魔法戦史リリカルジェネレーション   作:nanase

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リリカルジェネレーション編
第37話 帰還した世界で


1

 

 

 

「気分はどうだ?」

 

 最高に最悪だね。

 

「それは良い。もしも最高なんて言われたら、俺の気分が最悪になる」

 

 うるせぇよ。ってか一体何なんだよお前。

 

「なんだ、気付いてなかったのか。会話ができるからてっきり理解しているものと思っていた」

 

 んな分けあるか。まぁ、会話ができるってのには俺だって素直に驚いてる。それで? 答えは教えてくれるのかい?

 

「どうしたもんかな」

 

 なんだい。勿体ぶりやがって。

 

「いや、教えるのは構わないんだがそれじゃ面白くない。かと言って、答えもそんなに面白いもんじゃない。極々ありふれた陳腐なオチさ。だから俺が話すよりもお前自身で答えを見つける方が面白いんじゃないかって思ってさ」

 

 判断基準がテキトーだな。

 

「そう言うな。すぐに答えは見つかるだろうよ。……さて、そろそろお目覚めの時間だ」

 

 唐突だな。

 

「さっきからお前の近くで泣きそうな顔をしている奴がいるんだよ。正直、女の泣き顔は苦手でね」

 

 奇遇だな。俺もだよ。

 

「まったくだ。だからとっとと目を覚ましてくれ。何、お前が望むとも望まずとも話をする機会はある。またその時話をしようじゃないか。なぁ兄弟?」

 

 ……ああ、またな兄弟。

 

 

 

 

 

 

 朧気だった意識がはっきりしてくる。まるで水の中から浮き上がって来るように、閉じられた視界が急に開ける様に。意識が浮かび上がり、五感を認識し始める。

 レン・アマミヤはそうして目を覚ました。

 今まで暗闇だった視界に光が差し込んでくる。その眩しさに軽く目を細めると、それが窓から差し込む日の光だと分かった。次に入って来たのは白いタイルが敷き詰められた天井。知らない天井では無い。

 目だけで周りを見渡す。確かにレンはそこを知っている。

 左腕には点滴の管が付けられ、近くの機材からは規則正しい電子音が聞こえる。

 体には包帯が巻かれ、寝巻も彼にとっては見慣れた物。

 そして自分の体に顔をうつぶせているオレンジ色の髪の少女もまた、彼にとっては見知った人物だ。

 

「ティアナ」

 

 少女の名を呼ぶ。するとその声に反応し、少女の体がビクリと震えた。

 ゆっくりと少女が体を起こす。信じられない物を見るような顔で、驚きと安心が入り混じったくしゃくしゃの笑顔を向けてくる。

 

「おはよ」

 

 そっと右手で頬を撫でると柔らかい頬が濡れていた。目も赤く、少しその周りも腫れている。

 親指でそっとぬぐってはみたものの、滴は彼女の瞳から溢れだして止まってくれない。

 それでもいつもの如く口を尖らせるのだ。

 

「何がおはよ、よ。もうお昼も良い所だわ」

「悪いね。俺は眠りが深くてさ。寝坊は多めに見てくれよ」

「駄目。許さない」

「厳しいな。今度アイス奢ってやるから許してくれよ」

「スバルじゃあるまいしアイスじゃ駄目ですね。……そうだ。またあのチョコクッキー作って下さいよ。コーヒーは私が淹れるから」

「お安い御用だ。それで良いならいくらでも作ってやるよ」

 

 ようやくティアナが笑った。

 つられてレンも笑った。

 そして二人は声を上げて笑い始める。

 それはその声に気付いたスバル達が病室にやって来るまでずっと続いていた。

 

 

 

 レンには一つの予感があった。ある意味確信に近いものとして。

 目が覚めてから肌で感じる空気。スバルが開けた窓から聞こえる喧騒。そして匂いや気配。

 その全てがレンに教える。ここがミッドチルダでは無い事を。

 

「そうか……。やっぱり俺は帰ってきちまったのか……」

「はい。ここはレンさんの故郷の地球です」

 

