魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第21話 心、それぞれ

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 パァン!

 

 乾いた音が部隊長室に響く。

 その音を発したのははやての平手。その表情は厳しい。

 そしてその平手を受けたのは、頬を赤く腫らし俯いたままのティアナ。

 

「ティアナ。自分が何で叩かれたかは理解できるな?」

「……はい」

 

 ホテル・アグスタにおける魔法の危険運用。それに伴い発生した被害。2人の様子を後ろから見ているスバルの右手には痛々しく包帯が巻かれている。そしてそれはティアナも同じ。過剰魔力のフィードバックによる両手の火傷。シャマルの応急処置が無ければ、最悪使い物にならなくなっていた可能性もあったのだ。懸命の治癒魔法と医療技術のおかげで大事には至っていないものの、それでも復帰には数日要する必要がある。つまり今のティアナは銃を握る事すらできない。緊急出動の可能性があるにも関わらずだ。

 そしてクロスミラージュもまた半壊。今はシャーリーが緊急メンテナンスを行っているが、使い手同様に酷い状態には変わりない。きっと使い手を守る為に必死で魔力を制御しようとしていたに違いない。

 

「コントロールできない力はただの暴力や。それを正しく使う為にティアナは高町教導官から教導を受けていたんと違うの? なのにティアナの身勝手な行動は皆を危険に晒した。六課全体を預かる部隊長として見過ごすわけにはいかへん。理由、話してくれないか? なんでこんな事をしたのか」

「……」

 

 幾分か表情を和らげながら、諭すように語りかける。

 だがティアナは俯いたまま答えようとしない。黙秘を貫くつもりなのか、スカートの裾をギュッと握りしめ、彼女は一言も喋ろうとしない。

 その様子にはやては深い溜息をついた。これでは話にならない。何か思う所があっての行動なのは間違いないが、結局の所それは当人にしか分からないのだ。少しでも話してくれれば便宜を図る事もできるのに、これではどうしようもない。

 

「おいティアナ。お前のその行動が益々自分の立場を悪くしてるってまだ分かんねぇのか!」

 

 遂にヴィータが声を荒げた。この場には各部隊の隊長を始め、Spirits。そしてフォワード達も居る。

 その中で1人ティアナが部隊長の声に耳を貸さず、黙秘という反抗をしている。

 彼女が声を上げるのも無理は無い。

 

「……すみませんヴィータ副隊長。こればかりは……こればっかりは話す事ができません……」

 

 やっと口を開いたかと思えば、出てきたのは拒絶だった。

 ヴィータの怒りが遂に沸点を越えた。ソファーから立ちあがり、今にもティアナに殴りかかんとする。

 だがその肩を掴み、制止する者が居た。

 シグナムである。

 

「シグナム!」

「話す事ができんと言っているのだ。ならば話す必要などないだろう」

「テメェ! ティアナの肩を持つってのか!」

「そうは言っていない。生憎私とて腸が煮えくり返る気分だ。だから別の行動で示させてもらう」

「は?」

 

 シグナムの言っている意味が理解できないのか、ヴィータは顔をしかめた。

 そしてシグナムは一度はやてを見た。その様子にはやてはまた溜息をつく。なんとなくシグナムのやろうとしている事が分かったからだ。

 

「ティアナ。お前が理由を話してくれるまで私はお前を仲間とは認めん」

「シグナムさん!」

「シグナム!」

 

 あまりの発言になのはとフェイトが声を上げた。しかしシグナムは動じない。むしろ鋭い視線を2人に向けていた。だが2人もそれに動じる事は無い。むしろ、シグナムに食ってかかる勢いだ。

 

「そんなのあんまりです! ティアナはもう立派な六課のフォワードなんですよ!? それなのに仲間として認めないなんて酷過ぎます!」

「そうですよシグナム! 今の発言は行き過ぎです! 撤回して下さい!」

「ならば聞くぞ高町、テスタロッサ。お前達は今後も今のティアナに後ろを任せられるか? あの時誰もがティアナを止めた。だが、ティアナはそれを無視した。現場指揮を任せられたマリアとシャマルという上官の命令を無視し、魔力の行使をした。その結果がこれだ。お前達はそんな危険性のある人物に後ろを任せられるのか? 私には無理だ。後ろから味方に撃たれては敵わん」

