魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第34話 天使の落日

1

 

 

 

 レンは内心焦っていた。

 時間が無い。その一点で。

 レンとキールの腕にあまり差は無いだろう。キールは弱くなったと言っていたが、そんな事はないと言い聞かせる様に首を横に何度も振る。そしてハルファスとクアンタ。機体そのものにも大きな差は無い筈だ。確かにクアンタは数あるモビルスーツの中でもトップクラスの性能を持つ機体であるし、はっきり言ってチートじゃねぇの? とレンが声を大にして言いたいくらいのモビルスーツだ。

 勿論ハルファスだって負けてはいない。その攻撃力は折り紙付きだ。さすがは元アプロディアの愛機、ジェネレーションシステムオリジナルのガンダムと言うべきで、決してクアンタに見劣りする事は無い筈なのである。

 しかし、今のレンはその力を十二分に引き出せているとは言い難いのは彼自身が良く分かっている。

 本来あるべき物が今のハルファスガンダムには無いのだ。それが懸念となって、ブレーキになってしまっている。そしてそれはハルファスガンダムに限らず、Spirits全ての機体に言える事でもあった。

 

「レン、集中して! クアンタが来るよ!!」

「くっそ!!」

 

 目の前に迫る淡緑色の刃をビームサーベルで受けるもクアンタの太陽炉が一層輝き、散る粒子の量が増加した。それに伴ってクアンタの出力が上がりハルファスを押し始める。このままでは地面に叩きつけられると判断したレンはハルファスの羽を動かし、クアンタに突き付けた。

 走る閃光。翼の先からビームを照射しクアンタを引き剥がすと、その照射を維持。巨大なビームサーベルと変え、ハルファスは大きくそれを薙ぎ払った。

 だがクアンタも空中を滑るように動き、きっちりGNガンブレイドからビームをばら撒きながら避けていく。連射性に優れたそれを嫌がり、ハルファスは旋回しながら距離を離すしかなかった。

 ちらりとエネルギー残量に目を向ける。

 残量は……、既に半分を切っている。

 レンの顔が一層曇った。懸念が現実の物になろうとしている。

 

『エネルギー残量が厳しいんだろ?』

「はっ! 何言ってやがる」

『強がるなよ。今のハルファスを動かしているのは魔力炉だ。元々搭載されていたものでも無く、むしろスペックダウン。周囲の魔力素を取りこんだって限界がある。その上、地上本部からの連戦だ。ガジェット相手ならまだしも、俺達相手に後どれくらい耐えられる?』

「……」

 

 悔しいがキールの言う通りだ。これまで通りガジェット相手であれば、十分な量のエネルギーだろう。

 しかし対モビルスーツとなれば話は違う。むしろキール達が敵となった時から予感はあった。だがこれが管理局としてのSpiritsの限界。管理局という枠の中で動く為の限界なのだ。

 

『沈黙は図星と見なすぞ。……なぁレン。お前なら俺達の怒りも、苦しみも、悲しみも分かるだろ? なのにお前はあの真実を知っても俺達と戦う選択をした。だからな、俺も手を抜くつもりは無い。ハルファスが本調子でなくても、俺は全力でお前を落とすぞ』

「……らしくねぇなキール。少し饒舌なんじゃないか?」

『何だと?』

「さっきから聞いてりゃベラベラベラベラと。ふざけんじゃねぇ!」

 

 両手でビームサーベルを逆手に構える。やや前傾気味に左手を前に、右手は後ろに。

 レンが生身で戦う時のスタイルだ。

 エネルギー残量がどうとかなんてもうどうでも良い。残る全てでクアンタを落とす事を決めたレンの気迫がハルファスから溢れ出し、キールを一瞬たじろがせる。

 

「甘ったれるんじゃねぇよ。お前の怒りも、苦しみも、悲しみも俺にはきっと、いつまで経っても俺には分からない。そんな俺が分かったって言えばそれでお前は納得したってのか? そんな安っぽい同情したくないんだよ! 俺はお前が這いあがってくるって信じてる! あのジェネレーションシステムの時みたいに!!」

『……ジェネレーションシステムか』

「そうだ。あの時俺はお前がアメリアスの呪縛から抜け出せるって信じてたからな。今回だってそうなんだぞ? 這い上がるのに手が欲しいなら貸してやる。でもその前に、お前が間違ってると思うから俺は全力で止める! ぶん殴ってでも絶対に止めて見せるぞ! それが俺が今、親友としてできることだ!」

