジェットハンブラビ。
「無粋な真似を。俺達の世界に入ってくるんじゃねぇ」
「信用されてないんじゃないのか?」
「どうだか。そもそもこいつらがどうなろうと俺の知った事じゃない」
ガジェットハンブラビが爆発を起こした。それを合図に距離を取るレンとキール。再び始まる魔力弾の応酬。ラピッドトリガーとバルカンレイド。互いに連射した魔力弾が雷鳴とは違う光で空を照らす。
その光の中で2人は更に加速した。アクセラレイター。フォーミュラエルトリア式のソニックムーブとでも言おうか。そこに体全体の動きを加速させるブリッツアクションの要素を取り入れた加速魔法である。
それを使用した2人の動きは視認する事すら困難。使用している2人と随伴するフローリアン姉妹だけの加速世界で互いの剣が火花を散らす。
銃撃戦から一転。刃を交わす2人のプロテクトスーツは次第に裂かれ、その下にある肉体からは血が滴る。それすらも構わず、いつしか2人はホテル・アグスタの空高く、雲すら突き抜けた先に居た。
「弱くなったなレン」
「……何?」
刃を絡ませたままの状態で呟くキールにレンは眉をしかめる。
「ジェネレーションシステムで戦ったお前はもっと強かった。トランザムを使い、あまつさえ量子化した俺とクアンタをお前はいとも簡単に捕まえて見せた。それが今はどうだ? その状態になっても俺にまともな一撃すら与えられない。これを弱くなったと言わずして何と言うんだ?」
「……状況を良く見ろ。ここにナイトロは、無い。それにこれはモビルスーツの戦いじゃない」
「いいや、言い訳だね。お前は弱くなった。それを証明してやるよ」
「何を……ぐはっ!?」
腹部に衝撃が走った。キールがレンの腹に蹴りを打ち込み、その反動で距離を取る。
そしてヴァリアントザッパー・GNソードVを掲げて見せた。
高まる魔力。淡緑の閃光が空に広がる。
<まさかこれって……>
「ああ。そのまさかだな」
信じられないとキリエの声が震えている。レンもまたキールの背後に出現したそれに息を飲んだ。
既にキールの手にヴァリアントザッパーは無い。肩の盾も無い。身に纏うのはプロテクトスーツのみ。
彼の武器はその背後にある。
巨大なフォーミュラプレートからそれはゆっくりと、競り上がって来る。その姿はレンとキリエにとって見慣れた人型の大型機動兵器。青、白、赤のトリコロールカラーに染まり、淡緑の粒子を散らす。
ガンダムタイプモビルスーツ。GNT-0000 ダブルオークアンタ。
彼らの世界から持ち込まれた、この世界に本来あってはならない禁忌の力。
「……キリエ、フルドライブだ」
<うん。それしかないよね。……ヴァリアントザッパーフルドライブ。イグニッション!>
今度はレンから閃光が走る。
彼の魔力光であるホワイトブルー。その光の中で、ヴァリアントザッパーが分解。再構成を開始する。
それは腕。それは足。それは胴。それは翼。それは顔。
漆黒とも思える紺色の輝きを放つそれは形を成し、1体の巨人と姿を整える。
GGH-001 ハルファスガンダム。
ジェネレーションシステムが生み出した、不死鳥の系譜に連なるガンダムタイプモビルスーツ。
これもまた1つの禁忌。この世界には大きすぎる力の象徴。
閃光が消える中、レンの背後でハルファスガンダムは翼を大きく広げた。
「これでお互い後には引けなくなったわけだ」
「先に出しておいて何を言っている」
「ハッ! まぁ実際その通りなんだけどよ。けどよ、これで教えてやる。お前が本当に弱くなったってのをさ」
「やってみろ。俺はそれを覆してやる」
コックピットに入り込む。互いの座席に座るとその傍らに姿を見せる彼らのパートナー。
キリエとアミタが微笑み、レンとキールが頷く。
図らずも同じ仕草をした親友と姉妹。とてもよく似た存在の2人と2人。
それは初動すら同じだった。
翼の砲台を向けるハルファスガンダムと、両手にキールも使っていたガンブレイドを構えるダブルオークアンタ。
照準が互いに定まると同時に、一斉に光線を放つ。
空が眩い閃光に包まれた。
『ハルファスガンダムの起動を確認。相手は、ダブルオークアンタです』
「そう……。やっぱりモビルスーツも使えるのね」
雲の下。相変わらず降りしきる雨の中アプロディアの報告を聞いたマリアが顔をしかめる。
予感はあった。なんとなく。そんな気がしていた。
自分達が転移してきた時の映像を見せられた時、あの場にいた全てのモビルスーツ達が光に包まれた。
アプロディアは自分が彼女とマークのモビルスーツをデータ化したと言った。キリエも自分がハルファスガンダムをデータ化したと言っていた。そしてシュテル達は各々のデバイスが判断した。だったらキールと共にいるアミタだって同じ行動をしていたに違いない。
ならデバイスという道具も、キリエとアミタという存在が居ないブラッド、ラナロウ、ゾディアック。そしてコードフェニックスは?
