魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第22話 7 days

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 1st day レンとフェイト。

 

 朝から六課の厨房に立つ男が居る。

 頭には手拭いを巻き、紺色の甚平を来て料理をしている。

 その周りでは六課食堂の局員が他の局員の朝食を作っているのだが、お構い無し。彼は彼の料理を続けている。

 

「おはようござ……うわっ! レン、何してるの?」

「おはようフェイト。見ての通り、料理を作ってるのさ。丁度良い。フェイト、試食して欲しいのがあるんだ。席まで持ってくからちょっと待ってて」

「う、うん?」

 

 レンに促されるまま、席に通されるフェイト。朝食を食べに来たのに……という小さな呟きを無視し、フェイトに差し出される一皿。そこには表面をこんがりきつね色になった四角い何かが乗せられており、刻みネギが振りかけられている。不思議そうにフェイトはレンとそれを見比べた。とりあえず、出された箸で割ってみる。それで理解した。これは豆腐だ。揚げ出し豆腐風味の焼き豆腐だ。

 

「……あ、美味しい。表面の焼き具合も丁度良いし、豆腐の味がしっかりしてるね」

「切り分けた木綿豆腐の表面に小麦粉と片栗粉をまぶして、軽くソテーしてみたんだ。っと、こいつをかけてくれないか?」

「ポン酢? 成程ね。ピッタリだと思うよ」

 

 レンが出したポン酢をかけてもう一口食べてみる。思った通り、相性は良いようだ。元々、味のしっかりついた豆腐とポン酢。そして刻みネギ。愛称が悪い筈がないのだ。見た目以上にさっぱりとしたその焼き豆腐をフェイトはペロリと平らげてしまう。

 評価は上々なようだ。フェイトの幸せそうな表情にレンは手応えを感じる。

 

「ポン酢も良いけど、七味も良いかもね。お酒好きの人にはぴったりかもよ。それこそ、なんだか居酒屋のメニューみたいだし」

「否定はしないな。今度マークさんとシャマル先生のつまみに作っても良いかも」

「うんうん! あの2人なら喜んで食べてくれるんじゃないかな? でもどうしたの? レンが料理好きなのは知ってるけど……」

「ん~……、実はティアナの朝食を作ってやろうかと思って」

 

 突然フェイトの顔が強張った。昨日の件はまだ尾を引いているのだろう。しかし、それも束の間。すぐにいつものフェイトに戻る。

 そして内心レンもほっと胸を撫で下ろした。正直来たのがフェイトで助かった。これがヴィータとかだったら、怒鳴られていたかもしれない。食べる物はしっかり食べるだろうけど、それとこれとはまたちょっと話が違うのだ。

 

「なんでもティアナの奴、昨夜まともに飯食ってないみたいでさ。とりあえず話を聞くにも、飯くらいはちゃんと食わないとまずいと思ったわけよ」

「そっか……。あの様子だとこっちにも出て来にくいだろうしね。朝食を持っていってあげるのは良いアイディアだと思うよ」

「だろ?」

 

 と、くぅ~と小さな音が聞こえた。何の音だと首を傾げるが、正体はすぐに判明する。

 目の前で顔を真っ赤にして、お腹を抑えているフェイトが恨めしそうにレンを見ていたのだから。

 

「……聞こえた?」

「……まぁ。お詫びに朝食にこれ付けてあげるよ。それでチャラって事で……」

「やった♪ それで手を打ってあげる♪」

「へいへい」

 

 数は余分に作っていたのだし、良しとしよう。更にお詫びを重ねてフェイトの朝食を運んでくる。 さすがに豆腐にパンは如何なものかという勝手な理由で、レンは和風をチョイスした。幼い頃は日本に居たと言うし、問題は無いだろう。むしろ和風がある事に驚きだ。大方、はやてが部隊長権限で通したのだろうけど。

 慣れた箸使いで朝食を食べるフェイトの正面にレンも座り、茶を啜る。昨日の事がまるで嘘の様に穏やかな時間。しかし話す内容はどうしてもそこに行ってしまう。

 

「……でね、一応ユーノにも連絡したんだ。私達じゃ気付かない何かをユーノなら感じれるんじゃないかなって思って」

「でもフェイトも昨日言ってた通り、ティアナが全面的に悪いと思ってるんだろ?」

「正直、分からなくなっちゃった……」

 

 コトリと箸を置き、フェイトが苦笑する。

 これはこれは。意外な人物が意外な事を言う。レンは思わず目を細めた。

 