 担当医の確認の後、ティアナが告げた真実にレンは複雑な思いを感じる。

 確かに帰ってきたいと思っていた。それは本当だ。半ば強制的にミッドチルダに飛ばされてから四年。

 帰還を夢見なかったというのは嘘である。それが例え時間が経ち少しずつ薄れていっていたにせよ、いつかは帰りたいと思っていた故郷だ。それなのに全く喜ぶ事ができない自分に彼は驚く。

 だが理由はすぐに辿りついた。これがレンの思い描く帰還では無いからだ。

 こんな形での帰還なんて望んでいない。帰還するならSpiritsの仲間と共にしたかった。シュテルがいて、キリエがいて、ディアーチェやレヴィ、ユーリがいて。キールとアミタ、マークやマリア。未だ行方の分からないミネルバのクルー達。とにかく皆と笑いながら帰還したかった。

 なのに、自分だけ帰ってきてしまった。あんな事故みたいな形で。

 だから喜べない。喜ぶ事ができない。

 

「……くそったれ。何がどうなってんだよ。突然訳も分からずミッドに飛ばされたかと思えば、今度はまた訳わかんねぇまんま帰還? 冗談も大概にしろよ!」

 

 怒りに身を任せた大声。「ひっ」と小さな悲鳴が聞こえた。顔を向けると、キャロが泣きそうな顔でレンを見ている。彼女だけではない。ティアナやスバル、エリオも同じ様に皆、一様に不安げな視線をレンに向けていた。

 やってしまったと彼は顔を曇らせる。こちらの世界に来たのはレンだけではない。彼女達フォワード達もまたこちらの世界に来てしまったという事を彼は失念していた。レンにとっては帰還。しかしフォワード達にとっては見知らぬ世界。不安に思うのは当然で、頼れるのはレンしかいないのだ。

 手が自然にキャロの頭を撫でていた。不安に思う事はないと、できるだけ精一杯の笑顔を向ける。

 

「驚かせてごめんな。不安なのは俺よりキャロ達だってのに、つい自分の事だけで頭いっぱいになっちまった」

「はい……」

「まずは状況を整理しよう。あれからどれくらい経った?」

 

 そうだ。ここでぐだぐだ言っても埒が明かない。状況説明を求めるレンにティアナが答えた。

 ティアナ達が目を覚ましたのは昨日。レン達がこの病院に担ぎ込まれて翌日の事だ。

 つまりレンは丸三日眠っていた事になる。そしてティアナ達がミッドでは無い事を知ったのは、面会に来た人物から教えられたかららしい。だが彼女達も知っているのはそれくらいだ。情報はほとんど無いに等しかった。

 

「面会に来た人? 誰だ? ああいや、それよりもデバイス達だ。むしろフリード! あいつこそ一番まずいぞ! 翼竜なんてこの世界にいないんだ!」

「それは心配ないみたいです。なんかその面会に来た人が保護してくれたらしくて、キャロに何を食べさせたら良いか聞いてました。ストラーダ達もその人が保管してくれているみたいです」

 

 エリオの言葉にほっと胸を撫で下ろす。ひとまずフリードとデバイス達の件はなんとかなったようだ。

 となるとますますその面会人が気になる。何やらフォワード達とも打ち解けたようだし、信頼が置ける人物なのだろうか。すんなりフリードを受け入れた事も含めて。

 いや、早合点してはいけないと頭を振る。もしかしたらエリオ達を信用させる為の演技かもしれない。

 フォワード達は見たまんま少年少女だ。大人の様に多少強引に行くよりも、信用させた方が情報を引き出せると判断していてもおかしくはない。

 

「ちなみにどんな人だった?」

「小柄な女の人です。八神部隊長くらいでしょうか。緑色の髪の若い人でしたよ」

「キャロ……、名前は聞いてないの?」

「確かセリカって名前の方です」

「……マジか」

 

