1
ゴトン……ゴトン……。
……うるさい……。
何なのよ。さっきからゴトゴトゴトゴト。もう少し寝かせてよ。連戦で疲れてんだからさ~。
……ん? 待って。うるさい?
その音に“あたし”は疑問を覚える。疑問が急速に頭を覚醒させていく。
目を開いてみたが景色は変わらない。真っ暗だ。
一瞬ここが死んだ後の世界? なんて思ったけど、どうやら違うらしい。だっておぼろげだけど体の感覚はちゃんとあるし、音だって聞こえているのが何よりの証拠だ。
(何……これ?)
声を出そうとしてあたしは漸く自分が何かに入れられ、寝かされている事に気付いた。感覚的には訓練でしか入った事のない脱出ポッドを連想させる。そんな狭い空間にあたしは入れられていた。
再び声を出そうとしたら咳き込んでしまった。それは暫く声を出していなかった時の様な違和感。とにかく深呼吸し、少しずつ慣らしていく事で漸く声が出せるようになった。
そして溜めに溜めていた言葉を叫ぶ。
「ったく、何なの何なの! そもそも何でこんなトコにあたし入ってんの?」
声を出してすっきりした所で記憶を辿った。確かあたしは動力室にいた筈だ。最後の力を振り絞った一撃を見届けて、仲間達と喜びを分かち合っていた。でもその一撃であたし達の家は動く事もままならない。
このままでは崩壊に巻き込まれてしまう事は分かっていたけど。それでもあたし達は手を取り合って、口々に歓声を上げ、勝利を叫んでいた。だってこれで長かった戦いが終わったんだもん。その瞬間に立ち会えた。それで十分。残念なのは、その後の世界を堪能できない事だけどなんて思ってたんだ。
そしてその瞬間は訪れた……と思う。
あたしは首を傾げた。あれからどうなったんだっけ?
どうしてもその瞬間が思い出せない。そこから繋がった記憶は今しがたあたしが目を覚ましたここ。つまりさっき。何だかよく分からないこの狭い空間だ。
「まずは外に出なきゃ話になんないんだけど……開かないじゃん! どうやったら外に出れんのよこれ!」
そもそも真っ暗で何がどうなってるのか、さっぱり分からない。壁を叩いてみたり、蹴ってみたりしたけど、そこは全く開く様子が無い。参った。いきなり八方塞がりだ。っていうか体痛いっての! 何なのよ。何で関節痛いのよ!
行き場の無い怒りをどうする事もできず、最後に思いっきり壁を叩く。
………………。
…………。
……っつ~! やめときゃ良かった。頑丈過ぎんでしょこの壁!
「あ~あ。お腹空いたなぁ……。ハンバーガー食べたい……」
どうしようも無くなった途端お腹が空いてきた。体は嫌なくらい正直だ。こんな時でも人は空腹には勝てないのである。まる。
……はぁ。馬鹿らし。あ~あ。こんな事ならもっとハンバーガー食べときゃ良かった。そうすれば少しはマシだったのかな。
ホットドックも良いなぁ。いやいや、この際贅沢言わないから牛丼でも!
あれ? ホットドックから牛丼って贅沢度増してる?
ホットドックと牛丼。どちらが贅沢であるか。それにあたしは頭を捻る。
そんな時だった。
突然の爆音が轟き、耳がキーンと鳴る。そして遅れてやってきた衝撃と浮遊感。あっと思った時には既に遅く、あたしを入れたそれが何かに叩きつけられた。
「あだっ! もー! 今度は一体なんなのよー!」
あたしの顔面も壁に叩きつけられる。何が何だか分からずに涙目で鼻をさする。
これ以上鼻が低くなったらどーしてくれんのよ! 責任者呼んで文句言ってやる!
けれど、そこで気付いた。さっきまで真っ暗だった世界に差し込む光。どうやらどこかに落ちたショックで開いてくれたらしい。しかもあたしくらいの体なら抜け出せる程度の隙間だ。あたしはさっそくそこから這い出ようとしたんだけど……、やっと気付いた。
あたし裸じゃん! 何で? 何でマッパなの? こんなんで外に出たら、確実に変な人じゃん。でもこのチャンスを逃したらまた出れなくなっちゃうかもしれない。
えぇい! 女は度胸だ!
