魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第26話 夢現

 

 貴方の見ている世界は現実ですか?

 貴方の見ている世界は夢ですか?

 現実なのか、夢なのか。知りたいのならば頬をつねってごらんなさい。

 痛みがありますか?

 もしも痛みがあるのであれば、その痛みこそが貴方の『現実』です。

 

 痛みとは貴方が感じるものだ。

 『現実』とは貴方が感じる『全て』だ。

 例え『夢』のような出来事が貴方の前で起こったとしても、それが貴方にとっての『現実』であり『全て』だ。

 その『夢』はもしかしたら『悪夢』かもしれない。目を覆い、耳を塞ぎたくなるかもしれない。

 だけど悲しいかな、それが貴方の『現実』。

 

 

 立ち向かうのか、逃げるのか。

 

 それは、貴方次第。

 

 

 

1

 

 

 

 カチュアと彼女と共にいた少女の搬送をヴァイスとシャマルに命じたはやてに、シャーリーから緊急アラートが告げられた。それは海上に出現したガジェットを検知したもの。その数はこれまでの比で無い。

 東西南北四方八方から迫りくるガジェットに対し、はやてはなのは達を送り出した。

 だがレリックはまだ地下水道に残っている。これを野放しにもできない。

 危険を承知で彼女はフォワード達に地下のレリックの確保を命じる。

 そして、それぞれの現実が始まる。

 

 

 灰色のコートが風にたなびいている。

 その者の左腕には大きな鍵爪のある盾。右腕にはライフル。ライフルの銃口は白き衣に金色の杖を持つ少女に突き付けられていた。

 そして、少女の左肩から流れる血が純白の衣にじわりと滲み、牡丹の如く鮮やかな紅を彩っている。

 だがその赤は一瞬の花だ。すぐに紅は黒く変色し、それが人の血液だという事を改めて認識させる。

 そう。血は花に成りえない。血はどこまで行っても血だ。如何に美しく白を染め上げようとも、その本質が変わる事は無い。まるでその血を流す少女と、対峙する青年が両方とも生粋の戦士であるように。

 

「まさかこれで終わりという事はないでしょう? 不屈のエースオブエース。高町なのはさん?」

「勿論ですよ。ゾディアック・シンルーさん」

 

 そうだ。それで良い。

 ライフルを持つ青年。ゾディアックは眼鏡をくいっと上げて満足そうに微笑んだ。

 なのはもまた、痛みを堪え脂汗を流しながらも微笑んで見せた。

 楽しんでいる。この状況を彼は楽しんでいる。

 左肩に鈍く響く痛みを堪え、なのははレイジングハートを構えながら注意深くゾディアックを観察し、その結論に達する。動かなくてはいけない。動かなければこの状況を変える事もできない。それなのに動けない。動かないのではなく、動けないのだ。蛇に睨まれた蛙のように、それ以上動く事ができない。

 それは久しぶりに感じる胸の奥が重くなる感じ。恐怖が故に。

 この肩に感じる痛みが、その恐怖をふつふつと湧き上がらせる。

 油断は無かったと思う。しかし彼女の強力なプロテクションを貫いてきた光。それは非殺傷などされていない純粋な殺傷能力を持つ光だった。

 基本的になのはは魔法を非殺傷設定で行っている。それは体に物理的損傷を与えずに、魔力に対してダメージを与える方法だ。とは言え、完全に物理的損傷を与えないという事はなく、大なり小なり衝撃や傷がつくのは避けられないが、相手が魔導士であればこれは非常に有効な手段だ。魔力へダメージを受け続ければ、当然魔力は枯渇し、意識の欠落など様々な障害を引き起こす。通称魔力ノックダウン。魔導士の戦いとは傷を負わせるだけに非ず。要は如何にして相手を行動不能にするかである。

 だがこの男は違う。

 純粋な殺傷設定を躊躇わずに使ってきた。しかもなのはの鍛え上げられたプロテクションを貫いて。

 恐らくその選択は正しい。相手の行動不能にする最も確実で、最短の方法なのだから。

 げに恐るべきはその威力だ。守りの固いなのはの障壁を貫き、バリアジャケットすら貫く威力はなのは自身もそう出会えるものではない。一点突破。恐らく、極限まで集束させた力を以ってきたに違いない。

 一歩間違えれば待っているのは死。それが恐怖を増幅させる。

 しかしなのはもまた一流の魔導士であり、戦士だ。すでに幼い、無邪気な時間は過ぎた。恐怖を克服する術は幾通りもある。

 頭を切り替えろ。今は恐怖に支配されるよりも先に、どう攻めるべきかを考えろ。

 マルチタスクを総動員し、なのはは次の一手からその先を高速で思案し始める。巷で魔砲少女などと呼ばれる所以の通り、彼女は距離を取って強力な一発をお見舞いする純粋な砲撃型だ。だがただ闇雲に強い力を放つだけでは無い。むしろディバインシューターやアクセルシューターの様な誘導弾を混ぜる事で、自分に有利な状況を作りその砲撃を浴びせる戦略型と言っても良い。

 しかしこうして一対一の状況になった際、初手を決めるのは何か。

 それは如何に早く魔法を放てるか。

 勿論それもちゃんと鍛えているが、既に相手は銃をこちらに向けている。状況は五分に見えて全く五分では無いのだ。既に引き金に指がかかっている分、こちらが不利。

 燦々と照りつける太陽の光で火照ったものとは違う、冷たい汗がなのはの頬を一滴、流れていく。

 

