魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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第35話 天使の落日 ②

1

 

 

 

 闇夜に生まれた紫と緑色の銀河。

 粒子が炎を纏って渦を巻き、一つ一つがまるで生まれたての星の様に輝いている。

 幻想的とも言えるその光景を、六課からやや離れた海上でディアーチェとユーリはただただ呆然と見ている事しかできなかった。

 一体六課では何が起こっているのか。ただならぬ現象にディアーチェは踵を返すと、同じくその光を見ていたアメリアスのバルバトス・ミラージュに剣を向ける。

 

「アメリアス。あれもお前達の計画の一つなのか? 答えよ! お前達、一体何をしようと言うのだ?」

『……知らぬ』

「なんだと?」

『知らぬと言ったのだこのうつけめ! そもそも今回の襲撃、我はスカリエッティの案に乗ったまで。奴らが他にどんな事を考えていたかなど知る所ではないわ。だがまぁしかしだ。スカリエッティと奴らが求めている物は一緒だという事だけは分かるがな』

「“鍵”という奴か。一体何なのだそれは」

『察しが悪いのぅ。“鍵”とは“扉”を開く為の道具であろう? そして“扉”はもう既にある。後はその“扉”を開く為の“鍵”が必要なのだよ』

「……さっぱり分からん」

 

 アメリアスの言葉の意味を理解できずディアーチェは首を傾げるばかりだ。

 “鍵”だの“扉”だの抽象的すぎて一体何を言っているのか理解に苦しむ。まともに答えが返って来るとは思っていなかったが、これほどとはさすがのディアーチェも思っていなかった。

 しかしそんなディアーチェの後ろで、ユーリはじっとアメリアスの言葉を頭の中で反復している。

 

 

 “鍵”とは“扉”を開く為の道具。そして“扉”はもう既にある。

 

 

(扉……。鍵……。扉とは開き、繋ぐ物……。開く? 繋ぐ? ……試してみますか)

「アメリアス、ここまで話したのですからもう一つだけ質問に答えてくれませんか?」

『む?』

「ユ、ユーリ?」

 

 突然ユーリがアメリアスに問いかけた。いつもは一歩引いて周りを見ている彼女にディアーチェは驚き、アメリアスは対照的に少しばかり興味を持ったようだ。

 

『良かろう。言ってみるが良いぞ?』

「では遠慮無く。貴方は“扉”は既にあると言いました。しかし“鍵”が必要だと言う事は、扉は今、その意味を失っている。そしてその意味を取り戻す為に“鍵”が必要。そう捉えて宜しいですね?」

「はぁ? ユーリ、なんだその問いは……」

「しっ! 少し黙っててくれませんかディアーチェ」

「お、おう……」

 

 珍しく強気に注意されてしまい、しゅんとしてしまったディアーチェ。だが仕方ない。ユーリはこの問いで見極めようとしていたのだ。アメリアスの答え如何で仮設を立証できるかもしれないという瀬戸際、ディアーチェにかまっている余裕は無い。

 そして問いを投げかけられたアメリアスはコックピットの中で、一人楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

『くくくっ……。ほぅ、少しは理解できてきたようだな。小娘、貴様の言う通りだ。“扉”に今、その意味は無い。それを取り戻す為の“鍵”だ。これで十分か?』

「……ええ、十分です。こんな事言うのも変かもしれませんが、ありがとうございます。アメリアス」

『良い。なかなかの余興であったぞ?』

「ユーリ~、そろそろ我にも分かるように説明してくれ~」

 

 顔は見えないがユーリとアメリアスは互いに笑い合っていた。だが一人取り残されたディアーチェはそれどころではない。全く意味が分からずに話だけが進んでいく様に耐えられなくなり、遂に彼女は降参の声を上げる羽目になった。

 そんなディアーチェをちょっと可愛いと思ってしまったのはユーリの内緒だ。

 

「つまりですね、“扉”と“鍵”という言葉に囚われては駄目なんですよ。“扉”とはあくまで二つの場所を繋ぐ物であり、“鍵”もまた扉を扉として機能させる為の物として考えるんです。扉も開かなければただ壁ですからね。そしてかつて扉は機能していたのに、今はその意味を失っている。扉がそれを取り返す為に必要な物。それが“鍵”なんです。そして、私達はその“扉”を知っています」

「んなっ!? どういう事だ? 我々が知っているだと?」

 

 ディアーチェが声を上げたくなるのも無理は無い。だがユーリが虚言を吐いているとも思えない。 それほどまでに彼女の目は真剣なのだ。

 

「何故なら私達はそれを経験しているから。元の世界において、ミネルバのワープでも越える事のできなかった次元の壁を突破したその時に」

 

 漸くディアーチェにも分かりかけてきた。ユーリの言葉でバラバラだったピースが繋がり始めたのだ。

 元の世界とは即ちジェネレーションシステム。確かに彼女達は体験している。ジェネレーションシステムのプログラムである外世界からシステム中枢世界へと突入した時に、彼のコードの力を使って。

 

「“扉”とはマスターフェニックス。ティーダの事か!」

『あははははっ! 漸く気付いたか!』

 

 衝撃がアメリアスの笑い声と共に襲いかかって来た。バルバトス・ミラージュがストライクフリーダムの頭部を掴みあげたのだ。

 考えに没頭するあまり、とっさの事に反応できぬとはなんたる醜態!