 セリカという名前の『若い』女性。緑色の髪で背ははやてと同じくらい。つまり150cmくらいか。

 その特徴を聞いた途端、レンの顔がみるみる青冷めた。血の気が引き、眩暈を起こしそうになる。

 まさか。いや、あり得ない話では無い。だとしたら逃げたい。今すぐここから逃げ出したい。

 激しく動揺しているレンにティアナ達は首を傾げた。何をそんなに動揺しているのか。と言うか、既に動揺から脅えになってきている。シュテルに折檻される時以外でこんなレンを見た事が無い。

 そのセリカという人物はそんなに危険な人物なのかという不安が大きくなる。だとしたらデバイス達は、フリードはどうなってしまうのだろう。安易に信用するべきではなかったと後悔が四人を襲う。

 

「そんなに危ない人なの?」

「いや、少なくてもスバル達は大丈夫だ。うん。それは信用して良い。むしろ危険なのは……俺だ」

「レン兄が危険? どういう事?」

「俺の勘っていうか、セリカって名前とその特徴で俺が思いつくのはたった一人しかいない。なぜならその人は……」

 

 

 

「レン君の母親ですからね。私は」

 

 

 

 ビクッとレンが竦み上がった。一気に冷や汗が吹き出し、ぽたり、またぽたりと掛け布団に滴り落ちていく。だが顔を上げる事は無い。決して目を合わすまいと、意地でも顔を上げるつもりは無いらしい。

 ティアナ達は声も出せず、病室の入り口に立っている少女と見間違う女性とレンに視線を行ったり来たり。未だに言葉の意味を処理できないのだ。理解はしている。しかし驚きのあまり脳が処理できずフリーズを起こしている。

 誰が誰の母親?

 にこにこと笑顔を浮かべるこの女性が、レンの、母親?

 だってこの人はいくらなんでも……。

 

『若過ぎる!!』

 

 フォワード四人の意見が一致した。

 レンはまだ顔を上げようとしない。

 

 

 

 

 

 

「お前は相変わらずセリカに頭が上がらないのだな」

「ソンナコトアリマセン。ッテカ、中将モオ元気ソウデ何ヨリデス」

「……そんな片言になっている時点で駄目だな」

 

 レンのベッドを囲むのは六人。お茶をすすっているセリカ。レンとセリカを交互に見比べているフォワード達四人。そして遅れてやってきたゼノン・ディーゲル中将。Spiritsを編成したレンの上司でキールの祖父に当たる人物。

 その六人の中心でレンはまだ顔を上げないでいる。しきりに視線をセリカから逸らし、薄ら笑いと共に目を完全に泳がせている始末。

 はぁ、とセリカが溜息をついた。

 

「これでは全く進みませんね。なので改めて自己紹介をさせて頂きます。私はセリカ・アマミヤ。もうしっかりとバレていますが、そこで情けない笑いをしているレン・アマミヤの母親です。よろしくね。可愛い異世界の来訪者さん達」

「儂はゼノン・ディーゲル。まぁレンの元上司と言った所だ。今は地球連邦極東支部の司令官をしている。とは言え、そんなに固くなる必要はないぞ。楽にしてくれ」

 

 からからと笑い声を上げるゼノンにティアナ達も漸く肩の力を抜く事ができた。しかし未だにセリカがレンの母親だという事が信じられない。見た目が本当に少女の様なのだ。むしろ何歳だ。さらに言えばこの親子、全く似てない。言われれば目元が似ている気がするが、それ以外が全く似ていない。

 そしてそれがセリカにも伝わったのだろう。彼女は何も言わず一枚の写真を出してきた。

 そこに映っていたのは幼い少年を抱きあげる一組の夫婦。一人はセリカだと一発で分かる。海辺で撮った物なのか、彼女は白いワンピースに麦わら帽子をかぶって幸せそうな笑顔を向けていた。今と全く変化の無い事が驚きなのだが、それよりも問題なのは少年を抱きあげている男。つまりセリカの夫の方だ。レンが髪を伸ばし、一つに結えば瓜二つと言って良い程そっくりなのである。

 

 

