魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第31話 崩壊の序曲 ②

1

 

 

 

 マスターフェニックスが地上本部に突入する前、東西南北に光の柱が現れた頃に時間は戻る。

 その頃、無限書庫司書長ユーノ・スクライアは親友という名の悪友から依頼された調査資料の整理に追われていた。知り合って既に10年近くなる悪友はユーノが無限書庫で働くようになってから、毎回これでもかという量の調査資料を依頼してくる。いい加減訴えても悪くないよね? なんて思ったりもしたが、なんだかんだで律義に調べてまとめている辺り自分でもお人好しだなぁとユーノは小さく溜息をついていた。その合間、ふと時計を見ると既に夕暮れの時間。これは今日も残業だなと覚悟を決めた時だった。

 

「ユーノ! いるかい!? ユーノ!!」

「アルフ、書庫では大声を出さないこと。何度言ったら分かるんだい?」

「あーもう、次から気を付けるよ! 今はそれどころじゃないんだ!」

 

 ふっさふさとしたオレンジの尻尾を振る少女が大声を上げて部屋に飛び込んできた。

 彼女の名はアルフ。フェイトの使い魔である。以前はグラマラスなボディを持つ女性であったが、前線を退いた事と魔力供給源であるフェイトの負担軽減の為、今では少女の姿に落ち着いていた。そんな彼女が無限書庫の無重力空間を泳ぐようにしてやって来る。

 その慌てふためいた様子からユーノも何かを感じ取った。だが努めて冷静に、彼はアルフに尋ねる。

 

「どうしたんだよ。そんなに血相変えて」

「当たり前だろ!? いいからこれを見なよ!」

 

 そう言ってアルフは空間モニターを展開する。映し出されたのは公開意見陳述会の生中継。だがそれをレポートするレポーターは必死そのもの。画面が切り替わり、カメラがズームしていく。

 映し出されたのは上空から地上本部に向けて飛来する人型の機体。背中のX型スラスターを全開にし、漆黒のマントと体の至る所に髑髏を持つビルスーツだった。

 それだけで十分。ユーノは今何が起こっているのか理解できた。

 

「これは……確かX1フルクロスって言ったっけ。そっか……。預言は的中してしまったんだね」

「落ち着いてる場合じゃないよ! あそこにはフェイトや皆がいるんだよ!?」

「そうだね。でも彼らも居るでしょ?」

 

 ユーノがそう言うや否や、地上本部からも光が飛び立った。レポーターの驚く声と共に映し出された光が弾け、姿を見せたのは妖精の翼を広げるビギニング30ガンダム。レヴィの機体だった。

 

「ね?」

「ね? じゃないよ! 地上本部が襲われてんだよ!? こんなの前代未聞じゃないか! しかもフェイト達がいるこんな時に限ってさ!」

「アルフ、少し落ち着いて。ここで騒いでも仕方ないよ? ここは黙ってフェイト達を信じよう」

 

 実際ここからできる事は何も無い。それはユーノ自身が一番分かっている。下手な介入は混乱を助長するだけだ。とは言え、あそこには彼の友人達が大勢いる。心配していない訳ではない。

 今も画面の向こうで戦い続けるビギニング30とX1フルクロス。映っていないだけでレン達も同じ空で戦っているに違いない。しかしそのモビルスーツの姿にユーノはただただ溜息しか出てこない。

 溜息の理由はレンからの依頼内容。

 その結果が先日出た。奇しくもマークが凶刃に倒れた後になってしまったのが悔やまれる。もしも結果が間に合っていれば、マークは今もベッドで寝ている事は無かったかもしれない。

 

(いや、止めよう。もしも、とか、あの時ああしてれば、とかは既に遅いんだから……)

 

 頭を振り、自分のネガティブな思考を無理矢理吹き飛ばす。結果として遅くなってしまったが、レン達にとって有益な情報には間違いないのだから。それを彼らに伝え、そこにマークが手に入れたデータを組み合わせる事で漸く様々な事が見えてきた。その結果は調べたユーノ自身も目を疑ったが、仕方の無い事だと今は割り切っている。いくら無限書庫の司書長をやっているからといって、何でも知っている訳ではないのだ。確かに調べれば何でも出てくる無限書庫でも、調べなければ何も出てこない。自分の知らない事は世の中にいくらでもある。これはその1つに過ぎない。

 その結果を彼らはどう捉えただろうか。いや、それでもあの場に居て、地上本部を守っているのだから彼らの中で決着はついているのかもしれない。

 

「ユーノ?」

「ああ、ごめんアルフ。……僕らはここで見守ろう。必ず僕らの力が必要になる筈だから、今は耐えるんだ」

 

 そう言って微笑むものの、アルフは納得できないとばかりに顔をしかめてみせた。

 だがユーノはそれ以上の事を許さない。

 何故ならそれは予感とかそういうものではなく、確信そのものだったから。

 

 

 

 そして一方、襲撃を受けている地上本部大会議室では巨大スクリーンに映し出されたモビルスーツ、ディアーチェとユーリのストライクフリーダムとゾディアックのアマクサの衝突に、集まった会議出席者が色めき立っていた。当然だ。上層部でも一部の者にしかモビルスーツの存在は知られていない。殆どの者が初めてモビルスーツの存在を知ったのだ。空を駆ける2体の機動兵器に出席者からはこれは質量兵器だ、地上本部は管理局法に違反している等との叱責の声も上がっている。

 当然の追及だと、はやては黙ってそれを眺めていた。

 いくら魔導炉を積んでいると言っても、レン達のモビルスーツは質量兵器と呼ばれても差し支えない。

 しかし相手もモビルスーツを出してきたのだ。予想していたとはいえ、こちらもモビルスーツを出さざるを得ないだろう。いや、そもそも出てくると分かっていたのに、レジアス中将はモビルスーツに対する対策をしなかった。レン達に全てを託してしまった。