「どうすれば、僕を倒す事ができるか……。答えは出ましたか?」

「!!」

「いけませんね。貴方は正直すぎる。それでは相手を出し抜くことができませんよ?」

 

 クククッとゾディアックが笑う。対してなのははきつく唇を噛み締めた。

 なんて単純な手に引っ掛かってしまったのだろう。気持ちが焦っているのは否めない。だからといって、相手の単純なカマかけに引っ掛かるなんて。きっとゾディアックには今の一言で自分の焦燥を握られてしまっただろう。状況は悪くなる一方だ。

 ゾディアックはメガネを外し、空いた片手でそれを遊びながら大きく溜息をついて見せた。

 

「1つ、レクチャーをしてあげましょう。高町なのはさん。貴方は今魔導士ならではのスキル、マルチタスクで僕をどう倒すかを思案しているはずです。しかしですね。時にそれが大きな落とし穴になる事に気付かない。……こんな風にね」

 

 なのはの視界が瞬時にして白の世界に変わる。

 目の奥に突き刺さるような光の奔流。広がる白き闇の世界。

 そして、左肩に走る激痛。

 

「ああああああっ!?」

 

 堪らず叫び声が上がる。いや、叫ばずにはいられないだろう。何故なら、先に負傷していた左肩をゾディアックが強く掴みあげていたのだから。

 

「ね? 簡単な事を見落としてしまうでしょう? 元々僕は眼鏡なんてかけていません。貴方達との初めての邂逅の時も、アグスタの時も僕は眼鏡なんてかけていなかったでしょう? それとも、僕の事はそんなに記憶に残りませんでしたか? だとしたら微妙にショックですね……。そんなに影薄いでしょうか……」

 

 考え込む面持ちとは別に、左肩は万力で締められるかのようにギリギリと強く掴みあげられている。

 バリアジャケットに滲む紅は更に黒く変色し、見える白い肩は痛々しく腫れあがっている。

 気を失うかと思う痛み。だがその痛みが逆に意識をはっきりとさせ、安易に意識を失わせてはくれない。

 掴みあげられた肩には更に力が込められ、傷口には指がめりめりと食いこんでいく。それが更に痛みを強め、肩が次第に腫れあがり、プシュっと血が噴き出す。

 またしても単純な手に引っかかってしまった事を彼女は悔いた。あの光は眼鏡の反射だ。照りつける太陽の輝きを反射させて視界を奪われた。ゾディアックの言う通りだ。彼は一度も眼鏡などしていない。

 そして僅かな一瞬で十分だったのだ。既に自分は傷つけられている。その傷を狙うもまた上等手段。

 相手を傷つけないという考えを一切合財取り除いた、効率的な方法。

 まるで、非殺傷設定そのものを否定するかのような行動になのはは思えて仕方ない。

 

「あ、貴方は……管理局のやり方が、気に、いらないんで……すか?」

「いいえ? 別にそんな事はありませんよ? 非殺傷設定。無血決着。実に良い事です」

 

 意味が分からない。理解できない。

 口では非殺傷設定を肯定し、行動は非殺傷設定を否定する。

 全く以ってこの男が理解できない。

 

「ただ。強いて言うならですが。僕の体に染み付いたモノがそれを許さないんですよ。人も機械も同じ。殺す気で、弱った所を徹底的に叩くでもしないと生き残れない。そんな世界を生きてきたもので。だから今更それを否定できないんです。恨まないで下さいね。恨むならそんな世界と現実がある事を恨んで下さい」

「そんなの……詭弁だ!!」

『Limited release recognition. Exceed Mode!! (限定解除承認。エクシードモード!!)』

 

 魔力がなのはの体から吹き荒れた。ゾディアックも思わず彼女の肩から手を離し、距離を取る程。

 そしてその魔力の中、なのはのバリアジャケットが変化する。

 レイジングハート・エクセリオンのフルドライブ。エクシードモード。

 打てる数に限りのある彼女の切り札。そして更になのははカードを切る。

 

「ブラスター1!」

 

 更に魔力が跳ね上がった。桜色の魔力が視認出来る程に渦巻いている。

 だがなのはの瞳は悲しげだ。今さっきまで傷口を抉っていた人物に向けているとは思えない程に。

 

「ゾディアックさん……。貴方のそれは詭弁です。貴方がどんな世界で生きてきたかはマークさんやマリアさん。レン君やシュテル達から聞いて少しは理解しているつもりです。でもあの人達ができて貴方にできない筈がないでしょう!? 世界の所為にしないで下さい!」

「痛い所を突いて来ますね。マーク達の事を出されると少々つらいのですが、致し方ありませんか。まぁ良いでしょう。ならば止めて見せなさい! お互い、これは譲れないのでしょう? ならば口で語るのはこれ以上無意味ですよね?」

「この……分からず屋ッ!!」

 

 一斉に発射される桜色の誘導弾。ゾディアックは盾を変形させた鉄球を振りまわして生み出した障壁でそれらを全て弾き飛ばす。そこで生まれる一瞬の死角からなのはが飛び出した。ゾディアックも光刃を抜き放つ。

 レイジングハートと光刃が交わり、閃光が弾ける。

 第2ラウンドの戦鐘が鳴り響いた。

 

 