『……ったく、親友とかクサい事言ってんなよ。似合わねぇんだって』

「う、うるせぇ!!」

『だが、まぁ、そうだな。その方が俺達らしいよな。分かった。だったら親友らしく俺を止めて見せろ! レン・アマミヤ!!』

「言われなくてもやってやるさ! キール・アルド!!」

 

 互いの名を呼び、ハルファスとクアンタが猛然と前に出た。武器を手に持ちながらも、全くそれを使う素振り無く二機はただ真っ直ぐに前へ飛び続ける。機体がアラームを鳴らし、パートナーの少女達が止めるのも聞かず、レンとキールは前を見続けた。

 そして盛大に轟音が響く。お互い額から激突したのだ。ふらふらとよろけた二機だったが、最初に動いたのはハルファス。クアンタの胴に蹴りを入れ一度は距離を取ると再び前へ急加速しGNガンブレイドごと左手を斬り飛ばす。爆発で跳ね上がる左腕。しかしキールはそれを強引に戻し、盾の刺突をハルファスの顔面に叩き込む。今度はハルファスがよろけ、右のカメラアイが割れる。だがレンも強引に機体を戻し、お返しだと言わんばかりにクアンタの顔面に拳を叩き込む。

 再びよろめくクアンタに向かい、ハルファスがビームサーベルを引き絞る。

 

「貰ったぁ!!」

『まだ終わらんよ!!』

 

 キールの声が先か、クアンタが赤く発光するのが先か。ともあれ、ハルファスの剣がクアンタに突き立てられる事はなかった。それよりも速くクアンタはその場所から姿を消していたのだから。そして突如背中から走った衝撃にハルファスの体が大きく揺らぐ。揺らいだ所へ更に追撃。尚も追撃。赤く発光する光の斬撃にハルファスはたちまち翻弄され、その身を削られていく。

 トランザムを起動させたクアンタの力を味わうのはこれが二度目。ジェネレーションシステムでも翻弄されたが、あの時はデルタカイのナイトロを最大稼働させる事で乗り切る事ができた。

 だが今のレンにナイトロは無い。どうする? 止めると啖呵を切ったのは良いが、トランザムを起動したクアンタを捕えられなければ話にならない。いや、待て。思い出せ。あの時ナイトロを使う前にも一度トランザムを捕えたはずだ。自分の感応力を高め、クアンタの挙動を感じる取る事で。

 レンの手にそっと添えられる少女の手。キリエが無言で頷くのに、レンも頷き返す。

 信じろ。自分を信じろ。キリエを信じろ。ハルファスを信じろ。全てを信じろ。

 やれない事は無いと信じろ!

 

「そこだっ!!」

 

 遂にハルファスが剣を振り上げた。赤い閃光を捕えたかに見えたそれだったが、その眼前で閃光が霧散していく。やはり機体の量子化か。あの時もこれに苦渋を舐めさせられたが、それもまた織り込み済みだとレンは自分の感じるままにハルファスの剣を振るった。

 そしてそれは遂にクアンタを捕える。実体化した所へ振られるビームサーベルをキールは受け止めるしかなかった。だがまだトランザムは続いている。見切られたとしても、また仕切り直せば良いと再び動こうとした時だった。

 

「させねぇよ! ファンネル!!」

 

 飛び出した翼が次々とクアンタにビームの雨を降らせたのだ。その攻撃にトランザムが解除され、クアンタが元の色彩に戻っていく。ならばとキールもGNソードビットを飛ばす。鍔迫り合いを続ける二機の周囲をファンネルとソードビットが互いに食い破らんと飛び交う。そしてビームがクアンタの、刃がハルファスの体に突き刺さり、遂に二機が爆発を起こしたのだった。

 

 

 

「レン! キリエ!」

 

 ブラッドのヤークトアルケーと激戦を繰り広げ、右足を失くしたゼロカスタムからシュテルの叫びが響き渡る。爆発の煙の中から地上に落ちて行くハルファスとクアンタ。両者の激突は相討ち。轟音と共に地面に激突した二機にシュテルの顔がみるみる青冷めていく。

 だがそんな暇をブラッドは与えてくれない。鳴り響くアラームは襲撃の音。反射的にゼロカスタムを動かしたシュテルのすぐ脇を赤黒い粒子が通り過ぎて行った。

 

『ちっ、外したか。お前があいつらに気を取られてる間に落とせりゃ御の字だったんだがねぇ?』

「ブラッド……! ああ、いいえ。確かにこの状況で脇見をする私が悪いのですね。良いでしょう。私は私の戦いをし、貴方を破ってからレン達の所に行きます」

『くはっ♪ そうだ。そうこなくっちゃ面白くねぇ!!』

 