 何故か。導き出される結論はただ1つ。

 レジアス中将は、この瞬間を待っていたのだ。

 

「はやて……」

「分かってる。レジアス中将はこうなる事を分かってたんや。事前に公表するよか、この方がインパクトが強いからな」

「じゃあやっぱりレジアス中将の目的は……」

「多分カリムの思ってる通りやと思うで」

 

 皮肉げな笑みを浮かべてみせると隣のカリムは深い溜息をついた。はやてだってできる事なら深い溜息をついてレジアス中将に向かって声を上げたい。

 あんたはレン達に犠牲になれと言うのか、と。

 そしてレジアス中将がレン達と六課の繋がりをここで暴露してしまえば、糾弾はこちらにも向く。

 はやては胃が痛くなる思いでレジアス中将を睨みつけていた。

 

「静粛に! あの機動兵器についてご説明しよう!」

 

 遂にレジアス中将が声を上げた。壇上に進み出て彼は全体を見渡す。辺りが一度静まり返った。

 

「今、地上本部を攻めている機動兵器。そして守っている機動兵器。どちらもモビルスーツと呼ばれる異次元の兵器だ。偶然、このミッドチルダに漂流した物を今まで地上本部が保護していた。確かに最初は我々も危険視していた。しかしここは何処だ? 次元世界の中心ミッドチルダだ! 毎年多くの次元漂流者が流れ着くこの世界で、我々の預かり知れぬ技術が漂着していてもおかしくは無い! そして奇しくも今回、我々の知るモビルスーツと同じ物が使われてしまった。これは真に遺憾であるが、嘆いてばかりもいられない。故に私は決断し、彼らに特例としてモビルスーツでの出撃を許可したのだ!」

 

 おいおいおいおい! 待て待て待て!

 思わずはやての手からペンが落ちる。カリムも、ずっと黙っていたシグナムも、同じ様にあんぐりと口を開けていた。

 確かに大筋では間違っていない。だがそれで納得する連中では無いだろう。むしろ火に油を注ぐようなものではないか。その証拠にあちこちから詭弁だなどとの声が上がっている。

 しかしそれでもレジアス中将は声を張り上げた。

 

「今まで公表していなかったのは無用の混乱を避ける為。確かにモビルスーツは質量兵器と呼んでも差し支えないだろう! だが問題はそこでは無い。我々の知らぬ未知の技術がそこにあるという事だ! 皆々方はこれを見ても何も感じないのか!? 魔法を遥かに凌ぐ力が目の前にあるという事に恐怖を感じないのか!? いつから魔法が万能の力であると錯覚していた!? 次元世界は無数にあり、未だ広がりを見せている。そこではいつまで魔法が有利に働くかも分からぬ。そしてその矛先がいつこのミッドチルダ、いやこの首都クラナガナンに向いてもおかしくはないという危機感を私は持っている!」

 

 そしてレジアスが映し出したのは地上防衛用巨大魔力砲撃兵器アインヘリアル。

 

「ならばモビルスーツを解析し、量産し、運用すれば良いという声もあるだろう。しかしそれでは先史時代と何ら変わりはない。それだけは避けねばならん。かと言ってあの様な質量兵器に対する対策も立てねばならん。その結果がこのアインヘリアルだ。実用運用できる対質量兵器用の防衛兵器を以って、我々は示さねばならない! このミッドチルダにも対抗できる力があるという事を! これは牽制であり威嚇。そしてこの地上を守る為に必要な力なのだ!」

 

 色々とぶっちゃけたな、というのがはやての正直な感想である。

 確かに相手側がモビルスーツの様な質量兵器を持っていて、地上本部には無いとなった場合、相手は容易に何の憂いも無く地上を攻めてくるだろう。これが次元艦隊ならもしかしたらなんとかできるかもしれないが、生憎地上にはその為の対抗策が無い。連絡をしたとしても、艦隊がここに到着する頃には全てが終わっている可能性もある。ならばこちらでもその為の準備はあると示す事で牽制をすれば、相手も容易に地上を攻める事はできなくなる。

 しかしその為には周りがその危機に気付かねばならない。モビルスーツという力をその目に焼き付けなければならない。今、外で起こっている事はそれには打ってつけだろう。そしてレジアス中将はわざと、故意的にその状況を作り出した。

 更に言ってしまえば、先ほどから外に念話が通じない。魔力の結合も上手く出来ない。これはつまり地上本部に強力なAMFジャミングがかけられているという事。周りもきっとこの状況に戸惑っているだろう。魔法は万能ではないと裏付ける決定的な状況証拠だ。魔法に頼り切った者にとって、この状況はレジアス中将の言葉に更なる信憑性を持たせる事になる。

 モビルスーツという質量兵器。そして魔法が使えない状況証拠。

 他に例を見ない二重の危機感を使い、レジアス中将は半ば強引にでもアインヘリアルを承認させようという手段に講じた訳だ。

 これを覆す意見を言える者が果たしてこの中にどれほどいるだろう。

 ざわつく周りの声に耳を傾けるが、誰も決定的な反論意見が出せないでいる。

 これは決まったか? はやての頬を冷たい汗が流れた。

 

『いやいや、見事なご高説だったよレジアス中将』

 

 しかしシナリオは簡単に進む事は無い。

 突然アインヘリアルが映し出された巨大空間モニターに砂嵐が走ったかと思うと、そこに1人の青年が映し出される。

 それは青い髪、金色の瞳、白衣を着た青年。

 誰もが青年に釘付けになる。机をバンっと叩き、はやても身を乗り出した。

 そしてレジアスもまたその青年を舌打ちと共にギロリと睨みつける。

 