「本当になのはの教導への不満が原因なのか。もっと別の所に理由があるんじゃないか。だとしたら、私達は大きな見落としをしてるのかもしれない。そう考えたら、ね」

「……そっか。ま、ユーノに連絡したのは正解だったんじゃないの? 昨日の様子じゃなのはだって結構ヤバかったんじゃない?」

「うん。ヤバかったヤバかった。……コホン。なのは相当参ってたみたい。夜に1人でどこか行っちゃうし。でも、ユーノと話をして少し気分転換できたみたいだったよ」

「それなら良いんだがねぇ。……実はなのはの事、聞いたよ。大変だったらしいな」

「そっか。聞いちゃったんだね」

 

 フェイトが目を伏せる。それはフェイトにとっても苦い記憶であるのは想像に難くない。それでもレンは隠すつもりは無かった。自分も知っていると言う事を、フェイトに知っておいてほしかったからだ。

 だがレンはその事をティアナに話すつもりは無い。それは他人から伝えられるべき事ではないからだ。

 伝えるとすれば、それはなのはからが相応しい。

 

「俺は俺でティアナからなんとか聞き出してみるからさ。だからフェイトも考えてくれ。それこそ視点を変えて色々と、な?」

「そうだね。考えてみる。なのはも大事だけど、ティアナも大事だもん。それに、この空気は早くなんとかしたいしね」

「全くだ。こんな空気は早々に入れ変えたいね」

 

 クスクスと笑い合う。

 こんな空気、六課には似合わない。望んでもいない。

 打破する為にはやはりティアナから理由を聞きだす事だ。今日いきなり聞き出せるとも思えないが、とりあえずやれる事をしよう。そう決心するレンだった。

 

 

 

 2nd day マークとマリア。あと、アプロディア。

 

 カタカタと音を立てて、マリアがキーボードを叩いている。

 六課隊員寮のマリアの自室。そこから個人端末を使い、地上本部のサーバーにアクセスを行っているのだ。理由は勿論、高町なのはの過去について。

 しかし洗えば洗うほど、その輝かしい経歴に溜息が出る。

 初めて魔法に出会い、そこから怒涛の様に巻き込まれたP・T事件。

 その半年後に起こった闇の書事件。

 どちらもS級の事件。その中心にいる魔法を使い始めて間もない少女。

 運もあるだろう。だがそれだけではないのも確かだ。一言で言ってしまえば、魔法を使う天賦の才能とでも言おうか。膨大な魔力量と知識、技術の吸収力。そして理論として構築する魔法を感覚で組んでしまう発想力。

 まさに魔法を使う為に生まれた少女と言っても過言ではない。

 更に読み進める。

 闇の書事件から更に時は流れ、闇の書の残滓から生み出された3人のマテリアル達が織り成す、闇の欠片事件。そして、闇の書の根幹ともいうべき永遠結晶エグザミアを巡る砕け得ぬ闇事件。大きく取り上げられてはいないが、重大事件であった事には変わりない。そしてそのどちらにも高町なのはという少女は中心にいた。

 時空管理局入隊後も武装隊の士官から一気に教導隊への道を駆けあがって行くのだが……。

 

「あれ? この期間の記録が……空白?」

『1年程、空白期間がありますね』

 

 それは闇の書事件から2年後。そこから1年間の記録が無い。無いというか、ただ一言添えられているだけだ。

 任務中の負傷により、1年間休職、と。

 首を傾げるマリア。アプロディアも疑問を隠せない。

 あの高町なのはがだ。負傷により1年の休職とは余程の負傷だったに違いない。しかし、その内容についての記載が無いのは何故だ。疑問は募るばかり。

 

「よっ。成果はどんなだい?」

「マーク。入って来るならブザーか、ノックくらいして。いい加減怒るわよ」

「そう言うなよ。ほれ、コーヒー」

「……ん。ありがと」

 

 差し出された缶コーヒーを受け取り、一息つく。やってきたマークもコーヒーを飲みながら彼女が調べた結果に目を向けた。そしてやはりマリアが疑問に感じた箇所。高町なのはの休職でその手が止まる。

 訝しげにそれを眺めた後、マークは素早くキーボードを打ち始めた。画面に現れたのは別のデータベース。求められるパスワードを手早く打ち込むと、画面にズラリと膨大なデータの羅列が並んだ。

 

「これは……プロテクトデータベースね」

「ああ。通常閲覧できないならここにアクセスするしかないからな。通常閲覧できない理由は恐らく、それがある程度の秘匿性を持っているからじゃないか? なのは程の人物が1年も休職したんだ。何か大事に巻き込まれた可能性もある。後は……いや。止めておこう。推論を重ねた所でどうしようもないからな」

 

 更にキーボードを打ち、検索を進める。

 結果は見事に的中した。該当件数1件。未解決事件の閲覧項目に分類されていた。

 そしてその内容に2人とアプロディアは愕然とする。

 中でも残されていた映像データ。そこに映る影に彼らは言葉を失くしてしまうのだった。

 