 右手一本のみでヤークトアルケーもGNバスターソードを構えている。失った腕はシュテルの猛攻に払った犠牲。しかしそれでもなお、ブラッドに戦意の低下は見られない。むしろそれすら楽しむかのようにヤークトアルケーはシュテルの前に立ち塞がる。

 

『そらっ! 行けよファング!!』

 

 再度動きだしたのはブラッド。ヤークトアルケーのスカートから射出される血色の刃、GNファングをゼロカスタムが踊る様に避ける。だが見た目の優雅さの裏でシュテルの精神はギリギリの所にあった。ゼロシステムを最初から稼働させ、膨大な量のデータをルシフェリオンと共に処理している為、いつ集中力が切れてもおかしくはない。そしてそれはブラッドにも気付かれているだろう。あれはそういう嗅覚に優れている。

 チャンスは多くないだろうとシュテル自身が自覚しているが、退く事は許されない。GNファングを避けきった彼女はその軌道のまま、ツインバスターライフルの引き金を引いた。

 GNファングを巻き込みながら走る膨大なエネルギーの奔流を避けながらブラッドもGNランチャーで反撃。しかしシュテルはまたその血色の奔流を掻い潜り、今度は接近を試みた。マシンキャノンで牽制しながら近づき、後もう少しで互いの接近戦圏内という時。ゼロカスタムが分割したバスターライフルの一挺の手を離し、一気に急上昇する。

 思わず面喰ったのはブラッドだ。接近戦になると予測して大剣を抜いた所に、いきなりバスターライフルが迫ってくればさすがの彼でも一瞬パニックに陥る。

 しかしそれでも体は正直だ。体が対応し、GNバスターソードがそれを一刀両断。爆発が二機の間で巻き起こった。

 

 今だ!

 

 ギラリとゼロカスタムの双眸が輝く。爆炎の中に突っ込みビームサーベルを抜き放つと、抜けだした先に待っているヤークトアルケーを両断する勢いで光刃が弧を描いた。だがしかし、本能で感じたのか、それともシュテルの動きを読んでいたのか。ブラッドは機体をギリギリで後ろに倒してこの難を逃れたのである。そして光刃が捉えたのは空しくもGNランチャーの砲身のみ。これぞ勝機と、ブラッドは機体を翻し爪先から発したビームサーベルがゼロカスタムの胸を切り裂いた。

 

「まだまだぁっ!!」

『いい加減うざってぇっ!!』

 

 純白の翼が羽ばたき、ゼロカスタムが大きく旋回。剣を手に再度突撃を試みる。ヤークトアルケーもライフルとGNファングで応戦。しかし赤い弾丸と血色の刃の中をゼロカスタムはただひたすらに突き進む。

 肩が、羽が、胴が足が、被弾し爆発を起こしてもゼロカスタムはひたすらに突き進んだ。

 

「これでぇっ!!」

『させっかよぉっ!!』

 

 裂帛の気合を込めた両者の声が響き渡る。

 二人の気合いを代弁するかの如く、ゼロカスタムのビームサーベルとヤークトアルケーのGNバスターソードが正面からせめぎ合う。

 だがそれも一瞬。次の瞬間、ヤークトアルケーの右腕が宙を舞っていた。

 そしてゼロカスタムはもう一本のビームサーベルを煌々と輝かせ、天にその刃を伸ばしている。

 二刀流。それはまるでレンとキリエのハルファスの様に、シュテルのゼロカスタムがその手に二本の剣を携えているではないか。

 

「終わりですっ!!」

 

 くるりと機体を翻し、遂にゼロカスタムの剣がヤークトアルケーの胴を両断。駄目押しとばかりにマシンキャノンをありったけ撃ちこむ。

 各所爆発を起こした上に飛ぶ力と四肢を失い、そのまま地面に叩きつけられるヤークトアルケー。それをシュテルは荒い呼吸をしながら見つめていた。

 

「ハアッ、ハアッ……。なんとかなりましたか」

 

 後はブラッドをコックピットから出して逮捕すれば終わりだ。あれだけの機体損傷で逃げ出せるとは思えないが、相手はブラッドだ。用心するに越した事は無い。

 それを念頭に置いてゆっくりと下降しようとシュテルが操縦桿を握り返したその時、突然アラーム音が鳴り響く。驚く間もなく、ゼロカスタムを囲むように魔法陣が展開する。そしてそこから姿を現したのは殲滅したはずのガジェット・ジャベリンが大きく腕を広げているではないか。量産型モビルスーツ、ジム系列の最終到達点の機体を模したガジェットがゼロカスタムに組みついてきたのだ。