答えはやはりアプロディアだ。彼女がまとめてデータ化したに違いない。
それがどうして彼女の下に集まらなかったのかまでは分からないが。
そしてそれは同時に……。
『Spirits各員聞こえる? レンがハルファスを起動させたわ。相手はキールのクアンタ。この意味、分かるわよね?』
Spirits全員に通常回線で通達する。画面の向こうでマーク達が頷いている。
『彼らも使える可能性が高いわ。十分に注意して』
限りなく高い可能性が外れる事を願って。
マリアは通信を閉じた。
ガジェットハンブラビの中心に突き刺さった槍。そこから噴き出す灼熱の砲撃が鋼鉄の体を突き抜ける。
溶解した残骸を払うかのように振り、シュテルは周りを見渡す。
「キリがありませんね。どれほど投入したと言うのです」
「どうした。疲れたか?」
「まさか。うんざりだと言いたいのです」
黒い翼のシュテルと紫の魄翼のディアーチェが背中合わせに浮いている。
まだまだガジェットハンブラビの数は多い。シュテルが言う通りキリが無い。
「仕方ありません。ゼロシステムを使って一掃します。ディアーチェはスバル達をお願いします。勿論ブラッド達の動きには注意をして下さい」
「心得た。先の通信の件もあるからな」
「ええ。よろしくお願いします」
「誰に物を言っておるのだ?」
不敵にディアーチェは笑うと急降下していった。追いかけるガジェットハンブラビ。しかしそれをシュテルの誘導制御炎弾、パイロシューターが阻む。
「我が王の後は追わせません。……ゼロシステム、起動」
シュテルの音声起動キーに反応し、両手のルシフェリオン。その核となる宝石が輝く。同時に彼女の目から色が消えた。
その様子に危険を察知したのかガジェットハンブラビが動く。一斉に彼女を取り囲むとビームの雨を降らせたのだ。網目の様に走るビーム。しかしシュテルはそれを最小限の動きのみで避ける。そしてパイロシューターを頭上に放った。螺旋を描き上昇する炎弾は、一定の高さに到達すると今度は華が開くかの様に四散。囲むガジェットハンブラビに降り注ぎ、次々と爆発が起こった。
その爆炎からシュテルが飛び出す。銃槍を1体に突き刺すと、そのまま一回転。遠心力を使いガジェットハンブラビを放り投げ、別のガジェットハンブラビにぶつける。射線が重なる。それをシュテルが見逃す筈もなく、重なったガジェットハンブラビを再度放ったパイロシューターで撃ち抜く。
爆発の炎を背にシュテルは残ったガジェットハンブラビにニヤリと笑う。
それは天使の様な悪魔の微笑み。
「さぁ、次に鉄屑にされたいのはどなたです?」
「シュテるん、ノリノリだね~♪」
聞こえるいつもの能天気な声。シュテルが視線を向ける先にはレヴィがいた。
そして更にその先には大剣を二振り構えるブラッドの姿も。
「……ノリノリなのは貴方なのではないですか? 笑いが隠せていませんよ」
「だってしょうがないじゃん。ブラッドとバトルすんの、ちょー楽しいんだもん」
その笑みは愉悦の笑み。但し、レヴィが普段見せる太陽の笑みでは無い。
獲物を見据えた猛獣の笑みだ。そしてそれはシュテルの視線の先にいるブラッドも同じ。
戦いに歓喜を見出す2人。結局の所、この2人もまた似た者同士なのは間違いない。
「忘れないで下さいね。今のブラッドは私達の敵なのですよ」
「うん。ボクだってそれくらい分かってる。ブラッドはエリオとキャロを怖がらせた。まずはその分で1発。後はボクらに何も教えてくれないのに1発。ん~、そうだなぁ。ついでにもう1発ブン殴らないと駄目だよね」