「うわ、レン兄そっくり……」

「ならこの子がレンさんなんですか?」

「うわ~、すっごい可愛いですね~」

「レンさんって父親似だったんですね」

「ええ。そりゃもう周りが驚くくらいあの人にそっくりです。……情けない所までそっくり」

 

 とは言いつつもセリカは何処か懐かしむような表情を浮かべ、レンも少し目を伏せていた。今でもこの写真の事はレンもよく覚えている。家族三人彼が揃って撮った最後の写真なのだから。

 ティーノ・アマミヤ。それがレンの父親の名前で、連邦のパイロットでもあった人物。決してエースと呼ばれる様な多大な功績をあげた人では無い。搭乗していた機体もガンダムの様な機体では無く、量産機のジム・クゥエルだ。それでもレンの中で父は立派なエースで、大好きだった。優しくて、大きな手で撫でられるのが大好きだった。休みになればレンと一緒に子供の様に馬鹿をやり、セリカに二人揃って怒られる。それすらもレンにとっては大事な思い出だ。

 しかし写真を撮った半年後、ティーノが帰らぬ人となる。ニューロのとの戦いで友軍を庇い、機体と運命を共にしたらしい。その為遺体はおろか、遺留品となる物は何一つ無く、レンとセリカの前に戻って来たのはティーノの戦死という連絡だけ。

 この時レンは六歳。父親を亡くしたという事実を受け止めるには幼すぎた。泣きじゃくり、父の死を悲しむ事しか当時の彼にはする事ができない。しかしティーノと同じくパイロットだったセリカは違う。毅然とし、涙も見せる事も無い。覚悟があったのだ。パイロットの妻になるのがどういう意味かを知っているからこそだと、後になってレンは思う。

 

「ティーノとセリカは儂の部下でな。当時レンを育てる為にセリカは一時戦線を離れていたんだ。だがティーノが死んで半月もしない内にレンを連れて戻って来た時は流石に目を疑ったよ」

「え? セリカさんパイロットに戻ったんですか!?」

「はい。あのまま家に居てもどうしようもないですからね。私はモビルスーツを操縦する事が仕事ですから、それしか思いつきませんでした。それにレン君にもモビルスーツの操縦を覚えさせようと思いまして、ならいっその事現場に連れていってしまおうと。全ては生きる為ですよ」

 

 エリオの驚きにセリカはそれがさも当然の如く返す。呆気にとられてエリオは二の句が出てこない。何故ならモビルスーツの力は彼らもよく知っているからだ。いくら魔法という大きな力を使う彼らでも、それ一機で全てをひっくり返されかねない力の塊。そんな物が跋扈する戦場に進んで幼い子供を連れていくなんて信じられない。それにレンにモビルスーツの操縦を覚えさせるという考えもだ。普通、夫の命を奪ったモビルスーツの操縦を息子に覚えさせるなんて思いつくだろうか。しかし彼女は全く逆の結論に辿りついた。辿りついてしまったのだ。

 いくら生きる為とはいえ、方法はいくらでもあるだろう。何もモビルスーツに乗せる事は無いのではないか。そう問いかけるスバルだったが、セリカは首を横に振る。

 

「先ほども言いましたが、私はモビルスーツを操縦する事が仕事です。それしか生き方を知らず、それしか私がレン君に教えられる事はありませんでした。だったら時期は早い方が良い。少しでも戦場の空気を知り、モビルスーツに慣れた方が良い。それが結果的にレン君を守る事になると思ったんです」

「実際、守るべき者が居るというのは強いもの。母は強し、という事だ。事実その後のセリカは強かったよ。結局エースの一人になる程にまで彼女自身も成長したのだからな。どんな状況でも必ず帰って来る。それはひとえに帰るべき場所にレンが居たから、なんだろうな」

「もう良いだろ。俺の過去を聞いたってそれこそさっぱり先に進まない」

「それもそうですね。ついつい昔話に花が咲いてしまいました」

 

 漸くレンも片言が抜けてきたようだ。しかし今度はムスッとした仏頂面。それでもセリカはクスリと軽く笑う。母親としての余裕だろうか。

 