 

「このっ! 離しなさい!」

『無駄だ。そいつに組みつかれたが最後。お前の機体はもう動けない』

 

 くくくっと笑うブラッドの声がコックピットに響いた。耳障りな声を振り払うようになんとかゼロカスタムを動かそうとしたシュテルだったが、そこで漸く自身に起こる異変に気付く。機体の出力が上がらないどころか魔力炉そのものが活動停止をしてしまっているではないか。

 何故? いや、導き出される結論はたった一つ。

 

「AMF!?」

『ご明答。さっすがシュテルちゃん。こんな状況でも頭が回る回る』

 

 シュテルの推察通り、原因は組みついているガジェット・ジャベリンが発生させたAMFだ。それが魔力炉に作用し、活動を停止させてしまっているのだ。人間なら魔力強化を行い対処する術はある。しかし機械は一定濃度を越えた時点で完全沈黙してしまう。つまり完全に手詰まり。今のシュテルにこの状況を自力で打破できる手段は残っていなかった。

 

(……レン。ごめんなさい。でも!)

 

 ルシフェリオンを外しそっと胸に抱きかかえる。

 そして瞳を閉じた瞬間、閃光と衝撃がシュテルを包み込んだ。

 

 

 

2

 

 

 

 信じられなかった。

 信じたくなかった。

 目の前で起こった惨劇にレンの伸ばした手は空を掴み、キリエは言葉を失くしている。

 それは天使が落ちる瞬間。

 組みついたガジェット・ジャベリンもろとも他のガジェットが槍を天使に突き立てていた。噴き出したオイルはまるで鮮血の様に槍とガジェットを濡らしながら地面に降り注ぐ。美しかった純白の羽と空の様な青い体をオイルの黒に染め、ガジェットの起こした爆発に羽と四肢を失った天使が地に落ちていった。

 それを見ている事しかできなかったレンが伸ばした手を拳に変え、コンソールに叩きつける。助けに行きたい。シュテルがこんな所で倒れるなんて考えられない。考えたくも無い。だが機動六課全域を囲むように再配備されたガジェット・ジャベリンが広域にAMFを発生させ、ハルファスも身動きが取れないでいる。幸い魔力炉停止までには至っていないが出力は既に危険域に到達し、機体の維持だけで精一杯なのだ。

 しかも今のハルファスは傷だらけ。クアンタのGNソードビットの直撃を受けた挙句、ゼロカスタムと同じく動けなくなった所をガジェット・ジャベリンの槍に襲われたのだ。その為に羽は砕け、肩腕片足を失っている。

 悔しいが、今のレンにシュテルを助けに行く事は不可能だ。

 これが限界なのか? 諦めにも似た思いがレンを包み込んでいく。

 一寸先の希望、それすらも残っていないかと思われた。

 

 

 

『まだだっ!! まだ諦めちゃ駄目だ! しっかりしろ、レン!!』

 

 

 

 唐突に声が響き渡る。

 聞き慣れたその声。その声が折れかけたレンの心を繋ぎ止める。

 

「……レヴィ?」

「そうだよレン! レヴィだよ!!」

 

 それはレンを叱咤するのはレヴィの声。そしてキリエもその声に顔を上げ、少しばかり戻って来た希望に涙を拭う。外に目を向ければ、遠く青い稲妻がゼロカスタムに向かっている姿が見えた。

 

『シュテるんは絶対生きてる! だからレンが諦めちゃ駄目! ボクがシュテるんを助けに行くから!』

『そうですよレンさん! まだ全部が終わったわけじゃありません!!』

「……その声、キャロか?」

『はいっ!!』

 

 続けて聞こえてきたのはキャロの声。繋がった映像付きの通信の向こうでキャロがすすの付いた顔で微笑んでいた。その画面の向こうにはまだ諦めていない仲間達の姿が見える。

 そして、ヴィヴィオをしっかりと抱きしめたカチュアの姿がそこにあった。

 

『八神部隊長の予測通り、狙いはヴィヴィオでした。AMFが強くなって戦闘機人には逃げられちゃいましたけど、でもまだヴィヴィオは私達の所に居ます! まだみんな必死にヴィヴィオを守っています! だからまだ終わっていません! だから……、レンさんもまだ諦めないで下さい!!』

「そうか……。まだ終わりじゃないんだ。終わってないんだ……」

「そうだよ。まだみんな諦めてない。私達もここで諦めちゃ駄目だよね!」

 