『お初にお目にかかりますレジアス中将。そして公開意見陳述会にご出席の皆様方。私が今回の地上本部襲撃の犯人、黒幕、立案者! 舞台を引きたてる道化師にして、演出家。ジェイル・スカリエッティでございまぁぁぁす!』

 

 芝居がかった仕草で彼、ジェイル・スカリエッティは一礼する。

 そして顔を上げると、その口元にニヤァと人を馬鹿にした笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

2

 

 

 

 凄まじい衝撃に地上本部が衝撃に揺れていた。衝撃で窓ガラスが盛大に砕け床に散らばる。それ以上に瓦礫も散らばり、その階は無残な姿をさらしていた。

 無理も無い。いくら最後に速度を落としたといっても突っ込んできたのは巨大な質量の塊だ。その衝撃は計り知れない。だが逆に突っ込んできたそれは無傷。むしろ、探る様にツインアイを輝かせている。

 

「ふぅ。ざっと見た所怪我人は居ないみたいですね」

「むしろ数名は覚悟していたのだがな。なんにせよ、避難も完了しているというのはこちらにとっても動きやすい」

「それじゃ、俺達も行きましょうか」

「良いのか? 最後の要はお前なのだろう?」

「問題ありません。このマスターフェニックスを最高速で飛ばせばあっと言う間ですよ。けど時間が無いのも事実です。急ぎましょう」

「了解した」

 

 質量の正体、マスターフェニックスのコックピットハッチが開き、降り立つ2人の魔導士。ゼスト・グランガイツと、仮面を外したコードフェニックス。ティーダ・ランスターだ。

 マスターフェニックスが光に包まれ消えて行く。2人は素早く物影に身を隠すと、改めて自分達のいる場所を確認した。どうにか目的の場所にニアピンで到着できたらしい。目的の場所、公開意見陳述会の会議室は下に2階降りた所にあるようだ。

 それを確認し頷きあう。ニアピンと言ってもどの道移動しなければならない。2人は無言のまま物影から飛び出した。

 一度は避難した管理局員だが衝撃が落ち着いた事で再びその姿を見せ始めている。しかしこの高濃度AMFジャミングがかかった建物と、内部警備の為にデバイスを持ちこめなかった事が裏目に出ていた。肉弾戦ともなれば、魔導士であろうが、通常局員だろうが関係ない。しかもゼストとティーダは予めAMFジャミング対策を行っている為、関係なく魔法が使える。

 戦力はたった2人であるのに、圧倒的だった。

 瞬く間にゼストの槍とティーダのスタンバレットによって局員が昏倒していく。そして2人はそれに振り返る事も無く非常階段に辿りついた。

 

「不思議なものだ。またこうして地上本部に足を踏み入れる事ができようとはな。しかも前代未聞の地上本部襲撃者としてなど……、人生とは分からぬものだ」

「そうですね。本来生きているという事すらもなく、消えていくだけの存在だったのに何の因果かこうして再び命を与えられてこの場にいる。お互い、悪運だけは人一倍あったってことでしょう。でも、そんな俺達だからこそファントムペインの名を語るに相応しいと思いませんか?」

「ああ。管理局にとって魔導士は手足。そして我らはそこから切り落ちた者。その切り落ちた手足が襲撃という痛みとなって襲いかかる。我らは管理局の幻肢痛。故のファントムペインだからな」

「そういう事です。さ、おしゃべりはここまでとしましょう。目的の階に着きました」

 

 非常階段を下りた先にある扉。ここを開けば会議室までは目と鼻の先。しかし地上本部とて馬鹿では無い。この先にはまた何人もの魔導士が待ち構えているに違いない。恐らくはこの高濃度AMFにも対応できる者達が居る筈だ。

 2人は壁に背を預け、頷きあう。

 そして一気に扉を蹴り破った!

 まずはティーダが転がり、飛び出す。その一瞬で状況を確認。予想通り何人もの局員の姿を視認する。

 その局員達が魔法を発動するより早くフェネクスが火を噴いた。両手を大きく広げ、左右に魔法弾をばら撒く。如何にAMFへの対処が出来ていても、その錬度はティーダの方が上だ。一瞬の溜めよりもティーダの引き金の方が早い。前線に構えていた一掃した後は炸裂式の魔法弾。一発一発の威力は低いが、閉じた空間内であれば無類の威力を発揮する魔法弾だ。

 弾けた魔力に壁天井が穴まみれとなり煙が立ち込める中、局員達は次第にその陣形を立てなおそうと必死だ。しかしそれをゼストが阻む。煙の中から飛び出すと槍を大きく薙ぎ払う。魔力を乗せた剣圧は暴風となり煙と共に局員を吹き飛ばした。

 一撃での魔力ノックダウン。それはかつてエースと呼ばれた魔導士。いや騎士ゼストの力が今も健在であると雄弁に物語っていた。

 

「これで全部か?」

「いや、まだです!」

 

 ゼストの背後からティーダが魔法弾を撃つ。一見明後日の方向に放たれた魔法弾だったが、それは的確に桜色の魔法弾を撃ち落とした。そして更に現れた電撃にゼストは槍を構えて障壁を展開。電撃と障壁の接点がスパークしその階を眩い閃光が包んだ。

 

「……成程。これが管理局の今のエースか。このAMF下でデバイスも無いというのに見事なものだ」

「本当、大したものです。直に相対してやっと分かりますね。正直、その才能が羨ましいですよ」

 

 光が収まる頃にゼストも障壁を解いた。その横でティーダもフェネクスを構える。

 その視線が見据えているのは2人の魔導士。

 桜色の魔法陣を展開する高町なのはと、同じく金色の魔法陣を展開したフェイト・T・ハラオウン。

 