公衆の面前に出ちゃったら諦めよう。そしたらダッシュで逃げよう。うん、そうしよう! とにかく今はここから出るのが先決だ。
覚悟を決めると、あたしは必死にスキマに身を這わせた。何か外からは争ってる音が聞こえるけど、関係ない。ってか今更ながら重力あんのね。ここは宇宙じゃない? いやいや、もしかしたらどこかのコロニーかもしれない。油断は禁物だ。
こんな時ばかりは起伏の無いこの体に感謝しよう。こんな所、うちの艦長や副艦長。ましてや口の悪いセンセーだったらまず出れないもんね。……ふっ。言ってて悲しくなってきたぞコンチクショー! 良いもんね! これから絶対成長するんだもんね! あたしの未来はこれからだもんね! 見てろよ! 同い年の癖にボインなあの無邪気娘には絶対負けないんだから!
「っとぉ! やっと出れ……た?」
外気にさらされた肌が感じたのは、熱気。じりじりとあたしの肌を焼かんとする紅蓮の炎が目に飛び込んできた。そこはどこかの施設? いやいや、これはトンネルの中?
その炎の中で、やっぱり何かが争っている。丸っこい機械と人だ。なんかあの機械、ボールにそっくりね。人も何か光を撃ってる。光線銃? 思いっきり杖の形してるよね。あんな兵器見た事……あるわ。
それはあたしの世界じゃ本当に信じられない力。新しくできたあたしの友達達だけが持っている力。
魔法だ。
さっぱり頭が追いつかない。状況が飲み込めない。
でも1つだけ確かな事がある。
ここはヤバイ!
直感が危険信号を告げる。間違いなくここはマズイ。何がって言われると困るんだけど、とにかくマズイ。これでも色々な戦場を駆けてきたんだ。その勘が今すぐに逃げろと警鐘を鳴らしている。
「……よし。逃げよう」
決心したあたしはとりあえず、その辺にあった布を急いで引き裂き胸と腰に巻く。
ホント良かった~。ちょっとした水着だと思えばなんとかなるなる! ビキニなんて着た事ないけどさ! ……さて、冗談はさておき本気で逃げないとね。意外と余裕あるなぁ、あたし。
そうしてあたしはキョロキョロと辺りに見渡す。どこか適当に逃げれる場所は……あれ?
何か……いる。……女の……子?
金髪の女の子が倒れていた。ざっと見てもあたしより小さい。慌てて駆け寄り、息と脈を確かめる。
……よし。生きてるね。傷はあるけど、かすり傷だ。重大な傷は無いから大丈夫だろう。
しっかし、この子もマッパか。仕方ない。ボロ布だけど我慢してね。
残った布を彼女に着せてあたしは少女を背負った。
重ッ!
いや、この子がじゃない。その手に繋がれた鎖と2つのケースがだ。頑丈に彼女の手に絡まっていてとてもじゃないが直ぐにほどけそうもない。
「えぇい! 女は度胸!」
あ、これさっきも言ったっけ。
あたしは軋む体に鞭打ち、少女と共に偶然開いていたマンホールの中に身を躍らせた。
その数時間前。六課食堂。
「あ~……………んっ!」
レヴィが特大のハンバーガーにかじりついていた。
大きく口を開けて、一口で半分近くまでかぶりつく。シマリスの様に頬を目一杯膨らませて、もっしゃもっしゃと租借。
ごっくん。
飲み込んだ。
「ぐっ!!」
「レヴィ! ジュース! ジュース飲んで!!」
どうやら喉に詰まらせたらしい。フェイトが慌てて背中をさすりながらオレンジジュースを差し出す。
それをひったくる様に取り、レヴィは一気にそれを飲み干した。暫くあ~とか、う~とか言っていたが、なんとか危機は回避できたようである。そして再び残ったハンバーガーに手を伸ばし、かぶりつく。
「ぅぐっ!?」
「また!? もー! 早くジュース飲んで!」
再び喉に詰まらせたようだ。周りのなのは達は苦笑しながらその様子を見ていた。レヴィの頬に付いたケチャップを拭き取るフェイトはまるで、手のかかる妹に振りまわされる姉の様だ。
「……子供ね」
「そうだな……。あの辺は全く成長してねぇ……」
呆れるティアナにレンも相槌を打つ。
和やかな朝食風景の1コマ。訓練の第1段階が終了した事で、フォワード達の訓練は終日休みとなった。