「さて、まずはキャロさん。フリードさんは元気ですよ。貴方の言う通り何でも食べますねぇ。生肉あげたら美味しそうに食べてましたから心配しないで下さい。ああそうそう。今は私の家でお留守番をしてくれていますから、もうちょっとで会えますよ」

「良かった! ありがとうございますセリカさん」

「……そこから入るのかよ」

 

 まさかフリードの事から切り出してくるとは思わかった。肩すかしをくらった気分だが、キャロにとっては一大事なので目を瞑ることにする。次にセリカはベッドの上にデバイス達を並べていった。どれも傷一つ無く、いつもの待機状態。各々がそれを受け取りほっと胸を撫で下ろす。レンもアプロディアのイヤリングを受け取る。

 

「少しですが調べさせてもらいました。結論を言ってしまえば何も分からなかった、というのが結論です。強固なプロテクトを突破できず、メカニック班が悔しがっていましたよ」

「多分この子達が自分でプロテクトをかけたんだと思います。情報を守ろうとして……。すみません」

「そうですか。たしか自分の意思を持っているんでしたよね。それならば仕方ありません。時間をかければ突破できるのかもしれませんが、無理強いはこちらもしたくありませんしティアナさんが謝る事はないのですよ」

「そう言って頂けると助かります」

「いえいえ。さて、レン君。そろそろこっちを向いて下さい」

 

 来た。再びレンの体が竦み上がる。

 

「少しお母さんとお話しましょうか」

 

 悪魔の微笑みがそこにあった。

 

 

 

2

 

 

 

 精根尽き果てた。

 ベッドに伏せっているレンを表現するならこれ以外無いだろう。

 お話しましょうと言ったセリカはそれから怒涛の様にレンに質問を浴びせ、ティアナ達から得られた情報との整合性を図ったのである。それは良い。むしろ本番はその後のお説教だったのだ。正論を突き付けられて、ぐぅの音も出ないレン。セリカはそれまでティアナ達が抱いていた印象とは全く異なるマシンガントークで反論すら許さない。それでもなんとか反論を試みようにも一睨みされた途端、それだけで何も言えなくなってしまう。結局、見かねたゼノンが止めなければ延々と続いていただろう。

 

「まったく、お前の説教はいつ聞いても凄いな。帰って来た事を素直に喜べば良いものを」

「喜んでいますよ。ですが言うべき事はきちんと言う。それがアマミヤ家の教育方針ですので。それにレン君を愛しているからこそ、口数も多くなるものなのです」

「愛の鞭って凄いね」

「むしろ拷問。愛が痛いです」

 

 ひそひそと耳打ちするスバルに返すのもやっと。これだけは何時になっても、幾つになっても耐えられそうにもないとレンは思う。

 それでもジェネレーションシステムの事だけは隠し通していた。この世界がシステムに作られたシミュレーション仮説の様な世界などと誰が言えようか。この世界は確かに生きている。それで良い。パンドラの箱を自ら開ける必要は何処にもないのだから。

 そうでなくてもこの世界は未だ復興の途中だ。ゼノンやセリカもそれに奮闘しているに違いない。そんな時に余計な情報は入れたくない。

 聞けば半世紀に渡る戦争が終結した後、ニューロは消え去ったという。推測するにきっとジェネレーションシステムのバックアップが起動し、ニューロを正常化したのだろう。そもそもニューロはジェネレーションシステムの情報端末。世界を構築する物の一つと言っても良い。今も世界とジェネレーションシステムを見えない所で繋ぎ、世界を維持しているに違いない。

 だがあの戦争から残った物もある。戦争の為に肥大化した軍事力。つまりはモビルスーツという力だ。

 そしてアメリアスがあの時使った『裏切り』のコードの影響。それはまがりなりにもニューロ討伐という共通の目的にまとまっていた人類に穿たれた水壁の穴。戦いが終わり、コードから解放されても誰かが誰かを裏切ったという事実が消える事は無い。世界が平和になった今だからこそ、その水壁の穴は次第に広がり、やがて大きな決壊を引き起こす可能性がある。