「管理局地上部隊機動六課スターズ分隊隊長、高町なのは一等空尉です。騎士ゼストとコードフェニックスで宜しいですか?」

「俺をまだ騎士と呼んでくれるか……。如何にも。俺がゼスト・グランガイツだ。だがこの男は……」

「残念ながら、コードフェニックスの名前はアプロディアに返上するよ」

 

 なのはの言葉にティーダは問答無用とばかりに魔法弾を放った。しかしそれもなのはの前に立ったフェイトの魔法弾によって相殺される。

 

「同じく管理局地上部隊機動六課ライトニング分隊隊長、フェイト・T・ハラオウン執務官です。今のは公務執行妨害と見なします。これ以上罪状を増やすおつもりですか?」

「いやいや、もうこれだけの事をやったんだ。これ以上罪状が増えた所でもう怖くもなんともないよ。ざっと見積もっても無期懲役は平気で行くでしょ? 仮にも俺も執務官目指してたからそれくらい分かる」

「待って下さい! 執務官を目指していた? 貴方一体何者なんですか?」

 

 ティーダから語られた執務官という単語にフェイトが反応した。あれ? とティーダも首を傾げている。

 しかしすぐに合点がいったのか、思わず「ああ」と納得した素振りを見せた。

 

「そっか。マーク達は俺の事を話してないんだね。全く、律義と言うか何と言うか……」

「貴方が本来こちらの世界の方だというのは聞いています。ジェネレーションシステムでの戦いの際も魔法の力を使う事で危機的状況を打破できたという事も。ですがその正体までは教えられていません」

「ならば教えてあげよう。なんせ俺も君達には直接お礼を言わなければならない立場だからね。……俺の本名はティーダ・ランスター。君達が教導しているティアナ・ランスターの実兄に当たる」

「えっ!?」

「そんなっ!?」

 

 流石になのはとフェイトにも動揺が見られた。ゼストだけでも本当なら信じられないのに、そこに見知った者の名前が出てきたのだ。しかも彼はその少女の実の兄だと言う。勿論信じられる物ではない。この世界におけるティーダは既に故人だ。それが生き返っただと誰が信じるだろうか。しかし、同じ故人である筈のゼストもいる為、一笑することもできない。頭が痛くなる思いのなのはとフェイトだったが、それを無視しティーダは話を進める。

 

「如何に優秀な教導官と、仲間に囲まれているかはティアナを見れば分かる。だから機会があれば一度君達にはお礼が言いたかった。場違いである事は百も承知さ。それでも敢えて言わせてくれ」

 

 そして深く、深くティーダは頭を垂れる。

 

「妹を……、ティアナを受け入れてくれてありがとう」

 

 それは慈愛に満ちた声だった。

 妹を想う兄としての最大の感謝と敬意。無論彼の言う通り場違いである事甚だしい。しかし同時にそれは嘘偽りないティーダの本音だった。

 

「そんな……、そんなのあんまりです! ティアナは、あの子は貴方を目指して、貴方が叶えられなかった執務官を夢見て今まで頑張ってきたんです! それを貴方はこんな形で裏切るんですか!?」

 

 だからこそなのはは耐えられない。ティアナの目標を、夢を知っているから尚更耐えられなかった。

 こんな形でティアナの目標と夢が汚されるのが許せなかった。

 だがそんな事、ティーダだって理解している。言われなくても自分が何をしているのか理解している。

 それでもそれはまた別の話だ。ティーダにはティーダの信念があり、ティアナにはティアナの信念がある。感謝はする。しかしティーダには成さねばならぬ事があるのだ。

 だからティーダはなのはの叫びに魔法弾を撃つ事で応えた。

 目にも止まらぬ速度で引かれた引き金。放たれた魔法弾はなのはとフェイトの横を抜けて奥の壁に当たる。轟音と共に砕ける壁の音になのはとフェイトはただ呆然と立ちすくんでいた。

 

「それが貴方の答えなんですか? 実の妹を敵に回し、裏切ってまで貴方は何を求めているんですか?」

「くどいよ。話は終わりだ高町なのは一等空尉。君も管理局員なら俺達を捕まえる事に集中しなさい。余計な詮索はこれ以上無意味だ。君は地上本部を守る。俺はそこを襲撃したテロリスト。話が終わったからにはもう俺達はそれだけの存在だ」

「そんな一方的な!」

「くどいと言っている!」

 

 再び魔法弾が放たれた。わざと外した先ほどの一撃とは違う。正真正銘、彼女を射抜く為の弾丸。 しかし今度はなのはも対応した。プロテクションを展開しティーダの魔法弾から身を守る。すかさずフェイトが飛び出した。バルディッシュが居なくても身体強化の魔法やブリッツアクションは使える。そして彼女には魔力変換資質がある。魔力が足に集中し電撃を纏うと、それを身体強化と加速に物を言わせて一気に振り抜く。狙いはティーダ。せめてこの蹴りで身体の自由を奪い速やかに捕獲することがティアナの為だと信じて。

 だが相手は1人では無い。ティーダとフェイトの間にゼストが割り込み片手でその蹴りを受け止めた。

 まるで鋼鉄の柱に蹴り込んでいるような感覚にフェイトは顔をしかめる。しかしすぐに足を引き、今度はその足を軸に体を回転。逆足での回し蹴りだ。だがゼストはそれすらも難なく掴み、フェイトの体が倒れ天地がひっくり返った。思わずスカートに抑えてしまったのは女性故の性か。

 が、羞恥に顔を赤くするよりも更にフェイトの視界がぐるりと回る。ゼストが片手でフェイトの体を大きく振ったのだ。そして一気に放り投げる。如何なフェイトとはいえ対処のしようが無くそのまま壁に激突するかと思いきや、今度はそこになのはが割り込んだ。自分の体をクッション代わりにしてフェイトを受け止める。優しくフェイトをキャッチするなのはが片目を瞑った。

