1
「あ~あ……」
「やっちまった……」
「……ぶい」
眼下では轟音と共に大きなクレーターができていた。そのクレーターの中心にはカブトムシを巨大化した様な召喚甲虫、地雷王が一仕事終え満足したかのように佇んでいる。
それを近くの廃ビルから眺め、大きく肩を落としているのはラナロウとアギト。ルーテシアは相変わらずの無表情でVサインを出している。……否。若干得意げだ。
「……アギト、火」
「あいよ。って、あたしをライター代わりに使うな。煙いんだよ」
「なら俺の頭から降りろ。俺を椅子代わりに使うな」
どっかりと座りこみアギトの火で煙草に火を点ける。それを肺いっぱいに吸い込み、ラナロウは大きく息を吐きだした。白い煙が青い空に流れていく様をぼーっと彼とアギトは眺めていた。
「さて、どうしたもんか」
「だな。あの地下からどうやってケースを探すよ? あの管理局員だって死んじまってるかもしれないもんな」
「あ~、そいつは問題ねぇだろ。な? コード」
「ラナロウの言う通りだね。彼らの事なら心配しなくて良いよ。ついでに言えばケースもね」
「え?」
きょとんとするアギトにコードフェニックスが笑う。ラナロウも至極面倒そうな顔でもう一度煙草の煙を吐き出した。
ジリっと音を立てて煙草の灰が落ちる。
「だって、彼らは生きているんだから」
ズンッと音を立てて、地雷王の作ったクレーターが更に崩落した。まるで落とし穴のようななったそこに落ちた地雷王がもがいているが、その巨体を囲むように現れる桃色のミッド式魔法陣と鎖が甲虫の体を絡めていく。そしてその脇をすり抜けるように飛び出したのは紺の羽と緋の炎弾だった。空中で大きく弧を描き、それらは真っ直ぐに彼らに降り注いで来る。まるで檻の様に彼らを逃がすまいと、しっかり逃走経路を塞ぎながらだ。
だが彼らに慌てる様子は無い。コードフェニックスが前に出てサークル型のプロテクションを展開し、仲間を守る。爆発と衝撃が大きく廃ビルを揺らした。
「ほらね?」
「ほらね? じゃねーよ! どーすんだよこれ!」
訂正しよう。アギトが慌てている。しかしコードフェニックス達は悠々と構えていた。むしろ彼とラナロウは楽しんでいる節すら見受けられる。だからだろう。瓦礫から飛び出した小さな影にも全く動じる様子は無い。
「でやあああっ!!」
「お、今度は小さな騎士君か。君は一体どんな攻撃をしてくれるんだい?」
「だから何でアンタはそんなに悠長な事言ってんだ!? げげっ!?」
「はしたないよアギト」
「もーヤダー! なんでルール―までこいつらと同じテンションなのさー!」
ルーテシアにたしなめられるアギトの目にはストラーダを大きく掲げ、青白い電撃を纏うエリオの姿が映っている。電撃は鞭の様にしなり、エリオは大剣の様にそれを叩きつけてくる。爆炎に重ねられる電撃。
流石のコードフェニックスも大きく揺らいだ。
「むっ? これはなかなか。っていうか俺、防御魔法そんなに得意じゃないんだけどな……」
「ならこれでトドメですねっ!」
そこに更に真っ直ぐ突っ込んでくる閃光があった。
紫の長い髪を揺らし、弓を引き絞るかの様に引かれる腕。その腕のガントレットに付いた車輪が高速回転し、彼女の拳に魔力のフィールドを形成する。
「ナックル……バンカーッ!!」
閃光の正体はギンガ。彼女の拳に発生したのは防御フィールド。強固な防御フィールドは同時に強力な鈍器だ。それを矢とした拳と共にコードフェニックスの防御サークルに叩きつける。
ピシリ。
フィールドに亀裂が入る音がした。そしてギンガは拳を振り抜いたままウィングロードの上で回転。更にもう一度腕を引き絞る。
「もう……1発!」
リボルバーナックルが唸る。今度は遠心力と体の捻りを加えた最初よりも遥かに重い拳。そして拳はその名が示す通り、杭打ちの杭となってフィールドに突き刺さる。
1度入った亀裂が一気に全体に広がった。そして障壁は砕け散る。まるで光の雨の様に、キラキラと輝きながら。
そして彼らは目撃した。
空色の道、光の雨の中を駆ける1匹の一角獣とも見紛う少女の姿を。それは獰猛で、勇敢で、力強い白き獣だ。だがその姿は何よりも美しい。太陽の光を受け純白に輝くその身体は何と幻想的で力に満ちた姿だろうか。伝説では一角獣はその角で自分よりも遥かに大きな相手にも勇猛果敢に、真っ直ぐに挑んだというが、この少女もまたその気質を受け継いだのだろうか。角を突き出す為に力を溜めているかのように、少女の拳も大きく引き絞られている。