 少しずつ見えてきた希望にレンとキリエが頷きあう。

 はやてからフォワード達を六課に連れて言って欲しいと言われた時は何を言っているのか分からなかった。本来ならばはやてとなのはが行くべきではと説いたが、彼女達はレジアスと共に確認したい事があるという。そして、スカリエッティの言った“鍵”。それがはやての中で引っ掛かっていた。 それが何かは分からないが狙いだけは絞れる。最高評議会とスカリエッティの関係。コールドスリープされていたカチュア。彼女と一緒に運ばれていたヴィヴィオ。もしかするとあの時、地下でガジェットが追っていたのはレリックだけではない。カチュアかヴィヴィオ。若しくはその両方を探していたのではないだろうか。

 それを確かめる為にアプロディアと共に六課に来たフォワード達。そして狙いはヴィヴィオの方だった。

 そのヴィヴィオがまだ自分達の所に居る。

 勝利条件はまだ、達成できている。

 ならばやる事は決まっている。この場を切り抜け、なんとしてもシュテルを助ける事。それが新たに追加されたレン達の勝利条件だ。

 しかしその為にはなんとしてもハルファスが動かなければならない。しかし事実上、ハルファスは戦闘不可能。どうする? 足りない一手をどう補う?

 

「……ああ、そっか。その手があったな」

「レンがそう言う時って絶対ロクな事じゃないよね」

 

 キリエの突っ込みに耳が痛い。前例があるだけに否定できないのがレンの痛い所だ。

 そして目を細めてこちらを見ている彼女だったが、やがて大きな溜息をつき、やれやれと肩を竦めた。

 

「で、何を思いついたの? とりあえず聞いてあげる」

「俺のリンカーコアを魔力炉に直結させる。俺が魔力を集めて強制的に魔力炉を動かすんだ。それならなんとかハルファスを動かす事ができる……はず」

「……相変わらず考える事が無茶苦茶ね。あのねぇレン。魔力炉を動かす為にどれだけの魔力が必要だと思う? 魔力を掻き集めて魔力炉を動かしたとしてもそれを維持しなきゃならないのよ?」

「分かってるさ。でもそれしか方法が無いっていうか、思いつかないんだ、なぁキリエ、結論から言ってくれ。できるのか、できないのか。どっちなんだ」

 

 真剣な目でキリエに問いかける。御託は良い。まずは可否を聞かせてくれ。

 数秒見つめ合った後、はぁ、とキリエがまた大きな溜息をついた。

 全く、そんな目をされたら止めたくても止められないじゃない。ナイトロを最大稼働させた時と同じ目なんだし。それに惚れた弱みというか何と言うか、やる事が無茶苦茶でも力になってあげたいと思っちゃうのよね。ホント、つくづく私も懲りないわ。

 

「結論から言えばできるわ。条件付きだけどね」

「……その条件は?」

「ハルファスは戦える状態じゃないからね。まずはハルファスを生まれ変わらせなくちゃ。その為に私がハルファスのシステムを全部掌握して、だ~いじに取っておいたプログラムを流すわ。その上で全部私がコントロールする」

「おい、まさかそれって……。それに何だよ、そのプログラムって」

「それは起動してからのお楽しみ♪。それにシステム制御は全部私任せってこと。感謝してよね~? こんなに体張ってくれる女いないわよ? ……あぁんもぅ、そんな顔しないで。だいじょーぶ。ちょっと眠るだけだから。すぐにシステムを復元して戻ってくるわよ」

「信じて、良いのか?」

「モチのロン♪ キリエさん、嘘はちょっとしかつきません♪」

「それじゃ駄目……ッ!」

 

 唇が塞がれていた。

 キリエの唇で。

 突然の事に身動きも取れない。ただ呆然と彼女の桃のように柔らかな唇の感触を受け入れる事しかできなかった。

 そして名残惜しそうに離れたキリエが髪を掻き上げて微笑む。

 

「だからもしも私が起きてこなかった時はちゃんと起こしてね。レンは私の王子様なんだから」

「おいっ! キリエ!」

 

 伸ばした手はまたも届かない。桃色の少女はその手に触れる前に消えてしまった。

 後悔。本当にこれで良かったのかという思いがこみ上げてくる。

 自分で言い出した事なのに、なんて都合の良い話だ。だが今更引き返す事はキリエの思いを無駄にする事にもなる。

 ああ、必ず起こしてやるさ。キリエの事だ。いつでも起きる準備ができてるのに、わざと起きてこないに違いない。だから絶対に、必ず、起こして見せる。

 さぁ始めよう。俺達の力でハルファスに新しい命を与えよう!