 そしてその頃フェイトもまた激しい攻防を繰り広げていた。

 彼女のスピードは管理局随一と言っても良い。しかし目の前の相手はそのスピードについて来てなお、まだ余裕が見られる。次第に焦りが生まれてきていた。

 

「フェイトお嬢様。無礼と承知で言わせて頂きますが、今のままではお嬢様に勝ち目はありませんよ?」

「そうかもしれないね。でもね、貴方を止める事くらいはできると思うよ」

「やれやれ。この状況でまだそこまで言えるとは。宜しい。貴方を本気にさせるにはまだ足りなかったようですね」

 

 ……来る。

 フェイトがバルディッシュを構える。

 目の前にいる青いボディースーツにジャケットを羽織った長身の女性、トーレと名乗った彼女は両手に光刃の短剣を構える。小回りは確実にトーレが上だ。ハーケンフォームでは懐に入られると対処しにくい。

 いっその事限定解除をしてしまった方が良いのではと思うが、あれには使用回数に限度がある為おいそれと使えない。しかし……。

 

「奥の手があるのであればここで使う事をお勧めしますよ」

「あっ!」

 

 トーレの姿がフェイトの視界から消え去る。フェイントも何も無い。

 ただ単純なスピードのみでトーレが彼女の視界から消え去ったのだ。そして驚きの声を上げると共に、斬撃がフェイトを襲う。見えるとか見えないとかの問題では無い。速過ぎて手も足も出ない。分かるのは自分を蹂躙していく刃の感触だけ。焼けるような痛みと共に漆黒のバリアジャケットが次々と切り裂かれ、下にある白い肢体。美しい顔。その柔らかな肌を紅く染め上げる。

 このままではなぶり殺しにされるだけだ。フェイトは勘を頼りにバルディッシュを構える。と、甲高い音と衝撃が響いた。“偶然”バルディッシュの柄がトーレの刃を受け止めている。

 やった! 偶然でも一撃を止められた。

 だがそれだけである。結局、それはただ一撃を止めただけに過ぎない。安心してという程のものではないのだ。急に腹部に鈍い衝撃を感じる。それがトーレの拳だと分かった時には既にフェイトの体は後方に押し出されていた。

 バリアジャケットを纏っていても体を突き抜けて来る衝撃。急激に競り上がる吐き気を堪え、フェイトは眼前のトーレを見据えた。頬から流れる紅い血をぐいッと拭い去り、少しずつ息を整える。

 

「貴方の白い肌に紅い血は映えますね。ますます美しくなられていますよフェイトお嬢様」

「……あまり嬉しくないなぁ」

「まぁそう言わないで下さい。しかしこのまま鮮血のドレスに着替えて頂くのも悪くはないのですが、それでは面白くない。ですから再び言わせて頂きましょう。奥の手があるのならばここで使う事をお勧めしますとね。何を躊躇っているのかは知りませんが今の貴方では私を捉える事はできない。そう。絶対に」

 

 向けられる冷笑と冷やかな目。絶対と言い切った彼女の言葉に嘘偽りは無い。フェイトもそれは今、身を以って思い知った。止めるなどと言った少し前の自分が浅はかだったと考えを改める。

 全力でやらなければ、こちらがやられる。

 だが限定解除には承認の時間が要る。それまでなんとか時間を稼がないと……。

 その時間の為にフェイトはさっきから気になっていた事を質問で投げかける。

 

「トーレ、何で貴方は私をお嬢様なんて呼ぶの? 初対面だよね」

「確かに顔を合わせるのは初めてです。ですがお嬢様、という言葉だけでは駄目ですか?」

「それだけじゃ分からないよ。具体的にお願いできるかな?」

「はぁ……。ではこう言えばお分かり頂けますか?」

 

 トーレが漏らした溜息は明らかに落胆。まだ分からないのか? そう言いたげに。

 そんな事は無い。実際の所、フェイトには察しがついていた。だが敢えて尋ねたのだ。それが自分の古傷を抉る結果になったとしても、答えを引き出さなければならない。

 

「プロジェクトF。その根幹を作ったのは誰ですか?」

「……ジェイル・スカリエッティ。やっぱり貴方は……」

「そういう事です。いわば父はプロジェクトFに関わるモノ全ての父。そして私はその父によって生み出された。プロジェクトは違えど、同じ父から生まれた者同士なのです。どうです? 私が貴方をお嬢様と呼ぶ理由、お分かり頂けましたか?」

「……ふざけるな」

「ふざけてなどおりません。これが現実。フェイトお嬢様と私の間にある変えられない現実の1つなのです」

 

 バチリ。

 空気が帯電し火花を散らした。一瞬顔をしかめたトーレだったが、その口元には薄く笑みが浮かぶ。

 

「ふざけるな! あの男は私の父でも何でもない! ただの次元犯罪者だ!」

『Limited release recognition. Riot Blade!! (限定解除承認。ライオットブレード!!)』

 

 フェイトの怒りに呼応しバルディッシュがその姿を変える。サードモードを越え一気にフルドライブへ。

 それは片手でも扱える長剣。しかしてその刃は雷。金色に輝く魔力を高密度に圧縮し、放電を続ける雷神の剣。

 剣の名はライオットブレード。より接近戦に特化したバルディッシュのフルドライブ。

 そして限定解除を受けた事でフェイトの魔力も格段に跳ね上がっていた。これこそが現状のフェイトとバルディッシュができる最高のパフォーマンス。それは対峙しているトーレも身に纏う青いボディースーツ越しに肌で直接感じている。