だがその一角獣を捕えんと死神が動いた。肩にある髑髏を拳にはめ、死神は正面から一角獣の角をへし折らんと立ちはだかった。だが一角獣は恐れない。更に空の道を駆ける速度を上げ、死神を正面から迎え撃つ。
「マッハキャリバーッ!!」
『Yes! Load cartridge!』
少女の声に応え、拳から弾倉がまるまる排出された。合計6発分を一気にロードした事で、少女は全身にこれまで感じた事の無い魔力が駆け廻るのを感じる。これまでならばその魔力出力に耐えられずに、暴発を起こしてしまったに違いない。だが今は違う。信頼できる相棒が新しく得た力で助けてくれる。
拳の歯車が高速回転を始めた。魔力が拳に集約され、彼女、スバル・ナカジマの魔力光である空色の光が歯車と共に渦を巻く。
そして死神ラナロウの拳の髑髏もまたその身を割り、奥部に隠された光刃をさらけ出す。
「リボルバーマグナム!!」
「スカルヘッドナックルガード!」
その拳は一角獣の角。渦を巻く魔力は螺旋を描く一角獣の角そのもの。
その拳は死神の烙印。髑髏から突き出す光刃は死神が刻む死者の烙印。
どちらが先に貫くか。
一角獣の角か、死神の烙印か。
正面からぶつかるそれのエネルギーが反発する。行き場を失ったエネルギーは衝撃となって辺り駆け廻り、一角獣と死神の周囲を破壊していく。
だが忘れてはいけない。彼らは1人ではないのだ。
一角獣の背後から死神目掛けて飛来するペンデュラム状のアンカーが2本、左右から動けないラナロウ目掛けてやってくる。アンカーと言うよりもそれは最早刺突武器。暗器とでも言うべきだろうか。
しかし突如としてそれは大きく弾かれる。
ラナロウには分かっていたのだ。彼なら必ずそうしてくれるだろうと。だからラナロウは笑う。焦りなど微塵も無い。
「やれやれ。あれに狙いを定めるのは一苦労なんだけどね?」
「でもちゃんとやれてるじゃねぇか。さぁ、お前の相手はあいつだ。しっかり話してこい!」
「……話す事なんてないって突っぱねられるの見え見えなんだけどな。あいつの性格上……」
ペンデュラムアンカーを弾いたのは赤熱の弾丸。それを撃ったのは勿論コードフェニックスと彼の愛機である銃型デバイス、フェネクス。そして彼はそう言いながらも、仮面の下で人知れず微笑む。
嬉しくない筈がないのだ。目の前、一角獣の背から宙高く飛び出したのは、紛れもなく彼の。コードフェニックスではなく、ティーダ・ランスターの実妹、ティアナ・ランスター。その美しく成長した姿が見られたのだから嬉しくない筈がない
リニアレールの時、ひと目で分かった。間違いない。あれはティアナだと。二度と会えないと思っていた。この世界に戻って来てから会う気になればいつでも会えたのだ。だが彼はそれをしなかった。
自分には会う資格は無いのだと。幼い妹を1人残して逝ってしまった自分には兄と名乗る資格は無いのだと。しかしそれでも嬉しさは止められない。喜びはとめどなく、勝手に湧き上がってくる。まるで夢のような邂逅にコードフェニックスの胸は熱くなる。
だが夢は直ぐに覚めた。喜びは同時に恐ろしくもあったのだ。このままでは自分は妹と戦う事になるだろう。果たして妹と対峙した時に、自分は銃を握れる事ができるのかと。
そしてその迷いを抱えたまま、ホテル・アグスタでの2度目の邂逅。
妹は魔力を暴走させた。すぐにでも飛び出したかった。飛び出して止めてあげたかった。
だがそれは彼の役目ではない。もう既に彼女の周りには仲間ができていたのだから。
そう。今ラナロウと対峙している青い空の様な少女だ。彼女がティアナに向かっていく姿を見て、彼は安心する。自分の妹はもう1人ではない。自分の傍を離れなかったあの幼い妹ではないということに。
だからゾディアックが彼女に手を差し伸べ、誘惑した事は許せなかった。
ティアナはこちらに来るべきではない。来てはいけない。
道を間違えてはいけないのだ。
3度目の邂逅となった先ほどの地下水道。初めてティーダはティアナと銃を交えた。
そこに迷いは見られない。安心した。どうやらホテル・アグスタの件を無事に乗り越えたらしい。
