魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第24話 This night

1

 

 

「はぁ……」

 

 夕暮れの屋上。マリアは大きな溜息をついていた。

 高町なのはを撃墜したのは紛れも無くレギナだ。それも自分達の世界にあったモビルスーツ。ジェネレーションシステムを守っていた漆黒の機体。そのガジェット。

 何故あの時期にレギナの情報がこちらにあったのかは分からない。

 そして、その事実を管理局が隠していた。マリアもなのはの過去を遡らなければ辿りつけなかった事実である。

 あの映像を見た翌日、マリアとマークはすぐにレジアス中将にコンタクトを取り、この映像の真偽を確かめた。何故、隠していたのかも含めて。せめて自分達には伝えてほしかった。出自が同じ世界の者として、見過ごす事はできない。それがこの世界に危害を加えているなら尚更だ。

 

『本案件は既に同年解決済み。首都防衛特務部隊によって製造元と思われる基地を襲撃。隊長及びその部下2名の犠牲があったものの、基地を壊滅。尚、本案件はAAクラスの機密案件としプロテクトデータベースに保管。一般局員の閲覧を禁ずるものとする……ですか』

「キナ臭いったらありゃしないわ」

 

 アプロディアが読み上げたのはレジアス中将が、彼女達に語った事だ。なんだかんだで恩のあるレジアス中将を疑いたくはないが、どうにも深読みしてしまう。そして彼女は空間モニターに3人の男女を映し出した。

 その画面にはこう記されている。

 特務部隊ファントムペイン。

 隊長ゼスト・グランガイツ。前線部隊分隊長メガーヌ・アルピーノ。同分隊長クイント・ナカジマ。

 

「まさか特務部隊の名前がファントムペインで、隊長がレジアス中将の親友。分隊長のクイント・ナカジマがゲンヤさんの奥さんでギンガとスバルのお母さんなんてね。……趣味の悪い偶然だわ」

『全くです』

 

 2人揃って溜息をつく。考えれば考える程頭が痛い。まるで人形劇の様に舞台の上から糸で操られている様な、そんな得体の知れない感覚がまとわりついてくる。

 そしてレジアスはこうも言っていた。

 この事件があった事からこそ、管理局はモビルスーツの存在を条件付きでだが認めたのだと。でなければ幾ら魔力運用型にし、規制の穴をついたとしても認められなかっただろうと。

 結局の所、目には目を、歯には歯を。モビルスーツにはモビルスーツを、というわけだ。

 悔しいがレジアスの言う通り、この事件が無ければ管理局はモビルスーツの危険性を知らず、今も後手に回っていたに違いない。なんとも皮肉な話である。

 

「……少し調べてみる必要があるかもね」

『同感です。そもそも何故あの時代にレギナが居るのか。これは新たに発生した問題と言えるでしょう。事件自体は解決と見なされても、この点から追う事自体は問題ないはずです』

「そうだね。それじゃあ、できる所まで頑張ってみましょうか。期待してるわよアプロディア」

『はい。頑張りましょうマリア』

 

 この時代と過去のモビルスーツ型ガジェットには、必ず接点があるはず。それは今を打破する為に有益な情報になるに違いない。そう信じ、マリアとアプロディアは独自に動く決意をするのだった。

 

 

 

「よーし。後は残ったチョコを上にまぶすぞ。キャロ、やってみるか?」

「はい! 是非やらせて下さい!」

 

 人もまばらな夜の六課食堂。その厨房に今日はエプロン姿のディアーチェが立っていた。その横でいそいそと手伝っているのはピンクのエプロン姿のキャロである。

 そしてそれを眺めているのはフェイト、エリオ、レヴィ、ユーリの4人。2人が作るチョコマフィンの完成を今か今かと待っている最中。中でもフェイトは特に頬を緩めていた。

 

「なんかキャロが女の子らしい事してるのを見れて嬉しいな~。感動だな~」

「六課に来る前は自然保護隊にいたんでしたっけ?」

「うん。そのおかげでサバイバル技術は高いんだけど、こういう女の子らしい事はなかなか、ね?」

「あはは。でもキャロが自分から進んでディアーチェにお菓子を習ってるんですもん。きっとこれから腕を上げて、もしかしたらフェイトさんの事追いぬいちゃうかもしれませんね」

「それはそれでなんか複雑だね……」

 

 ユーリの冗談にフェイトが笑顔が苦笑に変わる。母親として、ちょっとそれは避けたい所。フェイトにもフェイトなりのプライドというものがあるのだから。

 そしてその隣ではエリオがレヴィに茶々を入れられている。

 