 

 うっという呻きと共になのはとフェイトが言い淀む。だが、まだ納得できないのだろう。なのははそれでもティアナを擁護すべく言い募る。

 

「でも、でも! 何かきっと理由がある筈なんです!」

「だからそれを話すまでは認めないと言っているのだ。……高町。お前も分かっているだろう。我々にとって、たった一度の失敗がどんな結果を引き起こすか」

「分かっています。でも……」

 

 何の話だ? レンの眉がピクリと動く。

 

「ティアナ、意地を張らないで。理由をちゃんと話せば皆分かってくれる。だからお願い。ちゃんと理由を話して」

 

 なのはとシグナムの口論の間にフェイトがティアナに語りかけた。だがティアナはそれでも話さない。

 むしろその肩は小刻みに震え、何かに耐えているようだ。

 そして、ある人物の一言で状況が動く

 

「私はシグナムの意見に賛成です」

 

 それはシュテルだった。表情1つ変えず、きっぱりと、そう言い切る。

 

「同じシューターとして、ティアナの行為は許されざるもの。一番やってはいけない行為だというのはナノハ、貴方が一番分かっているでしょう? 信頼の置けないシューターを後ろに置く等、狂気の沙汰ではありません。ティアナ。これ以上黙秘を続けるというのなら、シグナム同様私も貴方を仲間とは思えない。……がっかりですよティアナ。あまり失望させないで下さい」

 

 シン、と静まり返った。歯に衣着せぬ物言い。彼女に悪気などこれっぽっちも無い。ただ事実を淡々と、ありのままに伝えているだけ。それ故にそれは全員の心に深く突き刺さる。

 容赦なく、深く、深く、抉る様に。

 

「……りなさいよ……」

「何ですか? 言いたい事があるならはっきり言って下さい。それともまただんまりですか?」

 

 沈黙を破るティアナの小さな呟き。静まり返った部屋でも聞こえるか聞こえないかの小さな声。

 だがシュテルは尚も言葉を突き刺す。

 そして、遂に彼女は顔を上げた。

 

「黙りなさいよ! 何なのよ! いつもいつも上から目線で何もかも分かった顔して! アンタにあたしの何が分かるってのよ! あたしの気持ちなんて分かりっこない! 何でも持ってるアンタには絶対に!」

「分かりませんよ! 貴方が何も話してくれないんですからね!!」

「シュテル! ティアナももう止めや!」

 

 怒りに身を任せたティアナの声。そしてシュテルも珍しく声を上げている。だが始まる言い合いをはやてが止めた。椅子に座り腕を組む。視線は厳しく、シュテルとティアナに向けられる。

 

「これ以上は無意味や。ティアナ。部隊長権限で一週間の謹慎を命じます。通常業務もしなくてええ。部屋で少し頭を冷やしなさい」

「はやてちゃん!」

「高町教導官。これは命令です。異論は許しません。ティアナもええな?」

「……はい。失礼します」

 

 先ほどの威勢は何処へやら。ティアナは一礼すると部屋を出て行った。

 心配そうにそれを見送るスバル達フォワード。と、レンがスバルの頭を撫でた。

 

「行ってやれ。声をかけなくても良い。ただ一緒に居てあげな」

「……うん! 行こうエリオ、キャロ!」

「「はいっ!」」

 

 レンの言葉に勇気を貰ったのか、スバルの顔が満面の笑みを浮かべた。そしてエリオとキャロ、フリードと共に部屋を出て行く。

 はやてに一礼を忘れている辺り、スバル達らしい。

 

「良いのか?」

「止めたって無駄でしょ。ま、ティアナはスバル達を100%拒否するでしょうね。それでも1人にするよりよっぽどマシってもんッス」

「……かもな」

 

 やれやれと肩を竦めるマーク。ティアナの件は一応スバル達に預けるとして、問題はまだ残っている。

 今、この場だ。

 すっかり重苦しい雰囲気になっている。はやてとリインは頭を抱え、なのはとフェイトは悲しげに俯いている。シグナムとヴィータは仏頂面だし、シャマルはオロオロしている。ザフィーラは我関せずと隅で丸くなる始末だ。

 そして……。

 