これで迷うことなく、ティーダはコードフェニックスになれる。
妹を、ティアナ・ランスターという1人の相手として見れる。
そして、今。4度目。
ティーダ・ランスターは、コードフェニックスとして、ティアナ・ランスターの障害になる。
「大人しくお縄にかかりなさいっ!」
「御免被るね!」
音声は魔法で変えてある。これで彼女が自分に気付く事はないだろう。
後は捕まらないように、彼女を迎え撃つだけだ。
ティアナから放たれる橙色の弾丸をコードフェニックスはバックステップでかわす。
スバルとラナロウを飛び越えて現れたティアナは、着地と同時にクロスミラージュから次々と魔法弾を撃ち、コードフェニックスを牽制する。
その姿はスバルとは対照的に漆黒。いつもは白いジャケットを羽織っているが、それも今は白は黒へ、青は赤へ。インナーと同じ色構成のジャケットへと変化していた。そして両腕には肘まで覆うガントレット、両足にはブーツが追加されている。
「へぇ、新機能かい? あの子もそうだけど、この短期間でデバイスをアップデートしたのか?」
「ただのアップデートじゃないわ! レンさんとシュテルが託してくれた貴方達と戦う為の力よ!」
ティアナの周りに橙色の魔法弾が次々と姿を見せた。それは流星となってコードフェニックス目掛けて飛翔する。ホテル・アグスタでは制御できなかった魔力の流星だ。コードフェニックスもまた同様に炎の羽を弾丸として放つ。流星と羽。正面から衝突したそれが爆発と閃光で辺りを満たした。
その閃光の中から飛び出してきたペンデュラムアンカー。魔力のワイヤーは意思を持っているかのように動き、先端のペンデュラムをコードフェニックスへ導く。だがコードフェニックスはフェネクスをそれに叩きつけるようにして弾き、防ぐ。
見ればティアナがいない。どこにいったかと見渡すと彼女は既に右側面に移動していた。虚を突いたつもりだろうが、まだ甘いとコードフェニックスはもう1挺のフェネクスを撃つ。
しかし、それこそがティアナの作戦。
弾丸がティアナに着弾するや、その姿は蜃気楼の様に揺らぎ、消える。
逆に左側面に彼女が姿を見せ、クロスミラージュの銃身に追加された短剣を振り降ろした。
間一髪。いち早くティアナの動きに気付いたコードフェニックスがフェネクスの銃身でそれを受ける。
弾かれたティアナもその身を反転させると、クロスミラージュを突き付け発砲。しかしコードフェニックスも半身ずらすことで弾丸をかわす。グリップでクロスミラージュを弾くと、今度は逆にティアナにフェネクスを突き付けた。発砲。だがそこにティアナの姿はもう無い。ガントレットから飛ばしたペンデュラムアンカーを遠くの床に突き刺し、自身の体をそちらへ強制移動させたのだ。そして着地と同時に足を振り上げる。そこからも放たれるアンカーがコードフェニックス目掛けて飛ぶ。無論、フェネクスで叩き落とすのだが、その時既にティアナは宙を舞っていた。しなやかな脚線美から描かれる弧。体を大きく捻っての浴びせ蹴りだ。そして振り降ろされる踵がコードフェニックスの肩を直撃。思わず膝をついた彼にティアナはチャンスとばかりにクロスミラージュを突き付けた。痛む肩に鞭打ち、コードフェニックスはフェネクスを振り上げ、甲高い音を立てて互いの銃身がぶつかる。両者弾かれても尚、もう1挺銃を突き付ける。奇しくも弾かれた腕を互いに伸ばし、トリガーにかかった指を抑えながら。
「……同じシューターでガンナーなら同じ事考えるってわけだ」
「そうね。まさかここまで思考が一緒だと思わなかったわ」
互いの口元に笑みが浮かんでいた。互角の攻防。地下水道では起こらなかった事だ。
この短時間の中で何が起こった? 能力が上がっているにしてもこれは異常だ。地下水道では圧倒されていたティアナが、いきなり自分の動きに食いついている。
仮面の下でコードフェニックスは思考をフル回転させる。やはり鍵はティアナの姿だ。確かクロスミラージュと言ったか。あのデバイスがアップデートされているのは間違いない。だがアップデートはデバイスだけだ。ティアナ自身がアップデートされているのではない。
ティアナは最初、自分達と戦う為に託してくれたと言っていた。
一体どんな手品を使った?