 

「大丈夫? フェイトちゃん」

「うん。ありがとう、なのは」

「なんのなんの。でも、不味いね。やっぱりレイジングハート達が居ないと全然歯が立たないよ」

「うん。こういう時デバイス持ち込み不可っていうのは厳しいね。足止めすらできない」

 

 瞬間の攻防だけで分かる力の差。やはりデバイスが無いというだけでこうも如実に現れる。

 そして2人が厳しい視線を向けた先では、ゼストが軽く手の感触を確かめていた。

 

「ふむ。なかなか良い蹴りだ。最近の魔導士は体術もなかなかと見える」

「近代ベルカ式も普及してきたし、その煽りかもしれません。それにしても、黒のレースとはまた歳の割にアダルティなもん履いてんのね……。最近の娘は進んでるな~」

 

 バッと内股になり、フェイトがスカートを押さえる。みるみるその顔が、今度こそ羞恥に染まっていく。

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるティーダの頭に心底呆れ顔をしたゼストの拳骨が落ちた。

 頭を抱えてうずくまるティーダ。それをフェイトは肩を震わせ、真っ赤にした顔と涙目で睨みつける。

 

「……見たんですね?」

「これでもガンナーなんで、目の良さには自信があります……ってゼストさん! 怒んないで! お願いだから拳を上げないで!」

「さっきまでの緊張感はどこに行った……。こんな時にふざけるならば俺がお前を成敗して彼女達に突き出すぞ」

「いや、それは駄目ですって! さっき要って言ったばかりじゃないですか!」

「ならば余計な事を言うな。今は目の前の事に集中しろ」

「……集中して見た結果なんですけど」

「何か言ったか?」

「いえ! 何も言ってません!」

「……罪状追加。公然わいせつ罪及び痴漢行為を加えておきます」

「ノオォォォォッ!! それは勘弁してくれ! いくらなんでもそれは嫌過ぎる!!」

 

 新たに加えられた罪状に頭を抱えたティーダの悲鳴が木霊する。だったらスカートで蹴りなんかすんなよ! と思ったティーダは悪くない。きっと悪くない。

 一方で、未だ羞恥は取れないがゼストとティーダの寸劇はフェイトが現状を踏まえる程度には十分な時間だった。さて一体どうしたものか。未だに2人の事を信じ切れていない上に、聞いていた人物像とは大分かけ離れたあの男が本当にティアナの兄かと思うと頭が痛い。

 しかしその実力が確かなのだけは分かる。

 さっきの動きは今のフェイトができる最速の動きだったからだ。

 

(それなのに、その……下着をバッチリ見られてたなんて……。口だけじゃない。確かな実力がある)

「ふ……ふふふふふふ……」

 

 思わずフェイトの背筋がゾクリと逆立つ。

 聞き慣れた声で聞こえるその笑いは後ろから。恐る恐る振り返ると、ニヤァと笑みを浮かべた幼馴染がそこに居た。

 

「な、なのは?」

「フェイトちゃんどいて。今からあの変態と『お話』して来るからね? ね?」

「お、落ち着いてなのは!? 私は大丈夫だから! 気にしてないから!」

「ううん。だ~め。ああいう輩はきっちりかっきりちゃんと『お話』してこないと」

「お、おおぅ。これが噂の管理局の白い悪魔か……!」

「そもそもお前の所為だぞ変態仮面。こんな所で時間を取られるわけにはいかんというのに……!」

「変態認定ですか。ってか、今仮面着けてねーですし! うぅっ……わざとじゃないのに……」

 

 ああ、なんとイイ笑顔だろうか。その笑顔とは対照的に放たれる異様な殺気は思わずゼストとティーダすらもたじろぐほど。しかし如何に相手が管理局の白い悪魔と言えど、立ち止まる事は許されない。ゴールはもうすぐそこまで来ている。できればもっと穏便に行きたかった所だが仕方ない。

 少々手荒だが実力でご退場願おう。

 ゼストが槍を、ティーダがフェネクスを構え、更なる臨戦態勢を取ったその時だった。

 

「ぬっ!?」

「おっ!?」

 

 突如2人の足元に桃色の魔法陣が広がった!

 驚く間もなく2人の体に鋼鉄の鎖が巻きついていく。そして割れた窓から何かが疾風の如く入り込んできた。

 それは白き一角獣と電撃の槍。スバルとエリオだった。スバルはM-Systemを発動し、エリオは全身を電撃で包みこんでいる。フォワードの中でも屈指の速度を持つ2人が身動きの取れないゼストとティーダに襲いかかってきたのだ。だが、易々と2人もそれを受けはしない。直撃を受ける瞬間、ゼストの展開した魔力障壁がスバルとエリオの一撃を食い止め、その間にティーダが魔力弾を窓の外へ放つ。

 外で眩い閃光が弾けた。それは攻撃の為の物ではなく、ただの閃光弾。だが術者の意識が削げれば魔法は解除される。案の定、2人を絡め取る鎖が解けた。すかさずゼストは槍を構えると、裂帛の気合と共にそれを突き出す。

 

「絶衝!!」

「うわっ!」

「きゃあ!」

 

 ドンッ! という鈍い音と共に大気が震えた。ゼストが放つ必勝の一撃。込めた魔力を突きと共に放てば魔力は大気に作用し、大気は衝撃という壁になる。突如襲いかかる衝撃という大気の壁に弾かれ、スバルとエリオの体が宙を舞う。しかし空中で体勢を整えるとなのはとフェイトの前に2人は着地する。互いのデバイスを油断なく構え、なのはとフェイトを守る様に立ちはだかる。そしてその間にまたもや影が飛びこんできた。今度は眩暈を起こしているキャロを抱きかかえたティアナだ。

 彼女もまたM-Systemを発動させている。ティーダの指がフェネクスの引き金に当てられるが……。

 

(……クソっ!)