ガシャンと音を立ててレヴィの籠手となっているバルニフィカスが変化し、肘までを覆う斧の形を取る。
その刃から噴き出す水色の魔力刃。バルニフィカス・レイザーモード。腕そのものを1つの斧とするバルニフィカスの重斬撃モードだ。
「ふふっ。そのモードなら殴る前に叩き割ってしまいそうですね」
「そーいうモードだしねー」
そして2人は魔力を更に解放する。シュテルに渦巻く緋炎。レヴィに走る青雷。
互いの敵を見据え、炎と雷が翔けた。
別の空では刃の蛇が大きくとぐろを巻いている。
数は2匹。その身は雨をも切り裂き、互いの身を削り合っている。
片方はシグナムのレヴァンティン、シュランゲフォルム。
片方はラナロウのチェーンアンカー。そのアンカーがビームムラマサブラスターを掴んでいる。
お互い、巧みにそれを操っては中距離での攻防を繰り返していた。
(この男……。できる)
一瞬でも気を抜けば、待っているのは刃の蛇に絡め取られる己の姿。油断はできない。彼の実力は未知数だが、初出動の記録映像を見る限り恐らくあのブラッドとキールと呼ばれる人物並にはあるだろう。
結果、こうしてお互い身動きが取れない状況になっている。
何かこの状況を変えるきっかけが欲しい。切にそう願う。
そして、それは訪れる。
空を切り裂く音。何かが飛んでくる。一瞬シグナムの意識がそちらに向いた。
それは鉄球。表面に棘がある大きな鉄球だ。
シュランゲフォルムを展開しているシグナムにそれを避ける手段は無い。
(しまった! 奴に気を取られ過ぎた!)
自分の失態に彼女は顔をしかめた。だが、彼女と鉄球の間に突如割り込む一陣の風。渾身の一撃を放ったそれが鉄球を弾き返す。
「シグナム! らしくねーぞ!」
「すまない。彼との戦いに少々没頭し過ぎていたようだ。感謝するぞヴィータ、リイン」
<気を付けて下さいねー>
彼女の横に降り立つのはいつもの真紅から白へと色を変えたヴィータ。リインフォースⅡとユニゾンを果たした姿である。だがこれで拮抗は崩れた。シュランゲフォルムから通常の状態へ戻し、シグナムはラナロウを見据える。
彼の横にも新たな人物が浮いていた。確か彼はゾディアックと言ったか。彼も油断はできない。リインとユニゾンしたヴィータと相対していたにも関わらず、彼の表情からは余裕すら感じられる。対してヴィータの顔は不機嫌そのものだ。きっと思う様な戦いをさせて貰えなかったのだろう。
「ヴィータ、少し落ち着け。熱くなっているのはお前もだ」
「るせーよ。言われなくたってわかってらぁ」
「それならば良いのだがな」
イライラした声で返すヴィータ。シグナムは心の中で1つ溜息をついた。
『こっちはこんな感じだ。ゾディがあのちっこいのを刺激したもんだから奴さん、かなり頭に血が昇ってるな。逆にあのポニテ侍は冷静さを取り戻しちまったよ』
『気を付けろ。あの2人は真正古代ベルカの騎士。頭に血が昇っていても、実力はかなりのものだ。決める時は決めてくる』
『分かってる。ゾディも表面に見せないだけだからな。それなりに消耗してる。むしろお前の方が気を付けろよ。マークとやりあってんだろ?』
『ああ。あいつは強い。ここまでとは思わなかった』
『あいつ生身でも強かったからな。んじゃ、お互い踏ん張ろうぜ』
『健闘を祈るよ』
念話では無い。ラナロウとの通常回線通信を終わらせ、コードフェニックスは改めて正面のマークを見据えた。