 自分の失態に悔やむディアーチェにアメリアスは尚も高らかに笑い声を上げ、勝ち誇ったかのように言葉を紡ぐ。

 

『その通り。“扉”とはマスターフェニックスの事よ。奴のコードは解放。世界と世界の間にある垣根を取り払う力だ。だがその力も今は機能しておらん。その為の“鍵”。それがスカリエッティと奴らが追い求める力よ! しかしお前達がその“鍵”が何であるか知る必要は無い。何故ならここで朽ち果てるのだからなぁ!』

「舐めるなぁ!」

 

 ストライクフリーダムの腹部カリドゥスが砲撃を放つ。機体維持のエネルギーも使った正真正銘最後の一発だったが、バルバトス・ミラージュはこの砲撃も身をよじって避けてしまった。相討ちすら覚悟した一撃を避けられ顔をしかめるディアーチェの後ろでユーリが声を上げる。遂に機体維持すらできなくなったストライクフリーダムの装甲が灰色に変わり、遂にPSダウンを起こしたのだ。四肢をだらりと垂れ下げるストライクフリーダム。アメリアスはそれをさも楽しそうに見つめ、一気にその頭部を握り潰す。

 

『終わりだディアーチェ。この海の藻屑となるが……む?』

 

 落下してくストライクフリーダムにトドメの一撃を放とうとしたアメリアスだったが、その顔が一転して曇る。突如、レーダーに機影が映ったのだ。

 そして一瞬の間は即ち一瞬の遅れ。遠くより飛来するビームの雨にアメリアスは機体を後退させるしかない。その隙に何かがストライクフリーダムを横攫いに受け止めていた。

 ディアーチェとユーリもまた突如現れた機体に目を丸くしている。単純に信じられなかったのが半分と、嬉しさが半分。もう見慣れた機体ではあったが、それがこれほどまでに頼もしく感じた事は無い。

 

『ようディアーチェにユーリ。機体でお姫様だっこされる気分はどうだい?』

 

 この軽口さえ無ければ。

 一転して呆れた溜息を吐きディアーチェはこめかみを押さえ、ユーリは乾いた笑いを漏らした。

 

「アホな事ぬかすでないマーク。それより貴様、体の方は良いのか? ずっと寝たきりだったろうに」

『心配すんな。俺を誰だと思ってる? それにこんな状況で悠長に寝てなんていられないだろ?』

 

 送られてきた映像通信に映るマーク・ギルダーが笑っていた。いつでも彼女達に見せていた余裕の笑みに見える。しかし顔色は悪く、脂汗も流れていては明らかに強がっているのが丸わかりだ。あまりにも痛々しくて見ていられない。彼に気遣いの言葉をかけようとしたユーリだったが、マークは人差し指を口に当てて片目を瞑って見せた。

 アメリアスに悟らせるなという事か。

 彼の思惑を察知したディアーチェとユーリ。そしてマークと愛機フェニックスガンダムはバルバトス・ミラージュに顔を向けてビームライフルを突き出しては、あたかも本調子であるかのように振る舞う。

 

『さぁどうするアメリアス。ここで俺と一戦交えるかい?』

『……いや、止めておこう』

 

 意外にもアメリアスは戦闘態勢を解いてしまった。ディアーチェとすればぶつかる事も想定していたのだが、こうもあっさり手を引かれるとそれはそれで何かあるのではと勘潜ってしまう。

 しかしそんな彼女の勘潜りとは裏腹にアメリアスは変わらぬ調子で二機を見ている。

 

『既に大方の目的は達成した。貴様らの戦力を大分削る事ができただけでも良しとしよう。それにあそこで何が起こっているのか、お前達がそれをどうするかを高みの見物というのもまた一興と言うものよ』

 

 そういう事か。相変わらず趣味が悪い。

 要は見逃してやるという事だ。きっとマークの体調も気付いているのだろう。それでも敢えて見逃してやるという単なる気まぐれがディアーチェには手に取る様に分かる。

 そして離れて行くバルバトス・ミラージュ。マークもそれを追う事は無い。遊び心だろうがなんだろうが、正直このままアメリアスと一戦交える必要が無くて安心しているのだ。意識を取り戻した後、フェニックスで状況を確認して急ぎここまで来たのは良いが、ディアーチェ達に気付かれた通り今の体調は最悪。