 そうだ。それを待っていた。力を抑えた貴方に勝っても何の意味も無い。力を開放した貴方に勝ってこそ、この戦いに意味があるのだ。

 トーレの顔が愉悦に歪む。それは歓喜。1人の戦士としてこの場に居られる喜び。

 父の思惑よりも、妹達への威厳よりも、今は目の前の強者との戦いに意味を持たせたい。

 

「その電撃。見事です。それでこそ私が聞き及んでいたフェイトお嬢様だ。宜しい。ならば戦士として私も最大限の力を以って賛辞とさせて頂きましょう! IS、デスティニーインパルス!!」

 

 短剣がくるりと一回転するや、それは瞬時に姿を変える。最早短剣ではない。紫に輝く光刃を持つ大剣が2振り。そして彼女の両手両足からは噴き出す様に極光の翼が生まれている。

 そして2人は飛び出す。

 電撃と極光。光の如き高速の戦いが始まった。

 

 

 そして雷はもう1つ。

 フェイトが金雷なら、レヴィは蒼雷。

 蒼雷が対峙するのは、鮮血の狂気。

 バルニフィカス・レイザーモードで切りかかる。全身の体重と加速を乗せた腕斧が唸り、ブラッドのGNバスターソードに叩きつけられる。甲高い音と火花が散る中、振りあげられるもう1振りの大剣。それを軽やかなバック宙で避けると、すぐさま魔法陣を足場にしてレヴィが飛び出す。ブラッドも再び大剣を振り、再度金属音と火花が空に散った。

 だが如何に歴戦の魔導士であるレヴィでも体格差はどうしようもない。加えて、同じ重斬撃武器を持っていればその差は明確に現れる。

 

「うわっ!?」

 

 鍔迫り合いに負け、少女の体が後方へ弾かれた。だが諦めが悪いのもまたレヴィだ。

 弾かれながらも魔法を展開する。両手のバルフィニカスを大きく振り抜き、青色の光輪を2発。

 それはまるでチャクラムの様に空中で弧を描き、ブラッドへ向けて空を裂く。しかしそれを見た彼の口角が釣り上がった。

 

「しゃらくせぇ!!」

 

 ブォン! と大剣が風を切り裂いた。思わず魔法を放ったレヴィですら唖然としてしまう。

 避けるでもない。守るでもない。弾いたのだ。

 GNバスターソードの1振りでレヴィの放った魔法、光翼斬を弾いたのである。

 魔法の中にも弾く事を目的とした魔法はある。弾くというよりは逸らすが正解なのだが、彼はそれを力技で成し遂げてしまった。

 

「デタラメだ!」

「いちいち魔法の常識に囚われてっからだ。ほらよ! ファング!!」

 

 GNバスターソードを背に担ぎ、両手の五指にそれぞれ構えた紅い光刃の短剣を投擲する。短剣はそれ自身が意思を持つかのように空を舞い、レヴィに襲いかかった。たまらずレヴィも空を翔けるが短剣は執拗に彼女を追い詰める。ならばとifsユニットを展開させこれに対処するが、それが彼女に隙を生んだ。

 

「ハッハーッ! そらそら! 動きが散漫になってるぜぇ!!」

 

 今度は血色の光線が襲ってきた。GNバスターソードのライフルモードを撃ちながら高速で接近を仕掛けるブラッド。ifsユニットとプロテクションの制御にかかりきりになってしまい、レヴィの足が遂に止まってしまった。そしてそれを逃すブラッドでは無い。素早くライフルモードから大剣に切り替えると、プロテクションを砕くかの如く叩きつけた。

 

「こなくそっ!」

「ちょいさぁ!!」

 

 反撃とばかりにレヴィが蹴りを放つ。だがブラッドもまたそれを読んでいたかの様に一瞬早く蹴りを繰り出す。レヴィの蹴りが苦し紛れならブラッドは入念に準備をした力のこもった蹴り。あえなくレヴィはそれに弾かれてしまう。

 そしてその足をブラッドが掴み、一気に急降下。一瞬の出来事にレヴィの思考が追いつかない。

 眼下に広がる青い海。嫌な予感が彼女によぎった。

 

「そーらよ! ちょいと早い海水浴の時間だぁ!!」

 

 盛大な水しぶきが上がった。それはレヴィが海水面に勢いよく叩きつけられた為に起こる水しぶき。

 しかし上空高くから叩きつけられる海面は立派な凶器だ。

 全身を衝撃が突き抜ける。とっさにプロテクションを展開しても殺しきれぬ衝撃。これまで感じた中でも最高レベルの衝撃はレヴィの内蔵を、脳を、これでもかとシェイクした。肺から息が強制的に吐き出され息ができない。視界がブレて焦点が定まらない。頭が揺さぶられて意識の糸が断ち切られる。どこが上でどこが下なのかも分からない。

だが彼女は立っていた。海面を2、3度バウンドしながらも海面に魔法陣を敷き、彼女はその上に立っていた。だがまだ焦点は定まっていない。

 しかし魔法は発動していた。

 それはifsユニットを媒介にし、ファングの様に自らを青雷の矢としている。そして虚ろな目のままレヴィはそれを射出する。

 無論、レヴィに意識は無い。だがそれはある意味それは本能。レヴィの本能が無意識に行っている自衛行動。それと同時にバルニフィカスが主を守る為に起こした行動でもあった。

 

「う、う~……。あれ?」

 

 気がつけば煙が上がっている。魔法を発動した記憶が全く無い彼女は状況が飲み込めない。

 2度、3度頭を振り、頭痛を抑えつけ、レヴィは目の前の煙を見る。何が起こったかはさっぱりだが、ブラッドの気配はある。だから油断できない。

 

(魔力反応は……あれ?)