『シュテル、わざと煽ったでしょ?』

『……何の事ですか? 私は事実を述べただけです』

『意地張るなよ。らしくないぜ?』

『かも、しれませんね。でも私は嘘を言ったつもりはありません』

『ああ。嘘は言ってないな』

 

 でも、辛いってのが丸分かりだっての。

 決して念話で言う事は無かったが、シュテルが心を痛めているのはひしひしと伝わってくる。

 視線を向ければディアーチェ達が頷き返してくれた。良かった。彼女達も分かってくれているようだ。

 そしてレンを見る視線はもう1つ。正面から送られるそれ。はやての視線だ。

 彼女も何か気付いた様だ。直感的にそう思う。

 

「私の教導が悪かったのかな……」

 

 そんな時だった。ポツリとなのはが呟く。天井を見上げ、それは悲しそうに。

 フェイトがそっと手を重ねた。なのはが視線を向けると彼女は無言で首を横に振る。

 なのはは間違っていない。表情はそう物語っていた。

 

「おめーは何も間違ってねぇ。あいつは分かってねぇんだ。なのはがどんな思いで教導してるかをな。それを仇で返す様な事しやがって! あーもう! イライラする!」

「そうだな。自分が如何に恵まれているか。それを理解していないのだろう」

 

 ヴィータとシグナムもそれに続く。皆が口々になのは間違っていないと連呼する。

 そしてなのはは泣き笑いでありがとうと言っている。

 

(……なんだこれ?)

 

 感じる違和感。レンは何も言わずにその様子を眺めていた。

 何かがおかしい。何だろう。言っている事は分かるが、何か不自然だ。

 レンも彼女の教導は間違っていないと思う。基本をしっかり組み立てるというなのはの教導に文句は無い。なのにこの違和感は何だろう。教導の事を話している筈なのだが、どうも腑に落ちないというか、しっくりこない。

 不意に昨日ヴィータが言っていた事を思い出す。ティアナが昔のなのはに重なると。そして先のシグナムの言葉。一度の失敗がどんな結果を引き起こすかを。

 何故だ。何故そんな事を今思い出す?

 答えの出ないモヤモヤを抱えつつ、再び彼女達を見る。

 口々に出てくるなのはの教導は間違っていない。

 ティアナはそれを分かっていない。

 いつの間にか、論点がティアナの理由と黙秘では無く教導の理解になっている。

 隊長陣はなのはの擁護をし、ティアナが間違っていると糾弾する、

 

「なぁ、それって皆本気で言ってる?」

 

 思わず口に出してしまった。しまったと気付いた時には遅かった、隊長陣の厳しい視線がレンに集まる。

 その剣幕に一歩引いてしまう。しかし、それは結果としてレンの中でバラバラになっていたピースを形作るきっかけになった。

 レンが思っていたティアナの理由。そしてなのはを擁護する隊長陣。

 朧気だが、それは確実に繋がり始める。

 

「ンだよレン。お前までなのはの教導が間違ってるって言いたいのかよ」

「ちげーよ。ただ思ったんだ。なんでそんなに皆、なのはが間違ってないって言い切れるのかなって思ってさ」

「間違ってねーだろ。ティアナはなのはの教導を無視した行動をした。普段教えられた事なんてすっぱり忘れて勝手な行動をしたんだ。それがどういう事か、おめーだって分かってんだろ」

「でもそれは結果論だろ? 教導うんぬんじゃなくてさ、問題なのはなんでティアナがあんな行動をして、それを黙秘するかじゃないのか?」

「大方、なのはの教導に不満があったんじゃねーの? だから言えねぇんだろ」

「……話になんねぇ」

 

 これ以上ヴィータと言い合いをしていても答えは出ないだろう。

 平行線を辿る不毛な言い合いだ。

 つまる所、ティアナが教導に不満を覚えて勝手な事をした。己の力を過信した軽率な行動が大惨事を引き起こした。だから黙秘するのだと言いたいのだ。

 ヴィータだけでは無い。程度に差異はあれど、隊長陣は誰もが似た考えを持っているだろう。

 誰も、ヴィータの言葉に反論する者は居ないのだから。

 誰も彼もなのはの側からの視点。ティアナの視点から物を考えようとしない。

 