 アメリアスが残した不安の種とモビルスーツ。これが結びついた時、世界がどうなるのか。基本的に人類の行く末を見守るだけのジェネレーションシステムがどのような判断を下すのか。

 それが世界の『今』を聞いたレンの不安だった。

 

 

 

 

 

 

 空に星が輝いている。レンは病院の屋上から月を眺めていた。

 久しぶりに見る地球の月。勿論ミッドの様に連星になっていないたった一つの月。

 手の中のイヤリングに視線を落とす。その瞳は虚ろに揺れている。

 四年。レンがミッドに行っていたのと同じ時間がこちらでも過ぎていた。

 しかし世界は歩みを止めていない。火種は確かに残っているが、歩みそのものは止まっていない。

 それはレンも同じだ。世界を跨ごうともそれだけは止めてはいけない。

 やるべき事が山積みなのだ。

 レン達が持ち込んだモビルスーツでスカリエッティが、最高評議会が余計な情報を手に入れた。

 それでキール達が苦渋を舐め、地上本部が襲撃され、機動六課がボロボロになった。

 それで多くの魔導士達が負傷した。

 それで……シュテルとキリエが傷ついた。

 レン一人の責任ではない。だが、責任を取らなければならない。

 事故なのか、故意なのか分からないが原因を作った一人としてレンは見届けなければならない。

 故に立ち止まっている暇は無い。一刻も早くミッドに戻らなければならない。

 

「アプロディア」

 

 呼びかける。

 しかし返事は無い。

 

「アプロディア」

 

 再び呼びかける。

 しかし返事は無い。

 

 グッとイヤリングを握りしめた。唇を強く噛む。肩が震える。

 セリカとゼノンが帰った後、何度も呼びかけたが全く反応が無い世界の女神。

 何故か。そんな事分かり切っている。

 もうここに彼女は居ないのだ。あるのはかつての寄り代。その抜け殻。

 そして抜け殻はもう一つ。

 

「……痛ッ!」

 

 ズキリと鋭い痛みが胸に走った。

 胸に手を当てて、顔をしかめる。痛みの余韻に息が詰まり、脂汗が溢れだす。

 そこにかつてあった物。それはリンカーコア。魔法を使う為の魔力。大気に含まれる魔力素を取りこみ、魔力へと変換する機構。

 いつしか自然と、呼吸をするかの様にできていた事が出来ない。

 それは即ち、魔力の喪失。

 あの時、ハルファスの魔力炉に直結させて無理をした弊害か。それともこの世界に戻った事でエラーが生じたのか。原因は分からないが、確実に力を失っていた。

 今のレンは魔力を持たないただの人間。

 魔力を失った元魔導士の抜け殻だ。

 

「ったく、これからどうしろって言うんだよ……」

 

 頼みの綱だったアプロディアと魔力の喪失。

 帰還への足がかりは最初から躓いてしまった。

 呟いた言葉の通り、一体どうすれば良いのか。

 柵に寄りかかり呟いてみても、答えは出てこなかった。

 

 

 その姿を見つめる影四つ。

 影は消沈したレンに声をかける事無く部屋に戻ると、椅子を囲んで座る。

 

『はぁ~~~……』

 

 一斉に大きな溜息をついた。

 

「やっぱりアプロディア居なくなっちゃったんだね……」

「元々この世界のシステムらしいですし、もしかしたらそっちに戻ってしまったのかもしれません」

「レンさんも調子が悪いみたいですね。魔法……使えなくなってしまったみたいですし」

「それなんだけどねキャロ。みんなもよく聞いて。あたし達、この世界では極力魔法は使わない方が良いと思うんだ」

 

 ティアナの提案に一同は「ああ」と納得の表情を見せた。

 そもそもこの世界に『魔法』という力は存在しない。例外的にシュテル達が居るが、それは本当に例外中の例外だ。彼女達を知っているゼノンもかつてのSpiritsだけの中だけに限定していたというし、セリカはレンの母親だから信用して良いだろう。