名目は翌日から行われる第2段階に向けてのデバイス調整。しかし実の所はこれまで訓練漬けだったフォワード達へのなのはからのご褒美だ。1日リフレッシュして翌日からの英気を養ってもらおうとの計らいである。
テーブルを囲むスバル達はこれから街へ繰り出すらしく、何処に行こうかと今から楽しげな声がレン達にも聞こえている。
そんな中ティアナはチラリと隣のレンを見る。シュテルからサラダを山盛りで皿に乗せられ、怪訝そうな顔をしている彼。ティアナは意を決すると、レンの腕をつついた。
「ね、ねぇレンさん。今日ってレンさんはお休みじゃないんですか?」
「ん? ああ、そいつなんだが……」
「仕事ですよ。これからティアナ達のデバイス調整が待ってます」
「……ってな感じだ」
様子を窺っていたシュテルが会話に割り込む。相変わらずしれっと返す彼女とすまなそうに謝るレンに、ティアナは小さく肩を落とした。考えてみれば当然だ。今日の休みはあくまでフォワード達に対するご褒美。一般局員は通常営業なのだ。勿論レンが休みなどという都合の良い事は無い。
「何かあった?」
「い、いいえ! ただあたしとスバルで街に行くんで、レンさんの車出してもらえないかな~って思っただけです」
とっさに誤魔化すが、レンの隣からじ~っと見ているシュテルの目に乾いた笑いしか出てこず、目を逸らす。スバルと街に出るのは本当だ。でもそれにレンも来てくれれば、なんて淡い期待を持っていたのも事実。
(この間のお礼もしたかったんだけどな……)
なかなか上手くいかないものだと、ティアナはこっそり肩を落とす。
相変わらずじっとその様子を眺めていたシュテル。やがて小さく溜息をこぼすと、今度は彼女がレンの腕をつついた。
「レン、少しくらいなら時間取れますよね?」
「ん~、まぁ少しくらいなら大丈夫じゃない? 調整って言ってもM-systemの最終調整くらいだし」
「ならティアナとスバルの送迎をしてあげて下さい。そうですね。ついでにエリオとキャロも送迎してあげてはいかがですか? 5人、乗れるでしょう?」
その言葉にティアナが弾かれた様に顔を上げ、まじまじとシュテルを見つめた。そんな彼女にシュテルは軽く微笑む。その表情は「これで借し、1つですよ?」と言わんばかりだ。
そしてそれに気付かないレンはフォークでサラダをつつきながら、首を捻らせる。
「まぁ実際乗れるし、良いよティアナ。そろそろキリエのメンテも終わる頃だから、そしたら街まで送ってくよ」
「は、はいっ!」
勢いよく返事をし、その声が自分でも意外な程大きかったのか、ティアナは少し赤くなって顔を伏せる。
普段あまり見られないティアナの顔に、レンは首を傾げ、シュテルはやれやれと肩を竦めるのだった。
一方、デバイスメンテナンスルーム。
多くの機材が並ぶ中、リインとシャーリーが難しい顔をし、キリエがニコニコといつもの笑顔を見せている。3人が見つめている画面には、ヴァリアントザッパーとハルファスガンダムの状態が映し出されていた。
「ねぇキリエ。やっぱりこの作業止める事はできないの?」
「ダ~メ。こればっかりはシャーリーのお願いでも聞く事はできないのよん」
「でも無茶ですよ。こんな並列作業、キリエの負担が大きすぎます」
「ありがとリインちゃん。でもね、これはSpiritsに必要な事なの。ま、ちょーっとボーっとしちゃう時があるけど、そこはなんとかやりくりするわ。後、レンには言っちゃ駄目よ? 彼の事、心配させたくないから」
キリエを気遣うリインとシャーリーに軽くウィンクする。2人は渋い顔でお互いを見た。
そして再び視線を画面へ落とす。
マリアとマークが尽力した事で、Spiritsの規制が幾らか緩和される事になった。それ故にこうしてキリエのチェックを行っていたのだが、蓋を開けてみればシャーリーとリインにとってそこは未知の世界が広がっていた。ヴァリアントザッパーはまだ良い。問題はハルファスガンダムだ。持ち得る知識を総動員しても謎の部分が多く、データ解析もままならない。しかしそんな2人にキリエはいつもの飄々とした声でこう告げる。