今は姿を見せない青年と少女にコードフェニックスは大きく舌打ちを鳴らした。
2
「M-systemの正常稼働を確認。良かった。システムは無事に機能しているようですね」
「ああ。どうやらHD-Linkが良い感じに機能してるみたいだな」
スバルとティアナがラナロウとコードフェニックスと対峙している場所から少し離れた廃ビルの屋上。
シュテルとレンが空間ディスプレイを開きながら、2人の様子を見ていた。その画面には逐一情報が流れ、バイオリズムの波を描いている。
その様子をぽかんと後ろから眺めているキャロとフリード。一体何が起こっているのか彼女自身も分からない。
あの地下水道の崩落時。キャロは正直諦めかけていた。ギンガとエリオが砕けないと声を上げる中、見上げた天井がみるみる迫ってくるのだ。破壊も回避も無理。来るであろう衝撃にキャロは思いっきり瞳を閉じてしまう。
しかし衝撃は来なかった。いや、正確には“頭上からの衝撃は”来なかったのだ。
ではどこから来たのか。
真下である。
急な浮遊感と突き上げるような衝撃。気付いた時には彼女は突如できたクレーターの中で瓦礫と共に倒れていた。
何が起こったのか理解できない。分かる事と言えば、拳を地面に叩きつけているスバルとギンガの姿が目の前にいる事だろうか。その2人も彼女を背にしている為に表情は窺えない。
そしてスバルは見た事もないバリアジャケットに身を包んでいた。その姿は正に純白。左腕には白く大きな盾。右手には角の様な刃を伸ばしたリボルバーナックル。
キャロの教官である高町なのはを彷彿させるも、その白は彼女よりも白に輝いている。
「大丈夫? ケガしてない?」
「ティアナさん、その格好は……」
「ギリギリ間に合ったみたいなの。レンさんとシュテルの切り札がね」
声をかけられ顔を上げると、ティアナもまた姿が変わっていた。白から黒へ変わったバリアジャケット。
ツインテールの髪を解き、1つにまとめた彼女が不敵な笑みを浮かべている。
その様子に思わず首を傾げたキャロに、ティアナは片目を瞑って悪戯な笑みを浮かべた。
そして現在。
スバルとティアナに起こった変化について十分な説明もされぬまま、こうしてキャロはレンとシュテルの後ろで待機している。彼女の仕事は地上にいた巨大な召喚虫を捕縛する事。そして、ここで“ケースを持って待機”する事だ。
ケースの中には厳重に封印されたレリックが入っている。これを守るのがキャロの今の任務だ。
「なんだか元気無いなキャロ。足、痛むのか?」
「え? あ、いいえ。そんな事ありませんよ」
ぽんと頭にレンの手が置かれた。空間ディスプレイを閉じ、キャロを見て心配した顔をしている。思わず口をついて出た言葉だが、実は痛い。ラナロウのチェーンアンカーに掴まれた足は今もじんじんと鈍い痛みと熱を持っている。それこそ立っているのもやっとだ。
「嘘はいけませんよ。ですが、もう少し我慢して下さい。終わったら治療しますからね?」
「はい……。ごめんなさい」
やっぱり見抜かれた。シュテルの肩越しの視線に彼女は肩を小さくする。
だがシュテルの言う通り、もう少しだ。もう少しで、ファントムペインを捕まえて全てが終わる。
そう思っていた。
しかしそれは脆くも崩れ去る。
彼らですら、予想していなかった要因によって。
『レンさん、シュテルさん。聞こえますか!? こちら機動六課ロングアーチ! 応答願います!』
突如入る通信。切羽詰まった声の主はグリフィスだ。
「グリフィス、どうした?」
『あ、レンさん! 良かった。無事ですね?』
「無事も何もこっちは順調なんだが……、何があった?」
空間ディスプレイの向こうで安堵の溜息をつくグリフィスに、レンは嫌な予感を覚える。
そもそもはやてはどこに行った? どうやら場所は機動六課かららしいが、確かはやてが残っていたはず。彼女を差し置いてグリフィスが連絡をしてくる辺り、緊急事態なのは間違いない。
レンの思いを彼も感じたのだろう。眉間に皺を寄せて、グリフィスは表情を引き締めた。