「エリオ~、どうだいキャロは。エプロン姿も似合ってると思わないかい?」

「そうですね。可愛いと思いますよ」

「だよね~。彼女にするならキャロのような子にしなよ? むしろキャロを彼女にしちゃいなよ」

「ちょっとちょっとなんでそうなるんですか? キャロと僕は兄妹みたいなものでして……」

「そんなの関係ないじゃ~ん? 放っておいたら誰かに取られちゃうぞ~?」

「ぼ、僕の事は良いんですよ! お姉ちゃんだって彼氏いないじゃないですか!」

「だってボクには必要ないもーん」

 

 そう言ってつーんとそっぽを向くレヴィに、エリオはフリードの顎を撫でながら口を尖らせている。

 

「あのうつけは……。エリオに何を噴きこんどるのだ?」

「ディアーチェさん、レヴィお姉ちゃんは何を言ってるんですか?」

「あ~……、キャロにはまだ早いから気にしなくて良いぞ」

 

 小首を傾げるキャロの頭を撫でディアーチェは渋い顔をしている。もう既にマフィンはオーブンに入った。後は焼き上がるのを待つだけなので、休憩しようとしてみればこれだ。

 と、ディアーチェはふと腰を屈めキャロと同じ目線に顔を持っていった。

 

「キャロは怖くないのか? 先のモビルスーツ戦を見たのであろう? 我らが使っているのは管理局が禁止している質量兵器と言われても仕方の無い物なのだぞ?」

「……はい。理解してますよ。でも怖くないですよ?」

「何故だ?」

「ディアーチェさん達が乗ってるんですもん」

「……すまぬ。分かる様に説明してくれるか?」

 

 真面目に聞いたつもりだったが、返って来たのは満面の笑み。がっくりと項垂れるディアーチェにキャロはもう一度小首を傾げた。そして可愛らしく、う~んと唸ってみせる。

 

「なのはさんが言ってました! 魔法は使い方を間違えると自分の身を傷つける凶器になるって。もびるすーつ? も同じですよね。私はディアーチェさん達なら絶対に間違った使い方をしないって信じてます。だから怖くなんかないです」

「キャロ……」

 

 正直、拒絶されるかもとディアーチェは思っていた。この魔法世界で質量兵器が禁忌だというのはキャロより小さな子供も知っている事。だからこそ質量兵器に対する恐怖は深く根付いている。無論、それを扱う者に対しても同じだ。なのにこの少女はいつもと変わらぬ笑顔でそう言い切った。

 向けられた笑顔に思わず視界が潤む。柄にもない。だが、ディアーチェはただ一言、「そうか」と言ってキャロを抱きしめた。突然の事にばたばたともがくキャロだが、構わず抱き締める。

 ありがとう。拒絶しないでくれて。

 口には出さない。絶対に出さない。でも最大限の感謝を込めてディアーチェはキャロを抱きしめた。

 

「王様、浮気?」

「ディアーチェ! そうなんですか!?」

 

 ビクリと跳ね上がりつつ振りかえると、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてレヴィがディアーチェとキャロを見ていた。そして彼女の言葉に何を思ったか、ユーリがプルプルと身を震わせて、顔を真っ赤にしている。

 慌ててキャロを開放し、ディアーチェは弁解するがユーリは涙目でじっと彼女を見つめて離さない。

 

「何をどうしたらそうなるのだ!? ゆ、ユーリ、怒るでない! 魄翼を出すな! お、落ちつけ。頼むから落ち着いてくれ! というか何なのだ浮気とは! えぇいレヴィ、貴様の所為だぞ! なんでこうもややこしくするのだ!」

「王様がキャロをぎゅーってしてるからだよ。ね、ね、それよりマフィンまだー?」

「貴様にはくれてやらん! ……ああもう! そんな泣きそうな顔をするな! 分かった。分かったから! ユーリもいい加減本当に落ち着いてくれ! だから魄翼は仕舞えと言っておろう! もうわけが分からん!」

 

 頭を抱え、盛大に混乱しているディアーチェもなかなか見られる物ではないと、フェイトとエリオは笑いを堪えるのに必死だ。そこにとことことキャロがやってくる。

 

「フェイトさん、フェイトさん。『うわき』ってなんですか?」

「……う~んと……、なんだろうね?」

 

 助けてエリオ。

 キャロの純粋な目に耐えられずフェイトは視線でエリオに助けを求める。しかしエリオは目を合わせない。だらだらと冷や汗を流しながら必死に目を逸らしている。

 エリオのバカー! ど、どうしよう。なんて説明すれば良いんだろう。助けてなのは!