 

 

 3rd day なのはとユーノ。そしてフェイト。

 

 ティアナは参加していないが、フォワード達の訓練は平常運転で行われている。

 今日も朝から晩までみっちりと。その後、高町なのははその日の訓練状況をチェック。翌日の訓練メニューに修正を加える。全てはフォワード達を一人前にする為に欠かせない作業だ。

 しかし、ホテル・アグスタの件から3日。訓練の効率が伸び悩んでいる。

 理由は明白だ。ティアナの謹慎。それがフォワード達の集中力を欠いている。

 ティアナはフォワード陣の要。司令塔とも呼べるべき立場。そんな彼女が謹慎を受けていては、まとまる物もまとまらない。まだまだ精神的に成熟しているとは言い難いフォワード達に影響が出ないわけがないのだ。

 一刻も早くこの状況を変えなければならない。気持ちばかりが焦る。

 訓練メニューのチェックを終え、空間パネルを閉じてなのはは深い溜息をついた。

 答えは未だ見つからない。あれからユーノと1つずつ確認しているが、まだ明確な答えは見つからない。

 ふと時計を見た。そろそろユーノから連絡が来る頃だ。でもその前に一度シャワーを浴びておきたいと思うのは、やはり彼女も1人の少女という事だろう。

 パタパタと駆け足でなのはは自室へ走って行った。

 

 

「ごめん! 遅くなっちゃった!」

『気にしないで。待ってる間にフェイトと話したから』

 

 いつものサイドテールをほどき、濡れ艶の残る髪をタオルで拭きながらパジャマ姿のなのはがバスルームから急いで出てくる。その様子に同じくパジャマ姿のフェイトと、画面の向こうのユーノは笑顔を向けた。ここ3日連日行っている話し合い。いい加減、そろそろ答えを見つけておきたい所だ。

 

『フェイトから聞いてたんだけどレンの方も難航してるみたいだね。それでも毎日持って行ってる食事は食べてるみたいだけど』

「うん。それ以外なら話ができるんだけど、肝心の事になるとどうしても黙りこんじゃうみたい」

「それに伴ってシュテルの機嫌が加速度的に悪くなっていってるの……。見てて分かるくらいピリピリしてる」

『あはは……。素直じゃないからね、あの子は』

 

 シュテルの様子が容易に想像できるのか、ユーノが乾いた笑いを上げた。

 だが今回の影響は各所に現れている。先のフォワード達の件もそう。シュテルの件もそう。そして何より六課トップチームの雰囲気は過去例に見ない程に悪い。

 一見どっしり構えているように見えるはやてが、隠れて胃薬を飲んでいるのをフェイトが目撃するくらいだ。

 

「皆のモチベーションが下がりまくってね……。訓練も地に足がついてない感じだよ」

「教導は信頼関係が無いと成り立たないもんね」

『そうそう。その信頼関係で思った事があるんだけど、良いかな?』

 

 コクリと頷くなのは。それはユーノが話を聞いている内に感じた疑問。それを彼は口にする。

 

「なのは、自分の教導の意味。皆にちゃんと伝えた?」

 

 沈黙。

 なのはとフェイトの表情が固まる。ユーノは更に言葉を紡ぐ。

 

「それにフォワード達にちゃんと実力が付いてる事、伝えれてる?」

 

 再度沈黙。

 言葉も返さず、固まる2人にユーノは溜息をついた。

 

『成程ね。なんとなく理解した』

「で、でもユーノ君! 皆ちゃんと実力ついてるんだよ? ガジェットとの戦闘も前より的確にこなせるようになってきてるし、訓練メニューだってきちんとレベルアップしてるし!」

『なのは……。それは君の言い分だよ。思い出してごらん。なのはが魔法を覚えた最初の頃。あの頃のなのはは自分がどんどんレベルアップしてる事が楽しくなかった? それはきっとなのはがレベルアップしている実感があったからじゃない?』

「それは……そうだけど……」

「でもなのはの言う通り、皆ちゃんとレベルアップしてるのは確かだよ。それは理解してくれてると思うんだけどな」

『理解してくれているって言うのは、こっちの勝手な思い込み、なんてのは往々にしてあるのもさ。それに確かにガジェット相手ならそうかもしれない。でも思い返してごらんよ。初出動の時も、アグスタの時も。ガジェットより遥かに格上の存在、ファントムペインが出てきたでしょ? 初出動の時は食らいつく事もままならなかった。アグスタの時は、戦闘に介入できなかった。むしろその実力差を見せつけられた。これで実力が付いてるって本当に思えるかな?』

 