「魔力炉のチェックだけで十分よ~ん。ハルファスは時間をかければ勝手に自己再生するからね」
聞けば、その装甲から内部構造に至るまでナノスキンと呼ばれる再生ナノマシンによって構成されておりメンテナンスの必要がないらしい。らしい、というのはキリエ自身もよく分かっていないからだ。しかしこれまで碌なメンテナンスも無しにレンが戦えたのは、このナノマシンによる恩恵が強いのだと言う。
但し難点は、その再生速度が遅い事だ。連戦となれば再生は応急処置程度しか見込めない。あまりモビルスーツ戦になる事のなかったこの世界だからこそできた芸当だった。
「ちなみにSpiritsの機体には少なからずナノスキン装甲が使われてるわ。あっちの世界の戦いは激しいからね。当時のメカニックリーダーが最後の戦いの前に搭載させたの。レンが元々乗ってた機体、デルタカイって言うんだけどね。それにも搭載してたんだけど、ボロボロになった上にレンと私はハルファスに乗り換えちゃったから。ハルファスにもナノスキン装甲があって助かったわよ~」
笑いごとではないのはリインとシャーリーである。とりあえず話に納得して魔力炉だけチェックを済ませる。ミッド産の為、こればかりはメンテナンスを欠かせない。キリエもこれまで幾度となくこのチェックは行ってきたという話だった。
しかしその中で気付いてしまった。キリエが秘密に要領を割いて作業をしている事に。それはヴァリアントザッパーのブラックボックスになっており、管制人格であるキリエしか手の付けられない部分。問い詰める事で漸くその内容を聞きだし、2人はこうして渋い顔をしているのだ。しかしキリエは2人の提案を聞き入れない。仕方なく何か不調を感じたらすぐに報告するように念を押す事で、話は終了した。
「さて、次はリイン曹長ですね。これから忙しくなるから今の内にやっておきましょう」
「そうよ。リインちゃんだって忙しいんだから、メンテはちゃんとしておいた方がいいわ」
「うぅ~。キリエには説得力が無いですよぅ……」
「あはは♪ メンゴメンゴ」
ぶつぶつ言いながらリインは服を全て脱ぎ、小さなポッドの中に入って行く。そして彼女のストレージデバイスである蒼天の書を取りだし、優しく抱きしめる。
「……うぅ……。食い過ぎた……」
「レンは元々食が細いのですから、少し食べ過ぎが丁度良いのですよ」
「だからってあれはな……い……?」
突然扉が開いた。そこに立っていたのは腹を押さえたレンと、小言を言っているシュテル。
そして部屋の中ではリインが絶賛メンテナス中。素っ裸で。
気不味い沈黙が包み込む。リインの大きな目にじわりと涙が溜まり、顔がみるみる真っ赤になっていく。
「「失礼しました」」
2人揃って頭を下げる。そして何事も無かったかのように部屋を出て行く。
半目で口元をヒクヒクと震わせるキリエとシャーリー。そしてペタリと座りこんだリインの3人が部屋に残された。
「……見られたですぅ~~~~!!」
「さすがレン。さりげなく間が悪いと言うかなんと言うか……」
「噂には聞いていましたが……ねぇ?」
「そういう問題じゃないですぅ~~~~!! お嫁さんに行けないですぅ~~~~!!」
「「行く気だったの!?」」
わんわんと泣きだすリインの言葉に、揃って同じ突っ込みを入れるキリエとシャーリーだった。
鏡の前で入念に服装をチェックする。
服の乱れ、無し。髪の乱れ、無し。
「うん、完璧! ……って違う!」
思わず鏡の自分に突っ込んでしまった。鏡に移るのは私服姿のティアナ自身。そっとその自分に手を触れる。ひんやりとした鏡の感触が手に伝わって来た。
(レンさんの事は好き。でもそれはあくまで対等に肩を並べたい大事な友人としてだって自分で言ってたじゃない。しっかりしろティアナ・ランスター。気持ちを間違えるな!)