 無論、本来の操縦はできるはずもない。シャマルが見たら、怒髪天ものだろう。

 しかしそれでも彼は来た。仲間の危機に悠長に寝ていられないというのは嘘偽りない本心なのだ。

 言ってしまえば、アメリアスが消えて安心しているのはディアーチェとユーリも一緒。二人で安堵の息を漏らし、ディアーチェは再びマークに通信を繋ぐ。

 

「奴の気まぐれに助けられたと見るべきかな? 瀕死のエースよ?」

『言ってくれるなよボロボロの王様。なんにせよ、助かったのは事実だ。……さて、ストライクフリーダムはもう動かないだろ? ユーリと二人でこっちに来いよ』

「仕方あるまい。ユーリもそれで良いな?」

「はい。一刻も早く六課に向かいましょう」

 

 三人の視線は二色の銀河が渦巻く機動六課へ。

 一体あそこで何が起こっているのかを確かめるべく、二人を収容したフェニックスガンダムが翼を広げ、最高速度で六課に向かい始めるのだった。

 

 

 

 この銀河に驚いているのはマーク達だけではない。屋上に残されたフォワード達とティーダ達もこの不可思議な現象に声を出すこともできずにいた。

 戦う手も止め、ただただこの光景に目を奪われている。

 

「……兄さん。これが兄さん達の望んだ事なの?」

「いいや、想定外だね。いやはや、アミタも無茶な要求をしてくれるよ。このタイミングで扉を開けって事なんだからな」

「えっ?」

 

 意外にもティーダが素直に想定外だという事をあっさり認めた事にティアナが目を白黒させる。

 彼女だけではない。彼の周りにいるゼストやトーレ達も同じ様に驚いているではないか。

 

「正気ですかティーダ殿」

「正気も正気。トーレ達はスカリエッティにあの子を連れて来いって言われてるんだろうけど、それは俺達の本意ではないし、今となってはそれも意味を持たないだろう? それにそもそも想定外って言うのはさ、順序をすっ飛ばした事であって、俺達は最初からここで扉を開くつもりだったんだから」

「それはドクターを裏切る、そういう事ですね?」

「おいおい、勘違いしないでくれ。最初に裏切ったのはそっちじゃないか。そもそも機動六課襲撃にアメリアスを送り込むのは予定に無かった。あくまでガジェットと君達ナンバーズ。そして俺達だけの襲撃だったはずだ。しかもご丁寧に俺達が到着するまでによくもまぁ場を混乱させてくれたよ。おかげでやりにくいったらありゃしない」

「それは貴方達がドクターの意思に従わなかったからであって……」

「ああそうか。そう言われてみればそうだね。うん、それは否定しない。それでもさ、なんだかんだで世話になってるし、俺達はアンタ達に最低限の義理は通すつもりだった。だから俺はここでその義理を果たさせてもらう。勿論、俺達の目的完遂のついでにね!!」

 

 バッとティーダが掌をヴィヴィオに向けた。それと同時にヴィヴィオが意識を混濁させる。突然の事にカチュアがヴィヴィオを揺するも、そのまま彼女は深い眠りに落ちていく。

 

「ヴィヴィオ!? あんた、何したの!!」

「高濃度GN粒子の下では意識が共有されるだろう? それは逆に言えば強い精神干渉を受けやすくなるとも言える。こんな風に簡単な眠りの魔法でも簡単にかかっちゃうって事だね。そして、それは同時に相手の眠っていた力を外部から強制起動もできるって事さ。……こんな風にね」

「きゃあ!!」

 

 カチュアの悲鳴が響き、虹色の光が彼女を吹き飛ばした。それはヴィヴィオから放たれたもの。カチュアは自分で浮き上がって行くヴィヴィオを呆然と見ている事しかできない。

 そしてティーダもまた両手にレリックを二つ抱えて浮き上がって行く。そのレリックが紅の光を明滅させ、ヴィヴィオもそれに同調するように明滅を始める。それはまるで心臓の鼓動の様に力強く、虹色の光は血液の様に少女の体を駆け巡っていた。

 

「くっ……! ヴィヴィオを返せ―――ッ!!」

 

 何が起こっているのかは分からない。しかしその様子に居ても経ってもいられなくなったフェイトが遂に飛び出した。残る魔力を全開にし、このAMFに満ちた空間内でも金色の雷神とでも言うべき速度でティーダとヴィヴィオに向けて飛翔する。

 しかしそれを妨げる様に立ち塞がるゼスト。ヴィヴィオとフェイトの間に割り込む様に身を躍らせ、槍を突き出してきたのだ。咄嗟にフェイトもライオットブレードで応戦。交わる刃の衝撃が輪となって広がっていく。