 ディアーチェは盛大に混乱しているし、レヴィとユーリは当てにならない。頼みのエリオも目を合わせてくれない。最後の頼みの綱である親友も今はここにはいない。

 好奇心の塊になった子供というのは、本当に怖い物知らずだ。

 チーンとマフィンが入ったオーブンの音が響く。

 だがそれに気付く者は誰も居なかった。

 

 

 そしてその頃、その親友は何をしていたかというと……。

 

「うん。ちゃんと私の気持ち伝えられたよ。ティアナも分かってくれたし、私もあの子の気持ちを知る事ができた。ユーノ君さまさまだね」

『そんな事ないよ。僕はただなのはの話を聞いて、考えただけさ』

「十分だよ。それだけでとっても嬉しかった」

 

 部屋でユーノと話をしていたとさ。

 

 なのはから今日の結果報告を聞き、ユーノもほっと胸を撫で下ろす。どうにか丸く収まってくれた事はユーノにとっても喜ばしい事だ。折角はやてが中心となって立ちあげた夢の部隊が、人間関係で崩れてしまうのは見るに堪えない。なのはから連絡が来るまで、その事が頭を離れず今日はミスを頻発してしまった。しかし彼女から連絡が来て、その笑顔を見た瞬間それで全てを悟る事ができた。

 とても嬉しそうに報告するなのは。ユーノは改めて良かったと思っている。

 

「でもね、新しく問題も出て来ちゃったんだよね」

『問題?』

 

 聞き捨てならない。眉をしかめてユーノの目の前で少女はクッションを抱きながら「はぁ」と溜息をついている。

 

「ユーノ君覚えてる? 私が撃墜された時の事」

『忘れるもんか。……忘れるわけ……ないよ』

 

 その口から出てきたのは思っても見ない事だった。ユーノはきつく唇を噛み締めながら、当時の事を思い出す。あの日、無限書庫にいたユーノはなのは撃墜の報を受け一目散に病院へ向かった。そこで彼が目にしたのは包帯に巻かれ、痛々しい姿のなのは。意識が戻らず、ただ心電図から聞こえる規則正しい電子音のみが響いている部屋をユーノは外から見ているしかできなかった。いつも明るく笑っていた彼女はそこには居ない。その時彼は後悔した。魔法に出会ってしまったばかりに、こんな事が起こってしまった。そして彼女と魔法を引き合わせたのは紛れも無く自分。周りにはフェイト達もいたが、そんな事構わず彼は大声を上げて泣き叫ぶ程に当時の彼は後悔と自責の念に包まれていた。

こうしてなのはの傷が完治した今でも苦い思い出だ。しかしそれがどうしたというのだろう。あれは噂で聞く限り解決したのではなかったのか。しかしなのはは静かに首を振る。

 

「マリアさんが言ってた。私を撃墜したのはモビルスーツ。そのガジェットに間違いないって」

『なんだって!? い、いや待ってよ! モビルスーツはマリアさん達がミッドに来て初めて確認されたものじゃあ……』

「うん。そこはマリアさんも言ってた。何であの時、あの時代に存在しないはずのモビルスーツが居るのか。そこが分からないって。でもあれは間違いなくモビルスーツ。レギナっていうものらしいよ」

『そんな馬鹿な……』

 

 あまりに衝撃的でユーノは言葉を失ってしまった。しかしモビルスーツに関してマリアが嘘を言う筈が無い。何よりも彼女にはアプロディアが居る。となれば、その情報は確かな物だろう。という事は即ち、管理局は随分前からモビルスーツの存在を知っていたという事になる。

 

『なるほど。そういう事か……』

「ユーノ君?」

『からくりが見えてきたよ。何故Spiritsのモビルスーツが限定的に認められたのかがね。管理局はモビルスーツに対抗する手段が欲しかったんだ。確かに事件は解決したのかもしれない。でも万が一という事があるからね。その為のSpiritsというわけさ』

「そんな! それじゃあ……」

『魔導士を信頼していないわけじゃない。でも保険は必要さ。しかも秘密裏にね』

 