今は距離を取って牽制しあっている状態。マルチタスクが無ければ、この状態で通常回線通信なんて狂気の沙汰だ。それほどまでに状況は切迫している。
マークとコードフェニックス。お互いの手には銃が握られている。どちらも2挺。そして状況は五分。
ラナロウ達からマークが生身でも強いと聞いてはいたものの、ここまでとは正直彼も考えては居なかった。友人のその技量には素直に驚いている。魔法を使い始めて4年しか経っていないだろうに、その運用も見事な物だ。彼の体に染みついている技術に魔法を上手く適応させている。天才としか言いようがない。
「見事だよマーク。君は本当に強い。驚いた」
「素直に礼を言っておく。お前にもう一度会った時に馬鹿にされたくなかったからな」
「へぇ。それは随分と俺も高く見られたものだね」
「魔法じゃお前の方が先輩なんだ。当たり前だろ? でもな、こんな風にお前と争う為に俺は強くなったわけじゃない。何でお前と世界を跨いでまで争う必要があるんだ? それに俺達の部隊にはお前の……」
「ストップだマーク。それ以上は言わないでくれ」
マークが何を話そうとしていたかは容易に想像できる。
コードフェニックスとて、あのリニアレールで彼女の姿を見た時に自分の運命を呪ったものだ。
見間違えようはずも無い。
成長していてもすぐに分かった、たった1人の家族。最愛の妹ティアナの姿を。
「今更合わせる顔なんてないよ。それにマーク。君はティアナに実の兄が敵でしたなんて言えるのかい?」
「それは……」
「自分達と来いなんて言わないでくれよ? 俺達にはやるべき事がある。君達とは行けない。時空管理局にも協力できない」
「なんでだよ……。クソッ! なんでこうなっちまったんだよ」
「なんでだろうね……。でも、分かっている事が1つだけある」
容赦なく振る雨と轟音轟く雷光。
その下でコードフェニックスは銃型デバイス、フェネクスを構える。
「今、俺と君は戦わなければならない。互いに譲れない物の為に」
「結局こうなっちまうのか……」
マークもまた銃型デバイス、フェニックスを構える。
再び2羽の不死鳥が激突する。
2
どうしてあたしは飛べないんだろう。
空隊の試験に落ちた時に思った。
兄さんは適正があったのに、なんであたしには適正が無かったのだろうって。
どうしてあたしはこんなに理解が悪いんだろう。
士官学校の試験に落ちた時に思った。
兄さんにできた事がなんであたしにはできないんだろうって。
見上げた空からはまだ雨が降り続く。そこで戦う同期と副隊長。
視線を前へ向ければ、空色の道をひた走る相棒。浮き上がり、闇の魔力球を次々と振らせる元同期。それをサポートする後輩2人。
みんなのレベルは確実に上がっている。眩しい程にその才能を開花させている。
胸の奥が苦しい。心臓がバクバク言って、息が荒くなる。
分かってる。あたしはこの気持ちの正体を知っている。
みんなに置いていかれそうで。お前が居なくても大丈夫だと言われているようで。
凡人は要らないと言われているようで。
お前の弾丸は、何も撃ち抜けやしないと言われているようで。
あたしは、ギリッと奥歯を強く噛み締めた。
「クロスミラージュ!!」
ティアナが大きく声を張り上げた。
その声に呼応して両手のクロスミラージュがカートリッジをロード。足元にオレンジ色のミッド式魔法陣が広がった。同時に浮かび上がる魔力弾。それはる次々とネズミ算式に数を増やしていく。
まだだ。まだ足りない!