鏡の中の自分の目を見て、ティアナはそう言い聞かせる。
鏡の自分は何も言わない。それはそれが虚像だからだ。自分の心は自分だけのもの。今、鏡の前に立つティアナだけのたった1つのもの。なのに鏡の中の自分は「また心を偽るの?」と問いかけてくるようだ。
(髪、解いて行こうかな)
シュッと束ねていた髪を解く。
オレンジ色の髪がぱさっと広がった。
2
「うっひょ~! レン兄、もっとスピード出してよ!」
「馬鹿言ってんじゃねー! 捕まったらどうするつもりだ!」
『それにスピードの出し過ぎは事故に繋がるわよ~』
「「「あはははは……」」」
街へと続く道路を軽快に走る1台の車。無論、レンの運転する車である。
その後部座席から身を乗り出してはしゃいでいるスバルに、ティアナ達は苦笑するしかない。
「フェイトさんの車はツーシーターのスポーツタイプでしたけど、レンさんはセダンタイプなんですね」
「おいおいエリオ。セダンを舐めちゃいけないぞ? 良い車の基準がスポーツクーペにだけあると思ったら大間違いだ。こういうスポーティなセダンは乗り心地も良い上に、馬力もあるから走ってて爽快だぞ」
「ちょっと意外。レンさんならスポーツクーペな感じがしたんだけど?」
『それはほら。うちって乗せる人多いから』
「あ、それなら納得」
待機状態でホルダーに立てられたヴァリアントザッパーからキリエの声がティアナに答える。その内容に納得したのか、ティアナはポンと手を叩いた。
「そういやティアナ、最近すごく良い感じじゃないか?」
「え? そ、そうですか?」
運転を続けながらレンが不意に告げた。突然の事にティアナはきょとんと目を丸くする。
「ああ。なんていうか、動きが変わったよ。前より周りがよく見えてる。周りがよく見えてるから、動きに柔軟性が出てきてる。良い傾向だってシュテルも褒めてたぞ」
「は、はぁ……」
できればそこでシュテルの名前は出して欲しくなかったな、と彼女は曖昧な返事を返した。
だがレンはそんなティアナの様子に気付かずに上機嫌で運転を続けている。
全くこの男は。折角髪も下ろしてきたのに、その事に触れやしない。
横目で軽く睨みつけてやったが、レンはその事にすら全く気付かない。
全く、何でこんな鈍感男なんかを……。
ふつふつと湧き上がる怒りを抑えている内に目的地である駅が見えてきた。レンがその駅の入り口に愛車を横付けすると、口々に礼を言ってスバル達が降りて行く。
そしてティアナも降りようとシートベルトを外した所で、レンが彼女を呼び止めた。
「ティアナ、スバル達を頼むぞ。特にエリオとキャロにはこまめに連絡を入れてやってくれ」
「分かってますよ。でもあの子達はしっかりしてるし、問題無いと思いますけど?」
「確かにそうなんだけど、なんつーかあいつら天然だし? それにお前とスバルも気をつけろよ」
「は? お生憎様。あたしとスバルはそんなにお子様じゃないです」
なんだか子供扱いされるのが非常に癪に障る。ツンと顔を背けるとレンの呆れた溜息が聞こえてきた。
「分かってねぇなぁ。だからだよ。どう見たって子供じゃねぇから気をつけろって言ったんだ」
「……意味が分かりませんが?」
『つまりね、今日のティアナは髪も下ろしてて、と~っても大人びてるから変な男に声をかけられてもホイホイ付いて行っちゃダメだよってレンは言いたいのよね~』
唖然とする。
キリエの投下した爆弾は見事にティアナを直撃した。
みるみる頬が熱くなるのが分かる。投下した本人の姿は無く、横に居るのは顔を背けた爆弾の製造者。
「……まぁそういうこった。変な男に捕まんないようにな」