 ならば後の展開は見える。必ずマリアが動くだろう。自分達がミッドに来る前から存在するモビルスーツの謎を解き明かす為に。そうなると必ずここにも足を運ぶ筈だ。無限書庫は管理局最大のデータベースだ。活用しない筈が無い。レンに頼まれた事もあるが、少しユーノ自身も情報を集めてみる必要がありそうだ。

 

「うぅ~、ユーノ君がお仕事モードに入っちゃったよ……」

『あ。ああ、ごめん。すっかり考え込んじゃった』

「むぅ~」

 

 クッションに顎を乗せてむくれる少女にユーノは慌てて何度も謝る。話を振ってきたのはなのはでしょという事は微塵も考えない。まだむくれる不屈のエースオブエース様の機嫌を取ろうと、ユーノは必死に謝り続ける。何故ならこれは彼の特権だからだ。なのはが異性に対し、年相応の顔を見せる相手は非常に少なく、家族を抜けば付き合いの長いユーノ。もしくはクロノくらいではないだろうか。それが自惚れでなければ、だが。

 

「ふーんだ。真面目なのは良いけど、没頭するのはユーノ君の悪い癖だよ?」

『だからごめんってば。もう、この前の意趣返しかい?』

「どうかな~? 本当に悪いと思ってる?」

『思ってる。思ってるからそんなに拗ねないでよ』

「宜しい。ならデート1回で許してあげよう!」

『……はい?』

「文句ありますか?」

『滅相もありません! 謹んでお受けさせて頂きます!』

「はい! よくできました!」

 

 満面の笑みを浮かべるなのは。全く、強引なのも昔から変わらずだと、ユーノは苦笑しながら頬を掻く。

 そう言えば、なのはと2人で出かけるなんて無かったな、なんて思いながら。

 これはスケジュールを見直さなきゃダメかな。っていうか、君こそそんな時間取れるのかい? とも思いつつなのはの様子を窺う。彼女は「どこが良いかな~」と鼻歌交じりにスケジュールチェックを始めている始末だ。どうやら本気らしい。これは本当にスケジュールの調整が必要だろう。

 

(でも、機嫌も直ったみたいだし、まぁいっか)

 

 彼女が笑ってくれるなら、それくらい安いものだ。

 と、そこでふと思い立つ。

 そう言えば、話題の中心だった彼女は大丈夫なのかな?

 

「ユーノ君! 聞いてる?」

『聞いてる! 聞いてるから!』

 

 しかしその疑問もなのはの声でどこかに吹っ飛んでしまった。

 

 

 その話題の中心人物、ティアナ・ランスターは廊下で絶賛固まり中である。

 部屋に居たらエリオからディアーチェとキャロの作ったマフィンが出来上がったと連絡が来た。マフィン! とスバルが目を輝かせる。ティアナも同じく目を輝かせる。これを逃す手は無いと2人揃って食堂へ移動する。そして食堂の入口で同じく連絡を受けたはやて達とばったり出くわす。

 そして。

 

「ティアナ、済まなかった」

 

 シグナムに頭を下げられた。

 

「……え?」

 

 と言う訳で、絶賛ティアナは硬直中なのである。

 

「おーいティアナ~、帰ってこーい。シグナムもいきなりじゃティアナだって混乱するだろうが」

「そうよ。ちゃんと順を追って説明しなきゃ」

「そ、そうですよ! っていうかシグナム副隊長頭を上げて下さい!」

 

 マークとシャマルの声で漸く我に返ったティアナが慌ててシグナムの頭を上げさせた。しかし当の彼女は些か不服そうだ。何故上げさせると言わんばかりである。

 そもそも何故こんな事になったのか。理由は1週間前のシグナムの発言だった。

 理由を話さなければ仲間とは認めない。

 この発言に対する謝罪だと言うではないか。なんとも真面目なシグナムらしい行動なのだが、どうにも突飛すぎるとティアナは溜息をついた。

 シグナムの言葉は間違いではないのだ。部隊の輪。それを作るのは信頼関係だ。それを当時のティアナは壊してしまっていた。危険な射撃をするシューター。しかも理由は言わない。それでは前線は安心して背中を任せられない。当然の事だ。

 しかしシグナムは腹の虫が治まらないらしい。だからこうして謝罪しているのだが、ティアナにすれば謝られた方が困るのである。

 

「だから言ったんだ。こういう時は謝られた方が困るんだってな。いいかティアナ。シグナムはこう言ってるがな、あたしは謝らねーぞ。お前達の前に立つ身としてシグナムの言った事は正しいと思ってる。だから証明しろ。あたし達が背中を預けても良いと思える存在になってみせろ。いいな!」