更にカートリッジを2発ロード。増幅された魔力がティアナの体を駆け巡る。
しかしそれは彼女の操れる範囲の魔力を完全に越えた量だ。現にクロスミラージュとそれを握る彼女の手と腕で魔力が暴れている。いつ魔力が暴発を起こしてもおかしくは無い危険な状況だ。
だがティアナもクロスミラージュもそんな事百も承知。
使い手は、自分の力を証明し、自分が役立たずでは無いと証明する為に。
使われる物は、使い手の願いを叶え、一緒にその力を証明する為に。
人機それぞれの願いを叶える為に、過剰魔力を力でねじ伏せて行く。
周りが止める声も聞こえない。聞かない。聞く気も無い。
そして魔力弾は一気に流星と化した。
ティアナから放たれた流星は次々と飛び交い、ガジェットボールを撃ち抜く。
過剰魔力を操り、その上で正確に狙いを定める。それは針に糸を通す様に繊細な作業だ。マルチタスクをフルに使い、ティアナはその緻密なコントロールをこなしていく。
だが裏を返せば、それだけにティアナは集中していると言う事だ。
例えるなら、決壊寸前のダムと同じ。溜められた水という魔力の噴き出す量をギリギリの所でコントロールしているのが今のティアナ。決壊寸前という事は、ふとした衝撃。つまり、ティアナの集中が一瞬でも途切れれば、それはいとも容易く崩壊する。
そしてその瞬間は訪れる。
誰もがティアナの流星に目を奪われていた時だった。
突然の轟音。何かが大気を切り裂く音。雷とも違う人工的な音。
空に広がる真っ黒な雲を突き抜け、それは姿を見せる。
巨大な四枚羽を広げた紺色のモビルスーツ、ハルファスガンダム。
地面を背にハルファスは背のバーニアを噴出。激突しまいと空中で踏み留まろうとしている。
続けて雲からダブルオークアンタが飛び出した。淡緑色の長剣、GNソードVを掲げハルファスに切りつける。ハルファスも両手のビームサーベルを交差させ、一撃を受ける。
雷よりも眩い閃光が辺りを照らす。
クアンタに押されながら、ハルファスは更にバーニアの噴出を強めた。
その風にあおられ木々が大きく揺れる。まるで局地的な台風だ。気を抜けば吹き飛ばされてしまう。
だが2機は戦いの手を止めない。木々の上すれすれ、地面と平行に飛ぶハルファスの上からクアンタが剣を押し付ける。だがそこでハルファスが動く。翼の砲門2門がクアンタを向き、一気に光を放つ。
空まで真っ直ぐに伸びる2筋の砲撃が雲を突き抜ける。しかしクアンタには当たっていない。発射のギリギリで距離を取ったのだ。そしてハルファスの動きは早かった。高機動形態での突撃。避けるクアンタの背後上空で再び変形すると、下降の勢いと共に2振りビームサーベルを切りつける。GNソードVの刀身でこれを受けるクアンタ。
空が再び閃光に包まれた。
「何なのよアレ……」
『ティアナ! 集中を切らしちゃダメ!』
突然ティアナの前に展開された空間ディスプレイからマリアの声が響いた。
しかし気付いた時には遅かった。一瞬でも切れた集中力。溢れだす魔力は待ってくれない。
一気にティアナの魔力が暴走した。コントロールを失った魔力の流星が敵味方構わず襲いかかる。
誰もが身を守るのに精一杯になった。
エリオがキャロを抱き抱え、フリードと共に流星を掻い潜り、ディアーチェはパンツァーシルトを張り耐えている。上空からこれを見ていた仲間も、戦闘を中断しティアナに駆け寄ろうとするが流星の密度が濃く近づく事もままならない。
ハルファスとクアンタですら、この異変に戦闘の手を止めるほどだ。
『ティアナ!』
『黙って見ていろレン。……このまま俺に背を向けるなら俺はお前を容赦なく叩き斬る』
『キール……テメェ、あいつは!』
『分かってるさ。でもな、お前は黙って見ていろ。お前が目を向けるのは、お前の敵だ』
突きつけられる剣。ハルファスならティアナに近づける。しかしクアンタが、キールがそれをさせない。
通信で聞こえるキールの冷たい声。
レンは動く事すらできず、機器に拳を叩きつけた。
荒れ狂う魔力の流星。
だがその中で必死にティアナに近づこうとする者がいた。
スバルだ。プロテクションを前方に張り。ウィングロードをティアナに真っ直ぐ伸ばす。
「ティア!! 落ち着いて! 落ち着いて魔力を抑えて!」
「やってるわよ! でも、止まんないのよ! それに動けない!」
「ティアならできるから! だから諦めないで! 今そっちに行くから!!」
「ダメよ! あんたまで巻き込まれる!」
「構うもんか!!」
マッハキャリバーの車輪を高速回転させ、少しでも近付こうとする。だが、密度の濃い魔力弾がそれを阻む。さすがのスバルも足が止まった。もう少し。もう少しで伸ばした手が届くという所で。
相棒が、大事な大事な仲間が苦しんでいる。
助けたい。でも届かない。
これが限界なの?