 2人はぐぅの音も出ない。反論すらできない。

 なのははかつての事件を思い出してみる。P・T事件の時になのはは最初フェイトに手も足も出なかった。

 しかしレイジングハートとユーノの指導の下、訓練に訓練を重ねて挑んだフェイトとの一騎打ち。自分の力が通用すると分かった時、確かになのはは力が付いている事を実感していた。

 そして闇の書事件。この時も最初はヴィータ達に惨敗した。しかしその時もフェイトと訓練を重ね、新しくなったレイジングハートと協力し、終いには不可能とまで言われた闇の書の暴走を食い止める事ができたのだ。この時も彼女は自分が強くなっていると実感できていた。

 その後更に起こった事件もそう。彼女は前線で結果を出す度に自分の実力に実感を持てていた筈なのだ。

 決して自分1人の力では無い事は百も承知。しかし、束ねるべき力が弱くては束ねた所で意味は無い。

 その力の一端が自分であるのは明白だし、そう実感があるからこそ自分を信じてやってこれた。

 それが崩れたのは、あの事件。

 一度その翼をもぎ取られたあの事件だ。

 そしてそれはそのまま、高町なのはの教導の意味に直結する。

 

『なのは。フェイトも一度初心に返ってみようよ。君達は言葉を交わす事でお互いを理解してきたじゃないか。それは決して間違いじゃない。とても大事な事だよ。黙っていたんじゃ本当の気持ちは伝わらない。相手が聞いてくれるまで何度も何度も諦めずに声をかける。時にはぶつかる事もあるだろうし、傷つくこともあるかもしれない。でも君達はそうやって絆を深めてきた。それは場所や時間や相手が変わっても、唯一変わらない大事な事なんじゃないのかな』

 

 画面から聞こえる声は、本当に優しい。なのはとフェイトは黙ってそれを聞いている。

 

『彼女に立ちあがる勇気と自信を持たせるのは、なのは。君にしかできない事だと僕は思うよ』

 

 もやのかかった視界が一気に晴れて行くようだった。

 その言葉が、その一言が、高町なのはの進むべき道を指し示しているようで。

 なのはが顔を上げる。

 その顔に迷いは無い。一度方向を見据えた彼女は強い。その先にどんな壁があっても、それを貫いて進む芯の強さを彼女は持っている。

 もう心配はいらないだろう。ユーノとフェイトは安堵の笑みを向け合っていた。

 

 

 

 4th day レンとティアナ。

 

 レンがドアをノックする。今日でもう4日目となるお部屋訪問。

 ちなみに今日から趣向を変えてみた。手に持っているのはクルミ入りのチョコクッキー。外はカリカリ、中しっとり。レンの自信作だ。

 

「……また来たんですか?」

「つれない事言うなよ。ほれ、今日はチョコクッキーだ。食うだろ?」

「食べます! ……どうぞ」

 

 ドアの隙間から覗くティアナのジト目が一気に輝くのをレンは見逃さない。やはり菓子にシフト変更したのは正解だったらしい。とは言え、現金な奴だなと思ったのは内緒だ。

 中に入ると彼女がコーヒーの準備をしていた。目を合わせようとしないのは先ほどの件があるから。

 クッキーに釣られて思わず目を輝かせた自覚があるのだろう。心なしか、その頬が赤くなっている。

 笑いを噛み殺しレンはクッキーをテーブルの上に置くと、椅子に座る。そこはティアナの机。ぎっしりと参考書やらが並んでいた。そして先ほどまで使っていたのか、ノートと参考書が開きっぱなしで置いてある。

 良い傾向だ。少なくてもこの4日で少しずつティアナは立ち直りつつあるようだ。こうして手持無沙汰な時間を勉強に当てているのが、その証拠だろう。

 

「勝手に人の机を見ないで下さい」

「片付けないお前が悪い。どうせ俺が来るって分かってたんだろ?」

「それはまぁ……思ってましたけど。コーヒー、ブラックで良いんですよね」

「おう、サンキュ」

 

 コーヒーの入ったマグカップを手渡し、ティアナも漸く床に足を伸ばした。オレンジの長い髪がふわりと舞う。そしてその格好はTシャツに短パン。本当にラフな姿でティアナは片足を抱える。

 傍から見れば、とても魅力的な姿だ。特にティアナ程の少女なら尚の事。目を奪われない男は少なくない筈だ。思わず苦笑してしまう。

 

「何ですか?」

「男が来るって分かっててしてる格好じゃないよな~なんて思ってさ」

「だったらキリエも連れてくれば良いでしょ。それにレンさんは手を出さないって分かってますから」

「キリエはスバル達の所だ。しっかし、お前も言うね。実際出さないけどさ。」

「それはそれでムカつきますね。でもそういうレンさんだって女の部屋に来る格好じゃないでしょ?」

 