「はいっ! 必ずその期待に応えてみせます!」

 

 飛んできたのはヴィータの叱咤激励。むしろそっちの方が良い。ティアナはそれに力強く応え、それにヴィータもニヤリと笑みを浮かべた。

 

「よっしゃ! そんならこの話は終わりだ! さっさとマフィン食いに行くぞ!」

「きゃっ!! ちょっとヴィータ副隊長! お尻叩かないで下さい!」

「ンだと! それはあたしがチビだって言いたいのか!」

「違います! なんでそうなるんですか!」

「ティアのお尻は叩きやすいんですよ~。丁度手の形にフィットするって言うか……」

「うっさいバカスバル! どさくさに紛れて変な事言うな!」

 

 わいわいと騒ぎながら彼女達は食堂に入って行く。シグナムもやっと肩の力が抜けたのか、笑みを浮かべながらマーク達とそれに続いていく。その様子をはやては後ろから嬉しそうに眺めていた。

今回の件は確実に六課の絆を強くした。それは何よりも変え難い財産であり、力だ。かつて彼女はその絆は六課最大の武器であり、弱点だと評した。今でもそう思っているが、それでもきっと。きっとこのメンバーならその弱点を乗り越えられる。そう信じるに値するものだと思っている。

 

「なんだなんだ? 随分と騒がしいな」

「きっと王のマフィンの出来に皆が驚いているのでは?」

「王様のマフィン、美味しいもんね~」

「お、来たな~。ささっ! はよ行こうや~」

 

 遅れてやってきたレン、シュテル、キリエの3人をはやてが手招きする。程なくしてなのはとマリアもやって来るだろう。

 1つ大きな山を越え、こうして皆で夜のお茶会を開ける事の喜びを噛み締める。できればまた開きたいものだ。いや、絶対に開こう。無事にこの1年を乗り切って、またこのメンバーで喜びを噛み締めるのだ。

 その為にはやてはどんな苦難にも立ち向かう事を改めて誓う。

 

「何ニヤニヤしてんの?」

「ん~、レンさんと何処にデート行こうか考えてた」

「え? あ? は?」

 

 だからこれくらいは許してな。

 呆けるレンとそれをジト目で見ているシュテルとキリエ。

 はやてはそんな2人に片目を瞑ると、まだ呆けているレンの手を取って食堂へ入って行くのだった。

 

 

 

2

 

 

 

 巨大スクリーンには夕方の映像記録が流れている。

 ガジェットハンブラビを蹴散らすモビルスーツ。そしてガジェットラフレシアを貫いた2羽の不死鳥。

 映像が終わっては巻き戻し、映像が終わっては巻き戻し、目を皿の様にしてジェイル・スカリエッティは画面に食い付いていた。

 

「満足のいくデータは取れたか? 変態ドクター」

「勿論だよ。見れば見るほどこの5機は素晴らしい機体だ。しかしそれはそれとして随分な言い草だね。生憎その表現は適切ではないよ。変態とは一般的な人が感じない様な行為や状況に対して性的興奮を覚える人の事を指すんだ。残念ながら私はその辺りはいたってノーマルでね。故に私は変態ではないのだよ」

「屁理屈こねんなよ。じゃあ言い方を変えてやる。変わり者ドクターでどうだ?」

「最高の褒め言葉だね。ラナロウ君」

 

 満足だと言わんばかりに振り返ったスカリエッティ。その視線の先には入り口の壁に体を預けたラナロウが立っていた。だがその肩をがっくりと落としている。変態と変わり者。何が違うんだよと言いたげだ。

 しかしこの男とまともにやりあうと疲れるだけだと言う事を知っている彼は、気を取り直してスカリエッティの座る椅子へ近づく。途中勝手にコーヒーをコップに注ぎながら。

 

「ん? 結構美味いなこれ」

「私が苦心の末に完成させたブレンドさ。コーヒーにうるさい君に気に入ってもらえたのなら、作った甲斐があったというものだね」

「ふぅん……って何で俺がコーヒーにうるさいって知ってんだ?」

「勿論聞いたからさ。あの子にね」

 

 くいっと入り口を指さし片目を瞑る。ラナロウが訝しげにそちらに目を向けると、こっそりそこから中を除く影があった。ラナロウとスカリエッティの視線に気付くとすぐに隠れてしまったが、茶色の長い髪が尻尾の様にはみ出ている。