「なら俺、いちぬーけた。今回俺はティアナの味方すんわ」

 

 ガタっと音を立てて隊長陣が立ち上がる。その顔に驚きは隠せない。

 むしろ、こいつ何言ってんだ? と言わんばかりだ。

 

「レン、本気なの?」

「本気も本気。あー、フェイトよ、勘違いしないでくれ。ってか、そんな顔で見ないでよ。俺だってさっきのティアナの態度は間違ってると思うよ。でもさ、だからってティアナが全部悪いって決めつけんのはどうかねぇ? さっきなのはもフェイトも言ってたじゃん。何か理由がある筈だって。だったら視点を変えなきゃ。そして考えるんだ。ティアナが何であそこまでしなきゃならなかったか。その原因をさ」

「だからそれは……」

「俺はそうは思えない。あいつがそんな理由であんな無茶をするなんて思えない」

 

 フェイトの言葉を遮り、彼は踵を返す。ドアノブに手をかけた所で一度シュテルを見た。彼女は何故か薄く笑みを浮かべている。しかしそれも束の間。直ぐに顔を引き締め、厳しい声をかけた。

 

「私はナノハの側に立ちます。レンがティアナの側に立つと言うなら、暫くの間敵という事になりますね」

「偶には良いんじゃないの? ってか敵って表現は大袈裟じゃない?」

「敵というのにも色々ありますよ。少なくとも今の私とレンは対立しているのですから」

「対立ねぇ。ま、ほどほどに行こうか」

 

<レン、ティアナを頼みます>

<了解だ>

 

 最後は念話のみ。誰にも気付かれないように2人だけの秘密の会話を交わす。

 レンはひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。

 残された面々は各々レンの残した言葉の意味を考える。しかし今の彼女達には到底意味が分からないだろう。いや、意味は分かっても理解しようとしないだろう。無意識に、その答えに行きつくことを拒むかのように。

 

「ふぅ……参ったわね。これじゃ部隊の指揮もあったもんじゃないわ。はやてさん。この件、私とマークは中立の立場を取らせて貰います」

「だな。ディアーチェ。お前達はどうする?」

「愚問だな。シュテルがこちらに味方すると言ったのだ。ならば自ずと選択は決まっておろう?」

「そうか。分かった」

 

 マリアとマークも部屋を出て行く。

 静寂が再び部屋を包む。重苦しい空気は尚一層、その重みを増すのだった。

 

 

 暗い部屋。ティアナはベッドに横たわっている。

 部隊長の部屋を出てから、すぐにスバル達がやって来た。

 だが誰にも話しかけて欲しくなかった。慰めの言葉もただの同情にしか聞こえない。

 そんな同情欲しくなかった。何故なら彼女はスバル達に嫉妬していたのだから。その所為であんな無茶をして全員に迷惑をかけた。なのに、慰められたら余計に惨めになる。

 だから彼女達を拒絶した。慰めの言葉は無かったが、それでも彼女は拒絶した。しかしスバル達は諦めず傍に居ようとする。結果ティアナは逃げるように部屋に閉じこもった。髪を解き服を脱ぎ捨て、下着とワイシャツだけでベッドに潜り込む。

 暫くしてスバルが帰ってきた。食事を持ってきてくれた様だが、無視する。

 次第に深いまどろみ襲われ、ティアナが意識を手放すのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

2

 

 

 

 

「僕達と一緒に来ませんか?」

 

 ホテル・アグスタでスバルに止めてもらった後、ティアナに手が差し伸べられる。

 それは先ほどまで敵だった人物。灰色の髪とコートの青年。確かゾディアックという名前だったか。

 彼はその顔に微笑みを浮かべ、座りこむティアナに語りかける。スバルがティアナを庇う様に立ち塞がるが、それを無視し、ゾディアックは尚も語りかけてくる。

 

「君の才能。このまま眠らせておくには惜しい。どうです? 僕らと一緒に来れば貴方に眠る才能をもっと引き出してあげましょう」

 

 それは悪魔の誘惑。自責の念にかられたティアナに這い寄る蛇が禁断の果実を差し出している。

 その誘惑は甘く、傷ついたティアナの耳から脳へ響き、全身をとろけさせた。

 