 確かに甚平に手拭いという出で立ちなので、文句は言えないのだが。それでも少しは恥じらいを持ちやがれと思ったレンは悪くない筈だ。

 

 

「……アグスタで見たあの人型兵器。多分黒い方。あれってレンさんなんでしょ?」

 

 レンの作ったクッキーとティアナの入れたコーヒーを飲食しながらだった。

 それを不意に。唐突にティアナは質問を投げかける。

 マグカップを持つレンの手が止まった。来るべき質問が来た。それを察知して。

 今まで聞かれなかったのが不思議なくらいだ。それほど余裕が無かったというのもあるだろう。事情を知っている隊長陣はまだしも、それを知らないフォワード陣から出ないとは思ってはいない。そして、それを質問するとすればティアナだろうとも思っていた。彼女はハルファスガンダムとダブルオークアンタの戦いを目の当たりにした事で集中が切れてしまったのだから。

 ティアナの視線は逃すまいと、じっと彼を見ている。力のこもった視線。

 誤魔化す事はできないだろう。

 

「そうだ。あれがキリエ……いや、ヴァリアントザッパーのフルドライブ。そして俺とキリエがかつての世界で乗っていたモビルスーツ。GGH-001、ハルファスガンダムだよ」

「やっぱりそうなんですね。あれがモビルスーツ……。あれがガンダム……。ねぇレンさん、あれってあたしでも……」

「ストップだティアナ。それ以上は許さない。あれをお前に使わせるつもりはないぞ。お前だけじゃない。この世界。管理局にだってだ」

「どうしてですか! あの力があれば、あたしだってあいつらと戦える! 凡人のあたしだって、皆と対等になれるのに!」

「モビルスーツを手に入れる事が皆と対等になる事に繋がるのか? そんなにして力が欲しいのか?」

「欲しいに決まってるじゃないですか! でなきゃ、あたしみたいな凡人は皆に追いつけない! 認めてもらえない!」

 

 最後は最早絶叫に等しい。目に大粒の涙を浮かべ、ティアナはレンを睨みつけている。

 興奮しているのか、自分が今本音を漏らした事にすら気付いていないだろう。過程はどうであれ、ティアナの本音はやはりここか。レンは目を細め、睨むでも、同情でもない視線を送る。

 周りに対する劣等感。どうすれば認められるか。どうすれば力を手に入れられるか。

 それはレンも経験した事だ。

 昔から何でもそつなくこなし、追いついたと思えばいつの間にか先にいる天才肌のキール。

 狂気の荒々しさと、緻密な繊細さを同居させるもう1人の天才、ブラッド。

 抜群のセンスと技術を持つマーク、ラナロウ、ゾディアックの先輩達。

 そしてすぐにモビルスーツを乗りこなし、一級のエースパイロットへ昇りつめたシュテル達。

 負けたくなかった。必死だった。それはあの世界で生きる為でもあり、皆と肩を並べる為でもあり、何より地球連邦の特別部隊Spiritsに選ばれた事への誇りだった。

 ティアナも同じだ。彼女は分かっているのだろうか。

 自分が今、どこに居るのか。

 

「ティアナ。お前、それを機動六課に入りたくても入れなかった魔導士達にも言うつもりか? お前達を後ろからフォローしてくれているロングアーチや、他の部隊の奴らに言えるのか?」

「そ、それは……」

「何よりもだ。お前の願いを叶えようと必死になったクロスミラージュの前で言えるのか? お前じゃ役不足だ。だからもっと別のデバイスにしてくれって言うつもりなのか?」

 

 クロスミラージュは今もシャーリーが必死に修復しているだろう。今日明日には修復が完了する筈だが、今のティアナにはクロスミラージュを受け取る資格は無いとレンは突き離す。

 立ち上がりティアナの隣。ベッドに座る。彼女は床に座ったまま、ベッドに体を預け俯いている。

 今や時空管理局を代表する程有名ななのは達が揃うこの部隊に憧れる魔導士は多いと聞く。そしてその部隊を影から支える部隊も多い。そんな人々の願いと憧れが詰まったこの部隊。それが機動六課だ。

 

「ティアナ。お前は自分を凡人だって言うけどさ、俺はそんな事ないと思うよ。ティアナにはスバルやエリオ、キャロに負けないくらいの才能がある。ティアナ自身がそれに気付いていないだけなんじゃないかな。なのはも、フェイトも、はやても。シグナム姐さんやヴィータも。皆分かってる筈さ。勿論、シュテルやディアーチェ達もね。そして何よりお前だけの相棒。クロスミラージュがお前を信じてる」