 

「リンカーコア直結! うおおおおおおおおっ!!」

 

 腹から声を絞り出す。意識を集中させハルファスの心臓に魔力バイパスを繋ぎ合わせる。

 ズキリと全身に痛みが走った。そして何もかも持っていかれる感覚にレンが呻き声を上げる。

 負けるものか。これくらいの痛みに負けてなるものか。さぁ足りないならもっと食わせてやる。心臓がまた動きだすまでいくらでも食わせてやる。この場にある魔力。その全てを持って行け!

 レンの胸に光るリンカーコアが姿を見せた。その輝きは更に輝きを増し、まるで一つの恒星の様に灼熱に燃え盛る。それは力となり、猛り狂う蒼の炎と化してハルファスガンダムを包み込む。

 その真っ青な炎の中でレン・アマミヤとハルファスガンダムに再誕の時が訪れようとしていた。

 

 

 

 不死鳥は生まれ変わる際、自らその身を炎の中に投げ出しその灰から新たな命を得ると言う。

 ハルファスガンダムを包み込む蒼炎を見つめ、キールはそんな伝説を思い出していた。

 確かにハルファスガンダムも不死鳥の系譜に連なる機体。だがあくまで機械。モビルスーツだ。

 普通に考えればあり得ない。機械が自分の力のみで進化しようとするなど考えられないが、嫌な予感だけは急速に高まっていく。

 

「くそっ!!」

 

 迷いを振り払うかの様にキールはクアンタを動かした。進化しようと言うのならそれで構わない。だがそう易々とさせてなるものか。その前にハルファスを落とすとばかりにクアンタは剣を振り上げた。

 だが剣を振り切る前に炎からぬっと伸びた手がクアンタの腕を掴み、蒼炎の中からギラリと輝く双眸がクアンタを睨んでいる。それはさながら地獄の蓋を開け、生者を連れ込まんとする悪魔。

 背筋と凍る感覚とはこの事を言うのだろう。かつてないプレッシャーと共に襲いかかるのは恐怖。

 今まで一度もレンから感じた事の無い恐怖にキールは飲みこまれていた。

 

「皮肉なもんだな。こんな状況にならなきゃ自分が恵まれてるって事を再認識できないなんて」

 

 それは静かな声。恐怖を纏いながらも、その声は静かに語りかける。

 

「仲間が希望を繋いでくれる。まだ諦めるなって背中を押してくれる。勿体ないくらい俺は恵まれているって思うよ。だからな。だからこそ俺は負けられない。キリエが託してくれたこの力で、負ける事は許されないんだ!!」

 

 蒼炎を纏う腕がグシャリと音を立ててクアンタの腕を握りつぶし、爆発を起こす。

 思わずよろけるクアンタ。そしてその目でキールは見た。

 蒼炎を吹き飛ばし、漆黒に染まる翼を広げ、それは手に光の刃を放つ大鎌を携えるその姿を。

 

「だからキール、お前は俺が絶対に止めて見せる! キリエがくれた力、みんなが繋いだ希望。その全てを以ってお前を止めて見せる!!」

 

 それは悪魔の名を冠したガンダム。

 それは例え地に墜とされようとも再び舞い上がる不死鳥。

 それはキリエの願いを込めたレンの新しい力。

 

 GGH-001C ハルファスベーゼ。

 

 かつてジェネレーションシステムの世界を混乱に貶めた機体が今度は別の世界で、レンの新たな力となって再誕したのである。

 その姿から感じるプレッシャーにキールも正直に驚きが隠せない。

 

『まさかAMF下でこんな事するなんてな……。バケモンか。お前は』

「バケモン言うな。キリエが頑張ってくれているおかげだっての。今もキリエがハルファスと一体化して必死に魔力を繋ぎとめてくれている。それを無駄にしない為にも、俺は俺のやるべき事をする!」

 

 蒼炎から紫炎へと色を変えた炎を背にハルファスベーゼが飛び出した。手にした大型ビームサイズがクアンタに牙を剥く。それはビームサーベルよりも重く、強い衝撃となってクアンタを弾き飛ばした。

 咄嗟に盾で逃れたものの、その威力はキールが冷や汗を垂らすほど。

これがあのハルファスベーゼか? ジェネレーションシステムでも一度対峙した事があるが、同じ機体とは思えない程の出力だ。しかも腕を両方潰されたクアンタに残された武器はもう殆ど残っていない。今度はキールがレンによって追い詰められていく。

