魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第28話 人・機械・道具

1

 

 

 

 ジェイル・スカリエッティは笑いを噛み殺していた。

 それはもう必死に。でないと大声を上げて笑いだしてしまいそうだ。1度笑い出してしまえばきっと際限なく笑える。狂ったように笑える自信がある。それこそ笑い死にしてしまっても文句は言えないくらい。

 それほどまでに愉快痛快雨あられ。なんとも素晴らしい快事だ。

 いやいや待て待て。ここで笑い死にするのは簡単だ。しかしまだ死ぬには早い。この後にまだ大きな祭りが控えているのだから、こんな所で死んでしまっては面白くない。

 

「紳士は何時如何なる時も冷静でいなくてはな。そう思わないかい? キール君」

「……アンタが紳士なら世の中全て紳士だろうよ」

「それは随分な言い草だ。君は紳士というものをまるで分かっていない。真の紳士とは何事も楽しむ心の余裕を持っているのだよ。だから私は今、実に楽しい。実に面白い。君に剣を向けられているこの状況が堪らなくおかしくて仕方がない」

 

 椅子に座ったまま余裕不敵の笑みを浮かべる金眼青髪の青年。

 その青年に剣を向けた茶髪の青年、キール・アルドは忌々し気に舌打ちを鳴らした。

 この男、正気か? 刃は既に喉元まで来ている。後はキールが少しでも腕に力を入れ、1歩前に踏み出すだけで刃はすっとスカリエッティの肌に滑りこむだろう。普通ならば多少なりとも恐怖を感じて然り。

 なのに目の前の男は恐怖の欠片すらない。キールが本気の殺気を放っているにも関わらず、だ。

 肝が据わっているのか、ただ狂っているだけなのか。

 それとも、自身の“死”ですら娯楽の1つでしかないのか。

 ただここで1つ言える事がある。

 この男に“死”の脅迫は無意味だという事だ。

 

「スカリエッティ、もう1度答えろ。お前、カチュアがあそこにいるって分かってて俺達に攻撃させたな?」

「さて、何の事かさっぱりだね。私はその様な少女は知らない。ただそのカチュアという少女と共にいた被検体にのみ興味があっただけさ。何度でも答えてあげるよ。私はその少女を知らない」

「なら質問を変えてやる。お前はその被検体が人間で、誰かが傍にいると分かってて攻撃させたのか?」

「その答えならイエスであり、ノーだ。まずはイエスから。被検体の傍に誰かが居たというのは知っているよ。次にノーだ。君は被検体を人間だと思っているようだが、あれは人間なんかじゃない。ただの被検体だ。道具なのだよ。よって被検体が人間だという君の論理に私はノーと答える」

「ほう。ならナンバーズもゼストの親父も道具って事か」

「それは違う。彼と彼女達は人間さ。ゼストはれっきとした人間。そこに私の技術が入り強化された人間だ。それに娘達も道具等ではない。確かに人ならざる生まれかもしれないが、人間だ。道具では無いし、道具としても扱っていないし、道具だとも思っていない。まあ確かにあの被検体は確かに人の形をしていて、きっと意識、個、命をもっているのだろうよ。しかしそれは付属品に過ぎない。道具は道具。道具として生まれ、道具として扱われる以上、私の中で道具以上にはなり得ない」

「下種が……」

「何とでも。しかしそれが私の人間と道具の価値観なんでね。今更変えるつもりはないよ」

「そこまでにしておけキール。こいつに何を言っても無駄だ。そもそも考え方の価値観が違い過ぎる」

 

 次第に興奮してきたキールの肩に手を置いたのはラナロウだった。その後ろにはコードフェニックスとゾディアックも居る。しかし静かな口調とは裏腹。誰もが怒りを堪えているようだった。もしもここにブラッドが居れば、彼だけはスカリエッティの言葉の意味を怒らずに認識するだろう。しかし生憎と彼は自室で療養中。つまり、誰もスカリエッティの言葉に怒りと不快以外の感情を表すことはない。

 

「俺達がカチュアに攻撃を仕掛けたのは変えようの無い事実だ。知らなかったじゃあ済まされない事をした事には変わりない。ともかくあいつは無事だったって事を喜ぶことにしようぜ」

「でもラナロウさん!」

「良いかキール。レン達に剣を向けた時点でもう俺達は何も言えないんだよ。そこに今回カチュアが加わった。それだけの事だ。……お前だって納得してあいつに剣を向けたんだろ?」