 だが他の人は分からない。それにティアナ達は知っている。ミッドにモビルスーツという力を持ってきてしまったが故に、辛い目にあった人達の事を。明日は我が身。自分達がそうならないとも限らない。

 帰り際、ゼノンはティアナ達の安全を保障してくれた。連邦の上層部にはうまく誤魔化して報告するから安心して良いと言ってくれた。

 ならば次にティアナ達がするべき事は自衛手段だ。余計な力は使わず、『普通』の少年少女としてこの世界で帰還の方法を探るより他ない。

 言う事は容易い。右も左も分からない状況でこの縛りは大きなハンデだ。だがそうでもしなければ出来る事も出来なくなってしまうかもしれない。

 

「帰還って言えばさ、レン兄もミッドに戻るつもりみたいだけど本当にそれで良いのかな?」

「どうしてですか?」

「だってさエリオ。折角お母さんと会えたんだよ? レン兄がミッドに戻ったらまた離れ離れになっちゃうじゃん。そんなの、悲しすぎるよ……」

 

 消え入るようなスバルの声にエリオも頬を掻いていた。ティアナもキャロも目を伏せている。

 スバルとティアナは幼い頃に母を失っている。エリオは母親だと思っていた人物に裏切られた。キャロも彼女が里を追放される際、母親は娘よりも里の掟を選んだ。

 四人が四人ともこれまでの人生において『家族』というものに大きな欠落を味わっている。

 だからこそとりわけ『家族』の大切さを知っている。

 それ故に果たして本当にレンはミッドに戻るべきなのかという疑問が溢れて止まらない。もしかしたらこの世界に残り、セリカの傍にいるがレンにとって本当の幸せなのではないかと思えてしまう。

 四人ともレンに懐いているからこそ尚更だ。スバルは妹分として。エリオとキャロも後輩として。ティアナは特別な感情を抱く者として各々がレンには一定以上の好意を持っている。

 だから離れたくない。一緒にミッドに帰り、また六課で過ごしたい。

 だがそれは彼女達の我儘だ。六課が一年という期間限定の組織である以上別れは必ず来て、それぞれがそれぞれの道を歩む時が必ず来る。

 いつか巣立ちの時は来るのだ。

 それを知っていながら共にミッドへ戻る事を願うか。それともここでミッドの事は忘れて家族との幸せを願うか。四人の心は大きく揺れ動く。

 

「お前らがそんな事考える必要ねーっての」

「あ、レン兄……」

 

 振り向くとレンが部屋の入り口に寄りかかり、呆れた顔をしていた。その姿を見たスバルの目にみるみる涙が溜まっていく。そして我慢できなくなったのか立ち上がり、ぎゅっとレンを抱きしめる。

 ますます呆れていくレンの顔。だがそれもやがて苦笑へと変わり、彼女の頭を軽く叩いてあやし始めた。

 しかし一度流れ出した涙は止まらない。それはきっとレンとはこの世界で別れた方が良いのではという不安だけではないだろう。今までなんとか気持ちを張る事で耐えてきたこの世界に飛ばされた不安も一緒になってしまったのかもしれない。

 それを見たキャロもぐすっと鼻をすすっていた。鼻の頭が真っ赤になっている。ティアナが何も言わずに肩を抱くと堪え切れなくなったキャロがティアナにしがみつき、スバルと同じ様に泣きじゃくり始めた。

 しかしティアナは泣かない。フォワード年長者としての意地か、泣くそぶりも見せずキャロの背中をあやしている。エリオはさすが男の子。ぐっと堪え、涙を我慢していた。

 ベッドに戻り腰掛ける。スバルは抱きついてまだ離れない。レンは再び困り顔で頭を掻いた。

 

「ったく。来ない未来に不安になっても仕方ないだろ」

「だってぇ~。その方がレン兄にとって良いんじゃないかって思ったらさ~」

「バーカ。それこそ余計な心配だ。俺は絶対にミッドにまた行くぞ。母さんは説得してみせる。それにあっちには色々残してきたんだ。このまま俺だけフェードアウトできるかよ」