『……先ほど、何者かによって輸送用のヘリに向けて砲撃が放たれました。魔力推定オーバーSランクの純粋物理破壊型です。現在状況確認中ですが、ノイズが酷く未だヘリの安否は不明です』
「おいっ! 馬鹿な事言ってんなよ!? まだ伏兵が居たってのか!?」
レンの怒号が響く。その声にキャロがびくりと体を震わせた。しかし構わずレンは画面のグリフィスに食い下がる。
送られてくる映像と解析情報はレンを更に苛立たせた。オーバーSランクの砲撃。しかも純粋物理破壊型。その威力はヘリくらいなら破壊する事も容易いものだ。
冗談じゃない。だがデータは変えようの無い事実をレンに告げている。
大きく舌打ちを鳴らし、急いで他の隊長陣の様子を確認する。誰も助けに行けなかったのか? だがなのはとフェイトは交戦中。とてもじゃないが助けに行ける状況とは思えない。そんな2人もヘリの状況を確認できたのだろう。手を止めて放心状態だ。レヴィは通信すら繋がらない。あちらはあちらで緊急事態だ。しかしどうやらリインが確認に向かっているので、そちらは任せる事にする。
ならヴィータとシグナムは?
……駄目だ。ヴィータは他部隊の海上演習からの途中でガジェットハンブラビと接敵し、足止めされている。シグナムも同じだ。どうやら聖王教会のシスターシャッハと移動していたようだが、その途中で彼女達も接敵したらしい。とてもじゃないが間に合う距離ではない。
「くそっ! はやては!? ディアーチェとユーリもいるだろ!?」
『部隊長は長距離砲撃の最中でした。ディアーチェさんとユーリさんも通信が……』
『案ずるなレン。それにグリフィスもだ』
やけに落ち着いた声で割り込み通信が入って来た。
声の主はディアーチェ。見れば彼女は既に魔法を展開している。空中に浮かぶ幾十幾百の紫剣。エルシニアダガー・ジェノサイドシフトが完成し、全ての刃がある1点を見据えていた。
『我とユーリは無事ぞ。それにあれもな』
フフンと鼻を鳴らすディアーチェの視線の先にはもうもうと煙が立ち込めている。
その煙も風にあおられ、その煙が晴れていく。
ゆっくりと、ゆっくりと風は煙を散らし、その身で隠していた大きな物体を白日の下にさらしていく。
煙の下から姿を見せたのは、無傷で飛ぶJF-704式ヘリ。
そして、そのヘリを守るように浮かぶ淡緑色の球体。
GNフィールドを全開にしたキールの姿だった。
「キール!? どういう事だ」
『レン、説明は後だ。今はこんな無粋な真似をした者を炙りだす!』
驚くレンを制し、ディアーチェはエルシニアクロイツを振り降ろした。その軌跡に合わせて空中に展開した紫剣が次々と解き放たれる。弧を描き、それらは一箇所に集中。ビルの障害があってもお構い無し。
邪魔する障害があるのならばそれすらも食い破り、紫の短剣は全てを蜂の巣にして縦横無尽に駆ける。
それは獲物を見つけた猟犬か。
炙りだされたのは捕食される獲物。
もうもうと立ちこめる煙の中から人影が飛び出したのだ。
1人は大きな砲台を抱え、ビルの上を器用に飛び跳ねる。もう1人はマントをなびかせながら、ビルを跳ねる者の後ろを飛ぶ。迫る短剣を掻い潜り彼女達は逃げる。逃げなければ短剣に食いつくされてしまうからだ。
それはいけない。宜しくない。非常に宜しくない。だから彼女達は必死に短剣から全力で逃げる。
だが猟犬だけが獲物を狙いのではない。忘れてはいけないのだ。
遠くから彼女達に狙いを定めるハンターがいることを。
突如として進路を塞ぐように白い光が降り注いだ。長距離砲撃が雨の様に2人に襲いかかる。
あまりの事に2人の顔が引きつるがもう遅い。悲鳴を上げながら、あえなく吹き飛ばされてしまった。
「あいたたたた~。なんの躊躇いも無く長距離砲撃を撃ってくるとは……」
「無駄口叩いてる暇ないよクアットロ!」
頭を抱えて唸る眼鏡姿の少女に、砲台を抱えた少女が檄を飛ばした。