 

「仮にもエースと呼ばれた騎士が! あんな小さな子に何をさせようと言うんですか!! 情けなくないんですか!!」

「……情けないさ。あのような事をせねば目的を達する事もできない己の力の無さがな」

「そこまで分かっていて何故!?」

「何故? 愚問だな。それしか方法がないからだ。このままあの幼子をスカリエッティに渡さない為にも、ここで無理矢理にでもスカリエッティに渡す価値を失くすより他に我らが取れる方法が無いからだ!!」

 

 突如ゼストの全身から魔力が噴き出し、フェイトに衝撃として襲いかかった。堪らず弾かれたフェイトが床に叩きつけられて一度バウンドする。すぐに体を起こすも、その目は困惑の色を浮かべて上空に浮かぶゼストを見つめていた。

 

「スカリエッティに渡す価値を失くす? 言っている意味が分かりません!! あの子に普通の女の子以上のどんな価値があるって言うんですか!!」

「フェイトお嬢様、まだ分からないのですか?」

「トーレ?」

「一つ、種明かしをしましょう。あの子を包む虹色の光。あれはカイゼル・ファルベと呼ばれる古代ベルカの、しかも聖王の遺伝子を持つ者のみ発する事のできる魔力光なのですよ」

「古代ベルカ王族? なんでそんなものがヴィヴィオに……!」

 

 そこまで言ってはたと気付く。ヴィヴィオの出生、遺伝子レベルに組み込まれた能力。それが示す物は唯一つしかない。

 

「プロジェクトF……! お前達、聖王の遺伝子を復活させたのか!!」

「ええ。彼女はプロジェクトFの技術によって生まれた聖王の遺伝子を持つ存在。つまり現代に蘇った聖王と呼べます」

「馬鹿げている! どうやって聖王の遺伝子を手に入れたか知らないけど、もう何年も昔の物だ! それを完璧に再現できるはずが無い!!」

「確かに遺伝子の劣化は保存状態に左右されるでしょう。ですがその資質部分だけ生き残っていれば後はそれを別の遺伝子に組み込めば良い。例えば、それが別世界の人間の遺伝子でも、ね」

 

 スッと伸ばしたトーレの指先。その先にある物をフェイトは瞬時に察知し、ゆっくりと首を動かした。

 まさか、いや、そんなはずは……。

 頭では否定していても、心が答えをすでに見つけている。見たくない。知りたくない。しかし体は言う事を聞いてくれず、瞳はある少女の姿を映す。

 

「カチュア……?」

「あ、あたし……?」

 

 それはカチュア・リィス。ヴィヴィオと共に助け出された異世界の少女だった。

 フェイトはおろか、聞いていた周りの仲間。そして何より当の本人が困惑を隠す事ができない。

 

「彼女の遺伝子は優秀だったと聞いています。何より若い遺伝子がコールドスリープでその劣化を止めている。異世界の、それも元々はプログラムだった遺伝子に聖王の遺伝子を組み込む。結果はご覧の通りと言う訳です」

 

 次に指さしたのは上空のヴィヴィオ。既にカイゼル・ファルベはヴィヴィオの体を包み込み、繭の様になっている。またしてもプロジェクトFの犠牲者が出てしまった。かつて母が姉、アリシアの代わりに自分を生みだしたように、モンディアル夫妻が死んだ息子の代わりにエリオを生みだしたように、またしても目の前に姿を見せたプロジェクトFがまるで呪いの様にフェイトに付きまとう。

 カランと音を立ててバルディッシュが床に転がる。そしてがっくりと膝をつくフェイトの目から光が消え始めていた。

 

「そんな……。そんなのって……」

「まだ諦めるのは早いですよフェイトさん」

 

 戦意を失いかけたフェイトに声をかけたのはエリオだった。そっと寄り添うエリオの目からはまだ光が消えていない。そして視線は降りてきたゼストとトーレを強く向けられている。

 

「ヴィヴィオの出生にプロジェクトFが関わっていても、それにカチュアの遺伝子が使われていても、ヴィヴィオはあそこに居るじゃないですか。あの子は生きている。フェイトさんがプロジェクトFを否定しても生まれてきた命を否定する事は無いんです。それすらも否定してしまったら、ヴィヴィオの事だって否定してしまうことになるんですよ?」

「エリオ……」

「フェイトさんが僕に教えてくれたことです」

 

 少しだけ微笑んでエリオは立ちあがった。ストラーダを構える彼の横に集まる仲間達。スバルが拳を握りしめ、ティアナが銃を握り直し、キャロがフリードと気合いを入れ直している。