 

 反論は許さない。そう言いたげにラナロウの手に力が入っている。

 そしてキールはもう1度大きく舌打ちを鳴らすと剣を引いた。プロテクトスーツが解除され、暗い表情のアミタが姿を見せるとキールの手を取る。これ以上はやめて。そう言いたげに。

 分かってる。分かってるさ。

 アミタの目がキールの燃え上がった熱を一気に冷ます。多分この中で一番心を痛めているのは彼女に違いない。キリエとも敵対し、下手すればカチュアを撃墜していたかもしれない状況に、この少女が心を痛めていないはずがない。全ては目的達成の為、敢えて自分達と同じ茨の道に身を投げ出してくれている。

 だからこそのスカリエッティへの怒りだったのだが。確かにこれ以上は止めておこう。

 考えてみれば、もうキールにかつての仲間の事で怒る資格は無いのだから。

 

「話はまとまったかい? ならば早速状況確認といきたいのだが?」

「好きにしろ」

「そうさせてもらうよ。ではこの画面を見てくれたまえ」

 

 映し出されたのはスバルとティアナだった。ラナロウとコードフェニックスが対峙した、新しい姿の2人。スカリエッティはさも楽しそうにその映像を見ている。

 

「どうだい、素晴らしいだろう。セインの指先カメラの解像度はここまで上昇した。いやぁ苦労したよ。なかなか良いレンズが手に入らなかったものでね。結局自作するしかなかったんだが、なかなかどうして。上手く撮れているじゃないか」

「至極どうでも良いな。っていうか自作なのかよ! アンタ本当に暇人だな!」

「そう褒めないでくれよラナロウ君。照れてしまうではないか」

「……もういい。さっさと続けてくれ。カメラの事は後で聞いてやるから。でないといい加減俺も堪忍袋の緒が切れそうだ……」

「ならばこの話は後にしよう。いやぁ残念だ。実に残念だ。ハッハッハッ!」

 

 この野郎、キールじゃないが本気でぶった切りたくなってきた。

 おちょくるかの様にくるくると回っているスカリエッティに1度はキールを止めたラナロウすら、わなわなと肩を震わせている。というか疲れる。誰かこいつをなんとかしてくれ。

 そんなラナロウを尻目にスカリエッティは画面を次々と切り替えていく。ラナロウに肉薄するスバルの姿。コードフェニックスと銃撃戦を繰り広げるティアナの姿。こうして改めて見てもその動きは見事だ。  

 いや、見事なのだが……。

 何か違和感を覚える。何か、こう釈然としないものがある。客観的に見れば見る程、その違和感はラナロウの中で大きくなっていった。見ればキールも、ゾディアックも首を傾げていた。アミタは何か気付いた様子だが、如何せん声が出ないし念話もできない為それを伝える事ができない。コードフェニックスは……、仮面だから表情が読み取れない。

 

「ふむ。どうやら難儀しているようだね。では答え合わせといこう。君達が感じているだろう違和感。それは彼女達の動きに全く迷いもないからさ。そう動く事が全て初めから決まっているかのように、全く迷いが無い。ふむ、少し言い変えよう。彼女達の動きには思考と反射のタイムラグが全く無いんだ」

 

 スカリエッティは語る。視覚などの情報を脳が判断するのが思考。体が反応するのが反射。そこには必ずと言って良い程にタイムラグが存在するものだ。しかし彼女達にはそれが無い。それこそ未来が見えているかのように、今の動作をする前から次の動作が決まっているかのような動きをしている。

 これは言うほど簡単な事では無い。相手がいるのであれば、1つの動作に対して相手がどんな動きをするかなど、戦いという状況が目まぐるしく変化していく中では幾通りも存在するものなのだから。達人クラスになればその状況に追い込む事はできるだろうが、それでも数通りの状況に絞るに過ぎない。つまりよっぽどレベルが離れていなければ、決まった動作に追い込む事など不可能。そして相手がどんな動きをした所から次の動作への判断までにはどうしてもタイムラグが生まれて当然なのである。

 

「つまりあれかい。彼女達は俺達の動きを読み切ってたって言いたいのかい?」

 