2人とも足を止められてしまった。すぐに動かなければ捕まってしまう。クアットロと呼ばれた少女を抱え、すぐに動こうとした矢先、彼女達を囲んだのは追い詰めた紫剣。獲物を早く食いちぎりたくて仕方の無い飢えた猟犬。
「追い詰めたぞ鼠め。よくもまぁ、こんな大それた事をしてくれたな!」
「せやな。大人しく捕まってほしいんやけど……。そうはならへんか。やっぱり」
傲岸不遜な声と、諭す様な声が突如としてかけられた。振り返るディエチとクアットロの背後に降り立ったのは夜天の王と紫天の王。はやてとディアーチェだ。
確かにこのまま捕まってくれれば良し。だがはやての言う通り、そうならないのは明白だ。
彼女達には戦う意思がある。砲台を構え、術式を起動させようとしている。決して諦めていないその姿と目が雄弁にそれを語っている。
「機動六課部隊長八神はやてです。そんでこっちが機動六課ロングアーチ、トランプ隊のロード・ディアーチェ。……なんでこんな事したか。聞かせてくれないか?」
「下手に逃げようなどと考えるなよ。一瞬でもそんな素振りをしたら、我が紫天の短剣が容赦なくお前達を貫く。非殺傷設定とは言え、お前達の動きを止めるくらいは雑作もないことだからな」
柔らかく問いかけるはやてに対し、ディアーチェは高圧的な声で警告を鳴らした。
生半可な脅しでは屈しないだろう。せめて腕の1本や2本を持っていく程の脅しでなければ。
だがそれはディアーチェの独断だ。はやてはそれを望んではいない。
「やっぱり、アカンか?」
「……」
「……」
対してディエチとクアットロ応じない。ディエチは砲台を構え、クアットロは術式を起動させようとしている。はやてが大きな溜息をつき、ゆっくり1歩前へ踏み出したその時だった。
突如降り注ぐ剣の雨。淡緑の刃は紫剣を砕き、ディエチとクアットロの前に1人の青年が降り立つ。
それは彼女達をこのような状況に追い込んだ張本人。
キール・アルドだった。
「やはり来たかキール」
「悪いなディアーチェ。俺ができるのはヘリを守るという事だけだ。こいつらを捕まえるというのには協力できんよ」
「構わん。あれはお互いの考えが一時的に同じであったという結果だ。既にヘリは守られた。ここからは再び敵同士ということだ」
スッとキールが剣を掲げた。まるでクリスタルの様に透き通る淡緑の刃が、太陽の光を反射しギラリと輝く。
キールに迷いは無い。剣の輝きはそんなキールの心情を表すかのように、1点の曇りも無い。
対してディアーチェも紫天の書を開き、エルシニアクロイツをキールに向けていた。
もう何度も戦った。かつての仲間でも、譲れないものがある。
エメラルドの瞳にも曇りは見られない。
「キール。帰ったら話を聞かせてもらうよ」
「ああ。俺も聞きたい事がある。……逃げるなよ? クアットロ」
「……なんの事かしら~ん?」
ディエチに返事をした後、キールはギロリとクアットロを睨みつけた。その体から一気に噴き出すのは明らかな殺気。その殺気にディエチが一瞬身じろぎしてしまうほど。しかしクアットロは小首を傾げ、軽い口調でそれを受け流す。
相変わらず食えない女だ。キールは本気だった。本気でクアットロに向けて殺気を放っていた。
しかし彼女はそれを柳の様に受け流している。彼女以外の誰もが、その殺気に躊躇を見せる中だ。
はやてとディアーチェを一瞥する。同じ顔で険しい顔をしている。
そうだ。それで良い。
例え少しでも攻撃を躊躇ってくれたのならそれで良い。
何故なら、彼女が間に合ったからだ。
キールの口元に薄く笑みが浮かぶ。
<ディアーチェ! 気をつけて下さい! 上空に新たな魔力反応。すごく大きいです!>
「何だとッ!?」
ユニゾンしているユーリの声にディアーチェが空を仰ぐ。
晴天の空。そこに生まれる真っ黒な闇。太陽の光を飲み込み、空の青を飲み込み、それでもなお艶のある黒。それは昼に生まれた夜そのもの。どこまでも自然で、そこにそれがあるのが当たり前であるかに様な、夜の黒。