 

 引き金が引かれる事は無かった。そしてその間にティアナはスバルとエリオの後ろ、なのはとフェイトの前に着地する。

 

「みんなっ! どうしてここに!?」

「ヴィータ副隊長の命令です。外でAMFを発生させているガジェットを掃討していたんですが、モビルスーツが地上本部に突入するのが見えて、それでなのはさん達の力をお届けに来ました」

 

 差し出されたのはレイジングハートとバルディッシュ。やっと戻って来た相棒を受け取りなのはとフェイトにやっと笑顔が生まれる。

 

「そ、それで、フリードに皆を乗せて一気にここまで来たんです~」

「キャロ、無理しなくて良いから……」

「はい~……きゅう……」

 

 ふらふらと目を回しながらも状況報告をするキャロをフェイトが撫でると、そこで漸く彼女がペタリと座りこんでしまった。余程さっきの閃光弾が効いたのだろう。フリードも同じく目を回しながらキャロの頭の上でくた~と力無く着地していた。

 

「それで、ヴィータとリインは? ギンガも動力炉に向かったんだよね?」

「ギン姉の所にはシスター・シャッハが向かってくれています。ヴィータ副隊長は現場判断で機動六課に行かれました。六課にも戦闘機人が現れたって、直前に連絡があって……」

 

 傍となのはとフェイトが顔を見合わせた。

 やはりそういう事か。襲撃直前に危惧していた事が現実に起こり始めている。しかも最悪の方向に。

 

「それで襲撃者はあのふた……り……?」

「ティアナ! 見ちゃダメ!」

 

 なのはの制止は遅かった。

 振りむいたティアナの目が大きく見開かれる。あの姿、間違いない。何度も見たコードフェニックスの姿。しかし今は仮面が無い事で素顔が晒されている。

 どういうこと? これは一体なんの冗談? 嫌。信じられない。信じたくない。

 頭はそれを拒否している。しかし心は受諾している。

 頭はこれが嘘だと言っている。しかし心はこれが真実だと告げている。

 

「にい……さん?」

 

 絞り出すようにそう呟くのが精一杯。構えようとしていたクロスミラージュをだらりと下げ、全身が細かく震えている。スバル達もティアナの呟きに驚き、何度も彼女と目の前の人物を見比べていた。

 そして、その肩になのはが手を置く。真っ直ぐ前を見て、しっかりと事実を告げる為に口を開いた。

 

「ティアナ、よく聞いて。信じられないだろうし、信じたくないと思う。でもあの人は死んだ筈の貴方のお兄さん。ティーダ・ランスターその人……だってさっき言ってた。私もフェイト隊長もさっきそれを知ったんだ」

「そんな……! 死んだ筈の兄さんが生きていて、それがコードフェニックスで、地上本部の襲撃者? ……冗談言わないで下さいよ」

「でもティアナ」

「あの人は!」

 

 なのはの声を遮る様にティアナは声を張り上げた。それは最早叫びに等しい。全てを拒絶するかの様な悲痛の叫びだった。

 

「誰よりも管理局の一員である事に誇りを持っていたんです! そしてその誇りを胸に抱いて死んでいったんです! それを今更生きていて、今まであたし達と何度も戦って、地上本部を襲撃したって言うんですか!? あの人が生きているっていうならなんでレンさんやシュテルや皆は何も言ってくれなかったんですか!? なんで今更あたしの目の前に出てくるんですかっ!!」

 

 答える者。いや、答えられる者はいない。ただただ、ティアナの叫びだけが廃墟同然の階に響く。

 しかし、その中で1人。一歩前に出る人物が居る。

 彼は真っ直ぐに自身のデバイスを持ちあげ、その銃身をティアナに向けた。

 

「前を向くんだティアナ」

 

 ビクリとティアナの体が震える。最早聞く事は敵わないと思っていた声。記憶の中にある優しいその声も、今はただ冷たく、突き放すよう。

 

「そう。ティアナの知るティーダ・ランスターは死んだ。ここに居るのはティーダ・ランスターと呼ばれた者の残滓だ。レン君やシュテルちゃん。マークが真実を告げなかったのはそれを分かっていたからだと俺は思う。ティアナ、もう俺の影を追うな。ティアナはティアナの成すべき事を成せ。管理局員としての務めを果たせ。俺は、俺の成すべき事を成す。全力でな」

「いや……。嫌だよ! そんなの嫌だよ兄さん! なんでそんな事言うの!? なんでそんな酷い事言うの!? ねぇ、お兄ちゃん!!」

 

 最早叫びを通り越して絶叫。涙をボロボロと流し、ティアナはティーダに駆け寄ろうと足を踏み出す。

 しかし、それは叶わない。彼女の進路を遮るように、足元に魔法弾が撃ち込まれたのだから。

 それを信じられないと、ティアナはいやいやと子供の様に頭を振るだけだ。ティーダは変わらず冷たい視線を向けている。そしてその横でゼストが大きく溜息をついていた。

 

「何度も言わせるな。何度も撃たせるな。良いかティアナ。もう俺は君と同じ道は歩けないんだ。……ティアナにはもう十分に信頼できる仲間がいるだろう? ならばその人達と信じた道を進みなさい。それが兄として言える最後の言葉だよ」

 

 その声にハッと顔を上げる。その先でティーダが微笑んでいる。声も先ほどの様に冷たく、突き放す物では無い。

 なのはとフェイトに頭を下げた時と同様、優しく慈愛に満ちた声だった。

 しかし、それで納得できるならば誰も苦労しないというものだ。

 