十分変な男に捕まったと思うのだが……。
軽く笑い「はい」とだけ言って車を降りる。待ちかねていたスバルの抱擁は全力で突っぱねておいた。
「んじゃ、帰る頃に連絡くれ。あんまりハメ外すなよ~」
『ではでは楽しい休日をご堪能あれ~』
車の窓が下がり、レンといつの間にか実体化したキリエが4人に声をかけてくる。
そして彼女達の返事を聞くと、車を走らせていってしまった。
「それじゃあ、僕とキャロもそろそろ」
「スバルさん、ティアさん。また後で」
「き~をつけてね~」
駅に向かってエリオとキャロも歩いて行く。スバルはスバルで何度も大きく手を振っていた。勿論ティアナも。ただ、まだ先の爆弾はティアナでくすぶっている。レンに心配された事。前ならきっと鼻で笑っていただろう。レンが髪の事に気付いてくれた事。下ろしてきて良かった。
「ティア? なんだか顔が赤いよ?」
「うっさい。さ、あたし達も行くわよ!」
「お、張り切ってるね~。なんか良い事あった?」
「教えてあ~げない」
鼻歌交じりにさっさと歩きだすティアナの後ろでスバルが「え~?」とか声を上げているが、無視無視。
だって、これはティアナだけの喜び。共有なんてさせてあげないのだ。
でも気分が良いから、アイスくらいは奢ってあげるとしよう。
彼女を追いかけるスバルにティアナはそんな事を考えていた。
ゴリッ……ゴリッ……。
金属を引きずる音が地下水道に響く。
それを引きずるのは赤い髪の少女。繋がれているのはその背にいる金髪の少女。
もう何時間歩いたのかも分からない。この暗い地下水道では時間の感覚すら麻痺してしまう。
だが少女は歩き続ける。
何処に続いているかも分からない地下水道を、背の少女と共に歩き続ける。
「あっ!」
少女が躓いた。その時の勢いで鎖に繋がれていたケースが1つ、地下水道に落ちた。
ポチャリと音を立てたものの、少女は気付かない。それに気付く程の余裕がもう無いのだ。
「おねえちゃん、大丈夫?」
「平気平気! だからあんたはもう少し休みなさい。もうちょっとしたら外に出てみよ? そしたら何か分かるかもしれない」
「うん……」
平気なんて嘘だ。手足は鉛の様に重い。素足の裏からは冷たい筈の道の感覚は伝わって来ない。
躓いた筈の足は痛みすら感じなくなるほど、感覚がバカになってしまっている。
休んでしまいたい。だが立ち止まればもう動けない。待っているのは深く深く何処までも沈んでいく意識の底なし沼だ。一度踏み入れれば二度と這いあがれないと分かっている。
だから彼女は笑う。自分よりも小さな少女を少しでも不安にさせない為に。
何よりも自分自身を奮い立たせる為に。
ゴリッ……ゴリッ……。
金属音を響かせ、少女はまた歩きだす。
一体何から逃げているのか。それさえも分からないままに。
「被検体が逃走した?」
『はい。ラボからの移送中に何者かに襲われた模様です。またそれと一緒に同時搬送していたレリックと、あの少女も一緒に逃走したようです』
「ふむ。了解した。彼女から引き出せる情報は全て引き出したのだし、その後の事は私にとってはどうでも良いのだが今後の事もある。できるだけ速やかに対処してくれたまえ」
『……管理局。ひいてはあの部隊が出てくる可能性がありますが?』
「その時はその時だよ。彼女達が先に捕獲したとしても我々の事が公になる事は無い。精々、レリックを追って我々が姿を見せた程度さ。但し被検体の方は多少手足が千切れても構わん。必ず確保してくれ」
『それでは妹達に対処させる事にします』
「期待しているよ」
通信を切り、スカリエッティは椅子に座ったまま物思いにふける。