「君は罪を犯した。これは変えようも無い事実です。そんな貴方を管理局が必要とするでしょうか。しませんよね? ならばその罪、僕が許しましょう。何も心配は要りません。僕らは君を見捨てたりしない。そしてもっと君の引き出してあげられる」

 

 なんと優しく、なんと心地よい響きか。

 それはティアナが切望し、渇望し、焦がれ、追い求め、諦めていた言葉。

 蛇が見せる果実。それを手にすれば、自分は全てを手中に収める事ができる。ずっと欲しかったものが手に入る。

 ゆっくりとティアナが震える手を伸ばし始めた。

 蛇が口角を吊り上げている事にも気付かぬまま。

 

「ダメだよティア。そんな誘惑に負けちゃダメ」

 

 果実を払いのけたのは、空色の髪の少女。そっとティアナの手を握り、少女は優しい目を向ける。

 

「ティアには才能がある。それは間違いない。でもね、隊長達だってティアに才能が無いなんて思ってないはずだよ。犯した罪は償おう? あたし達仲間じゃない。一緒に償うからさ。だからそんな誘惑に負けないで」

「ス……バル……」

「ね? 六課のフォワードにはティアが必要なんだよ」

 

 眩しい。その笑顔がティアナには眩しすぎる。

 どうしたらそんな事が言えるの? 最悪、撃ち落としてしまっていたかもしれないのに。

 ティアナの目に涙が溢れてきた。

 

「お前の負けだ。ゾディ」

「これはこれはマーク。お早い到着で」

「良い性格になったなお前。反吐が出る。これ以上うちのツンデレ娘を悪い道に引きこまないで欲しいんだがね?」

「悪い道とは人聞きの悪い。僕は事実を告げたまでですよ」

「そのやり口に反吐が出るってんだよ。余計な事すんな」

 

 ティアナとスバルの隣に降り立つマークが銃を向ける。しかしゾディアックは薄く笑うばかり。

 そして気付く。銃を向けているのはマークだけでは無いという事に。

 背中に押し付けられたそれ。押し付けているのは、コードフェニックス。

 

「……これ以上好き勝手するなら、俺がお前を撃つよ」

「そんな怖い声を出さないで下さい。コード。貴方にとっても悪い話では無いでしょう?」

「生憎と最悪だね。そんな事頼んだ覚えも無いし、望んでもいない」

 

 やれやれとゾディアックが肩を竦めた。どうやらこれ以上はコードフェニックスの逆鱗に触れかねないと判断したのか、それ以上彼が口を開く事は無い。コードフェニックスも用は済んだとばかりに、ゾディアックを連れだって宙に浮き上がる。

 

「今日の所はこれで失礼する。……マーク。頼んだよ」

「……真っ平御免だね。お前がやれって言ってんだろ」

「それができないから頼んでいる」

 

 そう言い残し、コードフェニックス達ファントムペインが引き上げる。誰も追う事は無い。そんな余裕は何処にもありはしなかった。

 

 

 はたと目が覚めた。

 既に部屋は暗い。どうやら思った以上に深い眠りについてしまっていたようだ。

 ゆっくりと体を起こしてみる。夢見が悪かったからか寝汗が酷い。ワイシャツが体にぴっちりと張りついて起伏に富んだ体のラインを浮き上がらせている。

 とは言え、そのままでは気持ち悪くて仕方が無い。

 気だるい体に鞭打ち立ち上がる。ワイシャツを脱ぎ、タオルで体を噴くと幾らかはさっぱりした。そして新しいシャツと下着に取り替えた後、スバルが持ってきてくれたスープに口を付ける。

 

「……すっかり冷えちゃったな」

 

 それでも空腹は満たされる。心は全く満たされないが。

 カーテンを開けてみると、外はすっかり夜の帳に包まれていた。窓も開け、窓の縁に片足を立てて座る。

 潮の香りの混ざった心地よい風に髪を揺らしながらティアナは1人、あの夢に思いを馳せる。

 あれはあの時に起こった本当の事だ。情けない事に、あの時は本当に頭が回っていなかった。

 冷静に考えてみれば分かる事だ。あそこで手を取ってしまっていたら、もう後には退けない。

 何しろ相手は犯罪者だ。レリックを狙う敵なのだ。それなのに、我が身かわいさに誘惑に負けそうになってしまった。あの時スバルに止められなかったら、きっと誘惑に勝てなかったに違いない。