「うっ……、うぐっ……。で、でも、あたし……みんなにひどいこと……」

「間違いの1つや2つ、誰にでもある事さ。でもそれをそのままにするな。間違ったと思うなら必死に謝れ。必死に償え。言葉じゃなく態度で示せ。信用を失ったなら何が何でも取り戻せ。そうすれば皆分かってくれる。分からない奴なんて、この部隊には誰1人として居ないんだから」

「ううっ……ひっく……」

「大丈夫だ。ティアナ・ランスターはちゃんとここに居る」

「うわああああああああっ!」

 

 声を上げ、男の膝に体を預けて泣きじゃくる1人の少女。見栄も、虚栄心も、恥も、何もかもを捨て去った少女が泣いている。そんなものは涙と共に流し尽くせば良い。そうしてまた始めれば良い。まだ、彼女はやり直せるのだから。ティアナの髪を優しく撫で、レンは安堵の溜息を内心でつく。

 

(1つの山はこれで越えたかな?)

 

 自分のやるべき事はやった。だけど、まだ越えるべき山はある。

 ティアナが本当の意味で立ち上がる為には、まだ足りない。

 

 

 

2

 

 

 

 5th day レンとシュテル。キリエとフォワード。

 

 今日もフォワード達の訓練は続く。

 だがその様子は変わり始めていた。

 本日のお部屋訪問を終えたレンが訓練場にやってきたのだ。そしてティアナが大きな山を越えた事を告げる。しかしまだもう少し時間が欲しい。謹慎が解けるまでには必ずティアナの口から本当の理由と謝罪を言わせるから。そう言って頭を下げたのだ。

 無論、なのははそれを二つ返事で了承する。だが彼女自身にも変化が見られる。

 腫れ物が落ちたかの様に、すっきりとした顔をしているのだ。彼女もティアナが話してくれる為の準備を進めている。勿論ティアナだけでは無い。フォワード全員に聞いてほしい話がある。だからこそ、ティアナが立ち上がるきっかけを掴んだ事はなのはにとっても渡りに船と言えよう。

 

 

「いやー、あたしも驚いたよ。昨日部屋に帰ったらティアから謝ってきたんだもん。理由は話してくれなかったけど、あたしはピンと来たね。やっぱりレン兄に任せて正解だった!」

「ですね。本当は私達も力に慣れれば良かったんですけど……」

「そうだね。結局レンさんに頼る形になっちゃったし」

「だよね~……。ティア、1人で抱え込む事多いからな~。キリエはどう思う?」

 

 午後訓練の休憩中。円を作るように座るフォワード達の話題はやはりティアナだ。

 ティアナが立ち直りつつあるのは嬉しい。しかし、そのきっかけを作ったのはレンだ。スバル、キャロ、エリオの3人にしてみれば嬉しくもあり、同時に少し寂しさもある。もっと頼って欲しい。同じフォワードとして仲間の悩みは自分達の悩みでもあるのだと。ティアナにそれができない理由があったとは露にも思わずに。

 重くなりかけた空気。スバルが矛先を変えたのはキリエだった。しかし、キリエからの返事は無い。

 どこか上の空。その視線も明後日の方向を見ている。

 不審に思ったスバルが何度か声をかけ、漸くキリエは彼女の声に気付いた。

 

「え? あ、ごめーん。ちょっとぼ~っとしちゃった。で、なんの話だっけ?」

「ん~、ティアの事だったんだけど……。それより大丈夫? 調整上手くいかなかったの?」

「そんな事ないわよ~。もう絶好調よ~ん」

「でも、なんか上の空でしたよ?」

「そうですよ。念の為にもう1回調整受けてみても……」

「も~。キャロもエリオも心配し過ぎ。でもありがとね~。お姉さん嬉しいよ~♪」

 

 心配そうに見上げキャロとエリオに抱きつき、頬擦りをするキリエ。どうやら本当に問題無さそうだとスバルも一緒になって笑う。そしてその手にある菓子を頬張り、更に幸せそうな顔を浮かべた。

 

「これもレンさんが作ったんですよね。凄いなぁ。僕と同じ男なのに料理とお菓子が作れるなんて」

「エリオだって練習すればできるわよ。これだって作り方は至ってシンプル。マシュマロをバターと一緒に溶かしてそこにフレークを入れて固めて砕いただけだもの。でもねぇ、レンは失敗したって騒いでたのよね~」

「えぇっ!? 何でですか?」

 

 キャロの驚きにキリエは1つフレークの塊をつまんで見せた。表面はフレークの色なのだが、ひっくり返すと、しっかり飴が焦げ付いていたのである。

 