 しかし二機の間に割り込むように新たな機体が降り立った。

 クロスボーンX1フルクロスとアマクサ。ラナロウとゾディアックが見かねて乱入してきたのだ。

 ピーコックスマッシャーとビームライフルで挟撃しようという腹積もりなのだろう。しかし今のレンにはその動きの全てが見えている。

 

「どけぇぇぇぇぇっ!!」

 

 気合と共に紫の光が大きな円を描き、二機の銃が爆散した。

 その余波に後退したフルクロスとアマクサだが、まだ終わりではない。今度は互いに剣を抜き、ハルファスベーゼの前に立ち塞がる。

 

『ハハッ! もう笑うしかねぇな。この土壇場で押し返されるなんて思ってもみなかったぜ』

『いやいや、それこそレン君らしいですよ。もう先輩面できないですねぇ』

『いーや、まだだ! まだ先輩の意地って奴を見せつけなきゃな!』

『ならとことん見せつけてやりましょうか!』

 

 アマクサが飛び上がり、宙回転をするとそのままビームサーベルを叩きつけてきた。それを半歩後退する事で避けたレンはハルファスベーゼを前に出して体当たりを行うも、吹っ飛ばされたアマクサと入れ替わるようにフルクロスのチェーンアンカーが襲いかかる。捕まる事を嫌がったレンはビームサイズを器用に操りこれを叩き落とすが、ラナロウもそれくらいは予測の範疇。チェーンアンカーを戻しつつ、胸部ガトリングを撃ち放った。

 再び後退を開始するハルファスベーゼを追うガトリングの弾丸。地面から土煙を上げて迫る弾丸にハルファスベーゼはブースターを噴射させ、大きく弧を描きながらクロス・メガビームキャノンで応戦した。

 飛び交う弾丸とビームの嵐。果てるともなく続くと思われたそれだったが、終焉はいとも簡単に訪れる。

 レンの敵はラナロウだけではないのだ。一度は後退したゾディアックのアマクサがいる。そしてそのアマクサから飛ばされた鉄球がハルファスベーゼに襲いかかってきた。

 

「ちぃっ!!」

 

 瞬間的にレンはペダルを力の限り踏み込んだ。足元のブースターを前に向け、機体に急制動をかける。

 強烈なGに体がバラバラになりそうな衝撃を感じつつも、それは結果としてレンを助けた。

 ギリギリの所でかすめていく鉄球。その鎖を断ち切り勝負を仕掛けようとしたレンだったが、急にハルファスベーゼの動きが止まってしまった。見れば腕にX1フルクロスのアンカーが噛みついている。そしてそこに気を取られる内にもう片方の腕にもアマクサの鎖が絡みついてきた。

 

『いくらハルファスでもこれで身動き取れねぇだろ!』

『レン君、君には悪いけど僕らの悲願。そう簡単に潰されるわけにはいかないんです』

「悲願? そんなの俺の知った事じゃねーんです! アンタ達がどんな悲願を持っていても、そいつはこの世界の犠牲の上に成り立つもんでしょ? 俺達が自分達の世界を守ったように、この世界の人達だって自分達の世界を守りたいって思ってる。どんな大義名分を言っても、そいつを壊す権利や犠牲を強いる権利なんて誰にも無いんだ!」

『そんな事分かってる! でもな!』

「分かってねぇ! キールもだけど、アンタ達も何も分かってねぇ! アンタ達は逃げたんだ! 最高評議会にまた捕まるとか、そういう理由を作ってただ逃げて、結局こういう道を選ぶしかないと自分に言い訳してるだけじゃねぇか!!」

 

 レンの叫びにハルファスが応えた。

 翼から次々と有線式の羽、フェザースクィーズを伸ばしたのだ。ハルファスベーゼを捕える為に自身の位置を固定していた二機にそれを避ける術があるはずもなく、至近距離からの直撃を正面から受ける事となってしまった。

 まるで嵐の様に羽が機体の装甲を削り取って行く姿は既に数の暴力。ファンネルの様な複雑さは無いが、絶え間なく襲われ防御もままならない。一発受ければ既に次の一撃と、途切れる事の無いそれに翻弄されるしかない二人とその愛機。

 そしてその嵐が途切れた瞬間、片膝をついたゾディアックのアマクサの前には拘束から解き放たれ、瞳を妖しく輝かせるハルファスベーゼがいる。

 それは獲物を狩らんとする猛禽。爪とも言うべき大鎌を振り上げた姿にゾディアックは笑うことしかできなかった。

 

「ゾディ!!」

 