 コードフェニックスの疑問ももっとも。しかしそれは当人が1番分かっている事でもある。

 答えはNoだ。読み切っているのであれば、そのまた一手先の行動をして先の先で常に優位に立てば良い。しかしそんな状況は訪れなかった。互角はあってもそのバランスが崩れる事はなかったのだ。

 

「いや、それはあり得ないだろうね。それより私はこう考えるのさ。君達は彼女達1人1人と戦っていた訳ではない。2人ずつと戦っていたのだとね。キール君、君ならこの感覚が分かるんじゃないかい?」

「……ユニゾン。いや、デバイスが思考の補助をしていた? 俺とアミタ。レンとキリエの様に」

「Good。物分かりが良くて助かるよ。敢えて付け足すとするなら動作。つまり反射の補助もしているだろうね。いくら思考が早くても反射にはタイムラグが存在するとは先に説明した通り。でなくてはこの仮説は成り立たないのだよ」

 

 実に楽しげなスカリエッティの表情が憎たらしい。しかしその言い分には納得せざるを得ない。

 ラナロウとコードフェニックスはそれを直に体験しているから尚更だ。

 そしてスカリエッティの仮説は概ね正しい。

 彼らは知らないがそれこそがレン達が作りあげたシステム、M-Systemなのである。

 概ねと銘打ったのはそれだけでは不完全だからなのだが、骨子としては間違っていない。そしてそれはスカリエッティも分かっている。確かにデバイスの処理能力は人間を上回るだろう。しかしデバイスがいくら思考と反射の補助をしていても限界はある。とっさの反応、判断とはそれほどまでに難しいのだ。

 ならば答えはおのずと1つに帰結する。予めデバイスに記録という形でデータをインストールしておけばいい。後は状況に応じてデバイスが処理し、反応と判断を下す。それがスバルとティアナの動きの答えだろう。

 

「人機一体とでも言うのかな。私の戦闘機人とはアプローチこそ違うが、まぁ似た様なものだろう。私は人の体に直接機械の力を取り入れた。彼女達は生身のままで機械の力を取り入れた。科学者としてこのアプローチには敬意を表するよ」

 

 相変わらずスカリエッティは楽しそうだ。それをキール達は目を細めて眺めている。

 きっと画面の少女達の後ろにはレン達が居る。このシステムを組んだのは彼らに違いない。

 何故なら似た様なシステムはかの世界にも存在するからだ。

 ゼロシステム、EXAM、NT-D、ナイトロ。

 どれも機械が主導権を握り、人間はパーツとなりかねない危険なシステム。しかしレン達の組んだそれは人を尊重し、機械と人の長所を取りこんだシステムに見える。きっとあの世界でシステムに操られたパイロットを数多く見てきた故の結論がこれなのだろう。

苦笑しあうラナロウとゾディアック。彼らは素直にこのシステムを評価する。

 だがそうなると別の懸念が生まれる。それを口にしたのはキールだった。

 

「となるとだ。これを管理局全部に配備されたら厳しいな。その辺りどう考えるスカリエッティ。あんたの計画の障害になるんじゃないのか?」

 

 それはもう皮肉たっぷりに。スカリエッティの計画が失敗するのはいただけないが、皮肉の1つも言えないのも悔しい。それ故の子共じみた皮肉。しかしスカリエッティは全く動じずにむしろ、含み笑いすらこぼしていた。

 

「いや、その必要は無いだろう。私の見立て通りなら、管理局全部に配備される事はないはずだ」

「その根拠は?」

「扱える魔導士が少ない事が1つの要因だろうね。恐らくエースクラスでなければ難しいだろう。後はデバイスも優秀でなくてはならない。彼女達は良いデバイスに恵まれたようだけど、管理局全てがそうではないだろう? とてもじゃないがコスト的に割に合わないさ」

「……割と現実的な意見が出てきて正直驚いてるんだが……」

「あのねぇ。私だって科学者の端くれだよ?」

 

 感想の通り割と現実的な意見に驚くキールに、流石のスカリエッティも苦笑せざるを得ない。

 だがキールの横で力いっぱい何度も頷いているアミタを見て、更に肩を落とした。

 どうやら皮肉よりも科学者として見られない事の方が、効果的であるらしい。

 

「なんにせよだ。コンセプトは私の戦闘機人に良く似ている。……モビルスーツを参考にしている辺り、シンパシーを感じてしまうよ」

 