「この……分からず屋―――ッ!!」

 

 電撃が弾ける。一瞬の雷光と共に飛び出す黒い影が戦斧を振り上げ迫る。

 受けるは割り込む槍。ゼストの槍がフェイトのバルディッシュを受け止め、甲高い音が響き渡る。

 厳しい表情のフェイト。どれがティーダの本音なのか、もう分からない。だが唯1つ、これだけは確かに言える。

 ふざけるな! ただそれだけだ。

 

「ティアナの気持ちも考えないで! よくもそんな事が言えるなっ!! ティアナがどれだけ悲しんで、苦しんで、悩んで、ここに居るかも知らない癖に!!」

「それはお互い様だ。若き金色の魔導士よ」

「何っ!?」

「お前だってこの男がどれだけ悲しみ、苦しみ、悩んでここにいるか知らないだろう! それを知らぬ人間が容易くその様な口をきくなっ!!」

 

 ギチギチと金属の擦り合う音が一転、一際大きな金属音を響かせた。ゼストがフェイトを弾いたのだ。

 しかしその後ろから桜色の魔法弾が弧を描いて来る。今度こそティーダはフェネクスの引き金を引き、それらを全て撃ち落とす。

 その魔法弾はなのはの放った物。彼女もまたバリアジャケットを纏い、レイジングハートを構えていた。

 なのはももう、ティーダの本音が何処にあるのか分からない。先ほど、ティアナの事で頭を下げたティーダ。一転してティアナに冷たい態度を取るティーダ。どちらが本当のティーダなのか。いや、もしかしたらどちらも本当のティーダなのかもしれないが、なればこそこの衝突に意味が感じられない。

 これではただ、悲しみだけが広がっていくばかりだ。

 そんな事なのはは望んでいない。だからこそ、彼女は彼女らしく声を張り上げる。

 拒絶されようとも、彼女は自分の言葉を伝える為に声を張り上げる!

 

「確かに私達はティーダさんの事を何も知りません。でも! だからってこんなのはあんまりです! 貴方達が何を考えているのか私達にちゃんと教えて下さい! ティアナの事もそう。私達はもっとちゃんと話し合い、理解する事ができるのではないですか!?」

「……それこそ叶わぬ事。互いに譲れぬ物がある以上、お前の言う話し合いは平行線を辿るしかないぞ白き魔導士。……そして最早その様な時間も無い。タイムアップだ」

 

 それは刹那の出来事。ゼストの言葉の意味が分からず、一瞬だけなのは達の動きが止まったその瞬間だった。ゼストとティーダの背後の床から飛び出した水色の髪の少女が、2人を抱くとそのまま床に吸い込まれるように消えていったのだ。

 一体何が起こったのか、さっぱり理解できないなのは達。

 言えるのは唯1つ、逃げられた。ただそれだけ。

 そして残されたティアナは意識を失い、糸が切れたように倒れ込むのだった。

 

 

 

「良かったのか? あれで」

「……はい。下手に情を入れる訳にはいきませんから。むしろ突き離して正解だったと思ってます」

「ならば次からは躊躇わず引き金を引け。その想いを徹底しろ。分かっているぞ。お前の妹が入って来た時にお前は引き金を引かなかったな? それに最後もお前は当てなかった。兄として彼女を見て、声をかけ、背中を押した」

「……面目次第もありません」

「分かっているなら良い」

 

 ゼストはそう短く呟き周りを見渡す。そこにはこの階を守っていた管理局員が全て失神して倒れていた。

 これをやったのは目の前で得意顔をしているセインである。彼女がたった1人でこの階を制圧。そしてゼストと秘密裏に連絡を取り、この階に彼らを緊急避難させたのだ。

 

「助かった。あのままでは埒があかなかったからな」

「良いですって。ここまで来れば目的の会議室まではこのナンバーズのNo.6、セインが直行超特急でお送りしますよ!」

「頼む。本来ならお前は諜報部員のお前を表に出すのは避けたかったがそうも言ってられん。もう一働き頼むぞ」

「アイアイサー♪ それじゃ、早速行きましょうか」

 

 目的の場所はこの階の上。本来ならゼストとティーダで突入する予定だったが、セインの能力があれば場所は大した意味を持たない。既に目的は達成されたも同然だった。

 セインが2人の腰に手を回す。そして3人同時に跳躍するとその姿は天井に吸い込まれていった。

 

 

 そして舞台は再び公開意見陳述会中の会議室。

 突如現れたスカリエッティに場内は騒然としていた。加えて数刻前に感じた衝撃。外から聞こえてくる衝突音。間違いない。何者かが地上本部にモビルスーツで突撃し、内部に潜り込んだのだろうとはやては目を細める。

 分からないのはスカリエッティだ。何故このタイミングで姿を見せた? 煽り? 場の混乱? どれであろうが何かしら目的があって然りなのは間違いない。

 

「ふん、貴様がジェイル・スカリエッティか。地上本部の襲撃など随分と味な真似をしてくれるな」

「叩ける物は叩ける内に。潰せる物は潰せる内に。AMFの対処もままならない。モビルスーツの対応もできない。ご自慢の防御システムとて所詮はプログラム。その程度の物、私にかかればパズルを組むより簡単に組み変えられる。そんな所、攻めて下さいと言っているようなものだろう?」

「その様な大口を叩くのであれば直接お前が出向けば良いだろう!」

「生憎と私は臆病なのでね。それにたった1人では戦う力も無い非力な科学者。そんな男がわざわざ敵地に乗り込む筈がないだろう? 子供でも分かる論理だ。少しは頭を使うことだね。レジアス中将殿?」

 