 

 魔力反応を窺おうとした矢先だった。どうにもおかしい事に気がつく。

 魔力がやけにはっきりしない。魔導士ならばそれはリンカーコアに集中していなければならない所なのに、ブラッドから感じる魔力は集中どころかおぼろげではっきりしないのだ。

 

「これってもしかして……」

「や~っと気付いたかよ!」

 

 煙の中からブラッドが飛び出してきた。咄嗟にバルニフィカスを構えるが間に合わない。

 振り降ろされた大剣がレヴィのチェストアーマーを砕く。一歩間違えれば彼女の胸には深い斬撃痕が残されていただろう。しかし器用にもそれは鎧を砕くだけに留まっている。

 そしてブラッドは素早く彼女の両手首を掴み上げた。

 

「は~な~せ~!」

「やなこった」

 

 ジタバタと暴れるレヴィをブラッドは一蹴する。そして彼女の眼前に自分の顔を突き出した。

 息づかいが分かる程の距離。鼻と鼻が擦れあい、2人の視線は互いの瞳を覗きこむ。

 

「クハッ! 良いザマだな。レヴィよ?」

「フンだ! このまま終わるもんか!」

「いいや終わりだね。なんつってもお前は俺が連れて帰るんだからよ」

「いやいや何でそうなるのさ! ボクは王様達と一緒に居るんだ! ブラッドのトコには行かないよ!」

「それでも連れてくね。そんでお前を俺の女にする。拒否権はねぇからな!」

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 レヴィが声を上げるのも無理は無い。直球にも程がある。愛を囁くでもない。ただレヴィという少女が欲しいがためだけに、彼女の想いや言葉に一切耳を貸さず、一方的に彼女の全てを奪おうとしている。

 

「う、嘘だよね?」

「残念。これが現実だ。良いからつべこべ言わず俺の所に来いレヴィ。お前の全てを俺に寄越せ。そんで俺の傍にずっと居ろ」

「え……あ……ん――――――ッ!」

 

 強引に唇が塞がれる。ジタバタもがいてもブラッドの腕が彼女の腰にまわされ、しっかりとレヴィを抱きしめている。空気を求めて口を開いた瞬間ねじ込まれる舌。レヴィの口内をブラッドの舌が蹂躙し、犯す。舌、歯、歯茎。口の中全てを舐め上げられ、レヴィの体から力が抜けていく。そして彼女を抱くブラッドの腕に込められた力が強くなり、2人の体は更に密着していく。

 

「……はぁ……」

 

 漸く解放されたレヴィの口から甘い吐息が洩れた。2人の口を繋いでいた愛液のような銀糸が名残惜しそうに垂れ、切れる。

 

「良かったろ?」

「うん……。気持ち良かった……。でも、でも、こんなのって無いよ。なんでこんな事するのさぁ……」

 

 とろんとした瞳から一転。大粒の涙が零れていく。

 ぼろぼろと、ぼろぼろと。頬を伝い流れ落ちるその涙が海に溶けていく。

 ブラッドはただ少女を見つめていた。そして口を開く。

 

「お前がイイ女になったからだ。だから欲しくなった。他の誰にも渡したくなくなった。俺の傍に置きたくなった。お前を奪いたくなった。それ以上もそれ以下もない。それだけだ」

「ボクの初めてだったんだぞ……。なのにこんなのって無いんだぞ……」

「弁解はしない。だがこれから先いくらでもしてやる。こいつはその手付金だ」

 

 ああ、この人はそんな人だったっけ。

 潤む紅の瞳に映る男にレヴィはそんな感想を覚える。

 いつだって自信たっぷりで、素直じゃなくて、口も悪くて、何考えてるんだか分からなくて。

 自分勝手で、どこまで行っても本当に自分勝手で、どうしようもなく自分勝手な俺様男。

 でもそんな男を自分は慕っていた。周りがなんと言おうと。

 だからこそ。

 だからこそ、こんな形でしたくはなかった。

 

「バルニフィカス!」

『Load cartridge!』

 

 愛機の名を叫ぶ。それに応え両腕のバルニフィカスがカートリッジをロード。全身を魔力が行き渡り青い稲妻が2人を包む檻となって走る。

 

「レヴィ!」

「行けないよブラッド。ボクは“今の”ブラッドのトコには行けない。そこにボクの居場所はないんだもん。ボクの居場所は機動六課だ! ボクが欲しいなら、奪いたいなら……」

 

 紅い瞳から涙を流しながら、ニッと笑う。

 

「出直してこい!」

 

 うねる稲妻。明滅する閃光。弾ける空気。それは天をも貫く稲妻の牢獄。

 裂帛の気合とともにレヴィが全魔力を開放し、自分もろとも牢獄にブラッドを閉じ込める。

 それは暴走でもあった。レヴィにも制御できない魔力はブラッドだけではなく、彼女自身をも傷つけていた。容赦なく打ちつける稲妻に成す術もなく、2人の体が舞い上がる。

 何度も、何度も。まるで糸の切れた操り人形のように2人は稲妻に蹂躙され、踊り続ける。

 そしてその稲妻も次第になりを潜め始めた頃、気を失った2個の人形が海面に叩きつけられた。

 