 ああ、成程とラナロウはつかつかと歩いて行き、ぬっと扉から顔を覗かせる。

 ……いた。

 扉の入り口でしゃがみ込み、身を小さくしている少女が。

 

「……何してんだ? ディエチ」

 

 声をかけると彼女はビクリと体を震わせた。そしておもむろに顔を上げると、ぎこちない笑顔で「やぁラナロウ。偶然だね」と手を上げた。ラナロウも正面にしゃがみ込み、にっこりと笑顔を向ける。

 

「そうだな。偶然だな……ってンなワケあっか!」

「痛い痛い! ラナロウ! 痛いってば!」

 

 グリグリと彼女のこめかみを拳で押し付ける。ディエチと呼ばれた少女が悲鳴を上げるが無視する事にする。やがて、目に涙を浮かべた少女が出来上がった。

 

「……じゃれ合いは終わったかい?」

「躾だ」

「そういう事にしておこう。さて、話を戻そう。ラナロウ君。彼らの機体、確かに素晴らしいが一点だけ、惜しい点がある。動力が魔力運用型だと言う事だ」

 

 ディエチと共にスカリエッティの下へ戻ったラナロウ。彼から告げられた言葉にラナロウはディエチを共に首を傾げた。スカリエッティは楽しげに口元を歪める。嫌な予感が2人によぎった。

 

「いわば、擬似的なリンカーコアと言った方が良いかな。だが原理はリンカーコアと殆ど同じ。大気中の魔力素を集め、動力コアが魔力に変換。エネルギーとして機体を動かしている。しかし原理が分かってしまえば対処方法は幾らでもある。所詮は魔力、という事さ。君達と違ってね。そもそもリンカーコアというのは……」

 

 そう言ったスカリエッティが不敵に笑い語りだす。実に楽しそうだ。しかしこれ以上語らせると彼は何時までも語り続けるだろう。ラナロウはそれを止めるべく、横から口を挟んだ。

 

「もう良い。十分だ。成程ねと言いたいが、実の所魔力云々は俺には分からねぇんだ。そもそも俺には魔力なんてもんは無いんだし。……ああ、そう言えば聞いておきたかったんだ。アンタはその知識をどっから手に入れた? 俺達をこの世界で戦えるようにしてくれたのはアンタだし、それについては感謝してる。だがその知識の出所。それに興味があってな。後学の為に一度聞いてみたいと思ってたんだ」

「ふふ……。気になるかい? 君がそんなに勉強熱心だと思わなかったよ」

「実は俺、インテリなんだ」

「人は見かけによらないと言う事か」

「うっせ。見かけで人を判断すると足元すくわれんぞ?」

 

 急に変わった空気にディエチはおろおろとラナロウとスカリエッティを見ている。だが男2人はそんな彼女を蚊帳の外に追いやり、無言で相手の出方を窺っていた。

 しかしスカリエッティにとっての答えは1つしかない。

 

「企業秘密だよ」

「だよな。もっとも、素直に答えてくれるなんて最初っから思ってねぇから安心しろ」

「意地が悪いね。私を試したのかい?」

「別に。ただ、興味があったってのは本当だ。モビルスーツ乗りって奴は機械の知識だって必要なんだ。それに言ったろ? 俺はインテリだって」

「ならば、特別講義を開いても良いんだよ? そうだね。講義内容は生体工学と機械工学の融合について、なんてどうだい?」

「ははっ。あんたらしい冗談だ」

「やれやれ。冗談では無く本気なのだがね。是非とも君に限らず、君の仲間にはこの抗議を受けて欲しいのだが?」

「生憎生体工学は専門じゃねぇんだ。さて、そろそろ俺は失礼させて貰うぜ。……コーヒー、また飲みに来るわ」

「何時でもどうぞ」

 

 言いたい事は言ったとラナロウが部屋を出て行こうとする。ディエチもそれに続く。スカリエッティは再び画面に目を向けた。

 と、部屋を出る直前、ラナロウは足を止めて肩越しに振りかえる。

 

「そういやドクター。例えばの話だ。それが自分の研究の一環で、結果的に成果に繋がるのなら、アンタは普通じゃない事にも性的興奮を覚えるのかい?」

「ふむ。実に良い質問だ。私の研究欲が満たされるのなら、これ以上無い程に私は滾るだろうね。つまり、それに対する答えはYesだよ。ラナロウ君」

「そうかい。あんがとよ」

 

 やっぱアンタは変態ドクターだ。

 部屋を出ながらラナロウはそう呟くのだった。

 

 

「ラナロウはさ」

「あ~ん?」

「アブノーマルなの?」

 

 ガツン!