ウーノにはああ言ったが、本来ならあの部隊との接触は避けたい。だがそうも言ってられない事態だ。
少し大きな衝突になるだろう。これで多少自分達の戦力が晒される事になるが、それも致し方ない。
「あの老いぼれ共め。功を焦ったな……」
だから別のラボで研究を行う事には反対だったのだ。もっとも、あの老いぼれの事だ。自分の所に戦力が集まる事を避けたつもりだったのだろうとスカリエッティは推測する。
しかしよりによって移送搬送中とは随分古典的な。襲撃に見せかけ、成果を横取りする算段なのが丸わかりだ。しかし一緒に逃走している少女。あれが六課に捕獲される事は……まぁ問題無い。むしろ好都合だ。色々と余計な手間が省ける。
「彼らもこれで少しは動かしやすくなれば良いんだけどね」
そう言ってスカリエッティは通信を繋いだ。通信先は勿論キール達ファントムペイン。出迎えたのは仏頂面のキールだ。そして彼は何食わぬ顔でこう言うのだ。
「やぁ親愛なるキール君。少しばかり私の頼みを聞いてくれないかい?」
レン達にその連絡が入ったのは午後に入り、システムチェックも終盤に差し掛かった頃だった。
エリオとキャロが地下水道から発見した少女が2人。酷い衰弱が見られるが、それだけでは無い。
彼女達と共にあったのはレリック。何故こんな少女達が、という疑問は残るがレリックが見つかった以上、機動六課が動かないわけにはいかない。
不幸中の幸いなのは、それを発見したのがエリオとキャロで、スバルとティアナも急ぎ現場に向かっているらしいという事だ。すでにヴァイスがJF-704式ヘリのエンジンをかけて待機している。なのはとフェイトとリイン。そして衰弱した少女の容体を確認する為にシャマルがヘリへと足を急がせていた。
今回六課に残ったSpiritsには待機が言い渡されている。考えてみればSpiritsのサポート無しでの出動は今回が初めてだ。なのはは緊張の面持ちでヘリの中へ足を進める。
「なのは、リラックスだよ」
「フェイトちゃん……。うん、そうだね。シュテル達が出れない以上、私達が頑張らなきゃだね」
フェイトの言葉に軽く深呼吸する。
シュテル達が出れない理由は、彼女達が今行っている作業を少しでも早く完成させる為だ。
レリックがある以上、ファントムペインが出てくる可能性は非常に高い。しかし現状、彼らとまともに正面からぶつかれるのはSpiritsと隊長達であろう。いくらフォワード達の力が上がってきているとは言え、まだまだ彼女達には荷が重い。
その為のシステムだが、それに頼ってはいけないという事も分かっている。事態を迅速に対応。そうする事で少しでも接敵確率は下げられる筈だ。
「行こうフェイトちゃん。ヴァイス君! 全速力でヘリを飛ばして!」
「了解でさぁ! しっかり捕まってて下さいよ!」
ふわりとした浮遊感。ヴァイスが操るヘリが上昇し、なのは達を乗せて大空へ飛び立つ。
はやては1人考え込んでいた。
六課ロングアーチ指令室でじっと画面を見つめている。
六課後見人でありフェイトの義兄であるクロノ・ハラオウン提督。そして聖王教会騎士カリム・グラシアには先ほど連絡した。勿論、もう1人の後見人、地上本部ギル・グレアム中将にもだ。クロノとカリムは問題ない。こっちの事情を理解してくれている。だがグレアム中将はそうもいかない。思い出すだけでもイライラする。露骨に嫌な顔をされた。文句も言われた。
だが最後に「頼むぞ」と、短く言われた。
ったく、だったら最初っからそう言えっちゅーのに!
そんな事言われたら、後ろに退けなくなるではないか。
元々退くつもりもないけれど!