 誰もヴィヴィオを否定などしていない。むしろこの事実を聞いてもなおヴィヴィオを受け入れようとしている事に、フェイトは胸が打ち震わされる。

 

「大丈夫だよフェイト。そりゃちょっとビックリしちゃったけど、考えてみればあたしの体は特別何かされたってわけじゃないんだよね。むしろヴィヴィオってあたしの妹になるんじゃない? あんな可愛い妹ができるなんて、なんかちょっと嬉しいかも」

「カチュア……」

 

 ヴィヴィオはカチュアにもよく懐いていた。きっとあの地下通路での事が根強く残っているのかもしれない。そしてフェイトを後ろからそっと抱きしめ、そんなヴィヴィオを妹と言ってくれたカチュアの温もりが、フェイトに再び立ち上がる力をくれる。折れかけた心を再び奮い立たせてくれる。

 

「立派になったじゃねーか。うちのヒヨッコ達もよ。あたしらも負けてらんねーぞ? なぁライトニング隊長さんよ?」

「うん。そうだねヴィータ。みんながヴィヴィオを受け入れてくれるのに私だけ、こんなんじゃ隊長として示しがつかないよね」

 

 ニカッと笑い差し出されたヴィータの手を取り、フェイトは再び立ち上がった。バルディッシュを拾い、フェイトも笑う。ヴィータの後ろでザフィーラもシャマルも同じ様に笑顔を浮かべていた。

 大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着かせる。そうする事でパニックになっていた頭が幾分かすっきりし、漸く色々な事が考えられるようになってきた。

 そうだ。ヴィヴィオの出生であやふやになってしまったが、まだ本題に辿りついていないのだ。ヴィヴィオが聖王の遺伝子を持つ事はこの際後で考える事にし、今は本題を解き明かさなければならない。

 

「スカリエッティの目的……。ううん。スカリエッティがヴィヴィオを手に入れる価値。その聖王の遺伝子だけじゃないんだよね? そして騎士ゼスト。貴方はその価値をここで失くすと言った。今度はその意味を教えて貰います」

「うむ。トーレ、構わんな?」

「……致し方ありません。こうなってしまった以上隠す必要も無いでしょう」

 

 もっとも、ドクターがこの展開を予想していなかったはずないのだから。

 ゼストに頷きながらトーレはそう一人考えながらの返事だったが。

 含みを持つその返事にゼストも気付いてはいたが、敢えてそれを無視し話を進める事にする。

 

「あのカイゼル・ファルベが聖王の資質を持つ者に現れる現象だと言うのは言うまでも無い。だがそれは彼女が聖王の資質を持つというだけであり、本質ではない。むしろそれは結果的にそうなった、という事でしかないのだ」

「はぁ!? 意味わかんねーよ!」

「落ち着け鉄槌の騎士。つまりスカリエッティが求めたのは聖王では無い、という事だ。奴が求めたのは、聖王の持つ能力。聖王の鎧と呼ばれる物にこそある」

 

 ゼストは語る。

 聖王は長きに渡る古代ベルカの戦乱の中で、代々遺伝子調整をされてきた一族だという。その中で開発されたのが聖王の鎧。全ての攻撃に対し、自動的に最適な防御を取る絶対守護の力をもつ魔力の鎧だ。それは言葉にするのは容易い事だが、実行しようとするとそんな容易い事ではない。何故ならそれが発動するには例えそれが初見であっても瞬時にその攻撃を解析し、対応する情報処理能力が必要だからだ。

 つまり、見方を変えれば聖王そのものが高度な情報処理能力を持っていると言い変える事ができるだろう。奇しくもそれはレン達が開発したM-Systemにも似通っている。しかしあれはデバイスに入っていないデータには完璧に対応する事ができないし、何よりも身体に与える影響は最小限に留めるようにデバイスが制限をかけている。聖王の鎧はそれすらも度外視し、初見にも完璧に対応する事ができるという点でそれを上回っていると言えた。

 そしてティーダの持つコード、解放。それについてもスカリエッティは一つの仮説を立てていた。

 そもそも何故ジェネレーションシステムの世界ではその力を行使できたのに、この世界ではその力が使えないのか。同様にアメリアスのコード、裏切りもまた同じ。

 この二つのコードに共通するのは、ジェネレーションシステム。世界一つを丸ごと生み出す程のジェネレーションシステムのバックアップがあってこそのコードと考えるのが妥当と考えたのである。

 そして至った結論。それはジェネレーションシステムの代わりを他の物にさせれば良い。

 生半可なシステムでは到底処理し切れないだろう。もっと反応速度が早く、もっと処理が的確でなければならない。そこで彼が目を付けたのが聖王の鎧であり、生み出されたのがヴィヴィオ。元々彼女をパーツとしか考えていないスカリエッティらしい結論だった。