それはあまりにも自然であるのがとても不自然で。不自然すぎて紫天の王の思考が一瞬止まる。頭が、思考が。突如のイレギュラーを認識できない。自然であることが不自然だと認識できていない。 2つの相反する事象が紫天の王の脳でパニックを起こし、引き起こした一種の思考停止したのだ。
それは時間にしてほんの刹那の思考停止。しかし、明暗を分けるには十分な刹那。
闇から、2匹の獣が放たれた。
<魄翼自動展開! 並びにパンツァーシルト展開!>
動けないディアーチェに代わり、ユーリが彼女を守るように魄翼を展開させた。同時にベルカ式魔法陣の盾を発生させる。そこに闇の獣が舞い降りた。魄翼と魔法陣の盾に飛びつき、巨大な爪を突き刺す。
彼女達は知っていた。その獣の正体を。記憶が蘇る。忘れもしないその姿。両手に巨大な爪を携えた、単眼の機獣。確かに彼女達はその獣の正体を知っている。
だからこそ信じられない。何故、それがこの場に居るのかが。
「なっ……なんでこ奴が……」
<ディアーチェ! 防御壁が、魔力が結合解除されていきます!>
「ちぃっ! AMFか!」
見ればみるみる盾が霧散していく。そして残った魄翼も機獣によって強引にこじ開けられていく。 必死に魔力を送り込むもその魔力が結合できない。機獣の爪から発せられる強力なAMFがディアーチェとユーリの魔力を掻き消していく。
見ればはやても同じ状況だった。必死に魔力を結合させようとしているが、追いついていない。
そして遂に魄翼もこじ開けられた。がら空きとなったディアーチェの前で機獣が笑うかのように単眼を光らせる。マズイ。そう思った時は既に遅く、次の瞬間ディアーチェの体は機獣の放つ黒き閃光に飲み込まれた。
「がぁっ!?」
「きゃあ!!」
そのショックでユニゾンが解除され、2人の体が地面を何度も転がる。防御を碌にできない所へ漆黒の魔力砲撃。暗黒甲冑を着てもなお、ディアーチェの体を突き抜ける衝撃に体の自由が奪われている。間違いない。殺傷設定がされている。今は暗黒甲冑の防御力に助けられたが、体中が1撃で悲鳴を上げており、手足がまるで木偶の様に動かす事ができない。衝撃が痛みになって駆け廻って頭が回らない。それでもなんとかユーリの体を抱きあげた。意識は無いが呼吸はある。気を失っているだけの彼女に思わず安堵の溜息をこぼした。
だが、気を抜けば今にも意識は切れてしまいそうだ。何度も頭を振るが、体は正直だ。この状況で体は自己の防衛の為にディアーチェから意識を奪おうとする。
そんなはっきりしない意識を必死に繋ぎとめていると、キール達の前に闇が下りてきた。単眼の機獣が舞い戻ると、その体を守るかのように鎧となってその身を包む。そして闇は翼を広げる。数は4枚。纏う甲冑姿は漆黒。機獣の鎧は鮮血の赤。そして左腕には直接装着されたパイルバンカーとでも言うべき槍射砲。右手には鞭。
何よりも、彼女の銀色の髪と紅の瞳にディアーチェはおろか、はやても大きく目を見開いていた。
「なん……だと……。貴様、その、姿は……」
「久しいなディアーチェ。4年振りといった所か」
その姿はディアーチェも知る、彼女の姿。
しかしてその声は全くの別人。だがその声の主もディアーチェの知る彼女の声。
「そんな……。嘘やろ? 蘇ったとでも言うんか? ありえへん……。あの子は。あの子は満足して、天寿を全うしたんや! あんた、一体何者や!」
シュベルトクロイツを向ける手がカタカタと震えている。その顔は蒼白。唇も真っ青。それでもはやては気丈に声を上げた。信じられない。信じたくない。はやてにとってそれは悪夢そのものだ。だが現実に目の前にいる女性ははやての知る、あの女性そのもの。
「……オリジナルの事を言っているのか。そうか。そうだったな。貴様はナハトヴァールが食い損ねた最後の王だったな。だが、安心して良いぞ」
薄く笑うと同時にシュベルトクロイツが宙を舞った。はやての手にじんじんと痛みが熱を持つ。
それは目の前の女性が振るった鞭が、はやての手からシュベルトクロイツを弾き上げた為。
そして女性がはやての目の前に素早く移動する。
「私は別人だ」
ドォン!