「……解せんな」
「王様もそう思うやろ!? あの熊男、散々文句言って何が頼む~や! 後見人になってくれたのはありがたいけど、だったら少しは信用してくれても良いんとちゃう!?」
「少し落ち着け子鴉。我が言いたいのはそこでは無い。今回の事件についてだ」
はれ? と首を傾げる。隣ではディアーチェが呆れ顔でこちらを見る。そしてこれ見よがしに溜息をつくと、表情を引き締めた。
「おかしいと思わんか? エリオとキャロの報告からすれば件の2人は相当衰弱しているらしい。これは即ちそれなりの時間地下水道を歩いてきたからと推測できる。しかもレリックを引きずってな」
「……どうしてそんな長い間ガジェットに襲われずに済んだのか。そう言いたいんか?」
「ふん。頭は回っているようだな。そうだ。我々にはレリックを探知する能力は無い。だがあちらにはある。なのに件の幼子共は体が衰弱する程長い時間、ガジェットに探知されずに逃げ切れた。これは不自然だと思わんか?」
「え? 運が良かったんじゃないの? 後は~、地下水道じゃレリックを探知できなかったとか?」
「それはあるかもしれませんが、理由としては不十分ですね」
ユーリにきっぱり言われ、レヴィは口を尖らせる。
はやてもまた唸る。言われてみれば不自然だ。過去を踏まえても、レリックある所には必ずガジェットの影があった。こちらが察知するよりも早くだ。だが今回レリックが長い間放置されていたのにも関わらず、彼女達は逃げ切った。勿論封印処理などされないままに。
簡単に言えば、これは不自然。後手に回ることはあっても先手は取れない筈のものが、先手を取れた。
運が良かったのか? 違うだろう。そんな運任せでどうにかなるほど、ガジェットの追跡は生半可な物ではない。
『それについて1つ気になる事が。割り込みして申し訳ありませんが、発言宜しいでしょうか? 八神部隊長』
突如画面に紫色の髪を風に揺らす少女の顔が映った。
陸士108部隊ギンガ・ナカジマ。
スバルの姉にして、シューティングアーツの師とも呼べるべき人物。
そんな彼女の切羽詰まったかの如く聞こえる声にはやてとディアーチェは頷く事で肯定する。
ならばとギンガは先ほど自分が見てきたモノの映像を転送してきた。
散乱した荷物と残骸の数々。横倒しになったトラックと崩れたトンネルの内壁。そこで何かしらの争いがあったのは間違いない。しかもかなり激しくだ。一体何と何が? その疑問を画面越しに向けるはやて達一同が、次の瞬間に眉を潜める。
残骸の中に見つけたのだ。あの丸い機械。ガジェットボールの姿を。
破壊されて機能停止をしているが、その外見は見間違う筈も無い。無残に転がり、残骸の一部となっている。
『そして、これがありました』
ギンガの言葉と共に映されたのは、ガラスが砕け、中身が無くなった円筒状の何かだった。丁度人が1人。それも子供がすっぽりと入ってしまえそうな大きさである。そしてその脇には棺桶の様な物も転がっていた。これもまた子共が入れそうな大きさの物体である。
ガタリと大きな音を立ててはやてが立ち上がった。その目は大きく開かれている。そしてディアーチェもまた、眉間に皺を寄せてギリッと奥歯を噛み締めた。
『やはり見覚えがあるのですね』
「見覚えがあるなんてもんやない。これは人造魔導士の培養ポッドや。もう一個の方は分からんけどな」
「そちらは我が言おう。あれは冷凍睡眠装置。所謂コールドスリープと呼ばれる装置だ」
「はぁ? なんでそんなもんが培養ポッドの近くにあんねん!」
「知るか!」
ディアーチェの怒鳴り声ももっともである。
人造魔導士の培養ポッドとコールドスリープの接点がまるで見えてこない。加えてこの惨状が意味するもの。分かるのは、逃げた2人の内1人は人造魔導士の素体で、もう1人がコールドスリープで冷凍睡眠されていた人物だと言う事だ。
(まさか、アタリを引いたというのか?)
「なのは隊長達、現場に到着しました! 映像出します!」
ふと頭をよぎる嫌な予感。それを感じると同時にシャーリーからなのは達が現場に到着したとの報告が入り、画面に大きく映像が映し出された。
「……チッ! やはりそういう事か」
映し出された映像にディアーチェが大きく舌を打つ。そしてレヴィは口を大きく開け、ユーリは逆に口に手を当てて言葉も出ない。
そこに映っていた少女を彼女達が見間違う筈も無いのだ。
金髪の少女の隣に寝かされ、意識の無い赤い髪の少女。
彼女の名はカチュア・リイス。
ディアーチェ達が乗っていた母艦ミネルバの整備班長にして、地球連邦第00遊撃隊Spiritsの1人。
4年前のあの転移以降、ずっと消息不明だったSpiritsの母艦ミネルバのクルーであり、彼女達にとっては大事な友人。
その友人が、4年前と全く変わらぬ姿で目の前に映し出されていたのだから。