 スカリエッティの部屋から出て廊下を歩くラナロウとディエチだったが。彼女のそんな質問にラナロウはよろめき、壁に頭を叩きつけた。前を歩くラナロウのそんな行動に驚くディエチだったが、ギリギリと歯車の軋む音が聞こえそうな動きで振りかえる彼に思わず顔が引きつる。

 

「ディエチ~。お前ぇ、どこでそんな言葉覚えてきた~!」

「いひゃい! いひゃいはぁらひっひゃらないへふぇ~!」

 

 鬼の形相で頬を引っ張るラナロウに溜まらず、ディエチが堪らず抗議の声を上げる。何を言っているかさっぱり分からないのでラナロウもその手を離すが、ディエチは頬をさすりながらブツブツと文句を言って口を尖らせた。

 

「全くラナロウはレディの扱いがなってないよ……。ほっぺが伸びきったらどうしてくれるんだ……」

「安心しろ。そんな程度じゃ伸びきる事はないからな。そりゃそうと、お前本気でどこでンな言葉覚えてきた。それとな、俺は至ってノーマルだ!」

「そうなの? ドクターとあんな話してるからてっきりラナロウもそうなのかなって思ったんだ。ちなみにこの情報はクアットロが出所です」

「よしシメる。あのメガネ、後でぜってーシメる」

「ほどほどにね」

 

 そう言って笑うディエチを改めて見る。はにかんだ笑顔。ラナロウを上目づかいで見ている。

 思わずゴクリと息を飲んだ。

 繰り返すがラナロウはノーマルだ。特殊な性癖を持っている訳ではない。なのに目の前の少女の姿は魅惑的な青いボディースーツを着ている。体にフィットし、そのラインが丸わかりという代物だ。

 スカリエッティの指示でそんな物を着ているのであれば、この件についてもあの変態ドクターと一度話し合わなければならないだろう。

 つまり何が言いたいかというと、単純に目のやり場に困るという事だ。無駄にスタイルが良いからなお困る。そして当の本人にその自覚はあまり無い。どうにも彼女“達”にはそういう教育はされていないようで、時々こうやって返答に困る質問をしてくる。

 ある一方に対して酷く純粋。個々差異はあれど、偏った知識が彼女達を“歪めている”。

 

「ラナロウ、どうしたの?」

「何でもねえ。行くぞ」

「うん」

 

 彼がそんな事を考えているとは露にも思っていないのだろう。踵を返し早足に歩きだすラナロウの後をディエチも続くのだった。

 

 そんな2人が辿り着いたのは大きな部屋だった。スカリエッティが居たような洞窟では無い。機械に作られた空間スペースに机と椅子が並んでいる。そしてその中の1つに腰かけていたゾディアックが口に付けていたティーカップを置き、軽く手を上げた。

 

「やぁ御両人。今日も仲睦まじいようで何よりですね」

「お譲を膝に乗せて言う台詞じゃねぇよ。色々台無しだ」

「おやおや、随分と機嫌が良くないようですね」

「喧嘩……ダメ」

「大丈夫ですよルーテシア。これは僕とラナロウのコミュニケーションですから」

「そう……。なら良い」

 

 ゾディアックの膝の上に座るのはアグスタでも彼らと行動を共にしていた少女だ。彼女はゾディアックの言葉に短く答えると、それ以上は興味が無いと言わんばかりに読みかけの本に再び目を落とす。

 

「お前らだけか? 他の奴らはどうした?」

「ブラッドはトーレと分担して妹達と訓練中だ。あの戦闘狂、今日はやけに気分が乗っていたらしくてな。今頃嬉々としてるんじゃないか?」

「旦那はコードが調整中。キールとアミタは……いつもの所だよ」

「そうか……」

 

 ラナロウの問いに答えたのは右目に眼帯を付けた銀髪の小柄な少女と、赤髪人形サイズの少女。

 その答えにラナロウが顔を曇らせる。ゾディアックもティーカップの中の紅茶に目を落とした。

 

「その、アミタはまだ駄目、なのか?」

「残念ながらな。コードもあいつもこれはお手上げ。この世界に来た時のバグが原因だってのは分かってるんだが」

「それでも4年前よりは随分と明るくなりました。あの頃は痛々しくて見ていられませんでしたからね。……ただ、キリエに再会してからまた少し笑顔が消えてしまったのが残念です」