 

 

2

 

 

 

 状況はほぼ最悪と言っても良かった。

 やっとの事で完成したM-system。これをスバルとティアナに届ける事ができれば、事態はもっと違っていた筈だとシュテルは思う。だが同時にこうも思うのだ。

一歩が足りない、と。

 地下に入ったフォワード達。それを追うガジェット。そしてファントムペイン。

 地下に彼女達を送ったハヤテの指示は正しい。あの状況ではそれしか方法は無かっただろう。そしてシュテル達が間に合うと信じてくれてもいたのだろう。

 問題はそれよりもファントムペインとガジェットの動きが早かったと言う事だ。途中でギンガと合流したフォワード達はレリックを発見。その後、接敵してしまったらしい。

 レンと共に地下への最短ルートを下降するシュテルの顔にも焦りが見えていた。

 誰もが言う通り、現状フォワード達だけではファントムペインに敵う要素は無い。たとえ、そこにギンガが加わったとしてもだ。

 フォワード達の実力は確かに付いている。だがそれでもまだファントムペインには届かないのだ。

 訓練だけはどうしても埋まらない物が、フォワードとファントムペインにはある。

 確実に。それが彼女達の現実だ。

 

「レン、急ぎましょう。もう少しで到着です」

「ああ! 頼むぞ。それまで持ちこたえててくれ!」

 

 まるでジェットコースターの様に2人は狭く暗い空間を下降する。

 ただひたすらに、仲間達の無事を信じて、真っ暗な闇へと2人は脇目を振らずに下降を続けた。

 

 

 

 バシャバシャと水がはねる音がする。それに混じって金属同士のぶつかる音がする。薄暗い中を閃光が幾つも走る。

 

「でやぁぁぁっ!!」

 

 聞こえてきたのはスバルの声。狭いとは言え、彼女が加速を付けるには十分な空間だ。マッハキャリバーを走らせリボルバーナックルを引き絞る。対するラナロウは涼しい顔で漆黒のマントからムラマサブラスターを取りだした。光刃は出さない。鈍器とも言えるまま、彼はスバルの拳に剣をカチ合わせる。

 再び金属音が鳴り響いた。だがスバルは険しい顔をする。あれだけの加速を乗せた拳だ。それに寸前ではカートリッジをローディングし魔力だって十分に込めている。なのに彼は揺らがない。多少後退はしたものの、しっかりと真正面から彼女の拳を受け止めているのだから。

 しかも止められたのはこれが初めてではない。もう何度も止められてしまっている。

 正直、信じられない気分だ。確かに風体は漆黒のマントに身を包んだ死神の様だが、結局の所生身の人間だ。それが“自分の攻撃をいとも容易く防いでいる”というのが信じられない。

 

「ここまで見事に止められると自信失くしちゃいますね!」

「気にすんな! 十分立派な一撃だぞっと!」

 

 不意に身を引き、ラナロウはスバルをいなした。急に力を逃がされ、前のめりになったスバルの背を蹴り込んで地下水路に頭から突っ込ませる。しかし視線は既に別を向いていた。敵はスバルだけでは無い。

 すぐ目の前までギンガが迫っていた。

 スバルが単発高威力で攻めてくるのとは違い、ギンガは細かい連撃。コンビネーションを駆使しラナロウを攻め立てる。しかしこれもムラマサブラスターを器用に捌く事で全ていなしてしまった。

 姉妹のシューティングアーツを軽々といなす力量は、流石のギンガも舌を巻かざるを得ない。

 認めたくはないが、全て攻撃に力が乗る前に潰されてしまうのだ。剣術にしろ、格闘技にしろ、どれも力が乗る位置が存在する。体の動きが全て一点に集約される位置の事だ。いかにシューティングアーツと言えどもその理からは逃れられない。

 ラナロウはそれを確実に潰して来るのだ。先のスバルもそう。十分な力が乗る前に潰されている。ならばと見切られにくいコンビネーションで攻めてみたが、それでも潰されてしまう。これでは有効打など打ち込めない。

 

「流石としか言いようがありませんね。どうやったらそんなに見切れるんですか?」

「ん~、おたくらの体をじーっと見てればなんとなく分かるさ。っていうか、うちの奴らもそうなんだが、あんたらも大概目のやり場に困るデザインだな。スタイルが良いだけに尚更だ」

「真面目な顔して、何処見てるんですかっ!!」

「しょーがねーだろっ!! 見なきゃどうしようもねぇんだって!」

「問答無用! わいせつ罪も追加しておきましょう!」

「勘弁してくれ!」

 

 一端距離を取った所からギンガが体を一回転。しなりの効いたハイキックを放った。だがこれもラナロウは身を屈める事で避ける。そしてお返しとばかりに軸足を払う。当然バランスを失ったギンガが倒れるが、ただでは倒れない。片手をつくと、そのまま逆立ちし大きく両足を広げ今度は両手を軸に回転してみせたのだ。これにはさしものラナロウも対応できず、丁度下がっていた顔面に蹴りを食らうことになる。