 そしてきっと機動六課を敵に回す事になっていただろう。

 ブルっと体を震わす。その事の恐ろしさに。

 それなのに今日は酷い事をしてしまった。嫉妬は自分の問題で、彼女には非は無い。エリオとキャロもそうだ。勿論隊長達にも。そして、シュテルも。

 でも我慢できなかったのだ。何でも持ってる隊長達。突き放すシュテルの言葉。

 自分を気遣う余裕を見せられ、さも分かった振りをされるのが我慢できなかった。

 自分の気持ちなんて理解していない癖に、分かった様な口をきかないで欲しかった。

 

(……挙句、癇癪を起こして勝手にキレて……。ガキそのものね)

 

 だが言える筈が無いだろうとも思う。

 皆に嫉妬してました。自分も強くなってるという結果を出したかったなんて、言えたもんじゃない。

 自己嫌悪で気分が重くなる。

 これからどうしよう。

 不安で不安で堪らなかった。

 

 

 

 同時刻、機動六課屋上。

 寝転がり、だらりと手足を伸ばしているのはレンである。

 

「やべぇ……。ぜんっぜん方法が思いつかん」

 

 夜空を見上げそう呟く。

 昼間はやて達に啖呵を切ってきたは良いが、実の所見切り発車も良い所だった。

 ヴィータ達の言い分。レンが薄々思っていた事。どちらにせよ肝心なのはティアナから本当の理由を聞きだす事だ。とは言え、他人に指摘されれば、あの強情張りだ。きっと全力で否定するだろう。

 しかしティアナから理由を聞きだす方法。それが全くと言って良い程思いつかない。

 

(それになぁ……。な~んで皆、あんなになのはを擁護するかね?)

 

 それも分からない。何故に皆彼女ばかりを正しいと言えるのだろう。何故、誰もティアナの視点で物を見ようとしないのだろう。そうすれば、少しは違っていただろうに。

 なのはが正しい。

 ティアナが間違っている。

 その一点張り。それがレンを苛つかせる。

 

「あ~、くっそ! 分かんねぇ! ……いっその事、誰かに聞いてみるか?」

 

 却下だ。あの様子からして答えてくれるとは思えない。むしろあれは無意識だ。火に油を注ぐ結果にしかならない。そんな気がする。

 

「でも、誰かに聞いてみるってのは有りかもしれんよ?」

「あん?」

 

 不意にかかる声。見上げた頭を声の方へ向ける。上下逆さに見える世界で立っていたのは、はやてだった。仕事上がりなのか、制服のまま彼女はレンに歩み寄る。

 

「気付いたんやろ? 皆がなのはちゃんの事を必要以上に心配してるって」

「ああ、それそれ。な~んかこう、腫れ物を扱うっていうかそんな感じ。なのはのやってる事は正しい! みたいな?」

「レンさんの指摘はもっともや。どうにも私らの悪い癖でな。お互いの結びつきが強い分、自分らの事になると客観的に物事が見えへん時があるんよ。私が思うに、今回はそれが顕著に出てる気がするな」

 

 レンの隣に体育座りで膝を抱えるはやて。レンも体を起こし、はやての言葉の意味を考える。

 理解できなくもない。彼女達の信頼。絆の強さは素晴らしいと思う。だがそれ故に、視野が狭いという事か。

 

「でも、それは度が過ぎるとただの慣れ合いだろ。盲信的に相手を信じるのと、信頼関係はまた別だよな」

「その通りや。信頼してるからこそ、言うべき事は言わなきゃあかんと私も思うよ。でもな。なのはちゃんの場合、ちょっと事情が違うんや。だからこそ、どうしても皆一歩引いてなのはちゃんを庇ってしまう」

 

 はやては語る。なのはの過去に何があったかを。

 レンは黙ってそれを聞く。そして納得した。皆が何故あんなにもなのはを大事に扱うかを。

 全てを聞き終えた時、レンは深い溜息と共に星空を見上げた。

 キラキラと輝く星の光。その光はいずれ消えてしまう輝きだ。しかし、星の死は新たな星の輝きを生みだす種になる。彼女もまた、新たに輝きを手に入れたと言う訳か。

 