 ラナロウが声を上げてももう遅い。猛禽の爪はアマクサの首を跳ね飛ばし、再び伸ばしたフェザースクィーズに弾き飛ばされる姿しか、彼の目にはもう映っていない。

 

『レン! 貴様ァ!!』

 

 怒りに身を任せてラナロウはペダルを力いっぱい踏み込んだ。背中のXスラスターが火を噴き、ムラマサブラスターの光刃を発動させる。それに気付いたハルファスベーゼがゆっくり振り返ると、翼の砲台が光を放った。だがラナロウとX1フルクロスは止まらない。先の攻撃で大分削られたがABCマントはまだ生きている。加えて両肩の髑髏の目が輝き眼前にIフィールドを発生させる。 しかし鉄壁の防御を誇るX1フルクロスでもハルファスベーゼのクロス・メガビームキャノンの威力を完全に殺す事は出来ず、貫通してきたビームに左肩が弾け飛ぶ。

 

(くっそ! だがまだだ! 保ってくれよフルクロス!)

 

 それでもラナロウは前に出た。振りあげたムラマサブラスターは既に間合いに入っている。ハルファスベーゼもビームサイズを振り上げようとしているが、一瞬ラナロウの方が早い!

 甲高い音が響いた。それはハルファスベーゼの羽を切り裂いた音。

 なのに、ラナロウは大きく目を見開いていた。

 目が。ハルファスベーゼの目が異様な輝きを見せていたからだ。

 直感的に身の危険を感じたラナロウが機体を後退させるも、一瞬だけ遅い。

 大きく振り抜かれたビームサイズが何層にも重なったABCマントごと、機体を斬り飛ばす。間一髪致命傷は避けたものの、その威力と胴に深く刻まれた斬痕にラナロウはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「俺とキリエを舐めるな……」

『なんだと……?』

「俺が命を与えて、キリエが生まれ変わらせたこのハルファスベーゼを舐めるなって言ってんだよ!!」

 

 咆哮を上げたレンの気迫に押されたラナロウはガトリングを連射しながら後退するしかない。しかし今度はレンが前に出た。ガトリングを正面から受けても迫るハルファスベーゼは歴戦の戦士にニューロと戦っていた時を遥かに凌ぐ恐怖を与え、その腕すら鈍らせる。

 三度放たれるフェザースクィーズ。防御に徹しようとしたが、恐怖がそれを遅らせた。遂に羽がX1フルクロスの防御を突き破り、ムラマサブラスターが大きく宙を描く。ならばと残ったスカルヘッドを掴み、ブランド・マーカーを展開。一気に拳を突き出す。

 しかしレンは更に前に機体を押し出した。集約されたビームが顔面の脇を過ぎて行く。完全に避け切る事が出来ずに装甲を一部飛ばすが構わずレンは前に出た。そして交差した拳がX1フルクロスの顔面を殴り飛ばす。その威力に頭部が砕け、爆散。ふらつく機体を前にレンは短剣型のビームサーベルをハルファスベーゼに構えさせ、吹き飛んだ左肩に突き刺した。

 再び起こる爆発と衝撃に尚もふらつくX1フルクロス。それを容赦なく蹴り飛ばすハルファスベーゼ。

 そして遂にX1フルクロスが倒れ、それ以上起き上がる事は無かった。

 それを見つめるハルファスベーゼとレン。コックピットの中で彼は荒い息をしながら、機体をキールのクアンタに向ける。痛みはとうに全身に広がり、尚も魔力は体から機体に吸い取られていく。

 

「後はテメェだけだ。キール」

 

 滴る脂汗をぐいっと拭い、幽鬼の様な眼差しを向けると、クアンタも残ったGNソードビットを周囲に展開した。

 どちらも機体は深く損傷している。だがここで止めるという選択肢は無い。

 ハルファスベーゼのブースターが青白い炎を噴き出した。

 クアンタもGN粒子を更に加速させる。

 

「行くぜぇ!!」

『来いっ!!』

 

 高機動形態へと変わり紫の炎に包まれるハルファスベーゼと、再びトランザムを発動させたダブルオークアンタが空を駆け巡っている。それがきっと最後の激突になるであろう事は六課の屋上で見ていた誰もが感じていた。

 それは機体を操る当人達も同じ。

 だから負けられない。

 全てを投げ売り、この激突に全てを賭けたパイロット達の意地がここでぶつかり合う。

 その意地が正面から衝突した瞬間。

 突然渦巻く紫炎の火柱が生まれ、同時に淡緑の光が空を駆け巡り始めた。

 それはまるで二種類の光を宿す銀河。

 そして絡み合う二機はその銀河の中に飲みこまれていった。

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