 そこに間髪入れずスバルが飛び込んできた。この隙を逃すことはすまいと。

 勿論ギンガもそれを狙っていたのだ。スバルがタイミングを図っていたのは分かっていたからだ。

 しかし、突然水中から飛び出したそれに目を丸くする。

 それはチェーンアンカー。鎖はラナロウから伸びていた。しまったと思った時には既に遅く、ギンガの右足首をしっかりとアンカーが掴んでいる。

 

「一歩。足りなかったな!」

 

 スバルの一撃を掻い潜り彼女の懐へ。そしてムラマサブラスターの柄をスバルの腹へ痛烈に打ち込む。

 見事なまでのカウンター。そして前蹴りでスバルを蹴り飛ばしながらアンカーごとギンガを引き戻す。

 

「そらよっ! 返すぜ!!」

 

 ギンガを掴んだままアンカーを振りまわし、丁度体を起こしたスバルへギンガを投げつけた。姉妹の体が衝突し、悲鳴と水しぶきが盛大に巻き上がる。

 更にラナロウが取りだしたのは無数のグレネード。それを空中にばら撒く。

 

「ほーら、頑張って防いでみせな!」

 

 その声と共にボウガン型のライフル、ピーコックスマッシャーからビームを放った。狙いは先ほど投げたグレネード。1個が光に貫かれた。巻き起こる爆発。それに誘爆し、無数のグレネードが次々と爆発を巻き起こす。

 地下水道に轟音と衝撃が響き渡った。ルーテシアとアギトのコンビに向かっていたエリオとキャロ。1人コードフェニックスと対峙しているティアナ。誰もがその音にはっとする。そしてこの狭い空間で起こる爆発による爆風。それから必死に身を守っているも、逃げ場を失ったエネルギーの直撃を受けて3人と1匹はあえなく吹き飛んでしまった。

 無論、コードフェニックス達とてその巻き添えを食っているわけではあるが。

 

「ラナロウ……嫌い」

「そーだぞ! こんな狭いトコでンな爆発起こして何考えてんだ!!」

 

 ルーテシアの使役する人型召喚虫ガリューに守られたルーテシアが頬を膨らませている。肩にいたアギトも若干涙目だ。しかしラナロウはけらけらとそれを笑い飛ばしている。

 

「いやぁスマンスマン。ちょいと加減間違えたわ! 許せよお譲」

「……いや」

「許せで済む問題かーッ!!」

「あ~、君達。和んでる暇は無いと思うのだけどね?」

 

 こめかみに指を当てて呆れるコードフェニックスもまた若干すすけている。

 そんな彼が指差す先、この爆発に紛れて退散しようとしているティアナ達がいた。まともにラナロウ達とやり合う必要はない。要はレリックさえ守り切ればティアナ達の勝ちなのだから。とは言え。強固な守りを持つスバルとギンガとてこの爆発の威力を防ぎ切れなかったのだろう。若干動きが鈍くなり、初動が遅れてしまっていた。

 勿論それを逃すラナロウ達では無い。

 

「あんまり気が進まないんだが、我慢してくれよ!」

 

 再びチェーンアンカーが伸びる。掴んだのはキャロの足だった。頭から水路に突っ込み小さな悲鳴が上がる。そして巻き戻るチェーンに引きずられるように、少女の体がラナロウまで引き戻されていく。死神に引きずられる恐怖に身を震わせながらもキャロはとっさにケースを投げる。

 

「ギンガさんこれ!」

「キャロちゃん!」

 

 間一髪、レリックの入ったケースは近くにいたギンガへ渡された。だがその犠牲はキャロ自身。少女はラナロウまで引き戻されてしまった。

 ケースを手に持ち、ギンガはきつく奥歯を噛み締める。迂闊に手も出せない。この場合、キャロを置いて逃げるのが正解なのかもしれない。しかし、それをしたらお終いだ。どんな時でも仲間を見捨てる訳にはいかない。

 

<ギンガさん、ここは堪えて下さい>

<ティアナ? でもキャロちゃんが……>

<大丈夫。なんとか間に合いました>

<え?>

 

 ティアナの念話にギンガが一瞬振りむいた時だった。

 再び起こる轟音。壁を突き破って現れる蒼炎の不死鳥。それがキャロとラナロウを繋ぐ鎖を大鎌で切り裂く。

 水しぶきと共に舞う鎖。不死鳥とラナロウの視線が交わる。

 睨む不死鳥。嗤う死神。

 全ては一瞬。その刹那に不死鳥は大鎌を振り上げ、ラナロウはムラマサブラスターに光刃を展開する。

 だが速かったのは不死鳥だった。キャロを守る様に降り立ち、両手に構えた大鎌を力任せに振り抜いたのだ。渦を巻く蒼炎と魔力の刃がルーテシアを、アギトを、ガリューを。そしてラナロウを根こそぎ弾き飛ばす。

 だがこれに対応する者もいた。コードフェニックスだ。銃から紅蓮の炎を纏う刃を展開させ、渦を飛び越えて不死鳥に切りかかる。

 しかしその紅蓮もまた、飛来する緋炎の翼には対応できなかった。

 不死鳥の通った穴から飛び出した彼女に手には連結させ、巨大な銃槍となったルシフェリオン。コードフェニックスが驚く間もなく、槍は彼に襲いかかる。

 

「真!!」

 

 カートリッジが1基に3個。2基で合計6個ローディング。急速にルシフェリオンとコードフェニックスの間で魔力が渦巻き、緋色の炎翼が広がる。

 

「ルシフェリオンブレイカー!!」

 