 

「しかしここでスカリエッティにも誤算が生じることになる。それは指摘の通り聖王の遺伝子劣化が予想以上に酷かった事だ。故に若く、まだ成長する事のできる遺伝子が必要だった。そしてそれでも発動はただの一度という計算結果しか出なかったと言うがな」

 

 それだけでも反吐が出るとばかりにフェイト達は顔を険しくしていた。まったくだとゼストも目を伏せ首を横に振っている。

 

「それを聞いた我々は憤慨したよ。特にキールが一番憤慨していた。何故ならあいつが最後に辿りついた希望は彼の地へアミタと共に帰還する事。奇しくもスカリエッティの目的と一致した上に、その為だけに一人の少女が生み出されたのだからな」

「ちょっと待って下さい! それなら今兄さんがしようとしている事は……」

「そうだティーダの妹よ。我々ができるのは今ここでその力を使ってしまい、一度でも彼の地とこのミッドチルダを繋いでしまう事だ。そうすれば少なくともあの幼子がスカリエッティに狙われる理由は無くなる。しかしあの用意周到な男の事だ。その僅かなタイミングでも必要な情報を手に入れるに違いない。そしてその結果、この世界に災厄が降り注ぐ事になるだろう。それでも、あの子がスカリエッティの下で道具として扱われるよりは余程良いと我々は判断したのだ」

「そうか。だから貴方達は公開意見陳述会で管理局全体に問いかけたのですね? 最高評議会の存在を暴き、それでもなおこの世界を守る意思があるのかどうかを」

 

 エリオの言葉にゼストはただ一つ頷くだけで返す。

 それこそがファントムペインの総意であり、真の目的。

 一度でもミッドチルダとジェネレーションシステムの世界を繋ぎ、結果災厄がミッドチルダに訪れようともヴィヴィオを守ろうとしていたのだ。

 ファントムペインがスカリエッティを捕まえる手段もあった。しかしそれでは最高評議会がヴィヴィオを狙うだろう。それでは意味が無い。その両方の可能性を阻止する為にも取った苦肉の策とも言える。

 

「それに我々も心のどこかで期待していたのだろうな。次元の扉を開けばスカリエッティがキールの目的を果たしてくれるかもしれないと。ああ見えても付き合いが長いと思ってしまうのだよ。あいつは信頼は出来ないが、信用はできる、とな」

「そんなん知るかよ。結局はテメーらの都合じゃねーか」

「ふっ……、そうだな。結局は我らの都合。失言だ。許せ鉄槌の騎士。……これで話は終わりだ。さぁ刮目せよ! 次元の扉を開き、管理局に仇成す存在として我らの都合と意地を貫き通す様、とくとその目に焼きつけろ!!」

 

 上空で眩い光が炸裂した。

 光の繭が砕けカイゼル・ファルベを六枚の翼に変えたヴィヴィオがそこにいる。

 同時にレリックも砕け、溢れた魔力がその翼に吸い込まれていった。

 それを確かめたティーダの足元にも魔法陣が広がり、今度は二人を積層型環状魔法陣が包み込む。 その帯に浮かび上がるプログラムコードが高速で演算を繰り返し、一つの解を導き出そうとしているのがフェイト達にも見て取れた。

 そして不意にプログラムコードの演算が終了。ティーダとヴィヴィオは声を揃えてプログラムに命令を送る。

 

『コード、解放。Execution!』

 

 

 

 

2

 

 

 

 雲一つ無かった星空が偏光レンズで覗いた様にグニャリと歪む。

 そして歪んだ星空をねじ切るように空間が渦を巻き始めた。維持が出来なくなった空間は崩壊を始め、電撃が渦から巻き起こる。それは空が見せる最後の抵抗にも見えるが、渦はそんな抵抗すら嘲笑う様に速度を上げて穴を穿とうとしていた。

 それを動かなくなったゼロカスタムの脇から見上げているレヴィの腕には、血だらけのシュテルが抱かれている。無理矢理コックピットから引きずり出した時のシュテルの姿にはレヴィも思わず息を飲んでしまった程だ。自己治癒が僅かながらでも機能しており、呼吸もあるのが救いだろう。しかしこのAMF下ではそれもどれだけ効果があるか分からない。一刻も早く治療を行わなければという矢先にこれだ。動くに動けなくなったレヴィは少しでも自己治癒の補助をする為に、シュテルとルシフェリオンに魔力を送る事しかできずこうして空を見上げる事しかできない。

 

「もー! せめてAMFだけでもなんとかしなきゃシュテるんが~。シュテるんが~……って、えぇっ!?」

 

 気持ちだけが焦る中、大声が響く。遂に空に大穴が開いたかと思いきや、そこに見えるは逆さまになったビル群。勿論ミッドの物では無い。間違いない。それはレヴィにとっても見覚えのある、とある都市のビル群だ。