 だがすぐに彼は科学者の顔に戻る。キール達も同じ結論に至っていた。何故なら彼女達のバリアジャケットはかの世界のあるモビルスーツを連想させるからだ。

 RX-0 ユニコーンガンダム、GAT-X105E ストライクノワール。

 全く恐ろしいことだ。キール達の視線は目の前の科学者に向けられる。

 この狂った科学者とほぼ同じ事を考えて、それを実現させてしまうのだから。

 果たしてそれは正しいことなのか。それを確かめる術をキール達は持ち合わせていなかった。

 

 

 

2

 

 

 

 機動六課交戦報告書。

 新暦6月28日午後、市街地にて機動六課ライトニング分隊エリオ・モンディアル二等陸士、同キャロ・ル・ルシエ二等陸士が地下を逃走中の少女2名(少女A:カチュア・リイス。少女B:ヴィヴィオ)を救助。2名に意識は無く、酷い衰弱が見られた。また少女らがロストロギア、レリック(以下、レリックとのみ呼称)を保持していた事よりガジェットから逃走していたものと推測。機動六課部隊長八神はやての指示により、厳戒態勢が敷かれる。同日海上にガジェット出現。航空型ガジェットハンブラビと断定。また次元犯罪組織ファントムペインの出現も確認。機動六課が対処に当たる。

 今回の戦闘において、八神部隊長、スターズ分隊隊長高町なのは一等空尉、ライトニング分隊長フェイト・T・ハラオウン執務管3名の限定解除を確認。

 結果。輸送中のヘリが狙われるもレリックは無事確保。しかしファントムペインの確保には至らず。

 また、今回更にファントムペインに協力者の存在を確認。詳細は添付資料A詳細戦闘記録を参照のこと。

 救助された少女2名は聖王教会直轄の病院へ搬送。翌日6月29日意識回復。検査結果は添付資料B検査結果報告を参照のこと。

 今回の戦闘による要負傷者は以下の通り。

 部隊長八神はやて。内臓損傷。身体強化魔法の効果により、重傷には至らず。検査入院1週間。現在は退院し、通院のみ。

 機動六課ロングアーチ、トランプ分隊ロード・ディアーチェ(戸籍登録:ディアーチェ・K・クローディア)。内臓損傷。八神はやてと同様身体強化魔法により、重傷には至らず。検査入院1週間。こちらも現在は退院。

 機動六課ロングアーチ、トランプ部隊レヴィ・ザ・スラッシャー(戸籍登録:レヴィ・ラッセル)。魔力暴走による魔力エンプティ。及び火傷、打ち身多数。2週間入院。現在は退院している。

 

 

 地上部隊に提出されている報告書に書かれているのは以上である。

 この時の様子をマークは地上本部から見ていた。マリアと共にレジアスと会見中だった為である。

正直に言うと、見通しが甘かった。ファントムペインに協力者がいるというのは、予測できた筈なのだから。まして相手はジェイル・スカリエッティだ。資料でしか知らないし、その繋がりも明白でないというのは言い訳にしかならない。本来ならばマークとマリアもすぐに出動するべきだったのだ。

 しかし2人は出動しなかった。M-Systemの完成は報告されていたし、何より機動六課全体のレベルアップを考えれば今回も対処できると考えたからだ。

 そしてそれはファントムペインの協力者、戦闘機人と呼ばれる者達とアメリアスという存在によって粉々に打ち砕かれる。

 戦闘機人。詳細はレジアスから聞いた。加えてそのレジアスからの進言でゲンヤからも聞いた。そして知った。かつての首都防衛特務部隊ファントムペインが壊滅したのは、この戦闘機人との交戦があったからだと言うことを。人と機械の融合。サイボーグと言ってしまうには人に近く、人と言うにはサイボーグに近い。そんな存在だ。

 そしてアメリアス。容姿は全く違うものになっていた。だがその姿にはやてとディアーチェが混乱を引き起こすのも無理は無い。アプロディアの話ではあの姿は闇の書の管制人格。ジェネレーションシステム本体のある世界を滅ぼし、アプロディアがマーク達を生みだすきっかけとなった全ての根源。同時にはやてが名付け、闇の書の呪いから解き放たれた夜天の書の管制人格リインフォース・アインス。

 この2つのファクターにより、マークとマリアは如何に自分達の見通しが甘かったかを思い知らされる。

 どうやら知らぬ内にこの世界にどっぷりと浸かってしまっていたらしい。

 Spiritsとして活動しながらも、いつの間にか平和なこの世界に慣れてしまっていたのだ。

 