 轟音、豪炎、豪熱、豪風。

 合計6発もの緋炎の砲撃がコードフェニックスを飲み込む。その威力に地下水道が大きく揺れた。まるで地下水道が破壊されてしまうのではと思える程の威力。だがそれでもまだ足りないとばかりに噴き出す緋炎の奔流にティアナ達も目を丸くするばかり。 

 そして一体何が起こったのか分からず目をパチパチしているキャロ。その頭を優しく撫でられ、彼女は漸く理解する。

 

「レンさん!」

「はいよ~。レンさん只今参上! 怪我無いか? キャロ」

 

 屈んでキャロの頬についた汚れを払って笑いかける。思わずじわりとキャロの目に大きな涙が溜まり、思わずレンに抱きついた。その背を優しく叩きながらあやすレン。

 

「レンさん! シュテル!」

「なんとかギリギリ間に合ったようですねティアナ」

 

 駆け寄るティアナ達にシュテルが笑みを見せ、2人は拳を突き合わせる。しかしすぐに表情を引き締めるとティアナは未だ熱の残る地下水路の奥へ視線を向けた。

 

「倒したの?」

「いいえ。寸での所で逃げられました。相手にはなかなか優秀な召喚魔導士もいるみたいですね」

 

 口惜しそうなシュテルに思わず苦笑いが零れる。

 そう。真・ルシフェリオンブレイカーを発射した際にシュテルは微妙な魔力の流れを感じていた。それは何かが転移する魔力の流れ。どうやら巨大な砲撃を逆に隠れ蓑にされたらしい。恐らくコードフェニックス達は既に外に移動してしまっただろう。

 

「じゃあ早く追わなきゃ! 重要参考人なんだよ!?」

「いいえスバル。これは逆に好都合です。ティアナ、スバル。貴方達に贈り物をする為に私とレンはここに来たのですから」

「贈り物? そんなの後からでも……」

「駄目です。これは貴方達がファントムペインと渡り合う為に必要な物です。今さっき実力差を思い知ったのでしょう? これは貴方達とファントムペインの差を必ず埋めてくれる物です。だから僅かばかり私達に時間を下さい」

 

 ティアナとスバルが顔を見合わせる。確かにシュテルの言う通り、ファントムペインと自分達の差は嫌という程感じている。悔しいけれど、それが現実。現状のままではどう逆立ちしても埋める事はできないだろう。

 そう。あくまで現状のままではという条件下での話だ。現状のままで埋められないのなら、埋める為の手段があれば良い。そしてシュテルにはその手段があるという。

 迷う事は無い。決断は早かった。2人の強い視線にシュテルは満足げに微笑む。

 

「決断したようですね。まずはその決断に感謝を。レン、キリエ。最初と予定は変わりましたが、このチャンスを逃す手はありません。貴方達にも演算を手伝ってもらいますよ」

「ああ! 任せておけ!」

<ギンガとエリオ君、キャロちゃんは周辺警戒お願いね~。これからちょ~っと私達動けなくなっちゃうからね?>

「は、はい?」

 

 曖昧な返事を返すギンガ。これから一体何が始まるのか全く付いていけない。勿論エリオとキャロもだ。

 しかしそんな3人を放っておきシュテルはてきぱきと準備を進めて行く。

 

「行きますよレン、キリエ。……ゼロシステム展開! マッハキャリバーとクロスミラージュとルシフェリオンを接続……リンゲージ!」

「ヴァリアントザッパーも接続確認完了。キリエ!」

<リンク確認! ゼロシステムの演算処理並列サポート開始。OKよシュテルちゃん!>

「M-systemコンバート開始します」

 

 ミッド式魔法陣がシュテルを中心に大きく展開する。その魔法陣の中、スバルとティアナもまた光に包まれた。それぞれのデバイス達のコアが明滅し、情報がコンバートされていくのが生身でも分かる。

 そして目の前にいくつも展開している空間パネルを見ながらシュテルとレンは猛烈な早さで、空間コンソールに指を走らせた。

 何かが生まれ変わろうとしている。傍目から見ているギンガ達でもそれは分かる。

 だが唐突にそれは彼女達を襲った。

 地下水道が大きく揺れる。地震かと3人が身構える。

 

「シュテル! まだなの!?」

「まだです……。後もう少し。もう少しで完了します」

「急いで! このままじゃ生き埋めになるわよ!」

 

 崩れ落ちてくる瓦礫。揺れはどんどん大きくなり、立っているのすらやっとだ。

 だがまだシュテル達の作業は終わらない。ギンガの声に答えながらも額に玉の様な汗を流しながらもシュテルとレンはコンソールを打ち続ける。

 

「あともう少し。もう少しもってくれ」

 

 レンの悲痛な祈り。その間にも揺れはますます酷くなる。

 落ちてくる瓦礫はギンガとエリオを砕き、キャロが張ったプロテクションでその瓦礫を防ぐ。

 1秒が1分にも感じられる。時間がこんなにも遅い。

 その間にも崩壊は続く。

 

「ギンガさん! あれ!」

「ちょっと! あんなの破壊できないわよ!」

 

 エリオを指さす先。遂に天井が崩落してきた。それはエリオとギンガでも破壊できない程の大きさ。

 不可避の現実。もうそれは彼女達の頭上、すぐそこまで迫っていた。




いやぁ、難産でした。
次はもっと早く投稿したいですね。
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