 

 眼帯の少女の問いにラナロウとゾディアックも目を伏せる。傍で聞いていたディエチもまたどう声をかけて良いか分からずに席に着くのみだ。

 

「アミタ……まだ泣いてる。笑ってるけど、いつも泣いてる。それを表に出さないだけ……」

 

 誰も何も話さない中、ポツリとルーテシアが呟いた。

 応えられる者は誰もいなかった。

 

 

 銀色に輝く双子月。それを囲むのは満天の星達。

 周りには余計な光も無く、ただ月と星の光だけがキールとアミタを照らしていた。

 キールは地面に寝転がり、アミタは両手を空に広げてはしゃいでいる。

 この4年。もう何度も見上げた夜空だ。しかし何時まで経ってもこの美しさに目を奪われてしまう。

 

(あっちにいた頃は星空を見上げる余裕なんて無かったからな)

 

 目を閉じ思い出すのは故郷の世界。キールにとって空とは宇宙。宇宙とはニューロと戦う戦場。星の輝きとはモビルスーツの爆発。

 幼い頃は空からニューロが攻めてくるのではないかと脅えて。モビルスーツに乗る様になってからは、生きるか死ぬかのデスゲームの舞台として見上げ、駆け抜けた世界だ。

 とてもじゃないが、美しいと思った事は無い。むしろ彼にとって宇宙は多くの仲間の血と命を飲み込んだ墓場であり、地獄だ。同時に英雄が眠る海でもある。

 しかし4年も宇宙とは無縁な生活を送り、こうして星空を見上げているとそれを忘れてしまいそうになってしまう。果たしてそれが良い事なのか、悪い事なのか。

 そしてそれは、見上げる星空があの血塗られた世界では無いからなのか。

 それはキールにも分からない。そして不安になる。

 もしもあの世界に戻れた時、自分はあの無重力の世界に戻れるのだろうか。

 この重力の井戸の底に沈んでしまった自分が、だ。

 

「……心配すんな。俺は大丈夫だよ」

 

 いつしかアミタが覗きこんでいた。至近距離で見つめるアミタの瞳が揺らいでいる。その瞳を見つめ返し、キールは薄く微笑む。アミタもそれを見て漸く笑みを浮かべた。

 その笑顔が堪らなく儚げで、キールはそのままアミタを抱き締める。

 突然の彼の行動にアミタは顔を真っ赤に火照らせもがいているが、力で敵う筈も無く、いつしか彼女はその体をキールに預けていた。

 どれくらいそうしていただろう。キールの胸に頬を乗せ、彼の心臓の鼓動を聞いていたアミタの髪を、頬を、彼の手が優しく撫で上げていた。彼女を安心させるように、優しく、優しく、何度も。

 

「これから先、レン達と戦う機会はますます増えるだろうな……」

 

 しかし、その呟きにアミタの体が小さく震えた。

 

「それはつまりキリエとも戦う事になるって事だ。……お前には本当にすまないと思ってる」

 

 弾かれた様に顔を上げ、ふるふると首を横に振る。

 キールは体を起こし、彼女を抱きしめたまま入れ替わった。

 さっきはアミタが上。キールが下。

 今はキールが上。アミタが下。

 キールの左腕がアミタの腰に廻され、右手は彼女の頭を地面から守りながら肘で体を支えている。

 

「でも俺は、俺達はもう止まれない。俺達の“全て”とお前の“声”を取り戻す為なら俺は……相手がレンであっても容赦はしない。あいつとキリエが俺の前に立ち塞がるなら、全力で叩き潰す。二度と俺達の邪魔が出来ない様に。それが俺からあいつらに出来る精一杯だ」

 

 レリックを追う者同士。互いに敵として別れてしまい、互いに譲れないというのなら、それしか方法は無い。せめて全ての事が終わるまで、黙っていてもらう為、キールはレンを全力で潰す決意を示す。

 アミタはそれを黙って聞いていた。例え声を出せたとしても、有無を言わさぬ覚悟を彼から感じ取っていたから。

 でも。それでもだ。

 今は声も出せず、念話も出来ない。それが、こんなにも歯がゆく、悲しい。

 

「これしかできない俺を許してくれ。アミタ」

 

 唇が重なりあう。

 唇を何度も求めあい、腕はその体の包み抱き締める。

 強く、何度も、離すものかと。

 

 そして、アミタの閉じた瞳から一筋の涙が流れた。

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