「分かってくれたか?」

「ああ、十分だよ。それならまぁ、分からなくもない。けどなぁ……。それにしたって感情移入し過ぎでしょ」

「痛い所やな。皆の絆の強さは六課最大の武器だけど、同時に最大の弱点なんは分かってたつもりなんやけどなぁ……。上手くいかないもんやね」

 

 はやてが苦笑する。

 部隊長は視野を広く持たなければならない。個の感情よりも優先しなければならない事は山程あるのだ。

 八神はやてという少女もそれを理解しているのだろう。友情、親愛。それに囚われる事無く、常に一歩引いて大局を見なければいけないと言う事に。

 だが、人の感情とはそんな便利に出来てはいない。きっと、隣の少女はそれを理性で押し付けている。

 その心労はレンには推し量れないものだ。

 

「まぁ……、その、なんだ。はやては上手くやってると思うよ」

「無理せんでもええよ。本当に上手くやれてんのなら、こんな大博打打たないでも良い方法があるはずなんやからな」

 

 笑顔で否定されてしまった。手厳しいとレンは肩を竦める。確かにその通りだと思いながら。

 今、六課は分裂の瀬戸際なのだ。だがこれを乗り越えられれば、その結束はより強固な物になるだろう。

 しかし失敗すれば確実に分裂し、部隊は大きな溝を抱える事になる。

 それをはやては大博打と言ったのだ。

 正に六課の今後に関わる大博打である。

 

「やれやれ。いつの間にかレートがどんどん吊り上がってやがる。上手くいったら、なんか奢れよ?」

「考えとく。なんならはやてちゃんと1日デート券も付けたげるよ?」

「そいつぁがんばらないといけないねぇ」

 

 立ち上がりくしゃくしゃとはやての頭を乱暴に撫でる。乱れた髪を手櫛で直し、むくれる彼女に笑いながら、レンはその場を立ち去るべく扉へ向かった。

 

「あ、はやて。その1日デートの時は、その下着で頼むわ」

 

 余計な一言を残して。

 途端にはやての顔が真っ赤に染まる。ペタリと座ったまま太ももをしっかり閉じて、スカートの隙間を慌てて隠す。

 

「バカ! サイテ―や! この覗き魔!!」

「あははははっ! じゃーな。あんまり夜更かしすんなよ」

「うっさい! とっととどっか行け!!」

 

 投げつけたパンプスが力無く扉にぶつかる。レンはさっさとその扉の奥に消えてしまった。

 1人残ったはやて。おそるおそる自分のスカートに目を向ける。

 

「まさか、本当に見えてへんよね? パンスト履いてるし、暗いし、見えてへんよね?」

 

 とりあえず、後で1発殴っておこう。そう心に決めたはやてだった。

 

 

 

 更に同時刻。

 いつもはフォワードの訓練場。今は唯の海岸。

 そこに高町なのはは居た。

 なんとなく1人になりたかった。フェイトやヴィータ達が心配し付き添おうとしたがそれを断り、こうして彼女は1人海を眺めている。

 昼間の事はショックだった。ティアナが理由を話してくれなかった事が今でも重くのしかかる。

 そして考える。レンが言い残した、視点を変えるという言葉の意味を。

 彼には見えているのだろうか。自分には見えない何かが。

 考えれば考える程不安になる。自分の教導が悪かったのではないかという結論しか出てこない。

 

「駄目だなぁ。結局自分の事ばっかり。全然ティアナの視点で考えれてないや」

 

 こんな事は初めてだった。これまで幾度となく教導をしてきたが、こんなにも相手が見えないという状況は巡り合った事が無い。個人のメンタル。それを如何にコントロールするか。大人数を相手にする教導とは違い、小人数への教導の難しさがそこにある。これは高町なのはが教導官としてぶつかる、1つの大きな壁なのかもしれない。

 落ち着いてもう一度考えてみる。これまでの教導。それに限らず、なのはが覚えているティアナの行動、言葉、その全てをできる限り。そこに突破口があると信じて。

 そんな時だった。着信を知らせるアラーム響いたのは。

 突然響いたその音に一瞬体をビクリと震わせ、慌てて空間ディスプレイを開く。

 