「どうも熱のかけ方間違ったみたいなのよ。溶けたマシュマロは飴と同じだからね。熱のかけ方間違えるとすぐ焦げちゃうのよ。でも今度リベンジするって言ってたわ」

「そうなんだ~。美味しいのにね~。あれ? そう言えばレン兄は?」

「……あそこです」

 

 そう言えば作った本人が居ない。スバルが首を傾げるとエリオが苦笑しながら指さす。

 その方向を見てスバルはぎょっとし、目を見開いた。そこに居たのはレンとシュテル。座る2人の間にはラッピングされたフレーク菓子。不穏な空気が漂っている。心なしかレンが冷や汗をかいているように見えるのは気のせいだろうか。その様子にディアーチェは我関せず。レヴィは全く無視して菓子を頬張り、ユーリはおろおろしている。

 何だか面白そうだ。ちょっとスバルは聞き耳を立ててみる事にした。

 

「ティアナの理由を聞き出せたら、ハヤテと1日デートするらしいですね。いやいや、任務達成おめでとうございます」

「俺は飯を奢れと言っただけなんだが……。ってかいつものの冗談だろ?」

「下着の指定もしたらしいですね」

「……何故それを知っている。い、いや、深い意味は無いぞ? 本当だぞ?」

「私の情報網を甘く見ないで下さい。それにティアナも、と~~ってもラフな格好でいたらしいではないですか。さぞ眼福だったでしょう」

「……だから何故それを知っている。やましい事なんか1個もないぞ?」

「くどいです。情報網を甘く見るなと言ったばかりでしょう」

 

 ギロリとシュテルがレンを睨む。

 どうしてこうなった。俺が悪いのか?

 ダラダラと流れるレンの冷や汗が止まらない。これならいつもの様に殴られた方がマシだ。折角菓子まで作って来たのに、食べてくれる気配も無い。こういう場合は逃げるに限る。そう判断したレンは間に置かれたフレーク菓子に手を伸ばした。食べてくれないのなら、スバルにでもあげよう。そう思って。

 パシィン! と乾いた音が響いた。

 

「……」

「……。食べるの?」

 

 伸ばした手をシュテルが叩いたのだ。ジンジンする手の甲と彼女を見比べ、尋ねる。しかしシュテルは答えない。相変わらず仏頂面でレンを見ている。

 もう一度手を伸ばす。叩かれる。手を伸ばす。叩かれる。手を伸ばす。叩かれる。

 

「もう一度聞くよ。食べるの?」

「……貴方が作った物を食べない筈がないでしょう」

「ん。そっか」

 

 ニッとレンが笑う。シュテルが口を尖らせ、そっぽを向いた。

 

 

「何アレ! ちょっと! 砂糖吐けるんだけど! 無性にブラックコーヒー飲みたい!」

「諦めなさ~い。シュテルちゃん素直じゃないから~」

「にしてもアレはナシでしょう! キリエはよく平然としてられるね!?」

「う~ん……慣れ?」

「慣れたくない! そんなの絶対慣れたくない!」

 

 とは言え、慣れているものはしょうがない。バンバンと地面を叩いているスバルをあやすキリエ。

 

「分からないねぇエリオ君」

「う、うん。そうだねキャロ。あははははは……」

 

 キャロは本気で分からないのか首を傾げ、ポリっとフレーク菓子を食べる。エリオはどう返して良いか分からず、乾いた笑いと共に同じ様にフレーク菓子を食べていた。

 

 

 

 6th day ティアナとシャマル。そしてクロスミラージュ。

 

「はい。もう手の方は問題ないわね。これで訓練に戻れるわよ」

「ありがとうございます。シャマル先生」

 

 ティアナの包帯を取り、火傷の状況を確かめるとシャマルは治療の完了を告げた。ティアナも自身の手に火傷の痕も残らない治療に驚きつつ、シャマルに深く頭を下げる。

 

「ふぅん。どうやら何か吹っ切れたみたいね。すごく良い顔してるわよティアナ」

「そうでしょうか?」

「ええ。目が変わったもの。六課が始まった頃の鋭い目でもないし、この一週間の沈んだ目でもない。そうね。なんていうか、凄く穏やかになったかな。でもちゃんと自信もある。それが貴方本来の目なのね」

「なんかそう言われると照れますね」

 

 赤くなって俯くと、シャマルはふふっと軽く笑って見せた。

 

「きっかけはレン君? 彼がティアナの悩みを解決してくれたのかな?」

「まぁ……、そうなりますね。でもまだ本当の意味で解決していませんから。……レンさんにもそう言われました。あたしもそう思います。あたしが犯した罪。失った信用。どうしてこんな事になったのか。あたしはそれをちゃんと伝えて、皆に謝らないと本当の意味で解決したとは言えません」