 ギリっとレジアスが奥歯を噛み締める音が遠く離れたはやてにも聞こえてきそうだ。嘲笑うスカリエッティにレジアスの肩が震えている。はやてとて腸が煮えくり返る気分だ。

 完全に遊んでいる。

 あからさまにそれが分かるから、尚腹が立つ。

 

「それくらいにしておけスカリエッティ」

「おや、随分と到着が遅れたようだね。些かこの中将殿をおちょくるのが可愛そうに思えてきた所さ」

「こちらにも事情があるのだ。許せ」

「……君の旧友をおちょくる事に関してはスル―かい?」

 

 少しがっかりしたスカリエッティの言葉を無視し、一層ざわつきが大きくなった。無理も無い。突然大画面の近く、床から人が現れたのだ。

 茶色のコートに身を包んだ壮年の騎士。茶色の髪の魔導士。そして水色髪に同色のボディースーツを着た少女。

 

「ゼスト……、お前なのか?」

「久しいなレジアス。おめおめとこうして生き恥を晒しながらお前の所に来る事ができた」

 

 先ほどまでの強気な姿勢は何処へやら。レジアスの体が震えている。実際、幽霊を見ている気分なのは間違いない。そしてゼストもまた久方ぶりの旧友との再会に頬が緩んでいた。

 しかし。

 

「さて、これで奏者は揃った。だがまだ足りない。君達奏者を指揮する者がまだ足りない。君達は知らないだろう? この世界が誰の手によって奏でられているかをね。それが指揮者。今からその指揮者を紹介するとしよう」

 

 大袈裟に両手を広げるスカリエッティだが、会議室の重鎮達は誰1人として話の意味を理解していない。

 言わずもがな、はやても彼の言っている意味が分からない。伝説の三提督の事を言っているのかとも思ったが、彼は先ほどから全くと言って良い程に目もくれないでいる。つまりこの3人で無いと言う事だ。

 ちらりとカリムを見たが、彼女も首を横に振っている。カリムでも知らない何か。まだ管理局には知らない何かがあるのか。

 どんだけブラックやねんと心の中で呟き、今度はレジアスを見て、やっぱりブラックだと諦めた。

 レジアスの顔が真っ青になっていたからだ。この騒ぎで気付いている者は殆どいないようだが、人知れず彼の顔が青くなっている。

 間違いない。彼は何かを知っている。

 

「時は旧暦。ここに集まりの皆様はその時代に次元世界を平定し、管理局の基礎を築いた人物がいる事をご存知だろうか?」

 

 謳う様にスカリエッティは言葉を紡ぐ。

 それはまるで舞台を盛り上げる語り部。はやて達は奏者であり観客。

 語り部の言葉に観客は静まり返り、次の言葉を待つ。本能は危険を知らせている。だがその先を聞くのを怖いと知りながらも、耳を傾けずにはいられない。

 それが言葉の魔力。スカリエッティの語りには聞く者を縛り付ける魔力がある。

 

「彼らは戦った。質量兵器と魔力が混濁する世界を平定しようと。そして平和は訪れ、彼らは英雄となった。だが彼らの名を知る者はいない。無冠の英雄。彼らにこそそれは相応しい。だがしかし、しかしだ。英雄とは乱世の中でこそ輝く。乱世が終わり、平和な世界に英雄は要らない。有り余る力は平和な世界には不要で、力の無い者には畏怖となる。英雄はそれを知っていた。それでも尚、世界の平定を願い、彼らは闇に消えた。闇の中でこの世界を見守る為にだ。そして幾星霜、その英雄のなれの果て。それが、これだ!!」

 

 語り部が幕を上げる。

 巨大スクリーンの画面が分割し、そこに写されたモノに誰もが息を飲む。

 スカリエッティの語る英雄。世界の平定を願い、自ら闇の中に姿を消した無冠の英雄。

 

 それは、培養ポッドの中に浮かぶ三つの、脳。

 

 コードに繋がれた脳がポッドに浮かぶ姿は、生きている人間に凄まじい不快感を与える。

 見た目がグロテスクなのもあるのだが、それ以上にそれは人間にとってとてもありえない姿だからだ。

 人間に限らず、動物は肉の塊だ。その容姿を決めているのは身を包む皮に過ぎない。それを剥がしてしまえばただの肉塊で、その下には柔らかい内臓や堅い骨がある。そんな事誰もが知っている事なのに、誰もが一皮剥いただけのそれに不快を覚えてしまう。

 そして剥き出しの内臓や肉、骨は生きている人間にとって『死』をイメージさせるだろう。何故なら生きている人間がそれを直に目にする時は大抵、死が身近に迫っている時だ。だから人間は本能的にそれに死をイメージさせる。故に剥き出しの内臓や脳といったものに不快を覚えるのではないだろうか。

 無論、それが全ての人間に当てはまる訳ではない。だからこれはあくまで一般論で、ごく普通の人間に照準を合わせた話だ。

 だがこの会議室には、そのごく普通の人間が集まっているのだ。

 目を逸らす者、吐き気を覚えて口を押さえる者。

 誰もが不快を覚えている。喜んでそれを見ている者等誰も居ない。

 はやても胃液が逆流してくるようだった。見ているだけで気分が悪くなる。隣でカリムも顔を真っ青にしている。シグナムも眉間に皺を寄せている。

 

「これが英雄の末路! 世界の平定を願い、それだけを願った者の末路! 管理局を裏から操る者の正体だ! 皆々様、しかと目に焼きつけよ! これが貴方達を操る者だ! だがこれで終わりでは無い。これより語るはその一端。体という枠を捨て、脳のみとなった英雄が目指した野望の話だ!」

 

 その中で一際異彩を放つのがこの男、ジェイル・スカリエッティ。

 彼の口から語る物はまだ終わりを告げない。

 

 むしろ、これからが本番だ。

 

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