それは腹の底にまで響く重苦しい音。
ディアーチェがそれを認識した時、すでにはやての体ははるか後方にあった。糸が切れた人形の様に、ただその慣性に身を任せ、はやてが地面を何度も跳ねて転がる。
呼びかけても返事は無い。騎士甲冑の腹部が弾け、素肌が見えている。そして、口から赤い血がつぅっと流れ落ちた。
「子鴉!!」
「魔力を槍射砲に乗せて直接撃ちこんだ。外傷はそれほど目立たなくても、内臓はどうだろうな」
「貴様ぁぁぁぁッ!!」
淡々と語る女性にディアーチェは怒りの咆哮を上げる。怒りは痛みを忘れさせ、目の前に広げた紫天の書が紫の輝きに包まれた。ディアーチェの背後に生まれる幾つもの魔法陣。空間が揺らぎ、その魔法陣から次々と召喚される紫剣。エルシニアダガーよりも大きいその剣の名はドゥームブリンガー。
「ふむ。なかなかの魔法じゃないかディアーチェ。だが良いのか? その体でそれほどの魔法。体に負担も大きかろう?」
「五月蠅い! ここで貴様を屠ればそれで済む事! 我が剣の軍勢にて地獄へ還れ、この魔女がッ!!」
涼しい顔の女性に向けてディアーチェは剣を矢の如く次々と放った。剣の雨は驟雨。一過性の激しい豪雨。それらが狙うは銀色の魔女。
だが、しかし。
「魔女とは酷いな。我の事は夜の女王と呼べ。なぁ? 紫天の王よ」
再びあの音が響いた。ディアーチェの腹部に突きこまれた槍。自らを夜の女王と呼ぶ女性の槍射砲の槍がディアーチェの腹部にめり込んでいる。そして次の瞬間、ディアーチェの体を魔力が突き抜け、背中から一気に噴き出し、遅れてディアーチェの体がまたもや後方に吹き飛んだ。
地面に叩きつけられた痛みよりも、内蔵が掻きまわされた感覚の方が酷い。地面に四つん這いになったディアーチェは腹の底からこみあげる吐き気を我慢できず、遂に吐き出す。
びしゃびしゃと彼女の口から出てきたのは、どす黒い血。
しかしディアーチェは咳き込みながらも、口の血を拭い銀の女性を睨む。
「……覚えたおけディアーチェ。いや、今一度その目に、頭に、記憶にしかと刻みつけよ。我はアメリアス。ナハトヴァールと融合し、1つになった夜の女王アメリアス。そして新生した我が分身バルバトス・ミラージュを!!」
夜の女王は高らかに宣言する。
その背後、魔法陣からせり上がって来るのは孔雀の羽を持つモビルスーツ。
ジェネレーションシステムでの決戦において、ナハトヴァールが選んだ機体。かつて純白だったその体は青く染まり、背にある孔雀の羽は赤く輝いている。
あの機体が再び目の前にいた。
そして声高らかに笑い声をあげるアメリアス。
(この屈辱忘れんぞ……。いつか必ず、この屈辱を晴らして見せる)
「だから、首を洗って待っていろ。アメリア……ス……」
震える手を伸ばすも掴むは空。霞む視界には孔雀の羽を持つモビルスーツと夜の女王。
高らかに笑う夜の女王の声にディアーチェの意識は暗転し、そのまま闇に沈んでいくのだった。