 

「うっそ~!? あれってもしかしてもしかしなくてもあっちの地球のビルじゃん!! なんで見えちゃってんの!? え~、もうわけわかんないよ! 誰かどうなってんのか教えてよ!」

「落ち着けバカ娘。答えは一つに決まってんだろ。ティーダの旦那がここと俺達の世界を繋いだんだよ」

「あ、ブラッド。生きてた!!」

「なんとかな。まぁ左腕はもう使い物になんねーし、頭もガンガンしやがるが、とりあえず生きてはいるな」

 

 レヴィの声に答えたのはヤークトアルケーから出てきたブラッドだった。しかし彼の言う通り左腕はだらりと下がっており、ぼさぼさの白髪も血で染まっている。そう言いながら近づいてくるブラッドからシュテルを守る様に身構えるレヴィだったが、ブラッドは一つ溜息をついて彼女の前に箱を置いた。

 

「これは、救急キット?」

「使え。せめて応急処置だけでもしてやれや。使い方は分かるな?」

「う、うん。ミッド産のだし、これならボクでも分かる! でもなんで?」

「あぁん? ケッ! お前があのまま騒いでたんじゃ傷と頭に響くんだよ。っと、丁度良い所に最高のヒーローが来てくれたみたいだぜ」

 

 ブラッドが指さす先をレヴィも見る。そしてその顔がパアッと花開く様に笑顔になった。

 遠くAMFの範囲の外。そこに姿を見せたのは真紅の不死鳥、フェニックスガンダム。そして不死鳥が機動六課を囲むガジェット・ジャベリンを一斉攻撃したのだ。次々と爆散していくガジェットに連動し、レヴィの体も一気に軽くなる。AMFが解除されたのだ。

 

「ブラッド! マークだよ!! マークが……って居ないし!!」

 

 あの体でなんと素早い事か。レヴィが顔を向けた時には既にブラッドの姿は無い。せめてお礼でもと思っていたのに~とむくれるレヴィだったが、とりあえず居ないものは仕方ない。ブラッドが置いて行った救急キットを取りだし四苦八苦しながらシュテルの治療を開始する。

 そしてそれももう少しという時だ。上空を横切ったフェニックスガンダムから飛び降りる二つの影に顔を上げる。またしても顔をほころばせたレヴィの横にふわりとディアーチェとユーリが降り立った。

 

「無事かレヴィ!」

「王様~! ユーリも来てくれてありがと~! そんで助けて! シュテるんが大怪我しちゃって、応急キットだけじゃギリギリなんだよ~!」

「任せて下さい! シャマル先生直伝の医療術、ここが使い所です!!」

 

 レヴィからシュテルを受け取り、早速ユーリが治療に入る。シャマルから医療術の手解きも受けていたユーリは驚くべき早さでそれをこなしていった。そしてレヴィはディアーチェと共に並び立ち、空に開いた大穴とそこから見えるビル群を見つめる。

 

「ねぇねぇ、なんであっちの地球が見えちゃってんの? さっきブラッドが来てあれはティーダの旦那が繋いだんだって言ってたけど、それってマスターフェニックスの事だよね?」

「うむ。あやつらの目的は元々ヴィヴィオとティーダの力で彼の地とここを繋ぐ事だったらしいが、それ以上の事は我も知らん……ってレヴィ。今、誰が来たと言った?」

 

 思わずスルーしてしまいそうなディアーチェだったが、ギリギリと音が聞こえてきそうな程ゆっくりと首をレヴィに向けて尋ねる。しかしレヴィはきょとんと「何言っちゃってんの?」と言わんばかりの顔だ。

 

「もー王様、耳が遠くなっちゃった? ブラッドだよブラッド。あの救急キットもブラッドが置いてったんだよ? 今度お礼しなくちゃね!!」

「こーのうつけが!! はぁ!? ブラッドがここに来た!? 貴様何で奴を見逃したのだ!? ってか何でそんな平然と話をしておるのだ!? お前、奴に何をされたかもう忘れたのか!?」

 

 一気にまくしたてるディアーチェ。そこで漸く気付いたのか、レヴィも一瞬はっとしたようだったが「う~ん」とこめかみを押さえ少し考えると、やがてポンと手を叩き、にへらっと笑って見せた。

 

「ごめん。忘れてた!」

「忘れてたで済むかこの大うつけ!」

「だって~、本当に忘れてたんだもん。良いじゃん。こうして救急キット置いてってくれたんだしさ~。捕まえるのは今度今度! シュテるんを痛めつけてくれたお礼と一緒に返しちゃえば良いんだよ!」

「な、何と言う天然お気楽ウルトラ大うつけなのだお前は……」

 