スバルの目に涙が浮かんだ。
『強制認証コード! システム・ユニコーン強制起動! マッハキャリバー!!』
『Attestation code recognition. System unicorn limited release is carried out. (認証コード承認。システム・ユニコーン限定解除します)』
それはマリアの声。聞き慣れない単語がスバルの耳に響く。
マッハキャリバー。彼女もまた、スバルには分からない単語を復唱した。
そしてそれが始まった。
左腕に集まる魔力。何かがそこで組み上げられていく。
それは盾。スバルの左腕を覆う大きな白い盾。
「え? マッハキャリバー、これって……」
『It is a shield. (盾です)』
「それは分かるんだけど……、これってどういう事なの?」
『It cannot speak about it from me. However, this is a shield which protects you. The shield which protects you from any difficulties. And I am wings. Wings for carrying to the place which you desire. If you wish, I need to extend wings for you. It becomes a shield which protects you and let's continue protecting. Is this strength unnecessary although you gain what you desire? (それを私から語る事はできません。しかしこれは貴方を守る盾。どんな困難からも貴方を守る盾。そして私は翼。貴方が望む場所へと運ぶ為の翼。貴方が望むなら私は貴方の為に翼を広げましょう。貴方を守る盾となって守り続けましょう。貴方が貴方の望むものを手にするのに、この力は不要ですか?)』
ずるいよマッハキャリバー。そんなの決まってるじゃない。
拭った涙。もう流れてこない。
「行こうマッハキャリバー。ティアとクロスミラージュをあたしとお前。2人で止めるんだ!」
『Why not!』
盾が大きく展開した。
X字に開いたそれから青い閃光が走る。その輝きはスバルの魔力光と同じ輝き。その表面に生まれるプロテクションがスバルの体をティアナの魔力弾から守る為、光輝く。
マッハキャリバーが唸りを上げた。スバルが望む場所。スバルが行きたいと願う場所、ティアナの所へと一直線に駆ける。
スバルも盾を構え、ただ前を見据えていた。これが一体何なのかは分からない。でも、一つだけ言えるのはこれが今、自分に必要な力だという事だ。この力があればティアナに届く。今も苦しそうな顔をしているティアナを助ける事ができる。何故だか分からないが、そんな確信がある。
「ティアッ!!」
「ス、スバル……」
スバルの叫び。ティアナの苦悶。
魔力はまだ暴発を続ける。だがスバルは止まらない。止まってなるものか。親友を、仲間を、相棒を助けるまで止まってなるものか。
必死に盾の無い右手を伸ばす。
後もう少し、もう数センチ。なんとその遠い事か。ティアナの魔力が壁となりスバルを押し戻している。
それでもスバルは手を伸ばす。大事な物をその手に掴む為に。グローブが破れ、皮膚が裂け、血が飛び散ろうと関係ない。その下から見える物。それすらも今はどうでも良い。ただ今は、大事な人を助ける為にスバルはひたすら手を伸ばす。
そして、遂にその手がティアナの手を握った。
「マッハキャリバー!!」
『AMF, the maximum deployment! (AMF、最大展開!)』
スバルの叫びにマッハキャリバーが応えた。
盾が一層輝きを増す。盾の前方に集中発生したのはAMF。ガジェット達が使用する、アンチ・マギリング・フィールド。何もこれはガジェットだけの能力では無い。れっきとしたAAAクラスの魔法技能だ。
ガジェットが使えて、マッハキャリバーに使えない道理は無い。
それを前方に集中展開させれば、魔法に対して強力なバリヤーになる。だが勿論この装備をスバルは知る筈も無い。スバルがマッハキャリバーを呼んだのは、何かあると信じたから。それに応えたマッハキャリバーの判断によってAMFは展開していた。
AMFの輝きによってティアナの暴走した魔力が霧散していく。
まるで朝靄の様に、オレンジ色の魔力は消えていく。
雲の切れ間から太陽の光が差し込む。
ペタリと座りこむティアナ。そっと抱きしめるスバル。
照らす光が2人を優しく包みこむ。
嵐は過ぎ去り、穏やかな風が吹いていた。