「全く、意外と昔取った杵柄も役に立つもんだな」

 

 マークは1人呟く。隣にマリアは居ない。勿論シャマルも居ない。

 そこは地上本部でも限られた人物しか入る事のできないサーバールーム。その天井裏だ。以前マリアと共にプロテクトデータベースに繋いだ事があったが、それでも外部端末で引き出せる情報には限りがあるし、最悪逆探知の恐れもある。今回それだけは絶対に避けなければならない。

ではどうするか。危険を承知で直接サーバーから閲覧するしかない。しかもマークが調べたという痕跡を一切残さずに、だ。

 周りに誰も居ない事を確認すると、マークはするりと天井裏から部屋に降り立つ。そして愛機フェニックスのケーブルをサーバー端末に繋ぎ、すぐに天井裏に戻って行った。後は手慣れた指使いでプロテクトとトラップを注意深く突破していく。かの世界での潜入捜査がこんな所で役に立っているわけだ。

 ニューロの危険にさらされていたあの世界の人類は確かに一致団結していたが、100%ではない。ニューロの混乱に乗じて良からぬ事を考えるのもまた人間だ。それを防ぎ、壊滅させるのもまた人間であり、マークの様な軍人の役目でもある。これはその時に覚えたクラッキングだ。

 そうこうしている内に最後のプロテクトが突破された。一気に膨大な数のデータが目の前に広がる。その中から目当てのデータを探していく、

 そもそも何故マークはこんな事をしているのか。それは先の報告書を読んだレジアスとの会話が発端だった。

 

 

 

「これは……事実か?」

「嘘偽りなく。事実です」

「そうか。このような幼子がな……。過去はどこまでも付きまとうということか……」

 

 パサリと報告書を机の上に投げ捨て、レジアスは天を仰ぐ。

 その視線は夕焼けに染まる外を向き、何処か遠くを見ているようだ。

 まるで懺悔する咎人のように。

 

「やはり、何か知ってらっしゃるのですね」

「……ああ、知っているとも。知り過ぎていて嫌になるくらいだ」

 

 だが懺悔の時間はとうの昔に終わったのだ。

 マリアを見据えるレジアスの眼光は元の鋭い光を放っている。

 

「地上を守る為、あらゆる手を使う必要があった。例えそれが禁忌であってもだ。何故か? 当時、優秀な魔導士は海に行ってしまったからだ。あらゆる次元世界を管理統括するという時空管理局の大義名分によってな。地上に残った多くは儂の様に魔力を持たない人間。もしくは魔力があまり高くない魔導士だったよ」

「だからこそ敢えて禁忌という毒に手を出した。地上を守る為。それこそ大義名分ですよ中将」

「知った様な口をきくなマーク。誰かがその毒を敢えて飲まなければミッドはとっくに戦火に焼かれていたのだ。綺麗事で済めばそれで良い。だがな、そんな夢の様な世界は所詮夢のままよ。人の欲と業はそんな夢を簡単に踏み潰す。花を手折るように、羽虫を潰すように、家畜を屠殺するように、いとも容易く、当たり前のように踏み潰す。誰も知らない所で、確実にな。そうさ、知らぬのだ。ミッドの民はそれを知らず、知っているのは儂らだ。市民は知らずとも良いが、儂らはそうもいかぬ。しかしその市民を守るべき儂らには力が足りない。だから必要だったのだよ。人造魔導士という力がな!」

 

 机の上に置かれた報告書、『ヴィヴィオ』と名前の書かれた翡翠と紅玉の瞳を持つ少女の欄に書かれた一文。そこにはこう書かれていた。

 人工生命体の可能性有り。転じて、人造魔導士素体の可能性が極めて高い、と。

 それは人為的に魔導士を生みだす技法。人間に対し外科的処置で強力な魔力行使を可能にさせたものから、生命操作技術によって生み出されたデザインベビーまで。自然発生によって偶発的に生まれる魔導士を、人為的かつ確実に「生産」しようという計画だ。結局の所、成功率の低さと倫理的問題からお蔵入りしてしまった計画でもある。