 あはは~と笑うレヴィに頭痛が襲ってくるディアーチェ。しかしちらりとシュテルを見て思う。確かに救急キットを置いていってくれた事には感謝できる。それがなければ、シュテルの状態はもっと危なかったかもしれない。ユーリが施す医療術もそのキットがある事で効果が上がっているはずなのだ。

 何故だ? 一向にブラッドの心理が読めず彼女は唸るばかり。

 

「ディアーチェ! レヴィ! シュテルが目を覚ましましたよ!!」

「何っ!? 真かユーリ!!」

「シュっテる~ん!! 大丈夫? ボクが誰だか分かる? 痛いトコとか無い!?」

 

 ユーリの声を聞くやすぐさま飛び出したレヴィに唖然としながら、ディアーチェもシュテルに駆け寄る。

 ゼロカスタムに身を預けたシュテルに一同は涙が出てきそうだ。幸い、AMFが消えた事で自己治癒も本来の効果を出し始めているのだろう。先ほどとは打って変わって血色も良くなってきたシュテルはレヴィの頭を撫でながらも少しだけ笑顔を見せていた。

 

「ええ、分かりますよ。貴方はレヴィ。痛い所は……、そうですね。全身どこもかしこも痛いです。貴方も覚えておいて損は無いですよ。爆発に巻き込まれると、死ぬほど痛いですから」

「そこまで口が回るなら大丈夫だな」

「そうみたいですね」

 

 苦笑し合うディアーチェとユーリ。さぁこれでシュテルの方はなんとかなった。状況の説明を求めるシュテルに簡単に説明を行う二人にシュテルもだんだんと顔が険しくなってきた。

 そしてレンとキリエに起こった現象をレヴィが説明する。なんとも要領の得ない説明だったが十分に意味は伝わったようだ。シュテルは尚も広がる銀河と大穴に目を細めて見せた。

 

「全く……、あの馬鹿はまた無茶をして。心配する身にもなって欲しいものです」

「お? 珍しく素直に心配しているのだな?」

「当然です。ハルファスに起こった現象は想像がつきますから。大方、自分のリンカーコアを魔力炉に直接繋いだのでしょう。あの馬鹿の考えそうな事です。それをきっとキリエが制御しています。ハルファスの進化も彼女の仕業でしょう。ですが、それは諸刃の剣。限界を越えて魔力を集めようとするなら待っているのは、最悪……」

 

 それ以上シュテルは口にする事が出来ない。

 無論、ディアーチェ達もその意味は十分に理解している。

 重苦しい空気が再び満ちようとしていたその時だ。突如としてハルファスベーゼとダブルオークアンタを包み込んでいた銀河が四散してくではないか。

 その光景に驚いた彼女達の目に飛び込んできたのは、クアンタに背に組みつくハルファスベーゼ。その腕が、クアンタの背中から筒状の物を引きぬいている姿だった。

 

「んなっ!? あいつら、何をやっておるのだ!?」

「GNドライブを……引き抜いてる……?」

 

 ユーリの言う通り、ハルファスベーゼがクアンタの背からGNドライブを引き抜いている。

 それは堕天使が天使の羽を引き千切る様な、そんな光景。誰ともなく、ゴクリと唾を飲み込む程にそれは酷く恐ろしい物に見えた。

 しかしそんな事お構い無しに煌々と輝くGNドライブを掲げながら、ハルファスベーゼが空の大穴へ向けて飛び立つ。そして大穴に到着すると、GNドライブが単機でGN粒子を発し始めた。粒子がハルファスベーゼに吸い込まれていく。脈打つ様に、ドクンドクンと音が聞こえてきそうなほどハルファスベーゼも鳴動を始めていた。

 

「まさか、あ奴GN粒子を取りこんでエネルギーにしているのか?」

「無茶苦茶です! 理論上は可能かもしれませんが、それって一時的に機体をオーバーロードさせてるのと同じでしょう!? 機体が保ちませんよ!!」

「レンっ! キリエっ!」

「シュテるん! 傷口が開いちゃうよ!!」

 

 身を乗り出すシュテルを必死で抑えるレヴィ。そうでもしないと彼女は飛んで行ってしまいそうだ。

 そしてシュテルもレヴィに抑えられながら手を伸ばす。

 

『オオオオオオオオオッ!!』

 

 その咆哮はハルファスベーゼの物か、それともレンの物か。

 充填の完了した不死鳥が両手を広げると、再び空に電撃が走り大穴の縁が動き始める。

 穴を穿った時とは逆の動き。ゆっくりとだが逆回転を始めた空間は、ハルファスベーゼに引っ張られているようにも見える。

 ハルファスベーゼとレン、キリエが時空の穴を閉じようとしているのだった。

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