「……ユーノ君?」

 

 相手先の名前を見て首を傾げた。それは彼女の幼馴染の1人。彼女に魔法という新しい世界をくれた師匠とも呼べる大事な人の名前がそこに記されている。

 珍しい事もあるものだ。お互い忙しくなかなかプライベートに連絡を取る機会等無かったというのに。

 

『やぁ。昨日ぶりだねなのは』

「うん。昨日ぶりだねユーノ君。でもどうしたの? アグスタでの事後処理忙しいんじゃない?」

『大した事ないよ。僕はオークションの出品紹介と鑑定客員で行っていただけだからね』

 

 そう言った彼が微笑んだ。先日のホテル・アグスタで予期せぬ再開をした2人。ユーノはその後、オークション出展品の状態確認等を行っていた。なのはもティアナの件があった為、ゆっくりと話す暇も無かったのだ。

 そんな彼からの突然の通信。なんとなくその内容は察しがつく。

 

『フェイトとシュテルから聞いたよ。色々大変みたいだね』

「あ~、やっぱりその件だよね……。もう、2人とも口が軽いなぁ」

『そう言わないであげなよ。2人ともなのはの事が心配なんだからさ。フェイトなんか泣きそうになってるし、シュテルも用件だけだったけどちゃんと伝わって来たよ』

「フェイトちゃんはなんとなく分かるとして、シュテルは珍しいね」

『だね。しかもレンと対立してるって言うじゃないか。彼女の事だし、何か思惑があるんだろうけど、やっぱり珍しいよね』

 

 クスクスと笑い合う2人。確かにレンとシュテルが真っ向から対立するのは珍しい。何度か言い合いをしているのは見かけるし、シュテルの拳によるお話もよくある。だが、ここまではっきりと対立するのは非常に珍しいと言わざるを得ない。

 それでもユーノ言う通り、何か思惑はあるのだろうけれど。

 

「それで? ユーノ君はどう思う? 今回の件について」

『う~ん。まぁ色々思う所はあるけれど、まずはなのははどう思ってるか教えてくれるかな? やっぱり自分の教導が悪かったって思ってる?』

「それは……まぁ。一応レン君の言った事を私なりに考えて、ティアナの立場で考えようと思ってるんだけど……。結局そこに行っちゃうんだ」

『そっか。教え子がそんな行動しちゃ、教えてる身としてはそう思っちゃうよね。じゃ、ゆっくり一個一個、一緒に考えていこうか』

 

 その声はとても穏やかだ。久方ぶりに聞くその声は幼かった頃のまま。魔法を覚えたての頃にその基礎を教えてくれたあの頃のユーノと同じだ。その頃を思い出し、なのはの心も穏やかになっていく。さっきまでの沈んだ気持ちが、彼の優しい声にほぐされていくよう。

 それはとても気持ちの良いものだ。とても大きな物に包まれているような安心感。なのはの裸の心に直接触れられる数少ない男性の言葉に、なのはの瞳から一筋の涙が零れた。

 

『なのは?』

「あ、ご、ごめんね。あれ? なんで涙なんか……」

 

 すぐにその涙を拭う。しかし涙は止まらない。何度も何度も拭っても、その涙は止まらない。

 折角連絡をくれた友人にみっともない姿は見せられないと思っていても、涙は彼女の意思とは無関係に流れてしまう。

 

『泣いても良いと思うよ』

 

 そしてかけられたのは、そんな言葉だった。

 

『なのはは昔から1人で抱え込む癖があるからね。今は頼れる仲間が増えてちょっとは改善したかなって思ってたんだけど、やっぱり根っこはなのはのまんまさ。だから、こういう時くらい泣いちゃっても良いと思うよ』

「……ずるいなぁ。そんな事言われたら、我慢、できなくなっちゃうよ……」

 

 通信であるのが恨めしい。もしも本当に彼が隣に居たのならどんなに良かったか。

 膝を抱え、声を殺して、なのはは涙を流す。

 何故泣いているかも分からない。どうしてこんなに悲しいのか分からない。

 しかし高まった感情は、一度溢れだしたら止まらない。

 寄せては返す波の音にかき消される嗚咽。

 だが、その波の音は見守る青年の様に優しく少女を包み込んでいた。

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