 それこそがレジアスの言う毒。人の性質を作りかえ、あまつさえ人為的に作ろうとするそれを彼は毒と呼び、禁忌と呼んだ。そしてそれをマークは大義名分と言った。

 そしてレジアスはそれを正面から受け止めている。自らの背後に積み重なる数多の犠牲と屍すらも受け止めた。しっかりと前を見据え、自らの目的の為に犠牲は犠牲だと割り切りながら。

 確かに彼にとって懺悔と後悔の時間はとうの昔に過ぎている。

 それでもマークは静かに問い詰める。

 

「公になれば貴方は大罪人だ。それでも前に進みますか?」

「無論。公にしたければするが良い。だが儂は揺るがんぞ。儂の選んだ選択に悔いは無い」

「未来で貴方は蔑まされるかもしれませんね」

「だからどうした。この先の者達が儂をどう判断するかなぞ知った事か。どうせ今が守られねば未来など無いのだ。マークよ。儂はこれからも毒を飲み続けるぞ。未来に繋がる為の毒なら喜んで飲んで見せるわ。……軽蔑するなら軽蔑しても構わんぞ」

 

 はっきりと、なんの迷いも無く彼は言い切った。大罪人と言われようが自分の道を突き進む為に毒を飲むと言い切ったのだ。

 そうだ。それでこそだ。そうでなくてはならない。

 そしてマーク自身もまた、毒を飲み続ける者の1人として言葉を紡ぐ。

 

「……人間に対する人為的な能力付加。生命操作によるデザインベビー。それは世界が変わろうとも、誰もが研究し、追い求め、実践してきたこと。事実、俺が見てきた世界にはそんなこと当たり前のようにありましたよ。強化人間、人工ニュータイプ、ブーステッドマン、コーディネイター、イノベイト。呼び名は様々ですが、結局の所、人造魔導士となんら変わりゃしませんて」

 

 全てはより優れた人間を創造する為に始まったこと。しかしそれはいつしかその有り様を変貌していった。マークはSpiritsとして世界を巡る中でそんな人間を嫌と言うほど見てきた。

 それは彼の言う通り人造魔導士となんら変わらない。アプローチが違うだけで根本の願いは同じだったはずなのに。

 

「間が悪かった、としか言いようがありませんね。もっと平和な時代に生まれていれば、そいつらも真っ当な生き方ができたのかもしれない。でもそうならなかった。ならなかったんですよ。殆どの奴に求められたのは戦いの道具になることだ。戦場に1度出れば生まれなんか関係ない。目の前に敵として現れ、互いに銃を向け合う。俺はそんな奴らと幾度も戦って、幾度も撃ち落としてきた。……ねぇ中将。貴方の通って来た道の後ろが数多の犠牲で埋め尽くされているのなら、俺は俺で多くの犠牲と屍の上に立ってるんですよ。そんな人間が中将の事を軽蔑できると思いますか?」

 

 ジェネレーションシステムが見せた世界で潜り抜けた戦いの記憶。確かにそれはデータと言ってしまえばそれっきりだ。しかしマークにはそれができない。今でも覚えている引き金を引いた手の感覚がそれを忘れさせてくれない。忘れてはいけないのだ。

 無論それだけでは無い。ニューロだって同じだ。

 ニューロとはジェネレーションシステムの情報端末。

 人間とは自我を確立したジェネレーションシステムのプログラムデータ。

 それがあの世界における人間とニューロ。本質は同じ。あれもデータ。自分もデータ。結局、同じデータの共食いをしていたという事だ。そしてあの世界における人間がデータなのならば、自分はどんなに多くの人間を殺し、ここにいる?

 

 片や、守るべき世界の為に力を持たない人間が渇望した禁忌。

 片や、守るべき世界の為に力を与えられたデータが犯した罪。

 

 何も変わらない。その後ろに積み重なる犠牲と屍は何も変わらない。

 

「……プロテクトファイルNo.F-32。それを調べてみるがいい。お前達が求める真実がそこにある」

 

 急に立ちあがるとレジアスはポツリと呟いた。既に彼らには背を向けて表情は分からない。だがマークとマリアには十分だ。2人は遅れて立ちあがると深く頭を下げる。それを肩越しに一瞥しレジアスは扉へ向かう。

 

「公開意見陳述会が近いのでな、これで失礼させてもらう。後はお前達の好きにしろ」

 

 そう言い残しレジアスは部屋を出て行った。そしてマークとマリアは閉じられた扉に向かい、いつまでも頭を下げ続けていた。

 