 

 真っ直ぐシャマルを見据えるティアナの視線に迷いは見えない。どうやら今回の件は彼女を大きく成長させたようだ。

 元々、管理局に居る若い局員は年の割に精神が大人びている者が多い。それはきっと幼い頃から大人の社会に入った事でそうならざるを得なかった、ある種適応の様な物だろう。だが、急速に成長した心は砂上の楼閣だ。ふとしたきっかけで、その楼閣は簡単に崩れる。いくら心を大人に近づけようとも、根本はまだ年相応の不安定なままなのだ。

 シャマルはそんな局員を幾度となく見てきた。将来を有望されながらも、ふとしたきっかけで躓き、立ち上がるきっかけもないまま潰れていった者達。なまじ幼い頃から能力が高かったが故に、周りの期待に心が耐えられなかった者達など様々に。

 その大半に共通する事は自分と向き合えなかった事。しかしそれは容易な事では無い。だが決して避けては通れない道。時には自分の力で。時には周りを頼りながら。そうやって、誰しもその心を成熟させていくのだ。

 その点、ティアナは運が良かったかもしれない。こうして彼女を心配する仲間に恵まれているのだから。

 そしてそれを受け入れ、成長したティアナをシャマルは嬉しく思う。

 

「そう。なら先生から言う事は無いわ。その様子だと全部レン君に言われてるみたいだしね」

「あはは。ええ、まぁ、結構言われちゃいました。でも、レンさん本気で心配してくれて。あたしはちゃんとここに居るって言ってくれて。嬉しかったです。あたし、みんなに認めてもらえてないって思ってたから」

 

 おや? とシャマルはそこに引っ掛かりを覚える。ティアナの様子がまた変わったからだ。

 随分と柔らかい表情を浮かべている。何と言うか、彼女が纏う雰囲気はシャマル自身も覚えがあるものだからだ。そう。自分もきっとマークと居る時はこんな顔をしている……と思う。

 

「好きになっちゃった?」

「……かもしれませんね」

「やけに素直ね。もっと否定されるかと思ったけど」

「本当は全力で否定したい所ですけど。それにそういう好きとはちょっと違うような気もしてます」

「良かったら理由。聞かせてくれる?」

「……多分、あたしはレンさんと肩を並べたいんだと思います。大事な友達として。大事な事を気付かせてくれた大切な友達と対等な立場でいたい。そりゃ恋人っていう関係も憧れますけど、なんかレンさんは違うんですよね。むしろ、そういうのがあの人だと想像できなくて。でもいつかきっと胸を張って、レンさんを支えられるようになりたい。あたしを支えてくれたように。そんな関係になりたいんです。だからきっと、この好きはそういう好きなんだと思います」

「う~ん。一皮どころか、二皮も剥けちゃったかな。でも確かにそういう好きもあるかもね」

 

 今更恥ずかしくなったのか、顔を赤くするティアナ。その手を取り、シャマルはニコリと微笑む。

 

「頑張りなさい。先生、応援してるから」

「はいっ!」

 

 実に晴れ晴れとした顔でティアナも返事を返すのだった。

 

 

 シャマルに別れを告げ、ティアナは自室に向けて廊下を歩く。やる事は山積みだ。まずは休んでしまった遅れを取り戻さなければならない。ティアナはポケットからカード型で待機しているクロスミラージュを取りだした。まずはイメージトレーニング。教えてもらった事の復習から始めよう。

 

「ねぇクロスミラージュ。あたし達、強くなれるよね」

『If you wish.(貴方が願うなら)』

「うん。そうだよね。……あたしね、アンタに謝らなきゃならない事があるんだ」

『What?(何ですか?)』

「アンタがあたしを信じてくれたのに、あたしはあたしを信じてなかった。それどころか、アンタすらちゃんと信じてなかったと思う。でもね、これからは違う。あたしとアンタ。2人で強くなりたいと思う。こんなマスターだけど、一緒にがんばってくれる?」

『It is natural. In order to fulfill your wish, I am. Let's do our best by two persons from now on. My master.(当然です。貴方の願いを叶える為に私が居ます。これからも2人でがんばりましょう。マイマスター)』

「うんっ! ありがとうクロスミラージュ!」

 

 そっとクロスミラージュを抱き締める。

 そうだ。これからは2人で強くなるんだ。決して独りよがりじゃない。勿論、フォワードの仲間達とも一緒に。

 その瞳から一筋の涙が伝う。

 ここからがあたしとクロスミラージュの再スタートだ。そして、そのスタート台に立つ為にやらなきゃいけないことがある。

 ティアナはそう、決意を新たにするのだった。

 

 

 

 そして、7日目の朝が来る。

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