 

 それにな、とレンは顔を上げたスバルにニッと笑う。

 

「お前らの卒業を見届けたいのよ」

「卒業?」

「そ。六課の卒業。スバル達が六課を卒業して、自分の道を歩き始める姿を俺は見たい。だからこの世界でお別れなんて絶対にないね」

「ほんと?」

「ああ本当だとも。俺が嘘ついた事あったか?」

「ある!」

「……空気読めよ」

「や! でも信じる! レン兄のそれ、信じるからね! 言質取ったからね! 約束だよ!」

 

 スバル的にはレンのその言葉が聞けた事だけで良かったのだろう。ますます体をすり寄せ、「えへへ~」とだらしなく頬を緩ませていた。現金なものだ。助けを求めるようにティアナを見るが彼女も肩を竦ませている。レンにはそれが諦めなさいと言っている様に見えた。実際間違ってはいないだろう。

 エリオとキャロは初めて見るスバルの妹モードに面食らっている。スバルがレンを本当の兄の様に慕っているのは知っていたが、ここまでとは。元々スキンシップと押しの強いスバル。むしろ困っているのはレンの方に見えた。

 

「あ~あ。六課で再会してから一度も無かったし、スバルも兄離れできたかなって思ってたんだけど、そうでもなかったみたいね。……我慢してたかアイツ」

「ティアナさんは知ってるんですか?」

「そりゃね~。訓練校の時は何度かあったし。あれはもう犬よ。犬。しかも生まれたばかりの子犬よ」

「……機嫌、悪いですね」

 

 ティアナとしては見ていて面白い物でもないだろう。彼女の微妙な雰囲気をキャロも感じ取り、エリオをちらりと見るが彼は必死に頭を横に振っていた。どうやら助けは来ないらしい。

 

「スバル、その辺にしときなさい。レンさんだって今日目が覚めたばっかりなんだから。ゆっくり休ませてあげなさいよ」

「や! このまま一緒に寝る! ねぇ~、レン兄良いでしょ~? 前みたいに一緒に寝ようよ~」

「……スバル。それは不味い。なんか色々と不味い。台詞と絵ヅラが限りなくアウトだ」

 

 体を密着させたまま上目づかいのおねだり。妹モードから激・甘えモードにシフトチェンジが入ったらしい。だがそれは不味い。昔ならいざ知らず、今のスバルは色々と不味いとレンはスバルの肩に手を置いた。お互いもう子供では無いのだ。レンも大人。スバルも成長した。甘え癖は抜けていないのに、体は大人のそれ。そのアンバランスさは時として凶器になる事にスバルが気付いていない。

 無論レンは理性を保つ自信はある。兄貴分としてここは自制しなければと自分に言い聞かせている。

 そもそもこの男はヘタレだ。脳裏にちらつくシュテルとキリエを振り切ってそんな事できよう筈も無い。

 ……残念そうに見上げるスバルにペタリと垂れた犬耳が見えたのはきっと幻覚だ。

 

「ほらほら。レンさんもああ言ってるし、いい加減離れなさい。は~い、今日は解散よ~。それじゃあお先しま~す」

「うわ~ん! レン兄~」

「はい、おやすみ~」

 

 引きずられていくスバルに手を振るレンとエリオとキャロ。まだ何か言っているが問答無用でティアナはスバルを連れて部屋を出て行った。

 残された三人。がっくりと項垂れるレンの肩を叩くエリオとキャロの優しさがにくい。

 

「お前達の方が大人だよね」

 

 紛れもなくレンの本心だった。

 

 

 

 

 翌朝、スバルの姿が無い事に気付いたティアナがレンの部屋を訪れる。

 予想通りいつの間にかレンのベッドに潜り込みすやすやと幸せそうな顔で寝ているスバルと、うんうんと何かにうなされているレン。

 遂にブチ切れたティアナの拳骨がスバルに落ちたのはまた別の話だ。

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