 

 

「成程な。こいつが真実ってわけだ」

 

 プロテクトファイルNo.F-32。お目当てのファイルを閲覧したマークの顔は曇っていた。

 そこに書かれている内容は確かにマークが求める真実であり、同時にレジアス中将の毒でもある。

 一体過去に何があり、それがどう現在に繋がっているのか。その答えは確かにそこにあった。

 全てをフェニックスに記録すると、ケーブルを引っこ抜き移動を始める。後は誰にも見つからずに別の場所から出れば良い。そこから出てしまえば、後は大手を振って地上本部を歩く事ができる。これでも一応管理局員なのだ。管理局員が地上本部を歩くのは自然なこと。怪しまれる事は無い。

 狭い天井裏を這って進み、出口に誰も居ない事を確認すると漸くそこから出る事ができた。そこはサーバールームと同じ階にある書庫。サーバールームとは別に紙媒体の報告書が並ぶ場所だ。しかし普段あまり人が来ない為、天井裏に潜るには打ってつけの場所でもある。しかも時間は深夜。人が来る方が不自然というものだ。

 注意深く扉を開き、外を窺う。幸い廊下には誰も居ない。素早く身を乗り出すと、急いで廊下に飛び出した。後は何食わぬ顔で地上本部を出れば良い。マークは急ぎ足を進めるとエレベーターの前に立った。

 丁度上の階から降りてくるものがある。暗い廊下に階を示すパネルの光が順番に光を灯す。

 そしてマークの居る階に止まると扉が開いた。乗り込み、1階のボタンを押す。

 ゆっくりと降りて行くエレベーター。しかしすぐに1階にはつかなかった。途中の階で止まり再び扉が開く。待っていたのは白衣を着た女性だった。

 

「あれ? マークさんじゃないですか。こんな夜遅くまでご苦労様です」

 

 ……誰だっけ? とんと記憶にない。だが女性はマークの事を知っているのか、ニコニコと笑顔を向けてくる。とっさに階を確認すると、漸く理解した。確かこの階は医務局の施設があったはずだ。シャマルに連れられて何度か訪れた事がある。そうなると、この女性は医務局の人間なのだろう。

 

「私の事忘れちゃいました? シャマルさんと一緒に来られた時に顔を合わせているはずなんですけど……。まぁ仕方ありませんよね。たった1度きりですし」

「いや、申し訳ないのはこっちだよ。君はシャマルの部下か何かかい?」

「う~ん、部下というより同僚ですね。シャマルさんはお元気ですか?」

「まぁね。うちのフォワード達と一緒にお茶会とかもしてるよ」

「あはははっ。シャマルさんらしいですね」

 

 コロコロよく笑う子だな。マークは彼女の顔を見てそう思う。だがやはり思い出せない。記憶力にはそれなりに自信があるつもりだが、どうしても思い出せない。

 となれば、失礼を承知で尋ねてみるしかないだろう。意を決してマークはそれを切り出した。

 

「う~ん、申し訳ないんだが名前を教えてくれるかな。六課に戻ったらシャマルにも教えてあげたいし」

「良いですよ。では改めて、私の名前は……」

 

 

 

 

 

 

 

 チーン。

 

 

 

 

 

 

 

 1階に到着した事を知らせる音が響く。

 ゆっくりとエレベーターの扉が開いた。1階まで来れば夜間待機の局員もいる為にロビーは十分に明るい。そしてそのロビーにゆっくりと倒れ込む影。

 影が倒れ込んだ床に広がる赤い液体。

 影はマーク。赤い液体は彼の腹部から流れ出る血だ。どくどくと流れ出る赤い血がみるみる広がり、水たまりのように辺りを赤く染める。

 その影を見つけた局員の誰かが声を上げて駆け寄った。すぐに人だかりもできた。誰かがマークを抱き起こし止血を行う。他の誰かも呼びかけるが、マークがそれに応えることは無い。完全に意識を失い、その顔は蒼白。一刻の余談も許さない状況なのは誰の目にも明らかだ。

 そして更に他の局員が扉の閉じたエレベーターを開いてみるも、既にそこは無人の空間が広がっている。

 ただ人々が慌ただしく動く喧騒だけが夜の地上本部を埋め尽くしていた。




一ヶ月ぶりの御無沙汰です。
なのに主人公が出てこないだと……?
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